アートの魅力とは!?
俺は周りの人から、「何でも知ってるね」とか「何でもできるんだね」と言われることが度々あり、一部の人からは完璧超人みたいに思われているらしい。だが、そんなことは決してなく、苦手なことやできないこともたくさんある。泳ぎ、ダンス、歌などが苦手であり、人前ではあまりしないだけである。勉強は得意な方で学校では首席だが、それは狭い世界での一位に過ぎない。広い世界を基準にすると、俺よりも賢い人が数えきれない程溢れているだろう。そのため、たとえ学校で首席だったとしても、決して奢らないようにしている。運動も然りだ。学校で一番の実力者だとしても、範囲を広げるごとに上手い人が増えていく。最終的に世界基準で見ると、自分が如何にちっぽけな存在か分かるだろう。それを理解した上で、努力を続けるアスリートは本当すごいと思う。
人間である以上、完璧な人なんていない。人によって得手不得手は存在する。そんな風には見えない人でも、何かしら苦手なことはあるだろう。ベルさんは勉強、運動共に得意だが、料理が致命的である。二宮さんは勉強と絵が得意だが、自分で話すことが苦手である。桔梗さんは勉強、占いが得意だが、趣味の合わない人と話すのが苦手である。ひまわりさんは勉強、運動、音楽が得意だが、睦月会長のことになると周りが見えなくなり、キツイ言動をしてしまう。暦学園のみんなから完璧超人と思われている睦月会長でさえ、苦手なものがあるらしい。睦月会長は猫アレルギーらしいのだ。本人は猫好きらしいが、アレルギーがあるせいで、一定の距離を保たないといけないらしい。クリスマス会で俺の家に来た時は、梅と雨を触りたそうにしていたが、必死に我慢している姿を見かけた。好きなのにアレルギーとは、なんとまあ悲しいことだろうか。紫苑はどうだろうか。勉強ができて運動神経抜群、非の打ちどころがないように見えるが、料理がそこまで得意ではないらしい。この前の料理研究会との勝負では、結構苦戦しているようだった。時雨はどうだろうか。時雨も勉強はそこそこで、料理もそこそこらしい。何かが苦手で何かが突出して得意というよりかは、全てが平均以上のような感じだ。それでも十分すごいことだと思うが…。
そんなことを考えていたある日、ふと思ったことがある。牡丹さんこそ完璧超人なのではないだろうか、と。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、楽器も弾けるし、料理もプロ級。何かが苦手だという話も聞いたことがない。振り返ってみると、牡丹さんが何かで失敗したのを見たことがなかった。学年でも人気があり、相談部でも、ここぞというところで頼りになる存在で、俺も何度も助けられた。だが、完璧な人間なんて存在しないことを信じている俺は、牡丹さんにもきっと苦手なことがあるだろうと思い、観察することにした。本人に直接聞けば早いが、牡丹さんのことだから、謙遜してしまうと思ったので、自分で調べることにした。
ある日の朝、学校に到着してから、俺の観察はスタートした。いつも通り自然にあいさつをしてから、自分の席に座り、本を読むフリをしながら、牡丹さんに気づかれないように横眼で観察した。幸い俺の席は窓際の一番後ろで、牡丹さんは正反対の真ん中の席なので、観察しやすかった。授業中や休み時間もお構いなしに観察したが、午前中はこれといった収穫がなく、いつも通り可愛い牡丹さんだった。4時限目が終わり昼休みになってすぐ、牡丹さんが俺に声を掛けてきた。
「翔くん、ちょっといい?」
「ん? あぁ。なんだ?」
「間違ってたら申し訳ないんだけど、翔くん、私に何か言いたいことがあるのかな?」牡丹さんが探るような言い方で尋ねてきたので、俺は内心焦った。
「え!? どうして?」
「いや、なんとなくなんだけど、午前中、翔くんに見られているような気がして…。わ、私の勘違いかな!?」牡丹さんは俺が観察していたことに気づいていたようで、それを確認しに来たようだ。ここでネタばらしをして、本人に聞くという選択肢が一瞬頭を過ったが、それだと少し悔しかったので、誤魔化すことにした。
