サイコパスから学べること!!
サイコパスという言葉を聞くと、多くの人は猟奇的な犯罪者をイメージするのではないだろうか。このイメージは、主にドラマや小説などによって植え付けられたのだろうと思う。しかし、サイコパスはそんなイメージの犯罪者だけでなく、結構身近にも潜んでいるのである。たとえば、サイコパスが多い職業としては、CEO、外科医、弁護士、芸能人営業マンなどがある。
学者がサイコパスという言葉を使う場合には、いくつかの特性を備えた人々を指すらしい。それは、冷酷、恐怖心の欠如、衝動性、自信、高い集中力、重圧下での冷静さ、精神的な強さ、魅力、カリスマ性、共感度の低さ、良心の欠如である。これらの特性を持っている人はサイコパスである可能性が高いが、どの程度なのかは、人それぞれである。
実を言うとサイコパスには、良いサイコパスと悪いサイコパスがいる。良いサイコパスの特徴としては、他人に不当または必要のない危害を加えない、心理的に柔軟性があり、ある状況で必要とされる事項に応じて自分の行動を制御できる、サイコパスという人格を社会の利益のために利用するなどがある。まさに、先ほど挙げた職業の人たちである。一方、悪いサイコパスの特徴は、他人を見境なく傷つけても良心が痛まない、自分以外の人間に対する自分の行動の結果に興味がないなどがある。これはドラマとかでよく見る犯罪者や自分の利益しか考えない社長などだろう。
サイコパス性は悪いもの、怖いものではなく、その特性を理解して上手く利用すれば、役に立つのである。たとえば、CEOは会社の存続のために、従業員を解雇しなければならない時があるだろう。CEOの共感力が高すぎて誰も解雇せずに会社が潰れれば、被害が大きくなる。より多くの人を守るために、時には少数の人を犠牲にする覚悟がCEOには必要なのである。外科医も同じく、ある程度のサイコパス性が必要である。そうでなければ、人の体を切ることなんてできないだろう。
良いサイコパスになるためには、ある行動原則がある。これらの行動を意識して行えば、ある程度サイコパスの良い面を獲得できるだろう。まず、サイコパスは実行あるのみで行動する。サイコパスは先延ばしや考えすぎで貴重な脳のリソースを使わない。とにかくやるのである。そして、サイコパスはここぞという時にスイッチをオンにして、きっちりやり遂げるのである。サイコパスは失敗して酷い目にあった時より、成功報酬を与えられた方が速く学習するらしい。
サイコパスは自分に正直である。サイコパスはかなり自信家であることが多く、自分に反対するようなことはナンセンスだと考える。他人が自分のことをどう思おうと気にしないため、恐れることなく自分の意見をはっきり言うことができるのだ。また、サイコパスは人をよく見ているため、説得が得意である。相手の心を読めれば遥かに優位に立てることを理解しているのだ。これはトップセールスマンが持っている特性だろう。
サイコパスは感情に流されずに行動し、ひたすら前に進み続ける。サイコパスは自分の得意なことに集中し、実行するため、感情の余韻に浸る暇はないのである。なので、自分を責めないし、後悔もしない。サイコパスは自分が置かれた状況から一歩離れて、感情を排除して行動ができるのだ。我関せずで怒りを抑えることができるので、騙されたとしても、あまり気にしないのである。まさに、何ものにもとらわれるな! を実践しているのである。さらにサイコパスは、今を生きる、というマインドフルネスにも長けているのである。過去を後悔したり、過度に未来を恐れたりしないため、現在のやるべきことに集中できるのである。
これらの特徴を聞くと、自分もサイコパスを真似してみたいと思わないだろうか。サイコパスは決して猟奇的な犯罪者ではない。サイコパスの特性を上手く利用すれば、仕事や人間関係、恋愛などで役立てることができるだろう。
最後に注意点がある。多くの人は、サイコパスであるかないか、二者択一だと考えているようだが、実際にはそれほど単純なことではない。サイコパシーは身長や体重と同じように、人によって様々な程度が存在するのだ。完全にサイコパスな人とそうでない人は、極端な例であり、多くの人はこの間のどこかに分布しているのである。また、自分で意識することで、サイコパス性を発揮したり抑えたりすることもできるのだ。
このように、サイコパスからも学べることもたくさんあるのである。
3月3日、俺は弥生さんの雑用をすると約束していたので、約束の場所に向かっていた。詳しい内容は知らされず、午前10時に駅前に集合ということだったので、何か買い物でもして、その荷物持ちをさせられるのだろうと思っていた。俺は15分前に到着したが、弥生さんはまだ来ていなかったので、壁に寄りかかりながらスマホで電子書籍を読んで待つことにした。約束の午前10時になっても弥生さんはまだ来なかったが、特に心配することなく、そのまま電子書籍を読み続けた。俺はそのまま読書にのめり込んでしまい、一冊読み終えてしまった。
時間を確認すると、午前11時になっていた。弥生さんからの連絡はなく、俺は言われていた時間を勘違いしてしまったのかと思って履歴を確認すると、たしかに3月3日、午前10時に駅前集合と書いていた。もしかして事故か何かに巻き込まれたんじゃないかと心配になったので、電話をしようと思ったら、同じタイミングで弥生さんから電話が掛かってきた。応答すると、ハァハァ、と息切れしながら何かを言っている弥生さんの声が聴こえた。弥生さんは走っているようで、なんて言っているのか、よくわからなかったが、急いで向かって来ていることだけはわかったので、とりあえずこのまま待つことを伝えると、電話は切れた。
その直後に遠くから走ってくる人の姿が見えた。その人はサングラスとマスクで顔を隠し、おまけに帽子も深く被っていたので、明らかに不審者のように見えた。そしてその不審者は、俺の目の前で立ち止まり、両手を膝につきながら謝ってきた。
「ごめんなさい。ハァハァ、遅れてしまって…」
「その声、もしかして弥生さん?」
「え!? ハァハァ、うん、ハァハァ、そうだよ!」不審者は、そう言ってサングラスとマスクを取った。その正体は弥生さんだった。
「有名人だから顔を隠していたのか! 最初誰かわからなかったよ!」
「え!? ハァハァ、ほんと? ハァハァ…」
「あぁ、不審者かと思った!」
「不審者!? ハァハァ、そんな風に見えるんだ! ハァハァ…」
「それにマスクした状態でそんなに走ったら、キツイだろ?」
