好奇心を高めたい!!
人間は誰しも好奇心を持って生まれてくる。なぜなら、そのおかげで多くのことを学び、成長できるからだ。生まれたばかりの赤ちゃんは、いろんなものを見ては口に入れようとするが、これは好奇心の表れだ。それに、いろんな場所に行こうとして、掴まり立ちをすることで、立つことや歩くことを学んでいく。幼少期の頃も好奇心が高い。自分である程度移動することができるようになると、いろんなものを見たり聞いたりして、それが何か大人に尋ねてくることがある。それは決して珍しいものとは限らない。散歩中に見かけた花や虫の名前など身近なものであることが多い。子どもは初めて見るものが何か知りたいという好奇心が高いのだ。
このように、人間は好奇心旺盛で生まれて来るにも関わらず、歳をとるにつれて段々と好奇心が薄れていく傾向がある。これは何とも残念な現実である。なぜなら、好奇心は人生でとても重要な要素の一つだからである。好奇心が高いといくつかメリットがある。好奇心が高い人は、確証バイアスやステレオタイプに陥りにくく、判断のミスが減る。また、日常的に疑問を持つことが多いので、困っている時は新しい解決策を思い浮かべることができたり、トラブルに前向きに対処したりする。さらに、他人の立場で物事を考えたり、情報を共有して意見を聞いたりすることができるので、コミュニケーションがスムーズにできる。これらはとても強みになるだろう。
好奇心が薄れる原因はいくつかあるだろうが、その一つは学校教育だろう。学校では決められたカリキュラムをみんなと同じスピードで同じ量だけ教えられる。それも一方的につまらない授業で…。たとえ興味を抱いていることがあっても、それが受験で役に立たないことなら、意味がないと言うような雰囲気を醸し出している。みんなが同じことを学んで、同じ知識を身につけ、大人になれば良いと思っているのだろうか。
もちろん、それにもメリットはあるだろう。どんなことだろうと基礎学力は脳を鍛えるのに必要である。しかし、子どもがせっかく興味を抱いて夢中になっていることがあるのに、それを伸ばそうとしない環境は如何なものかと思う。むしろ、邪魔しているのではないだろうか。今の教育環境は、学力が全てのように感じてしまう。学校で良い成績を取って、評判の良い大学に入って、評判の良い会社に就職することが未だに良い人生だと思い込ませるかのように…。
そんなものは遥か昔に破綻している。それよりも今は、自分の好奇心に従って行動する方が、充実した人生を歩めるのではないだろうか。世紀の大発見をするような科学者は、みな好奇心旺盛だ。好奇心があるからこそ、大変な実験でも熱中することができるのである。もし、自分の興味のあることを周りから否定されたとしても、聞く耳を持つ必要は全くない。自分の思うまま、好奇心の赴くままに探求しよう。そうすれば、いずれ大発見に繋がるかもしれない。俺も科学者や子どものように、自分が知りたい、学びたい、誰かに教えたいというような好奇心を常に持ち続け、大切にしたいと思う。
ある日、いつも通り部室で読書をしながら過ごしていると、突然ドアが勢いよく開き、野球のユニフォームを着た男が一人、焦った様子で入ってきた。彼の名前は鈴木、野球部キャプテンをしているらしい。鈴木があまりにも焦っていたので、牡丹さんが気を利かせて水を渡すと、一気に飲み干して、牡丹さんにお礼を言っていた。そして鈴木は大きな声で「キミたちにお願いがある!」と言った。この時点で俺は、また何か面倒なことになりそうな予感がしていたが、話を聞くと案の定だった。
時雨が詳しい内容を尋ねると、鈴木は答え始めた。鈴木のお願いは、俺たちに試合相手になって欲しいということだった。鈴木によると、野球部は春の高校選抜の21世紀枠に選ばれたらしく、もうすぐ大会を控えているらしい。しかし、練習試合を申し込んでいた他校が相次いで都合が合わなくなり、最近試合ができていないらしい。このままだと試合間隔を失ってしまい、本来の実力が出せないかもしれないということだった。非公式ではあるが、この前やっと金餅学院と練習試合ができると意気込んでいたらしいが、なぜか急遽なくなったので、部員一同落ち込んだらしい。それを聞いて俺は少し耳が痛くなった。それなら紅白戦をすればいいんじゃないか、と思ったが、我が校の野球部員は全員で14名しかいないらしく、人数が足りないらしい。その人数でよく21世紀枠に選ばれたな、と感心した。おそらく一人ひとりの実力がすごいのだろうと思った。
