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どんな悩みも水無月くんにお任せ!!  作者: たかべー
相談部始動編!!
34/78

レジリエンスを高めたい!!

レジリエンスという言葉を知っているだろうか。元々は物理学の言葉らしいが、心理学でも使われるようになっている。レジリエンスとは、困難な出来事の後に回復する能力があるという意味だ。つまり、レジリエンスが高い人は、困難な状況を乗り越える力が高く、低い人は心が折れやすいということだ。

多くの人は、人生の中で必ずトラウマを経験することがある。それも一度ならず何度も。トラウマ的な出来事は、予想もしていない時に突然起こり、人生に大きな影響を与える。その反応は人それぞれだ。

レジリエンスが低い人は、心が折れて、何もかもが怖くなったり、どうでもよくなったりして、有意義に過ごせるはずの時間も、憂鬱に過ごすことになる。しかし、レジリエンスが高い人は、一度は低い人と同じように心が折れたり、苦痛を感じたりするが、立ち直りが早いのである。起こったことを受け入れて、前に進むための行動をするようになり、その結果、前よりも心が強くなって困難を乗り越えることができるのである。ということは、レジリエンスを高めておいた方が、この先生きていく中では得だろうということだ。

では、そんなレジリエンスが高い人たちは、どんな人なのだろうか? 俺たちとは違って、才能に恵まれた人なのか、それとも超人的な身体を持った人なのか。実は、そのどちらでもない。俺たち一般人と同じだ。じゃあ、何でレジリエンスの高い人と低い人がいるんだ? という疑問が生じるだろう。その答えは、レジリエンスの高い人には、共通していることがあったのだ。そして、それは誰でも真似することができる。レジリエンスは高めることができるのである。


レジリエンスの高い人たちに共通する特徴は十個ある。

一つ目は、楽観主義であるということだ。楽観主義とは、物事は上手くいくはずであるという希望と信念に満ちた、前向きな未来志向のことだ。楽観的な人は、未来は明るく、良いことが起こり、十分に努力すれば成功するだろうと考える。これは、なんでもポジティブに捉えればいいと言っているわけではない。むしろネガティブな面に注目しなければならないのだ。楽観的な人は、ネガティブな現実にしっかりと対応して、乗り越えていくのである。盲目的な楽観主義ではなく、現実的な楽観主義なのだ。俺は、ネガティブな考えに陥ってしまった時には、その状況の良いところを探すようにしている。悪いことだけのように思われる状況でも、どこかに必ず良いこともあるからだ。

二つ目の特徴は、恐怖と向き合うということだ。人間はみな恐怖を抱く。たとえ、外見上は強そうに見える人も勇敢な行動をしている人も、恐怖から逃れることはできない。これは、人間が進化の過程で身に付けた本能だ。恐怖の大部分は、知らないことに対する恐怖であり、この先何が起こるかわからないことに対するものだ。レジリエンスの高い人は、これらの恐怖から逃げ出さずに、しっかりと向き合っているのである。恐怖を当たり前だと受け入れたり、逆に良いものだと思うようにしていたりするのだ。また、恐怖に支配されないように、自分の目標や使命に集中したり、一人で厳しい時は、仲間と共に乗り越えようとしたりしている。

俺はこのことを知ってから、恐怖に対しての考えが変わった。以前は恐怖を避けていたが、今はもう逃げない。恐怖を感じた時は、なるべく冷静に客観的に判断するようにしている。正当な恐怖だと判断した時は、しっかりと向き合うように心がけている。

三つ目の特徴は、利他的であるということだ。レジリエンスの高い人は、他人を助ける行動が多い。人間は助けてもらうよりも、他人を助けることの方が精神的に健康になれるのである。利他的行為は、たとえばボランティアや寄付などがある。俺も定期的にボランティアに参加したり、少ないが寄付をしたりしている。