「だって! 遅刻していたから、ハァハァ、走らないと、ハァハァ、いけないと、思って…。ごめんなさい…」
「それよりも、まずは休まないとな! ちょっと水買ってくる」
俺はそう言って、近くの自動販売機で水を買い、弥生さんに渡すと、余程喉が渇いていたのか、弥生さんは一気に500mlの水を飲み干した。そして呼吸も整い出し、ようやく落ち着き始めた。それから弥生さんは、また謝ってきたので、気にしなくてもいいと伝えると、遅れた理由を述べ始めた。
弥生さんによると、昨日ある調べ事をしていて夜寝るのが遅くなり、朝起きるのも遅くなったらしい。それでも約束の時間までは余裕があったらしいが、着ていく服を決めてなかったらしく、服選びに迷ってしまい、気が付いたら約束の時間を過ぎていた、ということらしい。俺は「読書をして待っていたし、弥生さんが事故に巻き込まれたとかじゃなくて良かった!」と伝えたが、弥生さんは、遅れたことに罪悪感を抱いているようで何度も謝ってきた。俺は、せっかくの誕生日に悲しい気持ちにさせたくないと思ったので、話題を変えることにした。
「ところで、今日はどこに行くんだ?」
「え? あ! そうだったね! まだ伝えてなかったね!」
「できることならなんでもするぞ! 荷物持ちでも、部屋の装飾でも…」
「今日はあそこに行こうと思うの!」
弥生さんはそう言ってあるところを指さした。その先に視線を送ると、水族館の広告が目に入った。
「へ? あれって…?」
「水族館だよ!」
「え!? 今から水族館に行くのか!?」
「うん! そうだよ!」
「水族館に何しに行くんだ? ハッ! もしかして今日の仕事は水族館で撮影とか?」
「そんなわけないでしょ! 今日はオフだよ! 水族館には魚を見に行くの!」
「そ、そっか…。てっきり仕事の手伝いをさせられるのかと…」
「まぁ、やろうと思えば、いつでもできるんだけどね!」弥生さんはそう言いながらスマホをフリフリして見せてきた。
「それは…ちょっと…」俺は遠慮気味に言った。
「フフ、冗談だよ! 私も今日はオフモードだから」
「そっか……。じゃあ、あと何人いるんだ?」
「ん? 何人って、何が?」
「何って、今日の参加者だよ。俺たちの他の何人いるんだ?」
「え? 私たちだけだけど…」
「ん? 今なんて…?」
「ん? 私たちだけだよ!」
「なっ! なんだってー!!!」
弥生さんに改めて今日の予定を聞くと、これから水族館に行って魚たちを見て回るらしい。なぜ水族館なのかというと、俺が前に魚が好きだと言ったかららしい。正直、そんなことを言った覚えはなかったが、弥生さん曰く、間違いないということだった。他にも聞きたいことはあったが、とりあえず水族館に向かおうということで、強引に流されてしまった。
ということで、俺たちは水族館へ向かうことになったが、その前に弥生さんの格好が不審者に見えて逆に目立つということを指摘すると、マスクだけ取ってくれた。サングラスと帽子で結構顔が見えづらくなっているが、それでも隠し切れない弥生さんのオーラに、俺は周りを警戒しながら歩いていた。
「翔くん、どうしてそこまで挙動不審なの?」
「え!? いや、だって、もし弥生さんだってバレたら大変なことになると思って…」
「そんなことならないって! 私、そんなに有名じゃないよ」
「いや、前にもそんなこと言って、大変なことになった記憶が…」
その時、俺は修学旅行での出来事を思い出していた。
「ああ、あれは、たまたまだよ! 偶然だよ!」
「その偶然が、今日起こるかもしれないからな!」
「んもう! 翔くんはそうやっていつも私から距離を取るんだから! やっぱり私は迷惑なんだね…」
「いや、そうじゃなくて…」
「ムムー」弥生さんは頬を膨らませて怒っている顔をしていた。
「わかった。ごめん。普通に歩くから、許してくれないか?」
「ほんと?」
「あぁ!」
「約束する?」
「約束する」
「それなら許す!」
弥生さんは再び笑顔になって歩き出したので、俺はホッとした。
そして俺たちは水族館に到着した。俺は入り口の名前を見て、懐かしさを感じていた。昔、まだゆのさんが生きていた頃、一度家族で来たことがあったからだ。その時、たしかゆのさんは、この水族館が松さんとの初デートの場所だったと言っていた気がする。親が初デートした場所に、俺は今、学校で一番人気かつ全国的にも超人気インフルエンサー、雛月弥生さんと二人で来ている。これはもしかしてデートなのだろうか。いや、そんなはずはない。自惚れるな、俺。弥生さんなら彼氏の一人二人いてもおかしくないだろう。俺はただ、たまたま予定が空いていたから、声を掛けられたに過ぎないのだ。おそらく本命の人と都合が合わなかったので、仕方なく俺を誘ったのだろう。それに今後水族館で撮影があるかもしれなから、その下見に来たのかもしれない。そうだ。そうに違いない。こういう場合、男はすぐに自分の都合の良いように解釈して自惚れるから、調子に乗らないように俺も気をつけなければならない。
それに、俺は大事なことを思い出した。今日は弥生さんの雑用をするために来たんだった。つい浮かれて、初心を忘れるところだった。そうとわかれば、俺は全力で協力しよう。何かネタになりそうなものを見つけて、弥生さんに提案してみようと考えていた。
俺たちは館内を順路通りに回り始めた。俺は懐かしさを感じたり、魚たちの美しさに魅了されたりして、先程誓ったことをすっかり忘れてしまっていた。一方、弥生さんは見ている魚の豆知識を教えてくれた。たとえば、チョウチンアンコウの提灯が光るのは、発光バクテリアを培養させているかららしい。あれはチョウチンアンコウが自家発電をしているのではなく、発光バクテリアが光を発しているらしい。水族館のサメが他の魚を食べない理由は、与えられたエサで満足しているかららしい。仮にエサを与えなくなると、サメは容赦なく他の魚を食べ始めるらしい。ベニクラゲというクラゲは、不老不死らしい。普通のクラゲは有性生殖の後に死ぬらしいが、ベニクラゲは若返ることができるようで、寿命による死がないらしい。しかし、ベニクラゲは体長が4~10ミリ程なので、常に捕食される可能性があり、完全に死を免れるわけではないらしい。コウイカは体の色を赤、黄、こげ茶などあらゆる色に変化させて身を守ったり、仲間とコミュニケーションを取ったりするらしいが、コウイカ自身は色を見分けられずに、青一色に見えているらしい。
