カニとじゃんけん
目の前にカニがいる。
その体に似つかわしくない巨大で重々しいハサミを大きくいっぱいに広げて俺の目の前にいる。背伸びしてもわずか数センチにも満たないそのカニと俺は今から生死をかけたじゃんけんをする。
3日前、受け子が警察に捕まったと幹部から聞いたが、特に動揺もすることもなくスマホをベットに 置いて、ホテルで高級料理を口にしていた。
そんな時にやつは現れた。
ゆっくりと空気の隙間から黒い闇が広がりやがてそれは物体になる。大きな鎌をもった骸骨の怪異。
直感的にそれは死神だとそう思った。
しかし、俺は別にひるんだりしなかった。
理由は今まで成功しすぎたから他ならない。
大学時代に画期的な詐欺方法を思いつき、実戦したところ、これがうまくいった。それがきっかけで俺はどんどん大きな存在になり、気が付けば億万長者の仲間入り。
今の俺には警察はおろか神だって怖くなかった。
それは死神も動議である。
「なんだよ死神さん俺を殺しに来たのか」
「これは驚いた。随分と余裕だな」
「俺のこと見てきたんだろ、ここまで成功したら死神だって怖くない、殺してみろよ、絶対になない自信がる」
ウソじゃなかった。俺は本気でそう思っていた。
しかし、一瞬でその思いは翻る。急に胸の痛みが全身を覆い膝から崩れ落ちた。
「何をした」
「自信があるんじゃないのか、まあいい」
そう死神が言うと、さっきまでの苦しみがウソみたいになくなった。
「殺すのかこの俺を、金ならあるぞ、この金で間抜けなクソ貧乏どもに恵んでやる、だから助けてくれ」
「別にそれはどうでもいい、今回はお前の話をしに来たんだから」
「俺の話」
「ああ、まあ、なんというかお前はいらないんだこの世界に、だから殺そうと思ってな、でも、流石に理不尽に殺すのも可哀そうだろ、チャンスをやろうと思ってここに来たんだ」
「チャンスってなんだ、何をすればいい」
「3日後、カニとじゃんけんしてくれ、それで勝ったら今まで通り生きればいい、あいこでもお前の負けな。負けたら地獄行きだ」
「そんなんでいいのか」
「伝えたからな、3日後、また迎えに行く。じゃあな」
そう言って死神は煙のように消えていった。
カニとじゃんけん。負けたら死ぬ。
俺は笑いが止まらなかった。
「ウソだろ、こんなことがあるのか、あははははは。カニとじゃんけん。そんなのグー出せば勝てるに決まってるだろ、ビビらせやがって」
俺は笑いながら1日目を過ごした。
2日目も特にいつもと変わらない十分すぎるほどの生活。
手下が馬鹿どもを騙しむしり取った金を俺に貢ぐ。
俺は勝手に増える金でその日も遊びつくした。
ベッドに横たわり今にも眠りそうになった時、ふと思い出す。
「あいこだったら負けな」
なんだその台詞。わざわざいう必要あるのか。
その瞬間、嫌なことが頭をよぎった。
もしかして、ハサミ以外を持ったカニがいるのかもしれない。
すぐさま、俺はスマホでカニについて調べた。数多くの種類のハサミの部分だけをすべて見ていく。
だが、杞憂に過ぎなかった。カニを見るたびにどんどん安心感が増していく。
どのカニもちゃんとハサミを持っている。
つまりはチョキしか出せない。
いいや、まてよ、ハサミを閉じているのはグーなのか。
いやいやいやいや、そんな道理が通るのか、でも、仮にグーを出せたところで、俺もグーを出せば負けない。最低でもあいこだ。
あいこ、、、俺の負けか。
一気に滝のような汗が吹き出し、焦り始める。俺の過程が正しいなら、これはまずい。
この勝負、圧倒的有利だと思っていたが、そうじゃない、五部の勝負、いいや、むしろ俺の方が不利なんじゃないか。
カニはチョキがグーしか出せない代わりに、あいこでも勝つことができる。つまり3分の2で勝てる。
一方俺は一発で勝つしかない。つまり3分の1しか勝利できない。
負けたら、地獄行き。
そんなの絶対に嫌だ。
焦りと不安でその日一睡もできなかった。
そしてその日はやってくる。
3日目、高級スーツを身に着けた俺に再度あの死神がらわれる。
「お、気合入ってるな、カニとのじゃんけんでそんなに気張らんでもいいだろ」
「うるせえ、こっちは真剣なんだ」
「いいねえ、おもしろい、ついてきな」
そう死神が言うと、鎌を一振りしその刃の軌道上に真っ黒な穴を作り出した。
「なんだろこれ」
「どうでもいいんだここで時間を使うつもりはない、早くしろ」
俺は死神についてく形でその穴に入った。
穴に入り気が付くまるで野球ドームのようなだだっ広い空間に出ていた。そして凄まじい声援。
「殺せ」
「やっちまえ」
「そんなくず地獄送りだ、今回も頼むぞカニ」
「カニ様今日もかっこいい」
「カニ・カニ・カニ」
「全戦全勝のカニ様を信仰するのだ」
「いつもの頼むぜカニ」
なんだこれ、俺の味方は誰一人いない。というよりカニがとてつもなく人気がある感じがする。
死神に連れられ、俺はドームの真ん中まで歩く。
そして、目の前には数センチほどのサイズしかないカニが一匹。
「じゃあ、始めるぞ、じゃんけん」
「まった、待った、もうするのか」
「おいおい、なんだよ、カニとじゃんけんしてもらうって言っただろ、他にすることなんかない」
「でも、これ俺の人生がかかってるんだ」
足が竦む。目の前のあの赤いアホずらのカニに負けたら地獄行き。絶対に嫌だ。死にたくない。
何を出せばいい。
グーか
チョキか
パーか
どうする。どうすればいい。
多量の脂汗と全身の震えの中、周りからのブーイングが嫌でも聞こえてくる。
「もういいか、早くしようぜ」
そう死神に急かされ俺は再度カニの正面に立つ。
「行くぞ、じゃんけん ポン」
俺はパーを出した。
カニはハサミを目一杯広げていた。
つまりチョキ。
俺の負け。
俺はカニにじゃんけんで負けた。
「はい、負け、お前地獄行きな。でも、馬鹿だよな、カニはチョキしか出せないのにな、あはははははははは」
「うそだ、そんな、負け、あのカニに負け、ウソだーーー」
それから俺は何百年もの間地獄で深い苦しみを受け続けるのであった。