炎上なんかに屈しない!!
昨今、インターネットの急速な普及と多様なSNSの登場により、誰もが情報を発信することができるようになった。最初、インターネットは多くの人が情報発信して自由な議論の輪に加わり、自分の意見を言うことができる、自由と民主主義のための素晴らしい道具だという期待を抱かれていた。
しかし、多くの人が期待するほど、そう上手くはいかなかった。その主な理由は、炎上問題である。炎上とは、ある人の発言や行為に対し非常に攻撃的で一方的なコメントが殺到することである。ここでは対話による議論は成立しない。
炎上には企業の不祥事を正すという面もある。たとえば、弁当を通販で買った時、届いた弁当の中身を確認すると、ホームページの写真と比べて中身がスッカスカという詐欺まがいの行為を正すのに炎上は効果的である。しかし、個人の情報発信に伴う炎上は一方的な攻撃であり、発信者の心を傷つけるだけである。それによって、多くの人々は発言を控えるようになり、ネット世論には極端な意見が増えてしまう。
ネット炎上はいくつか分類することができる。誰が、何をしたか、その後どういった対応をとったか、で分けて説明しよう。まずは誰が炎上するのか、で分類すると、著名人、法人等、一般人の3分類である。次に何をしたか、で分類すると、反社会的な行為や規則・規範に反した行為、何かを批判する・暴言を吐く、自作自演・ステルスマーケティング・捏造、ファンを刺激、他者と誤解される、の5分類である。その後の対応では、挑発・反論・主張を通す、コメント削除、無視、謝罪・発言の撤回の4分類である。多くの炎上は大体これらの組み合わせで説明できるだろう。
炎上すると、情報発信者は、多くの人から批判されたり、責められたりしていると思い込んでしまうが、実はそうではないということがわかっている。炎上さん参加者は、ネット利用者の0.5%であるということが研究でわかっている。つまり、数人から数十人しかいないということだ。しかし、炎上している時は、たくさんの攻撃的なコメントが毎日押し寄せて来る、と思われるかもしれないが、あれも数人が何度も執拗に攻撃しているだけで、ほとんどの人は書き込むことがないのである。また、メディアなどで取り上げられるとあたかも敵が多いように見えるが、実際は少数なのである。なので、情報発信者は炎上に怯む必要はないのである。
では、一体どういった人が炎上させているのだろうか。一般的には、時間を持て余している人が、自宅にひきこもってインターネト上で誹謗中傷を繰り返しているイメージが想定されているらしい。しかし、ある研究では全く異なる結果が示されている。炎上参加者は女性よりも男性が多いらしい。これは生物的に男性の方が攻撃的であるからだろう。そして子持ちであることが多いらしい。子持ちの親は子どもを守りたいという思いから、子育て関連、軍事関連などの話題に関心が高く、炎上に参加する確率が高くなるらしい。さらに年収の少ない人より多い人の方が炎上に参加することが多かったらしい。
また、炎上で直接攻撃をしてくる人は。通常の対話型の議論をすることが困難である人が多い。たった0.5%の彼ら彼女らは、自分の勝手な正義を貫いたり、攻撃すること、炎上させることを楽しみにしていたりするような特異な存在である。正直、そんな少数の特異な人たちを相手にするのは時間の無駄であるが、炎上は多くの人に被害を与えるほどになっている。
炎上対策は様々な書籍で紹介されているが、その多くが、情報発信を止める、炎上しそうな話題を避けるというアドバイスらしい。たしかに、一度でも炎上してしまうと、誹謗中傷が殺到し、心身にダメージを与えるため、最悪の事態になる前に止めるのも一つの対策である。しかし、それでは結局炎上参加者の思うつぼではないだろうか。
では、どうすればいいのだろうか。正直、俺にもわからない。一つの案として、学生のうちに炎上リテラシー教育を充実することがある。また、炎上に参加する人は全体の内の0.5%にすぎないこと、この人たちはダークトライアドなどの特異な人たちであることという事実を知ることも大切だと思う。
いずれにしろ、炎上問題は今や社会問題の一つになっている。これを仕方ないこととして受け入れるのではなく、社会全体で解決するために努力した方がいいと思う。俺も炎上には負けたくないのである。
遊園地デートの翌日、午前10時に駅集合ということだったが、確かめたいことがあったので、午前9時に到着すると、すでに皐月さんは待っていた。今日の皐月さんの服装は、スカートにベレー帽と昨日とはまた違った印象だった。
「翔くん!!」
予想通り、皐月さんは驚いているようだった。
「おはよう! ってあれ? 今日の集合は10時だったよな?」
「う、うん、そうだよ! 翔くん、早いね! どうしたの?」
「たまには皐月さんより早く来て、待ってようと思ったんだけど、一時間前でもダメだったか! 作戦失敗だ!」
「そうだったんだ!」
「皐月さんいつも何時間前から待ってるんだ?」
「そんなに前から待ってないよ! 今日も今来たところなの!」
「大体一時間前ってところか…。そんなに待って退屈じゃないのか?」
「ううん。全然退屈じゃないよ! むしろワクワクしているの!」
「ワクワク?」
「うん! 今日は翔くんどんな服着て来るんだろうとか、お昼は何食べるんだろうとか、何に一番興味が湧くんだろうとか考えていると、あっという間に時間が経つの!」
「そ、そうなのか」
「うん! それに、翔くんとの約束以外では、そんなに早く待ち合わせ場所には行かないよ! たまに遅刻することだってあるし!」皐月さんはお茶目な顔をして言った。
「そ、そうか」
皐月さんは、俺との待ち合わせの時だけ、約一時間前に来ており、本人曰く、その時間も楽しんでいるということだった。これを聞いて少し安心した。なぜなら、いつも待たせていることに少し申し訳ない気持ちがあったからだ。俺はどちらかというと待たせる側になることが多い気がするので、今日は待つ側の気持ちを理解するために早めに来たつもりだったが、皐月さんはさらに早かった。なので、結局待つ側の気持ちはわからなかったが、皐月さんが不快な気持ちをせずに過ごしているのなら良かった。
そして俺たちは電車に乗り、今日の目的地に向かった。電車の中で、俺は皐月さんに気になっていたことを尋ねてみた。
「皐月さん、星とか宇宙とか好きなのか?」
「うん! 好きだよ! 翔くんは?」
「俺も結構好きだな!」
「そうなんだぁ! フフ! 一緒だね!」
皐月さんが笑顔でそう言った時、胸がドキッとしたのがわかったので、胸を手で押さえていると、皐月さんが「ん? 翔くん、どうしたの?」と純粋な顔をして尋ねてきた。
「う、宇宙のどんなところが好きなんだ?」俺は咄嗟に思いついた適当な質問をした。