弥生さんはこんな風に様々な海の生き物に関する豆知識を教えてくれたが、一番ノリノリで教えてくれたのはイルカについてだった。イルカショーが始まるまでの待ち時間に、弥生さんはイルカの豆知識をたくさん教えてくれた。弥生さん曰く、イルカは、体と比べて脳の割合も多いため、知能が高い生き物であり、鏡に映った自分を認識したり、特定の鳴き声のパターンを識別して、仲間とのコミュニケーションを交わしたりできるらしい。イルカは並外れた聴覚を持っているようだが、嗅覚は退化したようで、匂いがわからないらしい。また、睡眠時も呼吸のために水面に出る必要があるため、イルカは半球睡眠という眠り方をしているらしい。イルカは、左右の脳を交互に眠らせる術を身につけ、泳ぎながら寝ているらしい。イルカが片目を閉じて泳いでいる時は、片方の脳が寝ている時らしい。また、イルカの色と言えば、グレーが一般的だったり、シロイルカも有名だったりするが、アマゾンにはピンク色のイルカが生息しているらしい。ピンクイルカは非常に珍しいようで、出会うことができたらラッキーと言われているらしく、一部の人からは、幸運を運んできてくれると信じられているらしい。
俺は弥生さんの豆知識に対して「へぇー、そうなんだ」と相槌を打ったり、言葉を繰り返したりして話を聴いていたので、弥生さんも話すのが楽しかったのだろう。止まることなくマシンガントークみたいにどんどん教えてくれた。さらに、弥生さんはイルカショーの間、ずっとスマホで写真を撮っていたので、余程イルカが好きなのだろうと思った。イルカショーでインストラクターのお姉さんがイルカに触れる人を募った時、多くの子どもたちが手を挙げる中、弥生さんも本気で手を挙げていた。そしてなんと指名されてしまった。あ、これ正体バレるな、と思ったが、弥生さんが嬉しそうだったので、そのまま見守ることにした。この時、すでに館内は一通り見回っていたので、これが終わってすぐに帰ればいいだろうと思っていた。
弥生さんは、小学生くらいの子どもたちに混ざって順番に並んでからステージに上がり、イルカにゆっくり慎重に触れていた。初めてイルカに触れたようで、しばらくやさしく撫でてから、俺に向かって笑顔で手を振ってきたので、俺も軽く微笑んで手を振り返した。その時、弥生さんの隣に立っていた小学生くらいの男の子が、弥生さんに何か言い始めた。それに対して弥生さんは戸惑いながら、何かを否定している素振りをしていたので、おそらく正体がバレたのだろうと思った。それから徐々に周りの子たちも気づきだして、最終的にはインストラクターのお姉さんも弥生さんのファンだったようで、マイクを付けたまま名前を言われたせいで、結局全員に正体がバレてしまった。
この時点で、弥生さんが俺と一緒にいるところを見られるといけないと思ったので、俺は先に水族館を出るというメッセージを送ってから、席を立ち、移動を始めた。俺は出口に向かっている途中で、グッズ売り場に目が行き、どんなものを売っているのか気になった。なので、弥生さんに改めてメッセージを送り、グッズ売り場に立ち寄ることにした。そこには、いろんな雑貨やお菓子、ぬいぐるみが売られていた。それらを眺めていると、ふと弥生さんへのプレゼントにいいかもしれないと思った。今までお世話になっていたので、感謝の気持ちを込めたプレゼントを送ろうと思い、ここで買うことにした。
弥生さんはイルカが好きなようなので、イルカのグッズに的を絞ることにした。といっても、イルカグッズだけでもたくさんの種類があった。イルカのストラップ、イルカのマグカップ、イルカの目覚まし時計、イルカのクリスタルボールなどなど。その中で個人的に気になったピンク色のイルカのぬいぐるみが目に入った。これなら可愛らしいし、弥生さんの好みにも合うんじゃないかと思って、手に取ろうとすると、隣の男も同じものを取ろうとしていたようで、手が重なってしまった。俺は咄嗟に手を引っ込めて、「すみません」と謝ると、隣の男は、「気にするな」と言ってぬいぐるみを手に取った。
その男は、サングラスをしていたので、目が見えなかったが、おそらく時雨や紫苑に匹敵するイケメン顔で、少しチャラそうな雰囲気だった。俺の苦手な部類の人間だろうと思ったので、そのまますぐにその場を立ち去ろうとしたら、「あれ!? お前、どっかで見たことがあるような…」とチャライケメンが言い、俺をジロジロと見つめてきた。俺はチャライケメンの顔に見覚えがなかったので、「多分、人違いだと思います」となるべく当たり障りのないことを言って、去ろうとすると、弥生さんが息を切らせながら追いついて来て、「ごめん、翔くん! また迷惑かけちゃって…」と言った。そして弥生さんとチャライケメンが顔を合わせると、「弥生!」、「流星くん!」とお互いに名前を呼び、驚いていた。どうやら二人は知り合いのようだった。
「どうして弥生がここにいるんだ? お前今日、大事な用事があるからって、俺の誘いを断ったくせに!」
「そ、それは…」弥生さんは視線を逸らして答えにくそうにしていた。そして「それよりも、流星くんこそ、どうしてここにいるの?」と逆に質問を返していた。
「俺は今度こことコラボするから、その下見に来てんだ! ハッ! もしかして…弥生、お前…」とチャライケメンは何かを悟ったような顔をしてから、「俺が一人で下見するのを寂しいと思って、手伝いに来てくれたのか?」と当たり前のように言った。
「え!? まっ、まぁ、そんな感じ…かな!」弥生さんはチャライケメンと視線を合わせないまま、そう答えた。
「そっか! やっぱりな!」チャライケメンは少し嬉しそうな顔をして言った。
それを聞いて俺はようやく弥生さんの今回の目的を理解した。弥生さんの今日の主な目的は、このチャライケメンだったようだ。弥生さんは、今まで俺と一緒に館内を見回りながら、このチャライケメンを探していたのかもしれない。俺はそんなことにも気づかずに一人で楽しんでしまい、なんて情けないんだと自己批判していた。
「ところで、この男は誰なんだ?」チャライケメンが俺に視線を向けて、弥生さんに尋ねていた。
「あ! この人は…」と弥生さんが答えようとしたが、俺はそれを遮って、自分から自己紹介をすることにした。
「俺は水無月翔です。弥生さんとは同じ学校の同級生です」
「ふーん…そっかぁ…」チャライケメンはしばらく俺をジロジロ見ていた。
「あのー、あなたは…?」俺はチャライケメンに名前を尋ねた。
「はっ? お前、俺のこと知らねぇの?」チャライケメンは驚きながら言った。
「え!? あ、はい。弥生さんと知り合いということは、同業者の方ですか?」
