プラシーボ効果とノーシーボ効果!!
プラシーボ効果という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。「これを飲めば絶対に良くなる」と信じて薬を飲んだり治療を受けたりしたら、たとえその薬が砂糖の塊だったとしても、実際に具合が良くなったり症状が改善したりする現象のことだ。要するに、思い込みの力で免疫力を上げることができるということだ。
一方、プラシーボ効果とは逆の効果を発揮する存在もあり、それをノーシーボ効果という。これは、自分の具合が悪くなると信じれば、本当に具合が悪くなるという現象だ。何かが害をもたらすという暗示や思い込みが原因で起きるのである。
ノーシーボ効果の研究で、こんな実験がある。被験者の頭にいくつかの電極を貼り付けて、弱い電流を流し、脳機能にどんな影響が生じるかを調べるという趣旨を伝える。さらに、電流を流すことで頭痛が起きる可能性があるが、その他に悪い影響はないと説明する。そして実験の結果、被験者の三分の二以上が、頭痛を感じたと報告したらしい。だが、実際には電流は流していなかったのである。これは思い込みの力で健康な人を病気にしたということである。
つまり、俺たち人間は何を信じるかによって、肉体的健康が良い方にも悪い方にも左右されるのである。
ある日の放課後、俺は桔梗さんとこんな会話をしていた。
「汝は部下が欲しいと思ったことはあるのか?」
「部下…? 特にそんな風に思ったことないけど…」
「そうか……まあ汝は先輩だからな。汝にとって我ら一年は部下みたいなものか…」
「桔梗さんたちをそんな風に思ったことないけどなぁ……もしかして、俺、そんな態度だったのか?」
「いや、そんなことはないが……では、我らは汝にとってどんな存在なのだ?」
桔梗さんがそう言うと、さっきまで三人で話していた霞さんとひまわりさんとカスミンが急に黙って俺の方を向いたのがわかった。
「どんな存在かぁ……そうだなぁ……部下というよりか、頼もしい仲間? いや、同僚……? とにかく対等な関係だと思っているつもりだけど…」
「そうか…」桔梗さんは少しホッとしたようだった。
「頼もしいニャ間かぁ! それ、いいニャぁ!」カスミンが嬉しそうなトーンで言った。
「そうだね」霞さんも笑顔で喜んでいるようだった。
「もし、年下ってだけで見下してくるなら、翔先輩を火あぶりの刑に処していたんですけどね!」ひまわりさんが本気なのか冗談なのかわからないことを笑顔で言った。
「そ、そうか…危なかった…」俺は内心焦っていたが、冷静さを装った。そして早く話題を変えたかったので「桔梗さんは部下が欲しいのか?」と質問してみた。
「ん? まあ、そうだな。最近ハマっているアニメの主人公がある組織のリーダーでな。それがカッコよかったから、我もそんな風になりたいと思ったのだ!」
「そっか! どんなアニメなんだ?」
それから桔梗さんは、一方的にアニメの魅力を語りだした。これは一時間コースだな、と思って覚悟していると、ドアをノックする音が聴こえた。俺たちはそれぞれ所定の位置に座り準備をしてから、ひまわりさんが「どうぞ」と声を掛けると、ドアが開き、そこには七海さんと隣に可愛らしい中性的な顔立ちの男の子が立っていた。しかし、その男の子は、何かに怯えているような感じで、数日何も食べ物を食べていないようなゲッソリした顔をしていた。その子は部室に入る前に、中を見渡しながら危険がないか確認しているようで、七海さんはその子の肩にやさしく手を乗せ、「ここは大丈夫だよ」とやさしい声で言い、慎重に部室内へ誘導していた。そして二人はゆっくりと椅子に座った。俺はこの構図に少しデジャブを感じた。
椅子に座った後も、男の子が落ち着かない様子で部室中を見渡していたので、俺たちはアイコンタクトをし、慎重に事を進めることを共有してから、まずは友好的な雰囲気を作ることにした。
「ここは変な仕掛けとかはないよ」時雨がやさしい口調で男の子に言った。