「どんなところ? そうだなぁ、よくわからないところとか、広大なスケールとか、かな! 翔くんは?」
「俺も似たような感じだ」
「そうなんだぁ! また一緒のところが見つかったね!」
今日の皐月さんはいつも以上に積極的な感じがした。
「う、宇宙は昔から好きだったのか?」
「うん! 小さい時から時々天体観測してたの!」
「そうだったのか!」
「なんかね、宇宙のことを考えていると、自分の存在がちっぽけに感じるから、悩んでいることがどうでもよくなるの」
「そうだな。大きな存在に対して畏怖の念を抱くのはメンタルにもいいらしいからな!」
「翔くんもそんな風に感じることあるの?」
「あぁ、何かに悩んで疲れた時は、たまに宇宙のことを考えると、自分の悩みのちっぽけさを感じて、『今回もきっと乗り越えることができる!』って思って自分を鼓舞することがある」
「そうなんだぁ!」
「皐月さんもそんな感じなのか?」
「うん! 私もそう思うことあるよ! でも、単純に宇宙が好きだから、考えているだけで楽しいって気持ちもあるよ!」
「そうだな。宇宙って考えているだけでも楽しいよな!」
「うん!」
そんな会話をしているとあっという間に目的地に着いた。そう、今日の目的地は科学館である。このことは、俺も昨日の時点で知っていた。昨晩、皐月さんからプラネタリウムを観に行かないかと提案されたからだ。俺は迷わずオーケーと返事をした。
予定よりも早く着いてしまったので、まずは各階のフロアを見て回ることにした。最初に現れたのは「水のひろば」だった。ここでは水の循環について解説されていた。地表から蒸発した水が雲となり、やがて雨を降らせ、川を伝って海の戻るということらしい。次に立ち寄ったのは「竜巻ラボ」というところだ。ここには約9メートルの高さの実験装置があり、ボタンを押せば、回転流と強い上昇気流を伴った竜巻を作り出すことができるところだった。地表近くで生まれた空気の渦が徐々に力を増して空に昇っていく姿がなかなか見ものだった。
次は「放電ラボ」というところを見学した。ここでは机に置かれた大小2つの球体で静電気の実験をしていた。途中でスタッフが体験者を募集し、一応手を挙げてみると、なんと皐月さんが選ばれた。皐月さんが恐る恐る球体に指先を近づけると、パチッと光ったり、頭に近づけると髪の毛が逆立ったりしていた。これに続いて大型のテスラコイルを使った放電ショーも見学した。室内の照明を暗くししばらくすると、轟音と共に雷のような電気花火が放たれていた。その音の大きさや、白や紫の光の迫力に俺は圧倒されてしまった。このテスラコイルから放たれている電気は120万ボルトあるらしい。
この次には、「極寒ラボ」というところに行った。ここでは、室内をマイナス30℃の超低温状態にした極地体験室の中で、オーロラの全天周映像を見たり、南極の氷に触ったりと、極地環境の疑似体験をした。防寒用のコートを借りて入室したが、マイナス30℃の世界は予想以上に寒かった。
しばらく見て回っているとプラネタリウムを観る時間になった。珍しく、皐月さんがワクワクしているのが傍目から見てもわかったので、余程好きなのだろうと思った。投影時間は約50分だったが、まるで本物の星空を見ているかのような綺麗な映像に、心地良い音楽、スタッフのわかりやすい解説など楽しい時間を過ごすことができたので、あっという間に感じたし、学ぶこともできた。
たとえば、宇宙の年齢は137億歳、太陽は47億歳、地球は46億歳と考えられているらしい。ブラックホールは、太陽の25倍以上の質量を持った星が超新星爆発を起こしてできると考えられているらしい。星の色は、その星の温度によって決まるようで、赤い星は3000度くらい、青白い星は1万度を超えているらしい。星の光は地球の大気の中を通って人間の目に入るため、星が真上にある時と、低いところにある時とでは、地球の大気を通る距離が違うので見え方が変わるらしい。なので、星が低い時には地球大気の長い距離を通っているため、赤く見えることがあるらしい。また、仮に新幹線で地球から月に行こうとすると、41日で着くらしいが、太陽に行こうとすると58年もかかるらしい。行って帰って来るだけで一生を終えてしまうということだった。
皐月さんは終わった後もしばらく余韻に浸っているようだった。その流れで宇宙フロアを見て回っていると、皐月さんが宇宙に関する雑学を教えてくれた。
まず、宇宙の年齢がなぜわかるのか、ということを解説してくれた。宇宙は距離に比例した速さで膨張しており、この宇宙の膨張の割合をハッブル定数というらしい。ハッブル定数がわかれば、ある距離での膨張速度がわかり、距離を膨張速度で割れば、宇宙が膨張し始めた時がわかるらしい。最初はハッブル定数を正確に求めるのは非常に難しかったらしいが、ハッブル宇宙望遠鏡のおかげで正確にかわり、その結果導き出された年齢が137億歳ということだったらしい。
月には19年でちょうど235回満ち欠けを繰り返しているメトン周期というものがあるらしい。つまり19年周期で同じ月日に月齢がほぼ等しくなるということである。前回は2010年の元日に満月だったということなので、次は2029年、その次は2048年の元日に満月となるらしい。
さらに星座を探すコツも教えてくれた。星座を探す時は、まずその星座の一番明るい星を見つけ、その星を起点に暗い星を辿っていくと見つけやすいらしい。
俺は皐月さんの解説に「へぇー」、「そうなのか!」など相槌を打って聴くことに専念した。俺に対してはいつも控えめな皐月さんがここまで話すのが珍しいと思ったからだ。
「あ! ご、ごめんなさい! 私ばっかり話してしまって!」
「気にしなくていい。聴いていて面白かったよ!」
「翔くんのことだから、知っていることばかりだったよね?」
「いや、知らないことばかりだったから、勉強になったよ! ありがとう!」
「そんな、気を遣わなくても…」
「別に気を遣ってるわけじゃないんだけどなぁ…」
「ほっ、ほんと?」
「あぁ」
「そっか! それなら良かった!」皐月さんはそう言って笑顔に戻った。そして「翔くんは宇宙についてどんなこと知っているの?」と質問をしてきた。
「俺も少しは本で読んだことあるけど、皐月さんほど詳しくはないなぁ」
「どんな内容の本だったの?」
「そうだな…」
皐月さんに促され、俺は自分が知っている宇宙の知識を語った。
まず宇宙の始まりは、ビックバンによるものだということは有名である。では、そのビックバンはどうして起こったのだろうか、という疑問がある。俺たちは日常の経験に基づき、出来事は全てそれが起こる前に起こった出来事によって引き起こされたに違いないと考える傾向がある。たとえば、先程の水の循環のように、地表から蒸発した水が原因で雲となり、雲が原因で雨が降り、その雨が川を伝って海の戻るという風に考えることだ。しかし、この考えは宇宙には当てはまらないことがある。なぜなら、ビックバンは原因がなくても起こりうるからだ。