「お前、マジか!? この俺を知らないなんて、どうして生きていられるんだ?」
別にあんたを知らなくても普通に生きていられるけどな! と心の中で思ったが、口には出さなかった。
「翔くんはそういうのに疎いから、知らないのも仕方ないよ! 最初は私のことも知らなかったし!」弥生さんがフォローしてくれたようだったが、少しバカにされたようにも感じた。
「マジか…! お前…」チャライケメンは俺を憐れむような目で見てきた。
「すみません…」俺はとりあえず謝った。
そして少しの間が空いてから、チャライケメンが発言し始めた。
「はぁ~、俺を知らないなんて、お前、どれだけ人生損してるんだよ!」とチャライケメンは片手で目を覆いながら嘆き、「仕方ねぇ! 今日から俺がお前の生きる糧になってやるよ!」と大きな素振りをしながら、宣言してきた。
「はぁ…(だから俺は生きるのに困っていないから!)」俺は心の中で思っていることは口に出さずに、とりあえず聞くことにした。
「俺は三日月流星! 身長180センチ、体重65キロ、3月9日生まれのうお座で血液型はAB型! 好きなものはシャトーブリアンとお金! 目標は世界中の人間を俺の虜にして、俺の思うままに世界を創ることだ!」
「はぁ、そうですか…」なんとまあ大層な目標を掲げているんだなと思った。
「流星くんはすごいの! SNSの総フォロワー数は私の倍以上で、500万人もいるんだよ!」弥生さんがチャライケメンのすごさを数値で教えてくれたので、なんとなくすごさがわかった気がした。
「500万人! それは、すごい…ですね!」俺は素直に驚いてしまった。
「まあな! それくらい俺には当然だ!」チャライケメンは自信満々な態度で言った。
「それにカッコいいし、運動神経もいいから、いろんな人からモテているの!」弥生さんはチャライケメンを褒めた。
「まぁな! 俺をと出会って好きにならない奴なんか、この世にいないからな!」チャライケメンは当然のようにカッコつけて言った。
「それにカリスマ性もあるから、リーダーに向いているの!」弥生さんはさらにチャライケメンを褒めた。
「俺は自分のことは自分で決めたいからな! 誰かに指図されるんじゃなく、俺が指示するんだ!」
チャライケメンは、弥生さんの誉め言葉を聞いて、どんどん調子に乗っているようだった。というより、これがこの人の通常なのかもしれないと思った。なぜかチャライケメンを褒めまくる弥生さんは、止まる様子がなかった。その姿は、何か話題を逸らそうとしているように見えた。
「そっ、そうなんですね…」さすがにチャライケメンの自慢話ばかり聞いて、俺はお腹いっぱいになってしまった。
「ところで、どうしてお前は弥生と一緒なんだ?」チャライケメンが弥生さんの誉め言葉を遮って、俺に質問してきた。その時、弥生さんが焦っている表情をしていたのが見えた。
「え? あぁ、それは…」俺は変な誤解を与えないように言葉選びを気をつけようと思いながら、説明しようとした。
「ハッ! もしかしてお前……。弥生に共感して、俺の手伝いに来てくれたのか?」チャライケメンは俺の説明を遮って、推測を述べた。
「え!? あ、そ、そう…なのかな?」俺はあいまいな態度で答えた。
「そっか! やっぱりな!」
俺の当初の目的は、弥生さんの手伝いをすること。そして弥生さんの目的は、チャライケメン。なので、間接的ではあるが俺の目的もチャライケメンを手伝うことになるということだろうか。しかし、せっかくの誕生日に二人の邪魔はしたくないと思ったので、俺はここでおさらばしようと思った。
「じゃ、じゃあ二人が無事会えたってことで、俺はこの辺で…」
「ダメ!」弥生さんが俺の腕を掴んで、大きな声で引き留めてきた。その時の弥生さんは焦っているような、困っているような表情をしていた。
「え!? でも、せっかく会えたんだから、俺はもう…」
「翔くんもいないとダメなの!」弥生さんの握る力が強くなった。
「そうだな! 俺のことを知らないという稀有な存在のお前に、俺のすごさを見せつけてやるよ!」チャライケメンも俺を引き留めてきた。
「は、はぁ…」二人に引き留められたので、とりあえずもう少し留まることにした。
「よし! ついて来い! 翔!」チャライケメンは当然のように、馴れ馴れしくいきなり俺の名前を呼んできた。
そしてチャライケメンが今から行くところがあるというので、ついて行くと広い会場に辿り着いた。そこには魚がいないというのに、多くの人が集まっており、何かを待っているようだった。弥生さんがチャライケメンに「ここで何があるの?」と尋ねると、チャライケメンは「今からここでクイズ大会があるんだ!」と答えた。どうやらチャライケメンは、クイズ大会に参加するらしく、俺と弥生さんにも参加するように誘ってきた。話を聞いた直後の弥生さんは、あまり乗り気ではなかったが、優勝賞品が等身大のピンクイルカのぬいぐるみだと聞くと、急にやる気になった。そして弥生さんからも誘われたので、断るわけにもいかず、俺も参加することになった。それにもし俺が優勝したら、あのピンクイルカをプレゼントとして渡すことができるかもしれないと思った。というより、もし弥生さんが優勝して、あれをゲットしたら、その後何をプレゼントしてもショボくなってしまうだろう。ということで、このクイズ大会は決して負けられない戦いになってしまった。
そしてクイズ大会が開催された。初めにルールの説明が職員からされた。予選は〇×クイズを行い、勝ち残った五人が決勝戦で早押しクイズをするということだった。問題は全て魚や水族館に関することらしい。問題が出される前は、あまり自信がなく、全力で臨むしかないと覚悟を決めたが、そこまでのことではなかった。
〇×クイズの第一問は『世界一大きな魚はジンベイザメである。〇か、×か?』だった。答えは〇だ。ジンベイザメの大きさは10メートル以上あり、世界最大の魚と言われている。第二問は『サケの卵はたらこである。〇か、×か?』だ。答えは×である。サケの卵は、すじこ、いくらと呼ばれており、たらこはタラの卵である。第三問は『魚の背中についているヒレは、おびれという。〇か、×か?』だ。答えは×だ。背中についているヒレは背びれである。おびれは尻尾のことだ。
このように子どもも参加しているクイズ大会なので、問題の難易度がとても簡単だったが、あまりにも人数が減らないため、途中から少し難しくなっていった。