「え!? あ、はい…すみません…」彼は俯いてしまったが、まだ目は辺りを見回していた。
「あ、別に怒っているわけじゃないんだ。初めてのところだと緊張すると思って、安心させようと思ったんだ」
「そ、そうッスか…」彼は俯いたまま言った。
「キミは一年生かな?」
時雨がそう尋ねると、彼は黙って頷いた。
「そっか! 名前を聞いてもいいかな?」
「なっ! 名前…ッスか?」彼の警戒心が強まった気がした。
「あ、嫌ならいいんだ。無理に言う必要はないから」
「そ、そういうわけでは…」彼はそう言って再び俯いた。
時雨もどうすればいいのかわからず困った様子で俺たちを見回した。
「あなた……不知火くん…だよね?」ひまわりさんが彼に質問した。
「……はい。文月さん、ぼくのこと知っていたんッスね…」
「一応、副会長だからね。一年生の顔と名前は全員覚えているの」
「そう……ッスか……すごいッスね…」
「へぇー、そうニャのかぁー! すごいニャぁ、ひまわりちゃんは! 霞ちゃんと全然違うニャ」
「霞は何人覚えているのだ?」桔梗さんがカスミンに尋ねた。
「霞ちゃんは、片手で数えきれるくらいだニャ!」
「たったの五人! そんなに少ないのか! 我でも両手で数えるくらいいるぞ!」
「そっ、そんニャに!」
カスミンが驚いていたので、桔梗さんは得意げな顔になっていた。
「いや、それも少ないからな! なに少ない人同士で争ってんだよ」紫苑が二人にツッコミを入れた。
「う、うるさい! そう言う汝は何人覚えているのだ?」
「俺は学年問わず、この学校のほぼ全員を覚えている!」紫苑は堂々と言った。
「なっ! なんだってぇー!!」「ニャっ! ニャんだってぇー!!」桔梗さんとカスミンが声を揃えて大袈裟に驚き、その反応に紫苑も満足げな表情をしていた。
「そ、そんなはずあるかぁ! 一体何人いると思ってるんだ!」
「ほっ、本当に覚えているのかニャ?」
「フッ、当然だろ!」
こいつら一体何で張り合っているんだと思いながら見ていると、ひまわりさんが「今、そんな話はどうでもいいので、神無月先輩は黙っていてください!」と強い口調で言い、それを聞いた紫苑は「は、はい…」と言ってシュンとした。そして桔梗さんたちピシッとした姿勢になり、黙り込んだ。
「不知火くん、ごめんなさい。うるさかったよね?」ひまわりさんが代表して謝った。
「い、いえ、そんなことないッス。謝る必要はないッス。楽しそうな場所…ッスね」ゲッソリしている彼の表情が少し明るくなった気がしたので、桔梗さんたちのやり取りは無駄ではなかったようだ。
「ここ、いつもこんな感じなの! だから大丈夫だよ!」七海さんがフォローして彼に言っていたが、少し小馬鹿にされている感じがした。
「ちょっと杏ちゃん! その言い方だと不知火くんが勘違いするでしょ! ここは真面目な相談室なんだから!」ひまわりさんが部のイメージを気にして七海さんに抗議していた。
「えー、そうだっけ?」七海さんはとぼけた様子で言った。
「そうですよね! 翔先輩!」
「え!? あ、あぁ、そうだな」急に話を振られたので、俺は適当に答えた。
「ほら、翔先輩もそう言っているでしょ! 如月先輩もそう思いますよね?」
「え!? う、うん、そうだね」牡丹さんも咄嗟に振られて焦った様子で答えていた。
「ほらね! ベル先輩も…」ひまわりさんがそう言い掛けたところで、七海さんが先に「ベル先輩はどうなんですか?」とベルさんに質問した。
「ワタシデスか。そうデスね……ここは悩みを相談する場所デス。なので、内容によって雰囲気は変わりマスが、どんな悩み事でも真剣に取り組む場所デス」
ベルさんが予想外に真面目な返答したので、俺を含め全員が驚いているようで何も言わず固まっていた。そんな中、彼が口を開いた。
「どんな悩み事でも……ッスか?」彼はベルさんの言葉を繰り返した。
「ハイ!」ベルさんは軽く微笑んで答えた。
「……じゃあ、ぼくの話も…聞いて…くれるッスか?」
「モチロンデス!」
ベルさんのおかげで彼が相談する気になったようなので、今回はベルさんに進行してもらうことにした。
