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どんな悩みも水無月くんにお任せ!!  作者: たかべー
新・相談部始動編!!
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後悔しない人生を歩むには!?  

 「死」について、考えたことがある人はどのくらいいるだろうか。自分は若くて健康だから考えたことがないだろうか。死ぬことを考えると怖くなるので、考えないようにしていないだろうか。それとも、死後の世界がどんな感じだろう、と想像しただろうか。

 人間はみないずれ死ぬ。これは今のところ不変の事実である。一部の科学者や医師は、最先端の技術を駆使して、不死になれるのではないか、と研究しているようだが、実を結ぶのはいつになるか分からない。おそらく寿命を延ばすことはできると思うが、不死になれるかどうか、俺には分からない。

 実は、「死」について考えることは、今を生きる上でメリットがある。「死」とは、いずれ人間に訪れることであり、未来のことでもある。つまり「死」について考えることは、未来のことを考えることである。自分がどういう風に死んでいくのか、自分が死ぬ時にどういう思いで死にたいのか、を考えることによって、自制心を高めることができる。自制心が高まると、目先の欲に囚われることなく、将来役に立つ行動ができるようになる。

 また、人間が、死ぬ瞬間に後悔する内容は大体似ていることが多く、大きく分けて5つある。1つ目は、「自分に正直な人生を生きればよかった」という後悔だ。この後悔をする人の特徴は、周りの期待に応えようとしたり、環境に染まってしまったり、自分の考えに囚われてしまったりすることだ。

 2つ目は、「働きすぎなければよかった」という後悔だ。昨今、労働時間が問題になっているが、働きすぎにより、大切な家族や友人と過ごす時間がほとんどなかったという人が結構多いらしい。俺はまだ学生なので、社会人がどんなものかよく分からないが、今の段階でも、あまり熱心に働きたいというような感情はなく、ほどほどにしたいと思っているから、気を付けようと思う。

 3つ目は「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」という後悔だ。人は誰しも、自分の本当の気持ちを伝えないことがある。それは、相手のことを想って言わないこともあるし、自分の弱さを認めたくないために、プライドで言わないこともあるだろう。恋愛だと、好きの気持ちを伝えずに後悔している人もいると聞いたことがある。しかし、ずっと自分の気持ちを伝えないままにしておくと、死ぬ時まで後悔することになる。そのため、俺は思ったことを率直に言うように努めている。これは、言うは易く行うは難しであるが、やるとやらないでは、大きな違いになるだろう。

 4つ目は「友人と連絡を取り続ければよかった」という後悔だ。人間は、社会的な生き物なので、生きる上では他者との繋がりが必要だ。特に人間関係は、人間をもっとも幸せにするのではないか、と言われている。これは、友人が多ければいいというわけではなく、友人の質の方が大事だということだ。たとえ友人が少なかったとしても、その友人といい関係を築けていれば、幸せになれるということだ。しかし、人間は愚かな生き物らしく、自分にとって大切な友人であるにも関わらず、一度疎遠になると、なかなか連絡をしなくなる。その理由としては、社会人になると、別々の道に進み仕事で忙しく、会う機会や連絡する機会がなくなったり、結婚して家庭を持つと、育児や家事で忙しくなったりして、疎遠になる、などがあるようだ。忙しい相手に連絡すると悪いだろうと気遣って、連絡をしない人が多いらしい。それにより、孤独を感じて辛くなるようだ。だが、もし今迷っているのなら、連絡することを俺は勧める。躊躇っているのなら、自分に置き換えて考え見るといい。もし、今友人から連絡が来たら、自分はどんな気持ちになるだろうか。おそらく嬉しいだろう。自分が大切な友人だと思っている相手なら、相手も嬉しいはずだ。すぐに返信がなくても心配しなくてもいい。相手が何をしているのか分からないなら、連絡に気づいていないということもあるからだ。大切な友人なら、忘れないかぎり数日のうちに返信があるだろう。今はSNSの発達により、簡単に連絡ができるようになっている。この技術を有益に使わなければもったいない。

 5つ目は「幸せを諦めなければよかった」という後悔だ。子どもの頃は、将来〇〇になりたい、という夢を持っている人は結構いるらしいが、大人になると現実の厳しさに打ちのめされて、挑戦もしないうちに諦める人が多いようだ。それで、人生こんなもんだな、と勝手に決めつけて、やりたくない仕事を続け、多くの時間を費やしてしまうようだ。こういう人たちは、このままでも自分は幸せだ、と自分を偽り続けており、死ぬ瞬間になって、自分の嘘に気づくようだ。また、幸せは主観的に感じることであるため、自分の幸せと他人の幸せが同じだとは限らない。そのことを知らずに、周りの影響を受けて、偽りの幸せな時間を過ごすのは非常にもったいない、と俺は思う。自分が何に幸せを感じるかは自分しか分からないので、しっかりと内省した方がいいだろう。周りに流されず、自分の素直な気持ちに向き合うことが大切だ。

 最近は人生100年時代と言われており、平均寿命が100歳を超えるだろうと予想されている。120歳まで生きる人が当たり前になり、長く生きる人は150歳まで生きるんじゃないかと言われている。これを長いと捉えるか、短いと捉えるかは人それぞれだろう。今まで生きてきた人間の年齢と比較すると、確実に伸びているので、長いと捉えることができるだろう。これを地球の年齢など遥かに大きなものと比べると、人間の100年なんか、ちっぽけに感じるだろう。つまり、何と比べるかによって捉え方が変わるということだ。しかし、変わらないことが一つある。人生は誰しも一度きりということだ。星の入ったボールを7つ集めても生き返ることはできない。一度死ぬと生き返ることはできないのだ。死んで異世界転生できるかも分からない。それを確認するには死ななければならないからリスクが高すぎる。人はどうせ最後には死ぬ。せっかく今世で生まれたのだから命は大事にした方がいいだろう。異世界転生ができるのかを確認したいのなら、今世を最後まで生きて、死んだ後でもいいのではないだろうか。その方が今世の知識を活かして転生先で無双ができるかもしれない。とまぁ話が逸れてしまったが、つまり、何を言いたいのかというと、人生は一度きりなので、自分の好きな生き方をした方が良いだろうと俺は思っている。少なくとも俺はそのように生きているつもりだ。


