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どんな悩みも水無月くんにお任せ!!  作者: たかべー
新・相談部始動編!!
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大切なのは努力か、才能か!?①

 超一流の人たちを見た時、どんな思いを抱くだろうか。「あの人たちは才能があるから上手くいったんだ」と思うだろうか。それとも「才能ではない。あの人たちは努力したから超一流になれたんだ」と思うだろうか。どんなジャンルでも、超一流と呼ばれる人たちはいる。そして超一流の人たちは、みな努力したからと思っていることが多い。一方、凡人たちは、超一流の人たちのことを、才能に恵まれた人たちと思っていることが多い。多くの人は、「あの人は頭がいいから」、「あの人は運動神経が良いから」と思ったことがあるのではないだろうか。はたして、本当に才能というものはあるのだろうか。

 結論を言うと、才能よりも努力が大事だということだ。もちろん才能が全くないと言い切ることはできない。たとえば身体的特徴だ。バスケットボールでは身長の高い人の方が成功しやすいし、身長は遺伝的要素が大きい。これは生まれ持った才能ということができるだろう。しかし、生まれ持った才能も努力しなければ決して実ることはないし、技術面に関して言えば、才能などないと言うことができる。

 たとえば、絶対音感は生まれ持った才能であると思われており、一万人に一人持っていると言われているが、実は才能ではなく、適切な経験と訓練を積めば、誰でも習得できるということがわかっている。絶対音感を持っている人は、大抵小さい頃から音楽に触れる機会が多く、音楽に関する適切な教育を受けていることが多い。彼らは絶対音感を持って生まれたのではなく、身につけたのである。もし彼らに才能があると言うのなら、それは音楽に興味を抱き、それを学び続けることができるという才能だろう。つまり、才能とは絶対音感そのものではなく、絶対音感を身につける能力のことだ。

 しかし、ただ努力するだけでは能力は向上しない。「努力は必ず報われる!」、「目標を達成するには、努力を続けなさい」というアドバイスを聞いたことがある人は多いのではないだろうか。一見正しいことのように思うかもしれないが、これは間違っている。正しい練習を、十分な期間にわたって継続することが能力の向上に繋がるのだ。いくらうさぎ跳びを頑張って続けても、プロ野球選手になれるわけではない。つまり、目標に合った努力をしなければ意味がないということだ。

 練習で愚直に何かを繰り返すだけでは、能力の向上なんてしない。練習する時は、はっきりと定義された具体的な目標が必要であり、集中して行い、フィードバックが不可欠である。さらに、度々コンフォートゾーンから飛び出すことも必要である。これらが能力向上に欠かせない目的のある練習であり、超一流になるための必須条件である。そして、しっかりと考えられた練習を、誰よりも多く続けた人が、その道の超一流になっているのである。

 ヴァイオリンの超一流とその他を比較した研究では、単純に、超一流の人たちは練習時間が最も多かった。特に一人での練習時間が多かったらしい。また、彼らは練習を、非常に負担が大きく、あまり楽しくないと感じながら続けているらしい。超一流の人たちは、誰もが能力を向上させるのは大変であり、そんな練習が必要不可欠であると考えていた。これはヴァイオリンに限ったことではない。他の様々なジャンルにも当てはまることだ。

 つまり、超一流のような並外れた能力を手に入れるためには、膨大な時間の練習が必要だということだ。多くの人が、才能ある、才能なし、と二文法的に物事を考えようとするが、それは人生の可能性を狭めてしまいかねない。超一流の人たちを見て、「あの人たちは才能に恵まれているからいいなぁ」と思いながら、やりたいことをやらないのはもったいないことだ。やりたいことがあり、自分も超一流になりないのなら、覚悟を決めて、しっかりと練習に励むことだ。時間は掛かるかもしれないが、できないと思っていたことができることにきっと自分でも驚くだろう。何歳からでも遅くはない。今この瞬間に始めよう。なぜなら、今が人生の中で一番若い自分なのだから。


 2月15日、放課後、ある女の子が部室を訪ねてきた。紫苑の情報によると、彼女の名前は四十九院卯月しじゅうくいんうづき、二年B組所属でヴァイオリンの腕は超一流で、日本を代表する四十九院財閥の娘らしい。要するに、超お金持ちのお嬢様ということだ。おそらく学園長が言っていたのは彼女のことだろうと思いながら、そんな彼女が一体何の悩みを抱えているのだろうか、と少し興味を抱いていた。

「では、四十九院さんの相談事はなんですか?」時雨がいつも通りの手順で尋ねた。

「じ、実は…わたくし…一ヶ月程前から、ヴァイオリンが弾けなくなったの!」四十九院さんは真面目な顔で言った。それを聞いた俺たちは声には出さなかったが、全員驚いた。

「ヴァイオリンを弾けなくなった?」時雨が繰り返し尋ねた。

「そうなの…」そう言って、四十九院さんは事の成り行きを説明し始めた。

 四十九院さんの話によると、ヴァイオリンを弾き始めたのは二歳頃からで、今までずっと練習に励んできたらしい。周りの友達が遊んでいる時もひたすら一人で練習を続け、そして数々の催し物に参加しては賞を総なめし、多くの人にその才能を認められてきたらしい。それは四十九院さんにとって嬉しいことだったようだ。ヴァイオリンの練習は大変で楽しいものではなかったらしいが、決して嫌になるということはなかったらしい。その努力の結果、多くの賞を取れたことに、満足していると言っていた。

 しかし、二週間前のある日、急にヴァイオリンを弾けなくなったらしい。その日はいつも通りに学校に通い、いつも通りに帰宅し、いつも通りに練習を始めたらしいが、演奏を始めた瞬間、違和感があったらしい。そしてそれは音色に表れ、いつも通りに演奏できなくなっていたらしい。四十九院さんは、その日からヴァイオリンを演奏できなくなったらしいのだ。それからも練習を試みているが、一向に改善することがないらしい。少し練習のし過ぎかもしれないと思ったらしく、何もしない日を一日設けたが、次の日も変化がなかったらしい。親や先生も心配して、カウンセリング受けさせたり、気分転換に趣味のスイーツ巡りなどいろいろ手を施したりしたらしいが、元には戻らなかったらしい。四十九院さんを始め、みんな何が原因なのかわからないので、どう対処したらいいのか、困っている、ということで、本日相談部に来たらしい。

