生きる意味とは何か!?①
夏休みが終わり、二学期に入ってすぐに、驚いたことが二つ起こった。まずは、二学期始まってすぐの放課後、二宮さんとカスミンが部室を訪ねて来た。また、悩み事の相談だろうかと思っていると、カスミンが入部届を提出してきたのだ。ここなら内気な自分でも楽しく過ごせるかもしれないと思ったらしい。霜月はあっさりと認め、俺たちに初めての後輩ができた。入部届にはしっかり二宮霞とカスミンの二人の名前が書かれていた。それをきっかけに二宮さんのことをいくつか知ることができた。
一年A組、部活は今日から相談部。運動は苦手なようだが、嫌いではないらしい。勉強も得意なようで、一年では成績トップ3に入るとカスミンが教えてくれた。神無月の情報では一年生の可愛いランキングでもトップ3に入るらしい。また、芸術系が得意で、特に絵が上手いようだ。学校から帰ると、毎日絵を描いて、それをネットに投稿しているらしい。絵を描くこと自体が好きらしく、いろんな画風で描いているという。人物画や風景画を鉛筆だけで描くこともあれば、絵の具を使って色鮮やかに描くこともあったり、パソコンを使ってデジタルな絵も描いたりするらしい。
たしかに、この前の海でのサンドアートを見れば、納得できる。あそこまで繊細な作業をできるのは、二宮さんにとって大きな強みになるだろう。
これが一つ目の驚きだ。
そしてもう一つの驚いたこととは、それから数日後のある日の放課後に起こった。新学期になって最初の相談者が、予想外の人物だったのだ。俺はいつも通り、部室で本を読んでおり、ベルさんと如月さんは、二宮さんの描いている絵を眺めていた。霜月はスマホを眺めており、神無月は勉強をしていた。クライエントがいないので、各々が自由にしていると、ドアをノックする音が聴こえた。それぞれ荷物を片付けた後に、霜月が「どうぞ」と声を掛けると、ゆっくりとドアが開き、そこにはとても可愛い女の子が立っていた。言うまでもなく、俺の知らない人だったが、他のみんなは知っているようで、ビックリした顔をしていた。
「ここが何でも相談に乗ってくれるっていう場所で合ってる?」彼女は尋ねてきた。
「あぁ、そうだよ」霜月が答えた。
「ホッ、ホンモノの弥生ちゃんデスか!?」ベルさんは声を震わせながら言った。
「私のこと知ってるの? ありがとう!」
彼女は笑顔でそう答えたが、なぜかその笑顔を見た時、俺はビジネススマイルに見えた。それでもベルさんは感動しているようだった。そのまま彼女は俺たちの向かいの椅子に座った。
俺は神無月の横に行き、彼女の情報を聞いた。最近、神無月が情報通であることに気づいたので、こういう時は神無月に聞くようにした。神無月に「はぁ!? お前、雛月弥生を知らねえの!?」と言われて少しイラっとしたが、我慢して正直に「知らない」と言うと、呆れられたようだったが、丁寧に教えてくれた。
神無月の情報によると、彼女の名前は雛月弥生。二年C組に所属しているらしい。容姿端麗で神無月曰く、学内で一番の人気らしい。たしかにそのくらい顔は整っていて可愛いと思うが、格段に飛び抜けているとは思わなかった。それなら如月さんやベルさんも勝るとも劣らないレベルだ。もしかしたら、普段からレベルの高い二人を見ていたせいで、俺の目は美人に慣れてしまい、他の美人を見ても満足しないようになったのかもしれない、と一人心の中で焦っていた。
そんなことはないと思い、如月さんを見つめていると、俺の視線に気づいて目が合った後、すぐに逸らされてしまった。それが可愛くてキュンとしたので、まだ大丈夫だと思った。次にベルさんを見たが、すぐに美人だと認識できたので、俺は自分の感覚が狂っていないとわかり、安心した。
そんなことをしていると、「お前どこ見てんの?」と神無月に言われた。俺が自分の目を確認している間にも、神無月は説明してくれていたらしいが、途中からまったく聞いていなかったので、もう一度お願いした。「聞いてなかったのかよ!」と神無月はツッコみながらも、再度説明してくれた。
