自分にとって大切なものは大事にしよう!!
「大切なものはなんですか?」と聞かれれば、俺は家族と即答する。つゆりや父、亡くなった母、ペットの梅と雨、それに俺自身だ。俺にとっては、何事においても家族が最優先だ。悩み事があれば相談に乗るし、困っていれば全力で協力するつもりだ。といっても、それぞれ自由にしているので、俺の力は必要ないことが多く、逆に助けてもらっていることの方が多い。家族との繋がりを感じる大切なものもある。ゆのさんとの思い出は、俺にとって、とても大切だ。そして、ゆのさんが最後にくれた黒のヘアゴムは今でも大切にしている。風呂以外は右手首にずっと付けている。そうしていると、なんとなくだが、ゆのさんを近くに感じられる気がするからだ。
「大切なものはなんですか?」と聞くと、おそらくいろんな答えが返ってくるだろう。それはヘアゴムみたいな有形のものもあれば、思い出のような無形のものもあるだろう。某バトルマンガのように仲間が大切だと言う人もいれば、誇り高き戦闘民族のプライドと言う人もいるかもしれない。つまり大切なものは、人それぞれだということだ。
大切なものがなんであれ、自分が本当に大切にしているのなら、しっかりと守らなければならない。周りの人に批判されたり、理解されなかったりしたとしても、気にする必要はない。そもそも他人に理解されることの方が少ないのだ。それがたとえ家族や友達でも…。辛いだろうがこれが現実だ。
自分のことを受け入れてくれない人に執着するよりも、新しい人と出会った方がいいことがあるだろう。俺の場合は、嫌な奴だとわかった時点で関わらないようにしている。なぜなら、自分に悪影響を及ぼすかもしれないからだ。自分に慢性的にストレスを与えてきたり、不快にさせたりする奴とは関わらないことが最善だ。そんな奴は大抵、人の大切なものをバカにしたり、時には奪ったりすることがある。もし、そんな奴が俺の前に現れたら、怒りを抑えられないかもしれない。
夏休みまであと約一週間という7月某日の放課後、相談部のドアがノックされた。霜月が「どうぞ」と言うと、「失礼します」と言って、二人の女の子が入ってきた。一人は、くせ毛ショートヘアの女の子で、特に変わった様子はなかったが、もう一人は、肩の上あたりで髪を結んでいるおさげヘアーの女の子で、常に前傾姿勢で明らかに落ち込んでいるように見えた。俺はいつも通り知らない二人だったが、珍しく他のみんなも知らないようだった。今までは同学年のクライエントがほとんどだったため、誰かは知り合いだったが、誰も知らないということは、他学年かもしれないと推測した。その後、すぐにその予想が的中していることがわかった。霜月が誰に相談をするのか尋ねると、全員に相談したいとのことだった。それから、手順通り霜月が進行をして、相談が始まった。
今回の相談者は、一年A組の七海杏さん(くせ毛ショート)と同じクラスの二宮霞さん(おさげ)だ。俺たちの噂を聞いて、相談に来たらしい。霜月の質問には、七海さんがすべて答え、隣に座っている二宮さんは一言も言葉を発さずに、ずっと俯いたままだった。
七海さんによると、二宮さんは極度の人見知りらしく、人と話すことがすごく苦手らしい。二宮さんは部室に入ってから、誰とも目を合わせずに一言も喋らないので、おそらくみんなも薄々気づいていただろう。霜月が二宮さんの普段のコミュニケーション方法を尋ねると、いつもは三毛猫のパペットを左手にはめてコミュニケーションを取っているということを七海さんが教えてくれた。そのパペット猫の名前は『カスミン』というらしいが、二宮さんの言いたいことは、そのカスミンというパペットが代弁してくれるらしい。
俺は興味が湧いてどんな感じか見たかったので、お願いしたが、できないと言われた。理由を聞くと、そのカスミンという三毛猫のパペットが先生に没収されたとのことだった。担任の先生には保護者が事情を説明して、許可を得たらしいが、それを知らない先生が、授業に集中していないという理由で没収したらしい。それでどうしたらいいかわからずに悩んでいるとのことだった。
俺はその話を聞いてムカついていた。俺は相談の途中だったが、立ち上がり、「5分待ってろ!」と言って、部室を出て職員室に向かった。入り口で、七海さんが言っていた先生の席を確認し、視線を送ると、周りの先生と雑談しているのが見えた。俺はそいつの席まで行き、後ろに立ち、そいつの机周辺りを探した。先生は「何か用か?」と俺に話しかけてきたようだったが、俺は無視して『カスミン』という三毛猫のパペットを探した。しばらく探しても見当たらなかったので、仕方なく先生にどこにあるのか聞くと、奴は机の引き出しを開けて、その中から雑に取り出した。俺はそれを奴から取り戻し、二宮さんの担任の席に向かった。俺はパペットを見せて、「あんたがちゃんと伝えないから、生徒が困ってんだよ! 担任ならもっとしっかり生徒に寄り添え!」と二宮さんの担任に文句を言って、職員室を出た。出るまでに俺に何かを言っている奴がいたようだが、俺は無視して部室に戻った。
