1. 一年半後【前編】
★50万字を超える長編サスペンス&活劇です。
お付き合い頂けると嬉しいです。
最愛の人を亡くした。
……正確には、奪われた。
事を成し遂げると決意したあの日から、俺はその時の激情を度々思い出すようにしている。
あの人の最後の「いってくる」の顔を。
あの人が死んだ瞬間を。
全てが敵に回り、縋るべき人達に掌を返された怒りを。
手紙に並んだ『ごめん』の文字を。
一介の高校生に何が出来るかと、失望した事を。
そして、ゴミの様に無造作に骨壷にぶち込まれた……あの人の骸を。
……。
あの人の弱さが「優しさ」だったというならば、俺はそんなもの捨ててやる。
俺は誰にも縋らない。頼らない。遜らない。弱みを見せない。
最後に信じられるのは、己のみ。
例えどんな手段を使おうとも……、嘘や詭弁で他人を利用してでも、俺はあの人と自分の為に全てを成し遂げてみせる。
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2076年3月31日
警視庁
雲一つない晴天の空には、飛行機雲のラインが引かれている。
その空を窓越しにぼぅと見つめながら、青山春樹は憂鬱そうに小さくため息を吐いた。
また、月が変わる。
月が変わる度に、あの事件を思い出さない日はない。
一昨年の8月31日。
黒い夜空に
響き渡る銃声
大量の血痕と
悲鳴と泣き叫び声と……
どす黒い、爆煙。
“怪盗ダーク”が死んだ日。
約3年前のゴールデンウィーク、奴は突然現われた。
奴は毎回、警察を嘲笑うかのように鮮やかに目当てのものを盗みだした。
当時ダークは国のトップを敵に回し、庶民の味方となっていた。
貧困層のヒーローとして、絶大な指示を得ていた。
そしてもう1つ、謎の2人組“DK”。
ダークは、結果としてDKに殺されたことになる。
……建前上は。
青山は、あの日からある男を待ち続けている。
死んだと言われた、しかし青山は生きていると信じて疑わない。
ダークの……5人の、司令塔。
「……」
青山は奥歯を強く噛んで、左肩をさすった。ここには、あの日撃たれた傷痕がある。
あの日の己の無力を思い出す度に、もう完治している筈のこの傷が疼く。
アイツが死ぬような羽目になった原因と非は、自分にもある。
「あーおやーまさん」
青山の座るデスクの元へ、ふらりと近寄る男。
部下の中林。彼等は、警視庁刑事部捜査三課の刑事だ。
かつて、ダークの捜査に参加していた。
「月末っすねー」
中林はデスクに寄り掛かって、先程青山が見ていた空を見つめる。
「……そうだな」
「あ、また考えてるんすか。糸原高俊のこと」
「……」
頬杖をついて、青山は何もない空気を見つめる。
「“8月の怪盗事件”からもう一年半も経つのに。
いい加減、ダークのことは諦めましょうよ。ね? 糸原ももういないし」
「……どこかには、いるさ」
中林は、奴が本当に死んだと思ってる。いや、中林だけじゃない。
日本中の人間が、きっとそうだ。
「……あー、も。らしくないっすよ、青山さん」
ポリポリと頭をかく中林。
「らしくない、か……。そうだよな」
けど。糸原が本当に死んでしまったとは、どうしても思えなくて。
あいつの事だ、「これも計画の内だ」とか言いながら、どこかでほくそ笑んでいる気がして……。
ダークのお陰で、結果日本は良い方向に進んでいる。
しかし、お前はよかったのか? 糸原。
確かにお前の目的は果たされたのかもしれない。
だが、こんな終わりで満足か?
やっと、居場所を見つけたんじゃないのか?
……やっぱり。やっぱり俺たちは、もっといい出会いをしたかったな。
敵ではない関係で。
「さて、と」
「仕事しましょー、青山さん」
「お前が言うな」
♪〜
その青山の言葉と同時に携帯が鳴った。
非通知だ。
怪訝に思いながらも青山はその電話に応答すると、その声に彼は耳を疑った。
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“怪盗ダーク”の始まりは、この日から3年前に遡る。
平成・令和と時代が終わり、少子化は加速・貧富の格差は拡大し、政治が荒れた時。
近いような離れたような、今から少し未来の話。