彼女は、大人気のインフルエンサーで、SNSの総フォロワー数は百万人を超えているらしい。主にファッションやコスメを紹介したり、モデル業もやったり、歌を歌ったりダンスもしたりと結構マルチで活動しているとのことだった。世間では大注目の現役高校生らしい。仕事が忙しいので、学校を休むこともあるが俺と出席率は同じくらいらしい。これは俺が休みすぎているのか、彼女が頑張りすぎているのか、はたまた、どちらも正しいのか、気にしないでおこう。こういう人はいつ勉強しているのだろうかと疑問に思う人もいるだろうが、彼女曰く、仕事の合間に勉強も頑張っていると、ドキュメンタリー風動画で言っていたらしい。そんな常に忙しい彼女が一体なんの相談でここに来たのだろうか、とみんなも思っていたようだ。霜月が誰に相談するのかを尋ねると、できるだけ多い方がいいとのことだったので、全員で相談に乗ることになった。
「では、雛月さんの相談したいことはなんですか?」霜月がいつもの手順に沿って聞いた。
「私、ある人に会いたいと思っているんだけど、その人がどこにいるのかわからないから、一緒に探して欲しいの」雛月さんはそう答えた。
「その会いたい人っていうのは、誰のことですか?」霜月はさらに聞いた。
「それが……実は何もわからないの。名前も年齢も性別も顔も、何もわからない」
「え!? それってどういう意味デスか!?」ベルさんが聞いた。
「私が会いたいと思っている人は、あるブログ主さんのことで、その人のブログにいつも励まされているから、一度会って感謝の気持ちを伝えたいなぁって思ったの! でも、自分で調べても全然情報が集まらなくて、何もわからなかった! DMも送ってみたけど返信がなくて…」
「つまり、その顔も名前もわからない人に会いたいってことニャんだ?」カスミンが尋ねると、雛月さんはビックリした顔をして頷いた。おそらく猫が喋っていることに驚いたのだろう。
「それで困ったから、俺たちにも探すのを手伝って欲しいと?」霜月が尋ねた。
「うん! こんなこと相談する友達もいないから一人で悩んでいたの。そしたら悩み相談に乗ってくれる部活ができて結構評判がいいっていう噂を聞いたから、調べて来たの!」
「そういうことか…」
霜月はそう言って俺の方を見てきた。その顔は、どうしようか迷っているように見えた。
それもそうだ。俺たちの主な活動は、相談に乗って意見を言ったり、選択肢を与えたりする、いわばカウンセリングに近い感じだ。今回の雛月さんの相談内容は、人探しであって、それは探偵のような仕事になる。つまりこれは俺たち本来の活動範囲ではないということになる。
それに雛月さんがすでに調べたにもかかわらず、情報が集まらないということは、その人は素性を知られたくないと思っている可能性が高い。雛月さんはその人のブログで励まされていると言っていたので、やさしくて共感力のある人なのかもしれない。そんな人を特定するのは少し気が引けるような気もするが…。まぁ、優秀なハッカーがでもいないかぎり、俺たちだけでは、見つけるのは難しいだろうとも思っていた。
部長は霜月なので、霜月の判断に任せることにした。
「人探しデスか。なんだか探偵っぽくて面白そうデスね!」ベルさんがそう言ったのを聞いて、霜月は決心した顔になった。
「わかりました。俺たちも手伝います。だけど期限は三日にします! 三日で見つけられなかったら、申し訳ないけど…」霜月がそう言い、雛月さんも了承した。
ということで、俺たちはそのブログ主を調べるためにノートパソコンを開いて、雛月さんにブログ名を聞いた。すると聞き覚えのある名前を雛月さんが言った。
「六月の『人生山あり、谷あり、希望あり!』っていうブログで、『六月』っていう人が週に四~五回投稿しているの!」雛月さんはそう言いながら、そのサイトを開いたスマホ画面を俺たちに見せてきた。
最初はただの聞き間違いだろうと思っていたが、雛月さんのスマホ画面を見て、聞き間違いではないことを確信した。そのブログは俺のブログだった。ベルさんもそれに気づいたようで、「あ! それなら…」と言いかけたところで、俺はベルさんの口を手で塞ぎ、言わない方がいいと小さな声で伝えた。
これは覆面で活動している人によくあるあれだ。顔のわからない憧れの人がいて、勝手に印象を抱き、いざ実物を見ると印象と違って落胆するというあれだ。たまに想像通りだったということもあるようだが、それは例外に過ぎない。子どもの頃に見ていたアニメの声優さんが、赤い髪のおばさんだったと知った時の衝撃は今でも忘れない。そんな風に思われたくもないので、ここはわからなかったということにしようと決めた。如月さんと霜月も気づいた様子だったが何も言わなかった。俺がすぐにアイコンタクトをしたので状況を察して理解してくれたようだった。これで一安心と思っていたが…。
