落ち込んだ時は親切をしよう!!
落ち込んだ時はどうすればいいですか? と聞かれた時、みんなはなんと答えるだろうか。友達や家族に励ましてもらう、自分の好きな食べ物を食べる、一人で引きこもるなどだろうか。対処法は人それぞれだろう。俺のオススメ答えは、親切をしよう、だ。親切とは、やさしく、心が広く、思いやりがある行為のことだ。なぜ、親切をオススメするのか言うと、親切には人間にとって良い効用があるからだ。親切をすると、脳が変化して血管が拡張し血圧が低下したり、うつや社会不安障害の克服に役立ったり、老化のプロセスを遅らせたりできることが分かっている。
親切をすると、プラスの感情を関わる神経伝達物質ドーパミンとセロトニンの分泌量を増やしたり、オキシトシンやエンドルフィンも作られたりする。特にオキシトシンは絆ホルモンと言われており、心臓と動脈に様々なプラスの効果をもたらす。オキシトシンは、動脈の内壁にある細胞をやわらかくする。すると、血管は広がり拡張し、動脈にもっと血液が流れるようになる。そして、心臓をはじめとする臓器にもっと血液が届くようになり、血圧が下がる。その結果、心臓を守ることができるのだ。オキシトシンを増やす方法はいくつかある。感動する動画を見たり、誰かを慰めたり、困っている人を助けたり、温かいやり取りの思い出を思い出したり、ハグをしたりするとオキシトシンは分泌される。つまり、親切をするということだ。
親切は、幸せをもたらす。人間は社会的な生き物なので、人と繋がりを必要とする。そのため、幸福感は他人との交流から生まれることが多い。しかし、社会不安障害の人やうつの人たちは、内にこもりたがる傾向がある。外に意識を向けたり、他人を助けたりすることなど、考えることが難しい状態になっているだろう。自分が助けてもらいたいのに、他人を助けることなんてできないと思っているだろう。俺も経験があるからその気持ちはよく分かる。それでも、一旦外に目を向け、他人に対して親切にすると、脳が変化を始めて、うつの重荷がゆっくり消えていく可能性があるのだ。ここで勘違いしないでほしいのだが、利他的で他人の気持ちを優先させるということは、自分をないがしろにするということではない。自分よりもこの人たちの方が大事だ、自分は他人より価値がないなどと思い込まないようにしよう。他人に親切にすることと同じくらい、自分にも親切にした方がいいだろう。周りが期待するような人間ではなく、自分らしくなろうと覚悟を決めることも、自分への親切になる。
また、親切は伝染するのだ。親切な行動はそれを目撃した人の気分を高め、別の人にもその親切を伝えようという気にさせ、他の人たちの気分まで高めていく、波及効果がある。ある科学者は、親切を三次の影響ルールに当てはめることを推奨している。これは、誰かが親切をすると、影響を受けた誰かが親切になり、その誰かから影響を受けた人が親切になり、その人から影響を受けた人が親切になるということだ。この理論によると、一度の親切な行動で、間接的に64人を助けることになるらしい。そう思うと、俺も親切をしたい気持ちになる。
親切は、細胞レベルでの老化も防ぐことができる。親切をすると、老化に関わると言われている機能に働き、筋肉の再生を助けたり、迷走神経を活性化し、多くの病気や老化の一因となる軽度の慢性炎症を抑える力を高めたり、シワができるスピードを遅らせたり、免疫系を活性化したりできるのだ。
このように親切をすることで、様々な恩恵が帰って来る。おそらくみなが思っている以上のことが帰って来るだろう。それに親切は、いくら与えても減ることはない。ブッタの名言にこんなのがある。「一本のロウソクから何千本ものロウソクに火を灯すことができるが、元のロウソクの寿命が短くなることはない。幸福も分かちあったからといって減るものでもない」。ブッタのこの言葉には、親切も同じだと言いたいのではないか、と俺は思っている。それに、親切な人間になるのに、生き方を変える必要はない。意識してみると、普段過ごしている生活の中にたくさん親切をする場面がみつかるだろう。親切な行為は、何も大きなことに限ったことではない。見かけは些細なことでも、その力をけっして侮ってはいけないのだ。たとえば、店員さんに「ありがとう」と言う、誰かを褒める、ボランティアに参加する、バスや電車で席を譲る、寄付するなど探し始めるとキリがないだろう。このような小さな親切なら誰だってできるだろう。この小さな親切の積み重ねが大事だと俺は思っている。しかし、注意しなければならないこともある。親切をした時に見返りを期待すると、もしそれが得られなかったら、ストレスが生まれる可能性がある。親切をする時は、見返りを求めずに与えることが重要だ。ただし、自己犠牲にならないように気を付ける必要もある。相手から不当な評価を受けたり、恩を仇で返すような仕打ちを受けたりする時は、その相手と離れた方がいいだろう。
この世界は、誰もが幸せで毎日必要なものを得られているとは言えない。だから親切が必要なのだ。自分自身にも他人にも…。親切をすればみんなが得をするのは事実だ。人間は親切をしてきたから、ここまで繁栄できたのだ。そしてこれからもそれは変わらないだろう。
ある日の放課後、いつも通り部室で過ごしていると、ちょび髭学園長が突然訪ねてきた。何か用事があるのかと尋ねると、まさかの相談事だった。最初は俺たちをからかっているのかと思ったが、学園長は真剣な表情をしていたので、俺たちも本気で臨むことにした。
そして、学園長は暦学園の歴史を語りだした。創設時はこうだった、昔と今では時代も変わってしまった、私はこの時こんなことをしたなど、その語りは一時も止まることなく続いた。しばらくの間、みんな黙って聴いていたが、いつ終わるのかも分からない学園長の話に、段々と嫌気がさしてきたので、俺は一度話を遮って、結局何を言いたいのか、ということを尋ねると、日曜日に学園内でゴミ拾いや掃除をするから手伝って欲しいということだった。今までの話と全く関係ないじゃないか、と内心ツッコミを入れながら、表面上は冷静に対応した。
俺たちは相談部であって、ボランティア部ではないので、部として受け入れる内容ではないことを伝えた。ボランティア部には、すでにお願いして、了承を得ているらしいが、それでも人数が足りないので、相談部に来たらしい。そもそも、普段は業者に頼んで掃除をしてもらっているから、俺たちがする必要なんてあるのか? という疑問をぶつけてみると、学園長は真剣な表情をして答えてくれた。学園長曰はく、プロにお願いすれば、学園の清潔さは保たれるが、一年に一度は、生徒自身にも、日常で当たり前のように使っている学園の設備を意識してもらいたいと思って、毎年計画しているらしい。いつも使っているものを当たり前と思わずに、自分がどれだけ多くのものに助けられているのかを知ってもらいたいらしい。そして、一つひとつのものを大切に扱う心を養ってもらいたい、というのが学園長の信念の一つらしい。それでも、俺たち相談部の活動内容は、悩み相談であり、クライエントの話を聴いたり、助言を行ったりすることなので、部として受け入れるわけにはいかなかった。なぜなら、部活動ということで受け入れると、強制的に参加しなければならないのか、という無言の圧力が働く可能性が出てくるし、一度引き受けると、今後の相談でもボランティアのような相談内容が増えても困ると思ったからだ。それを聞いた学園長が「じゃあ、個人にお願いしたら、引き受けてくれるのかな?」と尋ねてきたので、それならいいと思うことを伝えた。ということで、学園長は改めて、日曜日の清掃ボランティアを手伝ってくれないか、ということをお願いしてきたので、俺は了承した。他のみんなも特に用事はないということだったので、結局、相談部全員が参加することになった。文月さんは元々生徒会として参加する予定だったらしい。つまり、睦月会長もいるということだ。