では、ビックバンの前には何があったのか、という問いがあるが、この質問はナンセンスである。なぜなら、前というのは時間という概念が存在するからあるのであって、その時間の概念が生まれたのが、ビックバンだからだ。つまり、ビックバンにより時間の概念が生まれ、前と後というのも生まれたのだから、ビックバンより前という質問は意味がないのである。
また、宇宙は無数に存在していると考える理論がある。これを多元宇宙論と言い、無限に存在する宇宙の集合をマルチバースと言う。宇宙が無限に存在するということは、どこかに俺たちと全く同じ宇宙も存在するかもしれず、これが俗にいうパラレルワールドのことである。なんともロマンがあると思うが、誰にもわからないことでもある。
そして多くの人が夢見ている地球外生命体はいるのだろうか、地球以外のどこかに知的生命は存在しているのだろうか。そもそも地球に知的生命がいるのかどうかも怪しいが、もし地球以外のどこかに存在しているのなら、その場所はとても遠い場所である。そしてもし、その知的生命が地球に来ることができるようであれば、とても高度な科学技術を持っていることになるだろう。そうなれば、地球は瞬く間に侵略されるかもしれない。もしくは、人間が動物園で動物を観賞するかのように、地球外生命体に地球人が観賞されるかもしれない。もっともそれほど地球人が魅力的であれば、の話だが…。
と、こんな風に調子に乗って語ってしまったが、皐月さんは好奇心旺盛な目をして話を聴いてくれていたので、ホッとした。
それからも一通り館内を見て回っている時、ふと皐月さんに視線を送り、横顔を見ると、つい見惚れてしまった。それに気づいた皐月さんが「ん? どうしたの?」と上目遣いで聞いてきたので、俺は「な、なんでもない…」と言って視線を逸らし、偶然視界に入ったロボットフロアにある一体のロボットに話題を移した。
そのロボットは160センチ程の大きさの人型のロボットで、顔の部分は黒いスクリーンでその他は全体的に白色で、指も5本ずつの計10本あり、二足歩行ができ、名前は「月」と書いて「ルナ」と言うらしい。このロボットどこかで見たことがあると思って見ていると、隣に立っていた説明書きが目に入った。それによると、このロボットは、なんと暦学園のロボット研究会が制作したものだった。
事情を知っていた皐月さんによると、ロボットがあまりにもクオリティが高いということで、ネットで話題になり、それが科学館の責任者の目に留まり、話し合いの結果、期間限定で展示しているということだった。この「ルナ」というロボットはAIを実装しているらしく、人の感情を読み取ったり、コミュニケーション取ったりできるらしい。それに名前にちなんでか、月についての知識に詳しいらしく解説してくれるということだったので、試しに話し掛けてみることにした。
「こんにちは。ルナ」
「こんにちは、何かご用でしょうか?」
ルナは俯いていた顔をゆっくりと上げ、姿勢を伸ばしながらあいさつを返してきた。顔は顔文字で表情を作っているようだった。まだあいさつだけなので、最初は無表情だったが、話し方は思っていたよりもスムーズだった。それになんとなく、ルナの声がベルさんに似ている気がしたが、片言のせいかもしれない。
「月について教えてくれませんか?」
「ハイ。わかりました」
そう言って、ルナは月の解説をし始めた。
ルナの解説によると、月は地球から一番近い場所にある天体で、およそ38万キロメートルの距離を回る衛星とのこと。大きさは地球の約4分の1、重さは地球の81分の1程の天体らしい。
月の誕生には4つの説があるらしい。地球の一部が分離して月になった『親子分裂説』、太陽系が生まれた時にすでに一緒に誕生していた『双子説』、他の場所で誕生していた月を地球が引き寄せた『捕獲説』、そして、地球がほぼ出来上がった頃に火星くらいの大きさの星がぶつかり、宇宙空間に広がった地球のかけらが次第に集まって固まり、月ができた『巨大衝突説(ジャイアント・インパクト説)』の4つの説である。
「どの説が有力なんだ?」と俺はルナに質問をした。
「そうデスね」と言ってルナは解説を始めた。
ルナによると、現在では『巨大衝突説(ジャイアント・インパクト説)』が最も有力であると考えられているらしい。月の石の成分が地球の地殻と物質組成が似ていること、地球に落ちてくる微惑星に含まれる重い鉄などの物質が、月材料物質には少ないことなど、いくつか有力な証拠があるらしい。
次に皐月さんが「月は球体なのに、どうして地球からはいつも同じ方向しか見えないの?」とルナに質問をした。
「それはデスね」そう言ってルナは質問に答え始めた。
ルナによると、地球の衛星である月は、地球の周りを1公転する間に、1自転するかららしい。月は自転と公転が27.32日と同じ周期のため、地球からはいつも同じ面しか見ることができないということだった。
さらにルナは続けて、月の模様を見て何を思い浮かべるのかは、国によって結構違うということも教えてくれた。日本や韓国では、餅をついているウサギが一般的であるが、南アメリカはロバ、北ヨーロッパは本を読むおばあさん、東ヨーロッパは女性の横顔、ドイツは薪を担ぐ男、中国はヒキガエル、インドはワニ、アラビアは吠えるライオンに見えているらしい。
「じゃあ、月面に初めて着陸したアポロ11号の宇宙飛行士がアメリカの国旗を立てていたけど、あれってあの領地がアメリカのものになったってことなのか?」俺は再びルナに質問した。
「いいえ、それは違います」ルナはそう言い、解説をしてくれた。
ルナによると、月の土地はどの部分であっても、誰の所有物でもないということらしい。このことは1967年に発効した『宇宙条約』に定められているらしく、その第2条に、『月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない』とあるらしい。つまり、月その他の天体の土地の領有権を主張することができない法律があるということだった。
「へぇー、そうだったんだな!」
「そういうことデス。わかりましたか?」
「あぁ、わかりやすかったよ! ありがとう」
「どういたしまして」ルナは頭を軽く下げてお礼を言ってきた。そして「デスが、あなたは、全部知っていることでしたね」とニコニコ顔文字で言った。
「え!?」
「あなたがわたしの話を、聞いている時の様子で、わかりました」
「そ、そんなことは…」
「あなたは、知っていることでも、知らないふりをして、相手の話を聞くのデスね。それは、どうしてデスか?」
「そ、それは…」俺は図星をつかれて答えに詰まってしまった。
「それは、彼のやさしさです!」皐月さんが代わりに答えてくれた。
「ヤサ…シサ…?」