「あれ? これって水無月のブログじゃね?」神無月が余計なことを言い、みんなは一斉に神無月を見た。
「え!? あなた、六月さんを知ってるの!?」雛月さんが少し興奮気味に言った。
「え!? あぁ、知ってるも何も、こいつが…」神無月がそう言いながら俺の方を指さしてきたので、俺は奴の指を折る勢いで握り、咄嗟に口を塞いだ。
「それ以上喋ったらぶっ飛ばす! いいな?」俺は睨みつけながら小さな声で脅すと、神無月は三回頷いた。これで一安心だろう…とも行かなかった。
「え!? もしかして、キミが六月さんなの?」雛月さんは俺の方を見て言った。
「え? いや、そうじゃなくて、こいつちょっと変なこと言うから、失言しないように黙ってもらおうかと思って…」
「その人、キミが六月さんって言ってたけど…本当?」
「それは……」
俺はどういう風に誤魔化そうかと考えていたが、雛月さんはさらに問い詰めてきた。
「キミの名前…なんて言うの?」
「お、俺は翔。飛翔のしょうの字で翔!」
「翔……名字はなんて言うの?」
「……水無月」俺は小さな声で呟いた。
「え!? なんて言ったの?」雛月さんに再度聞かれた。
「水無月です……水無月翔」今度は半分諦めムードで答えた。
「水無月………水無月ってたしか……六月……六月!!」雛月さんはまるで連想ゲームをしているような感じで、気づいたようだった。「え!? じゃあ、キミがこのブログ主の六月さんなの!?」雛月さんはとても驚いた様子で聞いてきた。
「まぁ…一応…」
「本当に本物!?」
「本物です」
「そうなんだ! まさかこんなに近くにいると思わなかったから、ちょっとビックリしちゃった!」雛月さんはそう言っていたが、俺が思っていたよりも冷静な感じだった。
それからまだ信じていない様子で、ジロジロと俺を見つめてくるので、耐えられずに目線を逸らした。こんな美少女に見つめられたら、間違って好きになってしまいかねない。そして勘違いして告白し、あっさりと振られる。こんなことにはなりたくないので、俺は深呼吸をして冷静さを保つようにした。その時なぜか如月さんとベルさんは少し不機嫌そうな顔をして俺を見ていた。
「まぁ信じても信じなくてもどっちでもいいです。でも、こっちとしては、相手が見つかったということで、相談はここで終わりになります」
「そっ、そうだね! ありがとう。ここに相談してよかった!」雛月さんはそう言って、立ち上がり、帰る準備を始めた。その時、ベルさんが「アノ!」と雛月さんを呼び止めた。
「ん? なに?」雛月さんは動きを止め、ベルさんを見て言った。
「サ、サインをもらえないデスか?」
ベルさんはそう言って、ペンとノートを差し出した。それに対して、雛月さんはすぐに了承し、受け取ってから、慣れた手つきでササッとサインを書いていた。さすが有名人といった感じだった。それに続いて神無月もちゃっかりサインをもらっていた。
サインを書き終わると、雛月さんは「今日はありがとう! また、悩んだら相談に来るね!」と笑顔で言って帰って行った。
雛月さんが部室を出て行った後、みんな一気に脱力した。結構な有名人だったので、いつも以上に緊張していたらしい。如月さんは緊張で一言も話せなかったと言っていた。ここで俺は神無月を問い詰めることにした。
「神無月! なんでお前が俺のブログのことを知ってんだ?」
「え!? そんなのみんな知ってるだろ!」
「三人には、俺が前に自分で言ったから知っているのはわかるが、なんで教えてもいないお前が知ってんだよ?」
「フン! 俺の情報網を甘く見るなよ!」
神無月がカッコつけて言ったのがムカついたので、睨んで一週間部室に入室禁止にするぞと脅すと、あっさり謝ってきた。まぁ俺にそんな権限はないんだが。それに雛月さんも半信半疑な感じだったし、これ以上何もないだろうとこの時は思っていた。
それから一週間、妙に視線を感じる日が続いたが、原因はわかっていた。本人は隠れているつもりらしいが、体の半分は出ているので、バレバレだった。それに彼女ほどの有名人がマスクにサングラスをしたところでなんのカモフラージュにもならないし、むしろ学校ではそっちの方が目立っていた。そのため、尾行をしているつもりの彼女の周りには、野次馬がたくさんいた。こんな状態じゃ最早尾行ではなかった。さらに俺が振り返ると、咄嗟に隠れているが明らかに遅い。それが一週間続いたので、さすがに気になって、理由を聞くことにした。
