水無月翔は感謝したい!!
みんなは、普段、どのくらい感謝をしているだろうか。毎日、感謝している人もいれば、毎日、感謝されている人もいるかもしれない。感謝とは、ありがたいと感じること、誰かの親切を認め、お返ししようとする気持ち、自分は恵まれていると思うこと、などだ。人は、感謝をすると幸せになり、不満を口にすると不幸になるらしい。こんな研究がある。参加者は一週間に一度、その週で感謝したいことを5つ記録する感謝グループ、不満を5つ記録するグループ、一般的な出来事を5つ記録するグループの3グループに分かれた。それを10週間行ってから、それぞれの幸福感を調べた実験だ。結果は、感謝グループが最も幸せを感じ、不満グループは不愉快になっていた。さらに、感謝を実践した人たちは、より思いやり深くなり、親切になっていたらしい。人は、何かに感謝しようとすればするほど、感謝をする機会を見つけ、感謝を続けると、もっと感謝しやすくなり、幸せを感じるようにできている。
感謝は、人間関係で特に重要であるにも関わらず、蔑ろにしている人が多いように思う。長く付き合っていると、相手が自分の生活に、どれほど良い影響をもたらしているのかを忘れてしまうことがある。毎日顔を合わせ、日々の忙しさに捉われているうちに、相手が自分にとってどれほど重要かを忘れてしまい、いて当然だと思い込んでしまう。そんな人は、失って初めて、相手の存在の大きさに気づき、後悔することになる。
そんな風に手遅れにならないためには、相手に感謝するといいだろう。そうすると、相手のありがたさに気づき、はじめは大切にしていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていたことを思い出すことができるだろう。
つまり、感謝はした方がいいということだ。俺は、日頃から感謝をするように努めている。牡丹さんが俺の話を笑顔で聴いてくれた時、ベルさんが元気に面白い話をしてくれた時、霞さんが落ち着いた様子で床に落とした栞を拾ってくれた時、桔梗さんが異常な熱でオススメのアニメを教えてくれた時、ひまわりさんが素っ気なく俺の間違いを指摘してくれた時など、毎日、どこかで必ず一回は感謝している場面がある。みんなが親切にしてくれていることもあるが、俺は本当にやさしい人たちに囲まれているな、と実感する。
もうすぐクリスマスということで、街もイルミネーションで綺麗に飾られ、どことなく人々も浮かれているような気がした。街を見渡すと、やけにカップルが目に付く。俺が意識しすぎなのだろうか。そんなクリスマスだが、俺はいつの間にか意識しなくなっていた。。なぜなら、一人だったからだ。俺のクリスマスは、普通の一日と一緒で、特に何かあるわけではない。チキンやケーキを食べるわけではないし、ツリーは、小学生以来、ずっと物置で眠っている。プレゼントも、毎年つゆりに買っているが、俺はない。もちろん、ゆのさんが元気な時は、これらを全部していたが、いなくなってからは、何もしなくなった。その期間に慣れてしまったので、特に寂しいという気持ちもなかった。つゆりは友達に人気なので、クリスマスは必ず誰かに誘われ、一緒に過ごしていたから、心配もしていなかった。こんな感じで、俺のクリスマスはいつも通り、運動したり、読書をしたり、自分で食べたい物を作ったりして過ごしている。
そもそも、クリスマスとは、イエス・キリストが生まれてきたことをお祝いする日であり、カップルで過ごす日ではない。そんなことも知らずに、カップルで過ごすと、オシャレで高級なディナー店にカモられるだろう。こういう店は、クリスマスの期間になると通常よりも値段を割り増しするので、それでも構わないというのなら、行ってもいいだろう。
日本でのクリスマスの過ごし方は、一般的にカップルや友達と過ごすことが勝ち組みたいな風潮があるが、その考えはナンセンスだ。一人で過ごしている人は、メリークルシミマス! みたいな言葉も聞いたことがある。しかし、海外では、家族で過ごす日、という国が多く、ベルさんの出身国、イギリスがそうだ。また、サウジアラビアでは、国教をイスラム教に指定していしているため、クリスマスのようなキリスト教の行事を基本的に禁止している。このように、文化の違いによって、考え方も異なるのだから、たとえ一人だったとしても苦しむ必要はない。自分の好きなように過ごせばいいだけだ。一人でゆっくりしたいのなら、無理にパーティーに参加しなくてもいいし、友達数人と過ごしたいのなら、いつも通りの感覚で誘えばいいし、大勢で過ごしたいのなら、パーティーを開いて歓迎すればいい。過ごし方は人それぞれで、世間で言われているような過ごし方が、自分にとって幸せだとは限らない。なので、今年のクリスマスも、例年通り一人で過ごすだろうと思っていた。一週間前までは…。
クリスマスまであと一週間のある日の放課後、俺たちは、いつも通り部室で各々好きなことをして過ごしていた。クライエントも来る様子がなく、このまま何も起こらなければ、落ち着いて過ごすことができるな、と思っていたその時、ベルさんのある一言で、状況が一変した。
「そういえば! もうすぐクリスマスデスね!」とベルさんは唐突に思い出したかのように言った。その瞬間、俺は、部室の空気が一瞬で冷めたような、異様な感覚に陥った。それまで、誰かが話をしていた声が一瞬で聴こえなくなり、一瞬、沈黙が流れた。一瞬だったはずなのに、俺にはもっと長く沈黙が続いたように感じたので、その異様な空気に耐えかねて、言葉を発した。
「そうだな。」と、とりあえず冷静さを保ちながら相槌をしてみた。
「翔サンは、クリスマス、何をして過ごすのデスか?」とベルさんは質問してきた。
「俺か? 俺は特に何も…。」と正直に答えてから、「ベルさんは、どんな風に過ごすんだ?イギリスだと、家族で過ごすのが一般的だと聞くけど…」と質問を返した。
「ワタシデスか! そうデスねー。イギリスでは、毎年家族と過ごしていました!」と今まで過ごし方を答えた。
「じゃあ、今年も家族と過ごすためにイギリスに帰るのか?」と俺は気になったたことを率直に聞いた。
「イエ、イギリスには帰りまセン! 今年は、レオと二人で過ごそうと思っていマス!」とベルさんは答えた。
「そういえば、レオさんも日本に来ていたんだな!」と俺はベルさんの発言で思い出したように言った。
「ハイ! レオもいますので、全然寂しくありまセン!」とベルさんは笑顔で言っているように見えたが、その表情からは少し寂しそうな感じがした。
レオさんが日本に来ていたことは、結構前につゆりから聞いていたので、知っていた。つゆりの中学校に転校して来たその日に、つゆりから「変な人が転校して来た!」と聞いた時は俺も驚いた。まさか、あのレオさんが、日本の中学校に転校してくるなんて、誰が思うだろうか。つゆりの話だと、自分勝手で、いつも自由にしており、学校では暴君と呼ばれているらしい。日本の学校に馴染めないのではないか、と心配したが、なんとかやっていけているようなので、安心した。その代わり、生徒会長だったつゆりは、苦労しているみたいだが…。そんなことを思っている時、俺は、ふと思ったことを提案してみることにした。
「もしよかったら、俺の家で一緒にクリスマス会をしないか?」とベルさんに提案すると、周りのみんなの視線を一斉に感じた。異様な圧を感じ、周りを見ることができなかったので、俺は気づかない振りをして、そのまま会話を続けることにした。
「え!? いいんデスか?」とベルさんは驚いた顔をしているようだった。
「あぁ! まぁ、ベルさんとレオさんがよければ、だけど…」と俺は控えめに言った。
「でも、翔サンとつゆりサンの迷惑じゃ…」とベルさんが心配そうな顔で言ったので、俺は一人で過ごすこと、つゆりは毎年友達の家過ごしているから、おそらく今年もそうなるだろう、ということを説明した。するとベルさんの表情が明るくなった。
「嬉しいデス! ぜひ、一緒にクリスマス会、したいデス!」とベルさんは俺の両手を掴み、目を輝かせながら言った。不意に手を掴まれたので、ベルさんの手の温もりを感じ、俺も温かい気持ちになった。そしてベルさんの顔を見ると、胸がドキッとした。