「はい。人間には自分の話を聴いてもらいたいという欲求があります。特に男性は、人の知らないことを知っているということに誇りを感じる生き物です。なので、相手が話していることを知っていると言ってマウントを取ると、上手くコミュニケーションが取れなくなります。ですから、たとえ知っていることを相手が話していても、知らない振りをして話を聴くことは、やさしさなのです!」皐月さんが堂々と解説してくれた後、「ね? 翔くん」と尋ねてきたので、「そ、そうだな…」と俺もその意見に便乗した。
正直、自分ではそこまで意識してなかった。おそらく癖なのだろうと思うが、今まで誰にも指摘されなかったので、気づかなかった。
「そうですか…」ルナはそう言ってから少し黙り、何か計算し始めたようだった。
「もしかして、不快な思いをさせてしまったかな?」俺は少し心配になり尋ねた。
「いえ、そのようなコミュニケーション方法があるということを学べたので、勉強になりました」
「そ、そうか」俺はホッとした。もし無意識に行っていたコミュニケーションが相手を不快にさせる行為だったら、大問題になるところだったからだ。
「翔くん、AIにも勉強を教えるなんて、さすが!」
「い、いや、俺は何もしてないんだけど…」
「ところで、あなたたちは、カップルなのデスか?」ルナが突然話題を変えて尋ねてきた。
「え!?」俺と皐月さんは声を揃えて言った。
「男女二人で、デートをしているので、カップルであると思ったのデスが、あなたたち二人の間には少し距離を感じます。みたところ、今日が初めてのデートではなさそうデスが…」
「ど、どうしてそんな風に思うんだ?」ルナの言っていることは当たっていたが、俺はルナが適当なことを言っている可能性も考慮して質問した。
「ハイ。あなたを見て、そう思いました」ルナはそう言って、皐月さんの方を向いた。
「わ、私?」
「ハイ。あなたは、私が話している間ずっと、男性といつ手を繋ごうかと、考えていま…」
ルナがそこまで言ったところで、皐月さんが「Goodbye ルナ!」と突然言ったので、ルナは「Goodbye」と言って停止してしまった。
それから皐月さんは焦った様子で「ちょ、ちょっとお手洗いに行って来るね」と言い、この場から逃げるようにトイレに向かった。どうやらトイレを我慢していたようで、俺はそのことに気を遣えなかったことを申し訳なく思った。
そのまましばらくルナを見つめていると、「ん? そこにいるのは翔か?」という声が後ろから聴こえたので振り返ると、室内だというのにサングラスをしたチャラいイケメンがいた。一瞬変な奴に絡まれた、と思ったが、よく見ると三日月流星だった。
「三日月さん…」
「流星、だろ!」
「りゅ、流星…」
「よっ!」
「偶然ですね。今回も仕事ですか?」
「あぁ、今度コラボするから打ち合わせにな!」
「そうですか」
「翔は、もしかして今日もデートか?」
「いえ、今日は俺も仕事で…」
「仕事? 翔も何か仕事しているのか?」
「いえ、俺の仕事じゃなくて、手伝いをしているんです」
「手伝い? 誰の?」
「あー、えーっと…」
俺が答えに詰まっていると、「三日月…」と言う声が聴こえたので、声のした方に視線を送ると、皐月さんがトイレから戻って来ていた。皐月さんは流星を見ながら、目を見開いて驚いているようだった。
「皐月! え!? もしかしてお前、仕事の手伝いって皐月のことだったのか?」
「ま、まぁ、そんなところ…」
「三日月には関係ないでしょ! 行こう、翔くん!」
皐月さんは俺の手を引っ張って先に行こうとした。
流星が「ちょっと待てよ、皐月!」と言って、皐月さんの肩を手で掴むと、皐月さんは「触らないで!」と強めに言って流星の腕を払いのけた。
「お前、まだあの時のこと、根に持ってんのか?」
「当たり前でしょ! あんたのせいで、私が一体どれだけ傷ついたと思ってるの?」
「あれは不可抗力だ。俺のせいでああなったわけじゃない」
「きっかけはあなたでしょ!」
「さ、皐月さん…」皐月さんが珍しく感情的になっていたので、俺は驚いた。
「ハッ! ご、ごめんなさい、翔くん。取り乱しちゃって…」
「いや、気にしなくていい。ちょっと驚いただけだ」
「ごめんなさい…」皐月さんは申し訳なさそうな顔で俯いてしまった。
皐月さんと流星の間に何があったのか知らないが、このまま一緒だと良くないと思ったので、俺は早めに立ち去ることに決めた。
「じゃ、じゃあ俺たちはこの辺で…」
「ちょっと待てよ! ……翔、お前に聞きたいことがある」
「な、なんですか?」
「お前、皐月がVチューバーってことは知ってるのか?」
「まぁ、はい…」
「じゃあ皐月が好きなブログは?」
「それもまぁ一応…」
「じゃ、じゃあ皐月に好きな人がいるっていうのは?」
「え!? そ、それは…」
俺が答えに詰まっていると、その反応を見た流星が「知っているんだな…」と呟いて、一人で納得したようだった。ここで俺は一つ失敗してしまった。俺の反応のせいで皐月さんの情報が一つバレてしまったからだ。しかし、まだ挽回はできるし、これ以上は漏らさないように気をつけることにした。
「相手は誰だ? 時雨か?」
「いるとは答えていない」
「いや、いるのはわかっている」
「デマ情報かもしれないだろ?」
「俺の情報網を舐めるな。去年の秋頃に皐月が誰かに告白したのは知っている」
そんなことまで知っているのか、もしかして暦学園に内通者でもいるのか、と内心思ったが、俺も引き下がるわけにはいかなかった。
「そうなのか! 知らなかった」
「いや、さっきの反応を見る限り、知っているはずだ。白を切るつもりか?」
「俺の口からは言えない」
「なぜだ?」
「人の好きな人を勝手に暴露するはずないだろ!」
「なぜだ?」
「なぜって、個人情報だから…」
「俺は皐月と親友だ」
「親友でも他人には変わりない。逆に流星はどうしてそんなに知りたいんだ?」
「どうしてって、当たり前だろ。皐月は前に俺のことが好きだったんだから。それをどこぞのガキに奪われたって聞いたら、取り返したくなるだろ?」
「別にそんなこともないが…」
「何、嘘を言っているの! そんなはずないでしょ! 私が、いつ、あんたなんかを好きになったって? 調子に乗るのもいい加減にしなさい!」皐月さんは全力で否定した。
「え? 違うのか?」流星は意外そうな顔で言った。どうやら本気でそう思っていたらしい。
「私があんたなんか好きになるはずないでしょ! 私の好きな人は、今も昔もずっと翔くんなんだから!」皐月さんは力強く言った。
「なっ!!」流星はまるで衝撃の事実を知らされたかのように驚いていた。
「皐月さん、この人にバレたら後々厄介なことになるんじゃ?」俺は皐月さんに耳打ちした。
「もう厄介ごとに巻き込まれているから、いっそのこと、ここで完全に突き放そうかなと思って」皐月さんは小さな声で返事をしてきた。