後ろから追いかけているのがわかったので、小走りして角を曲がりそこに数秒待機した。すると予想通り、尾行していた雛月さんが走って来た。俺に見つかって咄嗟に隠れようとしていたが、周りには隠れる場所がなく、その場であたふたしていた。
「いや、もう隠れなくていいですから! 正直ずっと前から気づいていたんで!」
「え!? 気づいていたの!? いつから?」雛月さんは信じられないというような表情をして言った。
「最初からです! 具体的には相談に来た日の帰りからです!」
「え!?」雛月さんは本気で気づかれていないと思っていたらしい。この時、とても焦っているような表情になっていた。
「どうして俺をつけているんですか?」俺は単刀直入に尋ねた。
「そっ、それは……キミが本物の六月さんかどうか、自分の目で確かめるために見ていたの」雛月さんは俯きながら答えた。
「まぁそんなことだろうと思っていました。というより、もうその変装とってもいいんじゃないですか? 雛月さん!」
「まさかそこまでバレているとは!?」そう言いながら、雛月さんはマスクとサングラスを取った。この時、彼女は天然であると確信した。
「普段は誰かに見られていたとしても気づかないし気にもしないですけど、さすがに雛月さんの尾行にはどんなに鈍感な人でも気づきます!」
「え!? そんなにバレバレだった!? 私の変装」
「いや、そっちじゃなくて。まぁ変装もそうですけど…それよりも、周りにこんなに人が居たら目立ちますよ!」
俺がそう言うと、雛月さんは周りを見渡し始めた。その反応を見る限り、俺が指摘するまで自分では気づいていなかったらしく、「え!?」と驚いていた。雛月さんは俺の姿を見失わないために集中していたようだった。ある意味すごい集中力だが、今回はそれが裏目に出たようだった。それが恥ずかしかったのか、「ごめんなさーい」と言いながら、どこかへ逃げて行った。
俺も教室に戻ろうとした時、今度は三人のチンピラに絡まれた。後ろから声を掛けてきたが、俺は無視をしていたため、奴らは前に出てきて行く手を塞がれた。それでも俺は横に避けて通り過ぎようとしたが、チンピラの一人に肩を掴まれたので、すぐに払いのけて絡むことになってしまった。
奴らは三年生の先輩らしいが、俺が雛月さんと話していたのが気に入らないらしく、絡んできたようだった。意味不明なことを吠えるこいつらと絡む時間がもったいないと思ったので、今日の夕食のメニューを考えていると、一人のチンピラが相談部をバカにしたのが聞こえた。それから他の二人もバカにし出したので、ムカついて、全員ぶっ飛ばそうかという考えが一瞬頭をよぎった時、霜月がやって来た。霜月は奴らと知り合いらしく、話をしてまるく収まった。そもそも俺は何もしていないが…。
次の日の昼頃、俺は学校を休んで一人で街を歩いていた。すると偶然雛月さんに出会った。仕事中のようで数人の大人と話していた。向こうも俺のことに気づいたようなので、とりあえず会釈だけして、通り過ぎようとしたが、雛月さんに呼び止められた。それから、なぜか二人でカフェに行くことになった。
「仕事中じゃないんですか?」
「仕事はもう終わってたの。でも、なんとなく帰りにくい感じだったから、困っていたの。そしたらキミがいたから丁度いいと思って!」
「それ大丈夫なんですか? 見送っているスタッフさん、驚いていましたよ!」
「それってどういう意味で?」
「いや、雛月さんほどの有名な人が、俺みたいな異性とこんなところにいるのは、マズいんじゃないかってことです!」
「どうマズいの?」
「どうって、その……ファンの人に変に勘違いされたら、迷惑じゃないですか?」
「迷惑って誰が?」
「雛月さんですよ! もし、この状況を誰かに見られて、SNSで拡散されたら、仕事に影響が出ますよ!」
「そんな関係じゃないって正直に言えばいいじゃん!」
「本当のことを言っても信じてくれない人は結構います! それにSNSは一度拡散されると、どんどん嘘や誇張が酷くなって、どれが本当かわからなくなります。賢い人は本物とフェイクを見分けることはできますけど、半分以上の人はできないです。それに中には悪質な煽り屋や炎上屋がいますから、雛月さんみたいに可愛くて好感度の高い人は注意が必要です。成功者は妬みを買いやすいので!」