「え? そうかな? 特に意識していなかったけど…」俺は嘘をついた。
「……! ご、ごめんなさい。私が意識し過ぎていたのかもしれないね! じゃ、じゃあまたね」牡丹さんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながら、速足で去っていった。嘘をついたことに少し罪悪感を抱いたが、すぐに切り替えて、午後は気づかれないようにより注意しながら、観察することにした。
牡丹さんと入れ替わりで、今度は時雨が声を掛けてきた。
「翔! 今日は昼食どうするんだ?」
「今日は考え事をしていたら準備し忘れて何もないから、食べない」
「え! マジか! 俺、食堂行こうと思ってたんだけど、一緒に行かないか?」
「今日はもう食べないって決めたから、悪いが他の人を…」俺が時雨の誘いを断りかけた時、紫苑が勢いよくA組の教室にやって来て、叫び出した。
「時雨! 翔! 食堂に行こうぜ!」紫苑がテンション高めで誘ってきた。
「いや、俺は今日食べないって…」
「今日、食堂の調理師が体調不良で休みらしいから、料理研究会の鬼門コンビが手伝っているらしいんだ!」紫苑が耳よりな情報を口にしていたので、俺はすぐに頭を切り替えて、バッと立ち上がった。急に俺が立ち上がったので、二人は驚いていた。
「二人共何してる! 早く食堂に行くぞ!」そう言って、俺は目を輝かせながら食堂に向かうと、紫苑の言った通り、料理室で九鬼さんと九門さんが調理していた。すでに噂を聞きつけた生徒が並んでいたので、俺たちも列に並び順番を待った。さすが鬼門コンビということもあり、客捌きも上手く、あっという間に俺たちの順番になったので、俺はハンバーグ定食、時雨はオムライス、紫苑は生姜焼き定食を注文した。言うまでもなく、味は絶品だった。これを300円で食べられると思うと、コスパの高さに感極まってしまう。これなら毎日通うこと必須だろう。俺は、鬼門コンビの料理を食べたことに満足してしまい、午後からの牡丹さんの観察をすっかりと忘れてしまった。家に帰り着いた時にそのことを思い出したので、明日改めて観察することにした。
翌日、朝から観察していたが、特に収穫はなく、あっという間に昼休みになった。終わりのあいさつをした瞬間に教室のドアが勢いよく開き、みんなは驚いて注目をしていた。その正体は皐月さんで、みんなの視線を気にすることなく、俺のところまで来た。
「翔くん! これ、先日発売されたばかりの五月さつきのキーホルダーなんだけど、翔くんにあげる!」皐月さんはそう言って、持っていたものを差し出してきた。
「え! 貰っていいのか?」
「貰ってくれると嬉しい」
「そっか。じゃあ、ありがたく……って、これ俺持ってるわ!」皐月さんの差し出してきたキーホルダーを見て、俺は先日アニ〇イトで買ったものと同じであることに気づいた。
「え!? どうして!?」皐月さんは想像以上に驚いていた。俺は、初めて皐月さんを驚かせることができたかもしれない、と思った。
「ん? あぁ、この前アニ〇イトに行ったんだけど、その時に買ったんだ。ほら…」と言って、俺は家に飾ってある五月さつきグッズの写真をスマホで見せた。
「………!」写真を見た皐月さんは口を手で覆い、言葉にならないような感じで大袈裟に驚いていた。
「だから、それは誰か他の人にあげてくれ。そうしたらファンが増えるだろうし。それに、皐月さんのその気持ちは嬉しかった。ありがとう」
「か、か、翔くんは…い、いつの間に…そんなに私のグッズを…」
「ん? これ、ほとんど皐月さんに貰ったものだけど…」
「そそそ、そんなに、ごごご、五月さつきのことが、好きだったなんて…」皐月さんの様子が明らかにおかしかった。
「ん? 皐月さん、どうした? 焦点が合ってないように見えるけど…」