四つ目の特徴は、なんとスピリチュアリティである。これは、正直俺も驚いた。レジリエンスの高い人は、信仰心があるのである。宗教的な活動は、健康な一般人では、心身の健康と相関関係があるらしい。ただし、すべての信仰がいいと言っているわけではない。信仰と心身の健康の相関関係は明らかだが、その理由はわかっていないのだ。たしかに、俺は瞑想を習慣にしているが、これも一つの信仰と捉えることができるかもしれない。瞑想は科学的にも効果があると証明されているのでやっているが、これが俺のレジリエンスを高めてくれているのかもしれない。それに、俺は非科学的なことは信じないが、ゆのさんが天国から見守ってくれているということを信じているので、これはスピリチュアリティだと自分でも思う。俺もすべてを科学で判断しているわけではなく、時にはスピリチュアリティな時もあるのだ。

五つ目の特徴は、社会的なサポートを求めることだ。人間は社会的な生き物だ。生きていくためには、他者の存在が必要である。レジリエンスの高い人は、ただ受け身だったり、正義のヒーローが助けてくれるのを待ったりするのではなく、自ら率先して他人の助けを求めるのだ。周りの人に助けを求めることは、弱さの表れではなく、自身を強くする。ポジティブな社会的繋がりを築くことができる人は、心身ともに健康になり、レジリエンスを高めることもできるのである。

六つ目の特徴は、良いロールモデルを手本にして行動することだ。人間の優れた能力の一つに、模倣力がある。模倣は影響力の強い学習形態で、俺たちは態度、価値観、スキル、思考、行動など周りから真似ることで学んでいる。その際、良いロールモデルを選ぶことが重要だ。理想的なロールモデルは、俺たちをやる気にさせたり、衝動をコントロールする方法を教えてくれたり、安定したサポートをしてくれたりなど、人生で必要なことを教えてくれるだろう。

注意点は、ロールモデルに、完璧さを求めないようにすることだ。ロールモデルといっても同じ人間なのだから、完璧である必要はない。一人の人間を完璧なロールモデルとすることは無理だろう。俺のロールモデルは、何人かいる。本を読んで、真似したいと思ったことを実際にしている。それに、ゆのさんは俺の最初のロールモデルだ。

七つ目の特徴は、健康を保つためのトレーニングだ。これは誰でも簡単に真似することができるだろう。何なら今すぐにでもできることだ。運動が良いということは誰でも知っていることなので、詳しくは言わないが、いくつかメリットを挙げるなら、気分を改善する、慢性疾患への効果がある、睡眠の質を高める、頭が良くなるなどがある。そのため、俺は運動を習慣にして基本毎日取り組んでいる。

八つ目の特徴は、脳を鍛えるということだ。人間は身体を鍛えると共に脳を鍛えることもできる。脳には、学習し、情報を処理し、記憶するという素晴らしい能力がある。脳の能力を最大限に発揮するためには、先程も挙げた運動や瞑想が効果ある。読書で新しい知識を手に入れることも役に立つだろう。このように、レジリエンスの高い人は、身体、精神、感情の調節を日々学び続けている。俺が読書魔のなったのも、これが原因かもしれない。

九つ目の特徴は、柔軟な思考を持つことだ。これは、状況を現実のままに受け入れる受容だったり、起こった出来事をポジティブに再評価したり、失敗から学ぶ姿勢のことだ。また、ユーモアも役立つらしい。ユーモアは、緊張感を減らし、心理的な不快感を減らし、困難な状況でもポジティブな視点を生み出すことができる。お笑いやジョークは健康に良いのである。レジリエンスの高い人は、これらの能力が高いことがわかっている。俺はユーモア以外実践している。ユーモアは、自分で発信するのは苦手なので、お笑いやコメディを見るようにしている。

最後の特徴は、生きる意味や目的を持っているということだ。かの有名な哲学者ニーチェは「なぜ生きるかを知る者は、ほとんどのことに耐えることができる」という言葉を残している。他の多くの著名人も似た発言をしている。レジリエンスの高い人は、自分が生きる意味や目的を持っているため、困難な状況も乗り越えることができるようなのだ。しかし、前にも言ったが俺は生きる意味や目的を持っていないで、毎日過ごしているし、それでもいいと思っている。生きる意味を探すのに必死になるのではなく、日々を生きていく中で、いつか生きる意味が見つかればいいと思っている。

