他人は変えられない! 自分を変えよう!
ある日の放課後、部室のドアをノックする音が聞こえた。霜月が「どうぞ」と言葉を掛けると、二人の男女が入って来た。二人は全員に相談したいとのことで、俺たち全員で話を聞くことになった。
男の自己紹介によると、男は長月秋水と言う名前で、二年B組らしい。女の子の名前は、長月桔梗と言うらしく、男の妹らしい。妹さんは一年A組で、二宮さんと同じクラスのようだ。そういえば、部室に入る時、二人がアイコンタクトを取っているような気がした。
自己紹介は、ほとんど兄が話をして、妹さんは隣に座ってから一言も喋らず、ずっと俯いていた。見たところ、妹さんは、自分の意志で来たようではなさそうだった。それに、妹さんの服装を見て、なんとなく、どういう人なのか想像がついた。
妹さんは、まだ暑い日が続く9月だというのに、膝下まである長い黒のマントを着ており、左腕には白い包帯を巻いていた。巻いている包帯が綺麗だったので、おそらくケガではなさそうだった。この格好から察するに、おそらく妹さんは、中二病だろうと推測した。
このまま兄の話を聞けば、わかるだろうと思って、耳を傾けていると、予想通り、妹さんは中二病であることが判明した。家でも学校でも、見えない何かと戦ったり、意味不明なことを言ったりして、困っていると兄は言っていた。
たとえば、どんなことをしているのか、と霜月が聞くと、公園の地面に魔法陣を描いて呪文を唱えたり、ショッピングセンターにいる着ぐるみと意味不明な会話をしたり、病気でもないのに眼帯をしたりするらしい。兄はそれが恥ずかしくて、どうしたら治るのかということに悩んで相談に来たらしい。
兄の話を聞いている時、俺は少しずつイライラが増していた。そして我慢できず、まだ兄が話している途中で、俺は話を遮るように口を挟んだ。
「何か強大な力を感じる! もしかして、キミのその左腕に何か封印でもしているのか?」
俺はそう言って、妹さんの左腕を指さした。一瞬空気が凍り付いたのがわかった。みんなが「え? 何言ってるんだ、こいつ?」という目で俺を見ているような気がした。妹さんもポカーンとした顔でしばらく俺を見ていた。俺は妹さんが乗ってくれると予想して言ったのだが、今はそんな雰囲気ではなかったらしい。言ったことを後悔しかけた時、察してくれた妹さんがようやく乗ってくれた。
「クックック、よくぞ我の封印を見破ったな! さては汝も普通の人間ではないな?」
「そんなに禍々しい力なら俺でなくても気づくだろう。その力、一体どこで手に入れた?」
「この力は、我がまだ小さき時に目覚めた。しかし、あまりにも強大なため、小さき我では制御できなかった。だからこうして封印しているのだ!」
「そういうことか! そんな力に目覚めるとは、さぞかし苦労をしてきたのではないか?」
「クックック、そんなことはないぞ! 我はこの力を制御するために、力をつけてきた。大変なこともあったが、楽しかったぞ! そろそろ解放しても良いかも知れぬ」
「そうか。しかし、その力を解放するにはリスクがある!」
「なに? リスクだと?」
「そうだ。その力を解放することで、周りの一般人を巻き込むかもしれない」
「それは我も承知している。だから被害が出ないようにするつもりだ!」
「そうか。では、もしその力を封印することができるとしたら、キミはどうする?」
俺がそう尋ねると、妹さんは一瞬固まって、部室が静かになった。そしてすぐに答えた。
「封印……だと?」
「あぁ。俺はその力を封印する方法を知っている。キミが望むなら、今すぐ封印してもいいんだが?」
「そっ、そんなこと………我は望まぬ!」
「そうか。その力はキミにとって必要なんだな?」
「そういうことだ!」
妹さんの答えを聞いて、俺はなんとなく事情を察した。
「そうか。わかった。……ん? 何か強い力を感じる! 二時の方向から」
俺はそう言って二時の方角に視線を向けた。それに妹さんも乗って同じ方向を向いた。