部室に戻って取り返したパペットを渡すと、二宮さんの表情は明るくなって、すぐに『カスミン』を左手にはめていた。すると、今まで一言も喋らなかった二宮さんがカスミンを通して話し始めた。
「霞ちゃん、ごめんよ。一人にしてしまって」カスミンがそう言うと、二宮さんは首を横に振って、返事をしていた。
「ボク、今回はもうダメかと思ったよ!」カスミンがそう言うと、二宮さんは悲しい表情をして頷いた。
「でも、ニャんと! 今回はヒーローが来てくれたおかげで助かったニャ!」カスミンがそう言うと、二宮さんは頷いて、二人は俺を見てきた。
「いやー、今回はありがとうね! ボクと霞ちゃんを助けてくれて」カスミンがそう言うと、二人はお辞儀をした。まるで一人芝居をしているようで面白かった。カスミンが話している時、二宮さんの口はほとんど動いていなかったので、すごい腹話術だと思った。それにカスミンになると、饒舌になるんだなと思った。
「いや、たいしたことはしていない。俺がカスミンと話したかっただけだ」
「えー! そんニャにボクと話したかったの? …しょうがニャいニャ、助けてくれたお礼に、いっぱい話してあげるニャ!」カスミンはそう言いながら照れた素振りをしていた。
「じゃあ、今回の相談はこれで解決ってことでいいかな?」
霜月が話をまとめようとすると、二宮さんとカスミンと七海さんが顔を寄せ合って、何やらコソコソと話し合いを始めた。その間、三人ともチラチラと俺たちを見ていた。そして、しばらく話し合いをした後、三人は元に戻り、俺たちの方を向いた。
「いやー、せっかくニャんで、もう一つ相談してもいいかニャ?」カスミンが言った。
「あぁ、いいよ!」霜月の答えを聞いて、カスミンが話を始めようとした時、急に部室ドアがノックもなしに開いた。そこにはカスミンを奪った先生が立っていた。
「ここにいたのか。水無月!」奴はそう言ってズカズカと部室に入ってきた。
「今は相談中です。お引き取りください」俺は奴を睨みながら冷静さを保ちつつ答えたが、奴は聞く耳を持たず、俺の目の前まで来た。
「さっきの人形を返せ」奴は高圧的な態度で言ってきた。
「なぜですか?」俺は奴を睨みつけて返答した。
「あれは俺が没収した人形だ。学校に関係ないものだからな」
「カスミン…、あのパペットは二宮さんにとって、とても大切なものです。あんたなんかが奪っていいものじゃない」
「大切なものでも、学校に関係のないものは持ってきてはいけない。それがルールだ」
「あのパペットがあるおかげで、落ち着いて過ごすことができるとしても、学校に関係ないものと言えますか?」
「あの人形があるとなんで落ち着くんだ?」という奴の表情を見る度に、俺のイライラは高まっていったが、なんとか冷静でいるように心がけて答えるようにしていた。こういう奴は、柔軟性がなく、生徒の気持ちを理解できないのだろう。よくこんな奴が先生になれたもんだなと思った。
「二宮さん、この人に説明してもいいかな?」俺が二宮さんに確認をすると、先生が来てから七海さんに体を寄せて、委縮してしまっていた二宮さんは怯えながらも頷いてくれたので、俺は二宮さんの事情を奴に説明することにした。
「二宮さんは極度の人見知りで、普段は怖くて全然話せないそうです。でも、あのパペットがあると落ち着いたり、友達とコミュニケーションを取ったりできるので、学校では必要不可欠と思いますが…」
「人形がないと話せないというのが問題だ。人はやっぱり自分の口で話さなければならない。それに人形で話すなんて、相手に失礼だろう」
「それはあんたの勝手な思い込みだ。世に中、話すことが苦手な人はたくさんいるし、声を出せない人もいる。そんな人は手話や筆談でコミュニケーション取っているだろ。コミュニケーションを取るツールなんてたくさんある。二宮さんは、それがあのパペットなんだよ。それに失礼と感じているのも、あんたの勝手な解釈だ。俺は失礼なんて感じないし、二宮さんもそのつもりはない。あんたは自分のプライドが傷つけられたと感じたから、権力を使っているんだろ? 自分の理解が及ばないことや受け入れられないことがあると、ルールだとかなんとかだと言って否定する。俺はあんたのそういう考えを否定する!」