問題『魚にも右利きと左利きがある。〇か、×か?』。この答えはわからなかったが、チャライケメンが真っ先に〇と答えたので、便乗してついて行くと正解だった。次の問題は『イルカの祖先は恐竜である』だった。この答えは×だ。イルカの祖先はカバと言われているらしい。詳しくは知らないが、聞いたことがあったので、正解することができた。チャライケメンも知っているようだった。そして続いては『水族館の中で一番エサ代がかかるのはラッコである。〇か、×か?』という水族館ネタの問題だった。これは弥生さんが真っ先に×と答えたので、それに便乗した。弥生さんによると、水族館の中で最もエサ代がかかるのは、ジュゴンらしい。ジュゴン一頭で一日にかかるエサ代は5万円らしい。ジュゴンのエサは、アマモという海草で、一日30キロ程食べるため、日本だけで賄いきれず外国から輸入しているらしい。その結果、人件費や輸送費がかかって、高額になっているらしい。そして正解は………×だった。解説も弥生さんの言った通りだった。
そんなこんなでどんどん正解していき、俺たち三人は決勝に進むことになった。そして決勝に進んだ残りの二人の内の一人は、八月一日花火ちゃんだった。どうやら家族で遊びに来ているらしい。花火ちゃん曰く、八月一日さんと十七里も来ているらしいので、周りを見回したが二人の姿は見えず、花火ちゃんの両親が手を振っているのが見えた。
そして最後の決勝進出者は、なんと暦学園の物理学教師の神楽天正先生だった。彼は二年B組担任で、学校では物理学を教えているが、理系全般が得意なようで、無論生物も熟知しているようだ。掛けている眼鏡が特徴的で、右目のフレームが丸、左目のフレームが四角という左右非対称の眼鏡である。それにいつも白衣を着ているため、生徒からは白衣眼鏡の愛称で親しまれているらしい。それに何でも数字に置き換えるのが好きで、趣味はデータ収集らしい。数字を愛しているらしく、腕にはいつもスマートウォッチをつけて、心拍数、運動量、睡眠の質などを測っているらしい。一言で言うと『変人』ということだ。
「なんだ…水無月に雛月。キミたちも参加していたのか?」神楽先生が右手中指で眼鏡をくいっと上げながら言った。
「神楽先生! 先生もいらしてたんですね!」弥生さんがフレンドリーに答えた。
「まあな。ちょっと勉強のためにな」
「そうなんですね…。お一人ですか?」
「あぁ、今日は下見だからな」
「下見? 何の下見なんですか?」
「効率よく館内を回るための下見だ。時間は有限だからな。一秒たりとも無駄にはできん」
「そ、そうですね…」さすがの弥生さんも若干引いているようだった。
「ところで、キミたちは二人で遊びに来ているのか?」
「え!? あ、はい!」
「ということは、それはデートということか?」
「え!? い、いや、これはデートというか、なんというか…」神楽先生が余計なことを言ったので、弥生さんが困っていた。
「何だ? 違うのか? せっかくいいデータが手に入ると思ったんだが…」
「変なこと言わないでください! 俺は弥生さんの手伝いに来ているだけです! それにもしこれがデートだとしても、先生には絶対教えませんから!」俺は強気な態度で先生に言った。そして弥生さんに視線を送ると、少し悲しそうな表情をしているように見えた。
「まぁそうだよな。水無月に彼女なんてできるはずないよな」神楽先生が当然のような態度で言った。
「事実ですけど、その言い方、ちょっとムカつくんですけど…」俺は怒りの感情を抑えた。
「正論を言われれば誰でもイラっとするものだ」
「まぁ神楽先生も、そんなんじゃいつまで経っても彼女なんてできないでしょうね! 休日にも白衣を着てますし!」
「白衣はオレの一部だ。これがないと最早オレではない。それに白衣を着ていれば、ハロー効果で頭が良く見えるからな。まさにオレのための服だ」
「なんかその発言がバカっぽいんですけど…」
そして俺たち二人はお互いを煽り合い、バチバチしていた。
最初はこの先生面白いかもしれないと思っていたが、今では正直苦手である。なぜなら、一年の時から度々地味な嫌がらせをしてくるからだ。たとえば、授業中関係ない話に逸れて、まだ習っていない範囲の話をし始めた時、なぜか俺を指名して問題を出したり、小テストでは俺だけ問題が違って、最早物理とは関係ない質問をしてきたりと、地味な嫌がらせをしてくるんだ。まぁ解けない程難しい問題を出すことはないので、全部答えることができたんだが…。
それに、なぜか師走先生のことを度々聞いてくることがあった。今日朝礼で師走先生は何の話をしたのか、一日何回笑顔だったのか、または暗い表情だったのか、などを聞いてくることがあり、とても面倒だった。中でも一番面倒だったのは、体育祭以降だった。俺が借り物競争で師走先生と走ったのが気に食わなかったのか、毎日しつこく理由を聞いてきた。『好きな人(異性)』というお題で、俺が師走先生を選んだ理由をしっかり分析して、レポートで提出しろと言ってきた。本当にしつこくてウザかったので、最終的に師走先生に相談すると、あっさり引き下がってくれたように見えたが、まだ何か企んでいるような気がするので、油断はできない。
神楽先生は師走先生のことが好きなのではないか、と思った時もあったが、そんなことはなさそうだった。なぜなら、神楽先生が師走先生と話している姿を何度か見かけたが、特に意識しているようには見えなかった。神楽先生からは、照れや恥ずかしさ、嬉しさなどの感情が表情からは一切感じられず、常に無表情だった。神楽先生は変人なので、もしかしたら、師走先生を何かの実験対象として見ているのかもしれない、と俺は推測している。師走先生には一年の頃からお世話になっているので、マッドサイエンティストの神楽先生から変なことをされないように、俺も注意しておこうと思う。
「まぁそんなことはどうでもいい。今はこのクイズ大会が最優先だ。子どもだからって、手加減はしないからな。あのピンクイルカはオレがいただく」神楽先生が俺たちに対して宣戦布告してきた。
「私だって負けないですからね!」弥生さんが受けて立つようだった。
それから俺たち五人は職員の誘導に従いステージに上がり、司会者側から順に神楽先生、俺、チャライケメン、弥生さん、花火ちゃんという席順で着席した。チャライケメンと弥生さんがいたことからすぐに周りはザワザワし始めた。まずは司会者に促され、簡単な自己紹介をすることになった。
「神楽天正です。高校で物理教師をしています。よろしくお願いします」神楽先生がシンプルな自己紹介をした。
「学校の先生ですか! ということは海の生き物にも詳しいかもしれないですね! ではお次の方!」司会者が上手く誘導してくれた。