 年が明けて二日経ち、新年三日目の朝を迎えた。昨日は、予定があるわけではなかったが、偶然の出会いで二度も神社に参拝に行くことになった。いつもより寝坊して午前10時に散歩をしていると、偶然なのか、待ち伏せされていたのか、分からないタイミングで皐月さんと弥生さんに出会ったので、そのまま暦神社に初詣に行くことになった。というより、無理やり付き合わされることになった。そして、参拝を終え、二人と別れた後の帰り道、今度は一年ズと偶然出会い、再び暦神社に行くことになった。新年になってすでに三回目の参拝なので、もはや初詣ではなく、三詣でとなっていた。ちなみに、この二回でもおみくじを引いたが、どちらも凶だった。おそらく、俺とここの神様は仲良くなることができないだろうと確信した。そして今日はまた、別の予定が埋まっているのだった。


 午前9時に家のインタホーンが鳴ったので、俺とつゆりが玄関に向かうと、ドアが勢いよく開いた。

「翔兄!」と言いながら、突然女の子が俺に飛びついてきて頭を胸に擦りつけてきた。

「弥涼ちゃん!」俺は後ろに倒れないように踏ん張った。

「ちょっと弥涼! いきなりお兄ちゃんに飛びつかないでっていつも言っているでしょ! 早く離れなさい!」つゆりが怒った様子で彼女に言った。

「あれ? つゆりちゃんまだいたんだ! てっきりどこかに引っ越したのかと思ってた!」弥涼ちゃんは煽るように言った。

「引っ越すわけないでしょ! ここは私とお兄ちゃんの家なんだから!」

「そろそろウチと交代してもらいたいんだけどなぁ…。つゆりちゃん!」

「交代するわけないでしょ! 私はお兄ちゃんの妹で、あなたはただの従妹なんだから!」つゆりは胸に手を当てながら堂々とした態度で言った。

「でも、ずっと一緒だと翔兄も飽きるよねー」弥涼ちゃんが笑顔で俺に同意を求めてきた。

「飽きるわけないでしょ! お兄ちゃんに変なこと聞かないで!」つゆりがさらに怒りを増した顔になった。

「ハッハッハッ! 相変わらず元気そうだね! つゆり、翔!」と玄関に立っていた陽じいがようやく会話に入ってきた。

「フフ! 元気そうで良かったわ!」陽じいの隣に立っていた真珠ばあが、やさしい声で言った。

「もう! 陽じいと真珠ばあもそんなところに立ってないで、弥涼を引きはがすの手伝ってよー!」つゆりが弥涼ちゃんの背中を引っ張りながら応援を求めていたが、二人は笑顔で見守っているだけだった。

 今日、俺たちの家を訪ねてきたのは、風待陽氷かぜまちようひょうじいちゃんと風待真珠かぜまちまじゅばあちゃんと風待弥涼かぜまちいすずちゃんの三人だ。風待という名字は、ゆのさんの旧姓だ。つまり、陽じいと真珠ばあは、ゆのさんの両親ということだ。そして、弥涼ちゃんは、二人の孫だから、俺たちの従妹ということになる。ちなみに弥涼ちゃんは、つゆりと同じ中学三年生で、このようにつゆりとも仲が良い。

 陽氷じいちゃん、通称、陽じいは、銀髪に黒ぶち眼鏡が特徴のじいちゃんだ。現役時代は精神科医をしていたらしく、とても博識で、俺にもいろんなことを教えてくれた。他にも、医学や心理学などの知識に関する本をいくつか出版してベストセラーになったこともあるらしい。俺も読んだことあるが、とても勉強になった。現役を引退した今でも執筆しているようだ。さらに、今はキャンプにハマっているらしく、度々ソロキャンプに出掛けているらしい。その模様を動画サイトにアップロードして、それなりにフォロワーを獲得しているらしい。俺も一度だけ観たことあるが、普通のキャンプ動画だった。また、登山に行ったり、海に行ったりと結構アグレッシブだが、性格は温厚で、話し方もとてもやさしい。

 真珠ばあちゃん、通称、真珠ばあもとてもやさしくて、いつも笑顔で接してくれる。現役時代は事務の仕事をしていたらしいが、引退してからは、小説や詩集を書いたり、裁縫をしたりしているようだ。真珠ばあが書く小説は、ほっこりする温かい内容で読むと癒されると巷では言われている。一定のファンがいるようで、俺もその一人だ。真珠ばあは、陽じいほどアグレッシブではないが、時々一緒に出掛けることもあれば、一人旅行に行くこともあるという。

 二人はとても仲が良く、俺的に理想の夫婦像である。けっして喧嘩をしないわけではなく、言い争うこともあるらしいが、最後にはお互いに相手のことを思いやって、仲直りをするらしい。

 毎年1月3日になると、こうして訪ねてくるのが恒例行事になっている。最初は陽じいと真珠ばあの二人だけだったが、いつの間にか弥涼ちゃんも付いてくるようになっていた。三人は今日から2泊3日、俺たちの家で過ごすことになる。俺は、引っ付いていた弥涼ちゃんとつゆりを振り解いて、陽じいと真珠ばあの荷物を持ち、リビングに案内した。そして、荷物をソファに置いた後、改めて新年のあいさつを交わした。それを終え、陽じいが「じゃあ、早速行くか!」と言ったので、俺たちは運動着に着替えて、外出した。

 目的地は近くのテニスコートだった。新年早々テニスをするのも恒例になっている。陽じいは学生時代からテニスをしているらしく、今でも腕は鈍っていなさそうだ。俺と陽じい、隣のコートでつゆりと弥涼ちゃんが打ち合っていた。真珠ばあはベンチで俺たちを見守ったり本を読んだりしていた。俺が陽じいに気を遣って、あまり動かないでいいように、フォア側ばかり打っていたら、意図に気づいた陽じいにやさしく怒られてしまった。

「コラ! じいはまだまだ動けるぞ!」と陽じいが言ったので、試しにバック側に打つと、見事なバックハンドで打ち返してきた。70代とは思えないくらい元気な陽じいに毎年驚かされる。俺もこんな年の取り方をしたいな、としみじみ思う。

 隣のコートでは、まるで中学生の全国大会の決勝のような白熱した試合が繰り広げられていた。弥涼ちゃんもテニス部に所属していたらしく、昨年の最後の大会で全国まで行ったらしいので、実力はあるようだ。つゆりが強いことは知っていたが、弥涼ちゃんもつゆりと同程度の実力があるようだ。そういえば、昨年の県大会の決勝戦は二人が対戦して、僅差でつゆりが勝っていたのを思い出した。全国大会では、お互い準決勝で負けてしまったので、当たることはなかったが、二人とも中学生ではトップクラスの実力があるのは証明されている。つゆりの得意な戦法は、ミスの少ない粘り強さだ。体力があるため、自分がミスをしないように気をつけ、相手のミスを誘う戦法だ。一方、弥涼ちゃんは自分で決めにいく戦法だ。チャンスボールが来たと思ったら、ミスを恐れずに、逃さず決めにいく。時々、ミスショットをする時もあるが、一度決まるといい流れに乗ることができ、あっという間に点数を重ねる。対照的な二人だが、この二人がダブルスペアを組むと、最強なんじゃないかと、密かに思い、いつか見てみたいな、と思っている。二人の今日の対戦結果は、セットカウント2―1で弥涼ちゃんの勝利だった。どうやら県大会の屈辱を晴らしたようだった。