それでもさすがに俺たちは全員野球に関しては素人なので、もっと他に良い相手がいるのではないか、地元の野球クラブや社会人野球チームがあるのではないか、と言ったが、都合が合わなかったらしい。それで最終手段として、俺たちに頼みに来たようだった。鈴木はこの前の俺たちと金餅学院の対決を見て、俺たちになら良い相手になるだろうと確信したらしい。鈴木は真剣な眼差しで、俺たちを見つめてきた。
この相談に真っ先に乗ったのは、いつも通り好奇心旺盛なベルさんだった。
「なんだか面白そうデスね! ワタシは受けてもいいデスよ!」ベルさんはワクワクした様子で言った。
「フン! 俺の才能がまた一つ開花してしまうかもな!」紫苑も乗り気でいつも通りカッコつけていた。
「クックック、我の力に気づくとは! 汝、なかなか見どころがあるようだな!」桔梗さんも受けるつもりのようだった。
「私も構いません」ひまわりさんも承諾していた。
「霞ちゃんはどうするニャ? 運動、苦手だよね?」カスミンが霞さんを心配していた。
「みんながいるなら……私も…頑張る!」霞さんが小さな声で決意した。
「俺もやってもいいかな!」時雨も受け入れた。
「私も、野球部が困っているのなら、力になりたい! 翔くんはどうかな?」牡丹さんも受け入れるつもりで、最後に俺に尋ねてきた。
「まぁ、みんながそのつもりなら、やるしかないだろ!」
ということで、二日後に相談部VS野球部の野球対決が開催されることになった。といっても、相談部は単独で動ける人が8人しかいないので、1人メンバーが足りなかったが、噂を聞きつけた睦月会長がチームに加わってくれることになった。
最近相談部について思うことがあるんだが、みんなベルさんの好奇心に影響を受けて、いろんなことに挑戦するようになった気がする。以前の俺だったら、今回の相談は面倒だと言って断っていただろう。良くも悪くも、みんな好奇心が高まっているようだった。
俺たちは早速、誰がどのポジションにつくか話し合いを始めたが、話しだけではわからないので、グラウンドに移動し、野球部が休憩している間に少し練習させてもらい、それぞれの適正を調べてみた。その結果、ピッチャーがベルさん、キャッチャーが俺、ファーストが紫苑、セカンドが牡丹さん、サードが時雨、ショートが睦月会長、レフトが桔梗さん、センターがひまわりさん、ライトが霞さんになった。
ベルさんは球速110キロ台を投げ、コントロールも良く、キレのあるスライダー、大きく曲がるカーブ、タイミングをズラすチェンジアップなど球種も多彩だったので、文句なしで即ピッチャーに決まり、残りはなんとなく適当に決まった。桔梗さんと霞さんは内野だとボールを怖がっていたので、外野になった。二人の場所にフライが上がると、全てホームランになるかもしれない。
正直勝てる見込みはほぼないかもしれないが、受けた以上手を抜くのが嫌いなメンバーなので、全員全力で臨むつもりのようだった。無論それは俺も同じだった。俺はキャッチャーになったので、野球部員の情報を集めることにした。誰が何を得意としているのか、または苦手としているのかを知ることは、勝敗に大きく関わるからだ。野球部のマネージャーに聞いてみたが、あまり把握していないようで、資料も持っていないようだったので、俺は他の人を頼ることにした。
情報と言ったら皐月さんだ。ということで、俺は皐月さんの元へ向かい、お願い事をしようとしたら、内容を言う前に了承してくれた。一日待って欲しいということだったので、その日は帰りにバッティングセンターに寄ってから帰った。
翌日朝一番に、皐月さんはA4一枚の紙の両面に野球部の情報をビッシリ詰めて持って来てくれた。その内容があまりにも詳細だったので、おそらく膨大な量を調べてから、大事なところだけをまとめてくれたのだろう。
「皐月さん、これ調べるの、大変だっただろ!? どのくらいの時間…」と俺が言いかけた時、皐月さんは人差し指を立てて俺の口に当て、それ以上聞かないでという素振りをしながら、軽く微笑んだ。
「ありがとう。この情報、絶対活かすから!」
「頑張ってね!」皐月さんは笑顔で応援してくれた。
それから俺は、皐月さんに貰った情報を何度も読み込んで、一人ひとりの特徴を頭に刻んだ。そして野球本も読んで、知識だけは詰め込んだ。スポーツは知識だけではどうにもならず、経験がものを言うのはわかっているが、今すぐにできることは、これくらいしか思いつかなかったので、できうる限りのことはしたつもりだ。
そして試合の日を迎えた。その日は噂を聞きつけた生徒や他の部活生が何十人も観戦に来ており、それぞれ推していると思われる人を応援していた。