このようにレジリエンスを高めるツールはたくさんあり、全てではないが、俺もいくつか実践している。なぜなら、生きていくためには、レジリエンスを高めることが必要だと思っているからだ。人生に困難は付き物だ。その困難を乗り越え、より良い人生を送るために、レジリエンスを高めておくと、きっと役に立つと信じている。別に急ぐ必要はない。自分に合ったやり方で、少しずつ積み上げていき、続けていくことが大切である。さっそく今日からやってみよう。

ある日の放課後、いつも通り部室で本を読んでいると、ドアをノックする音がした。霜月が「どうぞ」と声を掛けると、ドアが開き、見るからにチャラそうな二人の男が立っていた。派手な髪色に、耳にはピアス、制服は気崩していたので、そのような第一印象を抱いたのだが、反応を見る限り、大方間違いではないことがすぐにわかった。

奴らは、「本当にこんな部活があったんだな!」とまるでからかうように笑いながら部室に入ってきた。少しイラっとしたが、最近はすぐに怒らないように気を付けているので、冷静さを保つように心を静めた。正直、俺の苦手な種族だが、ここに来た以上、何か悩みがあるのかもしれないと思って、無下にしないようにしようと決めた。それに霜月、神無月とはタメ口で親しそうに話していたり、如月さん、ベルさんには軽いノリで遊びに誘っていたりしていたので、同じ学年だろうと推測した。こんな奴らも悩むことがあるんだな、どんな悩みなんだろうか、と少し好奇心を抱きながら考えていると、奴らは俺を見て、フッと鼻で笑ったように見えた。

それから、奴らは俺以外のみんなに一通り絡んでから、正面の椅子に座った。そして霜月が奴らに、誰に相談したいのか尋ねると、奴らは笑みを浮かべながら、俺を指さして「こいつ以外のみんなに相談したいなぁ」と答えた。奴らの悩みがどんな内容か気になってはいたが、指名されなかったので、仕方なく部室を出ようとした時、「早く出て行ってくれないかな」と如月さんが怖い口調で言った。

俺はビックリして、如月さんを見ると、珍しく怒っている顔をしていた。こんなに怒っている如月さんを見るのは初めてだったので、俺は何かしてしまったのかと思って、「あっ、あぁ、すぐに出て行くから!」と焦って答えた。

すると如月さんは「あ! いや、今のは水無月くんに言ったんじゃなくて、そこの二人に言ったの」と言った。

俺は思わず「え!?」言って、どういうことだ、と考えていると、「そうデスね。ワタシも同じ気持ちデス。早く出て行ってくだサイ。不愉快デス」とベルさんが続けた。「我が同胞を侮辱するとは、たとえ先輩だろうと、許さんぞ」と桔梗さんが言うと、「そうだニャ。ボクも久しぶりに激おこニャ!」とカスミンが言い、「許しません」と二宮さんが小さな声で言った。

さらに、「そうだな。今のは良くない。今日は出直してくれないか?」と霜月が言い、「ていうか、さっさと出ていけ!」と神無月が急き立てるように言った。

みんなの発言に奴らは、戸惑っているようだったが、俺も混乱していた。胸の辺りにモヤモヤなのかズキズキなのか、よくわからない違和感を覚えたので、胸に手を当て落ち着こうとしたが、収まらなかった。

俺は、その不快な感じに耐えられなくなりそうだったので、急いで荷物をまとめて、「悪い。今日は帰る」と言って、逃げるように帰った。

家に帰り着いてから、いつも通り家事をしていたつもりだったが、つゆりに「お兄ちゃん、何かあったの?」と聞かれたので、動揺を隠せていなかったのだろうと思う。つゆりに心配をかけたくなかったので、「別に何もない」と答えると、それ以上は聞いてこなかった。