「ま、まぁ、レオさんの都合にもよると思うから、もし大丈夫そうだったら、また教えて…」と言いかけた時には、ベルさんはスマホを取り出し、レオさんに連絡をしていた。そして、レオさんもすぐに応じ、電話越しに「参加するから、丁重にもてなせ!」というメッセージを俺に言ってきた。
「スミマセン。レオには帰ってから説教しておきマス!」とベルさんは、通話を切った後、申し訳なさそうな態度で謝ってきた。
「いや、気にしなくていい。俺も元々もてなそうと思っていたから!」
「え!? そうなんデスか?」
「あぁ! ベルさんにはいつも助けてもらっているから、日頃の感謝を込めて、と思って!」
「なっ! 何を言っているんデスか!? 助けてもらっているのは、ワタシの方デスよ!」とベルさんは驚きながら言い、「ワタシがもてなしマス!」と提案してきた。
「でも、俺の家だとやりにくいだろ?」
「そっ、それは、そうデスが…」とベルさんは困惑した様子で言い「では、ワタシの家でするのはどうデスか?」と思いつきを提案してきた。
「いや、今回は俺がもてなす側だから、俺の家でやろう! 発案者は俺だし…」と俺は意固地になって言った。
「そういうわけにはいきまセン! ワタシがもてなしマス!」とベルさんも意固地になっていた。
というわけで、意見の対立が起こったため、ジャンケンで決めることになり、俺がグーを出して勝ったので、俺の家でクリスマス会をすることになった。ジャンケンに負けたベルさんは悔しそうにしていたが、あっさりと受け入れてくれ、「楽しみにしていマス!」と笑顔で言ってくれた。
俺とベルさんの対立が無事に終息した後、俺はスマホでクリスマスメニューを検索し、当日何を作るかを調べていた。その時、霞さんとカスミンが一人コントを始めた。
「ねぇ、霞ちゃん! カスミンたちのクリスマスは、今年も二人っきりニャのかニャー」とカスミンが俺をチラチラ見ながら霞さんに言った。
「そう…だね」と霞さんは小さな声で寂しそうな顔で同意した。
「ハァー。うちは両親が共働きでクリスマスも仕事だから、仕方ニャいニャー」とカスミンは肩を落としながら、寂しいアピールをしているようだった。
「そう…だね」と霞さんは小さな声で同意してから、俺の方をチラッと見てきた。
この状況から察するに、おそらく霞さんも誘って欲しいのだろうと、俺は推測した。こんなあからさまな態度なのでそう推測したのだが、もし違っていたら結構恥ずかしい。それでも、たとえ誘って断られたとしても、特に問題はないので、霞さんとカスミンも誘おうとした時、隣に座っていた桔梗さんも独り言を言い始めた。
「聖なる夜は闇の力も増すと聞く! よって悪魔の数も増えるため、我一人では対処しきれないかもしれない…」と言いながら、俺の方をチラッと見てきた。そして続けて「あぁ! 誰か、我と共に戦ってくれる仲間はいないものか?」と言った。
これを聴いた俺は、おそらく桔梗さんも誘って欲しいのではないか、と推測したので、桔梗さんも誘おうとした時、ひまわりさんも流れに乗って発言を始めた。
「はぁ~。私も会長と一緒に過ごしたいと思っていたんですけど、あいにく、会長は一ノ瀬先輩と過ごすようなので、今年のクリスマスは何も予定がありません!」とひまわりさんは困っている様子を装っているような感じで言った。その顔を見た時、なぜか余裕のある表情に見えた。ということがあったので、俺は、まとめてみんなを誘おうとした時、ベルさんが発言した。
「では、みんなでクリスマス会をしまセンか?」とベルさんは、みんなに聞こえるような大きな声と両手を開いた態勢で提案した。それを聞いたみんなは驚いているのか、ベルさんを見ながら、固まっていた。
「あ! でも、翔サンの家なので、ワタシが良くても翔サンが…」とベルさんは言いながら、俺の方にゆっくり顔を向けてきた。
「俺は別に何人でも構わないが、早めに参加人数は知りたいな!」と俺が言うと、ベルさんの表情がパァと明るくなった。
「だ、そうデス! みなサンはどうしマスか?」とベルさんはみんなに聞いた。
「いいねぇ! ぜひ参加するよ!」とカスミンが答えて、霞さんも頷いた。
「まっ、まぁ、汝の家ならば、結界で安全だろうから参加してもいいな!」と桔梗さんは少し強がっているように見えたが、笑顔でそう答えた。
「先輩のおもてなし、楽しみにしています!」とひまわりさんは、こうなることを分かっていたかのような余裕な笑みを浮かべて言った。
「霜月サンと神無月サンもどうデスか?」とベルさんが男共にも聞いた。
「もちろん! 喜んで参加させてもらうよ!」と時雨が爽やか笑顔で答えた。
「まぁ、俺がいないとつまらないだろうから、仕方なく参加してやるよ!」と紫苑が上から目線で答えたのが、イラっとしたので、少しからかうことにした。
「いや、無理しなくていい。嫌なら参加しないでくれ!」と俺は紫苑にはっきりと意見を言った。
「別に嫌って訳じゃないけど…」と言う紫苑は焦っているように見えた。
「紫苑がいなくてもちゃんと楽しむから、心配しないでくれ!」と俺がさらに追い打ちをかけ、ベルさんも流れに乗って「そうデスね! ワタシたちだけでも大丈夫なので、無理に参加しなくてもいいデスよ!」と、とどめを刺すと、紫苑は何も言わずに、抜け殻になってしまった。このままだとさすがに可哀想だったので、冗談だということを伝えると、すぐに元気を取り戻し、再びいつも通り、調子に乗り始めた。
「牡丹も参加しマスよね?」とベルさんは、参加することが当たり前だといった感じで牡丹さんに聞いた。その質問に牡丹さんはすぐに答えず、どこか遠くを見ているようなボーっとした表情をしていた。
「牡丹! 聞いてマスか?」とベルさんが声を掛けても、牡丹さんの反応がなかったので、ベルさんは牡丹さんの肩に触れて体を揺らした。
「え!? ん? なに? ベルちゃん?」とようやく牡丹さんは反応した。
「なに? じゃないデスよ、牡丹! どうしたんデスか? ボーっとして…」とベルさんがボーとしていた理由を聞いた。
「あ! ごめん。最近ちょっと寝不足気味だから、ボーっとしてたのかも!」と牡丹さんは答えた。
「何か悩み事でもあるのか?」と俺は話を聴いていて心配になったので、聞いてみた。
「え!? ううん。そんなんじゃないの! ちょっとやることがあって、それに時間が掛かってるの」と牡丹さんは少し焦った様子で答えた。
「俺に何か手伝えることが…」と言いかけたところで、「ううん。大丈夫だから! 心配しないで!」と牡丹さんに全力で拒否されたので、内心ショックを受けてしまい、俺はそのまま黙り込んだ。
「で、何の話だっけ?」と牡丹さんが話題を戻した。
「クリスマス会の話デス!」とベルさんが答えた。
「クリスマス会?」と牡丹さんは今までの会話を聴いてない様子で言った。
「来週のクリスマスの日に、翔サンの家でクリスマス会をするので、牡丹も参加しマスか? ってことデス!」とベルさんは改めて聞いた。
「する! 絶対! 何があっても参加するから!」と牡丹さんは力強く即答していた。これを聞いて俺は少しホッとした。さっきの拒否で、もしかして嫌われることをしてしまったのではないか、と思っていたが、そうではなさそうだったからだ。
というわけで、クリスマスは俺の家に相談部とレオさんを招き、クリスマス会をすることになった。それが決まった日に、俺はつゆりにクリスマス会のことを伝えると、つゆりも参加すると言ってきた。予想外の展開に俺は驚いた。てっきり今年も友達と一緒位過ごすだろうと思っていたからだ。そのことを尋ねると、「全部断った!」とつゆりはあっさり答えた。さらに、つゆりも友達を誘って家でクリスマス会をすると言ってきたので、俺は困惑した。
「え!? それなら俺たちは場所を変えた方が…」と俺は、クリスマス会を行う場所をベルさんの家に変更できないか、相談しようと思いながら言った。
「別に変えなくてもいいよ! 誘うのは四人だけだし、そのうちの一人はレオくんだから!」とつゆりは答えた。
「え!?」と俺が驚いている間に、つゆりは続けて言った。
「他の二人もそれでいいって言ってるから、お兄ちゃんは気にしなくていいんだよ!」とつゆりは当たり前のように言った。
