12.勇気を出して
僕たちはカウンターから移動して、ソファーに彼女を案内する。
テーブルを挟んで向かい合うように座り、ニナが入れてくれたお茶を並べて話す。
「い、一年のフレンダ・シークロールです」
「フレンダさんだね! 私も同じ一年だよ!」
「あ、はい。えっと、知ってます。ニナ・ブランドールさん……ですよね」
「そうだよ! あれ? もしかして話したことあったかな? おかしいなぁ、私勉強は苦手だけど人の顔と名前を覚えるのは自信あったのに」
そう言ってニナはうーんと考え始める。
頑張って思い出そうとしているみたいだ。
「い、いえ。話すのは初めてです。プランドールさんは有名人だから、一方的に知ってただけです」
「ゆ、有名人っていわれると照れるなぁ。そんなことないと思うけど」
事実、彼女は有名人だ。
炎系統に特化したギフトホルダーで、入学時点で能力値は学年トップクラス。
在校生全体でも実力は上位に入る。
明るく活発で人当たりのいい性格もあって友達も多い。
人の輪の中心にいることが多い彼女は、おそらく在校生のほぼ全員から顔と名前を覚えられている。
「これからよろしくね! フレンダさん!」
「は、はい。よろしくお願いします。プランドールさん」
「ニナでいいよ~ 一年生同士なんだし敬語もいらないからね」
「わ、私はこのほうが慣れていて。でも、名前は頑張ります」
明るく接するニナにたじたじな様子。
どうやら彼女は人見知りみたいだ。
ニナもそれを察してか、必要以上に強要したり質問したりしない。
それからフレンダさんは恐る恐る僕に視線を向けた。
「アレン・プラトニアです。初めまして、ですよね? 僕も一年生なんだ。あまり授業に出てないから知らないかもしれないけど」
「いえ……知ってます」
彼女は言いにくそうに答えた。
僕と彼女に面識はない。
ただ、知っているというのには納得できる。
ニナとは全く別の意味で、僕も有名人ではあるから。
全然嬉しくはないけどね。
彼女は不安そうに僕を見つめる。
相談をしに来てくれたみたいだけど、やっぱり僕が相手だと不安に感じるのだろうか。
頼りないと思われたら、せっかく来てくれたのに帰ってしまうかもしれない。
ここは堂々と構えて、頼れる同級生を目指そう。
僕はわざとらしく一回咳ばらいをする。
「えっと、相談に来てくれたんですよね?」
「は、はい。掲示板の張り紙を見て……」
僕はニナに視線を向ける。
嬉しそうな横顔が見られてホッとする。
張り紙の効果はちゃんとあったんだと、現実に証明されたことが僕も嬉しい。
「相談内容を聞いてもいいですか?」
「はい……」
返事をした彼女だったけど、すぐには話し出さなかった。
周りを気にしてキョロキョロしたり、怯えているように見える。
この反応だけでも、よほど怖い目にあっているのだろうと推測できた。
「大丈夫ですよ。ここには僕たちしかいません。他に聞かれる心配はありませんから」
「……はい。実は……私……ずっと誰かに見られている気がするんです」
「見られている? それって」
「ストーカーってこと?」
僕に続いてニナが尋ねた。
ちょっぴり大きな声で言ったからフレンダさんも驚いてビクッと身体を震わせる。
緊張のせいかと思ったけど、今の反応は怯えだ。
ニナも気づき、ヒソヒソ声で言う。
「ごめんね。もしかして今もあるの?」
「い、いえ、学園の中だとありません」
「じゃあ視線を感じるのは学園の外なんですね?」
僕の質問に彼女はうなずいて答えた。
彼女は詳細を語る。
「ひと月くらい前から……登下校中に視線を感じるようになって、誰かが後ろにいるような感じがしたんです」
「完全なストーカーだね。誰かわかる?」
「わからないんです。私……その、ギフトで『鷹の眼』を持っているんです」
自身を中心とした一定範囲内を俯瞰的に見ることができるギフト。
それが『鷹の眼』。
範囲に個人差はあるものの、上空から周囲を把握できるこのギフトは秀でた索敵能力を持つ。
物陰や壁の反対側まで見ることができる便利な力だ。
「怖いけど『鷹の眼』で確認したんです。でも……誰もいませんでした。誰もいないのに視線はずっと感じるんです」
「見えないけど視線だけ……考えられるのは『不可視』のギフトを持っているか。フレンダさんの眼の範囲外から『千里眼』で見ているか……かな」
「学園では大丈夫なら生徒じゃなさそうだね」
「それはわからないよ。学園の中で感じないのも、生徒だから堂々とできるっていう可能性もあるから」
「あ、確かに……」
残念ながら容疑者は学園の関係者に限らない。
被害者が女性だから、おそらく犯人は男性だと思うけど……。
そこも断定はできないな。
「一か月も前からって、ずっと? 毎日?」
「はい……最近は家の中でも感じるようになって……怖くて、もう」
「フレンダさん……」
彼女は恐怖で震えている。
今にも泣き出しそうな顔をしながら。
そんな彼女にニナが優しく尋ねる。
「そんな怖かったなら誰かに相談しなかったの?」
「……私の家は辺境の領主で、王都にも知り合いがいなくて……相談できる相手がいなかったんです」
「じゃあ先生は?」
「先生も……私みたいな辺境の出身の相手は、してくれないと思って」
彼女は下を向く。
そんなことない、とは言えなかった。
この学園ではギフトが全てだ。
ただ、身分がまったく関係ないかと言われたら別なんだ。
貴族はプライドが高い人が多くいる。
自分の家に誇りを持っているからであって、決して悪いことじゃない。
中には他の貴族を見下すような人もいるけど。
彼女が後ろ向きなのも、そういう貴族たちを見てきたからなのだろう。
教員も例外じゃない。
現に僕も、まともに相手をしてくれたのはユグリット先生だけだった。
彼女は親元を離れ、王都で一人暮らしをしているらしい。
だから両親に相談することも難しかった。
「我慢してれば……そのうち無くなるかと思ったんです。でも変わらなくて……最近は家の中にいても視線を感じるようになって」
「家の中でも? 大丈夫なの? 何かされたり」
「視線だけです。で、でも怖くて……いつか何かされるんじゃないかって」
怖いのは当然だ。
見えない誰かにずっと見られている。
男の僕でもぞっとする。
そんな恐怖に彼女は一月も耐えてきた。
誰にも相談できず、一人きりで。
「わかった。僕たちがなんとかしてみせるよ」
「プラトニア君……」
気ッと相談するのも勇気が必要だったはずだ。
その勇気に、応えたいと思った。