 二人の激しい試合が一段落した後で、俺と陽じいペア、つゆりと弥涼ちゃんペアでダブルスを組んで試合をしてみないかと提案すると、みんな賛成してくれた。まさか、こんなすぐにつゆりと弥涼ちゃんのダブルスを見られると思っていなかったので、少しワクワクしていた。さすがに陽じいがいたので、つゆりと弥涼ちゃんも先程までの熱さはなかったが、真面目にやってくれているようだった。その結果、俺と陽じいペアがあっさり勝つことができた。なぜなら、つゆりと弥涼ちゃんは全然息が合わずに、全部自分で返球しようとして、お互いの邪魔をしていたので、ミスが多かったからだ。俺は、先程密かに思っていたことを前言撤回することにした。


 いい運動をした後は、どこかで昼食をとることにした。陽じいがどこでも好きなところへ行こうと言うと、つゆりと弥涼ちゃんが声を揃えて「中華が食べたい!」と言った。テニスの息は合わなかったが、食べ物の志向は似ているようだった。ということで、街の中華店で昼ご飯を食べることになった。陽じいが驕るということで、つゆりと弥涼ちゃんはとりあえず、麻婆豆腐、エビチリ、回鍋肉、八宝菜、春巻き、チンジャオロース、中華スープを注文していた。ガッツリメニューが多いと思ったので、陽じいと真珠ばあが少し心配だったが、杞憂だった。二人とも美味しそうに食べていたので、その姿を見て安心した。

 その後は公園を散歩したり、小さな雑貨屋さんに寄ったりしながら、ゆっくりと家に帰った。帰り着くと、陽じいと真珠ばあは、ゆっくりとした動きでソファに腰かけた。二人は朝から動きっぱなしだったので、疲れているように見えた。俺は二人の疲れを癒すために、ハーブティを淹れて、二人に提供すると、喜んで飲んでくれた。

 陽じいと真珠ばあは、リビングで読書をしたり、話をしたりしていたので、俺も近くで読書をしたり、会話に参加したりしていた。つゆりと弥涼ちゃんは、まだ体力が余っているようで、ゲームで対戦していた。そんなことをして過ごしていると、あっという間に夜になり、今度は近くの温泉に行くことになった。

 温泉では、俺と陽じいの男二人になったので、みんながいる時の会話とは、話す内容が変わった。温泉に浸かって癒されていると、隣にいた陽じいが話しかけてきた。

「翔! お前、好きな人はいるのか?」

「なっ! なんだよ、急に!」

「いや、ちょっと気になってな! 翔もそういう年頃かと思って…」

「この話題って、友達同士の会話じゃないのか?」

「そんなことはないぞ! じいも若い人の恋愛には興味がある!」

「そんなもんなのか…」

「で、どうなんだ? じいの予想だといるような気がするんだけどな…」

「なっ! なんでそう思うんだよ!」

「否定しないってことは、図星ってことじゃないのか?」

「くそ! はめられた!」

 陽じいは精神科医なだけあって、人の気持ちを理解する能力が高い。この共感能力を上手く使って、相手を誘導することにも長けており、俺はいつもはめられていた。

「朝、一目見た時から、なんとなくいつもと違うことには気づいていた。なんかこう…前よりも明るくなった感じがしたんだが…」

「そうか? 自分ではよく分からないけど…」

「昨年、何か新しいことを始めたんじゃないか?」

 陽じいがそう聞いてきたので、俺は相談部のことを詳しく説明した。

「ほう…。ということは、その如月牡丹ちゃんのことが、好きってことなんだな!」

「いや! なんでそうなるんだよ!」

「だって、話を聴いている限り、相思相愛な感じがするんだけどな!」

「そんなわけないだろ! 牡丹さんの好きな人は他にいるんだから…」

「そうなのか!? 誰だ?」

「霜月時雨だよ! イケメンで一番人気の!」

「おぉ、翔と一緒に相談部を作った人だな!」

「そう! ビックリするくらいイケメンでやさしいから、みんなにモテるんだよ!」

「如月牡丹ちゃんもその人のことが好きと?」

「あぁ! 相談部で逢った時から分かってた!」

「じいは、違うと思うんだけどなぁ…」

「陽じいは話を聴いただけで、実際に見てないだろ! あれは分かりやすいから!」

「そうか……」陽じいはそう言ったが、顔を見る限り納得していないように感じた。そして続けて「まぁいい! じゃあ、翔の好きな人はイギリスから来た、ブルーベル・エイプリルちゃんかの?」と言った。

「いや、だからなんでそうなるんだよ! たしかにベルさんは、美人で魅力的でよく見惚れることがあるけど、好きとじゃ…」

「それって、好きっていうことじゃないのか?」

「それは違う! 陽じいだって、好きじゃなくても綺麗な人を見ると見惚れることはあるだろ? 男の本能的なやつだよ!」

「そう言われればそうだが……。じゃあ、一体誰が好きなんだ? 人気インフルエンサーの雛月弥生ちゃんか? 翔に告白した藤皐月ちゃんか? それとも一年生の誰かかの?」

「なんでそんなに俺の好きな人を知りたいんだよ? 今までこんな話、してなかったのに! 陽じい、どうしたんだ?」

「それは……翔が変わったことが嬉しかったからだ」

「え!?」

「今までの翔は他人に興味がなく、自分の中に籠りっきりだった。何をするにも表情を変えず、せっかくの人生を楽しんでないように見えた」陽じいにそう言われて、俺は返す言葉がなかった。陽じいの言うとおりだったからだ。そのまま俺は、陽じいの言葉に耳を傾けた。

「でも、今の翔は違う! それは見た瞬間に分かった! 目に光が宿っているように見えた! それが嬉しくて嬉しくて…」陽じいは少し涙ぐんでいるようだった。そして続けて「それで何があったのか、聞きたくなったんだ」と言った。

陽じいは昔から俺やつゆりのことを可愛がってくれていたので、心配だったのだろう。今までこんな風にはっきりと言ってこなかったのは、俺のことを信じてくれていたからだろうと思う。こんなに心配をかけているとは思わなかったので、少し申し訳ない気持ちになった。

