28.初依頼
先生は語った。
これは予感ではなく確信だと。
「異形の魔獣、突然魔力を手に入れた人間……この二つの裏には悪魔がいることは間違いない。そして彼、ラスト君はあの日の一月ほど前にとある人物と接触している」
「とある人物!? 先生は見たんですか?」
「ああ、見たよ。ただし私が見たのはラスト君だ。彼についてのことならわかる。残念ながら接触した人物の顔はわからなかった。悪魔ではなかったのは確実だよ」
「だから内通者なんですね」
先生は小さく頷き肯定した。
接触しているのは悪魔ではなく、悪魔に協力している人間だ。
そして事象は立て続けに学園で起きた。
現状の情報だけで予想を立てるなら、学園の関係者が濃厚だと先生は言う。
僕たちもその意見には同意した。
「けど……なんで悪魔と……」
「わからないよ。よほど上手い条件でも提示されたのかな? どちらにしろ皮肉だよ。ここは世界で最もギフトを信仰している場所だ。言い換えれば神への信仰がもっとも強い場所になる。そんな場所で裏切者が生まれてしまうなんて……つくづく人間という生き物は……」
「先生?」
「なんでもないよ。独り言だ」
そう返した先生は、どこか遠い目をしていた。
過去を懐かしむように微笑む。
僕には先生の表情の意味がわからなかった。
「もう理解してくれたと思うけど、この学園は今、かつてない脅威と共にある。二人には内通者を探ってほしい」
「探すって、どうすればいいんですか?」
ニナが尋ね、先生がすぐに答える。
「なんでもいいよ。怪しい人物がいないかチェックするだけでいい。他人を観察するんだ。そのために相談役も継続してもらうよ」
「より多くの人と接触するために、ですね」
「そう。君は魔術関係の事象を二度も解決している。相手からしても面倒だと思っているはずだ。まず間違いなく、いずれ接触してくる」
悪魔が僕を狙う。
正直まだ実感の薄い話ではあった。
それでも先生の真剣な眼差しと、僕を心配するニナの表情が気を引き締めさせる。
「気を付けておきます」
「うん。もし目の前に現れた躊躇わないことだよ。迷いは君を、君の大切なものを危険にさらす。先に決意だけ固めておくんだね」
「戦う決意ならもう決まっていますよ」
「違うさ」
先生は言う。
初めて聞くような、冷たい声で。
「人を殺す覚悟だよ」
◇◇◇
「アレン、アーレーン!」
「え、なに?」
「なにじゃないよ。さっきからぼーっとしちゃって! 全然話に参加してないでしょ!」
「あ、ごめんニナ」
少しだけ昔のことを思い返していた。
昔というほど前でもないけど、僕にとって重要な話を。
そのせいでみんなの話をほとんど聞いていない。
「えっと、なんの話だっけ?」
「おいおいまったく聞いてねーのか? 依頼だよ、依頼!」
「あ、ああ、そうだったね」
僕たちは二年生になった。
進級したことで変わったのは学年だけではない。
二年生からは依頼を受けていくことになる。
僕たちは図書館に集まって、どの依頼を受けるか話し合っていたんだ。
「どこまで話したかな?」
「まだなんもだよ。ホントに聞いてなかったんだな」
「ご、ごめんジーク君」
「あんまりアレン君を責めないであげなよ。あんたと違って司書の仕事もあるし大変なんだよ」
「それはそれだろうが。つかオレと違ってってなんだ?」
煽るフィオさんの一言がきっかけで、また二人の喧嘩が始まろうとする。
それをニナが止める。
「二人とも! ここは図書館だよ! 静かに」
「う、悪い」
「ごめん、ニナ」
彼女のおかげで喧嘩は未然に防がれた。
僕はホッとして胸をなでおろす。
同じタイミングでフレンダさんもホットしたようで、目が合っておもわず笑った。
「んでなに受ける? 最初だし五人で受けられる依頼とかがいいよな」
「そうだね。せっかくみんな一緒なんだし」
「あたしも賛成。いきなり一人とか不安だしね。こいつと二人でも不安だし」
「わ、私も皆さんと一緒だと嬉しいです」
四人とも同じ意見みらいだ。
もちろん僕も。
依頼は一人で受けてもいいし、チームを組んで受けてもいい。
特に指定がなければ人数は関係ない。
依頼に設定されたポイントを一人で受け取るか、チームで分配するかの差があるだけだ。
よほど簡単な依頼でなければチームで受けることを学園側も推奨している。
「せっかくだしよ~ 派手なやついきてーよな」
「あんたは暴れたいだけでしょ」
「んだよ。お前だってそうだろう? ちまちま探し物とかしたいと思うか?」
「それはー……思わないけど」
なんだかんだ二人とも好戦的だ。
ジーク君はニヤりと笑う。
「つーわけでオレはこの依頼がいいと思う」
そう言ってジーク君は一枚の依頼書をテーブルに置く。
依頼書の原本はロビーに貼ってある。
ジーク君が見せたのはコピーだ。
依頼の種目には護衛と書かれている。
「積み荷の護衛だね。王都から二つ離れた街まで三台の積み荷を護衛する依頼だね」
「そう! 道中は魔獣の出現箇所があるらしいんだよ。どうだ? ワクワクしねーか?」
「ワクワクはしないかな」
「んだよノリわりーな!」
ジーク君は本当に戦いとか身体を動かすことが好きみたいだ。
さすがに魔獣との戦闘を楽しめるのは理解できないけど。
ただ、戦闘がではなく依頼そのものに対する期待はあった。
初めての依頼だからだろうか。
なんであれ、やる気は十分にある。
「僕はこれで良いと思うよ」
「私も賛成!」
「あたしもいいよ」
「私も、皆さんがよければ」
「決まりだな!」
僕たちの初依頼が始まる。
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