ストレスを力に変える方法とは!?
ストレスという言葉を聞いた時、どう思うだろうか。A、ストレスは健康に悪いから、なるべく避けたり減らしたりして管理する必要がある。B、ストレスは役に立つから、なるべく受け入れて利用し、上手く付き合っていく必要がある。A、Bどちらの考えが近かっただろうか。俺は前までAの考えに近かったが、最近は意識してBにマインドセットしている。なぜなら、ストレスは考え方次第で、善にも悪にもなるのだから。
ストレスは害になると信じて、避けてばかりいると、死亡リスクが高まったり、パフォーマンスが低下したり、学習や成長を妨げたりしてしまう。これらの最大の問題点は、自分自身や人生に対する見方が変わってしまうことだ。仕事にストレスを感じれば、こんな仕事したくない、と考えたり、恋人関係にストレスを感じれば、こんな恋人関係は嫌だ、どうかしている、と考えたり、目標に向かって努力することにストレスを感じれば、やっぱり無理だったんだ、と考えたりしてしまう。
さらに、生活のストレスはできるだけ少ない方がいいと考えていると、ストレスをたくさん感じるのは自分がダメなせいだ、と思うようになってしまう。自分がもっと強かったら、もっと頭が良かったら、もっと運動が得意だったら、こんなにストレスを感じなくて済むのに、と思ったことがある人は多いのではないだろうか。この考え方に囚われていると、精神的に打ちのめされ、希望を失い、うつ病になったりするのだ。
そもそも、なぜストレスを感じるのだろうか。ストレスを簡単に定義すると、ストレスとは、自分にとって大切なものが脅かされた時に生じるものである。すなわち、ストレスと意義は密接な関係があるということだ。自分にとってどうでもいいことに対してはストレスを感じないし、有意義な人生を送りたいと思ったら、ある程度のストレスは付きものである。なので、ストレスは人生において切っても切れないものである。
そしてここからが朗報なのだが、ストレスは考え方次第で、役立てることができるということが最近の研究で分かっている。ストレスは人を成長させ、健康で幸せにするのだ。中でも驚きなのが、ストレスが役に立つと考えるだけで、実際に分泌されるストレスホルモンの種類が変わるらしい。
コルチゾールとDHEAという二つのストレスホルモンがあり、どちらも体に必要なストレスホルモンである。それ自体は良くも悪くもないが、この二つのホルモンのどちらが多いかによって、慢性的なストレスの場合に影響が出てくる。コルチゾールの割合が高くなると、免疫機能の低下やうつ病などの症状が現れる可能性があり、逆にDHEAの割合が高くなると、不安症、うつ病、心臓病などのストレスに関連する様々な病気のリスクが低下する傾向が見られる。コルチゾールに対するDHEAの割合は、成長指数と呼ばれており、この成長指数が高い、つまりDHEAの割合が高いと、ストレスに強いということになる。
ある実験によると、ストレスには良い効果があると教えられた人たちは、害があると教えられた人たちと比較して、DHEAの分泌量が多くなり、成長指数が高かったのだ。つまりストレスに強くなっていたわけだ。ストレスには良い効果があると考えたことによって、体の生理的状態が変化したのである。
これを踏まえると、今すぐにストレスが役に立つと考えた方が良いことが分かるだろう。何歳だろうと遅くはない。今の自分が一番若いのだから。
ここからは、もっと具体的なストレスの効果を教えよう。
まず、ストレスを感じると、困難に上手く対処することができるようになる。注意力が高まったり、感覚が鋭くなったり、やる気が高まったり、エネルギーが集まったりする。その時、心身に現れる反応は、心臓がドキドキしたり、汗をかいたり、呼吸が速くなったりする。精神はストレス源に集中しているため、興奮し、力を湧かせようとしているのだ。また、不安で落ち着かないこともあるだろうが、その不安を悪いものとして考えるのではなく、興奮しているのだ、と自分に言い聞かせると力に変えることができる。嘘だと思っても一度試して欲しいと思う。