「ごめん…。心配かけて…」

「孫っていうのは、じいやばあに心配をかけるのが当たり前だ! そんなに気にするな」陽じいはそう言って俺の頭をゴシゴシ撫でた。

「ありがとう」俺は陽じいに言った。

「で、結局、翔の好きな人は誰なんだ?」陽じいが話題を戻してきたので、俺は逃げるように頭のてっぺんまで温泉に浸かった。


 ここの温泉にはサウナがあったので、最後にサウナに入ることになった。実は陽じいはサウナーでもあり、旅行先でサウナを見つけては、度々入っているようだ。近年、サウナが注目を浴び、サウナブームが起きているらしいが、陽じいは若いころから、サウナーだったらしく、自称サウナー仙人と言っている。

 空前のサウナブームのおかげで、科学界でも注目されており、様々な研究が行われ、サウナの効果についても、いろんなことが分かってきている。サウナの後に「ととのう」ということばをよく聞くが、この「ととのう」というものが実際にどういうものか、解明されている。「ととのう」とは、サウナ後の心身ともに非常に調子がいいと感じられる状態のことを言うらしい。これは、リラックスしているが、眠いわけではなく、むしろ清明に意識が晴れている状態のことだ。医学的に言うと、血中に興奮状態の時に出るアドレナリンが残っているのに、自律神経はリラックス状態の副交感神経優位になっている状態のことだ。これは人間にとって稀有な状態らしい。

 サウナには素晴らしい効果がたくさんある。まずは、脳疲労が取れて頭がスッキリすることだ。脳疲労の主な原因は、ボーっとしている時にもいろんなことを考えてしまい、脳の70~80%のエネルギーを奪われることだ。これはDMNデフォルト・モード・ネットワークと言って、脳が意識的に活動していない時に働いてしまう脳回路のことだ。これは脳が自動的に考え始めてしまうので、意志の力ではどうにもならない。このDMNの消費量を減らすことで、脳が最大限のパフォーマンスを発揮することができる。そしてそれにはサウナがうってつけというわけだ。サウナは人体にとって、非日常的な危機的状況であり、強制的に思考を停止させるので、DMNの消費量を減らすことができる。これにより、脳がスッキリすることができるのだ。

 サウナに入ると、決断力と集中力がアップする。その理由は、脳の中でアルファ波と呼ばれる、リラックスしている時に出る脳波が正常化するためだ。アルファ波が正常化すると、認知機能や集中力の向上に繋がることが報告されている。また、アイデアをひらめきやすくする効果もある。サウナに入った後は、右側頭頂葉の一部にベータ波が増加することが分かった。ここは感覚を司る領域が活動しているということなので、アイデアが浮かびやすくなるということだ。

 感情的になることもなくなる。サウナに入って人体を危機的状況に置くと、自律神経が刺激され、鍛えることができる。自律神経とは、血流や臓器を司っている人体の生命維持システムのようなもので、交感神経と副交感神経に分かれている、これらを鍛えると、日常生活でも交感神経と副交感神経の切り替えがスムーズになり、メンタルが安定しやすくなるということだ。

 また、サウナの効果で、体調の改善もできる。深い睡眠ができるようになったり、日中の眠気も防ぐことできたりするということなので、睡眠で悩んでいる人は、一度試してみるといいだろう。さらに、身体的な疲労も取ることができ、肩こり、腰痛、眼精疲労を改善できるらしい。その理由は、温熱効果によって凝り固まった筋肉がやわらぎ、血流が増加するため、疲労物質を運び去り、スッキリさせてくれるらしい。万病の元とされる炎症も減り、活性酸素が減少するということもあるようだ。

 サウナに入った後は、味覚、触覚、嗅覚などの五感が敏感になることもある。これは先程も言った、脳の右側頭頂葉が活性化するからだ。サウナ後には、薄味の料理でも深く味を感じたり、今まで気づかなかったにおいに気づいたりすることがある。さらに、サウナは肌を綺麗にしてくれる。サウナで汗をかいたり、血流が促進されたりすることで、肌の新陳代謝が促進され、綺麗になるということだ。

 サウナにはこんなにも良い影響があるにも関わらず、それを知らない人がまだまだ多いようだ。それに、たまにサウナに入ると言う人でも、入り方を知らずに自己流で入っている人をよく見かける。この人たちは、間違った入り方のせいで、せっかくのサウナの良い効果を得ることができない。それは非常にもったいないことだと思う。

 サウナは大きく分けて2種類ある。ドライサウナとウェットサイナだ。ドライサウナは温度が高く、湿度が低い。一方、ウェットサウナはドライサウナと比較して温度が低く、湿度が高い。個人的には、フィンランド式のウェットサウナが一番好きで、オススメだ。

 サウナの効果を得るための医学的に正しい入り方は、サウナ~水風呂~外気欲で1セットを3、4セット行うのが基本だ。各セットの間に体を洗ったり、温泉に浸かったりするのはいいが、1セットの間に他の行動をしてはならない。1セットの途中で何かを挟むと、サウナの効果を薄めてしまうからだ。特に水風呂から外気欲の間は、できるだけスムーズに行動することが大切になる。また、安全のために、各セットの合間に水分補給をすることも忘れてはならない。

 陽じいに教わった俺流のサウナの入り方は、まず入る前に体や髪を洗い、身を清める。そして室内ではなるべくヒーターから離れた場所にあぐらで座る。そのままの状態で脈が平常時の二倍になるか、背中の中心が温まったら出る。そして、息を吐きながら水風呂に入る。他に人がいない時は浮遊した体勢になる。脈が平常時に戻ったら、水風呂から出る。出たら、体をタオルで拭き、外気欲に当たるため速やかに移動し、横になるか、椅子に座る。そして、5分から10分で終える。よく聞く「ととのう」という現象が起こるのは、水風呂から出たタイミングで始まるようで、たった2分しかないので、いかにスムーズに移動するかが重要になってくる。この入り方で、俺と陽じいは「ととのう」を体験している。基本さえ守っていれば、多少アレンジしても効果を得ることはできるので、自分なりの入り方を試して欲しいと思う。俺と陽じいは、今日もいつも通りの手順で行い、ととのった状態で、温泉を上がった。


 俺たちは温泉の帰りに、地中海食料理を食べにレストランに寄った。つゆりと弥涼ちゃんは、昼にあれだけ食べていたのに、夜もしっかり食べていた。俺は、成長期だからお腹が空くのだろうか、と思いながら二人の姿を見ていた。そして、家に帰り着き、各々リビングでテレビを見たり、読書をしたり過ごし、午後10時になると陽じいと真珠ばあが寝るということだったので、リビングの物を片付けて布団を敷き、俺たちも部屋に戻って、就寝することにした。弥涼ちゃんは、俺の後ろに付いて来て、自然と部屋に入ってきた。どうやら俺と一緒に寝るつもりだったらしいが、つゆりに連れ出され、結局、空いていた松さんの部屋で寝ることになった。


