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どんな悩みも水無月くんにお任せ!!  作者: たかべー
新・相談部始動編!!
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文化祭!!!②

 “やればできる”という言葉を聞くことがある。この言葉は、相手を励ますときに使うことが多いだろう。勉強やスポーツ、ビジネスなど様々な場面で使われているのを耳にする。果たして、“やればできる”とは、本当なのだろうか? そのことを調べたある研究が、それを証明してくれた。マインドセットという言葉を聞いたことがあるだろうか? 言い換えると、心のあり方、考え方などという意味だ。マインドセットにも様々な種類があるが、中でも二つのマインドセットが人生に大きく影響すると言われている。それは、成長マインドセットと固定マインドセットだ。

 成長マインドセットとは、人間の基本的資質は努力次第で伸ばすことができるという信念だ。この考え方の人たちは、自分を向上することに関心を向けており、努力こそが人を賢くし、能力を向上してくれると考え、思い通りに行かない時や上手くいかない時にこそ、粘り強い頑張りを見せる。新しいことや難しい課題に果敢に挑戦し、どんどん成長していく。新しいことを習得したり、成長したりすることができれば成功と考える。たとえ、失敗したとしても、それをしっかりと受け止め、原因を分析し、どうすれば上手くいくのかを考える。失敗を悪いことと捉えず、必要なプロセスだと考えているのだ。その結果、経験から多くのことを学ぶことができ、大きく成長していけるのだ。また、自己洞察力も高く、現時点での自分の能力が不本意だとしても、ありのままを受け入れることができるのだ。

 一方、固定マインドセットは、人間の能力は固定的で変わらないと信じている人たちのことだ。この考えの人たちは、自分の能力を証明することに捉われており、途中で躓いたり、失敗したりしたら、簡単に諦めてしまう。自分の賢さや能力を証明できれば成功と考える。失敗することは良くないことだと考えており、自分の価値を低めてしまうと思い込んでいるのだ。この人たちは、才能に恵まれている者に努力は不要だと思っているため、必要な努力をしない傾向にある。本気で努力をした時に、もし失敗してしまったら言い訳ができなくなるのが怖いのだ。さらに、自己洞察力も低く、自分の能力の受け止め方が歪んでしまう。都合の良い結果ばかりに目を向け、悪いことは無視することがある。

 言うまでもないと思うが、より良い人生を歩みたいと思うのなら、成長マインドセットの方が良いだろう。成長マインドセットなら、人生のあらゆる出来事を勉強と捉えているので、楽しむことができるだろう。一方、固定マインドセットは、いつも自分の能力を証明することに捉われ、失敗を恐れているため、気を抜くことができないのだ。しかし、心配する必要はない。ほとんどの人は両方のマインドセットを併せ持っているのだ。同じ人でも分野によって、マインドセットが異なる場合もあるのだ。俺自身は、勉強や運動能力は成長マインドセットだが、歌や絵などの芸術に関しては固定マインドセットになることがある。それでも、能力は伸ばせることができると信じていれば、実際に伸びていくということが分かっているので、自分が本気で取り組みたいと思っていることは、自分を信じて、必ず成長できる、つまり“やればできる”というマインドセットが重要だということだ。


 文化祭一日目を終えた翌日、今日も快晴で絶好の文化祭日和だ。少し早めに学校に着くと、すでに如月さんが魔女の姿で準備していた。昨日の売れ行きが予想外で、お客さんを少し待たせたから、今日はもっと効率よくしないと、と言っていた。昨日の状況は俺の判断ミスであり、今日は俺も手伝うということを伝えると、助かると言ってくれた。それから二人で準備を始めた。