俺たち全員が引き受けたことで、学園長は満面の笑みになり、日程を説明し始めた。掃除は午前10時から始める予定だから、それまでに来ればいいらしい。服装は念のため汚れてもいい格好をしてくるようにとのこと。必要なものは、一式揃えておくので、持ってくるものは特にないらしい。当日は分担して作業をするらしいが、詳しくは直前に決めようということになった。そして説明を終えた学園長は、ウキウキした様子で可憐に踊りながら部室を出て行った。ということで、今度の日曜日は学園清掃になった。
当日の朝、9時50分頃に学園に到着すると、すでにみんな揃っており、準備万端のようだった。俺とつゆりが到着してから、師走先生が参加メンバーの点呼を始めた。今回参加するのは、相談部7人、生徒会の睦月会長、文月副会長、助っ人の一ノ瀬さん、ボランティア部部長の五味澄晴くんと副部長の御手洗麗さん、師走先生、学園長、そして、つゆりの合計15人だ。つゆりは、俺が日曜日に学園清掃を手伝うことになったということを伝えると、一緒に参加したいと言ってきた。なんでも、来年通うことになる予定だから早めに見ておきたいらしい。つまり、学校見学のつもりで参加したようだ。今度、暦学園を受験する予定だから、下見ついでに掃除を手伝ってくれるということだ。正直、つゆりの成績ならここ以外にも、もっと選択肢はあるだろうが、なぜか暦学園しか狙っていないようだった。作業服姿の学園長が見慣れない子がいるということで、つゆりに話しかけていたが、見た目的にそんな風に見えないので、つゆりは明らかに警戒しているようだった。一応、学園長であることを教えたが、つゆりの警戒心は解けることがなかった。そのことに学園長も少しショックを受けているようだった。
全員の点呼が終わったので、まずはゴミ拾いを始めるために、グループ分けをすることになった。二人一組で行うということだったので、適当にジャンケンで決めることになった。ただのジャンケンなのに、女子たちは無駄に燃えているような感じがした。学園長は単独で行動するということで、一人で先に行ってしまった。そして、決まったペアとゴミ拾いの範囲は、牡丹さんと二宮さん、ベルさんと桔梗さんが校舎側、文月さんと紫苑、睦月会長と一ノ瀬さんが体育館側、時雨と五味くん、つゆりと師走先生、俺と御手洗さんが校外周辺ということになった。一緒になれて喜んでいる人もいれば、落胆したような表情の人もいた。それに、最初から少し気になっていたが、御手洗さんと五味くんが気まずそうにしているように見えた。文月さんの情報によると、御手洗さんは一年B組で、風紀委員をしており、真面目でやさしい性格をしているらしい。見た目からもなんとなくそんな印象だったので、特に驚きはしなかった。文月さんとは大違いだと思った。一方、五味澄晴くんは二年C組で紫苑と同じクラスらしい。紫苑や時雨とも仲が良さそうだった。俺は、この二人がどんな関係か全く知らないので、あまり詮索してもいけないと思い、ゴミ拾いに集中することにした。軍手とトングとゴミ袋がそれぞれに配られてから、担当場所に移動し、ゴミ拾いを開始した。終わりの時間は11時なので、その時間になるまで、ペアの二人で行動することになる。俺は、御手洗さんとは初対面でどんな人か知らないので、特に話すこともなく黙々とゴミ拾いを拾い続けた。御手洗さんも特に気にしているようには見えなかったので、俺も気楽にできるな、と思っていると、御手洗さんがゴミ拾いを続けながら「あああ、あの! ちょっと話しかけてもいいですか?」と声を掛けてきた。
「ん? あぁ! いいですよ!」と俺は返事をした。
「あ! 私の方が年下なので、敬語使わなくても大丈夫です!」と御手洗さんは腰を低くして言った。
「え? あー、うん! 分かった!」と俺は了承した。
俺は初対面の相手には、年上だろうと年下だろうと関係なく敬語で話すようにしている。特に理由はなく、昔からそうだっただけだ。それに、年上だから偉いとか、年下だから言うことを聞かなければならないなんていう、年功序列的な古い考えは好きじゃない。年上でもたいしたことない奴はたくさんいるし、年下でもすごい人はたくさんいる。人を見る時に大事なのは、年齢ではなく、その人自身だと思う。俺は、その人がどんな考えをする人なのか、今までどんな行動をとってきたのかなどを見るようにしている。だから、最初は誰に対しても敬語で接しているのかもしれない。そして徐々に慣れてくると、いつの間にかタメ口に変わっている。これも特に意識していないが、おそらく気に入った人に対しては、無意識にそうしているのかもしれない。
「で! 話ってなんだ?」と俺は聞く態勢になり、改めて質問した。
「あ! はい。それなんですが……」と御手洗さんは少し言いにくそうな素振りをしながら「先輩は相談部でいろんな人の相談に乗っていると聞きました!」と言った。
「まぁ、一応…」
「も、もし先輩がよければ、私の相談に乗ってくれませんか?」と御手洗さんは恐る恐るお願いしてきた。
「ん? いいよ! 全然! ゴミ拾いなら話を聴きながらもできるし!」と俺は相談に乗ることを了承した。
「ありがとうございます!」と御手洗さんは安堵の表情を浮かべて、頭を下げてきた。
「そんな畏まらなくてもいいよ! それだと、俺も緊張してしまうから…」と俺は御手洗さんが話しやすいように緊張を解そうと思って言った。
「あ! はい!」と御手洗さんは言い、深呼吸を数回してから「あああ、あの…」と相談内容を話し始めた。
「あの……私の名前について……先輩はどう思いますか?」と御手洗さんは質問してきた。
「名前? 御手洗さんの?」と俺は質問で返してしまった。
「はい。御手洗麗という名前を、先輩はどう思いますか?」と御手洗さんはフルネームを名乗り、改めて質問してきた。
「どうって…うーん……。正直に言うと、綺麗な名前だなって思う!」と俺は率直に思ったことを伝えた。
「本当ですか!? ありがとうございます!」と御手洗さんは驚きながらも嬉しそうな顔をしていた。
「何か自分の名前で気になることがあるのか?」と俺は質問の意図を尋ねた。
「はい」と御手洗さんは答え、少し暗い表情になり、自分の過去について語りだした。
御手洗さんの話によると、昔から御手洗麗と言う名前をクラスメイトにからかわれたらしい。御手洗という名字をわざと“おてあらい”と呼んだり、トイレというあだ名で呼ばれたりしたことがあるらしい。それに麗という名前というだけで、トイレ掃除を押し付けられたこともあったらしい。要するに、御手洗さんは名前をバカにされたり、いじられたりしていじめられていたということだ。俺は話を聴いているだけでも、イジメる奴らに対して怒りが湧いてきた。
「そいつら、俺が言葉で徹底的にのしていいか?」と俺はつい怒りをあらわにして言ってしまった。
「いい、いえ、大丈夫です! もう過ぎたことなので…」と御手洗さんは焦って答えた。俺よりも御手洗さんの方が冷静だった。
「あ! あぁ、ごめん。つい、頭に血が上ってしまって…」と俺はすぐに謝った。
「いえ、先輩のその気持ちだけでも嬉しいです!」と御手洗さんは俺をフォローしてくれた。ほんとやさしい人だなと思った。
そして、御手洗さんはさらに話を続けた。いじめられていた時は、極力無視していたらしい。一定の距離を置いて、なるべく関わらないようにしていたら、途中から気にならなくなったそうだ。この話を聞いた時、御手洗さんはメンタルも強い人だな、と思った。そして、暦学園に進学しボランティア部に入部してから、あることが起こったらしい。当時から部長だった五味澄晴くんと出会って、仲良くなっていくうちに互いに惹かれ合い、夏から付き合い始めたらしい。話のきっかけは、名前のことだったらしい。五味くんも過去に御手洗さんと同じようないじめを受けていたらしく、似た者同士という感覚を抱いたらしいのだ。それから二人の仲は上手くいっていたが、最近ある一部の女子集団から、陰口を言われるようになったらしい。その内容がたまたま御手洗さんの耳にも入り、そのことを知ったらしい。その内容は、気分が悪くなるほど、最悪な言葉だった。御手洗と五味で汚物カップルという陰口だったらしい。そしてその言葉をいろんな人に広めているようなのだ。それを聞いた御手洗さんは、直接その女子集団に文句を言いに行ったらしいが、証拠がないという理由で相手にされなかったらしい。それで、このまま五味くんと付き合っていると、迷惑をかけるかもしれないと思ったらしく、数日前にどうすればいいか二人で話し合おうとしたら、ケンカになってしまい、今に至るということらしい。