次に、ストレスは、人との繋がりを強める作用がある。向社会的な本能が活性化し、自分にとって大切な人たちや組織をサポートしたり、社会的な繋がりを求め、友人や家族のそばにいたくなったり、他人の気持ちに敏感になったりする。
また、ストレスは、神経系のバランスを回復したり、脳内で経験を再現し、書き換え、再記憶するなど、脳の学びと成長を助けたりもする。
ストレスには良い効果があり、人を幸せにする。逆にストレスがないと人は不幸になるということである。実際、忙しい人ほど幸せを感じるという報告がある。これをストレス・パラドクスと言い、ストレスが多い方が、愛情や健康に恵まれ、人生に対する満足度が高いようなのだ。ストレスを感じるのは、人生が上手くいっていない印ではなく、自分にとって大事な活動や人間関係に、どれだけ熱心に取り組んでいるかを示すバロメーターと言えるだろう。
このようにストレスは役に立つと思うようになると、現実でもいい効果が表れるようになる。ナポレオン・ヒルの有名な「思考は現実化する」という言葉があるが、全てがそうなるという審議はともかく、ストレスにおいては正しいと言えるだろう。ストレスが役に立つと考えれば、心身ともに強くなったり、成長するのに役立ち、害になると考えれば、打ちのめされたり、立ち直れなくなるだろう。
しかし、注意しなければならないこともある。ストレスには良いストレスと悪いストレスがあるということだ。良いストレスとは、短期的なストレスのことで、たとえば、発表会直前やテスト前、スポーツ大会の直前などの、大事なことをする前の不安や緊張のことだ。これらは人間なら誰しも経験することであり、不安や緊張するのは当たり前である。そしてこれらは力を最大限発揮するために欠かせない感情である。俺たち人間は、不安があるからこそ、一生懸命に練習し、最後まで準備を怠らないのである。不安が全くないという人は、手を抜いたり、練習をサボったりするので、大して成長しないだろう。また、いつも堂々としていて全く不安がなさそう、という人がいるかもしれないが、それはおそらく、不安を感じさせないような態度を身につけたのだろう。外見からは分からないが、内心不安を抱えているはずだ。
一方、悪いストレスとは、長期的、慢性的なストレスのことだ。たとえば、いじめやパワハラのような毎日意味のない苦痛を与えてくるようなストレスのことだ。もしこれらを受けているのなら、すぐにその場を立ち去った方がいいだろう。遅くなると最悪取り返しのつかないことになる可能性もあるからだ。逃げるのは嫌だと思うかもしれないが、この場合は決して悪いことでも恥ずかしいことでもない。自分を守るためには、時には逃げることも必要だと俺は思う。もし、誰かに頼ることができるのなら、まずは相談から始めてもいいかもしれない。
このように、ストレスは役立つ側面と害になる側面がある。生きていくうちは、こうしたストレスと向き合っていかなければならない。それなら、ストレスを避けるのではなく、受け入れて役立てる方が合理的な生き方だと、俺は思う。
ある日の放課後、時雨と部室に行こうとした時に、師走先生に呼び止められた。
「水無月くん、ちょっといいかしら?」
「はい。なんですか?」
「ちょっと話したいことがあるから、一緒に来てくれる?」
「はぁ…」師走先生にそう言われたので、俺は時雨に後で部室に行くと言って、師走先生について行った。そして俺たちが向かった場所は、生徒指導室だった。師走先生は鍵を開けてから「先に入って待ってて」と言い残し、職員室に行った。俺は室内を見回しながらそっと椅子に座った。あまり使われていないのか、少し埃が舞っているように見えた。そして、俺はなぜここに呼び出されたのだろうと、考え始めた。また何かやってしまったのだろうか。いや、最近は何も悪いことはしていないはず…。そもそも悪いことなんてしたことがない…はず…。もしかして出席日数が足りなくて進級できないのだろうか。そんなはずはない。出席日数はしっかりと確認しているから、足りないなんてことはない。なら遅刻、早退だろうか。それも以前に比べれば減ってきている。じゃあ、一体何なんだ? 俺は何をしてしまったのだろうか? 考えても分からなかったので、とりあえず理由が何であろうが、ここは潔く謝った方がいいだろう。俺がそう決心した時、ドアが開いて、師走先生が缶コーヒー2本持って入ってきた。