そう、SNSを使う時は注意しなければならない。現代はスマホの普及により、多くの人がSNSを使えるようになった。スマホとSNSは革新的な発明であり、様々な面でメリットをもたらした。しかし、デメリットも大きい。
特に問題になっているのが、SNS依存だろう。今では平均で一日四時間、若者の二割は七時間もスマホを使っているという。これにより、睡眠障害やうつ、記憶力や集中力の低下、学力の低下など様々な悪影響がでている。また、SNSを使う人ほど孤独を感じ、幸福感が低下するらしい。SNSによって自分は社交的だと思いがちだが、現実の社交の代わりにはならないようだ。
もちろん、これらが全員に当てはまるわけではない。SNSのおかげで元気になった人もいる。それはSNSの使い方の違いによるようだ。自分の写真や動画をアップロードしたり、個々のユーザーとコミュニケーションを取ったりと積極的にSNSを使っている人は、満足感が増したり、自信がついたりすることもある。
逆に、他人の投稿を見るだけの消極的で受け身的なユーザーは精神状態が悪くなりやすいようだ。特に、神経質で、心配性で、不安感が強い人は要注意だ。
さらに要注意なのが、思春期の女子だ。現在、SNSによって自信を失う女子が多いらしい。成長による体のシステムの変化も一因だろうが、SNSも大きく関わっているらしい。SNSは大抵、最高の瞬間や最高の一部を切り取ってアップロードされている。そこに至るまでの経緯を飛ばした写真は、完璧な容姿や完璧な人生が溢れているように見えてしまう。それを自分と比較して自信を失ってしまうのだ。自分は大丈夫だろうと思っていても、無意識にストレスを抱えていないだろうか。
俺は、この事実を知ってから、SNSとの付き合い方を考え、極力使わないようにしている。使うとしても何か調べたり、電話したり、仕事をしたりなど、明確な理由がある時だけだ。一日使わないことも多々ある。雛月さんは、自分から積極的に発信しているから問題ないというわけではない。インフルエンサーにもインフルエンサーなりの悩みや問題があると思う。
「私のことばかり心配してくれるけど、キミは大丈夫なの?」
「俺ですか!? 俺は一般人なので特に影響はないですよ! SNSもそんなにやってないですし!」
「そうなんだ。」雛月さんはそう言った後、「昨日あんなに迷惑かけたのに…」と小さな声で呟いた。
「まぁ俺は、どうでもいい人になんて言われようと無視をするんで、大丈夫です!」
「その発言、なんだか六月さんっぽいね!」雛月さんは少し微笑みながら言った。
「そうですか? まぁ一応本人ですけど…」
「あ! そっか! そうだったね!」
「はい」
ここで少し沈黙が流れてから、その沈黙を雛月さんが破った。
「それよりも、キミは一人で何してたの? 今日って学校でしょ?」
「今日は休みました!」
「それってサボったっていうこと?」
「まぁ捉えようによってはそうなります。俺にとっては必要な休みなんで、サボりだとは思ってないですけど、他人からみたらサボっているように見えるかもしれないですね」
「解釈の違いってこと?」
「そういうことです」
「ふーん。そうなんだ!」雛月さんはそう言って、頼んでいたカフェラテを手に取って飲んでいた。それにつられて俺も頼んでいたアイスコーヒーを一口飲んだ。
「ねぇ、キミは私のこと知ってた?」
「この前相談に来た時に、初めて知りました」
「そうなんだ! お世辞でも知ってたって言わないんだね」
「まぁ嘘をついても意味がないので」
「それもそうだね。でも、同じ学校の人にも知られていないなんて、私もまだまだだなぁ」雛月さんはそう言いながら、両手を組んで上に伸ばし、伸びをしていた。
「そんなことはないですよ。その年で百万人以上のフォロワーがいる人ってなかなかいないと思いますけど…」
「あれ? 私のこと知ってるの?」
「一応、最低限は調べました。まさかこんなに活躍している人が同じ学校にいると思っていなかったので、正直驚きました! その行動力は素直に尊敬します」
「六月さんにそう言われると、なんだか照れるなぁ」雛月さんはそう言いながら、右手で後頭部を掻き照れていた。