「え!? 何でその二人がそんなこと言ってるんだ?」と俺はおかしな点を指摘した。なぜなら、クリスマス会をすることが決まったのは今日の夕方なので、その最新情報を二人が知っているということはおかしい。つゆりが俺に気を遣って、嘘を言っているんかもしれない、と思って疑問を呈した。
「それは、私が二人に聞いたから!」とつゆりはあっさり答えた。
「え!? でも、クリスマス会を家ですることが決まったのは、今日の夕方だけど…」と俺が言い終わる前に、つゆりに言い返された。
「あ~、それは、なんとなくそうなるだろうなぁって思ってたから、事前に聞いていたの!」とつゆりはあっさりと言ったが、俺は危機感を抱いた。これはつまり、俺の思考を予想していたということだ。そして、俺はその予想通りに行動したということになる。俺はつゆりに自分の思考が見透かされているような気がして、鳥肌が立った。この時、つゆりの前では変なことを考えないようにしようと誓った。
ということで、参加人数が三人増えて、現時点の合計が十三人(カスミンを含む)になった。思ったよりも大人数になってしまったため、大変だろうと思ったが、逆にやる気も出てきた。普段いつも助けられているから、みんなに感謝の気持ちを込めて、おもてなしをしようと思った。
翌日の昼休みの時間に、クリスマス会の情報を聞きつけた、皐月さんと弥生さんが勢いよくA組の教室に入ってきた。そして、俺の机の横を陣取り話し始めた。
「翔くん、クリスマス会をするそうですね!」と皐月さんが言った。
「まぁ、はい」と俺は当然のように知っている皐月さんにツッコむことなく、周りの視線を気にしながら素っ気なく答えた。
「はぁ~、いいなぁ! クリスマス会かぁ!」と弥生さんが羨ましそうな顔をして言った。
「もしよかったら、二人も参加しませんか?」と俺は周りに聞こえないように小さな声で聞いた。
「私も参加したいのは山々なんだけど、その日は仕事なの…」と弥生さんは残念そうな感じで言い、「はぁ~、仕事がなければ私も参加するのに!」と弥生さんは悔しそうな顔をして言った。
「仕事でしたか! それなら仕方ないですね…」と俺は共感を示しながら言った。
「いっそその仕事キャンセルしようかな…」と皐月さんが呟いた。
「その手があったか!」と弥生さんが皐月さんの提案に賛成していた。
「皐月さんも仕事なんだ!」と俺が言うと、皐月さんは仕事内容を教えてくれた。
皐月さんの話によると、クリスマスは、Vチューバー五月さつきさんと雛月弥生さんがコラボ生配信をする予定になっているらしい。文化祭でのコラボが思いのほか盛況で、ファンの間でも話題になったので、お互いのスタッフが話し合い、計画したらしい。二人が知った時は、すでに計画が進んでいたので、一度断ったが、もうキャンセルできないと言われたらしい。それを一週間前になった今、キャンセルしようとしていた。
「はぁ~、どうしてクリスマスに弥生と一緒に仕事をしないといけないの!」と皐月さんがため息をつきながら不満そうに言った。
「私のほうこそ、どうして翔くんとじゃなくて、皐月と一緒なの!」と弥生さんも対抗して悔しさを表しながら言った。
「当初の予定だと、翔くんは一人で過ごすと思っていたから、私の家に招いて最高のおもてなしをするはずだったのに!」と皐月さんは悔しそうに言った。それを聞いて、皐月さんの最高のおもてなしはどんな感じだろうか、と想像してしまった。
「私だって、翔くんと遊園地に行こうと思ってたのに!」と弥生さんが悔しそうに言った。それを聞いて、弥生さんとの遊園地はどんな感じになるのだろうか、と現実では起こりえないことを妄想した。
「翔くんがクリスマスに遊園地に行くわけないでしょ!」と皐月さんが弥生さんに向かって抗議し、続けて「そんなんじゃ、どうせ断られたと思うよ!」と煽るように言った。
「そんなことない! この前だってUS〇で一緒に楽しんでいたもん!」と弥生さんは頬を膨らませながら反抗し、続けて「皐月こそ、家事が苦手なのに、どうやって翔くんをおもてなしするの?」と煽るように言った。
「別に私がしなくても、プロを雇えばモーマンタイだし!」と皐月さんはムキになって答えた。
「それなら私だってできるし!」と弥生さんもムキになっていた。
このままだ放置すると、二人の言い合いが止まらないと思ったので、どうにか二人の仲を壊さないような言葉を掛けなければと考えていたが、なかなか思いつかなかったので、ただじっと見守るだけになっていた。そして咄嗟に思いついた言葉を掛けることにした。
「ふっ、二人がまたコラボ配信するの楽しみだな! 絶対に見るよ!」と俺は本心で思っていたことを少し大袈裟に表しながら言った。これを聞いた二人は、俺の方を見て、一瞬固まってから、言葉を発した。
「そっ、そうなんだ! 翔くん、楽しみなんだ!」と弥生さんは嬉しそうに言っている感じがした。
「ま、まぁ、翔くんが楽しみにしているなら、弥生に付き合ってあげてもいいかもね!」と皐月さんは赤くなった顔を隠しながら言った。
とりあえず、俺の発言により、二人の言い争いは収まり、クリスマスの生配信コラボもキャンセルされずに済んだので、安心した。それから二人は、そのまま昼食を取りだして食べ始めた。
放課後、みんなより少し遅れて部室に向かっていると、廊下で睦月会長に呼び止められた。
「水無月くん! ちょっといいかしら?」
「はい! なんですか?」
「クリスマスのことなのだけれど…」
「はい…」
「相談部はあなたの家でクリスマス会をするみたいね!」
「はい。何か成り行きで、そうなりました」
「そっ、その…。もしよかったらなんだけど、私と初雪ちゃんも、参加させてもらえないかしら?」
「え!?」
「あ! 無理ならいいの! 急に言われても困るわよね。ごめんなさい」
「あ! いえ。ちょっと意外だったので、驚いただけです! 睦月会長は一ノ瀬さんと二人で過ごすと思っていたので…」
「私もそのつもりだったのだけれど、弥生と皐月に頼まれてね…」
「弥生さんと皐月さんに?」と俺が言うと、睦月会長は事の経緯を説明してくれた。
睦月会長の話によると、弥生さんと皐月さんが、睦月会長にクリスマス会の様子を録画しておいてほしいと頼んだらしい。睦月会長は一度断ったが、二人は文化祭での貸しをここで返して欲しいと、粘って交渉してきたので、了承したらしい。睦月会長もなんだかんだ二人に対して甘いところがあるな、と思った。
「それなら、俺は断った方がいいですか? そうしたら一ノ瀬さんと二人で過ごせますよ!」と俺は答えが予想できたが、一応提案してみた。
「いえ、無理に私の事情に合わせなくてもいいわ! 素直に答えて欲しい!」と睦月会長の真面目に答えた。
「分かりました! 正直に言うと、参加は大歓迎です! 今更二人増えたところで問題ありません!」と俺は率直に答えた。
「そう! なら良かった!」と睦月会長は凛々しい態度で言った。
「それに、睦月会長が参加されるなら、ひまわりさんも喜ぶと思います!」
「そうかしら? 逆に邪魔にならないかしら?」と睦月会長は、意味深な笑みを浮かべながら言った。
「邪魔なわけないじゃないですか!」と俺は全力で否定した。
「そういう意味で言ったんじゃなんだけれど…」と睦月会長は意味深な発言をし、「じゃあ当日はよろしくね!」と言って生徒会室に向かった。
というわけで、さらに二人が追加され、合計人数が一五人(カスミン含む)になった。
それから、ゲームや遊びなど、具体的に何をするのかは、ベルさんや他のメンバーに任せて、俺は主に料理のメニューを考えることにした。残り数日しかなかったが、料理研究会の鬼門コンビにお願いして、いろんなことを教わった。また、催しでプレゼント交換を行うということだったので、合間を縫って買い物もした。誰に当たるか分からないので、とりあえず、男女関係なく使えるボタニカルリードディフューザーを買った。