「かかか、翔くんが…。わわわ、私のこと…」皐月さんに俺の言葉は届いていないようだった。そしてオーバーヒートしたのか、頭から湯気を出し、クラクラしながら倒れかかってきたので、俺は受け止めた。
「え!? 皐月さん! 大丈夫か! 皐月さん!」意識はあるようだったので声を掛けたが応答はなかった。俺はとりあえず、そのまま皐月さんを抱えて保健室まで行き、ベッドに寝かした。すると皐月さんはそのまま眠ってしまった。保健の先生によると、疲労と寝不足による過労らしい。このまま寝て休めば、回復するだろうということだった。心配だったが、今俺にできることはないので、教室に戻った。5時限目が終わった後、皐月さんが再び教室にやって来た。
「か、翔くん! さっきはごめんなさい。迷惑をかけちゃって…」皐月さんは開口一番に謝ってきたので、俺は皐月さんの腕を掴み、人気のない屋上に向かった。道中、皐月さんが何か言っていたが、俺は聞く耳を立てずに進んで行き、屋上に到着した。
「皐月さん、体調はどうなんだ?」
「え? あ! うん、もう大丈夫だよ!」
「先生は過労って言ってたけど、そんなに仕事忙しいのか?」
「え? いや、そんなに忙しくはないと思うけど…」
「夜はちゃんと眠れているのか?」
「そ、それは…日による…かな?」皐月さんは視線を逸らしながら答えた。
「仕事も大事だけど、皐月さんの身体の方がもっと大事だ!」俺は皐月さんの腕を掴んで目を見ながら力強く言った。続けて「頑張るのは素晴らしいことだと思う。でも、それで身体を壊すと元も子もない。もう少し、自分の身体を労わって欲しい…」とお願いした。が、皐月さんに俺の言葉届いておらず、腕を握られたことと目を合わせたことで、頭が混乱しているようだった。そしてまた気絶したので、再度保健室に連れて行った。
そんなことがあり、今日も昼から牡丹さんを観察することができなかったので、翌日再々挑戦することにした。
翌日、朝から観察していたが、何も収穫はなく以下略。今日の昼休みには弥生さんが教室にやって来た。
「翔くん! これ、私が新しくプロデュースした香水なんだけど、あげる!」そう言って、弥生さんは持っていたものを差し出してきた。
「え! あ、あぁ、ありがとう」俺はデジャブを感じながらも差し出されたものを受け取った。その後、謎の間があった。
「え!? それだけ?」なぜか弥生さんが驚いていた。
「え!? あ! お金払うんだよな。ごめん。タダで貰えるのかと勝手に思い込んでた」俺は勘違いしていたと思ったので謝り、財布を取り出そうとかばんに手を伸ばした。
「そうじゃなくて……お金は要らないよ。これは翔くんにあげるんだから」
「え!? いいのか? タダで貰っても?」
「うん!」
「じゃあ、弥生さんは何が欲しかったんだ?」
「それは……その……」弥生さんはモジモジしながら言い淀んでいた。
「まぁ、とにかくありがとう! 大事に使わせてもらうよ! 弥生さんから貰った香水、評判が良いから出掛ける時には必ず付けているんだよな! ほんと助かるよ!」俺は率直な感想を言った。
「え!? それ…本当?」
「あぁ!」
「そっか! ありがと! 使ってくれて!」弥生さんは笑顔で言った。
「いや、使わせてもらってるのは俺の方で、感謝するのも俺の方なんだけど…。というわけで、ありがとうございます」俺は深々と頭を下げて感謝した。
「いえいえ、こちらこそ、いつも使っていただき、ありがとうございます」弥生さんもビジネスパートナーのような素振りでお礼を言ってきた。
そのやり取りが謎な面白さに変換され、俺と弥生さんはお互いに笑い合った。そして弥生さんが去った後の教室では、俺を睨む視線を異常なほど感じ、牡丹さんを観察するどころではなかったので、午後からは屋上に逃げた。
そして翌日、朝から以下略。気が付いたら放課後になっており、俺は部室で読書していた。今日も何の収穫もないだろうと諦めかけていた時、紫苑が突然、絵しりとりをしようと提案してきて、みんなも賛成した。初めに順番を決めるためのジャンケンをした結果、紫苑、ひまわりさん、桔梗さん、時雨、ベルさん、霞さん、牡丹さん、俺の順になった。ルールは単純で、言葉を発さずに絵だけでしりとりをする。あまり時間を掛けないように、一人1分で次の人に強制的に交代する。明らかに分からない絵を描いた人、または絵は上手いのに勘違いしてしまった人が負けになる。