「やっぱり、翔くんってすごいなぁ!」と如月さんが唐突に言った。

「え!? どこが?」と俺は聞いた。

「だって、お店の方もそうだし、劇も急に出ることになったのに、普通にやり切るんだもん!」と感心してくれているような感じで如月さんは言った。

「店の方は何もしてない。昨日なんか、ただ座っていただけだ! 俺よりもみんなが頑張ってくれているから成り立っているんだ!」と事実を伝えながら、俺は続けて述べた。

「劇もそうだ。みんながよくやっているから、そんな風に見えるだけだ。俺がすごいわけじゃない」

「謙遜しすぎだよー! 翔くんはもっと自分の頑張りを認めないと!」

「俺は別に頑張っているつもりはないんだ!」

「え!? どういうこと? たくさん頑張っているように見えるけど…?」と如月さんは「?」を頭の上に浮かべた顔で聞いてきたので、俺は持論を説明することにした。

 俺は“頑張る”という言葉の使い方には気を付けている。“頑張る”という言葉は、多くの人にとって良い意味の言葉ではないかと思う。それは、他人を応援したり、励ましたりする時に使うことが多い言葉だからだ。しかし、使う時を間違えれば、相手を追い詰めてしまう言葉に変わることがある。もうすでにたくさんの努力をして頑張っている人に対して、“頑張って”という言葉を掛けると、伝えたい意図とは逆にネガティブに捉えられてしまうことがある。これは誰にでも起こりうることだと思う。勉強を頑張っているのに、頑張れと励まされてイラっとしたことはないだろうか? スポーツで毎日頑張っているのに、頑張れと言われて、ムカついたことはないだろうか? これはその人の精神状態によるところがあると思う。同じ人でも、日によって捉え方が変わってしまうこともあるのだ。それに、頑張ることは良いことだと多くの人が小さい時から教え込まれる。それを否定するつもりはないが、人間ずっと頑張り続けることなんて無理だ。頑張ったのなら、その分休憩もたっぷり必要だ。この休憩を怠ると、自分の心身を壊してしまうリスクが高まる。それに、頑張れる程度も人によって違うだろう。他人が頑張ってできることが、自分が頑張ってできるとは限らない。頑張ればなんでもできるという言葉はまやかしだ。たとえば、スポーツだと一つの競技で一流の人が、他の競技で一流になれるわけではない。水泳選手が陸上で速く走れるわけではない。サッカー選手が野球でホームランを打てるわけではない。稀に多種目でトップになる人がいるようだが、その人は例外だ。スポーツだと分かりやすいが、日常生活でも同じことが言える。あの人みたいに頭が良くなりたい、コミュニケーションが上手くなりたいなどと思うことは誰でもあるだろう。それで頑張ればある程度上達するだろうが、本当の一流の人たちは、特に頑張っていないということがある。彼らは、好きでやっていることだから、他人からは努力しているように見えても、本人たちは努力と思っていないようなのだ。もちろん、大変なことや苦しい時もあるようだが、そんな時も楽しんでやっているらしい。楽しいことなら乗り越えていけるということなのだ。そう考えると“頑張る”ということが、必ずしも良いことだとは言えないのではないかと思えてくる。実際、頑張ってもどうにもできないことはたくさんある。仕事を効率よくしろと言われても、やることが多く、必要な機材などがなければ、頑張りではどうにもならない。この場合、必要なのは、仕事の選別と機材である。成績を良くしろと言われても、時間は限られているので、一つひとつコツコツと勉強していくしか方法はない。頑張りと勘違いして一夜漬けをしても意味はない。

 だから俺は、基本頑張らないことにした。なるべく頑張らないで過ごし、たまに頑張る日があるという風にしている。そのため、頑張ったと思う日の翌日は長く休むようにしている。その方が俺にとって効率が良いのである。頑張れば必ず報われるなんて言葉もまやかしだ。人生では、報われない努力の方が遥かに多いだろう。それでも無駄な努力はないという人もいるかもしれないが、それも捉え方次第だ。人は、自分が取り組んできたことを無駄と認めたくないために正当化することがある。そうしなければ、苦しくなるからだ。費やした時間が多ければ多いほどそうなるだろう。これは、自己憐憫に陥るよりかはマシだと思っている。他人に何と言われようと、自分で無駄じゃなかったと思うことは自己防衛になるからだ。もしかしたら、俺は努力して報われないことで落ち込むのが怖いのかもしれない。そうなった時、自分が立ち直れるか分からないから、頑張らない選択をするようになったのかもしれない。

「そうなんだぁ! 私から見たら、翔くんすごく頑張っているように見えるけど、翔くんはそんなに頑張ってるって思っていないんだ!」と如月さんは納得したような顔で言った。