「たしかに、何か嫌な気を感じる!」
「もしかしたら、その力に釣られて、悪魔が来たのかもしれない。すぐに倒さなければ!」
そう言って俺が立ち上がると、妹さんも立ち上がった。
それから、俺と妹さんは部室を出た。部室を出る時に、相談部のみんなにはアイコンタクトしながら口パクで「すぐに戻る」と伝えた。上手く伝わったかはわからないが、考えがあって行動しているということが伝わればいいと思った。
体育館に悪魔がいるという設定にして、俺と妹さんは階段まで走って行き、そこで二手に分かれた。妹さんが階段を下って行ったのを確認して、俺は部室に戻った。
部室に戻ると相談部のみんなは、「おかえり」と言って、待っていてくれた。どうやら俺の意図が上手く伝わったようだ。長月兄は、「なんだこいつ」というような目で俺を睨んでいた。
「おい! 桔梗はどうしたんだよ?」長月兄は少し怒った様子で聞いてきた。
「多分、今頃体育館に行っていると思う」俺は答えた。
「はぁ? お前一体何してんだ? 俺の妹をからかって面白いのか? それとも俺たちをバカにしてのか?」
「は? お前こそ何してんだよ? 妹さんを支配しようとでも思ってんのか?」
俺も少し強めの口調で応戦した。
「はぁ? 支配? お前何言ってんだ? やっぱり頭おかしいのか?」
「頭おかしいのはお前だろ! 妹さんを自分の思い通りにしようとして、何様なんだよ?」
「だからなんのことを言ってんだよ? 俺がいつそんなことした?」
長月兄は、自分のしていることを自覚していなかったので、俺はこいつの行っている悪行を徹底的に晒すことにした。
まず、先ほどの会話でわかったことだが、妹さんは好きでやっているということだ。中二病に目覚めたのは小さい時で、それを楽しんでいることがわかった。俺が力を封印してやると言った時、妹さんはそれを拒んだ。ということは、まだやめるつもりはないということだ。それを自分が恥ずかしいからという理由でやめさせることはおかしいと思う。自分の好きなことを他人にやめろと言われてやめるだろうか。
長月兄に好きなことや趣味を聞くと、バスケが好きらしく、バスケ部に所属していると答えた。それを俺がやめろと言えばやめるのか、と聞くと「やめるわけない」と答えた。長月兄はそれと同じことを妹さんにしていることを自覚するように強めに言った。
しかし、奴はそのたとえは話が違うと言って納得しなかった。バスケは運動にもなるし、見ている人も楽しいし、将来仕事に繋がるかもしれないから、やる価値があるらしいが、妹さんのやっていることは、ただの自己満足で完結するから価値がないと言っていた。
それも長月兄の勝手な決めつけだ。妹さんのやっていることに価値がないとどうして言い切れるのか、わからない。奴は、バスケが将来仕事に繋がるかもしれないと言っていたが、それは妹さんのやっていることも同じだ。むしろバスケよりも選択の幅が広いだろう。
まず、いろんなことを創造する力は、これからの時代に必須の能力になる。もしかしたら、その創造力を使って、新しい製品を生むことができるかもしれない。それに、物語を創造することができれば、将来作家や漫画家、脚本家になれるかもしれない。妹さんは魔法陣とかも自分で描いていると、長月兄は言っていた。ということは、デザイン関係の仕事にもつけるかもしれない。着ている服も、自分で作っているらしいので、服飾関係の仕事もあるかもしれない。さらに、演技力も身についていると思うから、役者にもなれるかもしれない。
今聞いた話だけでも、妹さんにはこれだけの可能性があることがわかるということを長月兄に説明した。長月兄からの反論は減ったが、まだ納得しているようではなかったので、もう少し続けることにした。
長月兄の話によると、妹さんは一年生でもトップクラスの成績らしい。もし、勉強が学生の本分だと言うのなら、妹さんはそれもしっかりとやっているということだ。