「わたくし、どうしたらいいのかしら?」四十九院さんは困り果てた様子で言った。

「そ、そうですね…」時雨もどう答えたらいいのか分からないといった様子で俺を見てきた。

「あのー、今、一曲演奏できますか?」ひまわりさんが尋ねた。

「今ですの?」

「はい。もしよろしければ、お聴きしたいのですが…」

「わ、わかりましたわ!」四十九院さんはそう言って、足元に置いてあったバイオリンケースを持ち、中のヴァイオリンを取り出し、肩に乗せ、演奏する準備をした。俺はその工程を黙って見ていたが、特に変わったところはなく、手慣れた様子だった。

「何をお聞きになりたいのですの?」四十九院さんが尋ねた。

「なんでもいいのですか?」ひまわりさんが応答した。

「わたくしが弾ける曲なら、大丈夫ですわ!」

「では、エルガーの『愛のあいさつ』はどうですか?」ひまわりさんが答えた。

「わかりましたわ!」四十九院さんはそう言って、演奏を始めた。

 素人の俺が聞いた限り、特におかしなところはなかったが、四十九院さんは途中で演奏をやめた。表情を見る限り、どうやら気になったところがあったらしい。ひまわりさんも顎に手を当て、何やら考え事をしているようだった。

「ごめんなさい。このような演奏を聴かせてしまって」四十九院さんが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。

「い、いえ、とても心地良い演奏でしたよ!」時雨がフォローするように答えた。

「気を遣わなくてもいいわ。自覚はありますの」

「え! いや、気を遣ったわけじゃ…。紫苑はどう感じた?」時雨は紫苑に助けを求めた。

「俺も良い演奏だと思ったよ!」紫苑は率直な感想を言った。

「あなたは、今の演奏が良く聴こえたのですか?」四十九院さんは意外そうな顔をして紫苑に尋ねた。

「まぁ、そうだな! だけど、俺はアマチュアだから一流レベルの差まではわからない。正直、四十九院さんが何を気にしているのか、わからないからな!」と正直に言った。

「そうですの…」四十九院さんは少しガッカリしたように見えた。

「四十九院先輩は、どこが気になっているのですか?」ひまわりさんが尋ねた。

「そうですね…。正直、わたくしにもよくわかりませんの」四十九院さんは困り顔で言った。

「よくわからないけど、どこかおかしいと思うんですね?」ひまわりさんが再度尋ねた。

「えぇ…。最近は何が良くて何が悪いのかもわからなくなってきて……。先生にはスランプと言われましたの」

「スランプ…ですか…」ひまわりさんは繰り返した。

「えぇ、一流の人なら必ずスランプに陥るらしく、一時的なものだから、あまり気にしなくてもいい、とおっしゃっていましたわ」

 スランプ。たしかに多くのアーティストやアスリートはスランプに陥ったことがあると聞く。一説によると、スランプに陥る原因は、心理的なもので、自分の思い込みから生まれるものと言われている。努力しているにも関わらず、思うような結果が出ないためにスランプだと感じるらしい。この思い込みに囚われると、悪循環に陥り、ますます良い結果から遠のいてしまうということだ。また、今までの人生の調子が良すぎたり、周りからのプレッシャーが大き過ぎたり、やっていることがマンネリ化し過ぎたりするとスランプに陥りやすいようだ。

 しかし、視点を変えると、スランプを感じるということは、一生懸命努力しているということであり、それが自分にとって大事なことだということもできる。

 スランプに陥りやすい人の特徴としては、完璧主義、責任感が強い、真面目、自尊心が高い、向上心が高い、ストイック、神経質、頑固、負けず嫌いなどがあるらしい。

 スランプを克服するには、まず自分がスランプであることを認めてから、人に相談したり、適度な休息を取ったり、新しいことに挑戦したりなどが効果ありと言われている。悩みの元を一度手放してみると、視野が広がったり、新たな視点で物事を捉えることができたりするらしい。あの偉大な野球選手のイチロー選手や将棋の羽生棋士もスランプに陥ったことがあったらしい。そしてそれを乗り越えて偉大になったのである。ということは、超一流になるには必ずどこかでスランプに陥り、それを乗り越える必要があるということだ。それを乗り越えられるか、諦めてしまうかで超一流と凡人の差が生まれるのかもしれない。

「四十九院先輩は、どう思われているのですか?」ひまわりさんが尋ねた。

「わたくしですか? そうですわね…。一時的だから気にしなくてもいいと言われても、正直難しいですわね。それができれば、スランプに陥ってないと思いますの」

「そうですね。私もそう思います」ひまわりさんが同意した。俺も同じ考えだった。

「もしかして、あなたもスランプになったことがあるのかしら?」四十九院さんがひまわりさんに尋ねた。

「はい。私はヴァイオリンではなく、ピアノなのですが、一年くらい前にスランプになってから…」ひまわりさんが思い詰めた顔で言った。

 俺はひまわりさんがそんな事情を抱えていることを知らなかったので、内心驚いた。

「そうでしたの…。あなたも、大変だったみたいね…」四十九院さんは同情したような顔で言った。

「いえ、私はもう吹っ切れたので大丈夫です! それよりも四十九院先輩の方をなんとかしないとですね! 何かいい方法はないんですか? 翔先輩!」ひまわりさんが切り替えて俺に話を振ってきた。