 翌日になっても、胸の違和感はなくなっていなかったので、俺は学校を休むことにした。朝のルーティーンである散歩やランニング、瞑想をしてもなかなか落ち着かなかった。好きな読書をしても集中できなかったので、ゲームをしたり、ハイキングをしたりしたが胸の違和感は消えなかった。冷静さを失っていた俺は、滝に打たれて精神を清めようとしたが、これも効果がなかった。

いろんなことを試したが、何をしても空虚感に苛まれた。晴れた日にずぶ濡れで家に帰ったので、つゆりはすごく驚いていた。シャワー後に滅茶苦茶説教されたが、その言葉もあまり耳に入ってこなかった。一体俺はどうしてしまったんだ、どうしてこんな風になっているんだ、と考えていたが、正直最初から答えはわかっていた。相談部が俺にとって大切な場所であり、みんなが俺にとって大切な人になっていることを自覚したからだ。そして、みんなも俺を受け入れてくれているようにも感じた。

しかし、俺はあまり深い仲にならないように一定の距離以上は関わらないようにしていた。なぜなら、もし大切な人になってしまったら、失うのが怖くなるからだ。人は一度手に入れたものを手放したくない、失いたくないという心理が働くことがある。そして、それを失うことは心に大きなダメージを与えるのだ。

ダメージの大きさは内容により異なるが、大切な人を失うのは、誰にとっても大きなダメージになる。俺は過去に何度か大切な人を失っているので、もうこんな思いをしたくないと考えて、ある日から親しい人を作らないように壁を作って接していた。

しかし、そこに相談部が現れた。最初は全く期待していなかったが、予想を遥かに超えて、いろんな人との交流が増えた。集まったみんなもいい人ばかりだ。相談部は、気づかないうちに、親密な関係を築く場になっていた。それに心地良さも感じていた。それでも、俺の心の奥深くには、まだ昔の傷が残っている。それをどうにかしないと、乗り越えることは難しいかもしれない。


 俺は、小学二年の八歳まではどこにでもいる普通の子どもだった。いや、正確にはそう思い込んでいる。学校にも毎日通っていたし、稀に友達とも遊んでいた。しかし、母のゆのさんが体調を崩し始めてから、ただでさえ稀だった友達との交流がさらに減っていった。入院していたので、毎日帰りに面会に行っていたからだ。それでも特に問題はなかったし、気にしていなかった。

そして、転機はゆのさんが亡くなった日から始まった。俺とつゆりはショックで学校を一週間休んだ。最初の三日間は何もやる気が起こらずに、ただずっと家でボーっとして過ごしていた。四日目は松さんに誘われ、つゆりと三人で旅行に出掛けた。気分転換になると思ったのだろうが、あまり気分は晴れなかったし、松さんが空元気だったのもわかったが、このまま沈んでいてもいけないと思って、次の週から学校に行くことにした。

だが、そこに俺の居場所はなかった。友達に話しかけても無視をされ、ノートに落書きをされ、鉛筆は折られ、上靴を隠された。いわゆる、いじめというやつだ。全員から嫌がらせをされていたわけではなく、ヒエラルキーのトップ五人のいじめっ子が主に嫌がらせをしてきた。ほとんどの人は傍観者だ。助けに入ると、今度は自分が標的にされるのではないかと怯えている奴らだ。そいつらには基本無視された。

俺は何もしていなかったが、いきなり標的にされた。いじめっ子の奴らに呼び出されても無視していたら、無理やり人気のないところに連れて行かれ、腹を殴られたり、尻を蹴られたりした。傷跡が残っても気づきにくい場所を狙っていたようだ。奴ら曰く、俺は生意気で気に食わなかったらしい。

あまりに辛かったので、ある日コッソリと担任に相談すると、予定していた授業を変更して、いじめについての授業をしてくれたが、全く効果がなかった。逆に俺はチクったということで、さらに陰湿ないじめに発展した。再度担任に相談したが、どうすればいいかわからずに困っているようだった。