勉強の話をした時、長月兄の表情が少し変わった気がしたので、もしかしてと思い、少し探ることにした。
「あんたがどのくらい勉強できるのか知らないが、もしかして、妹さんに嫉妬でもしてんのか?」
「そっ、そんなわけないだろ」長月兄はそう言ったが、声が震えており、明らかに動揺しているのがわかった。
「じゃあなんで、あんたは妹さんのやっていることを認められないんだ?」
そう問うと、長月兄はようやく心の内を話し始めた。
長月兄妹は、昔は仲が良かったらしく、小学生の時はよく一緒に遊んでいたらしい。今の中二病的なことも一緒に楽しく遊んでいたという。しかし、兄が中学に上がると、そんなことは恥ずかしいからするな、と親や友達から言われたらしい。それで兄は中二病を卒業したらしいが、妹さんはずっと続けていた。親にそのことを言うと、妹さんは好きなようにしていいと言われたらしい。おそらく、妹さんはずっと成績が優秀だったから、何をしても許されるんだと、その時長月兄は思ったらしい。それがどうしても納得いかないようだ。
長月兄も成績ではいつもトップ20には入っているらしいが、妹さんと比べると劣っているように見えやようだ。妹さんは、よく親に褒められているが、長月兄は褒められたことがないと言っていた。
この話を聞いて、長月兄は承認欲求が満たされていないことと、劣等感を抱いていることがわかった。この二つは厄介な感情だ。考え方を変えろと言っても、すぐにできるものでもない。正直、プロのカウンセリングに行くことを勧めたいが、本人が納得しない様子だった。
長月兄の話を聞いている時、カスミンが口を開いた。
「それってお兄さんの勝手な思い込みじゃニャいですか?」
カスミンはいつになく低いトーンで言った。それを聞いた長月兄は、カスミンを見て、泣きそうだった顔が一瞬キョトンとした顔に変わった。
それでも、カスミンは続けて言った。
「桔梗ちゃんは、とてもいい人だニャ! ボクや霞ちゃんと話してくれるし、遊んでくれるし、とてもやさしいニャ!」
カスミンがそう訴える横で、二宮さんも頷いていた。二宮さんと長月妹の仲が良いことを、この時初めて知ったが、すぐに納得できた。同じクラスということもあると思うが、おそらくお互いに惹かれ合ったのだろう。その場面がなんとなく想像できた。
「桔梗ちゃんを…泣かせる人は…許しません」
二宮さんが小さな声で力強く言った。それを聞いた長月兄は少し反省しているように見えた。
「あんたは根本的なところを間違っている。まずはそれを自覚した方がいい」俺は強めの口調で言った。
「何を間違ってるんだ?」
長月兄は少し前よりは話を聞く気になったようなので、俺も落ち着いて話すようにした。
「あんたは自分の問題を他人のせいにしている。そしてそれに気づいていない…」こう言っても長月兄はわかっていない様子だったので、もう少し詳しく説明することにした。
長月兄の問題は、満たされない承認欲求と劣等感だ。これには妹さんが関わっているように見えるが、実は妹さんは関係ない。妹さんが変わったところで、根本である兄自身が変わらなければ意味がない。たとえ妹さんが中二病を卒業して、一時的に解決したように見えても、また何か他のことで問題が起こるだろう。
これは考え方の問題であるため、正直俺たちにできることは何もない。できても、考え方のアドバイスだけだ。それに先程も言ったが、誰かに「こうしろ」と言われたところで、簡単に考え方を変えることは難しい。誰でも経験したことがあるのではないだろうか。明らかに自分と考えの違う人に指図されて、反抗したことが。俺はよくある。
さらに、人は他人を支配したりコントロールしたりしたいと思うことがあるらしいが、それも難しいことがわかっている。だから、俺は支配やコントロールをしたいと思わないし、そもそもするつもりもない。つまり、何か問題がある時は、他人を変えるのではなく、自分を変えることが最善だということだ。