「水無月翔です。神楽先生の教え子です。今日は先生を負かしたいと思います。よろしくお願いします」俺が神楽先生を煽るような発言をすると、横から睨まれている視線を感じた。
「教師対生徒! どっちが勝つのか、見ものですね! では次の方!」
「ヨッス! 三日月流星だ! 今日は俺の勇姿をこんな身近で見られてラッキーだったな! 応援頼むぜ!」チャライケメンがカッコつけながら言うと、周りの女子たちが「キャー!」と興奮していた。
「なんと! あの大人気インフルエンサーの三日月流星さんでした! クイズ大会に参加して頂き、ありがとうございます!」司会者は頭を下げてお礼を言ってから「では、次の方!」と促した。
「みんな! チャオチャオ! 雛月弥生だよ! 今日は幸運を運ぶと言われているピンクイルカをゲットするために頑張ります! 応援してね!」弥生さんはオンモードになって自己紹介をした。それによりさらに周りの人たちが盛り上がり始めた。
「こちらも驚き! なんと! 雛月弥生さんも参加してくれていました! ありがとうございます!」司会者は再び頭を下げてお礼を言ってから「では、最後の方! どうぞ!」と促した。
「ほ、ほずみはなびです! 大人の人たちには絶対に負けないです! 応援してください!」花火ちゃんの自己紹介は可愛らしく、みんなを癒してくれた。
「頑張ろうねー。お姉さんも応援しているからねー」司会者のお姉さんも花火ちゃんに癒されているようだった。
ということで、遂にクイズ大会決勝戦が行われることになった。まず始めに司会者からルール説明があった。早押し式で答えがわかった人からボタンを押していいらしい。なので、問題が読まれている途中でも解答できるということだ。しかし、一度間違えてしまうと、その問題の解答権を失ってしまうらしい。一問一ポイント制で最初に五ポイント獲得した人が優勝という。
ルール説明が終わり、第一問が読まれ始めようとしていた。俺たち五人は全員ボタンに手を置いて、少し前傾姿勢になっていた。そして司会者が問題を読み始めた。
「では問題! 水族館がく…」と司会者が言ったところで、ピンポンという音が鳴り響いた。俺はボタンを押していなかったので、周りを見回すと隣の神楽先生の席が光で点滅していた。ボタンを押したのは神楽先生のようだった。司会者は「え!? あ! か、解答をどうぞ!」と少し戸惑いながら、指名していた。そして神楽先生が「魚側から人を見えないようにするため」と答えると、ピンポンピンポンという音が鳴り響き、正解だったようだ。司会者が「よくわかりましたね!」と尋ねると、神楽先生は勝手に問題を解説しだした。
神楽先生は、司会者が「水族館がく」といった時点で問題を『水族館が暗い理由は三つあり、一つは日常から乖離した雰囲気を作るため、二つ目は水槽の中が綺麗に見えるようにするため、では、三つ目はなんでしょう?』と推測したらしい。そして三つの理由のうち、問題になりやすいのを予想して、解答したということらしい。司会者によると、問題内容もほぼ正しかったらしい。この時、神楽先生が超本気だということがわかったので、俺も集中することにした。
「続いての問題! マグロやカ…」と司会者が言ったところで、ピンポンという音が鳴り響いた。光っていたのは、チャライケメンの席だった。俺もボタンを押したが、コンマ数秒遅れてしまい、またしても先を越されてしまった。そしてチャライケメンが「ラムジュート換水法!」と答えると、ピンポンピンポンという音が鳴り響いた。そしてチャライケメンも勝手に解説を始めた。
今回の問題は『マグロやカツオはエラ呼吸ができないため、泳ぎながら口から酸素を取り込む呼吸をしています。その呼吸法をなんというでしょうか?』ということだろう。マグロが出た時点でこれは予想ができたが、早押しで負けてしまった。それに、チャライケメンも結構詳しそうだったので、油断できないと改めて気を引き締め直した。
「では次の問題! マンボ…」と司会者が言ったところで、俺と神楽先生とチャライケメンがほぼ同時にボタンを押して、ピンポンという音が鳴り響いた。そして俺の席のランプが光っていたので、解答権を得ることができた俺は「2億から3億個!」と答えると、ピンポンという音が鳴り響いた。
この問題は簡単だった。おそらく問題は『マンボウは世界一卵を産む魚として知られています。では一体いくつ卵を産むのでしょうか?』という内容だったのだろう。答えは、2億から3億個と言われている。ちなみに、マンボウはこれだけたくさんの卵を産んでも、ほとんどの卵は他の魚に食べられたり、死んでしまったりするので、生き残るのは1、2匹らしい。
これで一ポイントずつ並ぶことができたが、油断はできない。思っていたよりも神楽先生とチャライケメンが本気なので、俺も負けたくないという気持ちが強くなってしまった。優勝して、ピンクイルカは必ず俺がゲットする。心の中で俺はそう誓い、燃えていた。
決勝戦の問題レベルは結構高かった。たとえば、『世界一寿命が長い魚は何で何歳?』という問題や、『鯢は何と読むでしょう?』という難読漢字問題、『チョウチンアンコウはオスよりもメスの方が大きく、頭のチョウチンを光らせてエサを獲るのはメスの役目である。そのため、オスはメスから栄養をもらうが、その方法はどんなものでしょう?』という問題があった。
ちなみに最初の問題の答えは、2017年に北大西洋で発見されたニシオンデンザメで推定512歳と言われている。このサメは性成熟するのが150歳前後とされ、大人になるのに一世紀半もかかるという。二番目の問題の答えは、サンショウウオだ。一般的には山椒魚と表記されることが多いが、鯢もサンショウウオと読むらしい。三番目の問題の答えは、オスがメスの体に噛みつき栄養をもらう、だ。オスがメスの体に噛みつくと、やがてメスの体の一部になるため、世界で一番悲しいオスと言われているらしい。
そして三つ巴の戦いは拮抗し、三人がそれぞれ四ポイントでマッチポイントを迎えていた。弥生さんと花火ちゃんは一問も答えることができずに置いてきぼり状態だったが、そんなことを気にする余裕は俺にはなかった。次の問題に答えたものが優勝するため、俺は最大限の集中力を注ぎ込もうとした時、司会者からある提案がされた。それは次の問題に答えた人が五点獲得するということだった。これはつまり弥生さんと花火ちゃんも優勝するチャンスがあるということだ。今までの勝負はなんだったのだろうか、と思う提案だったが、おそらく次の問題が最終問題になるだろうから関係なかった。俺たちは全員その提案に同意した。そして最終問題が読まれ始めた。