「はい、これ! 水無月くんの分!」師走先生は一本俺に差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」俺はそれを受け取った。
そして師走先生は向かいの椅子に座り、缶コーヒー開けて一口飲んだので、俺も釣られて同じ行動をした。
「水無月くん、最近どう? 学校生活は…?」お茶を一口飲み、一度蓋を閉めて机に置いた後師走先生が尋ねてきた。
「え!? そ、そうですね…。普通です」俺は警戒しながらも率直に答えた。
「そっか! 普通になったんだ! 良かった」師走先生は少し微笑んで嬉しそうな顔で言い、「前は、『学校生活なんかくだらない!』って言ってたもんね」と似ていないモノマネしながら言った。
「そ、そんな時期もありましたね。すみません…」俺はとりあえず謝った。もしかして、過去の弱みを蒸し返して、俺を脅そうとしているのかもしれない、と少し警戒を強めた。
「部活の方も上手くいっているようね」
「上手くいっているかは分からないですけど、まぁなんとかやっています」
「そう? 相談部、結構先生の間でも話題になっているのよ! 悩んでいた生徒がいつの間にか元気になってたって。話を聞いたら、相談部に相談したのがきっかけだって、みんな答えているらしいわよ!」師走先生は嬉しそうに語っているような気がした。
「そうですか。元々そういう目的で活動を始めたので、成果が出ているのなら、良かったです」
「ほんと謙虚だね。水無月くんは」
「それほどでもないです」
「ごめんね。私、顧問なのに全然顔出せなくて…」師走先生が申し訳なさそうな顔をして言った。
「い、いえ。僕たちが無理にお願いしたので、気にしないでください。受け入れて頂いただけでも、助かってます」
「そう? でも、せっかくなら私も何か協力できればと思うんだけどなぁ。先生という立場も使えるし」
「いえ、そのお気遣いだけでもありがたいです。先生は美術部の顧問もしているので忙しいはずです。こちらは気にしないでください」
「そんなに遠慮するってことは、私がいない方がやりやすいってことなのかしら?」師走先生は冗談のノリで言った。
「そ、それは…」俺は視線を逸らして言い淀んでしまった。
「え!? 本当にそうなの?」師走先生は驚いた後、ズーンといった感じで肩を落として落ち込んだ。
「そんなことないです! 相談部にとって先生の存在は大きいです!」俺は内心焦りながら言った。
「そう? 具体的にどんな風に?」師走先生は落ち込んだトーンのまま尋ねてきた。
「そうですね。先生がいるから、僕たちは大胆に行動ができるんです!」と言うと師走先生は少し起き上がり始めたので、続けて「もし困ったことが起こっても、師走先生に相談すれば大丈夫という最終兵器として認識しています!」と言った。
「でも、今まで一度も相談に来たことがないよね?」師走先生は怪しみながら尋ねてきた。
「それは、最終兵器なので、滅多に登場させるわけにはいきません! なるべく僕たちで問題を処理して、どうしてもという時に、先生に登場してもらうわけです!」
「そんなことってあるの?」
「分かりません。でも、ないならその方がいいと思います。それだけ、みんな安心して暮らしているってことですから」自分で言いながらも、途中から意味不明なことを言っているな、と思ったが、流れ的に止めることができなかった。
「そ、そっか! それならいいわね!」師走先生も納得してくれたようだったので、俺も安心した。
「それにしても、水無月くんが部活を創るって聞いた時は、ちょっと驚いたわよ!」師走先生が話題を変えた。
「そうですか?」
「前に部活について聞いた時は、『部活? 入るはずないじゃないですか! そんな時間あるなら勉強や読書した方がマシです!』って言ってたけどなぁ」師走先生はまたしても似ていないモノマネをしながら言った。
「そ、そんな時期もありましたね…すみません」俺は再度謝った。
「霜月くんや如月さん、エイプリルさんもいるみたいだけど、仲良さそうだね!」