「皐月の好きな人って、お、お前だったのか!?」流星は俺を指さしながら驚いていた。そして「ん? てことは、お前ら今日デートしているのか?」と思い出したように尋ねてきた。
「そうだよ! だからあんたは邪魔しないで!」皐月さんが俺の腕に抱きつきながら流星に言った。
「仕事と言ったのも嘘だったんだな。そこまでして俺に隠そうとするなんて…」流星は俯いて少し悔しそうにしているかと思ったが、そんなこともなく「そんなに俺のことを脅威に感じていたんだな!」と意味不明なことを言い始めた。そして「そうか。そうだよな。俺と一緒にいると俺のことを好きになってしまうからな。それは正しい判断だ……」などとブツブツ意味不明な解釈をし始めた。
皐月さんによると、流星はサイコパスまたはナルシスト性があるらしいから、あまり近づかない方がいいということだった。自己愛が異常に強く、共感能力も以上に低いということだった。だからこそカリスマ性があり、SNSで人気があるようだった。
皐月さんが流星のことを異常に嫌っている理由がなんとなくわかったが、先程の会話からしてそれだけではなさそうだったので、「皐月さん、前に流星と何かあったのか?」と聞いてみると、事情を話してくれた。
皐月さんによると、前に流星との間で炎上したことがあるということだった。流星がある日の配信で、五月さつきについて「友達で結構仲が良い!」ということを言ったらしい。そしてその後日、五月さつきのライブ配信で、視聴者に三日月流星との関係について質問され、その時、「仕事で一緒になったくらいで、特に覚えてないです」と回答したらしく、そのことが流星のファンの怒りを買い、SNS上で炎上したらしい。最初は小さな炎上だったが、これを利用して儲けようとするゴミみたいなライターがネットに嘘や盛った記事を投稿して少しずつ大きくなっていったらしい。それからコメント欄にはいくつもの誹謗中傷が書かれたらしい。炎上させているファン曰く、この発言は流星様に失礼極まりないということで、謝罪を要求するということらしかった。
この時、皐月さんはなるべく誹謗中傷を無視したり、一時期活動休止したりしたらしいが、結構メンタル的にキツく、Vチューバーの活動を辞めようと思ったらしい。しかし、そんな時、偶然俺のブログの炎上についての記事を見つけて、それに勇気づけられたらしく、辞めるのを思い止まり、もう少し頑張ってみようと思ったらしい。そして皐月さんは炎上に立ち向かい、弥生さんの協力も得て、なんとか乗り越えたらしい。
皐月さんの炎上の分類をすると、著名人がファンを刺激して、主張を通したということになるだろう。まぁ話を聴いた限り妥当な対応だったと思う。皐月さんは誰かを批判したわけでも悪口を言ったわけでもない。ただ事実を言ったに過ぎず、それを一部の過激なファンが勝手に変な解釈して誹謗中傷を始めただけだ。いや、むしろしつこく誹謗中傷をしていたのは流星のファンじゃない可能性もある。コメントの中にはいくつか中立的、擁護的なコメントもあったらしい。これらを踏まえると、謝る必要は全くないと判断できる。
「ありがとう、翔くん!」
「え? 何が?」
「翔くんは、今も昔も私のヒーローだよ!」
皐月さんが満面の笑みでそう言ったのを見て、俺はドキドキが抑えられず恥ずかしくなり、思わず顔を逸らしてしまった。
「なぁ、翔。俺と勝負をしないか?」いつの間にか我に返っていた流星が突然勝負を吹っ掛けてきた。
「え!? なんで?」
「お前がどれ程の男か知りたいんだ! この前は決着がつかなかったからな!」
「翔くんがあんたなんかを相手にするはずないでしょ! 勝負にもならないんだから!」
「そうか? この前はいい勝負だったけどな」
「あれは、翔くんが会場を盛り上げるためにわざと手を抜いてやってたの! そんなこともわからなかったの?」
「たとえそうだとしても結果は結果だ。今のところ俺と翔は同等、いや、知力では同等だが、カッコ良さで俺の圧勝だな!」
「なにバカなこと言っているの? カッコ良さでも翔くんの方が圧勝なんだけど!」
「はっ!? 皐月こそなに言ってんだ? この全身ユ〇クロ姿のどこがカッコイイんだよ?」
「シンプルイズベストって言うでしょ! シンプルな服を着こなすからこそ、翔くんはカッコイイの!」
「それなら、同じ服を着た俺の方がカッコイイに決まっているだろ!」
「そんなことないから! 翔くんはセンスがあるから、あんなたなんかと一緒にしないで!」
「じゃあ勝負をしないか?」
「勝負…?」
「あぁ、ファッションセンスで勝負だ! そうだなぁ…俺と翔だと顔面的に俺の圧勝だろうから、皐月の服を選ぶってのはどうだ?」
「か、翔くんが! わわ、私の服を…!!」
「どうだ? 翔…」
「いや、そんな急に言われても俺たちもやることが…」
「受けて立とうじゃない! あんたに翔くんのカッコ良さを教えてあげるんだから!」
「じゃあ決まりだな!」
ということで、皐月さんと流星の勝手な言い争いにより、俺は流星とファッションセンス対決をすることになってしまった。
それから俺たちは流星に連れられ、様々なブランドが立ち並ぶアウトレットモールに向かうことになった。その途中、俺は皐月さんに自分はファッションセンスがないこと、さらに女性の服選びなんてしたことがないことなどを伝えたが、皐月さんは笑顔で「翔くんなら大丈夫!」と言うだけで、勝負を取り消してくれそうになかった。
目的地に着くと、流星がスマホで誰かに電話を掛けていた。
「俺たち入り口に着いたんだけど、どこにいるんだ? うん、うん、わかった。待ってる」と流星は言って電話を切った。
「なに、あんた他に誰か誘ったの?」皐月さんが流星に尋ねた。
「あぁ、せっかくだから声掛けてみた。最初は断られたけど、皐月と翔もいるって言ったら、即オーケーしてくれた!」
「は? どうして私と翔くんがいることで、あんたの友達が参加する気になるの?」
「それは……お! ちょうど来たぞ!」と流星が言ったので、同じ方向に視線を送ると、その答えがすぐにわかった。
「翔くん、チャオチャオ!」
「弥生!」「弥生さん!」皐月さんと俺は声を揃えて驚いた。
「くっ! 三日月、あんた余計なことを」皐月さんは流星を睨んでいた。
「人数が多い方が楽しいと思ってな!」
それから流星がルールを説明し始めた。ルールは制限時間の一時間以内に一コーデ準備すること。金額制限はなし。店員さんにアドバイスや情報を求めてもいいが、全てをコーディネートしてもらうことは禁止。あくまで自分のセンスで決めなければならないということだった。もちろん皐月さんと弥生さんの意見を聞いてもいけないということだった。流星曰く、弥生さんはともかく、皐月さんもこう見えてファッションセンスがあるらしい。それは俺も納得だった。弥生さんは普段からファッションについて配信しているし、皐月さんも昨日今日ととてもオシャレだと感じていたからだ。そして判定者は、SNSの流星のフォロワーということだった。二つの写真を同時に掲載して、どちらのコーディネートが好みかを募り、より多く票を獲得できた方が勝ちというルールだった。