「では、最終問題! ここにいるイルカ…」と司会者が言ったところで、俺とチャライケメンと神楽先生が同時にボタンを押し、ピンポンという音が鳴り響いた。光っていたのは、神楽先生の席だった。そして神楽先生は少し考えてから「半球睡眠」と答えたが、初めてブブーという音が鳴り響いた。神楽先生の解答が間違っていたということなので、先生は解答権を失い、実質優勝できないのが確定した。
それから気を取り直して、司会者がもう一度問題を読み始めた。
「では、ここ…」と司会者が言ったところで、俺とチャライケメンがほぼ同時にボタンを押した。解答権を得たのはチャライケメンだった。そして彼が「エコーロケーション」と答えると、ブブーという音が鳴り響いた。これでチャライケメンも解答権を失い、優勝を逃したことになる。厄介な二人が先走っていなくなったので、俺は優勝できると確信した。そして次は問題文を最後まで聞くことにした。
『問題、ここにいるイルカの色はグレーですが、実は世界には他の色のイルカもいます。では、とても珍しく幸運を運んでくれると言われているイルカは何色でしょう?』という問題だった。
イルカの色についての発言があった時点で答えようと思ったが、答えを知っているはずの弥生さんもボタンを押さなかったので、気になって見てみると、弥生さんは花火ちゃんを見ていた。どうやら弥生さんは、花火ちゃんに解答してほしいようだった。
ここで俺が答えてしまうと、サイコパスと思われるかもしれないので、俺は優勝を諦めることにした。そしてしばらく花火ちゃんの様子を伺っていたが、わからない様子でボタンを押そうとしなかったので、一芝居することにした。
「うーん。何色だったかな? 幸せを運ぶイルカの色か…。さっきどこかで見たような気がするんだよなぁ…それについさっき誰かが言っていたような…」俺はそう言いながら、優勝賞品を飾っている方に視線を向けると、弥生さんも察して「私もどこかで見たんだよねぇ。どこだったかなぁ…」と言いながら、同じ方向に視線を送った。その姿を見た花火ちゃんが俺たちと同じ方向を見ると、何かに気づいた様子でボタンを押した。「はい! 花火ちゃん!」と司会者が指名すると、花火ちゃんは「ピンク色!」と答えた。すると、ピンポンピンポンピンポンピンポンという音が鳴り響いて、紙吹雪が発射された。結果、クイズ大会の優勝者は八月一日花火ちゃんになった。最後に正解した花火ちゃんは、とても嬉しそうに優勝賞品の等身大ピンクイルカを受け取っていた。
クイズ大会後、神楽先生が俺に気を遣うような声を掛けてきた。
「まぁ、誰でもど忘れすることはある。幼女に負けたからといって、そんなに落ち込むなよ」先生は笑いを堪えながら、俺の肩に手をポンと乗せて言った。
「いや、それを言うなら先生も負けてますよね?」
「オレは問題を聞く前に賭けに出て失敗した。もし水無月と同じだったら、オレなら答えることができた。だからオレが負けたわけではない」
「それ、負け惜しみにしか聞こえないんですけど…」
「科学者に失敗は付き物だ。オレは相応のリスクを取ったのだから、今回の負けも大事なデータになる。つまりオレは試合に負けて勝負に勝ったんだ」
「はぁ…そうですか…」面倒になったので俺は適当に答えた。
「じゃあな。オレはこれから今日集めたデータをまとめなければならない。水無月の情報もしっかり記してやるから、楽しみにしていろよ」
「いや、先生のデータに俺の情報は必要ないでしょ!」
俺の発言を最後まで聞かずに、神楽先生は帰って行った。
弥生さんとチャライケメンは、ファンの人たちに囲まれて握手やサインを求められていた。さすが人気者だなと思い、少し離れた場所から眺めていると、弥生さんのビジネススマイルから困っている様子が伺えたので、俺がマネージャーの振りして間に割って入ろうとしたら、チャライケメンが前面に出て、「今日はプライベートだから、悪いな。また今度にしてくれ!」とはっきりと断り、弥生さんの手を掴んでからファンの中を突っ切って、俺のところまで来た。その時、女性ファンの一人が「あ、あの! 流星くんと雛月さんはもしかして付き合っているのですか?」と質問をしていた。俺も気になったので聞く耳を立てた。弥生さんは「え!? そ、そんなはずないでしょ!」と少し焦りながら答えていた。客観的に見ると、照れ隠しに見えなくもなかった。チャライケメンは「さあ、どうだろうな? ただ、俺を好きにならない奴なんて、この世界にいると思うのか?」とカッコつけながら答えていた。それを聞いたファンの人たちは、「じゃあやっぱり…」と何かを悟ったような発言や表情をしていた。おそらく、二人が付きあっていると思ったのだろう。弥生さんはその空気を感じ取ったのか、チャライケメンに文句を言い始めた。
「ちょっと! その言い方だと私が流星くんのこと好きだと思われるでしょ!」
「違うのか?」
「違うに決まってるでしょ!」
「じゃあ、弥生は誰が好きなんだ?」
「わ、私は…」弥生さんはそう言って、助けを求めるような顔で俺の方をチラッと見てきた。しかし、俺もどうすればいいのかわからなかった。
「なんだ? 答えられないってことは、やっぱり俺のことが好きなんだな? ハッ! もしかして、照れているのか!」
「そんなはずないでしょ! もういい! 私の好きな人、教えてあげる!」弥生さんは感情的になり、勢いで言おうとしていた。そして「私の好きな人は…」と含みを持たせながら言った後「この人だよ!」と指を差した。
弥生さんが指し示した場所には俺が立っていたが、その発言と同時に神楽先生が間に割り込んできた。神楽先生は、師走先生のことで聞き忘れていたことがあるということで、わざわざ戻って来たらしい。これは弥生さんが意図していたことなのか偶然なのか、わからなかったが、客観的に見ると、弥生さんは神楽先生のことが好きだと告白したことになる。
「嘘だろ! 弥生、こんな奴が好きなのか!」チャライケメンが驚きながら、結構失礼なことを言った。
「ん? なんだ、雛月。オレのことが好きだったのか? だが悪いな。オレにはもう心に決めた人がいるんだ」神楽先生はあっさりと弥生さんの告白を振った。
弥生さんはただ茫然とその場に立ち尽くし、固まっていた。ファンの人たちもいけないところを見たような感じで気まずくなったのか、少しずつこの場から去って行った。