「まぁ、そんな感じ」と俺は同意した。

「でも、頑張らないで成績トップ取ったり、毎日運動できたりしてすごいね!」と如月さんは褒めてきた。もしかして、俺の発言が嫌味に聞こえたかもしれないと少し気になった。

「それは、毎日習慣にしたから、もう考えなくてもその行動をするようになってるんだ!」

「そうなんだぁ! 習慣かぁ…」という如月さんからは不快に思っているような感じはしなかったので、少しホッとした。


 習慣を変えれば、人生が変わるとよく聞くが、これは俺も同意見だ。人間は人生の多くの時間を習慣の中で生きている。ある研究によると、45%は習慣に支配されているという。30パーセントは睡眠で、残りの25%はその他という割合だ。つまり、習慣を変えるということは、45%人生の内容が変わるということだ。習慣化には約66日かかるため、やりたいと思っていることは、早めに取り組んだ方が良いだろう。習慣には良い習慣と悪い習慣がある。良い習慣とはたとえば、運動や睡眠、健康的な食事、読書、勉強などだろう。一方、悪い習慣はたとえば、寝不足、先延ばし、多量の飲酒、依存的なSNSなどだろう。人間誰しも、健康的に楽しく過ごしたいと思っている。しかし、現代ではそれを保つだけでも大変な時代になっている。そんな時代だからこそ、習慣化が役に立つのだ。一度、良い習慣を習慣化してしまえば、自動的に行動するようになるため、後が楽になる。これは、言うは易く行うは難しだが、最初さえ乗り越えることができれば、その後も継続してできるだろう。そして、一度成功すればそれが自信となって、次々と良い習慣を身に付けることができるだろう。では、どうすれば、習慣化をしやすいのかというと、最初は小さな一歩から始めることである。たとえば、運動なら一日腕立て伏せ一回とか、スクワット一回から始めていくことだ。読書なら最初の一文を読む、食事なら野菜を少し多めに食べるなどだ。どんなに小さな一歩でも始めること、そしてそれを毎日続けることが大事だ。注意しなければならないことは、一気に何もかも変えようとしないことだ。途中で挫折してしまうと、良い習慣を全部やめてしまうことになりかねない。他にも、if thenルールというものがある。これは、『もし~なら、~をする』という風にあらかじめルールを決めておくテクニックだ。たとえば、お菓子を食べたら二十分散歩に行く、ゲームをしたら一時間勉強するなどだ。そして決めたルールは必ず守ること。この効果はとても大きく科学的にも信頼が厚い。俺の一押しのテクニックだ。