流星のルール説明が終わり、早速コーディネート勝負が始まろうとしていたが、その前に少し皐月さんと弥生さんがトラブっていた。
「私の服選びなんだから、私が翔くんと一緒に行動するね! だから弥生は三日月とペアってことで」皐月さんが俺の右腕に抱きつきながら言った。
「そんなの関係ないでしょ! 私も翔くんと一緒に回りたい!」
「弥生がいるとまた周りの人から注目されるでしょ! そしたら、勝負どころじゃなくなるじゃない」
「それなら私より流星くんの方が目立つじゃん! ただでさえ、この前変な噂流されているのに、一緒にいるところ見られたら、また勘違いされるでしょ」
「いっそのこと付き合っちゃえばいいのに…」
「付き合うはずないでしょ!」
と、こんな風に争っていたので、俺と流星が間に入って話し合った結果、皐月さんと弥生さんは時間になるまで自由に行動するらしく、俺と流星は単独で行動することになった。
そして遂にコーディネート勝負が始まった。俺は全く知識がないので、まずは情報収集から始めた。ネットで調べたり、店員さんに話を聞いたりして得た情報によると、これからは春から夏になるということなので、明るめのトレンドカラーや春色を取り入れるといいんじゃないか、ということだった。そう言われて詳しく調べてみると、トレンドカラーはピンク、パープル、グリーン、イエローなど明るい色で、これらを上手く組み合わせればいいということらしい。情報収集で30分程使ってしまったので、後は実際に実物を見て確かめることにした。
しかし、実際に見ても何が良いのかよくわからず困っていると、皐月さんが声を掛けてきた。
「翔くん、何か見つかった?」
「ん? あ、あぁ。一応調べてから一通り見ているんだけど、正直、何が良いかよくわからなくて…」
「そっか……ごめんね。無理やりこんなことに巻き込んでしまって…」
「ん? どうしたんだ? 急に…」
「私、翔くんのことになると、ついムキになっちゃって……。いつも迷惑をかけているよね」
「俺は迷惑とか思ったことないけどな」
「えっ?」
「たしかに、皐月さんは突然突飛な提案をしてくるし、何度も驚かされることがあったけど、迷惑なんて思ったことはない。むしろ、俺の知らないことを体験させてくれるから感謝しているくらいだ! ありがとう」
俺がそう言うと、皐月さんは驚いた顔をして黙ったままだったので、もう少し発言を続けた。
「このコーディネート勝負だって、全然知らないことばかりで、如何に自分が無知なのか改めて思い知らされる。それに新しい刺激に少しワクワクもしているんだ!」
皐月さんが少し俯いた状態で「そういうところだよ。私があなたを好きになったのは…」と小さな声で呟いた気がしたが、よく聴こえなかった。そして顔を上げ「フフ、翔くんはいつも通りしていれば大丈夫だよ! そうすれば、きっと勝てるから!」と笑顔で応援してくれたので、俺はやる気が上がった。そしてその時の皐月さんの姿を見て、俺の頭に中に突然イメージが降りてきた。
そのイメージを忘れないうちに服を探していると、皐月さんと入れ替わりで今度は弥生さんが声を掛けてきた。
「翔くん、どんな感じ?」
「ん? 弥生さん。そうだなぁ……なんとなくイメージは固まった感じ…だな!」
「そうなんだぁ!」
「まぁ俺の好みになるかもしれないけど…」
「フフ、翔くんの好みかぁ…。どんなものか楽しみにしているね!」
「あまり期待はして欲しくないんだけど…」
「翔くんなら大丈夫だよ! 応援してるからね!」弥生さんが笑顔でそう言ってくれたので、さらにやる気が上がった。
そして制限時間になったので、全員集合した。そして選んだ服を皐月さんに渡そうとしたら、流星に止められた。どうやら皐月さんはSNSに顔を晒すわけにはいかないということで、試着してくれるのは弥生さんということになったらしい。皐月さんは少し悔しそうにしていたが、仕方ないということだった。
まずは、流星が選んだ服を持って弥生さんは試着室に向かい、着替え始めた。それから数分後、着替えが完了した弥生さんが出てきた。流星のコーディネートは、白の無地インナーに、ほんのりオーバーサイズのデニムジャケット、鮮やかなグリーンのタイトスカートにサンダルというコーディネートだった。元々素材が良いこともあり、コーディネートとの相乗効果で弥生さんが輝いて見えた。流星曰く、今年のトレンドを活かした大人女子のファッションらしい。弥生さんがいくつか決めポーズを決めて、それを流星がスマホで写真を撮っていた。俺の目には弥生さんが神々しく映り、直視できないくらいだった。
何枚か写真を撮り、納得のいく写真を撮り終えてから、次は俺の選んだ服を持って、弥生さんは試着室に向かった。数分後、着替えが完了した弥生さんが出てきた。俺のコーディネートは、桜色のフリルがあるトップスに、ブルーのストレートジーンズ、白のショートブーツ、バッグ、ネックレスにしてみた。俺のリサーチによると、このストレートジーンズは形が綺麗で足長効果があるらしい。そしてトップスには桜色を入れて春らしさを足し、大人可愛い、を意識してみたつもりだ。
俺のコーディネートは、先程の流星のコーディネートとは全然違う印象になり、自分で言うのはなんだが、弥生さんが輝いて見えた。というより、弥生さんなら何を着ても着こなせるのではないかと思った。
俺のコーディネートも写真に撮ってから、流星がSNSにアップロードし、どちらのコーディネートがセンスあるのか、フォロワーに質問をし、投票時間は30分で締め切ることにした。皐月さんにどちらがセンスあるか尋ねると、即答で俺のコーディネートと答えてくれた。しかし、流星の方も良かったので、どちらが良いかというのは甲乙つけがたいということだった。この勝負は、どちらがセンスあるかというより、どちらが好みかという勝負になりそうだということだった。
30分経ち、流星が集計結果を発表してくれた。なんと、たった30分にも関わらず、総得票数は、20万を超えていたらしい。さすが超人気インフルエンサーの影響力だなと思った。そして結果は、流星のコーディネートが約12万票で俺のコーディネートが約8万票だった。つまり、俺は負けたというわけだ。
結果を知った流星は、最初ものすごく喜んでいたが、その後冷静になり「勝って当然だな」というような表情をして俺に決め顔を向けてきた。俺は、勝負には負けたが、俺のコーディネートに8万人もの人が賛同してくれたことが嬉しかったので、あまり悔しくはなかった。それに皐月さんと弥生さんも、俺の方が好みと言ってくれたのも嬉しかった。