「御手洗さんは、五味くんと仲直りをしたいと思っているってことでいいのかな?」と俺は御手洗さんが一番望んでいることを確認するための質問をした。
「はい」と御手洗さんは頷きながら答えたので、とりあえず、二人が仲直りするための方法を考えることにした。それと同時に、この問題はもう一つ解決しなければならないことがある、ということを俺は考えていた。御手洗さんの話を聴いた感じでは、おそらく二人が仲直りすることは簡単だと思った。落ち着いて話し合うだけで、元に戻れると思う。それよりも、どちらかというと、根本的な原因である陰口を言う女子集団をどうにかしなければならないと思った。こちらをどうにかしなければ、たとえ二人が仲直りできたとしても、お互いを庇い合って、別れるという選択をする可能性があるかもしれない。御手洗さんの話を聴いて、直観だがなんとなくそう感じた。それに、いじめが起こっていると聞いて、このまま黙って見過ごすわけにもいかない。いじめの発端は、加害者が被害者を軽く小突いたり、言葉で一方的に貶めたりすることで始まることが多い。その時、誰からも反論がなく、先生からも怒られなかったら、加害者はこのまま続けても大丈夫だと思い、いじめがエスカレートしていくようになる。つまり、いじめを見つけたら、絶対に許さないといった態度で臨まなければならない。しかし、俺一人でどうにかできる問題でもない。御手洗さんと問題の女子集団は一年生なので、文月さんたちにも力を借りようと考えた。
とりあえず、今はもう少し御手洗さんから詳しい情報を聞き出しながら、五味くんと仲直りする方法を考えることにした。仲直り方法には、効果的な方法と逆効果になってしまう方法があるので、気を付けなければならない。仲直りしたいのに、逆効果の方法を使うと、ケンカ前より余計に仲が悪くなってしまう可能性がある。逆効果の仲直り方法とは、認めたふりをして流す、徹底的にケンカして終わらせようとする、時間をかける、理解していることをアピールする、酒を勧めるなどだ。これをしてしまうと、仲直りできずに余計に悪化してしまうだろう。効果的な仲直り方法とは、ケンカが起きた原因を冷静に突き止める、できるだけ一緒にいる時間をとる、自分に落ち度がない場合は相手の謝罪をすぐに許す、悪いことをした瞬間に謝る、自分から声を掛けて話し合いの場を作るなどだ。当たり前のことを言っていると思われるかもしれないが、ケンカしている時は誰でも冷静じゃなくなっているので、自分は大丈夫と思っている人でも、一度振り返ってみることを勧める。これらの知識を踏まえて、御手洗さんと話し合った結果、五味くんに謝って仲直りしたいということだったので、二人が話し合えるような場を作ることにした。
11時になったので、一度みんな集合した。その時、霜月に声を掛けられた。
「なぁ、翔! ちょっといいか?」と時雨は、周りを気にしながら小さな声で話しかけてきた。
「ん? どうした?」と俺も同じくらい小さな声で応答した。
「実は、澄晴に相談されたことがあって…」と時雨は言い、ゴミ拾いの時間に五味くんに相談された内容を説明し始めた。
時雨の話によると、五味くんも御手洗さんと仲直りしたいと思っているらしい。五味くんはケンカの原因が自分にあると思っているらしい。言いたいことをはっきり言わない御手洗さんに対して、強い口調で言ってしまったことを気にしているらしい。謝りたいと思っているようだが、なかなか二人きりになるタイミングがなく、謝れない状態が続いてしまったらしい。この話を聴いて、五味くんもやさしい人だなという印象を抱いた。五味くんと御手洗さんは、ケンカの原因が100%自分にあると思い込んでいるように感じた。ケンカが起こる時は、何かきっかけがあるのは確かだ。しかし、どちらかが100%悪いということはない。必ずどちらにも落ち度はある。今回の件で言うと、五味くんは御手洗さんに対して、強い口調で怒ってしまったこと、御手洗さんは、言いたいことをはっきりと言わなかったことがそれぞれの落ち度だろう。相手を一方的に責める人は自分を正当化しているに過ぎない。その点、五味くんと御手洗さんは、多少考えに偏りがあるものの、ケンカの原因をしっかりと分析しているので、話し合いさえすればすぐに仲直りできるだろうと思った。俺は時雨と協力して、五味くんと御手洗さんを二人きりにする作戦を決行することにした。修学旅行のリベンジというわけだ。
今度は二グループに分かれて、それぞれ倉庫の整理整頓とトイレ掃除をすることになったので、グッパーでグループ分けすることになった。俺は時雨とアイコンタクトをして、同じグループになるように細工をしようとしたが、つゆりに怪しまれていたので、普通にすることにした。その結果、倉庫の整理整頓が俺、五味くん、文月さん、二宮さん、ベルさん、師走先生になり、残りの時雨、紫苑、如月さん、桔梗さん、御手洗さん、つゆりがトイレ掃除になった。学園長は変わらず中庭の剪定をしていた。五味くんと御手洗さん、俺と時雨が分かれてしまい、作戦が決行できないため、情報収集することにした。文月さんと同じグループになったので、いじめの件で相談すると、文月さんたちはすでに動いているということだった。御手洗さんに相談をされたわけではないらしいが、明らかにいじめられているのが分かるので、一度、直接文句を言ったらしい。その時、相手は証拠がないということを言っていたので、今は決定的な証拠を集めるために、二宮さん、桔梗さんと協力して動いているらしいが、それでもなかなか尻尾を掴めないでいるらしい。クラスが違うため、犯行現場を見つけにくく、言葉によるいじめのため、証拠が残りにくいようだった。俺もどうやって証拠を見つけようかと考えていた時、ふと思いついたことがあった。時雨に協力してもらえれば、相手が御手洗さんの悪口を言っている証拠を取ることができるのではないか、と思った。時雨は人当たりが良く、イケメンで、一年生からも絶大な人気があるから、上手くいけば相手も信用して尻尾を出すかもしれないと考えた。文月さんも俺の意見に賛成してくれた。文月さんによると、陰口を言っている女子集団は霜月時雨のことが好きで、勝手にファンクラブを結成しているらしい。時雨なら証拠を取るのにうってつけの人物だということだった。しかし、逆の可能性も考えられた。憧れの人の前では、猫を被って本性を出さない可能性もある。そう、文月さんのように…。なので、事情を知っている二宮さんも加えて、もう少し作戦を練ることにした。そしていくつかのパターンを想定した作戦を考えついたので、今度の月曜日に早速決行することにした。文月さんは「私の友達を傷つけて、絶対に許さない!」と今度の作戦で、いじめを絶対に終わらせようとしていた。俺もそれに感化されて、少し燃えていた。
倉庫整理とトイレ掃除が終わり、昼になったので俺たちは集合して昼食を取ることになった。昼食は、料理研究会の鬼門コンビが試作をたくさん作っていたので、それをもらってみんなで食べた。昼食中、五味くんと御手洗さんの様子を見ていると、二人ともまったく喋らずに黙々と食べていたが、お互いにチラチラと気にしているようだった。ということで、俺は二人が仲直りする方に集中することにした。昼休憩後は、空き教室の掃除だった。普段は誰も使っておらず、物置となっていた教室なので、掃除のし甲斐があったが、全員ですることになったので、五味くんと御手洗さんを二人きりにする機会が少なかった。最初は積み重ねられた机と椅子を廊下に出すことから始めた。全部出し終わった後、机と椅子を拭く係、床を掃く係、窓を拭く係、床や壁を拭く係などに分かれて、それぞれ掃除をした。しばらくすると、つゆりがいっぱいになったゴミ袋を持って「お兄ちゃん! 一緒にゴミ捨てに行こ!」と誘ってきたので、一緒に行こうと思ったが、その時一瞬ピンと来たので、俺は動きを止めた。