「でも、やっぱり、翔くんはすごいと思う! ……私も見習わなくちゃ!」と如月さんは改めて俺を褒めてきた。

「俺からすると、如月さんの方がすごいと思う!」如月さんの褒め攻撃が止まらなかったため、俺は反撃に転じることにした。

「え!? 私が!?」と如月さんは少し驚いた感じだった。

「毎日、勉強や運動や部活を頑張っているし、料理の腕も一流! 俺の方が見習わないと…」

「そんなことないよ! ……それなら翔くんも毎日しているじゃん!」と如月さんは謙遜していた。

「それでも、あのレベルの料理になるには、すごく努力したんだなってことが分かるよ!」

「翔くんにそこまで揉められると、少し照れちゃう!」という如月さんの顔は少し赤くなっていた。

「いつから料理を始めたんだ?」と俺が聞くと、如月さんは経緯を話し始めた。

 如月さんが料理を始めたのは、小学生の時だったらしい。姉が料理をよくしていたので、その影響を受けて好きになったらしい。最初は指を切ったり、皮むきを失敗したり、味付けを間違えたりしたらしいが、慣れていくうちにだんだんと楽しくなってきて、気がついたらのめり込んでいたらしい。「美味しい料理は、人を幸せにしてくれる!」と如月さんは言っていた。その言葉に俺は聞き覚えがあったが、明確に思い出すことができなかった。そしてその時、ふと如月さんの姿が、桃華さんと重なって見えた気がした。そんなことを話しながら準備を進めていると、徐々に人が集まって来て、気づいた時には多くの人がいた。そして、あっという間に時間になり、文化祭二日目がスタートした。今日は、朝からお客さんが多かった。やはり、Vチューバー五月さつきさんと雛月弥生さんのライブがあるため、ファンがたくさん来ているようだった。それに昨日の二人の呟きも影響して、前日の比じゃないくらいに客が殺到していた。午前中は休む暇もなくずっと働き続けた結果、十二時三十分に用意していた材料がなくなったので、販売を終わることにした。買い足して続けようかという意見もあったが、ここまで頑張ったのなら、残りの時間はゆっくり文化祭を楽しんでもいいんじゃないかということで意見が一致したため、午後一時に相談部の出店は終了した。みんなはそれぞれ校内の散策に行った。俺も誘われたが、ちょっと疲れていたので遠慮した。売上金を顧問の師走先生に預けてから、俺は人が少なく音もあまり聞こえない場所に移動し、ベンチに座って、自販機で買った水を飲んで休んでいた。適度に吹く風を心地よく感じながら、青空を見上げ、ゆっくり移動する白い雲を眺めていた。昨日今日と忙しかったので、こんなにゆっくり時間を感じるのは久しぶりだった。今日はこの後二時からVチューバー五月さつきさんのライブと三時から雛月弥生さんのライブがあるので、それまでゆっくり過ごそうと思っていると、目の前に幼稚園児位の小さな女の子が泣いている姿が見えた。「お姉ちゃーん、どこー?」と言っているので、おそらく迷子になったのだろうと推測した。周りに暇そうな人がいなかったので、俺は声を掛けた。俺の予想通り、女の子は迷子だった。名前を尋ねると「ほずみはなび」と女の子は答えた。ほずみという名字に聞き覚えがあったので、どんな漢字を書くのか尋ねた。まだ漢字は分からない年に見えたが、俺の予想だと、この女の子でも知っているだろうと思った。その女の子は、八月一日と書いてほずみと読むと答えた。この珍しい名字で俺はこの子が八月一日風鈴さんの妹さんだと推測した。確認のため、探している姉の名前を尋ねると、風鈴と女の子は答えたので、確信した。この女の子は八月一日風鈴さんの妹の花火さんだということだ。八月一日さんがどこにいるのか分からないし、見かけてもいないし、連絡先も知らないので、とりあえず迷子センターに行けば出会えるかもしれないと思って、一緒に向かうことにした。地図で調べると、俺たちが今いる場所から迷子センターは正反対の場所だった。「少し歩くけど大丈夫か?」と確認すると、花火ちゃんは「大丈夫!」と言って、手を差し出してきた。俺は花火ちゃんと手を繋いで迷子センターに向かうことになった。その時、花火ちゃんに名前を聞かれたので、水無月翔と答えると、「じゃあ、翔だな!」と言った。花火ちゃんは俺のことを翔と呼ぶことになった。花火ちゃんは切り替えが早く、もう泣いていなかった。向かっている途中で八月一日さんを見かけるかもしれないので、俺は常に周りを見ながら移動していた。すると突然、花火ちゃんが立ち止まった。八月一日さんを見つけたのかと思いきや、たこ焼き屋の目の前だった。美味しそうに指をくわえながら見ていたので、仕方なく買ってあげると花火ちゃんはとても喜んでいた。小さな子どもは、こんな些細なことでも全力で喜んでくれるからほんと憎めないなと思った。たこ焼きを食べ終わったので、再び移動を始めると、今度はチョコバナナの店の前で立ち止まった。花火ちゃんは、さっきと同じ戦略で俺に強請ってきたので、これで最後と約束して買ってしまった。どうやら俺は小さな子どもに甘いらしい。この時初めて自覚した。そして花火ちゃんがまた立ち止まったので、今度は何かと思ったらトイレだった。結構ヤバそうな顔をしていたので、俺は花火ちゃんを抱えて、急いで女子トイレを探した。ようやく見つけた女子トイレの前で花火ちゃんを下ろすと、走ってトイレの個室に入っていった。ギリギリ間に合ったようで安心した。昨日とはまた違う種類の焦りに俺は翻弄されていた。女子トイレの前で待っていると、見回りをしていた文月さんに出会った。