「ということで、これ一式買おうっと!」弥生さんが俺のコーディネートした服を持って嬉々とした表情でレジに行こうとしていた。
「ちょっと! それは翔くんが私に似合う服を選んでくれたんだから、私が買うの!」皐月さんが弥生さんの腕を引っ張って買うのを阻止していた。
こんな感じでまた二人の争いが始まったり、その流れで流星がもう一勝負持ち掛けて来たりしてきて、結局最後まで四人で遊んでしまった。
帰り道、皐月さんが弥生さんと流星に今日のデートの趣旨を伝え、二人も協力するように言うと、意外にもあっさり了承してくれた。俺はこの時まですっかりそのことを忘れており、普通に遊んでしまっていた。それに今日は七星さんと桔梗さんの姿を一度も見ていない気がする。そのことを皐月さんに聞いてみると、二人はどこかにいるはずだと言っていた。おそらく気づかれないくらい離れた場所から観察しているということだった。それだと会話が聴こえないんじゃないかと思ったが、そこはさすが皐月さんで、盗聴器をバッグに入れており、七星さんたちはそれを通して会話を聴いているということだった。盗聴器をこんな使い方している人は初めて見たので少し驚いた。
それからしばらくして、俺はあることに気がついたので、皐月さんに相談してみることにした。
「皐月さん、ちょっといいか?」俺は小さめの声で声を掛けた。
「ん? なに?」皐月さんも察してくれて、小さな声で返してくれた。
「俺たち、誰かにつけられている」
「……! 全身黒のジャージに黒の帽子を被った人だね?」皐月さんは一瞬驚いた後、真剣な顔でそう言った。どうやら皐月さんも気づいていたようだ。
「あぁ……。弥生さんか流星のファンかと思って、しばらく様子を見ていたが、そうでもなさそうだ」
「すごい敵意を感じるもんね……。おそらく三日月を狙っていると思う。彼、いろんな人から恨みを買ってそうだから…」
「そ、そうか……。このまま起こらなければいいけどな…」
「そうだね…」そう言って皐月さんは少し心配そうな表情をした。
「大丈夫……何があっても、俺が必ず守るから!」
俺がそう言うと、皐月さんは顔を赤くして俯き、何も言わなかった、というより、恥ずかしくて何も言えないようだった。その時、弥生さんが「さっきから二人で何コソコソ話してるの?」と話し掛けてきたので、俺は尾行されていることを弥生さんと流星に小声で説明した。
「尾行!?」弥生さんが大きな声で驚いた後、すぐに自分で口を塞いだ。
「あぁ、店を出た時からずっと俺たちをつけている。それに俺たちにバレないように20メートルくらい離れた場所から…。だから二人とも気をつけ…」と俺が言いかけたところで、流星が「はぁ~、ったく、しょうがねぇなぁ…」とため息をつきながらその場に立ち止まった。そして後ろに振り返り「俺に用があるなら堂々と来い! コソコソするんじゃねぇ! ストーカー野郎!」と大きな声で煽った。
「なっ!? バカ! なに刺激してんだ!」俺は流星の行動に焦ってしまった。周りにいた一般の人たちも、突然の流星の行動に驚いており、みんなの視線が流星に集中しているのがわかった。そんな中、20メートル先に全身黒ジャージに黒の帽子を被った奴がこっちを向いて立っているのが見えた。体格からして男に見えたが、顔が半分以上隠れていたので、まだ判別できなかった。そしてそいつは突然俺たちの方へ走って向かって来た。それを見た流星は「あいつか…」と言って少しニヤリとしていた。俺は咄嗟に「二人とも下がれ!」と言って皐月さんと弥生さんに俺たちの後ろに下がるよう指示を出した。そして走って向かって来る奴に視線を送ると、奴の右手にはナイフのようなものが見えたので、これはヤバいと思い、体は一瞬で厳戒態勢になった。奴の狙いは予想通り流星のようで、右手に持ったナイフを突き出して流星に襲い掛かろうとしていた。それを流星はニヤリとした表情のまま迎え撃とうとしていたので、俺は咄嗟に流星の首根っこを掴んで後ろに引っ張り、前に出た。そして奴が突き出していた右腕を避けて、その腕をがっしりと掴み、手首を本気で握ると、奴は持っていたナイフを落としたので、そのまま背負い投げをし、奴に馬乗りして地面に抑え込み、なんとか取り押さえることができた。
「翔! なに余計なことしてんだよ!」流星が不満そうな様子で文句を言ってきた。
「こいつはナイフを持っていた! もし刺されたら大変なことになっていたぞ!」
「そんな奴相手に俺が刺されるかよ」
「こいつは明らかに流星を狙っていて俺は眼中になかった。だから俺が対応した方が上手くいくと思っただけだ」
「フン、俺一人でも余裕だったけどな!」
「それに、流星程の有名人が事件に巻き込まれたら、後々面倒くさいことになるだろ? 炎上とかしたら厄介だ」
「俺が炎上なんか恐れるとでも? フン、俺は炎上なんかに屈しない」
「二人とも大丈夫?」弥生さんが心配そうな顔で声を掛けてきた。
「あぁ、大丈夫だ。それよりも警察を…」
「あ! それなら今、皐月が連絡してくれているから…」
その時、横断歩道の信号が変わった。それと同時に皐月さんが「翔くん、もう一人いる!」と大きな声で言ったのを聞いて、周りを見渡すと、横断歩道の方から同じ格好をした人が流星に向かって走って来ていた。俺は一人を取り押さえており、身動きが取れない状態だったので、見ることしたできなかった。二人目も手にナイフを持っており、流星に襲い掛かったが、流星は軽い身のこなしで相手をいなし、難なく取り押さえていた。その姿に驚いていると、弥生さんが理由を教えてくれた。なんと流星は太極拳の使い手らしい。幼少期から習っており、結構強いということだった。流星の自信は強がりではなさそうだった。
そして少しして警察が来たので、二人の身柄を受け渡した。奴らの正体は30代の男二人で、以前は飲食店を経営していたらしいが、なかなか上手く行っていなかったらしい。そんな時、流星がその店を訪れて、その感想をSNSに投稿したらしい。その内容があまりよくなく低評価だったので、さらに客足が遠のき、その結果店が潰れてしまったらしい。その恨みが流星を襲った理由らしい。なんとまぁ勝手な責任転嫁だと思い腹が立ったので、一発殴りたかったが、ギリギリ抑え込んだ。
「皐月さん、さっきはありがとう!」
「ん? なにが?」
「あの時、皐月さんが教えてくれなかったら、二人目に気づかなかったよ! だから助かった!」
「ううん。私はただ見てただけだから…」皐月さんはそう言いながらも、褒められて少し照れているようだった。
「俺が必ず守るって言っておきながら、逆に守られてしまって、なんか情けないな…」
「ううん、そんなことないよ……翔くん! 守ってくれて、ありがとう!」と満面の笑みで言った。
「あ、あぁ…」その笑顔を見て、俺は思わずドキッとしてしまい、視線を逸らした。