「つゆり! ゴミ捨ては御手洗さんにお願いしようと思うから、それを渡してくれないか?」と俺はゴミ袋を受け取るために手を差し出した。
「え? どうして? 私が行くよ!」とつゆりは一度拒否したが、俺がそのまま手を差し出しながら、つゆりの目を見つめていると、察してくれたのか、「分かった! はい!」と言って、ゴミ袋を渡してくれた。
「ありがとう!」と俺はつゆりに感謝した。
俺はゴミ袋を持って、一生懸命に窓を拭いていた御手洗さんのところに行き、ゴミ捨てをお願いすると、御手洗さんは快く受け入れてくれた。御手洗さんが受け入れてくれた後、同じく一生懸命床の汚れを拭いていた五味くんにもお願いした。それを知った御手洗さんは焦っている様子だったが、せっかく二人きりのチャンスなんだから、ここで話しておいた方がいいということを小声で伝えると、覚悟を決めたようだった。五味くんも不安そうな顔をしていたが、時雨に何か耳打ちをされてから、同じく覚悟を決めたような顔つきになったので、後は二人に任せることにした。おそらく二人なら大丈夫だろうと思いながら、頑張れ! と心の中で応援しながら二人を見守ることにした。それから、10分以上経っても二人が戻って来ず、他のみんなが心配しだしたので、俺は様子を見に行くことにした。もしかして、またケンカしてしまったのかという不安を抱えながら、走ってゴミ捨て場まで向かった。すると、ベンチに座っている二人の姿が見えたので、俺は咄嗟に姿を隠した。二人は何か会話をしているようだった。
「この前はごめんな。嫌な言い方をしてしまった」と五味くんが謝っていた。
「ううん。私の方こそごめんなさい。いつまでもウジウジしてはっきり言わなかったから…」と御手洗さんも謝っていた。
「麗は悪くない! 俺がもっと寛容だったら良かったんだ」
「ううん。澄晴くんは悪くない! 私がもっとはっきりした性格ならこんなことには…」
「いや、俺がもっと麗のことを考えていれば…」
「ううん。私がもっと意志を強く持っていれば…」
この会話を聴いて、俺は少し恥ずかしい気持ちになった。いや、お互いのことを責めずに仲直りしようとしている態度はとてもいいことだと思うのだが、なんだかラブラブカップルの痴話喧嘩を見せられているようで、なんとも言えない気持ちになった。途中から早く仲直りすればいいのに…と思いながら会話を聴いていた。
「このまま別れるなんて嫌だったんだ! もう一度やり直さないか?」と五味くんは言った。
それに対して、御手洗さんは少し悩んでいる様子で、すぐに答えを出せないでいた。俺に相談した時は、仲直りしたいとはっきり言っていたのに、どうしてそう言わないのか、と疑問に思った。まさか! と一つ心当たりを思いついた時、御手洗さんがようやく口を開いた。
「少し考える時間をもらっていい?」と御手洗さんは答えた。
「そっ、そうか! 分かった! 答えが決まったらまた連絡をくれ!」と五味くんは笑顔で言っていたが、それが無理して作っているのが分かった。それに声も少し震えているのも分かった。そして「俺先に戻っておくわ!」と言い残して、先に戻って行った。五味くんの姿が見えなくなったのを確認して、御手洗さんはそのままベンチに頭を伏せた。その姿はとても悲しく見えたので、俺はそっと近づいて、少し間隔をあけてベンチに座った。御手洗さんは泣いていた。俺は声を掛けずにただその場に座っていた。
「先輩……私……どうすればいいんですか?」と御手洗さんは涙声で俺に質問してきた。
「御手洗さんはどうしたいんだ?」と俺は質問で返した。
「私は………澄晴くんと………仲直りしたいです!」と御手洗さんは涙声で本音を言い、「でも! 私と付き合うと、澄晴くんに迷惑をかけちゃうから…」と先程の答えの理由を言った。予想通り御手洗さんは、いじめてくる女子集団のことを気にしているようだった。やはり、この二人を仲直りさせるには、根本的な原因であるいじめをどうにかしなければならない、と俺は胸の中で沸き起こる怒りを抑えつけながら、思っていた。それに、この状況になってしまったのは、俺が無理やり二人きりにしてしまったことも関係しているので、また余計なことをしてしまったという反省の懺悔として、どうにかしたいという気持ちが強くなった。
「御手洗さん………ごめん。」と俺は御手洗さんに謝った後、「必ず………どうにかするから」と呟いた。
それから数分後、御手洗さんは落ち着いた様子で顔を上げた。まだ少し涙が流れていたので、ハンカチを渡すと、「ありがとうございます」と言いながら、受け取り涙を拭いた。「洗って返しますね!」と御手洗さんが言うので、「そのままで構わない」と返したが、それはいけないということだった。それから、俺と御手洗さんはみんなの場所に戻った。みんなもなんとなく察しているようだったが、そのことには触れずに、御手洗さんと五味くんを元気づけるような言葉を掛けたり、会話をしたりしていた。二人のことはみんなに任せて、俺と文月さんは時雨に作戦の内容を説明して協力を仰いだ。時雨も協力してくれると即断してくれた。その後、掃除も順調に進み、15時には全ての掃除が終わった。最後に学園長が、みんなにお礼を言って、全員にお茶やジュースを買ってくれた。
「ありがとう! 水無月くん。おかげで学園が綺麗になったヨ!」と学園長が俺個人に言ってきた。
「いえ、俺も久しぶりにこんな大掃除したので、少し気持ちよかったです!」と俺は半分社交辞令、半分本音で答えた。
「それならよかったヨ! じゃあ、もう一つの方もお願いネ! 水無月翔くん!」と学園長は意味深なことを言い残して、どこかへ行った。もしかして、学園長は御手洗さんのことに気づいていて、今回の掃除を依頼してきたのではないか、と思ったが、それは考えすぎか、と思い直した。
「水無月くん! もし手伝えることがあったら私も協力するから!」と睦月会長が解散直前に俺に耳打ちしてきた。
「ありがとうございます」と俺は返事をした。この言葉を聞いて、睦月会長ほど頼もしい人が味方をしてくれるということに、とても心強く感じた。
翌日の月曜日、俺は早めに学校に到着した。時雨と文月さんもすでに来ており、改めて作戦を確認した。最初は、時雨が問題の女子集団に話しかけ、ボロを出したところを録音する作戦だ。朝のホームルームを終えた一年B組に時雨が突撃すると、予想通り女子連中は舞い上がっているようだった。俺と文月さんは離れたところから、様子を見ていた。時雨には最初に御手洗さんに話しかけるように言っていた。昨日のことを話題にして話し始めると、自然と思ったからだ。それに他にも目的があった。突然、時雨が話しかけたため、御手洗さんも驚いているようだったが、そこは時雨のコミュニケーション能力で難なくやり過ごせた。その後、時雨は例の女子集団5人に話しかけ、御手洗さんの話題を出したが、特に悪口を言う子はいなかった。予想通り、時雨の前ではみんないい子ぶっているような感じだった。時間になり、時雨は戻って来て、収穫がなかったことを悔しがっていたので、気にする必要はないと声を掛けた。むしろ、これから奴らを追い込むので、次の作戦に集中するように言った。一限目が終わった後、今度は俺が一年B組に行った。俺が教室に入ると、なぜか一瞬教室が静かになったが、無視して御手洗さんを呼び出した。突然の呼び出しに、御手洗さんは驚いているようだったが、すぐに付いて来てくれた。教室から少し離れた場所で、俺は御手洗さんにお願い事をすることにした。