ある日、いじめっ子集団のリーダと俺と担任の三人で話し合いをして無理やり握手をさせられたが、これも全く意味がなかった。担任はそれで満足そうにしていたが、睨んでくる奴の目を見ると、俺にとっては恐怖でしかなかった。この時、担任に相談しても解決しないことを悟った。

俺がいじめられているので、妹であるつゆりのことが心配になったが、大丈夫そうだった。つゆりは俺と違って愛想が良く、人に好かれるタイプなので、上手くやっているようだった。それでも、俺と関わるとつゆりもいじめのターゲットになるかもしれないと思ったので、少しずつ疎遠になっていった。

また、こういう時、親に相談しないのかという意見を聞くことがあるが、当時の俺は、親だけには絶対に知られたくないという気持ちが強かった。ただでさえ落ち込んでいる松さんにさらに追い打ちをかけて心配させたくなかったのだ。子どもが親を心配させたくないと思うのは当然だろう。それでも、松さんは勘が鋭いから、おそらく気づいていたのかもしれない。

今振り返ると、そんな言動をしていること何度かあった気がする。家に帰り着くと、学校の様子を聞いてきたり、特に理由もないのに転校を提案してきたり、たまに学校で見かけたりもした。裏で何かしてくれていたのかもしれない。今はもう終わったことなので、お互い詮索せずに過ごしているので、真実はわからないが、俺は松さんに愛されていることは確信している。


 そんな辛い状況が小学三年から中学二年の約六年間続いた。中学に進学する時、環境が変わるので、いじめはなくなるかもしれないと少し期待していたが、結構な人数が小学校からの持ち上がりだったので、状況はほとんど変わらなかった。

では、なぜそれでも学校に通い続けたかと言うと、一つは、ゆのさんとの約束があったからだ。ゆのさんは、亡くなる前にたくさんの言葉を俺に残してくれた。思いやりを持ったやさしい人になりなさい、失敗を恐れないでいろんなことに挑戦しなさい、健康に気をつけること、などいろんなことを教えてくれた。その中でも特に印象的だった言葉が、「翔はしっかり生きてね!」という言葉だ。この言葉は、ゆのさんが最後に俺に言ってくれた言葉だった。長い人生、辛いことや悲しいことがたくさんあるけど、それでも俺に生きていて欲しいと、ゆのさんは強く願っていた。その時、結んでいたヘアゴムを取り、その願いを込めて、俺に渡してくれた。

それから「私はずっと空からあなたたちを見守っているからね!」と笑顔で言ってくれた。この言葉があったから、俺は辛い状況でも何とか耐えることができた。何回も死んでしまいたいと思ったことはあるが、その度に腕につけているヘアゴムを見つめて思い留まることができた。

今振り返ると、別に逃げてもよかったと思うこともある。本当に辛いのなら、耐えることよりも、逃げることの方が良い選択になることもあるだろう。最悪の結果になるよりも、まずは自己防衛することが大事だということをみんなにも知って欲しいと思う。

しかし、これは今だから言えるのであって、当時小学生だった俺は、そんなこと思いつきもしなかった。この時の俺は今のような勉強魔ではなかったので、成績もそこまで良くなかったし、何も知らなかったのだ。


 当時、家族の他にも二人、俺を支えてくれる人がいた。一人目は同じ学年の九十九梨香つくもりかという女の子だ。彼女は、同じクラスでないにもかかわらず、なぜか俺に興味を持ってくれて、こっそりと一緒に遊んでくれたり、隠された靴を探してくれたりしてくれた。「俺と関わるといじめのターゲットにされるぞ」と脅しても気にしていなかった。後からわかったのだが、彼女には元々友達がいなかったようだった。彼女は可愛い顔立ちをしていたので、男子にはモテモテだったようだが、女子からは疎まれていたようだった。女の人間関係は複雑というが、その典型例だろう。