相談部のオーダーは、一番ピッチャーベルさん、二番キャッチャー俺、三番ファースト紫苑、四番セカンド牡丹さん、五番サード時雨、六番ショート睦月会長、七番レフト桔梗さん、八番センターひまわりさん、九番ライト霞さん、という守備番号と打順を一緒にしただけだった。
対する野球部は、一番ライト鈴木、二番ピッチャー大谷、三番ファースト王、四番サード長嶋、五番レフト松井、六番センター秋山、七番セカンド山田、八番キャッチャー野村、九番ショート松井というオーダーだった。なんか名前だけ見ると、すごいレジェンド感があって強そうに見える…。しかし彼らのデータは皐月さんのおかげで全て頭の中に入っている。これを活かして俺たちも全力で臨み、野球部の良い練習になればいいと思う。
ベルさんとは事前に話し合って簡単なサインを決めていた。グーがストレート、チョキがスライダー、パーがチェンジアップ、親指と小指を立てたサインをカーブにした。俺は「サインが気に入らなければ首を振ってくれ!」と言ったが、ベルさんは「首は振りまセン! ワタシは翔サンを信じていマス!」と笑顔で言ってくれた。
野球部の選抜初戦が先攻ということだったので、それに合わせて、俺たちは後攻になり、みんながそれぞれの配置についた。霞さんは右手にカスミン左手にグローブをしており、どうやって投げるのだろうかと心配になった。桔梗さんは片目を眼帯で覆っていたいので、距離感を掴めるのだろうかと心配になった。ライトかレフトにボールが飛んだら、ホームランになるだろうなと俺は試合前から諦めていた。そして、ベルさんが何回か投球練習をして準備が整った時、遂に試合が開始された。
一番バッターの鈴木は右投げ左打ち、バットコントロールが上手く、ヒット量産職人だ。足も速いため内野安打も多く、選球眼も優れているから出塁率が六割を超えているらしい。一度塁に出ると必ず盗塁してくるため、一番厄介な選手と言えるかもしれない。警戒して初球は外角のボール球を要求し、ベルさんは納得して振り被り第一球を投じた。その一球は先程までとは比べものにならないくらい早く、おそらく125キロ以上、いや130キロ出ているようだった。そのボールは要求していたより、少し内側に入って来て、ストライク判定だった。予想外のスピードに俺を含め、みんな驚いているようで、バッターの鈴木も驚いた顔をして固まっていた。
次は鈴木の苦手な内角高めのストレートを要求して、ベルさんが第二球を投じた。それも125キロ以上のスピードで見事にストライクを決めた。二球目も鈴木は見逃した。第三球も同じところに同じ球を要求し、ベルさんは指示通りの場所に投げてくれたが、今度は上手く打たれて、危うく長打コースになりそうになったが、ギリギリファールになった。ここでスライダーを要求した。おそらく鈴木は、ベルさんが変化球を投げられることを知らないので、空振りを取れるかもしれないと思った。そしてベルさんはサイン通りスライダーを投げてくれた。スライダーも投球練習時より変化量が大きくスピードも速かったので、鈴木から空振り三振を取ることができた。
続く二番ピッチャー大谷は投げて良し、打って良しの二刀流選手だ。右投げ左打ちで長打力があるらしい。彼は四隅が苦手なようなので、真ん中に入らないように気をつけなければならないが、ベルさんの制球力なら大丈夫だろう。作戦が上手くいって大谷はファーストゴロだった。
次の三番王は、左投げ左打ちで一本足打法が特徴の選手だ。彼はホームラン打者であり、最も一発を警戒しなければならない選手であるが、何が弱点かわからなかった。こんな選手には、最早俺のような素人が作戦を考えたところで、どうにかできるレベルではないだろう。ということで、全てベルさんに丸投げしてみた。その結果、ベルさんは野球のセオリーに縛られずに自分の好きなところに投げて、見事、王をセカンドゴロに打ち取ることができた。
ベルさんは絶好調でノリノリで楽しそうに投げていたので、一回を無失点で抑えることができた。それを野球素人の俺が中途半端な知識で邪魔をしているような気がしたので、全てベルさんに任せた方が良いかもしれない、と思った。みんながベンチに戻って来て、ベルさんを絶賛していたので、ベルさんは謙遜しながら嬉しそうだった。それから休む暇もなく、ベルさんはバッターボックスに向かい、右打席に立った。テニスでボールを打つのは慣れていると思うが、ラケットとバットは全然違うので、そう上手くはいかないだろう。それに相手投手の大谷は球速140キロ超えのストレートにスライダー、カーブ、スプリットを投げるらしい。最早プロレベルの投手からそう簡単に打てるはずがない。バットに当てることすら困難だろう。想定通り、俺たちは三者三振であっという間にチェンジになってしまった。