まず自己紹介をしてもらった。彼の名前は不知火灯。一年C組でオカルト研究部に所属しているらしい。彼は生粋のオカルト好きで、UMA、UFO、オーパーツ、超古代文明、超能力、心霊現象、黒魔術、白魔術、錬金術などを日々仲間と共に研究しているらしい。オカルト研究部ということは桔梗さんと知り合いかと思ったが、桔梗さんは知らないようだった。その理由は、不知火くんが部活に入ったのは最近なので、まだ桔梗さんと接点がなかったということらしい。しかし、不知火くんは一方的に桔梗さんのことを知っており、尊敬していると言っていた。それを知った桔梗さんは、少し嬉しそうな表情をして、胸を張っていた。
そして不知火くんは自己紹介を終えた後、今回の相談の本題に入った。不知火くんは三日前に一人でオカルトについて調べていたらしい。その日調べていたことは白魔術についてで、自称白魔術師と名乗る男にインタビューしたらしい。その時にその男と問題が起こったそうだ。
その日、不知火くんは朝からお腹の調子があまり良くなかったらしい。前日に激しい腹痛に襲われたため病院に行ったが、特に悪いところは見つからず、ただの腹痛と診断されたらしい。そして薬をもらい、休んでいると少し落ち着いたが、翌朝を迎えてもまだちょっと調子が悪いようだった。しかし、それは逆にちょうど良いと思ったらしく、白魔術師に治してもらおうと考えたそうだ。そのことを白魔術師にお願いすると、快く引き受けてくれたらしい。
それから白魔術師は地面に何か魔法陣のようなものを描き、その中に不知火くんは立たされたらしい。そして白魔術師は、何語かわからない言葉で呪文を唱え始め、10分程で儀式が終わったらしい。不知火くんは、白魔術師に具合を聞かれたので、「まだ、よくわからないッス」と答えると、白魔術師はゆっくりとした口調で「そうですか。効果がすぐに出るとは限りません。ですが、信じていればきっと良くなるでしょう」と言ったらしい。
ここまでの話を聴いた時点で、すでに自称白魔術師という男がものすごく怪しいと思ったが、まだ続きがありそうなので、黙って話を聴くことにした。
そしてここからが、不知火くんと白魔術師に起こった問題であった。不知火くんが白魔術師のインタビューを終えて帰ろうとしたところ、呼び止められたらしい。その理由は今回の報酬についてだったらしい。不知火くんは、今回てっきり無料で引き受けてくれたのだと思い込んでいたようで、ビックリしたらしいが、お礼の気持ちを込めて、いくらか払おうと思ったらしい。しかし、白魔術師が請求して来た金額が10万円という高額だったため、不知火くんは払えないと訴えたらしい。
やはりと言うべきか、自称白魔術師は詐欺師のようだった。それから白魔術師がしつこく請求してくるので、不知火くんは困って警察に相談しようとしたらしい。その時、白魔術師が暴走して、不知火くんに何か嫌な臭いのする液体をかけてきたらしい。そしてその白魔術師はこう言ったそうだ。「俺の正体は黒魔術師だ。今の液体で呪いは完成した。今のお前の腹の中には蛇がいる。その蛇がお前の体を蝕んでいき、お前はもうじき苦しんで死ぬ!」と。そう言って自称白魔術師改め黒魔術師の男は、その場を去って行ったらしいが、不知火くんは「お前はもうすぐ死ぬ!」と声高に告げられたことに衝撃を受けたらしい。それと同時にお腹の具合も悪くなり、本当に黒魔術をかけられてしまったと思い込んだようだ。そして不知火くんはその日から食事をすることができなくなったそうだ。
ここまで話を聴いて、不知火くんがゲッソリしているのと、何かを恐れているような態度の理由がわかった。つまり、不知火くんは黒魔術にかかっているという思い込みにより、食事も喉を通らなくなり、その結果、本当に体調が悪くなっているということだった。おそらく、話に出てきた黒魔術師は詐欺師だろうが、タイミング悪く不知火くんの腹痛が重なったために信じ込んでしまったのだろう。
