自然と触れ合うことで健康になれる!!
待ちに待った夏休みに入った。長期休みは、多くの子どもが好きだろう。無論、俺も好きだ。なぜなら、出席日数を気にしないで堂々と休みを満喫できるからだ。休みと言っても、普段とあまり変わらない日を過ごすことが多いが、必ず一つは新しいことをしようと決めている。それは、行ったことのない場所に出掛けたり、体験したことのないことに挑戦したりすることだ。今回は、登山をしようと考えている。登山は元々好きで、千メートル程の山なら何度か登ったことがある。なぜ山に登るのか? と問われたある登山家は、「そこに山があるから」と答えたらしいが、俺はそんな抽象的な理由ではない。俺が山に登る理由はいくつかある。
まず、良い運動になる。登山は結構キツイ運動だ。決してなめてはいけない。初心者なら数百メートルの山から始めた方がいいだろう。次に、登山は達成感を味わえる。俺は一人で登れる程度の山しか登らないので、最初から最後まで自分の力次第だ。登る前はやる気に満ち、終えた時には、登り切ったことへの達成感と無事に帰還したことへの安心感で自分の中で充足できる。それが心地良いのだ。一人で登るのが嫌とか心配という人は、チームや友達など、数人で一緒に登るといいだろう。俺は、チームが苦手なので、大体一人で登っている。
他にも、登山はストレス解消やメンタルに良いということだ。人間には、自然との触れ合いを求める本能が生まれつき備わっている。なぜなら、人間は、誕生してから何百万年という長い時間を自然の中で暮らして来たからだ。現代のようなコンクリートのビルや電子機器に囲まれた都会は、ここ数百年で誕生したものばかりなので、人間の脳が対応できていない。よって、都会に住んでいる人は、慢性的にストレスを抱えている。そのストレスを解消するのに、登山はうってつけだ。人間は、自然と触れ合うことで、副交感神経が活性化し、一気にストレスが減る。緑豊かな樹木や川、広大な海などの景色を見るだけでも、認知機能が向上し、気分が上向く。こんなにメリットがあるとわかっているのに、しないわけにはいかない。ということで、俺は登山の計画をしていた。
俺は出かける前には必ず、つゆりに報告している。普段、ご飯や風呂の準備を俺がしているので、数日いないことを伝えないと、つゆりの予定が狂ってしまうからだ。それに、つゆりにとっては、俺がいない方が気楽に過ごせるかもしれないので、早めに伝えた方がいいだろうと思っている。一応、毎回誘ってはいるが、一度もついて来たことはない。それも当たり前だ。年頃の妹が二歳上の兄と一緒に出掛けたいと思うわけがない。というか、嫌われているからな。だから、今回も一人で行くことになるだろうと思っていた。
夕食中、俺はつゆりに登山のことを伝えることにした。
「つゆり! 俺、来週…」と言いかけた時に、「行く!」とつゆりが言った。
「え!? 今なんて?」俺は戸惑いながら、聞き返すと、「だから、私も行く!」とつゆりは再度答えた。
「行くって…どこに?」俺は話が呑み込めないので聞いた。
「どこかはわからないけど、お兄ちゃんのことだから山とか海じゃないの?」
「え!? なんで俺が山に行こうと計画していることを知ってるんだ?」俺はそう言いながら、もしかして、つゆりは俺の心が読めるのか? と非科学的なことを考えていた。
「だっていつもそうじゃん! 夏休みに入るとすぐに天気がいい日を調べて、数日後には旅行に行ってたよね! 大体、海とか山みたいな自然な場所が多かったし!」つゆりにそう言われて、俺は納得した。それにしても、つゆりは俺のことを意外とチェックしていること知った。
「そう言われれば、そうだな! でも、今まで一度も一緒に行かなかったのに、今回はいいのか?」
「今までは心配いらなかったから一緒に行かなかったの! どうせお兄ちゃんは、一人で旅行を楽しむだろうから……。でも、今は……」つゆりは、そこまで言いかけて、何か考え込んでいるようだった。
「…今は?」俺は繰り返して聞いた。
「なんでもいいでしょ! とにかく、今回は私も一緒に行くから!!」そう言ってつゆりは強引に話を終わらせた。
「あ、あぁ、わかった」
それから、俺たちは黙って夕食を食べた。
夕食後、俺が皿洗いをしていると、つゆりが旅行のことで質問してきた。
「そういえば、今度はどこの山に登るの?」