「ごめん! 急に呼び出して!」とまずは御手洗さんに謝罪した。
「い、いえ、大丈夫です。それよりも、ごめんなさい」となぜか御手洗さんは俺に謝ってきた。
「え!? なんで謝るんだ?」
「きき、昨日…私が…失礼なことを言ってしまったから…それを注意しに来たんですよね?」
「いや、そうじゃなくて、ちょっと、お願い事をしたくて…」
「お願い事…ですか?」
「あぁ! 今ちょっと時雨とゲームしていて、スマホを隠してからそれを探すっていうゲームなんだけど、このスマホ御手洗さんが持っていてくれないか?」と俺は自分のスマホを見せながら、お願いした。
「え!? 私がですか!?」と驚きの反応をした後、「というより、なんですか? そのゲーム?」という当たり前の返事が返ってきた。
「ただのちょっとしたゲームなんだ。スマホだからどこかに置いておくのも心配で…」と俺は少し困っているような素振りを演じながら「御手洗さんが持っていてくれたら、安心だし、それにゲームにも勝てると思ったんだ!」と適当な理論を並べて、渾身のお願いをした。
「でで、でも、私が先輩のスマホを持っておくのも、危ないですよ」と御手洗さんは簡単には受け入れてくれなかった。
「大丈夫! 御手洗さんなら信じて預けられると思っているから! 今日一日だけでいいんだ!」
「私よりも信用できる人はいますよ! 霞ちゃんとか、桔梗ちゃんとか、ひまわりちゃんとか…」と御手洗さんは他の人を勧めてきたが、これは予想通りの展開だったので、すぐに返答することができた。
「相談部だと見つかってしまう可能性が高いと思って…。御手洗さんなら昨日知り合ったばかりだから、イケると思うんだ!」
「で、でも…」最初より御手洗さんも揺れ動いているようだった。こういう人は結構強引にお願いすると、断れないだろうと思ったので、最後にとどめを決めることにした。
「お願い! この通り!」と俺は言いながら両手を合わせて、頭を下げてお願いした。
「………分かりました。……今日だけなら…」と御手洗さんは渋々だが、受け入れてくれた。
「そっか! ありがとう! じゃあ、よろしく!」と俺は言いながら、スマホを御手洗さんのブレザーのポケットに入れた。そして「あ! これはゲームで時雨にバレたら負けだから、誰にも言わないでね!」と注意事項を付け加えてから、教室に戻った。
これで、ある程度の仕込みは完了したので、後は女子集団が尻尾を出すまで待つだけだったが、一応、念には念を入れて、最後にもう一度、休み時間に時雨に一年B組に行ってもらい、今度は御手洗さんだけに話しかけてもらうようにした。御手洗さんにはゲームをしているということを信じさせるためであり、女子集団には嫉妬させるためであった。この時の御手洗さんは、必死に知らない振りをしていたので、聴いていてちょっと面白かった。架空のゲームだが、俺との約束を守ってくれていた。そして案の定、女子集団は動き出した。昼休みになると、文月さんが俺たちの教室にやって来て、ターゲットが動き出したことを教えてくれた。それを聞いた俺と時雨は、文月さんと一緒に現場に行くことにした。牡丹さんとベルさんが気にしている様子だったので、「心配しなくても大丈夫! 必ずなんとかしてみせるから!」と言うと、信じて待ってくれた。ターゲットは、二宮さんと桔梗さんが離れたところから気づかれないように尾行してくれていたので、スムーズに目的地まで向かうことができた。予想通り、人気のない校舎裏に御手洗さんと例の女子5人がいた。俺たちは、声の聞こえないくらいの距離から物陰に隠れて、文月さんのスマホに耳を傾けていた。そのスマホからは、御手洗さんたちの会話が聞こえた。俺は自分のスマホを渡す時、電話している状態で御手洗さんのポケットに入れたので、それが会話の声を拾っている状態である。
「ちょっと、どうしてあんたが霜月様と話しているわけ?」と女子Aが高圧的な態度で御手洗さんに言っているのが聴こえた。
「そそ、それは……昨日、一緒に学校を掃除して…それで…少し話す機会があったから…」と言う御手洗さんの声は弱々しく聞こえた。
「はぁ? なんて言っているのか聞こえないんだけど?」と女子Bが高圧的な態度で言っているのが聴こえた。
「あんたなんかが霜月様と話すなんて、身の程をわきまえなさいよ!」と女子Cが言っているのが聴こえた。
この時点で、俺の怒りは沸点を越え、すぐにでも飛び出していきたい気持ちだったが、これだけだと証拠として弱いので、もう少し粘ることにした。
「それにあんた、水無月様にも呼び出されていたわよね?」と女子Dが言うのが聴こえた気がしたが、聴き間違いだと思った。
「そうそう! どうしてあなたが水無月様に呼び出されるわけ? 一体何を話していたの?」と女子Eが言っているのが聴こえたので、聴き間違いではないということが分かった。どうやら、一年には俺のことを様付けで呼ぶ人がいるということを、この時初めて知った。
「そそ、それは…言えない…」と御手洗さんは俺との約束を守っている様子で返答した。
「言えないってなに? あんた調子に乗り過ぎじゃない?」と女子Dが言っているのが聴こえた。
「霜月様と水無月様に話しかけられて、私は特別とでも思ってるのかしら?」と女子Cが言っているのが聴こえた。
「なんて羨ましい!」と女子Eの嫉妬心むき出しの声が聴こえた。
「ちょっと可愛いからって、いい気になり過ぎじゃない? “おてあらいさん”」と女子Bが嫌らしい感じで言っているのが聴こえた。そしてクスクス笑い声も聴こえた。
「あんたはトイレなんだからトイレらしくしてればいいのよ。汚物を流すためにね」と女子Aが言っているのを聴いて、文月さんたちが動き出した。「一年の問題だから私が解決したい!」と文月さんに言われたので、俺と時雨は少し離れた場所で待機することにした。
「ちょっと、そこで何やってるの?」と文月さんが堂々と乗り込んで行き、二宮さんと桔梗さんは後に続いていた。突然の登場に女子集団は驚いており、御手洗さんは泣いていた。二宮さんと桔梗さんは御手洗さんの肩をやさしく支え、文月さんは前に立ち、女子集団と面と向かった。
「何か用なの? 副会長さん?」と女子Aが言った。さっきから仕切っているような感じがしたので、おそらく、こいつがグループのリーダなんだろうと思った。
「えぇ。あなたたちはここで何をしていたの?」と文月さんが聞いた。
「何って、別に何も…」と女子Aは悪びれる様子もなく答えた。周りの女子共もクスクス笑っていた。
「じゃあ、どうして麗ちゃんが泣いているの?」と文月さんが少し強い口調で聞いた。
「さぁ? 普通に話していたら突然泣き出したの!」と女子Aは言った。
「どんな話をしていたの?」と文月さんが聞いた。
「普通の雑談だけど…」と女子Aが答えた。
「もっと詳しく教えてくれない?」と文月さんが聞いた。
「嫌! どうして副会長さんにそこまで教えないといけないの?」と女子Aは言った。
「そう。ならいいわ。教えてくれなくても…」と言いながら文月さんはスマホを取り出した。そして「ここに全部、あなたたちの会話が録音されているから」と言い、録音されたデータを再生した。そのスマホからは、先程の御手洗さんと女子集団の会話が鮮明な声で流れた。女子集団が御手洗さんに対して暴言を吐いているのもしっかり録音されていた。それを聴いた女子集団は焦り始めた。
「ど、どうして会話が録音されているの?」と女子Aが焦っている様子で文月さんに聞いた。
「さぁ? どうしてでしょう?」と文月さんが答えると、御手洗さんは気づいた様子で、ブレザーのポケットから俺のスマホを取り出して、画面を確認していた。
「それは!?」と女子Aが御手洗さんのスマホを見て言った。
「もしかして、そのスマホを使って、会話を録音していたの?」と女子Bが言った。
「そう! このスマホは、あなたたちのいじめの証拠を得るために、ある人に協力してもらったの…」と文月さんは言い、「それが誰か、あなたたちなら分かるんじゃない?」と文月さんは女子集団に質問したが、誰も言葉に詰まっている様子で、答えることができなかった。