そして25日、クリスマスを迎えた。この日は終業式で学校が午前中までだった。俺は終業式というつまらない行事には参加せず、ギリギリまで家で準備し、学校には終業式が終わった頃を見計らって行った。一応、成績表を受け取るために仕方なく行った。ホームルームが終わり、すぐに帰宅し、準備の続きをした。つゆりも早めに帰って来てくれ、輪飾りや、花飾りを手伝ってくれた。この時、つゆりが、「お世話になった人だから感謝の気持ちを込めてもてなしたい!」と言っていたのを聞いて、俺のやる気が増した。開始時間は午後5時を予定していたので、少し余裕があると思ってゆっくり準備していたら、午後3時頃にインターホンが鳴った。宅配便か何かと思いながら、つゆりに出てもらうと、ベルさんとレオさんだった。予定よりも早かったが、共同発案者ということで、準備を手伝いに来たらしい。これですでに、俺のおもてなし作戦に亀裂が入ったのを感じた。
それから5分後くらいに再びインターホンが鳴ったので、つゆりに出てもらうと、つゆりが招待した友達二人だったようだ。まだ人が多くなく、ゆっくりしていたので、つゆりが紹介してくれた。一人は可愛らしい女の子で四乃森桜さんというらしい。なんとまぁ可愛らしい名前だな、と思った。もう一人はイケメンの男で六道雨龍くんというらしい。強そうな感じの名前だな、と思った。二人はつゆりと同じ生徒会だったらしく、いつもつゆりを助けてくれていたようだったので、俺もお礼をした。この二人とは、この日が初対面のはずなのに、以前にどこかで会ったことがあるような気がした。「俺たち、以前どこかで会いましたか?」と尋ねると、二人は焦ったような様子になり、全力で否定した。その反応が明らかに怪しかったが、俺もどこで見たことがあるのか、思い出せなかったし、つゆりの友達だから、どこかで見かけていてもおかしくない、と思ったので、それ以上は追及しないことにした。二人も部屋の飾りつけを手伝ってくれた。
それから10分後くらいに再びインターホンが鳴った。今度はベルさんに出てもらうと、一年ズの四人(カスミン含む)が来た。案の定、手伝うために早めに来たらしい。この時、つゆりは改めて、一年ズとお互いに自己紹介をしていた。以前、学園掃除のボランティアで一緒になり、顔を合わせていたが、あの時は掃除で忙しかったので、あまり深く話せなかったらしい。
「改めまして、兄の妹の水無月つゆりです!」とつゆりは笑顔で自己紹介をしていた。
「ボクはカスミン! で、この可愛い子が相棒の霞ちゃん! ヨロシクニャ!」とカスミンが自己紹介をすると、つゆりは笑顔を保ちながら「ほんと可愛いですね! よろしくです!」と返事をして、カスミンと握手をしていたが、レオさんと六道くんと四乃森さんは驚いた顔をしたまま固まっていた。
次に桔梗さんが自己紹介を始めた。
「クックック! 我は闇の力に目覚めた戦士! 長月桔梗である! 汝の兄とは数々の戦いを共にした同胞である! よろしく!」と桔梗さんがいつも通りのテンションで自己紹介しても、つゆりは笑顔を保ったまま「お会いできて光栄です! よろしくです!」と返事をして、握手していた。残りの15歳三人の表情は変わらず、言葉を発することもなかった。
そして最後に、ひまわりさんが自己紹介を始めた。
「私は暦学園副会長の文月ひまわりです! よろしくお願いします。つゆりさん!」ひまわりさんは丁寧な態度で自己紹介をし、つゆりと握手をしていたが、つゆりの顔は驚愕しているように見えた。
「おおお、お兄ちゃん! ここ、この子、もしかしてレオくんと同じ飛び級なの!?」と俺の方を向いて質問してきた。その様子は冗談ではなく、本気で言っているような気がした。
「なっ!? 何を言ってるんですか!? 私はあなたよりも年上ですよ!」とひまわりさんは憤慨しながら、証拠として学生証をつゆりに見せつけていた。それを見たつゆりは、信じられない、といった感じの顔をしていたので、俺はフォローすることにした。
「つゆり。世の中には俺たちの知らないことが、まだたくさんあるんだ! いくら成績でトップをとったとしても、決して驕ってはいけないよ!」と俺は、まるで悟りを開いた人のようにやさしい口調で言った。
「そうみたいだね。気を付けるよ!」とつゆりも俺の言ったことを分かってくれたようだった。
「人のことを不思議生物みたいに言わないでください!」とひまわりさんは地団駄を踏みながら憤慨していたが、その姿も可愛らしいマスコットみたいで癒された。」
その後、午後4時頃に時雨と紫苑が一緒に来た。一時間前に来たにもかかわらず、すでにたくさんの人が集まっていたので、驚いているようだった。続いて4時45分頃に睦月会長と一ノ瀬さんが来た。睦月会長が来たことにより、ひまわりさんが興奮して、目がハートになっていた。四乃森さんと六道くんがコソコソと話している声が微かに聞こえた。
「相談部って、変な人しかいないのかな?」と四乃森さんが六道くんに耳打ちしていた。
「そうみたいですね!」と六道くんも同意している声が微かに聞こえた。
午後5時まで残り5分になり、準備もできていたが、意外にも牡丹さんがまだ来ていなかった。普段の牡丹さんなら、もう来ていてもおかしくない時間だが、まだ5時になっていないので、特に心配していなかった。しかし、ベルさんが、事故か何かに巻き込まれたのでないか、心配し始めたので、その心配が中学生組以外のメンバーに伝染し、全員がスマホを取り出し連絡をしようとした時、インターホンが鳴った。ベルさんが走って玄関まで行ったので、俺も後に続いて向かい、それに続いて他のみんなもついて来た。ベルさんがドアを開けると、牡丹さんが両手を膝につき息を切らしながら前傾姿勢で立っていた。
「牡丹!」とベルさんが言った。
「ハァ、ハァ。ごめんなさい。ハァ、ハァ、遅くなって」と牡丹さんの最初の言葉は謝罪だった。
「良かったデス! もしかしたら事故に巻き込まれたんじゃないかと心配しまシタ」とベルさんが安堵の表情を浮かべて言った。
「ハァ、ごめんね。ハァ、心配かけちゃって…」と牡丹さんはさらに謝った。
「5時にはまだなっていないから、謝る必要はない!」と俺は事実を伝えた。
「でも、準備も手伝えなくて…」と牡丹さんは言った。
「それも気にしなくていい。元々みんなはお客さんなんだから、手伝う必要なんてない!」と俺はさらに事実を伝えた。
「とにかく、中に入りましょう!」とベルさんが言うと、牡丹さんも乱れていた呼吸を整えてから、家に入った。
予定時間の午後5時になり、みんなが集まったので、全員分の飲み物を配り、乾杯の準備をした。乾杯の音頭はベルさんがとってくれた。
「今日はみんな集まってくれて、ありがとうデス! こうして、みんなと出会えたことに感謝していマス! 今日は楽しいクリスマスにしましょう! カンパーイ!!」とベルさんが言うと、みんなも持っていたジュースを上にあげて、乾杯をした。
まずは、みんなでテーブルに並べた俺の料理を食べ始めた。メニューは、ローストチキンやローストビーフ、ピザ、パエリア、グラタン、アクアパッツァ、ツリーやリースに見立てたサラダ、オニオンスープ、コーンスープなどたくさんの料理を準備した。みんなの好みが分からなかったので、なるべくいろんな食材を使うようにした。ちなみにすべて手作りだが、俺一人では時間的に厳しかったので、つゆりにも手伝ってもらった。味見はしていたが、みんながどんな反応をするのか、食べてもらうまで心配だったが、「美味しい!」と言ってくれたので、安心することができた。みんなの感想を聞いて、俺とつゆりはハイタッチした。
それからは、話したい人と話したり、時雨と紫苑が持って来た〇天堂の赤いおじさんカートで競争したり、パーティーで競い合ったり、〇鉄で人生の厳しさを体験したり、人狼ゲームをしたりなど、様々なゲームをして遊んだ。中でも特にすごかったのは、レオさんだった。ルービックキューブをたった10秒見た後、目隠しして揃えたり、紫苑とフラッシュ暗算で勝負して3戦全勝したり、ゲームも強かった。そんなギフテットのレオさんでも驚いていたことがいくつかある。
まずは、霞さんの絵に驚いていた。俺は絵について素人なのでよく分からないが、レオさん曰く、霞さんの絵は、繊細で一つひとつの線が細かく描かれており、魅力的だという。それに、要望次第で、強さを表現した絵を描いたり、有名な画家風に描いたりすることもできるらしいので、芸術においては素晴らしい能力を持っている、とべた褒めしていた。世界的にも認められているレオさんが言うのだから、おそらく本当にすごいことなのだろう、と改めて思った。