まずは、紫苑がホワイトボードの前に立ち、相談部のぶからスタートした。言い出しっぺなだけあって、紫苑はなかなか絵が上手かった。誰がどう見てもブタの絵を描いて、次のひまわりさんに繋げた。ひまわりさんもすぐに理解した様子でスラスラと描き始めた。ひまわりさんみたいな可愛らしい顔をしたタコの絵を描いていた。次の桔梗さんも絵が上手いことは知っていたので、問題はないだろう。あっさりと鯉のぼりの絵を描いていた。次の時雨は、リンゴ、ベルさんは、可愛らしい顔のドラミングをしているゴリラを描いていた。そして霞さんは、ラッパを描いて、牡丹さんの番になった。ここまで見たところ、みんなそれなりに絵は上手そうだった。時雨が若干怪しいが、リンゴなど簡単な絵なら描くことができそうだった。俺もあまり絵が上手くないので、これは俺と時雨の勝負になるかもしれない、と思っていたが、まさかの伏兵がいた。牡丹さんが描いた絵は、大きな円の中に小さな円を描いただけだった。なっ! なんだこれは! 丸の中に丸。パのつくもので丸いもの…。なんだ? パンツ…は丸くないか。パン…は、んがつくから違う。まずい、このままじゃこれが何かを考えているだけで時間が来てしまう。もう20秒経ってしまった。なんだ、よく考えろ。パがつくってのは分かっているんだ。パ、パ、パイナップルか! でも…パイナップルはこんなんじゃないよな…。………! いや、缶詰のパイナップルならこの形か! そう思うとパイナップルにしか見えなくなってきた。だが、自信がない。これは本当にパイナップルなのだろうか。いや、これ以上考えるのに時間を使えば、絵を描く暇がなくなって負けになってしまう。ここはパイナップルということにしよう。ということは、るのつくものを描かなければならない。る! るだと! るのつくもので描きやすいもの………。そうだ! ルービックキューブなら何とか描けそうだ。そう思い、俺はすばやく手を動かし立方体を描いて、格子状に線を引き、適当な箇所を黒で塗った。なんとか時間内に描くことができ、俺の絵を見た紫苑が「またか」と言っていたので、おそらく上手く伝わったのだろうと思い、安心した。
そして2周目に入った。紫苑は普通の、ブーツ、ひまわりさんは棒人間が、釣り、をしている風景、桔梗さんは決め顔の、リス、時雨は、スイカ、ベルさんは、カレーライス、霞さんは、スケート、選手が滑っている姿を描いた。そして牡丹さんは先程と同じ大きい円の中に小さい円を描き、俺の順番になった。「なっ! なんだこれ?」と俺はつい言葉に出してしまった。さっきの絵と同じじゃないか。とがつくもので丸いもの、一体なんだ? トマトか! いや、トマトでこんな形のものは見たことない。トンボか! この丸はトンボの眼鏡を表しているとか…。いや、そんな風には見えない。と、と……! そうか! 時計か! 時計なら丸いものもあるし、こんなデザインのものもあるかもしれない。おそらく数字を描く暇がなかったのだろう。そう思うと、時計にしか見えなくなってきた。絶対そうだ。根拠はないが自信はある。ということで、俺は残り20秒で、イカ、を描いた。すると牡丹さんが「あれ!?」と言ったので、一旦しりとりを中断した。それぞれが描いた絵を順番に読み上げていき、2周目の牡丹さんの絵までは合っているようだった。そして問題の牡丹さんの絵。
「俺は時計だと思ったんだけど、違った?」俺は率直に言った。
「何言ってんだよ、翔! これはどうみてもトイレだろ! なぁ、時雨?」紫苑が反論して時雨に同意を求めた。
「さ、さぁ、どうだろうな…」時雨はよく分かっていないようだった。
「先輩たちは何を言っているんですか? これはトマトですよ!」ひまわりさんがさらに反論した。