おそらくこの試合は、俺たちが点を取るのはとても難しい。一、二点取れれば良い方だろう。しかし、負けたくもない。となると、こちらも相手に点を取らせなければ良いということだ。みんなもその空気を感じ取ったのか、守備でたくさん助けてくれた。牡丹さんは強烈なセカンドライナーをジャンプして取り、睦月会長は三遊間を抜けそうな打球をバックハンドで捕球し、見事なスローイングでファーストに投げ、アウトを取った。相談部鉄壁の二遊間だった。極めつけは、ファーストにランナーがいた時、センターに抜けそうな打球を打たれヒットになるかと思ったが、牡丹さんがボールに追いついてバックハンドで捕球し、そのまま睦月会長にグラブトスしてセカンドをアウト、睦月会長がファーストに投げて、見事なダブルプレーを取ることができた。
それ以外にも、ライトにフライが飛んで行った時は終わったと思ったが、たまたま霞さんが守っていた場所にボールが飛んで行ったので、霞さんは動くことなく捕球することができたり、レフト方向にホームランかと思った打球が、風か何かで急に失速し、結局桔梗さんが捕球してレフトフライになったりと運も味方してくれた。それになんと言っても、ひまわりさんの守備範囲が異常な程広く、ライトとレフトもカバーしていたので、なんとか野球部相手に6回まで無失点で抑えることができていた。一方、俺たちも無失点、というより、ノーヒットだった。
しかし、さすがのベルさんも疲労が溜まったようで、7回から制球力が乱れ始め、三者連続でフォアボールを出し、この試合初めてノーアウト満塁というピンチに陥ってしまった。俺たちは流れを変えるためにタイムを取って、内野手全員マウンドに集まり、作戦会議を始めた。ベルさんが肩で息をして疲れているのがわかったので、俺は労いながらピッチャー交代を考えていた。みんなもその雰囲気を感じ取り、ベルさんに「頑張ったね!」、「お疲れ様!」などと声を掛けていた。
問題は、次に誰が投げるのかということだ。俺、時雨、紫苑は全員ノーコンなので、野球部を怪我させてしまいかねない。大事な試合が控えているのに、それだけは絶対にあってはならない。牡丹さんは制球力が高いが、球速がもう少し欲しいところだった。一年ズも似た理由で難しい。そうなると、リリーフは睦月会長が良いかもしれない。睦月会長は制球力もあり、球速も115キロ前後投げられるようだったので、今考えられる最善かもしれないと思い、提案しようとしたら、ベルさんがこの回まで投げ切りたいと強く切望したので、みんなも納得し、交代は次の回にすることにした。
ベルさんは最後に全力を出し切るという投球で、7回だというのに球速が上がっていた。そして、八番野村と九番松井を三振に取り、ツーアウトを迎えたところで、最大の壁である一番鈴木の打順になった。ベルさんは先程よりもギアを上げた様子で投げていたが、それでも鈴木はボールに慣れたようで、あと少しで長打やホームランというファールを打っていた。カウントはツーボール、ツーストライク。フルカウントになると圧倒的に不利になると思ったので、何としてもここで押さえておきたいが、鈴木はベルさんが投げる厳しいコースのボールや変化球も上手くカットして、甘い球が来るのを待っているようだった。さすがのベルさんも困った顔をして、どこに投げれば鈴木を打ち取ることができるのか、わからないようだった。俺もどうすればいいかわからず、お手上げ状態だったので、一度初心に帰ることにした。そして、こういう時に大事なのが何なのかが突然頭に降って来たので、一度タイムを取り、俺はマウンドに向かった。
「スミマセン、翔サン。ワタシの力ではもう彼を押さえることができないみたいデス」ベルさんは珍しく開口一番弱音を吐いた。
「ごめんな。ベルさんばかりに大変な役を押し付けてしまって…」そう言いながら、俺はボールをベルさんのグローブに渡した。
「そんなことありまセン! これはワタシが自分で納得して引き受けたことデス! なので、ワタシの責任デス! 翔サンが謝ることじゃありまセン!」
「そうか…。でも俺は、キャッチャー失格だ…」
「それも違いマス! 翔サンとてもよくやってくれていマス!」
「いや、俺は一瞬、ベルさんを信じ切ることができなかった…」
「エッ!?」
