水無月翔の非日常!!
ある科学者は言った。「神は妄想である」と。そして思想家であり、哲学者のニーチェも「神は死んだ」という言葉を残している。この考えからすると、神様が人間を作ったというインテリジェント・デザインは間違ったものであり、人間が神様を創造したということになる。インテリジェント・デザインとは、生物や宇宙は複雑なので、知性のある何か、言い換えると、神によって創造されたという思想のことで、一部の人たちに人気の考え方だ。しかしこの考えには科学的根拠が全くない。むしろ、科学では、その逆が正しいということが証明されている。人間は、何百万年という長い年月をかけて、ゆっくりと進化していき、その過程でこのように複雑な存在になったということだ。そうして発達した脳を使って、神々を創造したということである。俺もこの考えに賛成だ。こう言うと、神が存在しないことを証明できないのなら、存在すると信じてもいいだろう、と反論する人がいる。自分がそれで良いならそれで構わないと思う。好きにすればいい。ただ、存在しないことの証明ができないからといって、存在するということにはならない。
そもそも文化によって信じられている神様も多種多様であり、どれが真実なのか分からないのが現状だ。唯一神を信じている者もいれば、八百万の神々を信じている者もいるだろう。正直、どれを信じるかは、その人の自由で良いと思う。自分が信じたい神を信じるのが一番無難な選択だ。その中で俺は無神論を選んだだけだ。
俺は、自分の人生は自分でどうにかしたいと思っている。というより、自分でどうにかできると信じている、と言った方が正しいかもしれない。たしかに、人生では自分一人ではどうしようもないことがたくさん起こるだろう。その時に神様に祈りを捧げたくなる気持ちも分かる。その行為により、自分のメンタルを落ち着かせることができるのなら、やった方がいいだろう。ただし、何でも神様に祈ればいいわけではない。中には自分の力で乗り越えることだってできることがあるはずだ。その見極めは難しいかもしれないが、神に祈る前に、一度考えた方がいいだろう。そして、自分で何とかできる、と判断したことは、自分の力を信じて乗り越えて行こう。大事なのは神様を信じることではない、自分を信じることだと思う。
1月のある休日の午前11時頃、俺は散歩をしていて、暦神社の前を通りかかった。その時、境内の前の階段に小学校低学年くらいの可愛らしい女の子が一人座っているのが見えた。おかっぱ頭に桜の花びらが付いたヘアピンをしており、巫女服を着ていたので、妙に特徴的な格好だなと思いながら見てしまった。こんなところで誰かと待ち合わせでもしているのだろうか、と思いながら、前を通り過ぎた時、「おい! そこの男!」と言う声が後ろから聞こえた。俺のことではないだろうと思い、そのままスルーして進んだが、「おい! そこの黒いコートを着た男!」と再び声が聞こえた。俺はベルさんに貰った黒いコートを着ていたが、他にも着ている人がいるだろうと思い、そのまま進んだ。それでも「おい! そこの身長173センチ、体重58キロ、血液型はAB型で6月15日生まれの男!」という声が聞こえたので、さすがに自分のことだろうと思い、振り返り、「え? 俺?」と言うと、境内前に座っているおかっぱ頭の女の子が頷いた。どうやら彼女が俺のことを呼んでいるようだったので、近づいて質問した。
「俺に何か用ですか?」
「用があるから呼んだんじゃが…」
「そうですか…。てか、何で俺の誕生日や血液型を知っているんですか?」
「それは余が特別だからじゃ!」
「はぁ、そうですか……。で、俺に用って何ですか?」
「それよりも、お主、名はなんという?」
「翔です。水無月翔。てか、名前は知らないんですね」
「一応礼儀として聞いたまでじゃ。知らないはずがなかろう」
「はぁ、そうですか。でも、俺はキミのことを知らないので尋ねますね。キミの名前はなんですか?」
「余の名前か! そうじゃなぁ…。うーん…」おかっぱ頭の彼女はなぜか自分の名前を今考え始めたようだった。そして「みこ……そうじゃ! 余の名前はみこじゃ!」と元気な声で言った。
「みこさん…て呼べばいいですか?」
「本来はみこ様と呼ぶべきじゃが、翔には、特別にみこと呼ぶことを許そう!」
「じゃあ、みこさんで…」
「さんじゃない。みこじゃ」
「じゃあ、みこちゃん!」
「ちゃんじゃない。み、こ!」
「み、みこ!」
「そう! それじゃ! お主は普段から無意識に相手と距離と取るからの。もう少しさらけ出した方が良いと、余は思うちょる」
「はぁ、そうですか…」