「ぼく…どうしたらいいッスか? どうやったら黒魔術を解けるッスか?」一通り話し終えた不知火くんが頭を抱えて俯きながら言った。
「そ、そうデスね……」ベルさんも予想外の相談内容に困った様子だった。
すぐに否定しなかったのは賢明な判断だと思う。正直、黒魔術なんてものは非科学的であり、俺は全く信じていないが、それを不知火くんに言ったところで、問題解決にはならないだろう。おそらく、俺たちは頼りにならないと思われて、別の人に助けを求めるか、最悪このまま衰弱してしまうかもしれない。助けを求めるにしても、いい人に巡り合えばいいが、不知火くんみたいに信じやすい体質の人は、また詐欺師に引っかかるかもしれないので、早めにどうにかしたいものである。
そんな風に考えているとベルさんが俺に視線を送って来たので、俺は一つ思い浮かんだことを提案してみることにした。
「不知火くん…ちょっといいかな?」
「…はい…」不知火くんは顔を上げて俺を見た。
「その黒魔術を解くのには準備が必要だから、明日の放課後また来てくれないか?」
そう言うとみんなの視線が俺に集まるのがわかった。
「この黒魔術を解くことができるんッスか!?」
「自信を持って解けるとは言えないが、試したいことがある。それに賭けてみないか?」
俺がそう提案すると、不知火くんは少し考え始めた。その時ひまわりさんが「ちょっと先輩! なにを…」と言いかけたので、俺は手を出して発言を遮った。そして少し沈黙が流れた後、不知火くんは「わかったッス。その賭けに乗りたいと思うッス」と承諾してくれた。
「そっか! じゃあ、また明日ここで待っているよ」
「はいッス」
そう言って不知火くんは七海さんと一緒に部室を出て行った。それと同時に部室内に張り詰めていた緊張感が一気に解け、みんな脱力していた。
「ふぅー結構珍しい相談内容だったね」牡丹さんが言った。
「黒魔術…デスか……なかなか手ごわそうデスね」
「話を聴いた限り、明らかに詐欺師だったニャ」
「こ、こわい…です」霞さんが震えた声で言った。
「俺ならその詐欺師、ぶん殴ってたな」紫苑が拳を突き出しながら言った。
「神秘的な力を悪用するとは、愚かな人間だ」桔梗さんが少し怒った様子で言った。
「全くです。純粋な人を騙すなんて、絶対許せません」ひまわりさんの発言からは正義感が滲み出ていた。
「そうだな、許せないな。だけど今は不知火くんの悩みを解決するのが先決だ」時雨が共感を示しつつ、本題を提示した。そして「で、今回はどんな作戦なんだ? 翔」と言って俺に話を振ってきた。
「そうです! あれはどういうことですか? 先輩みたいな人が黒魔術を信じているはずないですよね?」ひまわりさんが詰め寄る勢いで質問してきた。
「まぁそうだが……みんなもわかっていると思うけど、不知火くんは何でも信じやすい性格だ」俺がそう言うと、みんな頷いた。「だからその信じやすさを俺たちも利用しようと思って、あの提案をしてみたんだ」と続けて言った。
「信じやすさを…利用…? どういうこと?」牡丹さんが質問してきた。
「おそらく不知火くんは、ノーシーボ効果に陥っているんだと思う」
「ノーシーボ…効果…?」ひまわりさんが首を傾げて頭に『?』を浮かべていた。桔梗さんと霞さんも知らないような顔をしていた。
「ノーシーボ効果……聞いたことありマス! プラシーボ効果の反対の意味…デスよね?」
「あぁ」
「プラシーボ効果の…反対?」ひまわりさんが首を傾げて言った。
「プラシーボ効果ってあれだろ! 偽薬を飲んでも、その薬を本物だと思っていたら本当に良くなるっていう…」紫苑が解説をしてくれた。
「あぁ」
「その逆の意味ってことは…」紫苑はそこまで言ってハッとした顔になり、同じ顔をしていたひまわりさんと見つめ合った。
「ハイ……ノーシーボ効果は、病気でもないのに自分が病気だと思い込むと、本当に体調が悪くなってしまうという現象デス。まさしく、不知火サンみたいな感じデス…」
「そんなことが…あるんだね」牡丹さんも驚いているようだった。
「あぁ、人の思い込みは内容によって、良い方にも悪い方にも働くってことだ」