「そうですね。みんなやさしくていい人たちです。一年の二宮さん、長月さん、文月さんも可愛くていい後輩です」俺がそう言うと、ドアの方からドンッという音が聴こえ、人の声も聴こえてきたので、確かめにドアを開けると、そこには相談部の女子が山のように重なって倒れており、その後ろに時雨と紫苑が立っていた。
「な、なにやってるんだ?」俺は倒れているみんなを見ながら言った。
「い、いえ、わ、私はたまたま通りかかっただけで…」ひまわりさんが目を逸らしながら言った。
「そ、そうだ! 我も偶然通りかかってだな…。決して汝を心配してなどおらぬぞ!」桔梗さんが言った。
「霞ちゃん大丈夫かニャ? どこをぶつけたのニャ?」カスミンが頭を押さえている霞さんの心配をしていた。
「そうデス! 翔サンが生徒指導室に連れていかれたので、気になってみんなで見に来たデス!」ベルさんがすべてのネタばらしをしてくれた。
「ご、ごめんね。勝手に話を聴こうとして…」牡丹さんが申し訳なさそうに言った。
「俺は!? 俺のことはどう思ってるんだよ! 翔!」紫苑が話の内容を聞いていた証拠を述べた。
「悪い…。部室でみんなに話したら、こんなことに…」時雨も申し訳なさそうな感じで言った。
「はぁ~。心配してくれるのはありがたいけど、個人情報でもあるからな。大丈夫だから、みんなはいつも通り活動していてくれ」俺がそう言うと倒れていた女子たちはゆっくりと立ち上がり、服についた汚れを手で落とした。
「ま、まぁ、先輩がそこまで言うなら、戻りますね」ひまわりさんが体裁を保ちながら言った。
「そうだな。我も本来の任務に戻るとしよう!」桔梗さんがひまわりさんに便乗した。
「霞ちゃんは保健室で氷を貰おうニャ!」カスミンが霞さんの頭をやさしく撫でながら、心配して言い、霞さんも涙目で頷いた。
「なあ! 俺は? 俺もやさしくていい人だよな?」紫苑が言った。
「深入りしすぎちゃいまシタね。スミマセン…」ベルさんが申し訳ないといった顔で謝ってきた。
「いや、気にしなくていい。俺のことを心配してくれたんだろ? その気持ちはありがたく受け取るよ」俺はフォローするつもりで言った。
「じゃ、じゃあ部室で待ってるね」牡丹さんがそう言い、みんなは戻った。紫苑は最後まで、何かを言っているようだったが、時雨が連れて行ってくれた。
「すみません。話を中断してしまって…」俺は椅子に座りながら謝った。
「いいえ。ちょっと安心した! 今の見て、水無月くんがみんなに愛されてるなぁ、って分かったから!」師走先生は少し微笑んで嬉しそうな顔をしているように見えた。
「そ、そうですか…」俺は少し照れながら答え、「ところで、先生の用事はなんですか?」と質問をした。
「あ! そうだった! 雑談から入って緊張を解そうとしたら、そのまま忘れてしまうところだったわ!」師走先生は思い出したかのように言った。
「僕が何かやってしまいましたか?」俺は恐る恐る尋ねた。
「ん? あぁ、水無月くんが何かしたとかじゃないから、心配しなくても大丈夫よ!」師走先生がそう言ったのを聞いて、俺は安堵のため息をついた。
「じゃあ、一体、何の用事なんですか?」俺は改めて尋ねた。
「そうね。水無月くんって、将来どうするのか、もう決めてるの?」師走先生が真面目な顔になり質問してきた。
「将来…ですか?」
「そう。たとえば、大学に進学するのか、就職するのか」
「それなら進路希望調査で書いているはずですが…」
「そっ、そうよね! でも、直接確認もしたくて…」
「そうですか…。一応、大学進学を考えてます」
「そう…。何を専攻するつもりなの?」
「そこはまだはっきり決めていません」
「そっか。じゃあ、将来何になるのかもまだ決まってないの?」
「そうですね。昔から何か一つのことにのめり込んだことがないので、こうなりたいといった展望はないですね」
「そうなのね…」
「師走先生はどうして先生になったのですか?」
「え!? 私?」師走先生は虚を突かれたような顔をした。
「はい。参考にしようと思いまして…」
「私で参考になるかしら…」
「なります! もしかしたら先生の話を聞いて、俺の未来が変わるかもしれませんよ」俺が冗談交じりで言うと、再びドアの方からドンッという音が聴こえたので、確認に行くと、今度は皐月さんが頭を押さえて痛がりながら起き上がっていた。