「そ、そうだなぁ。俺も音楽はほとんど素人だからなぁ…」突然だったので、何も考えておらず、適当なことを言った。

「音楽は知らなくても、スランプの抜け出し方とか知らないんですか?」ひまわりさんが俺に尋ねてきた。

「そうだなぁ…。いつもの練習で行き詰ったってことは、もしかしたらコンフォートゾーンに入っているのかもしれないな!」

「コンフォート…ゾーン?」四十九院さんが首を傾げながら言った。

「コンフォートゾーン……快適な空間とか安全地帯という意味の言葉ですね!」ひまわりさんが確認してきた。

「あぁ。もしかしたら、四十九院さんのレベルが高まったために、今までの練習じゃ簡単すぎて、次のレベルに到達しにくくなっているのかもしれないですね」

「ということは、練習内容を変えれば良いってことですか?」ひまわりさんが尋ねてきた。

「そうだな。もう少し難易度の高い練習をするか、練習の仕方を変えてみるのもいいかもしれない」

「練習の仕方を…?」四十九院さんが尋ねてきた。

「はい。ずっと同じやり方で練習して、もうこれ以上レベルが上がることがないと感じれば、おそらくそれは限界点だと思います。それ以上同じ練習を続けても伸びることはないでしょう。そうなったときは、やり方を変える必要があるということです」

「つまり、今の練習は、わたくしのレベルに合っていないということかしら?」

「それはわかりません。俺は四十九院さんがどんな練習をしているのか知らないですし、たとえ知ったとしても、俺は素人なのでわかりません」

「あなたなら、わかるかしら?」四十九院さんはひまわりさんに視線を向けて尋ねた。

「私もヴァイオリンのことはあまり詳しくないのでわかりません」ひまわりさんは正直に答えた。

「そう…なの…」四十九院さんは落ち込んでいるようだった。

「ですが、先程の『愛のあいさつ』を聴いた時、いつもの四十九院先輩の演奏とは違う気がしました」

「あなた! わたくしの演奏のどこがおかしいのかわかるの?」四十九院さんが取り乱した様子で尋ねた。

「あ、いえ、具体的にどこがどうということはわかりませんが、何かに囚われているように感じました」

「何かに…囚われて…」そう言って四十九院さんは固まった。

「何か心当たりがあるのですか?」俺は尋ねてみた。

「い、いえ、何もありませんわ…」

「すみません。適当なことを言ってしまいました」ひまわりさんが四十九院さんに謝った。

「いえ、気にしなくてもいいわ。正直に言ってくれてありがとう」四十九院さんは感謝した。

「何かに囚われているのなら、解放する必要があるな!」紫苑が言った。

「解放って、何をするんですか?」ひまわりさんが紫苑に尋ねた。

「そうだな…まずは視野を広げてみるのはどうだ?」紫苑が提案した。

「視野を…広げる?」四十九院さんが繰り返した。

「視野を広げるって具体的に何をするのですか?」ひまわりさんが尋ねた。

「そうだな…。四十九院さんは今までどんな演奏をしてきたんだ?」紫苑が四十九院さんに尋ねた。

「わたくしですか!? そうですわね…クラシックが多いですわ」

「まぁ、そうだろうな! じゃあ、ちょっと趣向を変えてみるのはどうだ?」紫苑は何か良い案が思いついているようだった。

「趣向を…ですか?」四十九院さんが尋ねた。

「おそらく四十九院さんは、今までクラシックばかり演奏してきただろうから、ちょっと違うジャンルの曲を演奏してみるんだ! そうすれば視野が広がるかもしれない! そしてここに、四十九院さんの趣向と真逆の人がいる!」紫苑はそう言って、桔梗さんを差し出した。

「……………なっ! わ、我だと!」桔梗さんはしばらく黙っていたが、差し出されたことに気づいて驚いていた。

「彼女、長月桔梗ちゃんが、四十九院さんに新たな視点をもたらしてくれる救世主だ!」紫苑がカッコつけながら言った。

「この子が…わたくしを…」四十九院さんは桔梗さんを見つめていた。

「なっ、何勝手なこと言っているのだ! 我も音楽はよくわからん。ましてやクラシックやヴァイオリンなど…」桔梗さんは焦りながら言っていた。

「そこは詳しくなくても心配はいらない。桔梗ちゃんはいつも通りにしていればいいだけだ」紫苑は自信ありげに言った。

「ど、どういうことだ?」桔梗さんが紫苑に尋ねた。

「目的は四十九院さんの視野を広げること。だから桔梗ちゃんが知るんじゃなく、四十九院さんが桔梗ちゃんの趣味を知るということだ!」

「そ、そうか…。しかし、どうして我なのだ? ベルさんや牡丹さんがいるではないか?」

「それは、桔梗ちゃんが四十九院さんからもっとも離れたジャンルを知っていると思ったから!」

「それだけか!」桔梗さんは紫苑に激しくツッコミを入れ、「ひまわりはどう思うのだ?」と確認していた。

「そうね。神無月先輩の提案も一理あると思う。視野を広げるのは私も賛成。でも、あまり変な方向に行き過ぎて、本来の場所に戻って来られなくなるのが心配…かな。翔先輩はどう思いますか?」

「そうだな。正直、どうしたらいいかわからない。でも、もし四十九院さんがやるのなら、全力で協力しようと思う!」

「どうしますか? 四十九院先輩?」ひまわりさんが代表して尋ねた。

「わたくしは…何か手があるのなら、やってみたいと思いますわ! このまま一人で悩み続けるのも嫌ですもの」四十九院さんはやる気になっているようだった。

「では決まりですね!」ひまわりさんがまとめた。

 ということで、次の休みの日に、四十九院さんの視野を広げる大作戦を執り行うことになった。参加メンバーは、四十九院さん、ひまわりさん、桔梗さん、紫苑、俺とあと一人、シークレットメンバーがいるということだった。どうやら桔梗さんがうってつけの人物と知り合いらしい。どんなことをするのかは、紫苑と桔梗さんが決めるということだったので、俺は当日まで何をするのか知らないことになった。