「俺が『六月』だということを認めたんですか?」
「まぁキミは意味のない嘘をつかないタイプだと思ったから」
雛月さんは、ようやく俺がブログ主の『六月』であることを認めてくれたようだった。
ここで、雛月さんが注文していたパンケーキが届いた。イチゴやバナナ、ベリー、生クリームの乗ったパンケーキを見て、雛月さんの目が輝いているのがわかった。それを眺めていた俺を見て、「一緒に食べる?」と誘ってきたが、丁重に断った。ただでさえ周りの目が気になっているのに、そんなことできるわけがない。
そして雛月さんはパンケーキを食べる前にスマホで写真を撮ってから食べ始めた。おそらく後からSNSにアップロードするのだろう。雛月さんはお腹が空いていたようで、一口食べる度に「美味しいー!」と言って感動していた。あまりにも美味しそうに食べるので、普段甘いものを食べない俺でも少し食べたくなってしまった。雛月さんは食レポに向いているように感じた。
俺の視線を察してか、途中で何度も「キミも食べてみなよ!」と一口差し出されたが、頑なに断った。そのやり取りを何度も繰り返していると、あっという間に食べ終えていた。食べ終わった後、カフェラテを一口飲んで余韻を楽しんでいるようだった。
「ねぇ、私はどうしてSNSを始めたと思う?」雛月さんは突然言った。。
「さぁ、わかりません」俺は素っ気なく答えたが、それでは納得しないようだった。
「当ててみてよ!」
「そうですねぇ。周りの人がやっていたから、始めたとかですか?」
「正解…じゃないけど、それもあるね!」
「じゃあ……リアルで友達がいなかったから始めた…とか?」そう答えると、雛月さんはポカーンとした顔になった。
「まさか二回目で正解を言い当てるなんて! キミってもしかして超能力者か何か?」
「いや、そんなはずないですよ! 大体、SNSを始める理由ってそんな感じですよ! 友達作りだったり、自己顕示欲を出したりするのに便利なツールですから!」
「ハッ! もしかして、キミも同じ理由なの?」雛月さんは右手を口の前に当て、ハッ! とした表情で言った。
「いや、俺はそんな理由じゃなくて……学んだことのアウトプットにいいと思って……。それに…それでお金がもらえたらラッキーだと思って…」
「そうなんだぁ!」雛月さんは感心したように頷きながら言った。
「って、俺のことよりも、雛月さんは何か言いたいことがあったんじゃないですか?」
「ハッ! そうだった! あやうく忘れてしまうところだったよ!」雛月さんはちょっとお茶目な感じで言った。それから、数秒間沈黙が続いた後、雛月さんは話し始めた。
「私ね、友達と呼べる人がいないの。…前はね、いつも話をしてくれたり、遊んでくれたりしてくれる人はいたんだよ。私はその子と友達だと思っていたんだけど、実はその子、陰で私のことを悪く言って、噂を流していたことを知ったの。それから周りの人が信じられなくなって、自分から壁を作るようになっていっちゃった」
俺は、雛月さんを見ながら頷いたり、言葉を繰り返したりして、話が終わるまで傾聴することを心掛けた。雛月さんも少しは心を開いてくれているのか、ゆっくりとした口調で話し続けた。
話をまとめると、雛月さんは、信じていた人に裏切られたことで、若干人間不信になっているようだった。それが原因で友達を作ることができずに、SNSを始めたらしい。
最初は、ただなんとなく好きなことを投稿していたら、思いのほか受けが良かったらしく、一つの動画がバズって、三ヶ月後には人気インフルエンサーになったようだ。それから、コツコツと努力して今では百万人を超えるフォロワーを獲得するまでになったらしい。雛月さんもそれは嬉しかったと言っていた。
しかし、最近は少し考えが変わってきたらしい。最初はみんなに認めてもらえたような感覚が嬉しくて、楽しく続けていたらしいが、少しずつマンネリ化してきたり、再生数やフォロワー数を気にしたりするのが嫌になってきたらしい。そのせいで楽しくなくなっていると言っていた。
仕事をしている人にはよくある悩みだ。人間は同じことを繰り返すことで慣れていき、簡単にできるようになるが、その分刺激が減り、退屈に感じることがある。そして新しい刺激を求めていろんなことに挑戦する。それは成長に欠かせないことであり、素晴らしいことだと思うが、雛月さんのようなクリエイティブな人にとっては、大変な作業になる。フォロワーは常に新しい刺激を欲しているため、それに応えようと努力しても、なかなか新しい発想は思いつかないだろう。そのため、マンネリ化したように感じたり、自分自身の欲求がわからなくなったりする人もいる。