「俺はベルさんを信じ切れず、鈴木に打たれるかもしれないと思ってしまった…。こんなんじゃ、バッテリーとして失格だよな…」
「そんなことは…。それは、ワタシの力が足りない…」
「だから、俺は反省した! そしてベルさんを信じることにした! ベルさんなら必ず抑えることができる!」俺はベルさんの目を見てはっきりと言った。
「………ハイ! 任せてくだサイ!」ベルさんも表情が柔らかくなり、先程の暗いムードと迷いが消えたのがわかった。
そして俺は、鈴木が苦手としている内角高めの速球を要求し、ベルさんも頷いて渾身の一球を投じた。その一球はこの試合で最速のストレートで、見事に鈴木を空振り三振に取ることができた。
その裏の攻撃は一番のベルさんからだったが、先程の全力投球で体力を使い果たしてしまったようだったので、通りすがりの十文字に急遽交代してもらった。俺が仕方なく頭を下げてお願いしても十文字は聞いてくれなかったが、牡丹さんがお願いすると、あっさりと承諾してくれた。その態度がムカついたので、いっそのことデッドボールになってしまえ、と心の中で祈っていると、大谷が投げたボールが十文字の左太ももに当たり、本当にデッドボールになっていた。ボールが当たった瞬間はケンケンしながら痛がっていたが、牡丹さんが視界に入ると痛みを我慢しているようだった。
とにかく初めて塁に出ることができたので、このチャンスをどうしても活かしたかったが、十文字はあまりルールを知らないようだった。ここはバントをして、一つでも塁を進めた方が良いのかもしれないと考えながら初球を見送ると、十文字がいきなり盗塁をしやがった。ほとんどリードをしていなかったので、キャッチャーの野村も焦ったのだろう、ボールは少し逸れて、なんとセーフになった。
思いもよらないチャンスに俺の熱はさらに高まった。ここは強欲にもう一つ塁を進めたいところだった。そうすれば、次の紫苑がなんとかしてくれるだろうと思ったからだ。そして第二球、変化球になんとか対応し、バットに当てるだけになってしまったが、十文字が早めに走り出していたのと、セカンド方向にゴロが転がってくれたおかげで、ワンアウト三塁になった。
続いて、紫苑は燃えているようだったが、力み過ぎており、二連続豪快に空振りしていた。時雨が「肩の力を抜けー!」と声を掛けると、一度打席を外して深呼吸していた。それから打席に戻り構えると、大谷が第三球を投げた。そしてカキーンという音がグラウンドに鳴り響いた。紫苑が打ったボールは、ライトに飛んでいき、ライトフライになりそうだった。これならタッチアップで一点取れるかもしれないと思ったが、ライトの鈴木は肩がとても強いらしい。フライは決して浅くなく、十文字も足が遅いわけではなかったが、どうなるかわからなかった。そして鈴木が捕球した瞬間、十文字がホームに走り出し、鈴木はバックホームをした。鈴木の投げたバックホームは、まるでレーザービームのように真っ直ぐにノーバウンドでキャッチャーに届いていた。十文字も足から滑り込みをして、砂を巻き上げていた。
結果、ギリギリセーフという判定だった。遂に俺たちは野球部から一点を取ることができた。しかもヒットを打たずに。その流れに乗って、次の牡丹さんがヒットを打ち、初安打も記録した。その後時雨がアウトになり交代になった。
何はともあれ、この一点を守り切れば勝ちになる。ここまでベルさんが頑張ってくれた想いを胸に秘め、俺たちは改めて気合を入れ直した。
が、ことはそう上手く行かないのが現実だ。8回からはそのまま十文字がリリーフをすることになったが、ここでボロボロに打たれたり、フォアボールを連発したりして、最終的に1対11で負けてしまった。俺たちのヒット数は、牡丹さんと睦月会長の二本だけだった。俺を含め、男共は頭が上がらなかった。
試合を終えた後、野球部全員が感謝の言葉をくれた。最初はどうなるかわからない試合展開に不安だったらしいが、いざみんなが打ち始めると、調子が良くなって、楽しくなってきたらしい。「このまま選抜大会でも優勝目指して頑張るぞ!」と意気込んで活気に満ちていたので、とりあえずは役に立つことができたようだった。
その後、俺たちとの試合がどのくらい影響したかわからないが、我が校の野球部は選抜野球大会で快進撃を続けた。優勝こそ逃したものの、ベスト4まで勝ち進むことができたらしい。これで来年度は野球部員が増えるかもしれないと思った。
読んでいただき、ありがとうございます。
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