俺は、今回登ろうとしている山が千メートル程であること、朝早くに出掛けること、結構キツイということなどを伝えると、つゆりの行く気がなくなると思っていたが、そんなことは微塵もなく「そう、わかった」という一言で受け入れていた。「大丈夫なのか?」と心配すると、「モーマンタイ! それくらいの山なら登ったことあるから!」と言っていた。俺の知らないところで、つゆりも登山をしていたらしい。おそらく友達と登ったのだろう。少し前に流行った山ガールみたいな感じだろうか。
「ところで、今回は何泊する予定なの?」つゆりが聞いてきた。
「そうだな…。今のところは一泊二日で考えている。一日目は朝早くに出て、一日登山。二日目はゆっくり街を散策して、夕方頃に帰ろうと思ってるけど、どうだ?」
「ふーん、いいんじゃない。……ねぇ、どこに泊まるかもう決めているの?」
「いや、まだ決めてない」
「じゃあそれ、私が決めてもいい?」つゆりの発言に驚いて、一瞬固まってしまった。
「あぁ! 任せる!」
二人で行くのなら、つゆりにも選ぶ権利があるだろう。俺が全部決めたスケジュールに従うより、つゆりも自分で選びたいはずだ。それに泊まる場所を選ぶなら、俺よりもつゆりの方がいい場所を見つけてくれそうだと思った。ということで、俺とつゆりは久しぶりに一緒に旅行に行くことになった。
数日後の朝、俺とつゆりは登山に行くため、最寄りの駅に向かっていた。朝の新鮮な空気も気持ちよかったが、久しぶりのつゆりとの旅行も新鮮に感じた。そして駅に着くと、予想外の光景が俺の目の前に映った。駅には、相談部のメンバーである霜月、如月さん、ベルさんがいた。三人ともアウトドア用の服装をしていたので、一緒にどこかに出掛けるのだろうと思った。俺はあまりの偶然に驚いたが、なぜか三人とも俺たちを待っているような感じだった。
「おはよう! 水無月くん」「オハヨウゴザイマス! 水無月サン!」如月さんとベルさんが俺たちにあいさつしてきた。
「おぉ! おはよう! 偶然だな! 三人もどこかに出掛けるのか?」
「何言ってるんデスか! 水無月サン。今日は相談部の合宿デスよ!」ベルさんがテンション高めに答えた。
「相談部の合宿?」
あれ? そんな話あったか? と、俺は聞き覚えのない話がいつ行われたのかを頭の中で振り返っていた。もしかしたら、聞き逃していたかもしれないと思ったからだ。
「そうデス! まさか水無月サンが発案してくれるとは、ビックリデス!!」
「俺が発案!? 合宿を!?」
ベルさんが発言する度に、俺は混乱した。もしかしたら、俺は自分が気づかないうちに、いつの間にか行動をしているかもしれないと思った。まさか、睡眠時に無意識に行動している『あれ』みたいな現象が俺にも起こっているのだろうか、それとも、もう一人の俺の人格が現れて勝手に行動しているのだろうか、と考えていた。
「あれ? 私たちはそうだと聞いたんだけど……ねぇ、つゆりちゃん!」如月さんは、つゆりを見て言った。俺がつゆりの方を見ると、つゆりは笑顔で弁明し始めた。
つゆりの話によると、あの日俺と話した後、如月さんに連絡して、一緒に旅行に行かないか誘たらしい。つゆりが如月さんの連絡先を知っていることにも驚いたが、おそらく俺のスマホで連絡したのをきっかけに交換したのだろう。如月さんはオーケーということだったが、せっかくだから他の相談部のみんなも全員誘うことになったらしく、つゆりもそれに同意したらしい。その結果、全員が参加することになり、これなら相談部の合宿ということにしようと、つゆりが提案したらしい。
神無月も参加するらしいが、少し遅れているようだった。つゆりが弁明している時、霜月はなんとなく事情をわかっていたような表情で聞いていたので、問いただすと、俺がみんなで出掛けるようなことを発案するわけがないと思っていたらしい。「気づいていたのなら、教えてくれてもいいだろ」と言うと、霜月は俺の驚く顔が見たかったから言わなかった、と笑いながら言った。
つゆりが弁明していると、神無月が遅れてやって来た。4人の待ち合わせ時間には、まだなっていないようだったが、俺たちの姿を見てから、走って来たらしい。神無月は、息を切らしながら「悪い…遅くなった」と言っていた。全員に登山に行くと伝えていたようだが、神無月の格好は、オシャレな服にセットされた髪、そして手ぶらと、まるで街にも出掛けるのかという感じだった。もしかしてちゃんと伝わってなかったのかと思って神無月に確認した。