レオさんは桔梗さんのことも驚いていた。レオさんは俺と同じで、基本、占いやスピリチュアルなどの非科学的なことは信じない主義だが、余興ということで、桔梗さんに透視をしてもらっていた。その時、詳しくは分からないが、桔梗さんがレオさんのことを的確に言い当てていたらしい。巷によくある、誰にでも当てはまりそうなことを言う、詐欺まがいの占いなどではなく、具体的なことを言い当てていたらしい。あまりの具体性にレオさんも焦って、喋っている桔梗さんの口を手で塞いでいた程だ。レオさん曰く、ベルさんや親ですら知らないことを言い当てられたので、危険を感じたらしい。その気持ち、なんとなく共感できた。おそらく、俺の情報を皐月さんが知っていた時に感じる恐怖感みたいなものだろうと思った。レオさんに対して親近感が湧いたので、少し嬉しくなった。
レオさんは、ひまわりさんのことも驚いていた。というより、少し興奮した様子で、「この子を調べれば、人間が若返るのに必要な遺伝子が特定できるかもしれない!!」と言いながら、まるで奇跡の研究材料を見つけたかのような視線を送っていた。ひまわりさんはそんなレオさんを全力で拒否し、ベルさんに抱かれて守られていた。
「スミマセン。レオは研究のことになると、周りが見えなくなるので!」とベルさんがレオさんの代わりに謝っていた。
「それにしても失礼すぎます! 私を何だと思っているんですか!!」とひまわりさんは憤慨していたが、俺はレオさんの気持ちに少しだけ共感できたので、黙って見守っていた。
そしてレオさんは、牡丹さんの手作りケーキにも驚いていた。ベルさんによると、レオさんは、普段から一流シェフの料理やパティシエのスイーツを食べているらしいので、味にはうるさいらしい。そんなレオさんが、「今まで食べてきたどんなパティシエのケーキよりも美味しい!」と絶賛していた。ベルさんも「レオがここまで褒めるのは珍しい!」と驚いていた。ちなみに、俺が作ったケーキやスコーンの感想は「普通」という一言のみだった。
その後は、プレゼント交換の時間になった。少し前の時間、突然、つゆりとベルさんがつゆりの部屋に籠ったので、どうしたのか、と気になっていると、二人がサンタの格好に着替えて登場してきた。それから、二人のサンタは、みんなが持って来ていたプレゼントを一か所にまとめ、一つひとつに紐をつけ始めた。全部のプレゼントに紐をつけ終わると、紐の真ん中を大きな布で覆い、どの紐がどのプレゼントなのか分からなくしてから、順番に引くことになった。順番決めは、つゆりがあらかじめ準備していたクジで決めることになった。プレゼントに番号を付けて、クジで決めれば二度手間にならないのに、と言ったが、つゆり曰く、「それだけだと、あっさりしすぎてつまらない!」らしい。
ということで、まずはみんなでクジを引き、俺は6番目になった。つゆりとベルさんは主催者ということで、順番は最後でいい、ということだった。それなら俺も主催者側にならないか、と言ったが、二人は気にしなくていいということだったので、このままの順番で引くことにした。クジ引きで最初に引くことになったのは、桔梗さんだった。桔梗さんが、一番になりたいと願いながらクジ引きをし、本当に一番になったので、レオさんが、超能力でも使ったんじゃないか、と疑うような警戒しているような目で桔梗さんを見ていた。桔梗さんはじっくりと紐とプレゼントを見渡し、一つを選んで勢いよく引いた。桔梗さんが引き当てたプレゼントは、A4サイズの油絵の風景画だった。
「クックック! これはおそらく霞の描いた絵だろう!」と桔梗さんは霞さんを見ながら、自信満々に言った。
「え!? ちっ、違う…よ」と霞さんは小さな声で否定した。
「なに!? じゃあこの絵は誰が描いたのだ?」と桔梗さんは霞さんに尋ねたが、霞さんも首を傾け、分からないといった様子だった。俺も絵を見た感じ、霞さんが描いたものと思っていたので、違うと聞いて、一体誰が描いたのだろうと考えていると、「あ! それ俺が描いた油絵だ!」とレオさんが言った。
「なぬ! 汝がこの絵を描いたのか?」と桔梗さんが驚きながら尋ねると、レオさんは「あぁ!」と頷いた。レオさん曰く、いいプレゼントが思いつかなかったから、とりあえず絵を描いてみたらしい。もし要らないなら売ってもいいと言っていた。
「い、いや。さすがに売るわけには…」桔梗さんが言葉選びに困っている様子だった。
「別に気にしなくていい。それくらい、いつでも描けるからな! おそらく売ると50万くらいはするはずだ」とレオさんは淡々と言った。
「ごごご、50万!!」桔梗さんは分かりやすく驚愕した。
「あぁ。オークションなんかでうまく売ることができたら、100万はしくかもしれないな。俺の絵が好きなマニアがいるらしいからな」レオさんは再び淡々と言った。
「ひゃっ、100万!!」桔梗さんがさらに驚愕し、持っていた絵を両手で大事そうに持ち直した。俺がその絵をどうするのか、こっそり尋ねると、とりあえず大事に保管しておくと桔梗さんは答えた。
それから順番に引いていき、俺の番になった。まだたくさん選択肢があったので、適当に一番右の紐を選んだ。俺に当たったプレゼントは、つゆりからのプレゼントでテーマークのペアチケットだった。当たった瞬間、つゆりがガッツポーズをしていたので、なにか仕組まれていたんじゃないか、と疑ったが、怪しいところは特になかった。もしかしたら、つゆりは、俺が一番右側を引くのを予想していたのかもしれない、と考えたが、そこまで俺の思考を読めるはずがないと思い直した。それにこのプレゼントは、「今度誘え!」というつゆりからの暗黙の訴えなのだろうか、と思ったので、先の予定を考えなければならなくなった。全員が引き終わると、みんなも大体俺と同じような考えだったんだな、と思った。ほとんどのプレゼントがアロマや入浴剤、コーヒーやお菓子の詰め合わせなど男女関係なく使いやすいものだった。ちなみに、俺が買ったボタニカルリードディフューザーは、四乃森さんに当たっていた。四乃森も喜んでいるようだったので安心した。
7時55分になり、俺はテレビを動画サイトに繋いだ。8時から弥生さんと皐月さんのコラボ生配信があるからだ。弥生さんオリジナル曲のBGMが流れていたので、少しリズムに乗りながら聴いて待っていると、8時3分頃に配信が始まった。
「みんなー! チャオチャオ! 雛月弥生だよ!」と弥生さんがいつも通りのあいさつをしてから、今回の配信内容の説明を始めた。今回の配信は、Vチューバー五月さつきさんと女子トークをしたり、ゲームで対戦したり、歌を歌ったりするらしい。弥生さんは、内容説明をした後、ゲストを呼び込むために視聴者を上手く煽って、盛り上げようとしていた。なんとなくだが、いつもより少しテンションが高い気がした。
「では! お待たせしました! 今日のゲストをお呼びしたいと思います! 私の親友で過去にも何度かコラボしたことがあるので、みんなも知っていると思います! 五月さつきさんです!! どうぞ!」と弥生さんが紹介すると、弥生さんの向かい側にあるテレビ画面に五月さつきさんの映像が映った。
「みなさん! ヤホヤホ! 五月さつきです! 今日はよろしくね!」と皐月さんもいつも通りのあいさつで登場してきた。
「今日のゲストは、大人気Vチューバーの五月さつきさんです! パチパチパチパチー」と弥生さんが言いながら拍手をしていると、チャット欄も拍手をしているコメントがたくさん流れていた。
「いやー、久しぶりだね! 弥生ちゃん!」
「そうだねー、久しぶりだね! さつきちゃん!」と二人はビジネストークを始めたが、事情を知っている俺から見ると、少し面白かった。当たり前だが、仕事となると、話す内容や雰囲気が全然違った。何も知らない状態で見ると、普通に仲が良い女子二人に見えるが、二人の関係を知っていると、違和感を抱いてしまう。それに、普段関わっている二人がこうして配信し、いろんな人たちから応援されている姿を見ると、二人ともすごい有名人なんだな、ということを改めて思い知った。
ビジネストークの次は、最近の二人の状況やチャットの質問に答える女などの子トークが始まった。おそらく、ある程度流れが決まっている台本やカンペなどがあるだろうが、二人は違和感なく会話をしているようだった。