どう見ても小さな子どもで、最初は桔梗さんと同じ中二病を発症しているだろうと思っていたが、話していくうちに、なぜかみこから不思議な雰囲気を感じて、敬語を止められなかった。それに、普段なら無視してたであろう状況に対応している自分に少し驚いた。何か不思議な力が働いているかもしれない、と一瞬思ったが、そんな非現実なことなどあり得ないと、すぐ我に返った。
「で、俺に用ってなんですか?」
「そうじゃなぁ……」と言って、みこは腕を組み、空を見上げていた。
「もしかして、今考えていませんか?」
「ん? そうじゃが…」
「俺に用があるから呼び止めたんじゃないんですか?」
「そうじゃが…」
「じゃあ、何で今考えているんですか?」
「それは、したいことがあり過ぎてじゃな! どれからしようか、考えているんじゃ!」
「そっ、そんなにあるんですか?」
「そうじゃな! せっかく降りて来たんじゃから、久しぶりに堪能したくてな!」
「何をするつもりなんですか?」
「ん? 別に特別なことではないぞ! 美味しいものを食べたり、遊んだりしたいだけじゃ!」
「そうですか…」
「そういえば、翔はこの後、大事な用とかないのかの?」
「特にないです」
「プスー、翔は暇人なんじゃな! まぁ分かっておったが…」みこが俺をバカにしたような顔をして言ったので、少しイラっとしたが、事実なので、反論する余地もなかった。
「そんなことより、行きたい場所は決まりましたか?」
「ん! そうじゃなぁ。では、まずは街に行こう!」みこは右腕を空に伸ばしながら元気いっぱいに言った。
「分かりました。じゃあ、はい」行先が決まったようなので、俺は左手を差し出した。
「ん? なんじゃ? これは?」
「何って、手です! 街で逸れないように繋いでおくんです!」
「そうか! そうじゃな!」そう言いながらみこは俺の左手をギュッと握ってきたので、俺もやさしく握り返した。
街に着くと、みこはあちこち周りを見ながら歩いていた。
「翔! ここはなんじゃ?」みこは店を指さしながら尋ねてきた。
「ここはタピオカドリンクのお店ですね!」
「タピオカかぁ!」みこは目を輝かせながら物欲しそうに見ていた。
「どれにしますか?」
「え!? いいのか?」
「まぁこれくらいなら…」
「じゃ、じゃあ、全部くれ!」みこは店員さんに全部注文しようとした。
「ぜっ、全部ですか!?」女性店員さんも焦っているようだった。
「みこ! さすがに全部は多すぎます! どれか一つにしてください!」
「え!? そうなのか? それじゃあ、タピオカチョコミルクティを頼む!」
「あ! はい! チョコミルクティですね! お兄さんは何にしますか?」女性店員さんにそう聞かれたので、俺は咄嗟に「じゃあココナッツミルクで」と答えてしまった。特に飲みたいわけではなかったのに、つい注文をするように誘導されてしまった。この女性店員、結構デキる人だな、と俺は勝手に思い込んだ。
俺とみこは、タピオカドリンクを飲みながら次なる目的地を探し始めた。そしてみこが次に興味を抱いたのは、ケーキバイキングだった。みこは制限時間の1時間以内にお店のケーキ全種類を食べ、時間いっぱいまでずっと食べ続けていた。小さな体の一体どこに消えているのだろうかと、気になった。もしかしたら、腹の中にブラックホールでもあるのではないかと思ったが、ケーキを美味しそうに食べているみこを見ていると、俺も幸せな気持ちになった。
ケーキバイキングの後は、回転寿司に行った。順番が逆じゃないか、と思ったが、みこは気にしていない様子でウキウキしながら店の中に入って行った。というより、あれだけ食べてまだ食べられるのか、と驚愕した。寿司屋でもみこの食欲は衰えることなく、全種類を食べていた。ここは制限時間がなかったので、途中で声を掛けないと、みこは止まる様子が全くないような気がして、少し焦った。もし俺が途中で声を掛けなければ、みこがずっと食べ続けていたかと思うとゾッとした。そして会計時にもゾッとした。
その次はVR体験をしに行った。事前予約だから予約していない俺たちはできないと言ったが、みこが行ってみないと分からない、と言って地団駄を踏み始めたので、仕方なく行ってみると、なぜか店員さんがすぐに案内してくれて、VRのシューティングゲームをすることができた。なんでも、急遽キャンセルのお客が出たので、ちょうど空いていたらしい。俺たちは運が良いということだった。VR中、みこは子どもらしく興奮しているようだった。
「おっほー! なんじゃこりゃ! 楽しいのう! 翔!」
「そうですね」
VRを終えた後、みこが何か気づいた様子で俺に話しかけてきた。
「翔! その腕に付けているものはなんじゃ?」
「ん? これですか? 普通の腕時計ですけど…」俺は左腕に付けていた腕時計を見せながら言った。
「そっちの腕じゃない! 右手首に付けているやつじゃ!」