同じぼっちとして彼女は、俺に同情して付き合ってくれていたのかもしれないが、そんなこと俺にとってはどうでもよかった。ほとんどのことを絶望的に感じていた俺にとって、彼女と過ごす時間はとても楽しい時間だった。当時の俺は自覚していなかったが、少しずつ彼女に惹かれていたと思う。俺も結構単純で、自分にやさしくしてくれる人をすぐに好きになってしまうようだ。しかし、その楽しい時間も長くは続かなかった。小学四年生の始まりから小学五年生の終わりの約二年間で彼女との仲も終わったのだった。なぜなら、彼女が転校してしまったからだ。突然の出来事に俺は混乱した。彼女は転校するとは一言も言わずに去って行った。何か理由があったのかもしれないが、当時の俺は、そんな落ち着いた考えができるわけもなく、再び悲嘆に暮れた。


 そして、小学六年生になった時、俺を支えてくれるもう一人の人に出会うことになる。この人との出会いが、俺の人生を変えてくれたと言っても過言ではない。今の俺に繋がる重要人物であり、今でも大切な人の内の一人だ。

小学六年生なったお祝いで、松さんがスマホを買ってくれた。友達がいなかったので、連絡先は家族しかいないし、ソシャゲもそこまでハマらなかったから、持っている意味があるのかわからなかった。受け取る前に、松さんにそのことを言ったのだが、持っていると何かと便利だぞ、ということで、使うことになった。

しばらくして使い慣れ始めた頃に、俺はいくつかSNSを始めた。その中で一つ気になるブログを見つけた。そのブログは、言葉で多くの人を励ますような内容だった。調べていくと、ブログ主の『桃華』という人は、俺より二歳年上の女の子で、病気を患っていて、入退院を繰り返しているということがわかった。そんな状況でもみんなを笑顔にすることができると、彼女はブログ内で語っていた。俺はそのブログを見るのが日課になった。

そして、ある日勇気を出してDMを送ると、なんと返信があったのだ。それから俺の家から近い病院に入院しているということを知って、とんとん拍子で話が進み、会いに行くことになった。聞いていた病室を探しながら、しばらく病院を歩いていると、見つけた。何度も持っていたメモと見比べ、間違いないことを確認した。その時、名札をしっかり見たのだが、今はもう名字を忘れてしまい、名前しか覚えていない。当時は名前で呼んでいたから、名字など気にしていなかった。

病室に入る前に、数回深呼吸して落ち着いてから中に入った。俺が初めて見た彼女は、病室の窓際のベッドの上で本を片手に読んでいた。窓から吹く風に長い黒髪をなびかせている彼女の優雅な姿に、俺は少しの時間見惚れた。俺が彼女に見惚れていると、彼女の方が気づいて声を掛けてくれた。

「もしかして、キミが連絡をくれた六月くん?」彼女の声はとてもやさしい感じがした。

「あ! はい! そうです!」俺は緊張して裏返った声で答えた。

「そっか! 来てくれてありがとう! こちらへどうぞ!」そう言って、彼女はベッドの横に用意してくれていた椅子に座るように言ってくれたので、俺はそこまでまるでロボットのような歩き方で歩いていき、椅子に座った。

「改めまして、私は桃華! 気軽に『桃華』って呼んでね!」桃華さんは元気な声と笑顔で自己紹介をして、握手を求めてきた。

「あ、はい! 俺は『六月』こと、水無月です。水無月翔」俺は緊張を隠せないで震えた声で自己紹介し、握手に応じた。

「水無月……。あぁ! だから六月なんだ!」

「はい。そうです」

自己紹介を終えた俺と桃華さんは、それからお互いのことを話し始めた。桃華さんは話を聞くのが上手くて、話しているととても気持ちが良かった。それに、桃華さんの話も面白くて、聞いていて楽しかった。

実物の桃華さんは、俺が思っていたよりも何倍も可愛くて、天真爛漫で笑顔が魅力的な人だった。

それから、俺は桃華さんと連絡先を交換して定期的に会うようになった。学校で辛いことがあっても、桃華さんに会いに行けるのが楽しかったので、なんとか毎日を過ごすことができていた。