 休日、俺は待ち合わせの駅に向かった。着いた時には、ひまわりさんがすでに待っており、俺は二番目だった。その次に紫苑、四十九院さんが順にやって来た。四十九院さんはお金持ちらしく、リムジンで送迎されていた。そして少し離れた場所で黒服を着たSPらしい人たちが常に見守っていた。最後は桔梗さんを待つだけだった。5分程して桔梗さんがやって来たのだが、なんと七星さんと一緒だった。しかも七星さんはヴァイオリンを抱えていた。どうやら七星さんは四十九院さんのことを知っているようだった。

「ほ、本物の四十九院卯月さん!」七星さんは感激しているようだった。

「だから言ったであろう! 本物だと!」桔梗さんが呆れた感じで言った。

「す、すまない。正直、何かのドッキリかと思っていた!」七星さんは正直に言った。

「我がドッキリなどするものか!」桔梗さんがちょっぴり怒っていた。

「あああ、あの、四十九院卯月さん!」七星さんが四十九院さんを見つめながら緊張した様子で言った。

「はい。なんですの?」

「あ! 私、七星北斗と言います! 私、四十九院さんのファンです! サインいただけませんか?」七星さんは緊張しながら、色紙とペンを渡していた。というより、七星さんの話し方が普段と違うのだが、設定はいいのだろうか、と俺は思いながらやり取りを見ていた。

「そ、そうですの! ありがとう」四十九院さんは少し照れた様子で受け取り、サインを書いて返していた。それを受け取った七星さんは感激しながら見つめたり抱きかかえたりしていた。

「桔梗ちゃん! その子が、桔梗ちゃんが言っていたヴァイオリンの上手な子なのか?」紫苑が桔梗さんに尋ねた。

「そうだ! 彼女こそ我が盟友、七星北斗ことセブンス…」と桔梗さんが言いかけたところで七星さんが慌てて桔梗さんの口を塞いだ。

「今日はその紹介はいいから!」と七星さんは桔梗さんに耳打ちしてから、「ハハハ、すみません。長月はいつもこんな感じなので…」と笑いながら四十九院さんに説明していた。

「はぁ…」四十九院さんは何のことかわかっていないようだった。

「そっか! 俺は神無月紫苑! よろしく!」紫苑が自然な流れで自己紹介をした。

「ムッ! 誰ですか? このイケメンは?」七星さんは俺を見て尋ねてきた。

「あ、あぁ、紫苑は俺たちと同じ相談部で、協力者だ!」俺は答えた。

「そうですか…。じゃあ、こちらのお子様は誰かの妹ですか?」七星さんはひまわりさんに視線を移して俺に尋ねてきた。

「ん? あぁ、彼女は…」と言おうとした時、ひまわりさんに鋭い目つきで睨まれているのに気づいた。おそらく、お子様というワードとひまわりさんを結び付けたことに怒っているのだろう。しかし、七星さんは明らかにひまわりさんのことを尋ねている。どうすればいい。俺は考えた。が、解決策は思いつかなかったので、潔く諦めることにした時…。

「私は文月ひまわり、桔梗ちゃんと同じ高校一年生です!」ひまわりさんが自ら自己紹介をしてくれたが、口調からは怒りを感じ、笑顔も引きつっていた。

「え!? 同い年! 私や長月と!」七星さんは無意識にさらに追い打ちをかけた。

「はい。もっと細かく言うと、桔梗ちゃんは9月生まれで、私は7月生まれなので、私の方が2ヶ月先輩になります!」ひまわりさんが胸を張って言った。

「へ、へぇー、そうなんだ…」七星さが若干引いているようだった。

「なので、私の…」ひまわりさんが言いかけたところで、「ハイハイ、そこまで! この話は一旦終わり!」と紫苑が間に入り、無理やり話を終わらせ、本題に入ろうとしていた。

「七星さんが持っているのはヴァイオリンですか?」俺は話題を逸らすために七星さんに尋ねた。

「ん? あぁ、そうだよ! こう見えてヴァイオリンは、私の趣味なの!」七星さんは誇らしげに答えた。

「それではあなたが、わたくしに教えてくださるの?」四十九院さんが食い気味に尋ねた。

「へ!? 教えるって…何をですか?」七星さんは事情がわかっていない様子だった。

「まぁ、それはまた追々ってことで、全員揃ったことだし、早速出発しよう!」紫苑が無理やり先に進めようとしていた。

「出発ってどこに行くんですか?」ひまわりさんが紫苑に尋ねた。

「それは…着いてからのお楽しみ!」紫苑はウキウキした様子で言った。

 そしてまず、紫苑が電車に乗って目的地まで行くということを告げると、四十九院さんがリムジンで全員を送ると提案してきた。正直その方が楽だなと思っていたが、今日は四十九院さんが体験したことにないことをするということが目的らしいので、電車で行くことになり、四十九院さんも納得していた。SPの人たちが四十九院さんの身の安全を心配していたが、紫苑と俺が四十九院さんの臨時SPになるということでとりあえず納得してくれたようだった。それでも少し離れたところから見守ってくれているようだった。

四十九院さんはSPなしで出掛けるのは初めてだと言っており、少し興奮しているようだった。そして早速、四十九院さんは困っているようだった。どうやら切符の買い方や改札機の通り方がわからなかったらしい。電車に乗るのも初めてだと言っていた。さすがお嬢様だなと思った。電車の中で四十九院さんはずっと窓の外を眺めていた。

 到着したのは、アウトレットモールだった。どうやら今日はここで買い物をするらしい。七星さんのヴァイオリンはどこで使うのか紫苑に尋ねると、後で使うということで、まずはショッピングをするということだった。七星さんはヴァイオリンが荷物になるということで、ロッカーに預けようとしていたが、四十九院さんもストラディバリウスのヴァイオリンを持ってきたようで、SPに預けているということだったので、一緒に預かってもらうことにした。それからいろんな店を見て回ったり、レストランで食事をしたりして、普通にショッピングを楽しんだ。四十九院さんはひまわりさん、桔梗さん、七星さんに連れられて、とても楽しそうにしているように見えた。