「そうなのか? 我は頭骨に見えるが…」桔梗さんがちょっと不気味なことを言った。
「みんなバラバラデスね! 答えはなんなのデスか? 牡丹!」ベルさんが牡丹さんに尋ねたが、牡丹さんは顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
「こ、これは……トンネル……ですよね」霞さんが小さな声でそっと言った。
「………! そうだよ! トンネル! トンネルだよ! 霞ちゃん!」牡丹さんが嬉しそうに霞さんに言った。
「そ、そうですよね。み、みんなが…変なこと言うから…惑わされちゃったけど、こ、これはトンネル…ですよね」霞さんは正解してホッとしたような表情で言った。
「私の絵を理解してくれるなんて…!」牡丹さんは感激しているようだった。
「み、みなさん、牡丹先輩に失礼です」霞さんが珍しく怒った様子でみんなを睨んだ。
「そっ、そう言われれば、トンネルだな! うん、トンネルだ! なぁ、時雨?」紫苑が真っ先に自分の発言を訂正した。
「そっ、そうだな! トンネルだな!」時雨も同意した。
「そっ、そうですね。トンネル以外の何物でもありませんね!」ひまわりさんも便乗した。
「な、なかなか個性的な絵を描くのだな! 良いと思うぞ!」桔梗さんもトンネルということを認めたようだった。
「トンネルだったんデスね! ワタシ、全然分かりませんでシタ。ホント、牡丹は絵が下手デスね!」ベルさんが笑顔で直球な発言をしたので、俺を含めた周りのみんなは、一瞬にして焦った顔になった。おそらくみんな内心(おぉーい! 何をそんなはっきり言ってんだ! ベルさん!)とツッコミを入れていただろうと思う。
「フフフ、ごめんね。どうしても絵だけは上手くならないの…」牡丹さんは意外とあっさりと認め、笑っていた。というより、俺はついに牡丹さんの苦手なものを知ることができたのだった。
「ぼ、牡丹さん、絵が苦手だったんだな!」俺は最終確認のため、本人に尋ねた。
「うん! 昔から全然上手くならなくて…。絵を描くことは嫌いじゃないんだけど、苦手なんだ…」牡丹さんが認めたことにより、今回の俺のミッションは終わりを告げた。それにしても、牡丹さんにも苦手なことがあったんだ、ということを知ることができて、少しホッとしたような気がした。
「そんなことないです! 牡丹先輩の絵はとても魅力的です!」霞さんが珍しく強い口調で牡丹さんに言った。
「ありがとう。霞ちゃん!」牡丹さんもそう言われて嬉しそうだった。
それから数日後の休日、俺は霞さんに誘われて美術館に行くことになった。待ち合わせの駅に着くと、霞さんと牡丹さんが待っていた。
「おはニャー! 翔くん!」カスミンがあいさつしてきた。
「おはよう! 翔くん!」牡丹さんが笑顔であいさつしてきた。
「おはよう。ってあれ? 牡丹さんも一緒だったのか!」
「うん! 私も師匠に誘われて…」牡丹さんが答えた。
「ん? 師匠…?」俺は気になった言葉を繰り返した。
「あ! そういえば、まだ言ってなかったね! 霞ちゃんは私の絵の師匠になってくれたの!」
「絵の師匠…!」俺は繰り返した。
「そうニャのだ! 霞ちゃんは牡丹ちゃんの師匠にニャったのだー!」カスミンが誇らしげな態度で言った。
詳しく話を聞くと、あの絵しりとりの後、牡丹さんが霞さんに絵が上手くなるように指導をお願いしたらしい。そして霞さんもそれを引き受けたようなのだ。それで今回はまず、絵とはどんなものなのか、ということを学ぶために、美術館に行くことになったらしい。そこに、なぜか俺も誘われたということだ。
「それなら、どうして俺も誘ったんだ?」俺は率直に尋ねた。
「それは…翔くんニャら理解してくれると思ったからニャ…」カスミンが意味深な様子で答えた。
「ん? 理解…? 何を…?」カスミンが何のことを言っているのか、分からなかったので、尋ねた。
「それは…もうすぐ分かるニャ…」カスミンは何かを悟ったような表情で言った。