「さぁ! 証拠はここにあるんだから、あなたたちはもう言い逃れはできない!」と文月さんは強い口調で言った。
「フン! あなたの勝手にすれば! 教師にチクるでもなんでもすればいいじゃない!」と女子Aが、やけになっているような様子で言った。
「まずは、麗ちゃんに謝りなさい」と文月さんは言った。
「何? 謝ったら許してくれるの? そんなことないでしょ! もう謝っても意味ないじゃない」と女子Aは涙声で言った。
「意味とかそんなんじゃなく、一つのけじめとして、ちゃんと謝りなさい!」と文月さんは再度謝罪を要求すると、女子A以外は御手洗さんに謝った。しかし、女子Aだけは「嫌よ! 絶対に謝らないから!」と頑なに謝ろうとしなかった。
「どうしてあなたは謝らないの?」と文月さんも少しずつ感情的になり始めていた。
「どうして私が謝らなければならないの?」と女子Aも感情むき出しで反抗していた。
「どうしてって、あなたが御手洗さんに悪口を言ったからでしょ!」と言う文月さんは、なんとか怒りを抑えている様子だった。
「悪口なんて誰でも言うでしょ! そんなの普通じゃない!」と女子Aは必死に自分の今までの行動を正当化しようとしていた。
「いや、キミのやっていることは普通なんかじゃない!」俺は我慢できなかったので、文月さんとの約束を守れずに、出て行き、時雨も付いて来た。
「水無月……様…」と女子Eが呟いたのが聴こえた。
「キミがやっていることは、ただの愚痴やからかいなんかじゃない! 完全に悪意のあるいじめだ!」と俺ははっきりと女子Aに向かって言った。
「やっぱり、霜月様と水無月様が協力してたんですね…」と女子Aが悟ったような顔で言った。
「事情は全て把握している! キミが謝って、今後こんなことをしないと反省すれば、まだやり直せるはずだ!」と時雨が言った。
「そんなことない! もう遅いの…。やり直しなんてできない…。」と女子Aは諦めた様子で言った。
「そんなことは…」と時雨が言いかけたところで、俺は続きを言うのを遮った。
「そもそも、キミはどうしてこんな嫌がらせを始めたんだ?」と俺は女子Aに質問した。
「それは……ただの八つ当たりよ! 彼女を見ていたらイライラしたから鬱憤を晴らすためにやったのよ!」と女子Aは正直に答えた。
「どうして御手洗さんを見るとイライラするんだ?」と俺はさらに踏み込んで質問した。
「どうしてって………よく分からない……ただなんとなく、そう感じたの…」と女子Aは答えた。
「そんなことで、麗ちゃんに酷いことを言っていたの!」と文月さんが怒りをあらわにして言った。
「それは……」と女子Aは言葉に詰まっていた。
「それはたぶん嫉妬心だろ?」と俺は女子Aに質問した。
「嫉妬? そんなわけないでしょ! どうして私が彼女に嫉妬するの?」を女子Aは答えた。
「じゃあ、劣等感か?」と俺は再び質問した。
「劣等感? 私が彼女よりも劣っているっていうの?」と女子Aはムキになって聞いてきた。
「いや、キミが劣っていると言っているわけじゃない。キミが御手洗さんに対して、劣等感を抱いていると言っているだけだ!」と俺は答えた。
「私が彼女に劣等感を!? 何を言っているんですか?」と女子Aは俺の言っていることを理解していない様子だったので、俺の推論を説明することにした。
今までの情報と先程の会話の内容から判断して、女子集団は御手洗さんに対して、嫉妬心や劣等感を抱いているように感じた。この二つの感情は人間誰しも持っているが、厄介な感情でもある。上手く使わないと、自分自身を貶めたり、他人を過度に攻撃したりしてしまうことがある。おそらくこのいじめの始まりは、女子Aが御手洗さんを見て、自分にはない何かを持っているように感じてしまい、それが嫉妬心に変わり、仲間を集めたのではないかと推測した。陰口を言ったり、いじめをしたりする人の特徴としては、相手を下げて自分を上げることで、一時の優位性を味わうということがある。言い換えると、自分が劣等感を抱かないように自分を守っているということである。これは全く意味のないことだ。相手を下げたところで、自分は何も変わっていないのだから、無駄なことだ。いや、頑張っている人を蔑むことでその人に影響が出てきたら、害悪ですらある。また、陰口を言う人にとって、その相手は自分の目標に近いということがある。そもそも自分の興味のない相手に対しては嫉妬心を抱くはずがなく、興味があるから嫉妬心を抱くのであり、自分の目標であるから嫉妬心も強いのである。大抵の場合、本人はこのことに気づいていないことも多い。稀にサイコパス的な考えの人もいるかもしれないが、今回の件は典型的な劣等感の表れだと思う。女子集団が具体的に何に嫉妬していたのかは分からないが、この年頃に多いのが、見た目だったり、勉強だったり、部活だったり、恋愛関係だったりすることだ。いや、この年頃ではなくても、これらで嫉妬することはあるか、と思い直した。俺の説明を聴いて、思い当たる節があるような表情になった女子もいた。
「そんなの…! ただの推測でしょ?」と女子Aはなかなか認めようとしなかった。
「あぁ! あくまで俺の考えだから、事実はどうか分からない。それを知っているのは、キミだけだ!」と俺は女子Aを指さしながら言った。
「嫉妬心なんて……そんなこと……」と女子Aは受け入れきれない様子で言った。
「嫉妬を抱くことは何も悪いことばかりじゃない!上手く使えば成長することができるんだから!」と俺はやさしい口調を意識して言った。
嫉妬の感情にも利点はある。自分の欲しいものが明確になるということだ。自分が誰の何に嫉妬しているのかを理解することで、目標が見つかる。そして嫉妬の感情を上手く使える人は、相手を蔑むのではなく、現状を受け入れて、自分が追いつくように努力するのだ。つまり、嫉妬心により、自分自身を成長させることができるということだ。
「そんなの……ただの理想論よ!」と女子Aは言った。
「そうだな…。口で言うのは簡単だが、実際にやるのは難しいな…」と俺も同意し、「でも、できないことでもない!」と強く言った。続けて「そもそもキミたちには、それぞれ良いところがあるはずだ!」とフォローのつもりで言葉を掛けた。
「私の……良いところ?」と女子Aは言った。
「陰口を言って相手を下げるんじゃなくて、自分が成長して相手を見返すような人の方が、俺はカッコいいと思う…」と俺は自分の考えを最後に言った。
すると、女子Aも心変わりをしたのか、御手洗さんの目の前に行き、「今まで酷いこと言ってごめんなさい」と謝った。御手洗さんも女子集団が反省しているのを察してか、今回の件は水に流すことにしたようだ。しかし、もし今後同じことをしてしまったら、許さないという約束をした。泣いている女子集団は時雨が気を遣って、一緒に教室まで戻ってくれた。
「あああ、あの! 今回は、本当にありがとうございます!」と御手洗さんは深々と頭を下げてお礼をしてきた。
「とりあえず、解決したみたいで良かったニャ!」とカスミンが安心した様子で言った。
「一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったな!」と桔梗さんも安堵の表情を浮かべて言った。
「いや、まだ油断はできない! いじめというのはそう簡単に終わるのもではないから…」と文月さんは警告した。
「そうだな。でもまぁ、今回の件はみんなよく頑張ったな!」と俺は三人を称えながら、頭をよしよししてしまった。時々つゆりにしているので、つい調子に乗ってやってしまった。二宮さんは黙ったままされるがままで、桔梗さんは顔を赤くして恥ずかしがっている様子で、問題の文月さんは、意外と何の反応もなかったので、ホッとした。
「ねぇねぇ、カスミンにはしてくれニャいの?」とカスミンが羨ましそうな顔で言ってきたので、カスミンの頭も撫でてやった。