「あぁ! これですか! これは俺の宝物で、母のヘアゴムです」俺はいつも付けている黒のヘアゴムを見せながら言った。
「それでもない。その石の方じゃ!」
「あぁ! こっちですか! これは大切な人に貰ったパワーストーンブレスレットです! たしか…グリーンアメジストっていう種類の…」
「ほう…。それをプレゼントするとは、なかなかできるやつじゃのう」みこは桔梗さんのセンスに感心していた。続けて「それに、いい能力も持っているようじゃ」と俺のブレスレットをジロジロ見ながら言った。
その後はアパレルショップを見て回り、みこが気になった服はひたすら試着したが、結局何も買わなかった。理由を尋ねると、巫女服が一番しっくりくるということだった。それから雑貨屋やパワーストーン売り場なども見て回り、何も買わなかったが、最後に訪れたかんざし屋で、みこは桜の花が付いたかんざしに見惚れているようだった。
「これが欲しいのか?」俺はみこに尋ねた。
「べっ、別に欲しいわけじゃない! ただ見惚れていただけじゃ!」みこが強がっているように見えたので、俺はそのかんざしを手に取りレジに向かった。そして買ったかんざしをみこにプレゼントした。
「いいのか?」
「はい! みこがあまりにも欲しそうにしてたから、買わないわけにはいかないですよ!」
「ありがとう!」みこは満面の笑みでそう言った。それを見て、俺も嬉しくなった。そのかんざしをみこは早速頭に付け、「どうじゃ? 似合うかの?」と聞いてきた。
「はい!」俺がそう答えると、みこは顔を赤くして照れているようだった。
それから俺とみこは、散歩をしながら帰っていると、いつの間にか暦神社の前に着いていた。
「翔、少し寄らないか?」みこさんが少し寂しそうな様子で言った。
「いいですよ!」俺は了承した。
みこと手を繋いだまま一緒に境内に入った瞬間、何かいつもと違う感じがした。今まで騒がしいと思っていた周りの音が聴こえなくなり、木々の葉が風になびく音や地面の歩く音など自然な音が聴こえるようになった。それに、いつもよりも風景が綺麗に見えるような気がした。まるで五感が研ぎ澄まされているようで、とても心地良かった。俺とみこはそのまま歩き拝殿の前で止まった。
「なぁ、翔、お主は神様がいると思うかの?」みこが唐突に尋ねてきた。
「神様…ですか? そうですね……。いないと思います!」俺は正直に答えた。
「そうか……」みこは少し寂しいような、いや、悲しいような、よく分からない顔をしていた。
「俺は基本、科学を基準にして物事を判断するようにしているから、存在が証明されてない神様はいないと思っています!」
「翔はそうじゃったな…」
「でも、俺もたまには神様に祈ることがありますよ!」
「そうなのか!?」みこは意外そうな顔をして俺を見てきた。
「はい。俺は自分一人の力ではどうにもできないようなことが起こった時は、神に祈ることがあります!」
「自分一人ではどうにもできないようなこと?」
「はい。たとえば、自然災害とか、遠くの国の戦争とか、ですね」
「そういえば…」みこは何かを思い出そうと過去を振り返っているような顔をした。
「だから、その視点から見ると、半分半分かもしれないですね!」
「そっか! そうなんじゃな!」みこの表情が明るくなった。そして「今、何か願い事はないのかの?」と唐突に尋ねてきた。
「願い事ですか? そうですねぇ……。うーん……。特には…」いきなりだったので、何も思い浮かばなかった。
「そうか…。じゃが、何でもいいから、とりあえず参拝してみてはどうかの?」
「そうですね!」みこがあまりにも勧めてくるので、参拝することにした。
お賽銭を入れて、二礼四拍手一礼をしてから、「これからの人生、辛いことや悲しいことがあると思いますが、それを乗り越えて、楽しいことや嬉しいことも最大限満喫して、みんながより良い人生を歩めますように!」と心の中で祈った。
「フフッ! まったく、翔らしい願い事じゃな!」みこが隣でそう言ったのが聴こえた。
そして、祈りを終えてゆっくりと目を開けると、隣にいたはずのみこがいなくなっていた。みこのことだから、突然かくれんぼを始めたのだろうと思い、しばらく周りをうろついて探したが、どこにもいなかった。もしかして、俺の祈りが長かったから、飽きて先に帰ったのかもしれないと思ったので、俺も帰ることにした。境内を出る時、後ろから「今日は楽しかったぞ! ありがとうじゃ! 翔!」と言う声が聴こえた気がしたので、振り返り一礼した。なんだか不思議な一日だったが、楽しい一日でもあった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




