21.拳を合わせたら
架空の冒険譚【竜拳道】。
この物語は少年が自身を助けてくれた強い男に憧れる場面から始まる。
生まれつき身体が弱く引っ込み思案だった主人公は、最強を目指す一人の武芸者と出会って一変した。
拳一つで強大な敵を叩き潰し、血と汗を流す姿に心を動かされた少年は、自分も彼のようになりたいと夢想した。
そして成長した少年は旅に出る。
己の強さを磨き、最強の武芸者になるための。
物語の最後で、彼の拳はドラゴンの鱗すら打ち砕いた。
「おおおお!」
僕の拳は最強を目指した男のものになっている。
鋼鉄の壁くらいなら難なく破壊できる。
そんな一撃を――
「平気で受け止めるんですね」
「いいぜいいぜ! すげぇ衝撃だ! こんなパンチが打てるやつなんて初めて見たぜ!」
「こっちのセリフですよ」
彼の拳はドラゴンの鱗より硬いのか?
空想の怪物。
伝説として語り継がれる存在すら打ち砕いた拳と、彼は平然と打ち合っている。
一撃目は手加減した。
本気で殴って拳を粉砕してしまったら……と思ったから。
だけど、それは僕のおごりだった。
彼の拳は砕けない。
本気で殴らないと砕けるのは僕の拳のほうだ。
「凄いなアレン君。あの馬鹿とまともに殴り合ってるよ」
「いやいやいや! 凄いのはジーク君のほうだよ」
「ど、どっちもおかしいです……」
殴り合いの最中にも三人の声がわずかに聞こえた。
集中していないわけじゃない。
むしろこれ以上ないくらい集中している。
あらゆる感覚を研ぎ澄まし、ジーク君の隙を狙う。
打撃だけじゃ埒があかない。
僕はジーク君の拳を受け流し、重心が前へ傾いたところで腰をおろし足を払おうとする。
「うおっと!」
彼はすぐさまジャンプして回避した。
反応が早い。
読みがいいというより、反射神経が普通の人より優れている感じがする。
でも!
「空中なら躱せないですよね!」
足払いを回避されたのは予想通りだった。
僕の狙いはその後、空中に浮かんだ状態なら回避はできない。
地面に手をつき宙返りするように、ジーク君の頭めがけて踵落としをくり出す。
「甘いぜ!」
「なっ!」
空中で僕の足を掴んだ!?
僕の足首を掴んだ彼は踵落としの衝撃で地面に着地した。
そのまま反対の手で脹脛を鷲掴み、力一杯にぶん回す。
「おらよっ!」
「うわっ!」
吹き飛ばされた僕は空中で一回転して姿勢を戻し着地。
お互いに向き合い一呼吸置く。
「やるじゃねーか。体捌きはオレより上だな」
「ありがとうございます。僕もまさかあんな返しをされるなんて思いませんでした」
「『超身体』の能力だぜ。身体能力があがって、反射神経も何倍にも跳ね上がるんだぜ」
「なるほど」
ギフトの力だったのか。
それにしても予想を上回る反射に耐久性。
僕の打撃を何度も受けながら、一向にダメージが蓄積された気配はない。
対して僕のほうは……。
「はぁ……はぁ……」
「ん? なんだ? もうばてたのか」
「はい。こんなに激しく動いたのは初めてですから」
ギフトの力で強くなっても、身体は僕自身のままだ。
体力は変わったりしない。
もっと身体を鍛えないと。
身体づくりは今後の課題になりそうだ。
「もうやめとくか?」
「まだです。決着はついてませんから」
「そうこなくっちゃな!」
僕たちは再び拳を合わせる。
どちらかが倒れるまで終わるつもりはない。
彼も僕も、強くなるために拳を振るう。
「アレン……なんだか楽しそう」
「あの馬鹿もね。あんだけ殴り合える相手って初めてじゃないかな。すっごく楽しそう顔してるよ」
「ふ、二人とも痛くないんでしょうか」
「痛いとかそういうのは考えてないと思うよ」
「だな。男って馬鹿な奴ばっかりだよね」
外野から言いたい放題言われている気がする。
でも、その通りだ。
拳が痛い。
肩も腕も、全身が痛くて疲れがのしかかる。
呼吸も苦しくて、今にも倒れそうだ。
それを……楽しいと感じている。
「はぁ……はぁ、っ……さすがに息があがってきたぜ」
「……僕も、あと一発くらいが限界みたいです」
「じゃあちょうどいい次の一発で決めようぜ」
「はい!」
お互いに次の一撃に全てを込める。
駆け引きはいらない。
ただ一つの拳に、残り全ての力を込めて。
「いくぜ!」
「うん!」
ぶつけ合う。
最後の瞬間に確信した。
今の一撃こそ、これまでに放ったどの打撃より強いことを。
そしてその拳ですら、彼の拳は壊せない。
僕たちは同時に倒れる。
「はっ、引き分けだな」
「いえ、僕も負けですよ、僕も動けません」
「ばーか。オレもだっつの。こんなにヘトヘトなのは久しぶりだ。お前ホントに強ぇな」
「ジーク君のほうこそ。僕は……本の力を借りてやっとでした」
「何言ってんだ? それがお前の力だろ?」
何気ない彼の一言が、僕の心の中にあったモヤモヤを一つ吹き飛ばす。
実をいうと、少しだけ後ろめたかった。
僕は本に記された記憶、記録を力に変えている。
それは僕の力じゃなくて、物語の中にいる誰かのものだ。
僕が勝手に使ってもいいのかと、思う気持ちがあった。
「僕の……力……」
だから嬉しかった。
そう言ってくれたことが。
「なぁアレン、またやろうぜ。今度は勝つ」
「もちろんです」
「おう。つーかそろそろ敬語止めてくれ。拳をぶつけ合った後でそれは気持ちわりぃし、友達っぽくねーだろ」
「――そうだね。ごめん」
僕は本を閉じる。
この物語の主人公も、戦った相手と友人になっていた。
拳を合わせることで分かり合う。
それは空想の中だけではないのだと、僕は知る。