「神無月、今日登山ってこと聞いてたか?」
「ん? あぁ、聞いてるけど…」神無月は当然知っているという感じで答えた。この時「あぁ、こいつはアホなんだ」と心の中で思った。
全員が集まったのを確認して、つゆりが仕切り始めた。
「全員集まったようですね! では、改めまして! 私は水無月つゆり! お兄ぃ…んん…兄がいつもお世話になっています!」つゆりが相談部のみんなに自己紹介をした。
「へぇー! あなたが水無月サンの妹サンデスか!! とってもキュートデスね!」ベルさんが言った。
「そうですか? ありがとうございます!」つゆりはまんざらでもない表情で喜んでいるようだった。
「ワタシは、ブルーベル・エイプリル、デス! 5月に水無月サンの高校に転校して来まシタ! でも、水無月サンとは一年前からオンラインで交流していたので、その時から友達デス!」
「あぁー、あなたが! よろしくお願いします! あっ! あと、私のことは『つゆり』と呼んでください! 兄とごっちゃになるので!」つゆりは笑顔で答えた。
俺はベルさんとオンラインで交流していたことをつゆりに話したことはないが、どうやら知っているようだった。
「私は前に少しだけ会ってるけど、せっかくだから改めて…。如月牡丹です! よろしくね、つゆりちゃん!」
「よろしくお願いします! 牡丹さん!」つゆりと如月さんは、俺の知らない間に随分仲良くなっているようだった。そんなに頻繁に連絡を取っているのだろうかと思った。
「俺は中学の時から知ってるよな!」霜月がつゆりに言った。
「そうですね。中学の時からなぜか兄にまとわりつくイケメンさんですよね?」つゆりの顔は笑顔だったが、言い方は霜月を煽っているように聞こえた。
「ハハッ、随分嫌な言い方だな」霜月は慣れているような感じで対応していた。
「フフフッ、冗談ですよ! 霜月時雨さん!」つゆりは変わらず笑顔で応戦した。
「次は俺だな! 俺は、神無月紫苑! 水無月の友でありライバルでもある!」
待っていましたと言わんばかりの尊大な態度で、神無月は言った。この時、神無月の中で俺が友達兼ライバルになっていたことを知った。つゆりもそのことが気になったのか、神無月に質問していた。
「あなたが兄のライバル? 本当ですか?」
「あぁ! もちろんだ! 今まで一度も勝ったことはないが、俺は常に二位をキープしていた!」
神無月はこの前ちゃっかりベルさんにも負けていることを言わなかったが、みんなも特に指摘することはなかった。
「へぇー! ずっと二位ですか!! すごいですね! でも、兄に一度も勝ったことがないのなら、それってライバルって言うんですか?」
「そっ、それは…いつか必ず勝ってみせるさ!」
つゆりの問い詰めに神無月が焦っているのがわかったが、特に誰も助け舟は出さなかった。それからさらに、つゆりは神無月を問い詰めた。
「二位もすごいことだと思いますけど、二位じゃダメなんですか? それに、ずっと二位ってことは、もはやミスター二位と呼んでもいいかもですね」
つゆりのこの発言を聞いて、神無月は心に大ダメージ負ったようだった。さすがに可哀想に思ったので、俺は「つゆり、そこまでにしておいた方が…」と声を掛けた。
「あ! ごめんなさい。つい調子に乗ってしまいました」つゆりはあまり反省していない様子で謝った。
「それにしても、つゆりちゃんは水無月とあまり似てないね! 結構可愛いじゃん!」
神無月はつゆりと俺を交互に見比べながら言った。成績のことでは分が悪いと思って話題を変えたのだろうが、どうやらこの話題もつゆりにとっては地雷だったようだ。再びつゆりの問い詰めが始まった。
「それはどういう意味ですか?」つゆりは笑顔だったが、なんだか異様な圧を感じた。
「いや、水無月はなんていうか……不愛想だけど、つゆりちゃんは、なんだか人当たりがいいというか、元気っていうか…」神無月の言い分に俺は内心同意したが、つゆりの考えは違ったようだった。
「それは兄を侮辱しているのですか? 私は兄の妹なので、兄とは遺伝子的に似ています! ということは、兄の侮辱はそのまま私の侮辱と受け取りますが…」つゆりは常に笑顔で独自の考えを述べていたが、怖くて誰もつっこめなかった。
