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6.ヒーローになる

「なんだ……どうして倒れない!」


 違和感。

 

「いつになったら倒れるんだ?」

「魔獣っていうのは、あんなになっても倒せないものなか?」


 違和感。

 ニナが感じた不安と一緒に、この場にいる全員が感じ始めていた。

 すでに三分以上攻撃している。

 ラスト君も攻撃の手を緩めていない。

 むしろ最初よりも激しくなっているくらいだった。

 

 しかし尚、魔獣は健在だった。


 一向に倒れない。

 終わる気配がない。

 異様なことが起こっている。


「傷が……癒えている?」


 僕は気づいた。

 風の刃によって切り裂かれた傷が塞がっていることに。


「お、大きくなってない?」


 ニナが気付いた。

 檻から出した時と比べ、魔獣が徐々に大きくなっていることに。

 

「あ、ありえないぞこんなぁ……」


 戦ってる本人が感じた。

 魔獣の威圧感が膨れ上がっていることに。

 皆が気付いた。

 魔獣の恐ろしさに。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 気づいた時には手遅れだった。

 ついに風の刃をもろともせず、魔獣がラスト君に目掛けて突進する。

 恐ろしい速度と迫力を前に、ラスト君は必死に抵抗する。


「く、くるなあああああああああああ!」


 一心不乱に突風を放つも効果はなく、魔獣はラスト君の眼前に迫る。

 ラスト君がやられる。

 頭の中で直感した時、隣から彼女は駆け出した。 


「ニナ!」


 ニナは両手から炎を生み出し、ラスト君に迫る魔獣を攻撃する。

 炎の熱と威力で魔獣は浮き上がり後方へ吹き飛ぶ。


「ニ、ニナ……」

「下がって! ラスト君の攻撃は効いてない! ここからは私が戦う!」


 『炎熱使い』。

 彼女がもつギフトであり、炎を自在に操ることができる。

 このギフトは珍しいものではなかったが、彼女の場合は特に優れていた。

 同じギフトでも持ち主によって能力に差が生まれる。

 彼女の炎は、王国でも火力を有していた。

 その一撃を喰らったんだ。

 魔獣といえど、ただでは済まない。


 だが……。


「嘘でしょ? 炎を――」


 吸収している?

 全身を燃え盛る炎が消えていく。

 消化ではなく、魔獣の体内に吸収されていくように。

 加えてさらに魔獣の身体は大きくなっていた。

 すでに檻に入っていた頃の倍はある。


「まさか……ダメージを与える程に強大化していくんじゃ……ラスト君!」

「し、知らないぞ。俺はあんなの知らない!」


 ラスト君は震えながら答えた。

 彼が連れてきた魔獣で、倒せると自信満々だった彼はもういない。

 今はただ恐怖に震えている。


「もういいよ! あとは私がやるからラスト君も下がっ――」


 ニナが異変に気付くと同時に僕も気づいた。

 彼女たちより遠くで見ていたからこそ、魔獣の変化に気付くことができたんだと思う。

 身体の炎が消えている。

 ただし、口元にだけ炎が集まっていた。

 僕は直感的に叫ぶ。


「危ない!」

「みんな逃げて!」


 その直後、魔獣の口から高熱の渦が放たれた。

 凄まじい破壊力で空気中に水分を蒸発させ、訓練室の壁を破壊してしまう。

 この訓練室は相当な衝撃に耐えられるように設計されている。

 それを簡単に破壊してしまう一撃に言葉を失う。


「――! ニナ!」

「私は大丈夫だよ!」


 攻撃の寸前、ニナはラスト君を抱えて回避していた。

 彼女が無事なことにホッとする。


「ありえない……俺は知らない! もう知らないぞ!」

「あっ、ラスト君!」


 助けられたラスト君は混乱して、破壊された穴から逃げ出した。

 それに合わせて取り巻きたちも逃げていく。

 残ったのは僕とニナの二人だけ。


「まぁいいや。アレンも行って!」

「で、でも!」

「いいから! 助けを呼んでほしいの! この魔獣は攻撃を吸収してどんどん強くなる。一撃で倒さないといけないけど、今の私じゃ火力が足りない! 私が時間を稼ぐからその間に――アレン!」

「え……」


 見えなかった。

 まったく反応できなかった。

 理由はわからない。

 魔獣はニナではなく、僕のことを狙った。

 壁を粉砕した炎の攻撃が僕の眼前に迫る。

 逃げ遅れた僕には何もできない。

 

 ああ、死ぬんだ。


 脳裏にあふれ出す。

 今日までの思い出が……。

 決して楽しいことばかりじゃなかった。 

 辛いことのほうが多かった。

 それでも……支えてくれた人がいる。

 子供みたいな夢を応援してくれた人が……。


「あ、あれ……?」


 生きてる?

 身体に衝撃が走って、攻撃が当たったと思った。

 全身痛いし、服も焦げている。

 それでも生きている。

 奇跡でも起こったのか?

 違う……そんなはずない。

 守ってくれたんだ。


「大……丈夫?」

「ニナ!」


 全身ボロボロになって、僕を庇ってくれた。

 

「よかった……無事みたいだね」

「なんで……なんで僕を庇ったんだ!」

「なんでって……そんなの決まってるよ……」


 ボロボロの身体で彼女は倒れない。

 僕を守るように魔獣の前から動かない。


「アレンに死んでほしくない……ずっと一緒にいたいから」

「ニナ……」

「逃げて……アレン……私がなんとかするから」


 胸が苦しい。

 恐怖じゃなくて、怒りで全身が震える。

 どうして僕は弱いんだ。

 いつも守られてばかりで、震えて何もできやしない。

 ギフトのせいなんかじゃない。

 僕自身の問題だ。

 僕の心が……全てが弱いからだ。


 強くなりたい。

 世界を救う英雄になんてなれなくてもいい。

 みんなのヒーローでなくてもいい。

 神様――お願いだ!

 僕はなりたい。

 大切な人を必ず守れるように!

 彼女のヒーローに!!


「――え」


 僕の前に一冊の本が現れた。

 この本のことを僕はよく知っている。

 ギフトのおかげじゃない。

 覚えても、何度も何度も読んだから。

 実話を元にした英雄譚。

 タイトルは【聖剣の英雄】。

 その名の通り主人公は――聖剣に選ばれた英雄だった。


 勝手に開いた本の中から、一振りの剣が現れる。

 僕にはそれが、聖剣だとわかった。

 物語の中に登場する……魔を斬り裂く最強の剣。


 その名は――

 

「聖剣プレアデス」


 僕は剣を抜く。

 導かれるように。


「アレン?」

「大丈夫……ニナは僕が守る」


 目の前には魔獣が迫る。

 ついさっきまで怖かったのに、今は全く怖くない。

 どうしてだろう?

 なんでもできる気がする。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 物語の英雄たちは、こういう時になにを思ったのだろう。

 怖かったのだろうか。

 高揚したのだろうか。

 勝利した時、大切なものを守り抜いた時……。


 心は満ちたのだろうか。


「倒……した。アレン?」

「もう大丈夫だよ。ニナ」

「……うん」


 きっと、今の僕が感じている気持ちこそ――英雄たちと重なるはずだ。

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