「ところで水無月。この前、師走先生と個別面談をしたそうだな。その時、何かオレのこと言ったりしてなかったか?」神楽先生は周りの空気などお構いなしに自分の聞きたいことを尋ねてきた。
「あんたよくこの空気の中、そんな話ができるな!」俺は思わずツッコミを入れてしまった。
それから神楽先生は何度もしつこく聞いてきた。俺が何も話していないという事実を伝えても、簡単には引き下がらなかったので、面倒になり少し嘘情報を教えてあげた。師走先生はしつこい男が嫌いだという嘘情報を伝えると、神楽先生は「フムフム…そうか…」と言って納得し、今度こそ帰って行った。
「まあ、そんな気を落とすな! 他にもいい男はいっぱいいるからな! 俺とか、こいつとか!」チャライケメンは弥生さんをフォローしながら、俺を親指で指した。チャライケメンのいい男の部類に俺が入っていることが意外だと思い、驚いた。
「流星くんは翔くんこと、どう思うの?」弥生さんはなぜか俺のことを尋ねていた。
「ん? 面白そうな奴だと思うけどな! 頭が良いだろうから役に立ちそうだ。そうだ! 俺のチームに入らないか?」
「そう思っていただけるのは嬉しいですが、俺は三日月さんが思っている程の器じゃないです」
「それはやってみなければわからないだろ? それにそれを判断するのは俺であり、お前じゃない」チャライケメンは急に目つきを鋭くして言ったかと思えば、「あと、俺のことは流星と呼べ!」と軽く微笑んで言った。
弥生さん曰く、流星は気に入った人には名前で呼ばせるらしい。それが本当なら流星は俺のことを気に入ってくれたということになる。どうして気に入ってくれたのかわからないが、俺が最初に抱いていたイメージより、やさしそうな人だった。
「まっ、もし気が向いたら連絡をくれ。DMでもなんでもいいから」
「はぁ…」
「じゃあ俺、そろそろ帰るわ! この後、家でやることあるからな!」
「そうなんだ。じゃあまたね。流星くん!」
「ああ! またな。弥生!」
「また会う機会があれば…」
俺が別れの言葉を言うと、流星は俺の肩に腕を回して、耳元でこっそりと周りに聞こえない声で発言をした。
「お前とはまた近いうち会う気がする。次こそは決着をつけるからな! クイズも他のことも…」
「え!? それってどういう…」
俺が聞いている途中で流星が離れたので、大事なことを聞くことができなかった。そして流星は帰り始めたが、途中で何かを思い出したようで、戻って来て弥生さんの目の前に立った。
「そういえば、今日は弥生の誕生日だったよな! これやるよ!」流星はそう言って、可愛くラッピングされた箱を渡していた。
「え!? 貰っていいの!?」
「ああ!」
「ありがとう!」
弥生さんはお礼を言い、プレゼントを受け取ってから「開けていい?」と確認していた。流星が頷いたので、ラッピングを丁寧に開けると、箱の中身はオシャレなイルカのクリスタルボールだった。イルカ好きの弥生さんにはたまらないグッズだったようで、とても喜んでいた。それを見て、俺はまだ弥生さんへのプレゼントのイルカグッズを買っていないことを思い出したので、二人にグッズ売り場に行くと伝えて、急いで向かった。
たくさんあるグッズの中から何を買おうか迷っていると、弥生さんが追いついて来てしまった。弥生さん一人だったので、流星は先に帰ったようだった。そして二人でグッズを見て回っていると、弥生さんがイルカのぬいぐるみの前で立ち止まり、目をキラキラさせながら眺めていた。そのぬいぐるみは俺がさっき気になっていたぬいぐるみだった。
「それが欲しいのか?」
「え!? う、うん。さっき等身大のイルカをゲットできなかったから、この大きさでもいいかなって思ったの!」
「そっか! じゃあ俺がプレゼントするよ!」
そう言って俺は、そのピンク色のイルカのぬいぐるみとセットになっている青いイルカのぬいぐるみを手に取り、レジまで持って行った。並んで待っている途中、弥生さんは自分で買うからいいと言っていたが、誕生日プレゼントとして受け取って欲しいと伝えると、納得してくれた。
その後、可愛くラッピングされたぬいぐるみと、事前に用意していた、巷で神の手を持っているという噂のマッサージ師の店のチケットをプレゼントとして渡した。どちらも喜んでくれたようなので、安心した。
水族館を出る頃にはすでに日が沈みそうになっていた。結局、俺は弥生さんの手伝いをするどころか、思いっきり楽しんでしまった。そんな自分の行動を反省していると、弥生さんが声を掛けてきた。
「ねぇ、翔くん。今日は付き合ってくれてありがとう! 私、とっても楽しかったよ!」弥生さんが満面の笑みを俺に向けて言ったので、俺はドキッとして心拍数が上昇するのがわかった。
「そ、そうか…。それならよかった」俺は平静を装いながら返事をした。
「翔くんは、どうだった?」
「お、俺も楽しかったよ」
「そっか! よかった! また一緒に来たいね!」
「そ、そうだな…」
そう言った後、弥生さんを見ると、顔が赤くなっている気がした。それが夕日によるものなのか、他のものなのか、俺にはわからなかった。
それから俺たちは電車に乗り、待ち合わせた駅に着いた。弥生さんとはここから帰り道が異なるが、俺は弥生さんの家まで送ろうと思っていた。大人気インフルエンサーを一人で夜道を帰らせるわけにはいかないと思っていた。しかし弥生さんは、遠いからいいと遠慮したので、それならタクシーで帰るように提案すると、了承してくれた。俺はタクシー代を渡そうとしたが、弥生さんから受け取ってもらえず、そのまま発車してしまった。
俺は駅から歩いて帰った。家に帰り着くと、玄関でつゆりがすごい形相で待ち構えていた。そして、すごい勢いで持っていたスマホの画面を見せてきた。そこには、俺たちがクイズをしていた時の写真が、SNSにアップロードされている画面が映っていた。つゆりに事情を聞かれたので、俺はその場で正座をさせられて、一時間説教された。
後日、弥生さんが神楽先生のことを好きだと言ったことが、SNSでニュースになっていたらしいが、匿名の誰かが、流星をドッキリさせるために仕組んだことだという情報を流して、それが広まり大事にはならなかったそうだ。匿名の誰かというのは、もしかして皐月さんかと思って本人に聞いてみたが、皐月さんは軽く微笑んで「知らない」と言うだけだった。皐月さんは俺に嘘をつくことがないだろうから、別人なのだろうと思った。もし誰かわかれば、お礼を言いたいと思っていたが、結局誰かわからなかった。
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