「先輩、こんなところで何をしているんですか?」と文月さんは聞いてきた。

「あぁ、ちょっと人を待ってる」と俺は正直に答えた。

「へぇー! 先輩、一緒に見回る友達いたんですね!」と文月さんはからかうように言った。

「俺にも友達くらいいるわ!」とツッコみつつ「でも、今待ってるのはちょっと違うというか…」と続けて言った。

「ん? どういうことですか?」と文月さんが頭に「?」を浮かべていると、女子トイレから花火ちゃんが「おまたせ、翔!」と言いながら出てきた。その光景を見た文月さんは、俺を蔑むような眼で見つめていた。

「先輩、まさかそこまでだったとは…!?」と文月さんは俺を軽蔑するかのように言った。

「いや、そんなわけないから! この子ただの迷子だから!」と俺はすぐに事実を言った。

「なーんだ! そういうことですか!」と文月さんはつまらなそうに言った。

「この子、八月一日花火ちゃんって言うんだけど、俺と同じクラスの八月一日さんの妹らしくて、文月さん見てないか?」

「八月一日さんがどの人なのか、私は分からないですけど、迷子なら迷子センターがありますよ!」と文月さんは教えてくれた。

「それもそうか…。分かった、ありがとう。とりあえず迷子センターに行ってみるよ!」と言って、文月さんとは別れた。そして、迷子センターに着くと、八月一日さんが心配そうな様子で立っていた。花火ちゃんは「お姉ちゃーん!」と言いながら、八月一日さんの胸に飛び込み、抱きかかえられていた。八月一日さんは花火ちゃんと出会えたことで安心した顔になっていたので、それを確認した俺はその場を去った。


 午後二時まであと五分だったので、俺は体育館に向かった。Vチューバーの五月さつきこと藤皐月さんのライブを見に行くためだ。会場に着くと、すでにたくさんの人で溢れていた。立ち見の人や二階から見ている人もいた。後ろの方には台の上に乗って見ている人もいた。この人の多さに酔った俺は、会場を出て、出店に戻ることにした。Vチューバー五月さつきさんのライブは、事前登録者以外にも我が校の生徒に限定でライブ配信することになっていたため、俺はスマホで見ることにした。出店に戻ると、相談部のみんながいた。俺と理由は同じようだった。ベルさんは、実際に会場で楽しむタイプだと思っていたが、今回はそうでもなかったらしい。一人で見るより、友達と一緒見る方が良いと言っていた。ということで、俺たちはみんなで、五月さつきさんのライブをスマホで見始めた。出店からでも会場の声が聞こえるほど、盛り上がっているのが分かった。あの中にいたら、おそらく俺は倒れていただろうと思い、英断したと自分を褒めた。五月さつきさんのライブを見ている途中で、睦月会長と文月さんが息を切らしながら、俺たちのところに来た。何か焦っている様子で、体育館から走って来たようだった。「何かあったのですか?」と尋ねると、睦月会長が状況を説明してくれた。睦月会長の話によると、この後に控えている雛月さんのライブで演奏する予定だったバンドメンバーが急遽体調不良で出られなくなったらしい。珍しく焦っている睦月会長に落ち着くように声を掛け、もう少し詳しく事情を聞くと、代わりに文月さんが説明してくれた。文月さんの話によると、ライブでは、雛月さんがボーカル兼ギターを担当するのだが、他のメンバーが軒並み体調不良を起こしたらしい。ギターは急な発熱で39℃出たらしい。ベースは前日に骨折、ドラムは急な腹痛で救急搬送、キーボードは二日酔いが覚めずに気分が悪いらしい。最後のキーボードだけちょっと怪しいが、これは大問題だ。もしこのまま雛月さんのライブが中止になったら、大変なことになるかもしれない。仕方のないこととはいえ、楽しみにしていたファンは裏切られた気持ちになるかもしれない。それが原因で雛月さんのファンが減ってしまうかもしれない。最悪、過激なファンが暴動を起こすかもしれない。もしそんなことになったら、学園祭どころではなくなる。怪我人もでるかもしれない。雛月さんのライブは今年の学園祭のメインステージだ。本人が元気なのにできないとなると、雛月さんも悔しい気持ちだろう。睦月会長たちも同じことを想像して、なんとかしようと考えたが、いい案が浮かばなかったので、俺たちのところに相談に来たらしい。しかし、今は二時二十分。残り四十分でどうにかできる問題でもなかった。打つ手がないと思っていた時、ベルさんが小さく手を挙げて、「ワタシ、ベースなら弾けますよ!」と言った。それに続いて、神無月が「俺、ドラムならできるけど…」と言った。そして如月さんが「私、ギターなら弾けるかも!」と控えめ感じで言った。残りはキーボードだ。文月さんがいたが、生徒会として仕事があるからできないらしい。他に誰か弾ける人は………俺しかいなかった。しかし、俺はあまり上手くないし、人前で弾いたこともなかった。そのことを伝えたが、なんとかなる、の一言で押し切られてしまった。俺たちは急いで体育館の舞台袖に行き、雛月さんと合流した。俺たちの姿を見て、雛月さんは不安そうな表情から一変して明るくなった。当初は五曲披露する予定だったらしいが、さすがに現実的でないということで、話し合った結果三曲になった。それでも、残り三十分で演奏するのは難しいと思っていたが、みんなはやる気に満ちているように見えた。ベルさんはベースを持ってワクワクしているようだった。神無月は人気を勝ち取るいい機会だと言って、闘志を燃やしていた。如月さんは冷静にギターの練習していた。こいつら一体どんなメンタルをしているんだ? と思ったし、バンドメンバーみんなが、“やればできる”と思っているように感じた。というより、このメンバーは音楽もできるのか、一体どれだけ多才なんだ、と驚きながらも、できるだけ多く練習するために俺も集中することにした。それでも、さすがに三十分は短かったので、少しでも練習時間を伸ばせないか睦月会長に相談した。すると、睦月会長は五月さつきさんに交渉してみると言ったので、俺も頼んでみることにした。配信中にもかかわらず、ラインで延長できないかというメッセージを送ると、気づいてくれたようで明らかに動揺した反応をしていた。ベルさんや如月さんは、俺が五月さつきさんと知り合いだということを驚いて、どこで知り合ったのか聞いてきたが、「今はそれどころではない!」と言って誤魔化した。まぁ事実、余裕はなかったので、それ以上は聞かれなかった。