「そういえば! 弥生ちゃん、先日、修学旅行に行ったみたいだね。どうだった?」とさつきさんが質問した。
「すっごく、楽しかったよ! もう最高だった!」と弥生さんは笑顔で語彙力低めの感想を述べた。
「そうなんだぁ! ファンの人に絡まれたりしなかった?」
「絡まれないよ! 私、あんまり気づかれないから!」
「そうなんだぁ! あれ? でも清水寺ではファンに囲まれて大変だったって聞いたんだけど…」五月さつきんは?マークを浮かべながらピュアな顔で言っていたが、中の人である皐月さんの顔はおそらくイタズラ顔をしているに違いないと思った。弥生さんも少し困惑しているように見えたので、台本にはなかった展開になっているのだろうと思った。
「そっ、それは…少し人集りができたけど、親友が助けてくれたから、なんとかなったよ!」
「そっ、そうなんだ!」さつきさんは照れた様子で言った。
二人のやり取りを見ていると、睦月会長が小声で話しかけてきた。
「なんだかいつもの二人と違って面白いわね!」睦月会長はクスっと笑いながら言った。
「そうですね」俺も同じ気持ちだったので、少し笑いながら同意した。
「なんだかこの二人のやり取り、どこかで見たことあるような…」ベルさんが顎に手を当てながら、考え込むように画面を見始めた。
「ベルちゃんもそう思うんだ! 私もそんな気がするの!」牡丹さんがベルさんに同意すると、みんなが五月さつきさんを怪しむような眼で見始めた気がしたので、このままでは正体がバレてしまうかもしれないと思った。
「ま、まぁ、弥生さんは誰に対してもフレンドリーな感じだから、そんな風に見えるんじゃないか?」俺はいい言い方が思いつかなかったから、その場しのぎの適当な発言をした。
「そうなんデスが…他の人の時とはちょっと違う感じが…」
「そうだよね。最近見たことがある気が…」
「そ、それは、この前の文化祭でもコラボしていたから、それじゃないか?」
「そう…なんでショウか…」
「でも、あの時は練習に集中していたから、二人の会話あまり聞いてなかった気がするけど…」
「それじゃあ、別の日じゃないか? 二人は何回かコラボしているようだし!」
「ウーン、それとも少し違う気がするんデスよね。ね! 牡丹!」
「うん! はっきりと思い出せないけど、どこか身近で見たことある気がするの!」
二人の疑いの眼がなかなか晴れないので、俺は焦り始めたが、睦月会長が救いの手を差し伸べてくれた。
「それだけ二人の仲が良いってことじゃないかしら! 既視感があるってことは、あなたたちの関係に似ているのかもしれないわね」睦月会長が凛とした態度でそう言うと、ベルさんと牡丹さんは目を見開いてお互い見つめ合い、笑った。
「そうかもしれまセン!」
「そうだね!」
二人がようやく納得してくれたようなので、とりあえず安心した。さすが睦月会長だな、と思っていると、「なっ、なんとか誤魔化せたわね」と睦月会長が声を震わせながら小さな声で言った。どうやら睦月会長も内心焦っていたようだが、表面では冷静さを保っていたらしい。
雛月弥生さんと五月さつきさんのクリスマス特別コラボ生配信は、その後も盛り上がり、多くの視聴者が配信を見ていた。配信中たくさんの人が投げ銭をしており、二人は感謝しながら一つひとつを大事に読み上げていたので、俺も頑張っている二人に対し、感謝の気持ちを込めて、「いつもありがとうございます! これからも応援しています!」という文と一緒に投げ銭をした。その時、大乱闘ゲームで対戦していた二人の動きが固まった。電波障害か何かで、動画が止まってしまったのか、と思ったが、ゲームのBGMが止まらず流れていたし、画面も微かに動いているのが分かったので、俺の推測は違うようだった。それに、なぜか俺のコメントは読んでもらえなかったので、何かシステム障害が起きているかもしれない、と思いながら見ていた。コメント欄も「どうした?」「大丈夫?」という心配するコメントが多く流れていたのを見て、この二人のフォロワーはやさしい人が多いな、と感じた。それから20秒程沈黙が流れた後、弥生さんが口を開いた。
「っと! ごめんなさい! 急に黙っちゃって! 放送事故しちゃった!」弥生さんはいつものテンションに戻り、舌を少し出しながら、やっちゃった、という風に謝った。それがとても可愛かったので、さっきまでの空気がすぐにどうでもよくなり、癒された。コメント欄を見る限り、俺と同じ気持ちの同志は多いようだった。
「スキあり!」とさつきさんは言いながら、ゲームキャラクターを動かし、固まっていた弥生さんのキャラクターを場外に吹き飛ばし、勝利した。
「あ! ズルい! さつき!」弥生さんは文句を言っていたが、咄嗟のことだったので、五月さつきさんのことを呼び捨てにしてしまった。配信中は「さつきちゃん」と呼んでいたのに、今は巣が出たな、と思った。それに気づいた視聴者もおり、コメント欄でツッコまれていたので、弥生さんは焦った様子で視聴者に弁明し始めたが、どんな風に伝えればいいのか、分からずに困っているようだった。
「勝負は私の勝ちだから、お願い事を聞いてね! 弥生」さつきさんは敢えてそのことに触れずに弥生さんを呼び捨てにして、笑顔で言った。おそらく、中の人の皐月さんも笑っているのだろうと思った。その一言を聞いた弥生さんは、表情が変わり、焦りが吹き飛んだようだった。
「何を言っているのか、ちょっと分からないなぁ? 今のはノーカウントだよ!」この発言で、弥生さんがいつも通りのテンションに戻ったように感じた。
「いーや。今のは弥生が油断していたから、そのスキを突いた私の完全勝利だよ!」さつきさんも自分の行いの正当性を述べ始めたので、言い合いが始まった。このやり取りを聴いていると、いつも通りの弥生さんと皐月さんに見えてきて、二人とも変わらないなぁと思ったが、このままだとみんなにバレるんじゃないかと心配になり、周りを見渡した。睦月会長も俺と同じ考えだったのか、心配そうな顔で見回していた。一通りみんなの反応を見たが、五月さつきさんの正体に気づいたような人はいなさそうだった。俺と睦月会長は顔を見合ってから安心した。
弥生さんとさつきさんの言い争いが終わり、歌パートが始まった時、少し離れた場所にいた霞さんが「こっちに来て!」と俺に向かってジェスチャーをしていたので、何かあったのか、と思いながら近くに行った。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」俺は小さな声で尋ねた。
「あああ、あの、こここ、これを…」霞さんは恥ずかしそうに顔を赤くして言い、ラッピングされた袋を俺に差し出してきた。「これは?」と尋ねると、クリスマスプレゼントということだった。みんなとは別に俺個人に渡したいということだったので、「ありがとう」とお礼を言って、ありがたく受け取り、開けていいかを確認すると霞さんは頷いた。袋に結んでいたリボンを丁寧に解いて、中身を取り出すと、白のワンポイントが入った黒色の靴下だった。霞さんはカスミンと相談して、プレゼントを選んでくれたらしい。あまりにも嬉しかったので、改めて「ありがとう」とお礼を言うと、霞さんとカスミンは照れているようなやさしい顔をしていた。
霞さんはわざわざ俺を呼び出して渡してきたので、みんなには知られたくないのだろうと思い、貰ったプレゼントを自分の部屋に持って行こうとした時、「汝、ちょっといいか?」と桔梗さんに声を掛けられた。突然だったので、俺は咄嗟に霞さんからのプレゼントをキッチンの収納スペースに入れて隠した。
「な、何か用か?」俺は何事もなかったかのように装った。
「そ、その、ちょっと汝に渡したいものがあってな…」桔梗さんはモジモジしながら言い、「これなんだが…」と言って、手のひらサイズにラッピングされたものを渡してきた。
「これは…?」俺は尋ねた。
「こここ、これは、汝の力をコントロールするために役立つものだ。もしよかったら貰ってくれぬか?」桔梗さんは顔を赤くして言っていた。