「すっ、すみません」神無月はなすすべなく、ただ謝るだけだった。この時、つゆりを絶対怒らせないようにしようと俺は心の中で誓った。
ということで、俺は相談部とつゆりを合わせた六人で、合宿という名の一泊二日旅行に行くことになった。
山までは、電車とバスを乗り継いて行った。俺、つゆり、ベルさんは登山経験があったが、如月さん、霜月、神無月は初めてらしいので、到着するまでに、登山の注意事項をみんなで確認した。少し心配になったが、このメンツなら大丈夫だろうと思った。場違いな服装のただ一人を除いては…だが。
無事、到着して再度注意事項を確認して、俺たちは登り始めた。先頭をベルさんと如月さん、真ん中に霜月と神無月、最後尾を俺とつゆりというフォーメーションにした。経験者が前に集まると、慣れていない人を置いて行ってしまうかもしれないからだ。性格的にも俺とつゆりが先頭になったら、そうなるのは簡単に予想できる。そうならないためにも、俺とつゆりは後ろで、みんなのペースに合わせる方が得策だろうと考えた。先頭には、ベルさんを配置したので心配は要らないだろう。経験者の方が安全な道を選ぶことができると思ったからだ。それに予想通り、ベルさんは如月さんのペースに合わせていた。登り始めて、改めてこのフォーメーションが最適だったと確信した。俺たちは無理をしないようにこまめに休憩したり、水分補給したりして、自分たちのペースで登った。
今日の登山は快晴でとても気持ち良かった。俺は両手を大きく広げてお腹いっぱいに空気を吸った。澄んだ空気、自然の中の土や木々の匂いを感じた。次は目を瞑り音に集中した。鳥のさえずりや葉の擦れる音が心地よく聴覚を刺激してくれる。今度は視覚に集中した。緑や茶色のアースカラーに囲まれ、心が安らいでいく。それに木々の隙間から差す木漏れ日は最高だった。一歩一歩踏みしめる度に、自分が今、自然の生み出した素晴らしいものに登っているという感覚を感じる。俺は今、自然と一体になっているのだ。
7割程登ったところで、子どもの泣いている声が聞こえた。声のする方に視線を送ると、小学校低学年くらいの男の子が泣いていて、その近くに両親と思われる大人が二人立っていた。二人は泣いている少年を慰めているようだった。少年をよく見ると、膝から血が出ているのが見えた。どうやら転んで膝を擦りむいたらしい。母親と思われる人は、ハンカチで傷口を拭いていたが、少年は泣き止む気配がなかった。おそらく両親は、このまま登り続けるか下山するかを考えているのだろう。どっちを選ぶにしても、少年を抱えて行くのは大変なことだが、それにはまず、少年を落ち着かせる必要がある。
その光景を見た俺は、つゆりに「ちょっと寄るところがあるから、先に行ってて」と言って、衝動的にその家族の元に駆け寄った。「大丈夫ですか?」と声を掛けると、「え! あぁ、すみません。大丈夫です」と母親と思われる人が答えたが、俺はお構いなしに背負っていたバックを下ろして、新しい水を取り出し、少年に「今から水で洗うけどいい?」と確認をした。少年は泣きながらも「うん」と頷いたので、俺はペットボトルの蓋を開けて、少年の膝に水を掛け、膝の汚れを洗った。その後、バックから消毒液を取り出し、「ちょっと沁みるけど我慢できるか?」と少年に確認した。少年が「うん」と頷いたので、消毒液を掛けると、少年は沁みるのを我慢しているようだった。そして最後にガーゼを貼って処置は完了した。その時には少年はもう泣いていなかった。
「よし! これでもう大丈夫だ!」と言うと、少年は「ありがとう、お兄ちゃん!」と笑顔で言った。隣に立っていた母親も「ありがとうございます」とお礼を言ってきた。「いえ」と母親に返事をして、俺は少年に名前を尋ねた。少年は「らいと!」と答えた。漢字で『月』と書いて、『らいと』と読むらしい。某死神漫画の頭の良い主人公みたいだな、と思った。年は7歳で小学二年生らしい。
「そっか! ここまでよく頑張って登ったな! すごいぞ!」俺がそう言うと、らいとくんの顔は一瞬、嬉しそうな表情になったが、すぐに落ち込んだ顔に変わった。
「でも、足ケガしちゃった」らいとくんはまた泣きそうになっていた。
「そうだな。ケガしちゃったな」俺は繰り返した。そして俯いて落ち込んでいるらいとくんに「らいとくんは、この後どうしたい?」となるべくやさしい口調を意識して聞いた。