「てことは、今、悪い方に働いている思い込みを、良い思い込みに変えることができればいいってことか?」時雨が内容をまとめて質問してくれた。
「あぁ、そういうことだ」
「でも、どうやって変えるんですか? 思い込みはなかなか変えられないから、厄介なんですよ」ひまわりさんがもっともな意見を言ってくれた。
「まぁそうだな……だけど、俺たちには、こんな時に頼れる人がいるだろ?」俺はそう言って桔梗さんに視線を向けると、みんなも一斉に桔梗さんに視線を送った。そして俺の考えを察したような顔になった。
「え!? わ、我?」桔梗さんは何のことかわからない様子だった。
「とにかく、今回の件にはみんなの力が必要だ。手伝ってくれないか?」俺はみんなの協力を仰いだ。
「うん! もちろんだよ!」牡丹さんが真っ先に答えてくれた。
「黒魔術の解除デスか……なかなか面白そうデスね」牡丹さんもやる気になっていた。
「ニャんかよくわかんニャいけど、ボクたちも協力するニャ!」カスミンがそう言って、霞さんも頷いていた。
「仕方ねぇな。翔がどうしてもって言うなら、手伝ってやるよ」紫苑がツンデレみたいに言った。
「不知火くんはここの大事な生徒です。彼の悩みを解決できるのなら、私も全力で手伝います」ひまわりさんが正義感溢れる様子で言った。
「俺ももちろん手伝うよ! あとは…」時雨がそう言うと再びみんなの視線が桔梗さんに集まった。
「ななな、なんだ? みんなして我を見つめて」桔梗さんはみんなに見つめられて恥ずかしそうにしていた。
「今回の作戦は桔梗さんが不可欠なんだ! 手伝ってくれると助かるんだけど…」俺が再びお願いすると、少し沈黙が流れてから、桔梗さんは答え始めた。
「クックック、汝らがそこまで言うのなら協力してやろう! 我の力を思う存分見せつけてやろうぞ!」
「決まりだな!」時雨がそう言って、俺たちは早速行動を開始した。
翌日の放課後、約束通り不知火くんが部室にやって来た。部室のドアを開けた不知火くんの第一声は「失礼します。あれ? 昨日と少し雰囲気が違うッスね」だった。これに対して白い衣装を着た桔梗さんが「あぁ、我の力を解放するために整えたからな!」と答えた。
そう。俺たちは今回のために部室の雰囲気を少し変えてみたのである。電気を消し、カーテンを閉め、ロウソクの灯りで部室を照らし、装飾品として魔法のランプや古美術品みたいなものを置いた。桔梗さんが相談部の代表として椅子に座り、俺たちはその後ろで手を前に組んで立っていた。ちなみに、桔梗さんが着ている白い衣装は七星さんから借りた服で、学校まで届けてくれたついでに、七星さんにも演技に参加してもらうことになり、一緒に後ろに並んで立ってくれた。
「力の…解放…?」
「汝よ、そこの魔法陣に中に立つがよい」
桔梗さんはそう言って、不知火くんを目の前の床に描かれた魔法陣の上に立つように促した。それを聞いた不知火くんは、警戒している様子でゆっくりと魔法陣の真ん中に立った。それを確認した桔梗さんが、今回の儀式の内容の説明を始めた。
「今から汝のお腹の中にいる蛇を駆除する。だが、それには少し時間がかかる。我が呪文を唱え始めたら、汝は決してその魔法陣から出てはならぬぞ。いいな?」
「は、はいッス」不知火くんはそう言って背筋を伸ばして姿勢を正した。
そして桔梗さんが「ホワイト」と言うと、白い衣装を着た七星さんが「はい」と言って、桔梗さんの隣に立った。
「その人は?」不知火くんが七星さんを見て質問してきた。
「こやつはホワイトエンジェル…我の仲間だ」
「ホワイト…エンジェル…」不知火くんは七星さんに見惚れているようだった。
「では、始める。汝は目を瞑れ。我がいいと言うまで開けてはならぬぞ」
その指示に従い、不知火くんは目を瞑った。そして桔梗さんとホワイトエンジェルが呪文を唱え始めたと同時に、癒し効果がありそうなファンタジー風のBGMを流してそれっぽい雰囲気を作った。それからBGMが4分程で終わったので、それに合わせて、二人も呪文を止めた。