おそらく働いている人のほとんどは、経験しているのではないかと思う。雛月さんは早くに働き始めたため、それが早かったに過ぎない。ということで、雛月さんの悩みは、仕事との向き合い方だろうと思っていたが、まだ話の途中とのことで、引き続き傾聴した。
「それでね、私はどうしたいんだろうって自問自答したの。でも、結局わからなかった。自分が何をしたいのか、どうしたいのか。……その時ふと思ったの。……私はどうして生きているんだろうって。なんのために生きているんだろうって」
雛月さんは感慨深く言ったように感じた。どうやら雛月さんの聞きたいことは、生きる意味ってなんだろう、ということだったらしい。急に哲学的な話になったが、生きる意味を考えたことのある人は少なからずいるだろう。過去の哲学者は生きる意味について様々な言葉を残しているし、俺も昔考えたことがある。
「ねぇ、キミは生きる意味ってなんだと思う?」雛月さんは俺の目を見て、真剣な目で聞いてきた。
「生きる意味…ですか。……正直に言っていいですか?」内容が内容なので、念のため確認した。
「うん。その方がいい」
「俺は………生きる意味は…ないと思います」
「生きる意味は…ない!? ……どうして?」雛月さんは目を見開いて驚いた顔をして聞いてきた。
「誤解がないように言い換えると、生きる意味を考えても意味がないということです。けっして生きる価値がないと言っているわけではないので、勘違いしないでください」
「考えても意味がない?」雛月さんは「?」を浮かべていたので、俺は持論を述べることにした。
生きる意味とは何か? と考えた時、俺はいろんな本を読んだり、ネットで情報を集めたりした。その結果、俺の導き出した結論は、考えても意味がないである。
どうして自分が生まれたのかと問われれば、両親が出会って催したからということだ。それ以上でも以下でもない。単なる偶然であり、奇跡である。
そもそも人類が誕生したのも偶然で、その中でホモ・サピエンスがここまで繫栄したのも、様々な奇跡的な出来事が起こったからだ。そんな偶然や奇跡が重なって、今の俺たちは生きている。つまり、俺たち人間は、たまたま生まれたのであって、生きる意味があって生まれたのではないということだ。
このように考えると、生きる意味がわからないのも当然と言える。信仰心の強い人は、神が役目を与えて人間を創造したと言うかもしれないが、科学的に証明されていないので、俺の考えは違う。俺はダーウィンの進化論派だ。それに、俺たちみたいな若い人は、生きる意味を考えたところで、答えを見つけることはできないと思っている。なぜなら、生きる意味は、死ぬ直前に自分の人生を振り返ることによって見出すものだからだ。長い人生でいろんな経験をしなければ、生きる意味なんていう壮大な問いに答えることは難しいだろうと思う。よって、生きる意味を考えても意味がないというのが、俺の持論だ。
しかし、付け加えておきたいこともある。中には、生きる意味を持って毎日楽しく過ごしているという人もいるだろう。たしかにそうである。早いうちに生きる意味を見つけた人もいる。
たとえば、好きなスポーツと自分の能力が合致して、そのスポーツをすることが生きがいだというアスリート、一つの仕事にのめり込んで、一生を捧げる人、たくさんの人の役に立つために奉仕することが生きがいだという人、子どもを立派な大人に育てることが生きる意味だという親など、様々な生きる意味を持った人も多くいるだろう。
たしかに、生きる意味を持っている人は、レジリエンスが高いと言われている。雛月さんに「レジリエンスってなに?」と聞かれたので、簡単に説明した。
レジリエンスとは、困難な出来事の後に回復する能力があるということを示す言葉である。レジリエンスが高い人は、逆境、トラウマ、悲劇、脅威、極度のストレスなどに直面する中で、それを乗り越える能力が高い人たちを意味する。このようなレジリエンスが高い人たちの特徴の一つに、生きる意味や生きる目的を持っている人が多いらしい。