「貰っていいのか?」と尋ねると桔梗さんは頷いたので、お礼を言い受け取った。開けていいかを尋ねると桔梗さんが頷いたので、丁寧にラッピングをはがし中身を確認すると、グリーンアメジストのパワーストーンブレスレットだった。桔梗さんらしいスピリチュアルなプレゼントだな、と思ったが、俺が身につけるにはもったいないくらいオシャレなものだったし、桔梗さんからのプレゼントなら何か不思議な力が宿っている可能性もあるので、とても嬉しかった。早速、腕に付け明りに照らしてみると、ストーンが輝いて見え綺麗だったので、癒された。
「ありがとう! これでもっと上手く力を使うことができる!」俺はノリに合わせて、改めてお礼を言うと、桔梗さんは照れている様子でみんなのところへ戻って行った。
桔梗さんが戻った後も、その場でパワーストーンを見つめていると「先輩、ちょっといいですか?」とひまわりさんが声を掛けてきた。俺は咄嗟に腕を後ろに隠し「あ、あぁ! 何だ?」と平静を装って返事をした。
「これ、先輩にあげます!」ひまわりさんはそう言いながらラッピングされたものを渡してきた。
「これは?」と俺は尋ねた。
「ただのハンカチです。先輩にはこの前お世話になったので、そのお礼です!」ひまわりさんは俺と目を合わせないように横を向いたまま言った。
「貰っていいのか?」
「はい。一応、クリスマスプレゼントということで…」ひまわりさんはそっぽを向いたまま答えた。
「見てもいいか?」と尋ねると、ひまわりさんは頷いたので、ラッピングを丁寧にはがし中身を確認すると、MKのイニシャルが入った紺色のハンカチだった。
「お! イニシャルが入ってる! ありがとう! 大事に使うよ!」俺は改めてお礼を言った。
「先輩に感謝されても全く嬉しくありません!」ひまわりさんはそう言っていたが、俺からは笑顔でとても嬉しそうに見えた。そのことにツッコむ前に、ひまわりさんが睦月会長に呼ばれ、目をハートにしながら行ってしまったので、ツッコむ暇もなかった。
その後、弥生さんと皐月さんの生配信を最後まで見て、午後10時になったので、クリスマスパーティーはお開きになった。一年ズと睦月会長と一ノ瀬さんは時雨と紫苑に送ってもらうことになり、六道くんと四乃森さんはつゆりとレオさんが送っていくことになった。ベルさんは主催者ということで片づけを手伝ってくれると言ってくれ、それを聞いた牡丹さんも手伝ってくれることになった。「今日は夜も遅いから片づけは明日やる」と言ったが、ベルさんに、「まだ元気があるから大丈夫デス!」ということで押し切られ、片づけ始めたので、甘えることにした。俺は帰る組を家の前で送り、みんなの姿が見えなくなった後、片づけを始めるためにリビングに戻ると、ベルさんがソファの前で「シー」というジェスチャーをしてきた。どうしたのだろうか、と思いながら覗き込むと、牡丹さんがソファで眠っていた。どうやら、ベルさんは牡丹さんを起こさないようにしていたらしい。そういえば、牡丹さんが、最近寝不足が続いていると言っていたのを思い出したので、風邪をひかないようにそっと毛布をかけ、そのまま寝てもらうことにした。俺とベルさんは牡丹さんを起こさないようになるべく静かに片づけを始めた。片づけ始めて少し経った時、ベルさんが話しかけてきた。
「今日はとっても楽しかったデス! 翔サン! アリガトウゴザイマシタ!」
「俺の方こそお礼を言わなきゃならない! ありがとう、ベルさん! こんなに楽しかったクリスマスは久しぶりだった!」
「良かったデス! 翔サンにも楽しんでもらえて! いろんな準備をしてもらったり、家を貸してもらったりしたので、大変だったデスよね…。アリガトウゴザイマシタ」
「それなら、ベルさんもいろんな企画を考えてくれてありがとう!」
「ワタシは考えただけで、特に何もしてまセン! それに楽しんでやっていたので、全然大変じゃなかったデス!」
「それなら、俺も楽しんでやっていたぞ! それに料理のレパートリーも増えたから学ぶこともできた!」
「翔サンの料理とっても美味しかったデス!」
「それなら良かった!」
それから少し沈黙が流れたので、再び片付けに集中しようと思ったら、ベルさんはもう少し言いたいことがあるようだった。
「あ、あの! 翔サン!」
「ん? なんだ?」
「翔サンに渡したいものがあるんデスが…」
「渡したいもの?」と俺が言うと、ベルさんはつゆりの部屋に行き、大きめの袋を持って戻ってきた。
「これ! 翔サンにプレゼントデス!」ベルさんはそう言いながら、袋を差し出してきた。
「貰っていいのか?」と尋ねると、頷いたので、受け取り、中身を確認すると、ブラックのロングコートだった。とても嬉しかったので、早速着てみてもいいか尋ねると、頷いたので、腕を通してみた。サイズはピッタリで、長さは足首まであった。
「ピッタリだ! それにこんないい服、今まで着たことない! 大事に着るよ!」
「気に入ってくれて良かったデス!」
「俺も何かお返しをしないとな!」
「い、いえ! ワタシはもうたくさん貰ってマス! これはそのお返しデス!」
「え!? 俺、ベルさんに何かあげたことあったかな?」
「ハイ! いろんなものを貰いまシタ!」ベルさんはそう言いながら、胸にやさしく手を当てた。
「うーん、思い出せない! 俺、ベルさんに何をあげたっけ?」少し考えても分からなかったので、尋ねてみた。
「フフッ! 内緒デス!」ベルさんは笑顔で言い、片づけを再開したので、結局教えてもらえなかった。
それから少しして、つゆりとレオさんが見送りから戻ってきた。ベルさんのおかげで片付けも半分以上終わっていたので、今日の片付けはここまでにし、残りは明日俺がすることを伝えると、納得してくれた。ベルさん宅まで見送ろうと提案したが、二人いるから大丈夫ということで、玄関で見送ることになった。
「デハ、長い時間、お邪魔しまシタ! 翔サン、つゆりサン、またね、デス!」
「あぁ! 帰り道、気を付けて」俺は答えた。
「ありがとうございました! ベルさん! また遊びに来てください!」つゆりが笑顔で言った。
「まぁ、結構楽しかったから、また遊びに来てやってもいいけどな!」レオさんが少し照れているような様子で言った。
「コラ! レオ! そんな言い方はいけまセン!」ベルさんはレオさんの頭を押さえながら注意していた。
「そうですね。もしよかったら、また来てください! レオさん!」俺はレオさんを見て言った。
「お兄ちゃんがいいって言っているから、また遊びに来てもいいけど…」つゆりが少し照れた様子でレオさんに言った。それを聞いたレオさんも嬉しそうな顔をしていた。
二人が帰った後、俺とつゆりはリビングに戻った。
「で! お兄ちゃん、如月さんをどうするの?」
「うーん、そうだなぁ。このまま寝かせてやりたいのは山々だけど、連絡しないと家族が心配するだろうからなぁ」
「そうだよねぇ」
「かといって、今起こすのもなぁ。牡丹さんが家族になんて言っているのかも分からないからなぁ…」
「うーん」つゆりは同意しながら、顎に手を当て考え始めた。
それから少し沈黙が流れ、なかなかいい案が思い浮かばなかったので、俺は思いつきを実行することにした。
「よし! じゃあ、俺がおんぶして送ってくるわ!」
「え!? どうしてそうなるの?」
「え? だってそれなら、牡丹さんを起こさないで家まで送ることができるだろ! 幸い家の場所も知ってるし!」
「いや、そうだけど…。それなら私がおんぶする!」
「それはさすがにきつくないか?」
「くっ! じゃ、じゃあ、お兄ちゃんが如月さんの家まで行って、寝ているので今日は家に泊まらせますって言えば…」
「それだと余計に心配しないか? 親から見ると初対面の男がいきなり、娘を家に泊まらせるっていう構図になるんだぞ! 最悪通報される!」
「じゃあ、私が伝えに行けば…」
「もう遅い時間だ。女の子が一人で外を歩くのは危ない! 可愛い妹を危険な目に合わせたくないからな!」
「そっ、それなら仕方ないわね!」
つゆりも納得してくれたので、俺は牡丹さんをおんぶして家まで送ることになった。おんぶする時、牡丹さんを起こさないように、つゆりにも協力してもらいながら、なるべくゆっくり背負うようにした。おんぶすると、牡丹さんも無意識に腕を前に回してくれたので、バランスを取りやすかった。外は寒いので、つゆりに牡丹さんの上からストールを掛けてもらい、防寒対策をした後、牡丹さんに荷物も忘れずに持って、出発した。しばらく歩いていると、牡丹さんが寝言を言っているのが聴こえた。