「Oh! いいデスね! お腹の中にいる蛇から発せられていた邪気が消えていきマス!」ベルさんがノリノリで言った。
「もう少しで完全に消えそうだね!」牡丹さんもいい演技をしてくれた。
その発言を聞いた不知火くんは「え!? そうなんッスか?」と言って目を開けようとしたが、桔梗さんが「まだ目を開くな!」と言ったので、再び強く目を瞑った。
「さっきまで不知火くんにまとわりついていた黒いオーラが薄くニャっているニャ!」カスミンが棒読みで言った。どうやら霞さんは演技が苦手らしい。
「ほっ、本当…です…ね…」ひまわりさんが恥ずかしそうにしながら言った。どうやら、ひまわりさんはこのような演技が苦手らしい。
「魔術成功だな! これでもう蛇は駆除できたのか?」紫苑がノリノリで言った。相変わらず演技が上手かった。
「いや、まだ最後にやることがある! 汝よ。目を開けてこちらに来い!」桔梗さんはそう言って不知火くんを呼び寄せた。その指示に従い不知火くんが桔梗さんに近づいている間に、牡丹さんが桔梗さんにお猪口を手渡した。それを受け取った桔梗さんは「最後にこれを飲んでもらう」と言って、そのお猪口を不知火くんに渡した。不知火くんはそのお猪口を受け取り、中身を確認してから「これは?」と質問してきた。
「それは邪気を払う飲み物だ。それを飲むと、お腹に居座っている蛇も嫌がって出てくるはずだ!」
桔梗さんの答えを聞いた不知火くんは「そ、そうッスか! わかったッス!」と信じて決心し、飲もうとしたが、「ちょっ、ちょっと待て!」と桔梗さんに言われて止まった。
「も、もう少し我から離れてそれを飲め」
「え? あ、はいッス」
そう言って不知火くんは少し桔梗さんから離れたが、まだ足りないようで、結局桔梗さんの指示に従い、入り口ドア近くの場所まで離れることになった。
「いいか、それは一気に飲まなければ意味がない。しかし、もし変な味がしたら躊躇わず吐き出せ。いいな?」
「はいッス」
桔梗さんの最後の指示に従い、不知火くんはお猪口に入っていた飲み物を一気に口に中に含んだ。そしてすぐにブゥーと吐き出した。それも当たり前である。不知火くんが飲んだのは、世界一苦いとされている苦丁茶なのだから。それを知らずに初めて飲む人は、その苦さに耐えられず、吐き出してしまうだろう。
不知火くんがお茶を吐き出したタイミングで、俺は手に隠し持っていた蛇の玩具を不知火くんに気づかれないように床に投げた。そして俺は「蛇が出て来たぞ!」と言い、不知火くんを庇うように移動した。そして時雨と紫苑が、その蛇と格闘している間、俺は驚いていた不知火くんに状況を説明した。
「不知火くん、あれが今出てきた蛇だ! だからもう大丈夫。呪いはもう解けたよ!」
「へ?」不知火くんはまだこの状況を理解できないような顔をしていたので、もう少し様子を見ることにした。
そして玩具の蛇と格闘していた時雨は尻尾を掴んで、まるで生きている蛇を持っているかのような演技をし、周りで見ている女子たちも怖がっている演技をしていた。そのままその蛇は時雨が窓から投げ捨てた。時雨はその大袈裟な素振りが、しっかりと不知火くんに見えるように演じていた。その一連の騒動(演技)を不知火くんは目を丸くして見ており、蛇がいなくなって安心したのか、そのまま崩れるように気を失った。
そのまましばらく待っていると不知火くんが目を覚ました。「ここは…」というのが第一声だった。
「目が覚めたか。どうだ? 具合は?」桔梗さんが少し心配そうに尋ねた。
「そっか。ぼく、長月さんに黒魔術を解いてもらって、それで…」不知火くんがそう言った時、グゥーという音が部室に響いた。どうやらその音の正体は不知火くんのお腹だったようだ。
そのことに驚いた不知火くんはみんなに感謝を述べ、今すぐにでも食べ物を食べたいという様子で、速足で帰って行った。その表情はとても明るく生気が戻ったようだった。
そんな不知火くんと入れ違いで、七海さんが玩具の蛇を持って、部室に入って来た。
