18.次なる相談者
時計の針が十二の数字に重なる。
偶々視線の先にあって、僕はそれに気付く。
「もう授業が終わる時間だね」
「あ、本当ですね」
話していたら時間の経過に気付かなかった。
楽しく話ができていた証拠だ。
彼女とは少しだけ打ち解けられた気がする。
まだ緊張しているように見えるけど、初めての頃に比べたら幾分マシになった。
「もうすぐニナがくるよ」
「え、でもまだ終わったばかりですよ」
「彼女なら走ってくるよ。いつもそうだからね」
ちょうどいいタイミングで扉が開く音が聞こえた。
半信半疑のフレンダさんは驚く。
「本当に?」
「ほら、言った通り……」
と思って扉のほうを見て、僕は思わず固まった。
図書館にやってきたのはニナじゃなかった。
見慣れない男女二人組だ。
一人はガタイがいい短髪のちょっと怖そうな男の人で、隣の女の子はニナと同じか少し小柄な女の子だった。
オレンジ色の髪を後ろで結んでいるのが特徴的だ。
「違う方たちですね」
「そう……だね」
さすがに恥ずかしいな。
ニナだと思って得意げな顔をしてしまった。
それにしても驚いた。
授業終わりのこの時間にきたということは、間違いなく走ってきたのだろう。
ニナ以外でそんなことをする人がいることに驚く。
よほど読みたい本があったのかな?
だとしたら仲良くなれそうな気はするけど……どう見ても本が好きそうな見た目をしていないんだよね。
「あ、あの、アレン君。あの二人、なんだかこっちを見てませんか?」
「え? あっ」
言われてみれば、図書館に入ってから本を探すのではなく僕のほうを見ている。
そのまま真っすぐに僕の元へものすごい速度で歩いてきた。
「な、ななな、なんですか? こっちに来ますよ!」
「いや僕にもわからないよ。とりあえずフレンダさんは僕の後ろにいて」
「は、はい」
フレンダさんが僕の後ろに隠れ、僕は少し前に出る。
二人はカウンターの前で立ち止まった。
明らかにただならぬ雰囲気を醸し出している。
僕はごくりと息を飲み、小さく短く呼吸を整える。
落ち着け。
ここは図書館だ。
僕は司書、みたいなものだし普段通りにしよう。
「どうされましたか?」
「――あんたが、アレン・プラトニアか」
先に口を開いたのは男子生徒のほうだった。
低くて太い男性らしい声だ。
大きな人だと思ったけど、近くで見るとさらに大きく感じる。
「はい。そうですが」
「そうか。あんたが……」
数秒の沈黙。
僕に何を確認したかったのだろう。
「えっと、お探しの本があれば協力いたしますよ」
「いや、本を探しに来たんじゃないんだ」
「用があるのはあんたにだよ」
今度は女の子のほうが答えてくれた。
ニナと少しだけ声の質が似ている。
高くてよく通る声だ。
「え、僕に?」
「ああ」
その後はまたしても沈黙。
二人そろって威圧感が半端じゃない。
一体なんの用なのか。
びくびくしながら次の言葉を待つ。
雰囲気的にはこのまま決闘でも申し込まれそうな……もしそうならどうしよう。
「アレン・プラトニア」
「あんたに頼みがあるんだ」
「頼み?」
もしかして新しい相談者か?
「なんですか?」
「「勉強を教えてください!」」
「……へ?」
◇◇◇
トットットットッ!
石の上を駆ける音が図書館へ近づく。
走りながらで呼吸は早く浅い。
彼女はそのまま勢いよく図書館の扉を開けた。
「ごめんアレン! 先生に呼ばれて遅くなちゃ――あれ?」
「あ、いらっしゃいニナ」
「こんにちは、ニナさん」
「うん、二人ともこんにちは! じゃなくてさ!」
図書館に来て早々、彼女は取り乱していた。
理由は彼女が見た光景にある。
一つのテーブルを挟んで座る僕とフレンダさん。
そして……他に二人。
「なぁアレン! ここの答えを教えてくれ!」
「馬鹿じゃないの! 答えを先に聞いたら勉強にならないでしょ」
「うるっせーな! 答えを聞いた後で解き方を教えた貰えばいいだろうが。馬鹿だなぁお前は」
「誰が馬鹿よ! 他の人ならともかくあんたにだけは言われたくないっての!」
隣の席で言い合う二人を、まぁまぁと宥める。
そんな状況を見ながら、ニナはぽかーんと立ち尽くす。
「ど、どういう状況?」
「えっと、二人に勉強を教えることになったんだ。相談で」
戸惑うニナに説明もかけて、僕たちは一旦勉強を中断する。
彼女は僕の隣に座り、二人と向かい合って話す。
「オレはジーク! ジーク・ラズドラーだ。よろしくな」
「あたしはフィオ・ゼン。っていうかニナは知ってるし自己紹介とかいらないよね?」
「あ、やっぱりニナは知り合いなんだね」
「うん、二人とも一年生でお友達だよ」
ニナは交友関係が広いから、二人が一年生だと聞いてもしかしてと思っていた。
どうやら正解だったらしい。
ニナは二人に問いかける。
「なんで二人がここにいるの?」
「だから言ったじゃん。アレン君に勉強を教えてもらうためだって」
「そうそう。もうすぐ進級試験だろ? オレたち頭悪いから筆記試験自信なくてよぉ」
「あんたと一緒にはされたくないけどね」
二人はまたにらみ合う。
勉強を始めて数分だというのに、もう見慣れ始めた光景だ。
「それはいいけど、なんでアレンなの?」
「ニナが言ったんじゃん。なんでも相談に乗ってくれる人がいるって。ニナもよく勉強教えてもらってるってさ」
「あ、そういえば話したかも……」
「でしょ? だからお願いしに来たんだ」
という流れで、僕は二人に勉強を教えることになったわけだ。
なんでも相談を受けると宣言していたけど、まさか同級生に勉強を教えることになるなんて……。
なにが起こるかわからないな。