長月兄がどうすればいいのか困っていたので、俺は三つの選択肢を与えた。一つ目は、妹さんを受け入れる。言い換えると、妹さんのやっていることを認めて、余計な口出しをしないということ。二つ目は、受け入れきれないのなら、縁を切って関わらないようにする。たとえ家族だとしても、関わりたくないのなら、無理に関わる必要はないと俺は思う。三つ目は、今のまま何もしない。
もし、受け入れることができるのなら、長月兄妹の仲を戻せるかもしれない。受け入れきれずに、縁を切るのなら、また違う問題が起こるかもしれない。今のまま何もしないのなら、変わらずストレスを受け続けるかもしれない。どれを選んだとしても、今後どうなるのか俺にはわからない。もちろん、この選択肢以外を選んでも構わないことを伝えたが、長月兄は思いつかなかったようで、一つ目の受け入れることを選んだ。
長月兄にとって妹さんは大切な家族だから、縁を切るなんてできないと言っていた。それは俺も同意する。長月兄は最後に自分の問題や妹に嫉妬していたことを認めていた。俺も最初は態度が悪かったことを謝罪した。長月兄は気にしないでいいと言ってくれたが、理由はどうあれ、口が悪かったことは変わりないので、反省することにした。
「はぁー、こんなところを桔梗に見られなくてよかったぁ」長月兄は天井を見ながら安心した様子で言った。
「当然だニャ! わざわざ水無月くんが連れ出したんだからニャ!」
カスミンがそう言うということは、どうやら二宮さんは俺の意図に気づいていたらしい。
「え!? どういうことだ?」長月兄はカスミンに聞いた。
「お兄さん気づいてニャかったの? 水無月くんは、こうニャると思って、桔梗ちゃんを連れだしたんだニャ!」カスミンがネタバレした。
「え!? そうなのか?」長月兄は俺に聞いてきた。
「まぁ、あんまり意味がなかったけどな」
俺がそう答えると同時に、部室のドアが勢いよく開いた。そこには長月妹が立っていた。
結構前にドアのガラスに一瞬影が見えたので、おそらくほとんど話は聞かれていたと思うが、そのことは言わないでおくことにした。
「今戻ったぞ! 我が同胞よ!」長月妹は大きな声で言って部室に入ってきた。その表情は先程と違い笑っていた。
「無事だったか! で、敵はどうなった?」俺は再び流れに乗った。
「問題ない! 我が倒した! これでとりあえずは安心だ!」
「そうか。さすがだな!」
「汝もよくやったぞ! ここで兄を守ってくれていたおかげで、戦いやすかった! 礼を言う」長月妹はそう言ってお辞儀をした。それに釣られて長月兄もお辞儀をした。
それから、長月兄妹は帰って行った。その後ろ姿からは、来た時の気まずさは感じられず、仲の良い兄妹に見えた。
相談が終わった後、俺は反省していた。冷静さを失い、一方的に攻めるように発言してしまったため、相談部のルールを破ったことになる。みんなは気にしなくてもいいと言ってくれたが、俺自身のケジメとして、三日間部活を謹慎することにした。その間は精神を修行するために、座禅を組んで瞑想したり、アンガーマネジメントを学び直したりした。そして、三日後に部室に行くと、長月妹が二宮さんとカスミンと仲良く話をしていた。
「ようやく来たか。我が同胞よ!」長月妹はそこにいるのが当然のような態度で言った。
「どうして、キミがここにいる?」なんとなくわかっていたが、一応尋ねた。
「我の力は強大だ。そのため、近くに仲間が必要だと判断した。よって、我もここに身を置くことにした!」長月妹一つひとつ大きな素振りをして言った。
つまり、入部したということだ。どうやら、俺が謹慎を始めた三日前に入部したようだった。これでまた、相談部の部員が増えて、二年が五人、一年が二人、年齢不明が一匹の計八人になった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