それから、二宮さんと桔梗さんは御手洗さんと一緒に先に教室に戻って行き、俺と文月さんはベンチで一休みしていた。
「先輩……あの時は助かりました! ありがとうございます」と文月さんがお礼を言ってきた。おそらく、文月さんが感情的になっている時に俺が出て行ってしまった時のことを言っているのだろうと思った。
「いや、あれは俺が我慢できなくて行ってしまっただけだから…。ごめん、約束守れなくて…」と俺は謝った。
「いえ、結果的に助かったので、謝り必要はありません。もしあのままだったら、私、何をしていたか分かりません」と文月さんは自分の行動を振り返り、反省しているようだった。
「あの場面なら誰でも感情的になると思うけど、文月さんがあそこまでなるのは珍しいな!」と俺は率直に思ったことを言った。
「はい。私もあそこまで取り乱しそうになったのは初めてです…」と言い、文月さんは少し俯いてから「本当は怖かったんです。あんな風に前に出て言うのが…」と本音を吐露し始めた。その時の文月さんは、震えを堪えているように見えた。「でも! 私は副会長だから……この学園をより良い場所にしなければならない使命があるんです!」と力強く言った。そして、文月さんは過去のことを語り始めたので、俺は黙って話を聴くことにした。
文月さんは、昔から正義感が強く、自分が正しいと思うことは、はっきりと意見を言っていたらしい。そして、中学の時に睦月会長に出会ってから、憧れを抱き、睦月会長のような立派な人になりたいと思いながら、努力してきたらしい。睦月会長が中学を卒業してからは、文月さんが生徒会長を引き継いだらしいが、なかなか上手くできなかったらしい。見た目のせいで、マスコットのように扱われたり、厳しいことを言ってもなぜか和やかな雰囲気になったりしていたらしい。その話を聴いて、結構簡単に想像できてしまったが、口に出さないようにした。「先輩! なんで笑っているんですか?」と途中でツッコまれたので、表情は抑えられていなかったようだ。それはさておき、文月さんは睦月会長のようになりたくて、努力しているらしいが、上手くできない自分に腹が立って、そんな自分が嫌いだと言っていた。今回の件も、最初は自分一人の力で解決しようとしたらしいが、結局、俺、時雨、二宮さん、桔梗さんの力を借りなければ、どうにもできなかったことを痛感して、自分の無力さが悔しいと言っていた。それに、あの時、俺の姿を見て少し安心したらしい。それも自分の弱さだと、文月さんは言っていた。
「失望しましたよね? 一人じゃ何もできない私に…」と文月さんは尋ねてきた。
「いや、全然!」と俺は即答した。それを聞いた文月さんは一瞬唖然とした顔になったが、すぐに元に戻った。
「気を遣わなくても大丈夫です。先輩はほんとやさしいですね!」
「別に気を遣っているわけじゃない。本音を言っただけだ!」
「そんな…そんなわけないじゃないですか! 私は一人で何もできないんですよ!」
「そんなことはない! 一人でできることはたくさんあるはずだ! うーん、そうだな…」と俺は顎に手を当て、少し考えてから「たとえば、勉強とか!」と例を示した。
「勉強なら誰でも一人でできますよ!」
「そうだな。でも、文月さん程頑張っている人は少ないと思う。でないと、ずっと学年トップを維持することなんてできないと思うから!」
「それなら、先輩もそうじゃないですか!!」
「だから分かるんだよ! どのくらい勉強をしないと、学年トップを取れないのかを…」と俺は文月さんと共通の立場を利用して、励ました。同じ立場ということもあり無駄に説得力がありから、文月さんも納得してくれたようだった。続けて「それに、俺も一人でできないことなんて、たくさんあるからな!」と暴露する作戦に出た。
「先輩が、ですか!?」と文月さんは意外そうな顔をして聞いてきたので、俺は普段、他人に言うことにない、苦手なことを教えることにした。
「あぁ、まず俺は、一人で泳ぐことができない」
「え!? 先輩、泳げないんですか!?」
「あぁ、腕を掴んでもらわないと、沈んでしまう!」と俺は堂々とした態度で言った。
「フフッ、どうしてそんな堂々とした態度で言っているんですか!?」と文月さんにツッコまれてしまったが、少し笑ってくれたので、もう少し暴露してみることにした。
「それに、俺はカラオケにはほとんど行かない! どうしてだと思う?」と今度は質問形式にしてみた。
「歌が下手だからですよね?」と文月さんはすでに知っているような様子で答えた。
「え!? なんで知ってんの?」と俺は少し焦った。もしかして、俺は歌が苦手ということが、知らない間に広まっているんじゃないかと、心配になった。
「それは、この前の文化祭後にみんなでカラオケに行ったじゃないですか! その時聴いたからです!」と文月さんの答えを聞いて、俺の心配が杞憂に終わり、安心した。
「え!? 俺の歌、そんなに下手だった?」と俺はもう一つの気がかりだったことを尋ねた。
「まぁ…その…すごく下手ってわけじゃないですけど…その…」と文月さんは明らかに気を遣っているのが分かった。
「もういいよ。そんなに気を遣わなくて…。自覚しているから…」と俺はショックを受けた、肩を落として落ち込みながら言った。
「そんなにあからさまに落ち込まないでください! 私が悪いみたいじゃないですか!」と文月さんは必死に俺を励まそうとしており、いつの間にか立場が逆転しているようだった。
「ごめん、ごめん。冗談だから」と俺もあっさり回復したつもりだったが、センチメンタルなので、内心少し落ち込んでいた。
「もう! 変な冗談はやめてください!」と文月さんは頬を膨らませて怒っていたが、その顔がまるで小動物のように見えたので、逆に癒された。先程の過去話の出来事を実際に体験し、これは仕方のないことだと思った。
そんなことを考えながら文月さんを見ていると「何ニヤニヤしているんですか!」とツッコまれたので、俺は改めて気を引き締めることにした。
「つまり、何が言いたいかと言うと、文月さんは文月さんのままでいいってこと!」と俺は結論を言った。
「私は…私のままでいい……ですか」と文月さんは唖然とした表情で繰り返した。
「あぁ! 文月さんには文月さんの良いところがあるんだから、そんなに自分を責めないでいいってこと!」
「私の良いところ…」と文月さんは繰り返した。
「みんなそれぞれ得手不得手があるのは当たり前だ! 俺だって一人でできないことはたくさんある!」と言い、「それに、今回の件も文月さんたちにたくさん助けてもらった!」と事実を伝えた。
「私が…先輩を…ですか?」と文月さんは意外そうな顔をして聞いてきた。
「あぁ! 文月さんがいなかったら、こんなに上手くいかなかったかもしれない! ありがとう!」と俺は改めてお礼を言うと、文月さんの表情が少し和らいだ気がした。さらに「それに、睦月会長をお手本にして努力するのは良いと思うけど、いくら頑張っても睦月会長にはなれないからな!」と事実をはっきりと認識させ、続けて「なることを目指すんじゃなくて、自分の強みを活かして、乗り越えた方がカッコよくないか?」と尋ねてみた。
「自分の強みを活かす…」と文月さんは俺の言葉を繰り返していた。
「まぁ、俺は今の文月さんも好きだけどな!」と俺は最後にフォローのつもりで軽く言ったが、それが癇に障ったのか、文月さんは再び俯き、少し沈黙が流れた。俺は地雷を踏んだと思い謝ろうとしたら、文月さんが同時に口を開いた。
「そうですね! 先輩の話を聴いていると、なんか一人で勝手に落ち込んでいる自分がバカバカしくなってきました!」と文月さんは顔を上げて言った。その顔は少し赤くなっているように見えたので、心配になった。
「顔が少し赤いけど熱があるんじゃ?」と俺は声を掛けた。
「先輩のせいで熱くなっているんです!」と文月さんは怒りながら立ち上がった。続けて「あーあ、授業サボっちゃいました! これじゃあ副会長失格ですね」と言っていたが、その表情は笑顔だった。