 そしてあるエリアに着くと、館内のBGMとは別にピアノの音が聴こえてきた。四十九院さんが気になっているようだったので、音のなる方へ行くことにした。そこにはピアノが一台あり、演奏している人がいた。いわゆるストリートピアノというものだった。ストリートピアノとは、街中や公共施設などに設置された誰でも自由に弾けるピアノのことだ。紫苑はこれを演奏しようと提案してきた。どうやら紫苑の本当の目的は、これだったらしい。いろんな人のいろんなジャンルの演奏を聴いてみることで、何か視野が広がるかもしれないと思ったらしい。それなら、最初から音楽鑑賞した方が良かったのではないかと思ったが、紫苑は気分転換も兼ねて、音楽から離れたこともやった方が良いと考えたらしい。実際、四十九院さんの気分転換にはなったようだった。

 代表して七星さんと俺が演奏することになった。なぜ俺も演奏しなければならないのかと紫苑に尋ねると、「そこにピアノがあるから!」とカッコつけて答えた。それならひまわりさんの方がいいだろうと言ったが、ひまわりさんは笑顔で拒否していた。七星さんは、四十九院さんの前で演奏するのは恐れ多いと言っていたが、四十九院さんがお願いすると、あっさり了承していた。俺と七星さんは何を演奏するか話し合いを始めた。七星さんは、ヴァイオリンの演奏をSNSで発信しているらしいので、たくさんの音楽を弾くことができるようだが、俺のピアノの腕はギリギリ弾けるくらいなので、レパートリーはほとんどなかった。七星さんはクラシックを演奏したかったようだが、もちろん俺は弾けないし、四十九院さんも聴き飽きているだろうから、違うジャンルにすることになった。俺と七星さんが話し合いをしている時、桔梗さんが「初音〇クの〇本桜ならどうだ?」と提案してきた。それなら七星さんも俺も弾けるし、四十九院さんも聴いたことがないジャンルだったので、丁度いいということだった。

ということで、俺はピアノで、七星さんはヴァイオリンで偉大なボーカロイドである初音〇ク様の『〇本桜』を演奏した。突然のセッションだったが、七星さんが俺の拙いピアノに上手く合わせてくれて、それなりの演奏になったと思う。演奏を終えると周りの観客から拍手を受け、もう一曲演奏をするように言われたので、今度はアニソンを演奏した。演奏を終えた後、四十九院さんに感想を尋ねると、「このような演奏を聴いたのは初めて!」と少し驚いているようだった。どうやら新たな視点を与えることには成功したらしい。これが功を奏したのかはわからないが、四十九院さんはやる気になり、演奏してみることにしたらしい。用意していたストラディバリウスを手に取り、俺に一緒に演奏してほしいとお願いしてきたが、俺はこれ以上レパートリーがなかった。そこに七星さんが名乗りを上げた。どうやら七星さんはピアノも弾けるらしい。

 そして、四十九院さんと七星さんが演奏することになった。曲は『愛のあいさつ』だった。先程の俺の時とは違い、二人ともレベルが高いのが、素人の俺でもわかるくらいだった。その凄さに周りの客も気づき、多くの人が立ち止まり、いつの間にか二人を囲むように人の輪が出来上がっていた。二人とも楽しそうに、ノビノビと演奏しているように見えた。そして二人は最後まで演奏し、拍手喝采を受けていた。四十九院さんは最後まで演奏できたことに自分で驚いているようだったが、とても喜んでいた。

「七星さんのおかげですわ! ありがとう!」四十九院さんは七星さんの手を取り、感謝していた。

「え!? えぇー!!」七星さんは、まだ何のことかわかっていないようだったが、四十九院さんに感謝され、嬉しそうだった。

 とりあえず、四十九院さんはスランプを脱したように見えたので、俺たちのミッションは成功ということで今日は幕を下ろした。その日の帰り道、四十九院さんからパーティーの誘いがあった。明日の夜7時から四十九院家でパーティーを開く予定らしい。そのパーティーには、大企業のトップや政治家、芸能人などが参加するらしく、そこで四十九院さんは演奏することになっていたらしい。もしこのままスランプを抜け出せていなかったら、演奏は中止になっていたらしいが、また弾けるようになったので、予定通り演奏するらしい。そのようなパーティーにお礼として来て欲しいということだった。七星さんはその誘いを聞いて喜んでいたが、明日のその時間は桔梗さんとイベントに行くらしく、渋々断っていた。ということで、俺と紫苑とひまわりさんの三人がパーティーに参加することになった。


 翌日の夜7時、俺と紫苑とひまわりさんは、四十九院家のパーティーに参加していた。入り口では、四十九院さんが手作りで作ったクッキーを受け取った。今日参加する全員分用意したらしい。四十九院さんの家は、家というよりも屋敷であり、いかにもお金持ちですよというのが見るだけでわかった。それに周りを見渡すと、参加しているメンバーの中には俺たちくらいの年齢の人も結構いるようだった。そんな時、聞き覚えのある声が後ろから聴こえた。振り返るとドレス姿の睦月会長が立っていた。

「あら! ひまわりと水無月くんと神無月くん! あなたたちも招待されていたの?」

「会長!」ひまわりさんが真っ先に睦月会長に飛びついた。

「はい。俺たちは成り行きで…。睦月会長も招待されていたんですね」俺は返答した。

「えぇ、四十九院家とは昔から縁があってね」

 ということで、ひまわりさんは睦月会長と一緒に行動することになり、俺は紫苑と二人きりになってしまう、と思ったが、紫苑は相変わらずイケメンなので、女の子から声を掛けられることが多かった。つまり、俺はパーティーボッチになってしまっていた。まぁ、今更ボッチ程度で動揺する俺ではないので、ただひたすら出されていた料理を黙々と食べて過ごしていた。