 翌日、1月4日、朝の6時、俺が起きた時は、すでに陽じいと真珠ばあも起きており、陽じいはすでに散歩に出かけていた。俺も準備をして、散歩に行こうとすると、真珠ばあが「一緒について行ってもいいかい?」と尋ねてきたので、了承した。真珠ばあと一緒なので、あまり速いペースだといけないと思い、真珠ばあの歩くペースに合わせるように歩いた。そのまましばらく歩いていると、真珠ばあが話しかけてきた。

「翔くん、ありがとうね。ばあのペースに合わせてくれて…」

「別に感謝されるようなことじゃないけど…」

「そんなことないわよ。その気遣いが、ばあは嬉しいの」

「それなら、俺もばあにありがとうだな! ゆっくり歩くおかげで、いつもよりいろんなことに気づくことができるから!」

「そうなの?」

「あぁ! たとえば……ほら! 今日の空は晴れていて気持ちいいなぁとか、あの雲はテニスラケットの形をしているなぁとか!」

「フフッ、そうね!」

「いつもだと気づかないことに気づくことができるから、ゆっくりの散歩もいいね!」

「そうね……。ほんと、翔くんはやさしいわね」

「真珠ばあがやさしいから、俺も真似しているだけだよ!」

「そうだったの! 嬉しいわ」真珠ばあは意外そうな顔をして驚いてから笑顔になった。真珠ばあは、謙虚な性格なので、自分がやさしいということを自覚していないのだろうと思う。

「それに、ばあには翔くんが少し変わったように見えるの」真珠ばあは続けて言った。

「変わった?」

「えぇ、前の翔くんもクールでカッコよかったけど、今の翔くんは、少し明るくなった気がするの」

「そんなに変わったかな? 自分ではよく分からないんだけど……。昨日、陽じいにも同じこと言われたよ!」

「そう……。フフッ、そんなものよ。ばあたちは久しぶりに翔くんたちに会ったから、変化に気づきやすいのよ」

「真珠ばあも、今の俺の方が良いと思うか?」

「フフッ、ばあは、どっちの翔くんも好きよ!」真珠ばあはお茶目な感じで言った。

「そっか…」俺は真珠ばあの答えを聞いてホッとした。

「でも、翔くんのことだから、きっと女子にモテモテでしょうね」

「なっ! 全然そんなことないから!」俺は全力で否定したが、真珠ばあは笑って信じていないようだった。それに陽じいに似ているな、とも思った。

 それからは、少し恥ずかしくなったので、風景を解説しながら散歩を続けた。


 今日は朝から街でショッピングしたり、ゲームセンターで遊んだり、カフェでまったりしたりした。家に帰り着いた時は、午後4時を過ぎていた。夜は、陽じいが地域の行事に参加することになっていたので、もっと早く帰るつもりだったが、本人が気にしていない様子だったから、思ったよりも時間が掛かってしまった。少し心配したが、陽じいは「まだまだ元気は有り余ってるぞ!」と言って元気アピールをしていた。

 陽じいが参加する行事というのは、俺の家の近くの神社で行われる伝統行事だ。川沿いにある神社で1000年以上前から行われている伝統行事で、2メートルの松明を持った締め込み姿の人たちが川を渡り、渡った先に作られた10メートル程の高さのどんど(竹、藁、ひのきの枝などを集めたやぐら)に火をつけて、1年の無病息災と五穀豊穣を祈願するらしい。陽じいは毎年この行事に参加しているが、俺は参加したことがない。今までは真珠ばあとつゆりと弥涼ちゃんと一緒に、陽じいが川を渡るのを見ているだけだった。正直、この寒い中、なぜ川を渡るのか理解ができないが、陽じいが楽しんでいるので、気にしないことにした。それに俺は泳ぎが苦手だから、もしものことが起きた時のリスクが高すぎる。そして、午後7時になった時、陽じいが動き出した。

「よし! じゃあ行くか! 翔!」ソファに座っていた陽じいが立ち上がり言った。

「え!? どこに?」

「どこって、川渡りだよ!」

「いや、渡るのは8時からだろ! 見に行くには早いと思うんだけど…」

「渡る人は早めに行った方がいいだろ?」

「だから陽じいが早く行くのは分かるけど、俺はまだ早いって!」

「何を言ってるんだ! 今日は翔も渡るんだよ!」

「はっ?」俺の理解が及ばないうちに、陽じいに腕を掴まれて、無理やり連れていかれてしまった。三人に助けを求めたが、真珠ばあは、やさしく微笑みながら見送り、つゆりと弥涼ちゃんは、なぜか嬉しそうな表情をしているように見えた。

 

 俺は陽じいに連れられて川近くにある平屋にいた。そこには10代から70代くらいの年齢幅のある男性が数十人いて、締め込み姿に着替えていた。俺もそこで締め込み姿に着替えさせられてから、外で焚火に当たり暖を取っていた。向かい側には、俺と同じくらいの年に見えるチャラそうな三人の男がいた。一人が締め込み姿で、残りの二人はその男を撮影しているようだった。もしかしたら、弥生さんと同じインフルエンサーかもしれない、と思いながら見ていると、後ろから「あ! お兄ちゃん!」という声が聴こえたので、振り返ると、つゆり、弥涼ちゃん、真珠ばあと一緒に、なぜか相談部のみんなと七海さんまでいた。

「Oh! 翔サン、たくましい姿デスね!」ベルさんが元気な声で言った。

「翔くんは勇者だニャァ!」カスミンが他人事のように言い、霞さんは頷いていた。

「今回のような修業は我もしたことがない! さすが我が認めた同胞だ!」桔梗さんが堂々した態度で言った。

「煩悩を消すことができるかもしれないから、先輩にはいいかもですね!」ひまわりさんが笑いながら言った。

「もし溺れたら、私が助けます!」七海さんが頼もしいことを言ってくれた。

「頑張ってね! 翔くん! 応援してるから!」牡丹さんはなぜか俺よりも張り切っているように見えた。

「いや、それよりも何でみんながいるんだ?」俺は、気になっていたことをようやく尋ねることができた。

「あ! それは私が連絡をしたからだよ。お兄ちゃんが川を渡るから、よかったら見に来てね! って送ったら、みんな来ちゃった!」つゆりはテヘッとしながらお茶目な感じで言った。