「まぁ、俺も美術鑑賞は好きだから、誘ってくれてありがとな!」俺がお礼を言うと、霞さんの顔が赤くなったような気がした。
そして美術館に到着し、俺たちは美術鑑賞を始めた。
「翔くんは、絵画詳しいのかニャ?」カスミンが小さな声で尋ねてきた。
「ん? まぁ、嗜む程度には知っているかな。……たとえば、これはイギリスの画家、ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーの『カレー埠頭』と『吹雪』だな。『カレー埠頭』は結構具象的に描かれているけど、『吹雪』は抽象的に描かれているのが面白いよな!」俺は小さな声で簡単に説明した。
「へぇー、そうなんだぁ!」牡丹さんは絵を観ながら言った。それが少し心地良かったので、俺は調子に乗って語りモードになってしまった。
次の場所でも…。
「これは、クロード・モネの『草上の昼食』、『印象・日の出』、『睡蓮』だな」
「あ! これ知ってる! どれも綺麗だよね」牡丹さんが笑顔で言った。
「そうだな。モネは、1896年に白内障にかかり視力に障害が生じた中で、最後のシリーズである睡蓮を描いた250点もの油彩画を制作したらしい。そしてこれがモネの作品の中でもっとも有名になっているからな。本当にすごい!」
「カスミンが尊敬する画家の一人ニャ!」カスミンが感嘆しながら言った。
「へぇー! そうなんだぁ!」牡丹さんは鑑賞しながら言った。
その次の場所でも…。
「これは、ワシリー・カンディンスキーの『コンポジションV』だな。これは一般に、最初の抽象絵画と言われていて、西洋美術史の流れにおける歴史的な作品と見なされているんだ!」
「へぇー、そうなんだぁ! たしかに、目を引くものがあるね! 想像力が掻き立てられる気がする!」牡丹さんは言った。
「鑑賞者の絵に対する関与を阻害するわけでもなく、彼の絵の魅力も損なわない、素晴らしい作品ニャ!」カスミンが感心していた。
さらに次の場所でも…。
「これは、ピエト・モンドリアンの『線と色のコンポジションナンバーⅡ』、『赤、青、黄、黒のコンポジションナンバーⅢ』、『ブロードウェイ・ブギウギ』だな。彼は水平方向と垂直方向の線に焦点に絞り、できるだけ無駄を排除して、鑑賞者の好奇心や想像力を喚起しようとしたのかもしれないな!」
「たしかに、この『ブロードウェイ・ブギウギ』って作品、赤、青、黄のブロックを次々と目で追ってしまうね!」牡丹さんは夢中になって鑑賞していた。
「芸術の本質を捉えた素晴らしい作品だニャ!」
次の次の場所でも…。
「これは、ウィレム・デ・クーニングの『発掘』だな。この作品は力強くかつ均整のとれたスタイルで、鑑賞者を魅了すると言われている」
「そうだね。目が離せないよ」そう言う牡丹さんの目は、リズム感溢れる線に沿って止まったり、動いたり、急に曲がったりと忙しそうにしていた。
「カンバス全体に一貫して広がる肌理のパターンが見事だニャ!」
次の次の次の場所でも…。
「これはジャクソン・ポロックの『コンポジション♯16』と『ナンバー32』だな。彼は後にアクション・ペインティングと呼ばれる技法で絵を描き始め、当時の慣習的な技法を放棄した最初の一人らしい」
「アクション・ペインティング?」牡丹さんが?を浮かべながら尋ねてきた。
「アクション・ペインティングっていうのは、カンバスを床に置いて、ブラシやスティックなどを使って、空間に絵を描くかのようにカンバス上に絵具を注いだり垂らしたりする技法だ。この技法で、ポロックは活力のあるダイナミックな絵を描いたらしい」
「たしかに、この絵には、強調点や識別可能な部位が存在しないし、中心的なモチーフもないのに、どことなく魅力を感じるね」牡丹さんは食い入るように観ていた。
「三次元的で彫塑的な生命溢れる作品だニャ!」
そして最後の場所でも…。
「これは、モーリス・ルイスの『ストライプ』シリーズの『水の別れ』と『第三の要素』だな。カンバスの上から下まで同一の強度で描かれた、垂直の純色の帯は、あたかも動けるかのように見え、色や配置などの特徴に応じて光学的に相互作用し合うらしい」