「お味はいかかですか? 水無月さん」四十九院さんが声を掛けてきた。

「ん! ………はい。どれも美味しいです!」俺は口に含んでいたものを急いで飲み込んでから返事をした。

「ほんと、どれも美味しいよな! 翔!」紫苑後ろからやって来て、肩を組んできた。

「フフ、お口に合ったようで良かったです」四十九院さんは軽く微笑んでいた。

 そして俺たちは少し雑談をしていた。

すると突然、「よう、卯月! お前、またヴァイオリンを弾けるようになったらしいな!」と如何にもお坊ちゃま風の男が取り巻きを五人程連れて、横暴な態度で四十九院さんに声を掛けてきた。

「き、金城くん! え、えぇ、まぁ…」彼を見た四十九院さんは震える手をギュッと押さえており、少し怯えているように見えた。

「一体どうやってスランプを克服したんだ?」金城きんじょうとかいう奴は、小馬鹿にした態度で言っているように感じた。

「そ、それは…友達に…協力してもらって…」

「はぁ? お前、友達いたのか! マジか! 知らなかったよ! ハッハッハッ! なぁ知ってたか? 銀座?」金城は取り巻きの一人に問いかけた。

「いや、俺も知らないな! こいつ嘘をついてるんじゃないのか?」取り巻きの一人が答えた。こいつが銀座ぎんざなのだろう。

「お前は知ってたか? 銅山?」金城が違う取り巻きに問いかけた。

「いや、俺も初耳だ! もしかして妄想の友達なんじゃないのか!」さっきとは別の取り巻きが答えた。こいつが銅山どうざんとかいう奴なのだろう。

「フン! まぁどっちでもいい。それよりも、今日、お前演奏するみたいだな!」金城がバカにしたような感じでそう言うと、四十九院さんはビクッとしたように見えた。そして奴は続けて「お前の唯一の才能であるヴァイオリン、楽しみにしているよ」と言ってから、笑いながら取り巻きたちと去っていった。

「四十九院さん、大丈夫か?」顔色が悪くなっている四十九院さんを心配して、紫苑が声を掛けた。

「え、えぇ、大丈夫ですわ…。お見苦しいところを見せてしまいましたわ。ごめんなさい」四十九院さんは冷や汗を流しながら言い、「では、演奏の準備がありますので、失礼いたします」と去っていった。

「翔、今の…どう思う?」

「ちょっと気になるな…。もしかしたらスランプの原因も…」

「先輩たちここにいたんですか!」睦月会長が仕事付き合いのあいさつ回りに行くということだったので、ひまわりさんが俺たちのところに戻ってきていた。


 それから少しして、四十九院さんのヴァイオリン演奏の時間になった。会場の照明が落ち、ステージにライトが当てられ、四十九院さんが登壇した。その時の四十九院さんは発表前の緊張や不安とは違う、明らかに動揺しているように見えた。それでも深呼吸をして落ち着こうとしているようだった。そして演奏を始めた。素人の俺からすれば上手くいっているように見えたが、ひまわりさんは違和感を抱いているような目で見ていた。そして演奏の中盤辺りで、四十九院さんは演奏を止めた。そのまま少し固まった後、四十九院さんはステージから降りて行ってしまった。会場が少しザワついていたが、司会者が上手く進行したので、特に問題にはならなかったようだ。

「翔、今の…」

「あぁ…この前の時と一緒だな」

「てことは、スランプを克服したわけじゃなかったんだな」

「とにかく、四十九院先輩のところに行きましょう!」

 俺たちは四十九院さんがいる控室に向かった。控室のドアを開けて中に入ると、四十九院さんが落ち込んだ様子で椅子に座っていた。俺たちが入ったことにも気づいていないようだった。

「四十九院さん…」紫苑が声を掛けた。

「え!? あ! ごめんなさい。気づきませんでしたわ!」四十九院さんは慌てて取り繕っていた。

「先輩…何かお悩みですか?」ひまわりさんが尋ねた。

「………。先程は、お見苦しい姿を見せてしまいました。ごめんなさい…」四十九院さんは申し訳なさそうな顔をして謝罪してきた。

「そんなことは…」とひまわりさんが言いかけた時、控室のドアが開いた。入ってきたのは先程の金城とかいういけ好かない奴らだった。

「よう、卯月! お前のさっきの演奏最高だったぞ!」金城がバカにしたように声を掛けてきた。

「あぁ、音もちぐはぐで、聴いていてとても不快だったな!」銀座がバカにしたように言った。

「お前のヴァイオリンの才能も遂に潰えたな!」銅山がバカにしたように言った。後ろの取り巻き立ちも笑ってバカにしていた。

「先輩、なんですか? この人たちは?」ひまわりさんが小声で俺に尋ねてきた。その声には怒りが込められているのがわかった。

「俺もよく知らないが、四十九院さんの知り合いのようだ」

「そうですか…。なら迂闊には手を出せないですね」そう言いながらひまわりさんは、こっそりと自分のスマホを触っていた。

「そうだな。俺たちが余計なことをすると、四十九院さんに迷惑がかかるかもしれないからな」

「だけど…そろそろ我慢の限界なんだけど…」紫苑が怒りをギリギリのところで押さえているようだった。

「もう少し待て! 先に手を出すと分が悪い」

「くっ…」紫苑は握りこぶしをギュッと握って、我慢していた。

 そして、金城たちは四十九院さんに対して、才能がどうのこうのと、何回も同じことを繰り返し罵っていた。どうやら金城もヴァイオリン奏者らしく、客観的に見ると四十九院さんに嫉妬しているように見えた。四十九院さんがスランプに陥ったことを知って、高揚し、自分の方が優れていると思い込んでいるようで、なんと惨めな姿だろうと思ったが、四十九院さんは反論することなく、ただ黙って聞いているだけだった。