「皐月さん…こんなところで何を…?」
「え!? あー、えーっと、大切な人の身の安全を守るために巡回していたの!」皐月さんは咄嗟に思いついたことを答えたようだったので、俺は何も言わずにジーっと見つめ続けると、「あ! そういえば、この後大事な仕事があるんだった! じゃあ、またね。翔くん!」と言い、走ってその場を去っていった。
「誰だったの? また相談部?」師走先生が尋ねてきた。
「いえ、ただのストーカーです」俺は真面目に答えた。
「え!? ストーカー?」
「気にしないでください。いつものことです」
「え!? ストーカーがいつものことって、それって異常じゃないかしら?」師走先生が若干引いていた。
「そんなことよりも、先生はどうして先生になったのですか?」俺は強引に話題を戻した。
「え! あぁ、そうだったわね。私が先生になった理由ね」
「はい」
「そうね…。気がついたらなってたわ」師走先生が答えてから、数秒間沈黙が続いた。
「え!? それだけですか?」俺は驚いて言葉を選ばずに、つい本音で聞いてしまった。
「そうね…。絶対になりたいってわけじゃなかったわね。美術を学びながら、教員免許も取ったからなったわね」
「そうなんですね…。実際、やってみてどうですか?」
「ん? 楽しくやっているわよ! 生徒は可愛いし、好きな美術も教えられるし!」
「そうですか! 僕も先生の授業好きです。アートが時代と共にどのように変化したのか、子どもたちがアートに対する興味を失うのが13歳からという話など、聴いていて飽きません!」
「そ、そんなに褒めても何も出ないわよ」師走先生は顔を手で覆って照れているようだった。
「先生はやることが多くて大変だと聞くので、ほんとすごいなと思います」俺がこの発言をすると、師走先生の何かのスイッチが入ってしまった。
「そうなの! 本当に仕事が多いの! 授業以外にも生徒の管理や保護者の対応、学校運営業務もあれば事務作業もたくさんあるの! それに部活まで…」
「そ、そうですか…。なんかすみません」俺はとりあえず謝った。
「この前なんてね、〇〇先生が…」
それから俺は師走先生の愚痴を20分、一方的に聴かされることになった。途中で何度か声を掛けたのだが、聞こえていない様子で、溜まっていた鬱憤を晴らしているようだった。話の内容は、大体仕事の非効率性や仕事量の多さ、無駄な会議、人間関係などだった。師走先生は、一通り話し終えた後「ふぅー」と息を吐いて落ち着こうとしていた。
「たっ、大変なんですね…」俺は共感ではなく同情の言葉を掛けた。
「そうなの! 大変なの! もうストレスが溜まりに溜まって…」俺の言葉がようやく届いたようで、返事をしてくれた。
「なんかすみません」俺は再度謝った。
「水無月くんが謝る必要はないわよ。私は日本の教育に文句があるの!」師走先生はまだ頭に血が上っているようだった。
「そ、そうですね…。先生はブラッ…ん、んん。先生の働き方はちょっと特殊みたいですね」とりあえず同意した。アルコールが入っていないのに、ここまでなれるとは、もしかして、コーヒーを飲んだせいで、カフェインで酔っているのではないか、と疑ってしまうほどだ。そう思うと師走先生の顔がほんのり赤くなっているように見えてきた。
「水無月くんは、私の苦労を労ってくれるの?」師走先生が承認を求めるような顔で尋ねてきた。
「ま、まぁ、話し相手になるくらいなら…」俺は当たり障りない条件を提示した。
「ありがとう! やっぱり水無月くんは頼りになるね!」師走先生は笑顔になったので、喜んでくれたようだった。
「話をするだけでもストレス解消になるといいますから!」と俺が言うと、師走先生は少し考え事をし始めたようだった。
「水無月くんって何でも知ってるよね?」師走先生が尋ねてきた。
「いえ、何でもは知りません。知らないこともたくさんあります」俺は正直に答えた。
「じゃあ、ストレス解消にいい方法は知ってる?」
「それは、いくつか知ってますけど、先生も知っていることだと思いますよ」
「たとえば、どんなこと?」