「お姉ちゃん。私、好きな人がいるんだよ」と牡丹さんは寝言を言っていた。どうやら夢の中で、お姉さんと会話をしているようだった。それに内容が好きな人の報告らしい。俺は、牡丹さんの好きな人が時雨だということを知っているので、お姉さんに対して少し優越感を抱いたと同時に、なぜか胸がモヤっとした気がした。
「その人はすごくカッコよくて、とてもやさしい人なの」牡丹さんは続けて寝言を言った。今度は好きな人の特徴を教えているようだった。カッコよくてやさしい人、どっからどう見ても時雨の特徴だった。
「私ね、その人と一緒の部活に入ってるの。相談部って言って、人の悩み相談に乗って、困っている人を助ける部活なの」この寝言を聴いて、牡丹さんの好きな人が時雨であるという推測が確信に変わった。今まではもしかしたら、俺の知らない誰かの可能性があったが、今の寝言によると、牡丹さんの好きな人が相談部であるということが分かった。さらに、普段の接し方を見ていると、その相手が紫苑ではなく、時雨だろうということは誰でも分かるだろう。ここで牡丹さんの態勢が少し乱れてきたので、一度立ち止まり、背負い直すと、寝言を言わなくなった。正直、可愛かったので、もう少し聴いてみたいと思い、話しかけたが、反応はなかった。
その後は特に何もなく、牡丹さんに家に着いた。部屋の明かりがついていたので、誰かまだ起きているだろうと思いながら、インターホンを鳴らした。「はい」という女性の声の応答があったが、少し警戒しているような声に感じたので、なるべく丁寧に自己紹介をして、牡丹さんを連れて帰ったことを説明すると、玄関のドアが開いた。
「牡丹!」と言いながら、父親と思われる人が出てきた。牡丹さんの父親を見るのは初めてのはずなのに、どこかで見覚えがあるような気がしたが、思い出せなかった。
「すみません。家で寝てしまったので、起こすのもいけないと思い、おんぶして来ました」
「い、いえ。こちらこそ。送ってくれてありがとうございます」牡丹さんの父親は丁寧な言葉で応対してくれたので、安心した。もし厳しい父親で、怒鳴られたらどうしようかと、考えていたが、杞憂に終わってよかった。牡丹さんの謙虚さは親譲りなんだな、と思った。俺はそのまま玄関まで行き、牡丹さんを父親にゆっくり受け渡して任務は完了した。玄関には母親も出て来て「ありがとうございました」と丁寧にお礼を言ってくれ、ホットココアをくれた。俺はありがたく頂戴し、飲み干した後、お礼を言い、「遅い時間にお邪魔しました。失礼します」と言って、帰り始めた。
曇り空を眺めながらしばらく歩いていると、あの時の公園の前に着いた。この公園は前に十文字に告白されて困っていた牡丹さんと話した公園だ。あの時と時間帯は違うが、夜に通ると、記憶が少し蘇ってきて懐かしく感じた。公園を見渡しながら一人思い出に浸っていた時、「翔くん!」という声が後ろから聞こえた。振り返ると、牡丹さんが息を切らしながら走って来ていた。
「え!? 牡丹さん!? どうして?」俺は状況が理解できずに困惑した。
「ハァ、ハァ、よかった! ハァ、間に合った!」牡丹さんは全力で追いかけて来たようだった。
「どうしたんだ? もしかして何か大事なものを忘れてしまった? ごめん ちゃんと確認したつもりだったんだけど…」
「ううん! そうじゃないの! ハァ、ハァ、翔くんは何も忘れてないよ!」
「え!? じゃあ、牡丹さんはどうしてそんなに急いでいるんだ?」
「私が…ハァ、ハァ、忘れ物をしていたから…」
「忘れ物?」
「はい! これ! 翔くんにクリスマスプレゼント!」牡丹さんはそう言いながら、ラッピングされた袋を差し出してきた。
「え!? いいのか? 貰っても?」と尋ねると「うん!」と牡丹さんは頷いたので、受け取った。中身を見る許可も取り、俺はすぐに袋を開けて中身を取り出した。それは黒にグレーのワンポイントが入った手編みのマフラーだった。
「これ、牡丹さんが自分で編んだのか?」
「うん! 編み物あまり得意じゃないから時間が掛かったけど、なんとか間に合ってよかった!」
「もしかして、これを作っていたから、最近寝不足だったのか?」
「えへへ。それは秘密だよ!」牡丹さんは誤魔化していたが、おそらくそうだったのだろうと思った。
「いいのか? 俺が貰っても?」時雨のことがあるので、俺が貰ってもいいのか気になり率直に尋ねてみた。
「貰ってくれると嬉しいなぁ!」
「ありがとう! 大事に使わせてもらうよ!」牡丹さんはやさしいので、気を遣って作ってくれたのだろう、と思った。おそらく、時雨にはもっと手の込んだものをプレゼントしたに違いない。俺にはついでに作ってくれたのだろう。もしかしたら、紫苑にも何かプレゼントしているかもしれない。たとえそうだったとしても、俺は嬉しかったから、大切にしようと思った。
「よかったぁ。喜んでもらえて…」の牡丹さんは安堵の表情を浮かべながら言った。
「あぁ! マフラーは持っていなかったから、ちょうどよかった!」
「よかったぁ。翔くんがまだマフラー買ってなくて…」
「俺がマフラーを持っていないこと知ってたんだな!」
「それは…。結構前にリサーチしたから…」
牡丹さんがそう言ったのを聞いて、俺はまだ残暑が続いていた9月頃の会話を思い出した。9月のある日、まだ暑い日にも関わらず、牡丹さんが突然マフラーの話をしてきたのを覚えている。持っているのかを聞かれたので、持っていないと答え、好きな色を聞かれたので、黒やグレーと答え、手編みは好きか嫌いか聞かれたので、どちらかといえば好きだと答えた。まさかその時の会話がクリスマスプレゼントの話だとは、誰が予想できるだろうか。いや、誰もできないだろう。
「まっ、まさか! あの時の会話が…」俺は驚きながら事実確認をすると、牡丹さんは「うん!」と頷いた。この時、牡丹さんの計算高さを改めて思い知った。ここまでできるのなら、時雨を落とすのも時間の問題だろうと思った。
それから、俺は貰ったマフラーを早速巻いた。マフラーのおかげで首回りが格段に温もり、寒さが一気に消え去った。
「どう? 似合うかな?」俺は牡丹さんに感想を聞いた。
「うん! 自分で言うのは恥ずかしいけど、似合ってると思う!」
「そっか! よかった! ありがとう!」
「こちらこそ、貰ってくれてありがとう!」
お互いに感謝し合っていると、視界に白いものが入ってきた。それを確認するため空を見上げると、少しずつ雪が降り始めたようだった。
「あ! 雪だ! ホワイトクリスマスだね!」牡丹さんが降ってくる雪を手に乗せながら言った。
「そうだな」
このままだと雪で濡れてしまうので、俺と牡丹さんは帰ることにした。「家まで送るよ!」と言ったが、「近くだから大丈夫!」と返されたので、この公園で別れた。
家に帰り着くと、つゆりがちょうどお風呂から上がっていたので、俺もすぐに入って温もった。風呂を上がった後、水を飲むためにキッチンに行くと、リビングの机にラッピングされた箱が置いてあった。誰かがプレゼントを忘れて帰ったのかもしれない、と思いながら手に取ると、一緒にメモ用紙が添えられていた。そこにはこう書かれていた。『お兄ちゃんへ! クリスマスプレゼント! つゆり』。どうやら、つゆりからのプレゼントのようだった。お礼を言おうと思ったが先に寝てしまっていたので、明日改めて言うことにした。中身を確認すると、ドクター〇ーチンの革靴だった。試し履きしてみると、サイズもピッタリだった。履いたことのない靴なのに、どうしてここまで正確なサイズを選ぶことができたのか、少し気になったが、それよりも嬉しさの方が何倍も大きかった。
俺がみんなに感謝をするために開いたクリスマス会だったが、逆に多くのものを貰ってしまい、また恩ができてしまった。今日貰ったもののおかげで、俺は一気にオシャレになるんじゃないかと調子に乗っていた。貰いものも嬉しかったが、みんなで過ごした時間もとても楽しくて、貴重な時間だった。この思い出は、これからも大切にしていきたいと思った。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