「どうしたいってなに?」らいとくんは俺の顔を見て、質問で返して来た。質問の意味がわからなかったのだろう。
「このまま登るのか、ここで引き返すのかっていうこと」
両親は下山した方がいいんじゃないか、と思っているような表情をしていたが、らいとくんが答えるまで黙って見守っていた。らいとくんは少し考えてから、質問してきた。
「あとどれくらいで一番上に着くの?」
「ここは山の真ん中よりちょっと上だから、あともう少しだな」
それから、らいとくんはしばらく考え込んでから、決心した顔になった
「もう少し頑張りたい!」
「そっか。でも、登った後また下りなきゃいけないけど、その足で大丈夫なのか?」俺は現実的なことを聞いた。
「うん! もう全然痛くないし!」らいとくんはその場で足踏みしたりジャンプしたりして元気な様子をアピールしてくれた。
らいとくんの目を見ると、強い意志を感じたので、俺はそれを応援することにした。
「そっか。じゃあ一緒に頑張ろうな! でも、一つだけ約束してほしいことがある」
「なに?」
「絶対に無理はしないこと。もし、この後足が痛くなったら、必ずお父さんか、お母さんに言うこと。お父さんとお母さんが引き返した方がいいと言った時は、言うことを聞いてそうすること。約束できるか?」
「うん!」
俺とらいとくんは、指切りをして約束した。俺は立ち上がって、「すみません。余計なことをしてしまいました」と両親に謝罪したが、「とんでもない! ありがとうございます!」と逆に感謝された。俺は、母親に予備のガーゼと残った水を渡して、もしらいとくんが足を痛がって下山することになったら協力することを伝えた。
そして、俺は先に行ったであろうみんなに追いつくために、急いで登ろうと思っていたら、みんな近くで待ってくれていた。「ごめん、待たせた」と言って戻ると、みんなは笑顔で許してくれた。それから俺たちは登山を再開した。
標高八百メートル程まで登ったところに着くと、少し空気が薄くなっているので、みんなもさすがに疲労が溜まっているようだった。それに冷たい風が強く吹いていた。
如月さんは息を切らしており、水分補給をしようと自分のバックの水筒に手を伸ばし、水を飲もうとしていたが、中身がすでに空だったようで、飲むのを諦めていた。それを見た俺はバックから予備の水を取り出して如月さんに渡した。元々はつゆりと一緒の旅行だったので、もしもの時用に自分以外の水も多めに持ってきていたのである。
「え!? いいの?」如月さんは驚きながら言った。
「あぁ、まだ何本かあるから大丈夫!」そう言うと、如月さんは「ありがとう」と笑顔で言って受け取った。
それを見ていたつゆりが「お兄ちゃん! 私ものど乾いたんだけど…」と少し強い口調で言ってきた。つゆりはまだ自分の飲料が残っているようだったので、「え!? まだ自分の分が残ってるだろ?」と言うと、今度はベルさんが「ワタシものど乾いたデス!」と今まさに自分の水筒で水分補給しながら笑顔で言った。
そして、それを場違いな格好をして明らかに疲労困憊している変な奴が、羨ましそうに見ていた。登り始めは元気いっぱいだった神無月だが、徐々に疲れが溜まっていき、今ではやっとの力で登っているくらいだった。俺たちが休憩している時も「俺に休憩なんかいらねぇ」とほざいており、水分補給を全くしていなかった。登山をナメている奴の典型例だ。
神無月を見ているだけでこっちも疲れが増しそうだったので、仕方なく予備の水を渡したが、「おっ、俺がお前の助けなんか借りるか!」とくだらないプライドで拒絶されたので、俺はイラっとして水をバックに戻そうとした。すると、さすがに耐えられなかったのか、「ごめんなさい。今の嘘です。俺にもください」と神無月が泣きついてきたので、面倒くさい奴だなと思いながら仕方なく渡した。神無月は水を受け取ると、あっという間に500mlの水を飲み干した。余程喉が渇いていたのだろう。この貸しは、いつか利息を付けて返してもらおうと思った。