「翔兄にいつの間にこんなに女ができていたとは! ウチも負けられない!」弥涼ちゃんは周りのみんなを見ながら、何かを誓っていた。

「それにしても、こんな寒い日によく川を渡れるな! さすが翔だ!」紫苑が笑いながら、バカにしたような感じで言っている気がしたので少しイラっとした。

「そうだな! 翔が参加するとは思わなかったよ! どうしたんだ?」時雨も笑いをこらえながら、俺に尋ねてきた。

「俺だって出たくないけど、じいちゃんに無理やり連れて来られたから、仕方なく…」俺は経緯を簡単に答えた。

「そっ、そっか! まぁ、頑張れ!」時雨は笑いをこらえるのが限界な様子で言ったので、イラっとして、反撃することにした。

「そうだ! せっかくなら二人も一緒に渡らないか? 結構楽しいかもしれないぞ!」俺は時雨と紫苑に提案した。

「え!?」二人は声を揃えて、いきなりの提案に驚いているようだった。

「それはいいデスね! 二人が一緒なら翔サンも心強いデスね!」ベルさんが俺の提案に賛成してくれた。

「三人揃えばなんとやら、って言うしな!」桔梗さんも賛成してくれた。

「い、いや、俺たちはちょっと…」紫苑が焦った様子で言った。

「こんな日に川を渡るなんて、翔くんはカッコイイニャ!」カスミンがそう言ったのを聞いて、紫苑が少し反応しているようだった。

「そうだね! 寒さに耐えられる男の人って、強くてカッコイイね!」七海さんがカスミンの意見に同意すると、紫苑は少し揺らいでいるようだった。

「それに、頭もスッキリするから、勉強で一位になれるかもしれないね!」ひまわりさんのこの発言で、あと少しのようだった。

「逆に川を渡れない人ってカッコよくもないし、そんなんじゃ、いつまで経ってもお兄ちゃんに勝てるわけないよね!」つゆりがとどめの発言をして、紫苑の考えはまとまったようだった。

「し、仕方ないな! そこまで言うなら、俺も一緒に渡ってやるよ!」みんなの支援により、作戦通り、紫苑の考えを変えることに成功した。が、もう一人、難敵がいた。

「お前も渡るのか!?」時雨がビックリした様子で紫苑に言った。

「あぁ! 時雨も一緒に渡ろうぜ! そうすればいろんな人にモテまくるぞ!」紫苑は時雨の肩に腕を回して、誘い始めた。

「いや、俺は別にモテることに興味ないから!」時雨は焦った様子で答えた。

「そんなこと言わずにさぁ! 俺とお前の仲だろ?」思っていたよりも紫苑が粘ってくれたので、時雨も少し迷い始めたようだった。

「時雨くんの渡る姿も見てみたいかな!」牡丹さんがそう言うと、時雨も折れたようだった。というより、牡丹さんがいつの間にか、時雨くんという呼び方になっていることが、なぜか気になった。

「でも、こんな急に言っても準備ができないんじゃないか?」時雨が現実的な疑問を投げかけてきた。

「それは心配しなくてもいい! 渡る人はいつでも大歓迎だ!」後ろから突然締め込み姿の陽じいが現れて、そう言った。

「陽じい!」俺は少しビックリしながら振り返った。

「こんばんは!」牡丹さんが最初にあいさつすると、続けてみんなもあいさつしていた。

「こんばんは! この人たちが翔の言っていた、相談部の人かな?」陽じいはみんなを見回しながら尋ねてきた。

「あ、あぁ! そうだけど…」俺は答えた。

「ホー! みんな翔の言う通りべっぴんさんが多いのー!」陽じいが少し興奮気味に一人ひとりジロジロ見ながら言うと、みんなは照れているように見えた。

「お! その髪色! もしかしてキミがブルーベルさんかな?」陽じいはベルさんを見ながら尋ねた。

「ア! ハイ! ブルーベル・エイプリルデス!」ベルさんは丁寧な態度で答えた。

「じゃあ、キミが如月牡丹さん!」陽じいは隣に立っていた牡丹さんに視線を移して、尋ねた。

「はい! 如月牡丹です! 翔くんにはいつもお世話になっています!」牡丹さんも丁寧な態度で答えていた。

「じゃあキミが…」陽じいがそこまで言いかけたところで、俺は間に割って入った。

「いや、もういいから! てか、陽じいは何しに来たんだよ?」

「孫が初めて川を渡るから、元気づけようと思って来たんだが……。その心配は杞憂だったな!」陽じいは相談部のみんなを見回しながらやさしい声で言った。

「まぁ、そうだな……。それよりも、この二人も渡るらしいから、準備を手伝ってくれないか?」そう言いながら、俺は陽じいに時雨と紫苑を突き出した。

「おぉ! 威勢がいいな! 分かった、じゃあ早速着替えに行くか!」陽じいは二人の肩をポンポンと叩き、笑いながら言った。

「川を渡れる俺ってカッコイイですか?」紫苑が陽じいに尋ねた。

「あぁ! カッコいいぞ!」陽じいがそう答えると、紫苑の目は輝き始めた。

「はぁ、ここまで来ると、もう断りづらいな」時雨も諦めて、川を渡る覚悟を決めたようだった。

 そして時雨と紫苑の二人は、陽じいと一緒に平屋に向かった。その三人の後ろ姿を見送っていると、パシャッ、パシャッという写真を撮っているような音が聴こえたので、音のする方に視線を送ると、皐月さんが一眼レフで、俺を撮っていた。

「皐月さん!」俺が思わず声を上げてしまうと、みんなも皐月さんに注目していた。

「あ! 翔くん、こんばんは! 今日は翔くんの勇姿をみることができて、本当に感激です!」皐月さんはそう言い、また、パシャッ、パシャッと写真を撮り始めた。

「いや、見世物じゃないから、さすがに恥ずかしいんだけど…」俺は正直な気持ちを言った。元々写真を撮られるのは苦手な方で、恥ずかしくなってしまうので、昔から写真写りが悪かった。

「お! 翔くんの照れ顔ゲット!」皐月さんはお構いなしに撮っていた。

「ちょっと皐月! 翔くんが嫌がっているでしょ!」弥生さんが少し遅れてやってきて、皐月さんの一眼レフを取り上げた。その弥生さんの姿が、俺にはヒーローに見えた。

「チッ! せっかく翔くんの勇姿を収めていたのに…。邪魔しないでくれる?」

「翔くんが嫌がっていたでしょ!」

「その写真は私の大事なコレクションの一つになるんだから、誰にも見せないよ!」皐月さんのこの発言を聞いて、俺は寒気が増した気がした。もしかして、皐月さんは他にも俺の写真を持っているのだろうか、と思ったからだ。