俺は少し煽るように言ったので、予想通り先生は「なんだと?」と言って怒っているのがわかった。もしかしたら理解してくれるかもしれないと、小さな希望を抱いて説明したが、やはりダメだった。まぁ俺の言い方の問題もあると思うが、それは仕方がない。これでも我慢した方だった。
これ以上は話しても意味がないし、時間の無駄だと思ったので、担任の先生に許可をもらっていることを伝えて、入り口に立っていた担任に奴の説得を任せることにした。先生はこの場で話を始めようとしておりそれが目障りだったので「今から大事な部活なので、早く出て行ってくれませんか?」と言うと、二人は部室を出て行った。
ようやく平穏が訪れたが、元々は俺が招いたことだったので、少し申し訳ない気持ちになった。相談者の一年生がポカーンとした顔をしていたので、謝ろうとした時、「ほんと、翔は変わらないな!」と霜月が言った。「久しぶりに見たよ! あんなに怒っている水無月くん!」と如月さんが続いた。「まぁデモ、あれは怒りたくもなりマスね!」とベルさんが言った。「さすがは俺のライバルだな!」と神無月が言った。相談部のみんなは場の雰囲気を良くしようとして言ってくれたのだろう。みんな笑っていたが、一年の二人とカスミンは変わらずポカーンとしていた。
「ごめんね。キミたち! 翔ってこんなやつだから、ちょっと怖かっただろ?」霜月が気を遣って一年に聞いた。
「い、いえ。すごいなぁと思いました!」七海さんは首を横に振って否定してから、感想を言った。
「いやー、さすがにボクもビックリしたニャ! あんなに先生と言い合う人、初めて見たニャ!」カスミン驚きを隠せない様子で言った。
「まぁ、あんまりいないよな。……それよりも相談の途中だったね。ごめんね」霜月は共感した後、本題に話を戻した。
それを聞いた二人とカスミンは、再びコソコソと話し合いを始めた。そして、今回の相談はもういいということになったらしい。霜月は時間が必要なら後日でもと提案したが、断られた。コミュニケーションのことで相談しようとしていたらしいが、考えが変わったとカスミンが教えてくれた。三人の表情を見ると満足しているように見えたので、何かがきっかけで解決したのかもしれないと思った。もしかしたら、さっきの先生のことか担任とのことだったかもしれないが、本人たちが大丈夫というのなら、必要ないのだろう。
部室を出る時、七海さんとカスミンが「ありがとうございました!」と言って、お辞儀をした。その後、二宮さんがとても小さな声で「ありがとうございました」と言ったのが聞こえた。その声は、カスミンの時とは違い、可愛らしく、控えめな感じがした。二宮さんはニッコリと笑顔を見せた後、帰って行った。
家に帰ってから、俺は、日記を書きながら今日のことを振り返っていた。今日話した先生は大嫌いだ。自分が正しいと思い込んで、他人を支配しようとする、厄介な奴だ。そんな奴は大抵ルールを盾にするが、そもそもそのルールがおかしいということもあり得る。そのような考えができずに盲目的に従っていると、あいつみたいに柔軟性がなくなるのだろう。さらに、今回は許可をもらっているにも関わらず、起こってしまったことだ。ちゃんと報連相くらいは徹底してほしいものだ。
もしかしたら、二宮さんの担任は年齢的に後輩に見えたので、年上相手に言い出しにくかったのかもしれないと思ったが、そんなこと俺たちには関係ない。公務員は未だに年功序列が深く根付いていると聞くが、それが邪魔になるなら早くやめればいいのにと思う。今の時代は、歳をとっていれば優秀というわけでもないし、若いから未熟というわけでもない。大事なのは、何歳になっても学ぶ姿勢でいることだ。俺は、年配の人から子どもまで様々な年齢の人から学ぶことができると思っている。たとえ嫌いな奴でも、自分がどんな奴が嫌いなのかということがわかる。
俺は、自分が大切だと思っていることを批判したり、否定したりする奴には、徹底的に反論することにしている。今日のような頭の固い奴はその典型例だ。正直、言い争いは好きではないが、意味不明なことを言う奴にははっきりと言わなければ、今回のように大切なものを奪われてしまいかねない。そんなことを俺は許せないし、もしそれで大切な人が困っていたら、どんな手を使っても助けたいと思っている。
翌日、移動教室の時に一年A組の教室前を通った。その時、教室内を見ると、二宮さんの周りには七海さんの他に女友達と思われる二人が立っているのが見えた。二宮さんはコミュニケーションが苦手だと言っていたが、ちゃんと友達がいるようだった。その二人はカスミンと当たり前のように会話しており、仲が良さそうに見えたので、安心した。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