「たとえばですか? そうですね…。もう単純に、運動するとか、健康的な食事をとるとか、よく眠るとかです」
「そう…だよね…。うん。分かってた」師走先生は期待していた回答を聞けなかったようで、落ち込んだので、少し違う視点でストレスについて話してみることにした。
「あの、先生に聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「ん? なに?」
「先生は、ストレスどんな風に捉えているのか、確認しようと思うのですが…」
「ストレスをどんな風に捉えているのか?」
「はい。ストレスは健康に悪いから、避けるべきだと思っていますか? それとも、ストレスは役に立つから、上手く利用すべきだ、と思っていますか?」
「え!? もう一回いい?」師走先生はそう言って聴き耳を立てた。
「ストレスは健康に悪いから、避けるべきだと思っていますか? それとも、ストレスは役に立つから、上手く利用すべきだ、と思っていますか? どちらか率直にお答えください」
「え? ストレスって悪いものでしょ。だから避けた方がいいと思うんだけど…」師走先生は慎重に答えていた。そしてその答えは俺の予想通りだった。
「そうですね。ちょっと前まではそれが一般的な考えでした。ですが、最近は考えが変わってきたようで、どうやらストレスがないと人は成長できないことが分かったそうです!」
「え!? そうなの!?」
「はい。ストレスがあるからこそ、人は成長するし、幸せも感じるそうです。逆にストレスを避け続けると、成長もしないし、不幸になるんです」
「………!」師走先生は言葉も出ないくらいに驚いているようだった。
「実際、ストレスに対する考え方次第で、分泌されるホルモンが変わることも確認されているので、信ぴょう性は高いと思います」
「ど、どうすればいいの?」師走先生は食い入るような目つきで尋ねてきた。
「簡単です。ストレスが役に立つと思えばいいだけです」
「そ、それだけ…?」
「はい。でも、そんなすぐにマインドを変えることができれば、誰も苦労はしないと思いますので、簡単なステップを3つ紹介しますね」
「う、うん!」師走先生が頷いたので、俺は3つのステップを説明することにした。
その内容は、まずストレスを感じたら、それを認識する。ストレスを感じていることを受け止め、体にどんな反応が表れているかに注目する。
次にストレス反応が起きたのは、自分にとって大切なものが脅かされているせいだと認識し、ストレスを受け入れる。ストレスを感じるからには、何か積極的にやりたいことがあるはずである。この時、脅かされているのは何か、それがなぜ大切なのか、を考える。
3つ目は、ストレスを感じた時に生じる力を、上手く利用するように工夫する。無駄なことに使わないように、目標や価値観に沿ったことにエネルギーを使うにはどうすればいいのか考える、ということを説明した。
「自分にとって大切なものかぁ…」師走先生は感慨深そうに言った。
「そうですね。人は自分にとってどうでもいいことにはストレスを感じないので、感じるということは、大切な何かが脅かされているということになります」
「そう言われれば、栗山先生と話すのは楽しいから話しかけられると嬉しいけど、〇〇先生は嫌いだから、話しかけられるとストレスが溜まるんだよね。これって私の大切な時間を脅かしているからかしら?」
「そ、そうかもしれないですね…。先程も働き方とか効率とか言ってたので、先生にとって時間は大切なのだと思いました」とりあえず同意した。
「そっか! 私、時間を大切に感じているんだ!」師走先生は、思いもよらない発見をした様子で、嬉しそうに見えた。
「価値観とかを調べてみるのもいいかもしれないですね」
「価値観かぁ! そういえば、随分昔に一度やったっきりで、もう忘れてしまってたわ!」
「年齢を重ねると価値観も変わるらしいので、昔と今とでは違うかもしれませんね!」
「私、まだそんなに年老いてないんだけど…」師走先生が鋭い目つきで見つめながら言った。
「い、いえ、そういう意味で言ったんじゃなくて…」俺はここにきて地雷を踏んだと思い、焦った。
「ふふっ、冗談よ!」師走先生が微笑みながら言った