「ごめん。俺が先生に言って、なんとかしてもらうよ!」
「いえ、一回くらいサボっても大丈夫です! 副会長だって、体調が悪い時もありますから!」と文月さんは答えた。
「そうだネ! 人間、誰しも休息は必要だネ!」と、どこからともなく突然学園長が現れた。
「学園長!!」と俺と文月さんは声を揃えて驚きながら言った。
「ああ、あの…ここ、これは…その…」と文月さんは珍しく混乱しているようだった。
「いきなり現れないでください! ビックリするじゃないですか!」と俺の方が冷静だったので、対応することにした。
「ホッホッホッ! メンゴ、メンゴ」と学園長はちょび髭を触りながら、テキトーな謝罪をしてきた。
「何か用ですか?」と俺は学園長に質問した。
「いや、特に用というわけではないんだけどネ。散歩していたら、偶然キミたちを見つけたから、声を掛けたんだヨ!」と学園長はあっさり答えた。
「そそ、そうだったんですか! 今日は天気がいいですもんね! 絶好の散歩日和です!」と文月さんは言いながら空を指さしたが、今日は空一面雲が覆っているので、散歩日和とは言い難い天気だった。それ程文月さんは混乱しているようだった。
「ホッホッホッ! そうだネ! 人によっては晴れた日より曇りの方が散歩日和と思う人もいるかもネ!」と学園長は特に気にしていないようだった。
「それで、偶然俺たちを見つけたので、どうするんですか? 内申点を下げるんですか?」と俺は聞いた。正直、俺は内申点を気にしたことないから、どうでもいいと思っていたが、文月さんが気にしているかもしれないと思ったので、尋ねてみた。
「ホッホッホッ! 心配しなくても、そんなことはしないヨ!」と学園長はあっさり答えた。その答えを聞いた文月さんは少し安心した様子だった。
「良いんですか? 学園長が授業をサボっている生徒を注意しなくて…」と俺は少し探るような質問をした。
「もちろん、授業をサボっている生徒を見かけたら注意はするヨ!」と学園長は答えてから、「でも、キミたちはサボっているわけじゃないんだろう?」と質問を返してきた。
こう答えるということは、もしかして、学園長は俺たちのさっきのやり取りを全て知っているんじゃないかと思った。そうでなければ、授業中に中庭のベンチで休んでいる生徒を見て、サボっていないと思うことはなかなかないだろうと推測した。
「学園長には、俺たちがサボっていないように見えたんですね?」
「まぁ、そうだネ!」と学園長は認めた。
ということは、つまり学園長はどこかで、俺たちの様子を伺っていたということになる。そう考えると、今までのことは全て学園長に仕組まれていたことじゃないかと思うようになった。急な掃除の依頼から始まり、御手洗さんのいじめの件、文月さんの悩み事、もしこれら全てを学園長が知っていたとしたら、とんだ曲者だ。俺はまんまと手の上で操られていたことになる。マンガやドラマでよくある、普段はチャラチャラしているキャラが、実はすごい奴だった的な感じなのかもしれないと思ったが、どうしてもそんな風には見えなかった。見た目で判断してはいけないと分かっていても、最初に抱いた印象はなかなか変えられなかった。
「学園長! あなたは一体…」と俺が言いかけたところで、学園が「だって!」と言葉を被せてきたので俺の質問を遮られてしまった。
「だって、文月くんの体調が悪いように見えたから…」と学園長は文月さんを心配しているような眼差しを向けて言った。
「え!? 私ですか!?」と急に話題を振られたので文月さんも驚いていたが、「あ! はい。ちょっと体調がすぐれなかったので、先輩に付き添ってもらっていました!」と急遽流れに乗って答えた。
「それはいけないネ! 早く保健室で休んだ方が…」と学園長は文月さんを気遣いながら言った。
「あ! いえ、もう大丈夫です! 先輩のおかげで良くなりました!」と文月さんは両腕で力こぶを作り、元気になったアピールをしながら答えた。俺が文月さんをチラッと見ると、ウインクをしてきた。おそらく、俺の内申点を下げないようにしようと気を遣っているんだろうと思ったが、そんなことよりも、ウインクが可愛かったので癒された。
「それならよかったヨ!」と学園長は文月さんの言葉をあっさりと受け入れた。
その時、授業の終わりのチャイムが鳴り響いた。その音を聴いた学園長は「おや、5時限目が終わったようだネ! では、私は行くヨ!」と言ったので、俺は「はい」と返事をした。学園長は背を向けて歩き出したかと思うと、数歩進んで立ち止まり「そうそう! 大事なことを言い忘れていたヨ!」と振り返りながら言った。そして「ありがとネ! 文月くん! 水無月くん!」と言ってから、前を向いてどこかへ行ってしまった。俺と文月さんは、学園長の言葉の意図が分からず、顔を見合わせたが、感謝の言葉だったので、いい気分になった。その時、文月さんが次の授業に遅れるわけにはいかないことに気づいたので、俺たちは急いで教室に戻った。
放課後、俺は部室に行く前に生徒会室を訪れていた。睦月会長にお願いしたいことがあったからだ。今回の件は文月さんがいろいろ動いてくれたおかげだったので、睦月会長に褒めてもらうようにお願いしようと考えた。そうすれば文月さんが最も喜んでくれるだろうと思ったからだ。終わったことなので、あまり詳しいことは言わなかったが、睦月会長は快く受け入れてくれた。
翌日の放課後、文月さんは上機嫌で部室にやってきた。理由を聞くと、照れながら睦月会長に褒められたと言っていた。睦月会長は早速約束を守ってくれたようだった。その日の帰り道の別れる直前、文月さんが俺に近づいて来て、「ありがとうございます! 翔先輩!」と耳打ちをしてきた。そして笑顔で「また明日!」とみんなに言った。
数日後、時雨が教えてくれたが、御手洗さんと五味くんは復縁したらしい。なんでも、時雨が五味くんを焚きつけるようなことを言うと、五味くんの目が変わり、御手洗さんに改めて告白をして、オーケーをもらったらしい。文月さんによると、御手洗さんに対しての嫌がらせもあの日からパタッとなくなったらしい。まだ油断はできないと言っていたが、とりあえずは安堵しているようだった。さらにこの日、ある女の子が相談部を訪ねてきた。彼女のことを俺は覚えていなかったが、文月さんによると、御手洗さんに嫌がらせをしていた集団のうちの一人らしい。そう言われてうっすらと記憶が蘇り、彼女が女子Eだったような気がしてきた。しかし、俺の記憶が正しければ、女子Eは髪が長かったような気がするが、相談に来た彼女はショートヘアだった。
「あなた、一体何の用でここに来たの? しかも髪も短く切って!」と文月さんがそのことに触れると、彼女は俺の方を見ながら、照れた様子で答え始めた。
「水無月様が髪の短い人の方が好みだという情報を得たので、思いきって切ってみました!」と彼女は答えた。
それを聞いたベルさんが「ミナヅキ?」と言い、如月さんが続けて「さま?」と言い、目を見開いて驚きながら俺を見てきた。いや、そんな顔で見られても俺は何も知らないんだが…と思ったが、そう言ったとしても分かってくれそうな雰囲気じゃなかった。
「水無月様は仰っていました! 他人を妬んで下げるのではなく、それを力に変えて自分を磨けと…!」と彼女は俺のこの前の言葉を要約して言い、続けて「なので、私は水無月様の教えを実践するため、自分磨きを頑張ることにしました!」と力強く宣言した。
「そっ、そうか! ま、まぁ応援しているから、頑張って!」と俺は彼女のノリに戸惑いながらも、伝えたかったことをしっかりと受け入れてくれているようだったので、少し嬉しくなり返答した。
「ハァ!! 水無月様が私を応援してくださるなんて…!」と彼女は言いながら、昇天しそうになっていた。
そんな彼女の名前は、一条かるた。どことなく、皐月さんと同じ系統のような気がして、寒気を感じた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