この時から、俺はいろいろなことに挑戦するようになった。理由は、桃華さんと話す話題作りのためだ。この時に野球やサッカー、バスケットボール、バレーボールなどの球技を一通り経験して最終的にテニスを気に入った。

他にも自分自身を強くするために、空手や柔道、護身術やキックボクシングを習うこともあった。水泳やダンスは上手くいかなかったが、それもネタとして話すことができた。

運動以外でも、ピアノやギター、ドラムを練習したこともあった。ピアノは最低限弾けるようになったが、他は上手く続けることができなかった。

また、今みたいに読書を始めたのも、この頃だ。桃華さんがよく本を読んでいたので、オススメの本を貸してもらったり、教えてもらったりして、感想を言い合っていたからだ。松さんも昔から読書家だったので、家にはたくさんの本があった。それを俺は貪るように読んだ。最初は小説が多かったが、いつの間にか医学や生物学などの科学本を読むようになっていた。もしかしたら、無意識に桃華さんの病気を治してあげたいと思っていたのかもしれない。

さらに、料理を練習し始めたのもこの時期だった。きっかけは、お土産に持って行ったリンゴの皮を上手くむくことができずに、代わりに桃華さんにむいてもらったのが悔しかったからだ。今では皮むきはもちろん、いろんな刻み方や魚を捌くこともできるようになった。

つまり今の俺は、桃華さんに影響を受けて誕生したのである。一緒に過ごす時間が増えていくにつれて、俺にとって桃華さんは大切な人になっていた。

しかし、またしてもこの楽しい時間は途切れてしまった。俺が中学二年生の時だった。桃華さんの病状が悪化して、面会もできなくなったのだ。それから学校の帰りに毎日病院に行ったが、面会謝絶だった。体は瘦せ細り、徐々に弱っているように見えたが、俺と話している時はいつも笑顔だったので、そんなに深刻だとは思わなかった。

それから数日後、桃華さんは亡くなった。その知らせは、桃華さんが亡くなった当日に桃華さんの両親から聞いた。

何も知らない俺は、いつも通り学校の帰りに病院に駆け付けた時、桃華さんの病室には両親が来ていた。やっと会うことができそうだと思ったが、両親が来ているなら邪魔してはいけないと思い、帰ろうとしたところ、「ひょっとして水無月くん…かな?」と桃華父に呼び止められた。振り向くと、桃華父の顔が泣いた後だということがわかった。その顔を見て、俺は嫌な予感がした。桃華父はゆっくりと俺に近づいて来て、桃華さんが亡くなったことを教えてくれた。俺はすぐには信じられなかったが、桃華父は、「桃華と仲良くしてくれてありがとう」と涙ながらに言ってくれた。そして、封筒に入れられた手紙を渡してくれた。桃華さんが俺に当てて書いてくれていたらしい。俺はそれを受け取って、すぐに開封して、中身を読んだ。

手紙の内容は、俺と一緒に過ごした時間が楽しかったということ、俺に出会えて良かったということなど感謝の言葉が多かった。そして………最後に………俺に、生きていて欲しいということが書かれていた。

俺は手紙を強く握り締め、走って病院を出て行った。どこか行く当てもなく、ただ走り続けた。そして誰もいない公園で、一人泣き続けた。途中で雨がポツポツと降り始め、徐々に強くなり、どしゃ降りの雨になった。

そのまま一時間が経ち、たくさん泣いてもう涙も出なくなった状態で、ブランコに座っていると、松さんとつゆりが心配そうな顔で迎えに来てくれた。二人は特に何も聞かずに「一緒に帰ろうか」とやさしい声で言ってくれた。