 それから金城は、参加者全員に配られた四十九院さんの手作りクッキーが入った袋をポケットから取り出した。

「そういえば、これ、お前の手作りらしいな!」金城はまるで汚物でも触っているかのように親指と人差し指の先でクッキーを持ち、見せびらかしてきた。

「あ…」四十九院さんは何かを言いかけたが何も言わなかった。

「こんなもの、俺が食べると思ってんのか?」金城はそう言ってクッキーを床に落としてから、靴で踏みつぶした。そして後ろの取り巻きたちも同じようにして、クッキーを踏みつぶした。

「あ…せっかく作ったのに…」四十九院さんは床に踏みつぶされたクッキーを拾い集め始めた。

そしてクッキーを拾っている四十九院さんの右手を金城が踏みつけ、「そんな汚い手で、ヴァイオリンを触んじゃねぇよ」と発言したのを見て、俺の怒りは沸点を越えた。さすがにこのまま見ておけないと思い、金城をぶっ飛ばそうとした時、隣にいた紫苑が一瞬早く行動し、金城を殴り飛ばした。金城は派手に吹っ飛び床に倒れ込んだ。

「調子に乗るなよ! てめえら!」紫苑は怒りに満ちた表情で金城たちを睨みつけた後、「悪い、翔…。我慢のできなかった」と俺に謝ってきた。

「はぁー。お前が殴ったせいで、俺が殴り損ねたじゃねぇか」俺は軽く微笑んで返事をした。

 連中は、一瞬何が起きたのかわかっていない様子で固まっていたが、次に銀座が紫苑に襲い掛かろうとしていたので、俺が奴の腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。他の取り巻きたちは吹き飛ばされた金城に駆け寄っていた。

「四十九院先輩! 手、怪我してないですか?」ひまわりさんが四十九院さんの心配をして駆け寄っていた。しかし、四十九院さんにその声は届いていないようで、ただ驚いた顔をして固まっていた。

「あーあ、もったいねぇことしやがって…」紫苑がそう言いながら踏みつぶされたクッキーを拾い始めた。

「こいつら、食べ物の大切さがわからねぇようだな」俺も拾い一口食べ、「うん! 美味しい」と感想を言った。それから、俺の感想を聞いた紫苑も食べ始め、美味しいと言っていた。

 その時、四十九院さんが正気に戻った。

「あ、あの、そんなもの食べない方が…お腹を壊してしまいますわ」四十九院さんが戸惑った様子で言った。

「ん? これくらい大丈夫! 普段から鍛えているから! それよりも、このクッキー全部貰ってもいいか?」紫苑が四十九院さんに尋ねた。

「え!?」

「こいつらはいらないらしいから、俺が貰いたいんだけど…」

「え!? いや、でも、それはもう捨てた方が…」四十九院さんが戸惑いながら答えた。

「じゃあ、貰っていいってことだな!」そう言って紫苑は拾ったクッキーを全てポケットに入れた。

「おい! お前ら! こんなことして、タダで済むと思うなよ!」殴られた左頬を押さえながら、涙目の金城が言った。

「なんだ? まだ足りないのか?」紫苑が睨みつけて言い返した。

「この俺に手を出して、暴行罪で訴えてやるからな!」

「それは違います! 今のは正当防衛です」ひまわりさんが反論した。

「は? 何言ってんだ? このお子様は…」金城のこの発言にひまわりさんはカチンときたようだったが、堪えて説明を始めた。

 暴行罪は、刑法第208条により、他人に暴行を加えたが障害に至らない行為で、懲役2年以下、もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料、と定められている。

 一方、正当防衛は、刑法36条1項に、急迫不正の侵害に対して自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ず行った行為、とある。正当防衛と認められる要件は5つある。不正の侵害であるかどうか、急迫性があるかどうか、防衛行為の必要性があるかどうか、防衛行為の相当性があるかどうか、防衛の意志があったかどうか、の5つである。先程の金城たち行為はこれら全てを満たしていると、ひまわりさんは説明した。

「そ、そんなこと言っても、証拠がないと意味ないだろ?」銀座が言った。

「証拠ならあります! ここに全て…」ひまわりさんは自分のスマホを取り出して録画していた動画を流した。

「くっ!」動画を観た金城と銀座が黙ったので、このまま行けると思った。が、そう簡単には行かなかった。

「フン! そんなもの、何の証拠にもならない!」銅山が食い下がってきた。

「どういう意味ですか?」ひまわりさんが言った。

「こっちにも動画はある。これを加工さえすれば、こっちに都合の良いように編集できる。本当に便利な世の中になったもんだな」銅山が余裕そうな顔で言った。どうやら銅山も自分のスマホで録画していたらしい。

「そんなこと、許されるはずないでしょ!」ひまわりさんが強く反発した。

「さぁ、どうだかな? もし編集された動画をSNSにアップすれば、事情を知らないバカな奴らは、信じるだろうなぁ」銅山は俺たちの様子を伺いながら言い、続けて「今の時代、フェイクを見破れないバカは結構いるからなぁ。もしそんなことになれば、四十九院家のイメージも下がるだろうなぁ」と煽るような態度で言った。こいつ、クズだが頭は回るようだった。

 さすがに四十九院さんを出されると、ひまわりさんも言い返せないようだった。

「それにそんな動画があったところで、もみ消すことだって簡単なんだよ! つまり、手を出した時点で、お前たちは詰んでんだよ! ハッハッハッ」銅山が追い打ちを掛けながら高笑いしだした。

「さ、さぁ、どうするんだ? お前たち! 土下座をして詫びれば、今なら許してやるぞ!」金城が調子に乗った態度で言ってきた。

「こいつ、まだ足りないようだな」紫苑が再び金城に殴りかかろうとしていたところを、ひまわりさんが「ちょっと待ってください! これ以上は分が悪いです」と言いながら制止していた。