そんなことがありながらも、無事一日を終えることができた。本来の目的である七星さんにインスピレーションを与えることが、今日のデートでできたのか心配になったので、皐月さんに確認してもらうと「問題ない! 最高だった!」という返事があったらしい。それを聞いて俺は安心した。
そして翌日の学校、皐月さんが俺のところに来て、歌の練習をしたいから付き合って欲しいという相談を持ち掛けてきた。皐月さんは、少しでも歌が上手くなりたいということだったので、それなら俺じゃなくて、他のメンバーにした方がいいと提案したが、俺も一緒じゃないと意味がないという謎なこだわりで押し切られたので、仕方なく練習に付き合うことになった。それから忌引きの時以外、毎日練習に付き合わされたが、少し気になることがあった。皐月さんの練習というより、俺が練習しているような感じだった。皐月さんが先生みたいに歌い方の基本を教えてくれたので、俺は少し歌が上手くなった気がした。
そしてそれから約二週間後の春休み直前に曲が完成したらしく、皐月さんが音源を持って俺のところにやって来た。曲のタイトルは『恋愛クエスト!!』。曲調はポップで明るく、歌詞は鈍感でやさしい男と、その男に一途な想いを寄せている女の子の日常ストーリーで、聴いていて楽しい印象だった。男性の心情を歌ったパートと女性の心情を歌ったパートがあるデュエット曲のようで、Aメロ、Bメロでは歌うパートが結構頻繁に変わり、サビで一緒に歌うようだった。男性パートを歌っていたのは天下の歌姫〇音ミク様、女性パートを歌っていたのは、同じくボーカロイドの〇音リン様だった。
「ど、どうかな?」皐月さんが心配そうな顔をして聞いてきた。
「うん! いい歌だと思う! 聴いていて楽しい歌だな!」俺は聴き終わった後イヤホンを取り、率直な感想を述べた。
「ほんと! よかったぁ」
「これを皐月さんが歌うんだな! でもこれ、デュエットだったけど、誰かと一緒に歌うのか?」
「それはもちろん翔くんだよ!」
「え………!?」
皐月さんは満面の笑みで当たり前のように言ったが、俺はその言葉の意味を理解するまでに少し時間が掛かった。それにもしかしたら聞き間違いかもしれないと思ったので、少し沈黙が流れた後に、もう一度聞いてみた。
「……皐月さん……今……なんて?」
「ん? 翔くんと一緒に歌うって言ったんだよ!」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「いや、いやいやいや! 俺、歌は下手だから……。てか、皐月さん程の人とデュエットするなんて恐れ多いというか、なんというか…」
「翔くんならそう言うと思った。でも、大丈夫だよ!」
「いや、大丈夫じゃない。せっかくの良い歌が俺のせいで台無しになってしまう。一緒に歌うなら、時雨とか紫苑の方が…」
「私は! 翔くんと一緒に歌いたいの!」皐月さんが真剣な目をして俺の目を見つめてきた。
「で、でも…」
「大丈夫だよ! 元々そのつもりで動いていたから……。だから今まで練習頑張ったんでしょ!」
ここでようやくすべての合点がいった。俺はまだ戸惑っていたが、皐月さんがあまりにも熱い眼差しで懇願してくるので、俺も最終的に折れて、受け入れてしまった。俺はその日から毎日その歌を聴いて、必死に歌詞と音程を覚えることに専念した。
後日、俺と皐月さんはレコーディングするために七星さんの自宅に向かった。レコーディングするということだったので、自宅にスタジオでもあるのかと思ったが、普通の一軒家だった。七星さん宅に到着すると、桔梗さんもいた。どうやら一緒に手伝ってくれるらしい。そして七星さんの部屋に案内されると、そこにはパソコン、MIDIキーボード、スピーカー、マイク、その他よくわからない機材など、音楽制作に必要な機材がびっしりと詰まっていた。七星さんは、このワンルームでDTMを使い、日々音楽制作に励んでいるらしい。そしてもちろん今日のレコーディングもこの部屋でするということだった。
七星さんは俺たちをクローゼットに案内し、扉を開けた。そのクローゼットには服が一切なく、マイクが立っていた。どうやらここが本日のレコーディング会場のようだった。七星さんと桔梗さんもいつもここで歌っているということだった。
そしてレコーディングが始まった。俺は初めてだったので、わからないことを聞いたり、みんなにアドバイスをもらったりしながら、自分なりに全力で臨んだ。何度も何度もやり直したり、取り直したりしたが、みんなは決して文句を言わずに付き合ってくれたので、俺も最後まで頑張ることができた。その結果、レコーディングは一日かかったが、なんとか納得のいく歌に仕上げることができそうということで、この日を終えることができた。
数日後、七星さんから歌が完成したということで、音源が送られてきた。その歌を聴くと、皐月さんの上手くて可愛い歌声と聴きなれない俺の歌声が合わさっていた。思っていたよりも下手ではなかったので、とりあえずホッとした。聴き終わると皐月さんからメッセージが届いた。「翔くんの歌、最ッ高だね!」と来ていたので、「ありがとう!」と返事をした。
いつアップロードするのか聞くと、もう少しやることがあるから、四月初旬頃になるということだった。なんでも、この歌のPVを作っているらしく、それを描いてくれているのが、霞さんということだった。そして同時にダンスも作っているらしく、それを弥生さんと流星に躍らせるということだった。
そして四月初旬。遂に俺は『六月』名義で歌い手デビューしてしまった。五月さつきチャンネルに皐月さんと俺が歌った『恋愛クエスト!!』、北斗七星Pチャンネルにボーカロイドバージョン、雛月弥生チャンネルに俺たちの歌で踊ってみた動画が同時にアップロードされた。
五月さつきのファンは、待望の新曲ということで喜んでいる人も多いようだったが、『六月』という謎の人物と一緒に歌っているということで、いろんな憶測が飛び交い、違う意味で話題になり、プチ炎上しかけたが、歌自体も好評で次々に歌ってみた動画が投稿され、事なきを得た。そして弥生さんと流星の踊ってみた動画もダンスが可愛いと好評になり、ショート動画で踊ったり、フルサイズで踊ったりする動画が次々に投稿された。その結果、一時的に『恋愛クエスト!!』がトレンドワードになるくらいバズっていた。
それに俺は少し興奮してしまい、つい松さんにメッセージと共に動画のURLを貼り付けて送ってしまった。その後、しばらくして冷静になり恥ずかしさが込み上げてきたので、発言を取り消そうとしたが、その前に松さんから「いい歌だな」と返事が来た。どうやら一歩遅かったようだが、松さんにいい歌と言ってもらえたので、ホッとした。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
感想もお待ちしております。