それから二日学校を休んだ後、このままでは、桃華さんとの約束が果たせないと思い、学校に行くことにした。

ちなみに、桃華さんにもらった手紙は今でも大事に保管している。


 そして再び学校でいじめられる日々を過ごしていたある日の昼休み、いじめっ子の一人が俺の家族を侮辱するようなことを言った。普段は俺自身が侮辱されても無視できるようになっていたが、初めて家族を侮辱され、俺の怒りは限界を超えた。俺は我を忘れて、そいつに飛び掛かり殴り倒した。それを見た他のいじめっ子四人も参戦してきたが、その時の俺は様々な格闘技を習っていたので、奴らをボコボコにできた。途中で謝っているような奴もいたが、そんな声は耳に入ってこなかった。全員倒した後、最初に侮辱した奴の元に行き、再びボコボコにした。何も考えずにただひたすら殴り続けた。今までの溜まっていた鬱憤を一気に晴らしたかもしれない。

しばらくして、ようやく駆け付けた男性教師数名に俺は取り押さえられた。そこで我に返り、俺は自分が一発顔を殴られていた痛みを感じた。

その後は、教師共に個室に連れて行かれ、理由を聞かれたので、すべての事実を話したが、信じてくれる奴は一人もいなかった。教師とはそういうものだ。事実を言っても、自分たちに都合の悪いことは信じようとしない。ドラマのような勇敢で真剣に生徒と向き合ってくれる教師などいないのだ。いや、どこかにいるかもしれないが、ごく少数だろう。少なくとも俺は出会ったことがない。

そして、松さんが学校に呼び出された。教師たちは、俺の言ったことを自分たちに都合に良いように言い換えて、松さんに説明した。それを聞いた松さんは、すぐに謝るだろうと思っていたが、俺の方を向いて「今の話は本当なのか?」と確認してきた。俺が首を横に振って「違う」と言うと、松さんは俺を信じて、教師に反論した。ただし、殴ったことは事実なので、そのことについては、一緒に謝ってくれた。

松さんの反論のおかげもあってか、俺は二日の停学処分で済んだ。

その日の帰り道、松さんは、事の真相を詳しくは聞いてこなかったが、暴力はなるべくするなと言われた。感情に支配された暴力は何も生まない、ただ醜い争いを生むだけだということを教わった。松さん曰く、使っていい時は、自分が襲われている時か、大切な人を守る時らしい。なぜかその時、妙にカッコつけて言っていたのを覚えている。


 停学が終わって学校に行くと、俺に嫌がらせをする奴はいなくなっていた。俺に話しかける奴もいなかったが…。どうやら、俺を怒らせるとヤバいという噂が広がったようで、俺に近づく奴がいなくなっていたようだ。俺としては、前と特に変わらず面倒な嫌がらせがなくなったので、少し楽になった。

それから、ほとんど一人で過ごしていたが、中学三年に霜月が転校して来てから、俺は一人ではなくなった。霜月もすぐに俺のことを聞いていたとは思うが、なぜかそれでも俺に絡んでくることがあった。その理由は今でもわかっていない。それから、俺は暦学園に進学した。暦学園は結構レベルが高い進学校なので、中学の頃から一緒だった奴らとようやく離れることができた。おそらくお互いにとって良かったと思う。それに、暦学園は桃華さんが行きたいと言っていた高校でもあったから、少し興味があったのだ。


 そんなこんなで、今に至る。俺はゆのさんと桃華さんとの約束を守るために、今まで必死に生きてきた。それは多分これからも続くのだろうと思う。そして今、また大きな難問にぶつかっている。俺が相談部のみんなを大切だと認めてしまえば、失うのが怖くなってしまう。またいつか、突然裏切られるのではないか、という思いが俺の心に付きまとっている。

さらに、俺は人間不信に陥っている節がある。今までの経験から、俺は最初から誰に対しても心を開かないようにする癖がついているのだ。しかし、それも完璧ではない。相談部があまりに心地よかったので、俺は少しずつ心を開くようになっていた。

そんな自分に気づいたので、今こうして悩んでいるのである。今後も変わらず今までのように一定の距離を保ちつつ、壁を作って接するのか、自分をさらけ出して、自然なままに接するようにするのか、俺は一日中悩み続けたが、答えは出せなかった。この恐怖としっかりと向き合い、打ち克つことができるのか、不安だった。



読んでいただき、ありがとうございます。

次回もお楽しみに。

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