「上手く行ったみたいだね!」七海さんが笑顔で言った。
「当然だ! 我を誰だと思っている!」桔梗さんが堂々とした態度で答えた。
「俺の演技が上手かったからな!」紫苑がカッコつけて言った。
「いや、ボクの方が上手かったニャ!」
「何を言っておる。わらわの詠唱が魅力的だったのだ」七星さんが胸を張って言った。
「ワタシの演技はどうでシタか?」
「すごく良かったと思うよ! ベルちゃん!」牡丹さんが褒めていた。
「わわわ、私は……もう、こんなこと…しませんから…」ひまわりさんは恥ずかしそうに呟いていた。
「何はともあれ、上手く行って良かった! な! 翔」時雨が笑顔で嬉しそうに言った。
「そうだな」
いくら演技だったとはいえ、バレたらすべてが終わりなので、結構緊張感があった。そんな中、みんながそれぞれ頑張ってくれたおかげで、無事上手く行ったのでホッとした、のも束の間、七海さんが「フムフム、みんなは自分が頑張ったから上手く行ったのだと言っていますが、翔先輩は誰がMVPだと思いますか?」と唐突に質問してきた。そして内容が内容だけに、急にみんなの視線が俺に集まった。
「は? MVP?」
「はい! 翔先輩から見て、この中で誰が一番演技上手かったですか?」
「いや、今回のことは、そんな優劣つけることじゃ…」
「でも、みんな聞きたがっていますよ」七海さんがそう言ったので、みんなを見回すと、たしかにそんな雰囲気になっているようだった。
ここで「MVPは全員だ!」みたいなことを言うと、おそらくシラケると思ったので、真面目に考えてから、「MVPは………七星さん!」と答えた。七星さんは衣装を貸してくれたり、急遽参加してくれて一緒に詠唱してくれたりと、今回の演技に大きく貢献してくれたと思った。その理由を伝えると、みんなも納得して七星さんに感謝していた。七星さんは感謝されて顔を赤くして照れているようだった。
後日、ひまわりさんが不知火くんの様子を教えてくれた。あの日以降、食欲は戻ったようで、元気になったということだった。そしてなんと、不知火くんが桔梗さんの舎弟になったらしい。桔梗さんを崇拝する対象と認識し、白魔術を本気で信じているようで、その方法を教えて欲しいと毎日懇願しているらしい。ちなみに、不知火くんを貶めようとした自称黒魔術師の詐欺師は警察に捕まったらしい。ニュースによると、過去にも同じ手口で詐欺を行い、多くの人を困らせていたらしい。無事捕まって一安心というところだ。
その日の放課後、桔梗さんとそのことについて話をした。
「そういえば、不知火くんが桔梗さんの舎弟になったらしいな!」
「なっ! どうしてそれを?」
「よかったな! この前、部下が欲しいとか言ってたから願いが叶ったな!」
「そ、それは…そうだが…」
「ん? 何か不満でもあるのか?」
「うーん、不満と言うか、なんと言うか…」
「思ってたのと違ったのか?」
「まぁ…そうだな……ずっと絡んでくるから、相手にするのが面倒でな」
「そっか」
「だから最近は、『我を5分見たらあとは自分で考えて行動しろ!』と指示を出した。そうしたら指示通りにしてくれて、ようやく落ち着くことができている」
「そ、そうか…」
「もう部下はこりごりだ」
「そうですか……では、久しぶりに僕がフライになりましょうか? お嬢様…」
「そ、それはもうしなくてもよい!」
今回の件は、心のバイアス、いわゆる思い込みが起こした事案である。バイアスは信念を強める上では重要な役割を果たすが、幸福や健康にも多大な影響を及ぼすものである。プラシーボ効果のように体にいい影響なら問題ないが、何かの間違いでノーシーボ効果に陥り、健康に被害が出始めた時は早めに対処した方がいいだろう。自分で知識を身につけるのはもちろん、病院受診や専門家に頼るのがオススメである。困った時は一人で抱え込まずに、信頼の置ける人に助けを求めよう。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
感想もお待ちしております。