「ちょっと運営さんがトラブったようなので、10分だけ延長するよ!」と五月さつきさんはライブで言ってくれた。

その言葉を聞いて、俺は藤さんに感謝の念を送った。会場はざわめき始めたが、五月さつきさんが落ち着いたトークで対処してくれた。さらに、五月さつきさんは10分という時間でもう一曲歌うことにし、視聴者や会場からリクエストを貰った中から選んで歌うことにしたようだ。これで会場も再燃焼して盛り上がったようだ。さすがはプロだな、盛り上げ方が上手いなと思った。せっかく、五月さつきさんこと藤皐月さんが時間を稼いでくれたので、この貴重な時間を無駄にはできないと思った。そして、五月さつきさんのライブが終わり幕は下りた。続けて雛月弥生さんのライブの時間になったので、俺たちはそれぞれの場所に移動した。幕が上がる前に雛月さんが俺たちの方を向き、一人ひとりに感謝して、一緒に成功させようと士気を高めてくれた。そして幕が上がり、雛月弥生のライブが始まった。光が眩しくて、会場がほとんど見えなかったことが、俺にとっては幸いだった。もし多くの人に見られているのが直に見えていたら緊張してできなかっただろうと思う。最初は雛月さんの挨拶からトークが始まった。その中で遅れたことを謝罪し、その分盛り上げていくことを約束して、会場を煽ってから、一曲目がスタートした。最初の曲は有名なカバー曲で俺でも知っていたため、なんとか弾くことができた。途中ミスをしたが、カバーできるくらいのミスだったので、大丈夫だった。一曲目が終わり、会場はさらに盛り上がっているように見えた。そして、雛月さんのバンド紹介が始まった。最初に登場した時から、学園の生徒の中には気づいている人もいたと思うが、雛月さんが相談部という言葉を口にしたことで気づいた人もいただろう。学園の生徒以外の観客もいたので、雛月さんが簡単に相談部の説明をしてくれた。そして、相談部がいてくれたおかげで、ライブができているということを言ってくれた。それから二曲目に入った。二曲目は雛月さんのオリジナルの歌だったが、俺も含めて全員が知っている曲だったので、これもなんとか弾くことができた。俺の印象としては、テンポが良くて、盛り上がる曲だなと思っていた。俺がどうして知っているのかと言うと、雛月さんと知り合ってから、配信されている動画を一通り見たので、雛月さんの歌は全部知っている。これが今になって役に立つとは、人生何が起こるか分からないなと思った。二曲目を終えて、雛月さんは当初予定になかったことを始めた。先ほどまでライブをしていた五月さつきさんを急遽呼び出して、コラボすることにしたらしい。このことは俺たちも知らなかった。どうやら直前に連絡していたようだ。二人のコラボトークで会場が盛り上がっている時、俺は最後の曲の譜面を眺めて、弾く練習をしていた。そして、最後の曲の振りが行われ、五月さつきさんは会場を後にし、三曲目の演奏が始まった。最後の曲は雛月さんのオリジナルの曲の中で、最も人気のある一曲だった。俺は演奏しているうちにアドレナリンが分泌されたようで、少し高揚していた。さっきまでは緊張で足もガタガタ震えていたのに、今では楽しく感じている。元々、音楽を聴くことは好きだったが、演奏をこんなに楽しいと感じたのは初めてだった。最後の曲もなんとか弾き終わり、無事にライブを終えることができた。雛月さん、如月さん、ベルさんは抱き合って喜んでいた。学園人気トップ3の美少女の抱擁を見て、俺は癒された。その流れに乗った神無月が俺に抱きついてきそうになったので、俺は逃げた。正直、俺は自分のことに精一杯で他がどうだったのか、会場がどのくらい盛り上がっていたのかは分からないが、睦月会長や文月さんの感想からすると、大成功らしい。それを聞いてひとまず安心した。