登り始めてから約三時間で頂上に着いた。休憩を多めに取り、ゆっくりペースで登ったので、時間は掛かったが、初心者にも登りやすい山で良かった。天気も良かったので、頂上からの眺めは最高に綺麗だった。ベルさんが「写真を撮りましょう!」と言って、バックから自撮り棒を取り出した。俺たちは集まって、綺麗な景色を背景にして写真を撮った。それから30分程滞在していると、らいとくん家族が到着した姿が見えた。らいとくんは、とても喜んでいるようだった。走り回っていたので、足の痛みもほとんどないのだろうと思って安心した。それから俺たちは下山を始めた。下山も無理をしないペースで下った。無事下山した時は、みんな疲れ切っているようだったが、「楽しかった!」と言っていたので、少し嬉しかった。
その後、俺たちはつゆりに先導されて宿泊場所に着いた。そこは和風で露天風呂のある宿だった。俺は一人一部屋と思っていたが、つゆりは大部屋を二つしか予約しておらず、男女に分かれて三人一部屋で泊まることになった。俺は一人で静かに読書して過ごしたかったが、霜月がトランプやUNO、オセロ、チェスなどを持ってきており、神無月がそれで遊びたい、としつこかったので集中できなかった。さらに、女子三人が俺たちの部屋に来て、ベルさんが人生ゲームをやろうと持ってきたので、結局みんなで遊ぶことになった。それから、しばらく遊んだ後、夕食を食べたり、温泉に入ったりして就寝した。
次の日は、街並みを散策した。俺は「各々自由に行きたいところに行けばいい」と言ったが、つゆりに却下され、団体行動をすることになった。まぁ俺の目的は昨日の登山であって、他には特に行きたいところも調べてなかったし、みんなが行きたいところについて行くのもいいかと思って、つゆりたちに任せることにした。
それから、いろんな店を見て回ったり、神社に参ったりしているとあっという間に夕方になったので、俺たちは帰ることにした。帰りの電車内で、読書をしていると女子三人と神無月は眠ってしまった。まぁこの4人は今日もはしゃいでいたので、疲れが溜まったのだろう。俺が寝ているみんなを見ていると、霜月が話しかけてきた。
「みんな楽しそうだったな!」
「そうだな」
「俺も楽しかったなぁ! …翔はどうだった? 楽しかったか?」
霜月にそう聞かれて、俺は今回の旅行を振り返った。
「あぁ。楽しかった」俺は自分で感じた気持ちを正直に答えた。
「そっか! たまにはこういうのもいいだろ?」
「そうだな…」
俺はいつからか一人で行動するのが当たり前になっていたが、霜月に言われて、誰かと一緒にいることもそんなに悪くない、とこの時思った。
もうすぐ駅に到着する時に、俺と霜月で寝ているみんなを起こした。
そして俺たちは駅で解散した。
帰り道、俺はつゆりに感謝の言葉を伝えることにした。
「つゆり、今回はありがとな!」
「ん? なにが?」
「いや、みんなを誘って旅行を計画してくれたことだよ!」
「別にお兄ちゃんのためにしたわけじゃないから。ただ、相談部の人がどんな人たちなのかを知りたかったから、誘っただけだし…」
「そうだったのか! で、どうだった?」
つゆりがそんなことを考えていると全然気づかなかったので、驚きながら尋ねた。
「うーん、まぁみんなやさしくていい人そうだったね!」
つゆりの感想を聞いて、俺は安心した。
「そっか! なら良かった」
「あ! でも、如月さんには注意してね。あの人、ゆるふわ系のように見えて結構策士だと思うから。ああいう人って結構大胆な行動もすることがあるから」
「あ、あぁ…」そう言われて、なんとなく心当たりがあるのを思い出した。
「それと、ベルさん。あの人も明るくて元気な感じだけど、内ではいろいろ考えていると思う。思ったことを率直で言っているんじゃなくて、ちゃんと相手を見て、考えてから言っている気がする」
「そ、そうか…」つゆりの分析が予想以上にマジな感じだったので、俺は少し驚いた。なので「男子はどうだった?」と男子のことも聞いてみた。
「男子? どうでもいいからわからない」つゆりはあっさり答えた。
「そ、そうか…。それにしても、どうして相談部の人と会いたかったんだ?」
「それは……、お兄ちゃんが変な人に絡まれていないか確認するためだよ」
それは……と言った後、声が小さくてよく聞こえなかったので、「え?」と聞き返すと、「お兄ちゃんには関係ないでしょ! ほら、家に着いたよ!」とはぐらかされて、つゆりは先に家の中に入っていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