 金城たちは余裕の笑みを浮かべ始め、俺たちは打つ手がないと思って、諦めかけていた時、どこからか頼れる人の声が聴こえた。

「あら? 友達のことが心配で見に来たのだけれど、何か取り込み中みたいね!」睦月会長が凛とした態度で颯爽と登場した。

「睦月会長!」俺とひまわりさんは声を揃えて言い、ひまわりさんは睦月会長に抱きついた。

「あ、あなたは! 初御空製薬CEOの娘、初御空睦月!」銀座が説明口調で言った。

 そして次に…。

「あれー? やっぱりお兄さんじゃないですか!」

「四乃森さん!」。

「奇遇ですね! お兄さんも招待されていたのですね!」

「あ、あぁ、成り行きで…」

「そうなんですかぁ! あれ? 何か取り込み中でしたか?」

「き、キミは! 四乃森製菓CEOの娘、四乃森桜!」銀座が説明口調で言った。

 そしてさらに…。

「全く…あなたたちごときが、水無月様にちょっかいをかけるとは、愚行にも程がありますね」

「一条さん!」

「はい! 水無月様!」

「ゲッ! 一条かるた!」ひまわりさんが睦月会長に抱きついたまま、嫌そうな顔をして言った。

「ごきげんよう。文月ひまわりさん!」一条さんが余裕のある笑みでひまわりさんにあいさつした。

「一条さんも招待されていたんだな!」

「はい! 四十九院家とは仲良くさせて頂いてます」

「そっか! あ! そういえば、この前のチョコレートありがとう! 美味しく頂いたよ。まだお礼を言ってなかったな!」

「い、いえ、受け取って頂き、ありがとうございます!」

「ホワイトデーにお返しするから!」

「そ、そんな! お気になさらずに…」

「か、彼女は! 一条組当主三姉妹の長姉、一条かるた!」銀座が説明口調で言った。

「あら? 私の名前を知っているのですね。ですが、あなたに呼ばれると不愉快なので、次は許しませんよ」一条さんは笑顔だったが、怒りに満ちているオーラが漂っていた。

「ど、どうしてあなたがここにおられるのですか?」銅山が睦月会長に尋ねていた。

「どうしてって、私と卯月は同じ学校に通う友達だからね」睦月会長は率直に答えた。

「……! こいつと、初御空さんが…友達?」銅山が驚きながら言った。

「こいつ?」睦月会長が銅山を鋭い目つきで睨んでから、「それよりも、あなたたちはここで何をしているのかしら? まぁ、なんとなく察しは付くのだけれど…」と質問をした。

「そ、それは…」銅山が答えようとしたが、一条さんが遮った。

「聞くまでもないですよ、生徒会長。私の大切な人を傷つけているのは明確です。弁解の余地なく、万死に値します!」一条さんが奴ら一同を睨みつけながら言った。

「そうね。私の友達を泣かせているのは事実ね」睦月会長も同意した。

「こ、これは…」弁解しようとした銅山を一条さんが睨みつけたら、黙り込んだ。

「卯月が酷いことをされて、それを見ていた水無月くんが、我慢できなくなって金城くんを殴った。そして、暴行罪だの正当防衛だのと争っている…ってところかしら!」睦月会長が物凄い洞察力で状況を察知していたが、少し間違っていた。

「いや、最初に殴ったのは俺じゃなくて、紫苑なんだけど…」俺は間違っていた部分を訂正した。

「え!? そうだったの! 神無月くんが…! てっきり今回もあなたが原因だと思ったのだけれど…」睦月会長が驚いた顔をしていた。

「人を問題児みたいに言わないでください! それにその言い方だと、俺は人を殴ってもおかしくないみたいに聞こえるんですけど…」俺は不満そうな顔をして言った。

「え? 違うのかしら?」睦月会長は意外そうな顔をして言った。

「それは心外ですね! 俺だって相手は選んでいますよ!」

「それって、殴るのは否定していないんじゃないかしら?」

「そ、それは…」

「今はそんな話をしている場合じゃないですよ!」ひまわりさんが間に入って話題を元に戻してくれた。

「つまり、水無月くんたちは、卯月に酷いことをした金城くんたちが許せなくて怒っている」睦月会長が話をまとめて聞いてきたので、俺たちは頷いた。続けて「そして、金城くんたちは、部外者が殴ってきたことに対して怒っている」と金城たちに聞いて、奴らは頷いていた。さらに「お互い、相手が誠心誠意謝れば許してもいいと?」と睦月会長は全員に質問し、全員頷いた。

 お互い一歩も引き下がらない様子に、睦月会長も何か良い仲裁案がないか、考えていると、四乃森さんがそっと手を挙げた。

「四乃森さん、何か案があるのか?」俺は四乃森さんに尋ねた。

「あ、案と言うほどでもないんですが、暴力とは違う勝負事をしてみてはどうですか?」

「勝負事?」俺は尋ねた。

「はい。たとえば、スポーツとか音楽で勝負をして、勝った方が負けた方に謝るというのはどうでしょうか?」

「いいな! その案! それなら正々堂々とこいつらを叩きのめせる!」紫苑が真っ先に賛成した。普段から勝負事が好きな紫苑にはうってつけのようだった。

「そうだな! それなら俺も賛成だ! 才能のないお前らに一流の格というものを見せてやる!」金城もやる気になっていた。


 ということで、俺たち暦学園VS金城率いる金餅学院かねもちがくいんの非公式の催しが今度の休日に開かれることになった。話し合いの結果、勝負内容は金城たちが決めることになった。紫苑が調子に乗って、ハンデに金城たちが得意なことで勝ってみせると煽ったせいでそうなってしまった。その代わりに会場は暦学園になった。急に決まったことなので、睦月会長とひまわり副会長が学園長に直接お願いに行くということだった。そして翌日には許可が下りたようだった。また、誰かが漏らしたわけでもないのに、この噂はあっという間に学校中に広まっていた。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

感想、お待ちしております。

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