17.友達になりたい
午前中。
いつもより利用者が少なくて静かな図書館で一人、カウンターで本を読みながらゆったり過ごす。
最近は慌ただしい日が続いていたから、こういう時間が妙に落ち着く。
ニナが授業で不在なことは寂しくもあるけど。
「不思議な気分だなぁ」
以前の僕は、一人でいる時間に深い孤独を感じていた。
図書館の中に他の人がいようと孤独は消えなかった。
誰も僕に関わろうとしないから?
それもあるけど、僕自身が人と接することに後ろ向きだったせいもある。
他人との関わりから逃げていたのは僕の弱さだ。
その弱さと向き合い乗り越える決意をしてから世界が変わったような気がする。
一人でいる時間も不安に感じない。
寂しさはあっても、孤独だとは思わない。
それはきっと、僕の世界の住人が増え始めているからだろう。
図書館の扉が開く音がした。
授業の終わりにはまだ早い。
ニナではないことはすぐにわかった。
彼女なら入ってすぐ大きな声であいさつをするか、僕の名前を呼ぶ。
僕は入り口に視線を向けた。
「フレンダさん」
「お、おはようございます。プラトニア君」
図書館にやってきたのはフレンダさんだった。
彼女から相談を受けてストーカーを捕まえたのは、つい数日前のお話だ。
人見知りな彼女は扉の近くでモジモジしている。
まだ出会って数日、緊張するみたいだ。
僕はなるべくやさしく笑顔を見せながら彼女にいう。
「そんなところにいないで座ったら?」
「は、はい。そうします」
彼女はトコトコと歩き出し、僕の近くにくる。
カウンターの中に入ってき、そのまま僕の隣にある椅子へ腰を下ろした。
僕は少し驚いてしまった。
座ったらとはいったけど、僕の中ではカウンターから離れたソファーに座ると思っていたから。
その驚きが表情に出てしまって、彼女は動揺する。
「す、すみません! なにか間違えましたか」
「ううん、そんなことないよ」
せっかく彼女のほうから歩み寄ってくれたんだ。
変に意識させないように、僕はめいっぱいの笑顔で答えた。
すると彼女は恥ずかしそうに目を逸らす。
ニナのようにはいかないな。
「「……」」
いきなり静かな時間が続く。
図書館では静かにすることが礼儀といっても、手が届く距離に誰かがいて、会話が一つもないというのも落ち着かない。
ニナがいてくれたら賑やかになっただろう。
さすがに僕も、フレンダさんと二人きりの状況は慣れないな。
「授業はいいの?」
「あ、はい。受けたい授業は午後からなので」
「そっか」
会話が続かない。
何を話せば盛り上がるのだろうか。
自分が沈黙に耐えられないことに今さら気づく。
ストーカーの一件を解決して以降、彼女は図書館に足を運ぶようになった。
目的もなくふらっとやってくる……というわけではない。
彼女がここに足を運ぶことには意味があった。
それは――
「フレンダさん、本当によかったの?」
「な、なにがですか?」
「僕たちに協力するって言ってくれたことだよ」
相談事が解決した後で、フレンダさんは僕たちの活動に協力したいと言ってくれた。
断る理由もないし、ニナも嬉しそうだったから前向きに返答したけど……。
「僕たちの活動は成績には入らない。あくまで僕がギフトを使い熟せるようにするためのものなんだ」
「それは……聞きました」
「いいの? 協力してもフレンダさんに得なことはないと思うよ」
「得をしたい、わけじゃありませんから」
彼女はモジモジしながら続けて語る。
「私が、お手伝いしたいんです。助けてくれたお礼がしたくて……それに、その……」
彼女は僕をじっと見つめる。
なにかを言いたげに。
「私、前からプラトニア君のことは気になっていたんです」
「え? それってどういう意味?」
「へ、変な意味じゃないです! その、プラトニア君が私と似ている気がして」
「――! ああ、なるほど」
似ている。
僕も前に同じことを思った。
近い感覚が彼女にもあったのだろう。
「私も学園で一人で……プラトニア君も一人でいるところ見かけて。噂とかも耳にしてたから余計に気になって……話してみたいなって思ってました」
「そうだったんだ」
「は、はい。でも勇気がでなくて……中々話しかけられなくて」
彼女は申し訳なさそうに語ってくれた。
意外だった。
というより、純粋に嬉しかった。
行動には起こせなかったみたいだけど、僕と関わりたいと思ってくれていたなんて。
それも、落ちこぼれとしか思われていない頃の僕と。
「だからきっかけができて、嬉しかったんです。それに、プラトニア君を見ていたら勇気が貰えるんです。私も……変れるんじゃないかって」
「フレンダさん……」
「すみません。失礼……ですよね」
「ううん、嬉しいよ。そう思ってもらえるのは嬉しい」
僕を姿を見て、前向きな気持ちを抱いてもらえる。
失礼なんかじゃない。
むしろ最高じゃないか。
「変れるよ。僕が変われたんだから」
「はい。頑張りたいと、思っています。だから手伝わせてください。私も、誰かと関わりたいんです。プラトニア君みたいに」
「うん」
そういうことなら、もう気持ちを確認するような質問はしないでおこう。
彼女自身が変わるために踏み出した一歩だ。
僕はそれを応援したい。
少しだけ先んじて一歩を踏み出した先輩として。
「じゃあ、よろしくね」
「はい。プラトニア君たちの邪魔にならないように頑張ります」
「邪魔になんてならないよ。というか、僕のことはアレンでいいよ。友達、でしょ?」
「はい! えっと、アレン君」
自分から友達であることを確認するなんて、ちょっと恥ずかしくはある。
だけどよかった。
僕の勘違いじゃなくて。
こうして僕に、ニナ以外に初めての友達ができた。