「そんなの! ズルい! 私も欲しい!」この辺から少しずつ弥生さんの発言がおかしくなっていき、いつも通りの言い合い合戦が始まった。

「それなら自分で撮ればいいでしょ!」

「私は、翔くんが嫌がることはしないもんね!」

「でも、弥生も欲しいんでしょ?」

「くっ! それは…」

 いやいや、そこは全然迷うところじゃないだろ! と俺は心の中でツッコミを入れていると、先程、焚火の向かいで騒いでいた三人の内の、締め込み姿のチャライケメンがこっちに近づいてきた。

「あれ? 弥生と皐月じゃん! チャオチャオ!」チャライケメンは弥生さんと皐月さんに声を掛けていた。どうやら知り合いのようだった。

「あ! 流星くん、いたんだ! チャオチャオ!」弥生さんはあっさりとしたあいさつを返した。

「もしかして二人とも、俺の勇姿を見に来てくれたのか?」チャライケメンは嬉しそうな表情を浮かべて尋ねていた。

「そんなわけないでしょ! どうして私があんたなんかを見に来るの?」皐月さんが辛辣な言い方で言った。

「え? だって俺たち友達だろ?」チャライケメンは言った。

「私とあなたが友達? 冗談も休み休み言いなさい! 私とあなたは、ただの知り合いってだけだから!」皐月さんはチャライケメンに対して、妙に厳しく接しているように見えた。

「そんなこと言って! 照れなくてもいいからな」チャライケメンは、皐月さんの言葉を照れ隠しと思っているようだったが、俺からは本気に見えた。

「ところで、流星くんはどうしてこんなところにいるの?」弥生さんが話題を変えた。俺もそれが懸命だと思った。でなければ、皐月さんの怒りが今にも爆発しそうな感じだったからだ。ここまで怒っている皐月さんを見たのは初めてだったので、少しビックリした。

「俺か! もちろん、川を渡るためだ! こんな寒い日に川を渡るなんて、絶対バズるからな! てか、知らなかったのかよ!」俺の予想通り、彼はインフルエンサーのようだった。だから、弥生さんや皐月さんと知り合いなのだろう。

「そうなんだぁ! 流星くんも頑張ってね!」弥生さんは営業スマイルをして、彼を応援していた。

「おう!」彼も笑顔で答えていた。

「りゅっ、流星くんって! もしかして、あの三日月流星くんですか?」弥涼ちゃんが声を震わせながら尋ねた。

「ん? そうだけど…。もしかして、キミも俺のファン?」彼が弥涼ちゃんの質問の人物であると認めると、みんな「えーー!!」といって驚いていた。

「まっ、まさかこんなところで、あの三日月流星くんに会えるんなんて!」つゆりが信じられないというような驚いた顔をして言った。

「いつも歌やダンスを観ていマス!」ベルさんはそう言いながら、彼と握手をしていた。

 どうやら、俺が思っているよりも彼は有名人らしいので、みんなが彼に注目している間に、皐月さんからこっそりと情報を聞き出すことにした。皐月さんの話によると、彼の名前は三日月流星みかづきりゅうせいといい、俺たちと同じ高校二年生で、今若者の間で絶大な人気を誇っているインフルエンサーらしい。総フォロワー数は弥生さん以上の、200万人を超えているらしく、高い運動能力を駆使して、いろんなことに挑戦したり、たまに過激な動画をアップしたりしているらしい。性格は俺様系で、いつも自分が世界の中心であるかのように行動しているらしい。生まれ持ったイケメン顔とその性格で、世に中の若い女性を虜にしているらしい。ここまで聞いて、紫苑みたいな人のように思ったが、皐月さんの反応からして、それ以上のような気がした。

「ハハッ! さすが俺だな!」三日月さんは、有頂天になっているようだった。

 そんな時、締め込み姿の時雨と紫苑が戻ってきた。

「うわ、さっむ!」と紫苑は言いながら、二人とも自分を抱きかかえるような体勢で焚火に温まりに来た。

「時雨!?」三日月さんが時雨を見て、びっくりしたような顔で言った。

「ん? もしかして、流星か?」時雨も三日月さんの顔を見ながら答えた。

「ハハッ! 久しぶりだなぁ! 元気にしてたか?」三日月が慣れた様子で時雨に尋ねた。

「まぁ、それなりに…。流星は…元気そうだな」時雨はいつもより少しテンションが低いように見えた。

「当ったり前だろ! 俺を誰だと思ってる! 三日月流星だぞ!」皐月さんに聞いた通り、暑苦しい印象を抱いた。

「え!? 何? なんで三日月流星がこんなところにいんの? それに時雨と知り合いかよ!」紫苑が驚きを隠せずに発言していた。

「お! お前も結構カッコいいなぁ! 時雨の友達なのか?」三日月さんは興味を持った様子で紫苑に尋ねた。

「まっ、まぁな! 俺は神無月紫苑! 時雨と翔の友達兼ライバルだ!」紫苑は堂々とした態度で答えた。ほんとこいつは誰に対しても変わらないな、といい意味で感心した。

「なに? 翔……だと!?」なぜか三日月さんが俺の名前に反応して鋭い目つきになっていた。そして「どいつなんだ? 翔っていうやつは?」と少し怒っているような言い方で質問してきた。

「あんたなんかに教えるわけないでしょ! 早くここから立ち去ってくれないかな?」皐月さんが俺の前に立って言った。まるで三日月さんから俺を隠しているようだった。

「翔ってやつがいるんだろ? どいつなんだ?」なぜか三日月さんはケンカ腰だった。

「そんなことより、流星くん! もうすぐ時間でしょ! いろいろ準備があるんじゃない?」弥生さんが焦った様子で話題を逸らしていた。

「そういえば、お前たちは俺がいることを知らなかったよな? なのに、なんでここにいるんだ?」三日月さんは質問したが、二人とも無言を通したので、続けて「もしかして、俺じゃなく、翔ってやつを見に来たんじゃないのか?」と再度質問した。この質問にも二人とも無言で対応し、少し困っている様子だったので、俺は皐月さんの前に出て、自己紹介をすることにした。正直、関わりたくない相手だったが、なぜか俺に敵意を抱いている感じがしたので、そのことを確認したかったからだ。

「あのー、水無月翔は、俺ですが…」

「は? お前が、水無月翔なのか?」三日月さんは一度で信じてくれなかった。

「はい…」俺が答えると、三日月さんは俺をジロジロと品定めするように見回した。

「ふーん。こいつが、弥生と皐月の…」三日月さんは俺を一通り見てから、何か納得したような顔をした後、「フッ! 俺の方が断然イケてるな!」と呟いた。

「まぁ、そうですね」俺は事を荒げないために同意した。

「フフッ、あなたが翔くんよりもイケてるって? そんなはずないでしょ!」皐月さんが煽るように言った。

「いや、俺の方がカッコいいし、稼いでるし、ファンも多い! 他でも俺の方が優れているだろう!」三日月さんは自信満々な態度で言った。

「いーや、翔くんの方がカッコいいし、誠実だし、やさしいし、あんたなんかより魅力的だから!」皐月さんがムキになって言ってくれた内容を聞いて嬉しかったが、少し恥ずかしさもあった。