「本当にありがとう!」と雛月さんが涙を流しながらお礼を言ってきた。

「上手くいって良かった! 俺も貴重な経験ができたし、こっちこそ、お礼を言わないとな!」と俺は返答した。

「そうデスね! とっても楽しかったデス! アリガトウゴザイマシタ!」とベルさんが元気に言った。ベルさんのメンタルはすごいなと改めて思った。

「まぁ、俺がいればこんなのちょろいもんよ!」と神無月がカッコつけて言った。こいつも言動はイラっとするが、どうやったらこんなメンタルになるのか、気になるところではある。

「ほんと、盛り上がって良かったぁ。雛月さん、ありがとう!」と如月さんが安心した表情で言った。如月さんは俺と同じような感じかと思っていたが、彼女もまた強靭なメンタルだろう。俺はキーボードだったので、後列で目立たない場所だったが、如月さんはギターだったので、最前列で目立つ場所だった。そこでやり遂げたのだから、本当にすごいことだと思う。しかも途中で、雛月さんのメインボーカルに合わせてベルさんと一緒にコーラスを入れたり、ハモリを入れたりしていた。演奏だけに必死だった俺とはレベルが違ったのだ。

 

 雛月弥生さんのライブの後は、体育館で文化祭の閉会式が行われた。みんな集まっていたが、俺はライブで疲れていたので、少しでも早く帰りたいと思い、一人で出店の片づけをしていた。そして、閉会式が終わった後、みんなが出店の片付けに来た。ベルさんが真っ先に劇の結果を教えてくれた。最優秀賞は二年C組で神無月のクラスだったらしい。どうやら最優秀賞は取れなかったようだ。しかし、二年A組はユーモア賞を取ったと、ベルさんが嬉しそうに教えてくれた。審査員に最も面白いと思われる作品に贈られる賞だ。まぁ、あの内容なら仕方ないかと思った。演技は良かったと思うが、内容が低評価だったのかもしれない。出店の売り上げは、集計に時間がかかるので、後日に発表らしい。

 たくさんのトラブルが発生したが、なんとか二日間の文化祭を終えることができた。それに、俺にとって貴重な経験をすることができた。昨年の俺には想像もできなかったことだ。俺一人では何もできなかっただろう。仲間がいたからできたことだ。みんなが“やればできる”と信じていたから、いくつもの壁を乗り越えることができたのだと俺は信じている。俺は本当に良い友達、良い仲間に出会えたと思う。この仲間と共に、明日の体育祭も頑張ろうと誓った。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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