こう考えると、生きる意味を持っている方がいいじゃないかと思うかもしれないが、まだ生きる意味を持っていないからと言って、急いで何かを見つける必要はないと、俺は思う。生きる意味を見つけた人はそれでいいし、まだわからない人も、ゆっくり過ごしていれば、何か見つかるかもしれない。たとえ見つからなくてもそれでいいと思う。無理やり生きる意味を見つけて縛られるよりは、自由に生きていたいと俺は思う。
雛月さんは、俺の持論を頷きながら聞いてくれていたので、つい調子に乗って語ってしまったと思った俺は、最後に補足をした。
「まぁ、これはあくまで俺の持論なんで、真に受けないでください。それよりも雛月さん自身の想いを大切にした方がいいです」
「私の…想い…」雛月さんは小さな声で呟いた。そして「ねぇ、キミは私の活動、どう思う?」と質問してきた。その時の雛月さんの表情は、何かを怖がっているように見えた。
「雛月さんの活動ですか?」俺が繰り返して言うと、雛月さんは「うん」と頷いたので、俺は率直な気持ちを言うことにした。
「さっきも言いましたけど、その行動力はすごいと思います。俺には真似できないので、正直少し嫉妬します! それに、雛月さんの活動で笑顔になったり、元気をもらったりしている人はたくさんいるので、素晴らしい活動だと思います!」俺は最後の大事なところはハッキリと伝わるように誇張して言った。それを聞いた雛月さんは、目に涙を浮かべているようでウルウルして見えた。
「キミも…私の活動で、笑顔になるの?」雛月さんは恐る恐る尋ねてきた。
「そうですね! 頑張っているなぁ、と思いながら観てます! というより、俺の場合は、雛月さんの可愛い顔を見られるだけで、目の保養になるんで、それだけでラッキーですよ!」
最後は少しふざけた感じで言って、場の雰囲気を変えようと思ったが、雛月さんは顔を赤くして照れているようだった。少しして涙も流し始めたので、今の俺の発言は、もしかしてセクハラ発言になるのではないかと心配になった。とんでもないことをしてしまったと思って謝ったが、雛月さんからの返答はなかった。とりあえず涙を拭くためのハンカチをポケットから取り出し、手渡すと、雛月さんは「ありがとう」と言って受け取り、涙を拭いた。そして涙を拭き終わると、雛月さんはキリっとした顔で俺を見てきた。
「ごめんね。急に泣いちゃって」
「いえ、俺の方こそ、変なこと言ってすみません」
「そんなことないよ! 今日キミに相談して良かった! おかげでモヤモヤがスッキリした!」そう言って雛月さんは満面の笑みを俺に向けてくれた。その笑顔は、以前感じたようなビジネススマイルとは明らかに違い、心の底から笑っているようだった。
「俺は話を聞いて、自分の意見を言っただけで、特に何もしてないです」
「それが大切なんだよ! 人に話を聞いてもらえる、それだけでこんなにスッキリするんだね!」
「まぁ、俺以外にも話を聞いてくれる人はたくさんいますよ」
「キミだからだよ! キミが話を聞いてくれたから、私は元気になれたんだよ! キミじゃなきゃ、こんなこと話そうとも思わなかった」
「それは買い被りすぎです。俺じゃなくても…」俺がそう言いかけたところで、雛月さんに言葉を遮られた。
「ねぇ! また悩んだら、相談してもいい?」雛月さんが聞いてきたので、俺は頭を切り替えて答えた。
「もちろんです! 相談部の活動目的は、悩んでいる人の相談に乗ることですから! いつでも大丈夫です!」そう答えると、雛月さんはまた笑顔になった。
会計時に雛月さんがお礼に驕ると言ってきたが、俺も驕るつもりだったので、話し合いになり、結局、割り勘になった。レジの前で話し合いになり、お互いが譲らなかったので、他に並んでいたお客さんの邪魔にならないように横に避けて五分程話した。これが妥当だろうと二人の意見が一致してのことだった。
カフェを出た後、雛月さんとは別れたが、その時の雛月さんも笑顔だった。人気インフルエンサーの気持ちがどんな感じか、俺にはわからないが、少しは役に立てたようで良かったと思った。もしかしたら雛月さんはSNSをやめる決断をしたのかもしれないと思っていたが、その後、雛月さんの投稿頻度は変わらなかったので、SNSを頑張ることにしたのかもしれないと思った。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