「それってほとんど内面じゃねぇか! そんなの他人は分からねぇだろ! 俺のは全て客観的な事実だ!」感情的に言い争っていると思っていたが、三日月さんは結構論理的な考えをしているようだった。

「量が多くても質が悪かったら、たいしたことないでしょ!」皐月さんも粘って反論していた。

「俺自身の質がいいから、問題ないんだよ!」三日月さんもなかなか引き下がらなかった。というより、おそらく絶対に引き下がることなんてないだろう、とこのやり取りを見ていて思った。

「あんたもたいしたことないけどね!」皐月さんが辛辣な言い方で言った。

 一触即発な状況だったが、集合の合図があったので、とりあえず事なきを得た。俺たち川を渡る組は、一度平屋に集合して、説明を受けた。その時、時雨から三日月さんとの関係を聞いた。時雨の話によると、こっちに引っ越してくる前の学校で一緒だったらしい。昔はたまに一緒に遊ぶこともあったらしいが、別れて以来、連絡を取ることはなかったらしい。時雨も三日月さんのことが少し苦手なようだった。紫苑とどう違うのか尋ねると、紫苑はまだ共感能力がある方だが、三日月さんは共感能力がほとんどなく、俺様中心という思考の持ち主らしい。それで多くの人を巻き込んで、騒いだり、迷惑かけたりするらしいが、本人は全然気にしていないらしい。それで一部からは暴君と呼ばれているらしい。そんな性格が功を奏して、SNSではバズったらしく、今の地位を獲得したようだった。過激な動画をアップし、何度炎上しても、本人が気にしないので、それを面白いと思った人たちが、少しずつ増えていったらしい。そのメンタルの強さは、見習うところがあるかもしれない、と思った。

 

 それから、俺たちは外に出て、松明に火を灯し、縦一列に並んで、川を渡る準備をした。先頭は陽じいで、その後ろに俺、紫苑、時雨の順で並んだ。三日月さんはもっと後ろの方だった。思ったよりも松明が重く感じたので、無事に渡れるか少し不安になった。その時、後ろに並んでいた紫苑が「なんかワクワクするな!」と声を掛けてきたので、それで俺の不安も和らいだ。そして、いざ渡り始めると、水温が冷たくて、体が痛かった。川の深さは俺の胸の辺りだった。途中で水温に慣れてきたが、その時にはすでに川を渡り終えそうだった。全員が渡り終えると、半分に分かれて一列に並び向かい合った。そして走りながらすれ違いざまに松明をぶつけ合った。それを何回かした後に、松明をどんどに立てかけて、全て焼いた。これで川渡りは終わりである。帰りは、吊り橋が掛かっているので、それで安全に戻ることができた。個人的には最初から吊り橋で渡ればいいのに、と思っていたが、口には出さなかった。

 戻ると、みんながやさしく出迎えてくれたが、そんなことよりも早く暖を取りたかったので、俺たち三人はすぐに平屋に向かった。陽じいは寒さを感じていない様子で、堂々としていた。おそらく年のせいで感覚が鈍っているのだろうと思うことにした。陽じいは片付けがあるということだったので、みんなは先に帰り、俺が残って片づけを手伝った。片づけが終わり、二人で帰っていると、陽じいが話しかけてきた。

「翔! どうだった? 川渡りは?」

「うーん……まぁ、やってみてよかったかな! 来年は絶対にしないけど…」

「そうか! やってよかったか! ならよかった!」陽じいは嬉しそうだった。

「ありがとな! 誘ってくれて」

「翔は知識が豊富だが、経験がまだまだだ! だから、いろんなことを経験してほしいと思っている! 一度きりの人生だからな!」陽じいは満面の笑みでそう言った。

「まぁ、ほどほどに頑張るよ」

「それと、つゆりちゃんと弥涼ちゃんを頼んだぞ!」

「あぁ! てか、その言い方だと、陽じいがもうすぐ死ぬみたいに聞こえるんだけど」

「何をいうか! じいはまだまだ死なんぞ!」


 翌日の朝、陽じいと真珠ばあと弥涼ちゃんが帰る時間になった。弥涼ちゃんは、別れるのが寂しいのか泣いているようだったので、「またすぐに会えるさ」と励ましの言葉を掛けると、すぐに切り替わり「そうだね」と同意してきた。その理由は、弥涼ちゃんが暦学園を受験するらしいので、4月からは一緒だということだった。

「弥涼の成績なら、暦学園じゃなくても他に選択肢はいっぱいあるでしょ?」つゆりが警戒しているような様子で言った。

「ウチはその中で暦学園を選んだの! つゆりちゃんこそ、もっとレベルの高い高校に進学して、一人暮らしでも始めればいいのに!」弥涼ちゃんが煽るように言い返し、二人は睨み合いを始め、バチバチしていた。

「陽じい! 真珠ばあ! いろいろありがとう! 今年も楽しかったよ!」俺はバチバチしている二人をスルーしてお礼を言った。

「ばあの方こそ、ありがとね。翔くんが元気そうでよかったわ」真珠ばあがやさしい声で言った。

「じいも楽しかったぞ! 翔のこともいろいろ聞けたしな! どんな展開になるか、今度会うのが楽しみだ!」陽じいはそう言ってウインクをした。

「え!? 陽じい! それってどういうこと?」つゆりと弥涼ちゃんが真剣な顔で陽じいに尋ねたが、陽じいは知らない振りをしていた。

「次は桜が咲くころに来るわね」真珠ばあが次の予定を言った。

「あぁ! 楽しみにしている!」俺は答えた。

「翔は誰を選ぶんだろうなぁ」陽じいはウキウキしながら、玄関を出て行き、真珠ばあも一度軽くお辞儀をして後を付いていき、弥涼ちゃんも慌ただしく出て行った。

 この時は、またすぐに会えるだろうと思っていた。陽じいも真珠ばあも元気だったし、特に大きな病気もなかったからだ。しかし、人生では何が起こるか分からない。突然事故や災害に巻き込まれたり、重い病気に罹ったりして、命を落とすことが誰にでも起こり得る。人間誰しも、自分は大丈夫と思っているようだが、そんなことはない。そうなった時、少しでも後悔しないように生きていきたいと、俺は思っている。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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