「そ、そうですか…」この言葉を聞いて安心した。
「今日はごめんね。急に呼び出しちゃって」
「いえ。でも、どうして俺の進路の確認をしたんですか?」
「それは私にも分からないの…。急に学園長に頼まれたから…」
「学園長に…」俺は少し気になった。また、あのちゃんぽらんな学園長が絡んでいるのかと思うと、寒気がした。あまり関わらないようにしようと、警戒心を強めることにした。
それから俺と師走先生は生徒指導室を出て、先生は鍵を掛け始めた。その時、先生の首元に何かついているのが見えた。一瞬だったので確証はないが、おそらく盗聴器だった。いつ誰につけられたのか知らないが、予想はつく。おそらく、学園長が師走先生につけたのだろう。ということは、生徒指導室での会話を、学園長に全部聞かれていたことになる。俺はそこまで失言したつもりはないが、師走先生のことが少し心配になった。
「よし! じゃあ、今日はありがとうね! いろいろ話せて良かったわ!」師走先生が鍵を掛け、ドアの施錠を確認した後、俺の方を向いて言った。
「あ、あの、先生…ちょっと失礼します」そう言って、腕を伸ばしながら盗聴器を取ろうとすると、後ろから突然笑い声が聴こえたので、俺は止まってしまった。
「ハッハッハッ! お疲れ様です! 師走先生! 水無月くん!」学園長が笑いながら突然現れた。そして続けて「おや! 師走先生、髪の毛に埃がついていますよ!」と言いながら気づかれないように、自然と盗聴器を回収していた。やはり盗聴器の犯人は学園長だったようだ。
「あ、学園長、ありがとうございます」師走先生は感謝していたが、この男は犯罪に近い行為をしていたから、訴えれば勝てますよ、と心の中で言った。
「ハッハッハッ! どういたしまして」学園長は感謝されることが当然のように受け取っていた。
「じゃあ、僕は失礼します」俺はあまり関わりたくなかったので、早めに立ち去ろうとした。
「あー、ちょっと待ってくれるかな…。キミに言いたいことがあるんだが…」学園長が俺に言った。
「な、なんですか?」俺は警戒心を強めた。何を言われるのか分からなかったからだ。何か注意されるのだろうか。それとも、警告されるのだろうか、と考えながら、何と答えようか思考を巡らせていた。
「ありがとうネ! 水無月くん」学園長は落ち着いたトーンで言った。
「へ!?」予想外のことで俺の思考は一旦停止した。
「じゃあ、職員室に戻りましょうか。師走先生!」
「あ、はい! じゃあまた明日ね!」そう言って二人は職員室に向かった。
それから俺は部室に向かい、みんなには師走先生と進路の面談をしたことを説明した。みんなからは、いろんな質問攻めにあったが、正直俺もよく分かっていなかったので、適当に答えた。師走先生の名誉のためにも、愚痴については言わないことにした。そして帰りの準備を始めた時、部室のドアが勢いよく開いた。
「お兄ちゃん!」つゆりが物凄い勢いで入ってきた。
「つゆり!? どうしたんだ? そんなに急いで?」
「お兄ちゃんが先生に生徒指導室に呼び出されたって聞いたから、急いできたの!」
「そ、そうか…」
「で! 何の話だったの? また愚かな先生の嫌がらせ? それだったら、私が文句を言ってやるから!」つゆりは今にも職員室に乗り込む勢いだった。
「い、いや。ただの進路調査の面談だったよ」俺はみんなと同じ説明をした。
「は? どうしてお兄ちゃんだけ急に面談なの? 何か裏があるとしか思えない! ハッ! もしかして、先生は私の大切なお兄ちゃんを奪おうって言うんじゃ…」つゆりは一人で妄想モードになっていたが、何か裏があるということは否定できない、と思った。
それからなんとかつゆりも説得して、大事にならずに済んだ。
後日、師走先生から聞いた話だが、あの日俺と別れた後、師走先生は学園長の教育論という名の説教を2時間聞かされたらしい。それに俺も誘われなくて、本当に良かったと思った。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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