「そうなんだぁ! シンプルだけど、一つひとつの色がはっきりとしているから、綺麗だね!」
「シンプルだけど、知覚や情動に影響を及ぼす素晴らしい作品だニャ!」
そうして、俺たちは美術館を一通り回り終えた。
「それにしても、翔くん、詳しいニャ! カスミン、ビックリしたニャ!」カスミンがそう言ったのを聞いて、俺は調子に乗って語り過ぎてしまったことに気づき、我に返った。
「あ! ごめん。うるさかったよな。こういうのは静かに鑑賞するもんだよな…」俺は焦って謝罪した。
「ううん。うるさくなんかないよ。画家さんのいろんな話を聞けて、面白かったよ!」牡丹さんは笑顔で俺のフォローをしてくれた。
「わ、私も…楽しかった…です」霞さんが小さな声で言った。
「そっ、そうか…。なら良かった」二人の反応を見て、俺は落ち着いた。
「翔くんが絵を好きだったニャんて知らニャかったニャ!」
「そうだな。言ったことなかったもんな。俺は絵を描くのは苦手だけど、鑑賞するのはすきなんだ」
「そうなんだぁ! 私も同じだよ!」牡丹さんが俺に共感してくれた。
「翔くんは、美術鑑賞のどこが好きニャんだ?」
「そうだなぁ。俺は、絵にはその画家の気持ちや感情、言いたいことなんかが詰まっていると思っている。それを考えるのが楽しい…かな!」
「そうニャんだ! カスミンも同じこと考えながら、鑑賞することあるニャ!」
「そっか! ……アーティストは繊細な人が多いらしいからな。そんな人たちが世界をどんな風に捉えているのか、興味があるんだ!」
「アートって奥が深いだね!」牡丹さんが言った。
「そうだな…」俺はその意見に同意した。
美術館の後は、近くのオシャレなカフェに寄った。
「そういえば、今日の目的は、牡丹さんに絵がどんなものかを知ってもらうってことだったよな。何か分かったのか?」俺は本来の目的を思い出したので、牡丹さんに尋ねてみた。
「え!? うーん、なんとなくは……分かったかもしれないけど……うーん…」牡丹さんは頭を悩ませているようだった。
だが、それは仕方ないことだ。なぜなら、今日鑑賞した作品のほとんどが抽象芸術であり、おそらく牡丹さんが求めているだろう具象芸術ではなかったのだから。俺はそのことを霞さんに問いただすことにした。
「霞さん、今日の絵はほとんどが抽象絵画だったよな。これだと牡丹さんの絵が上手くなるどころか、独自の方向に向かう気がするんだが…」俺は牡丹さんに聞こえないように小さな声で、霞さんに耳打ちした。
「それが狙いニャ! 牡丹ちゃんはそれでいいのニャ!」カスミンが小さな声で答えた。
「え!? どういうことだ?」
「翔くんももうすぐ分かると思うニャ…」カスミンはそう言って、それ以上教えてくれなかった。
この時の俺はカスミンの意図が何なのかまだ理解できていなかったが、数日後にそれが分かったのだった。美術館に行った日から数日後の放課後、牡丹さんがいくつか絵を描いたということで、持ってきていた。それを見ると、ほとんどの絵が、この前見に行った作品にどことなく似ているような感じがするが、どれも個性的で魅力的に見えた。
「霞さん! これってもしかして…」俺は霞さんに尋ねると、霞さんも黙って頷いた。
どうやら、牡丹さんは具象的な絵は苦手だが、抽象的な絵が得意だったようだ。この時俺はようやく気づいた。霞さんはこの事実に早くに気づいていたようで、この前の美術鑑賞を計画したようだった。
「その影響で、牡丹ちゃんの眠っていた才能が目覚め始めたようだ!」とカスミンが迫真の演技で言っていた。
もしかしたら、霞さんとカスミンと俺は、ものすごい金の卵を産みだしたのかもしれない、とこの時思っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。
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