人は誰しも無知なのである!!
俺は無知だ。この世界は複雑で、わからないことや知らないことがたくさんある。特に現代は、テクノロジーの発達により、情報が溢れている。その中には、信ぴょう性の高い情報もあるが、嘘の情報、フェイクニュースも多く、昨今大きな社会問題となっている。自分が得ている情報が本当かどうかも問題ではあるが、誰でも簡単に、いつでもアクセスできるようになったため、自分は物知りなんだと思い込んでいる人も増えたのではないかと思う。
しかし、それは勘違いだ。たしかに、わからないことがあれば、スマホやパソコンですぐに調べることができる。とても便利で良いことだと思う。ただ、それを知っているとは言わない。そのようなやり方で得た知識は、きっとすぐに忘れてしまうだろう。決してそれが悪いと言っているわけではない。人間の記憶には限界があるため、覚えることを選ぶのは、賢いやり方だと思う。世界にはたくさんの知識があり、すべてを知ることなんて不可能だ。つまり、人間はみな無知なのである。
古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、「無知の知」という言葉を残している。これは、自分が知らないことを知っている、という意味だ。多くの学者や医師、専門家など世界トップクラスの知識を持っている人でも、知らないことはたくさんあるということだ。身近な例で言うと、多くの人は、トイレを毎日見ているだろう。そのトイレがどういう構造をしていて、どのような原理で動いているのか、説明できる人はどのくらいいるだろうか? もっと簡単な例を挙げよう。今すぐ紙とペンを用意して自転車を描いてみよう。この時、決して自転車を見てはいけない。自分の覚えている範囲で描いてみよう。どうだろうか? サドルやペダル、チェーンの位置を正しく描くことができただろうか? 間違えたとしても心配する必要はない。意外と間違える人は多いのだ。普段から目にする身近なものでも、それがどういうものか説明できる人は少ないのだ。無論、俺も知らないことがたくさんある。
6月下旬から7月上旬にかけて、一学期の期末テストが実施された。今回も神無月が勝負を吹っ掛けて来たので、俺はいつもよりやる気が上がり、テスト向けの勉強時間を少し増やした。その結果、第一位、水無月翔、第二位、ブルーベル・エイプリル、第三位、神無月紫苑という順位だった。ちなみに、如月さんは八位、霜月は二十位、睦月会長は四位だった。結局今回もいつも通りの結果だった。ということで、勝負に勝った俺とベルさんは、神無月に何をしてもらおうかと考えていた。その時、霜月が俺に話しかけてきた。
「それにしても今回も一位って! やっぱりすごいな、翔は! なんでも知ってるな!」
「なんでもは知らない。ただ、テストの答えをみんなより多く覚えていただけだ」
「いや、それがすごいんだって!」霜月が俺のことをすごいと言うので、俺は自分がそんなにたいした人間ではないことを説明することにした。
「俺はたまたま知的好奇心が高めで、勉強に興味を持ったから、それに脳のリソースを使っているだけだ。学校のテストでは俺の方が上かもしれないが、他の分野だったら俺より詳しい人はたくさんいる。俺も知らないことはたくさんあるからな」
「へぇー、そうか? たとえばどんなことなんだ?」
「そうだなぁ、たしか霜月はサッカーが好きだったよな?」
「あぁ、好きだよ!」
「サッカーといえば、ヨーロッパに強いクラブチームがたくさんあるだろう?」
「そうだな」
「たとえば、レアルマドリードとかバルセロナとか。そのチームの選手名全員言えたりするのか?」
「そうだな。その二チームなら全員言える!」
「そうか! すごいな、霜月は! 俺はほとんど知らない。さすがにメッシやロナウドみたいな、トップレベルの人の名前は聞いたことあるが、他の選手はわからない。今の日本代表すらわからないからな」
「それは、俺がサッカー好きで、翔はサッカーにそこまで興味がないからだろ?」
「そういうことだ! だから勉強にもそれを当てはめればいい。つまり、俺は勉強に興味を持っているに過ぎない。自分が好きでやっていることを、周りが勝手に評価しているだけだ」
「そっか! でも、翔の方が正しいんだろうな。みんなの役に立つ知識を持っているから…。俺みたいにサッカー選手の名前を覚えたところで、なんの意味があるんだか…」
「知識が役に立つかどうかは、時と場合による。数学の答えを知っていても、悩んでいる人の相談に役立てることはできないだろ? それに、サッカーに詳しかったら、同じ趣味を持っている人とコミュニケーションを取るのに役立つ。自分の知識が役に立つかどうかなんて、一つの場面だけじゃわからない。大事なのは、その場に必要な知識を選び、適切に使うことだと思う!」
「そう言われればそうか! なんか納得!」
「じゃあみんなでクイズ大会しないか?」さっきまで机に顔を伏せてペナルティを恐れていた神無月が、急に起き上がり目を輝かせながら、提案してきた。
みんなが「クイズ大会?」と声を揃えて言うと、神無月は説明を始めた。
「そう、クイズ大会! そろそろ学校のテスト勝負には飽きてきたところだったんだ!」元々俺は、勝負なんてしてなかったんだけどな、と思ったが口には出さなかった。
「クイズ大会……どんな風にするんデスか?」ベルさんの質問に対して、神無月が勝手に決めたルールを説明し始めた。
「そうだな…。一人一問用意して、それを他の人が答えるっていうのはどうだ? ジャンルは何でもオーケー! 自分の得意分野でもいいし、雑学でもいいし、なぞなぞでもいい。ただし、自分しかわからない問題は無しで。たとえば、昨日の晩御飯はなんでしょう? とかいうのは、知識と関係ないから。あくまで一般的な知識を問う問題にすること」
「ちょっと面白そうデスね! ワタシもしてみたいデス! 牡丹サンはどうデスか?」ベルさんがやる気になって、如月さんを誘った。
「私もいいよ! 楽しそう!」如月さんも乗り気だった。
「俺もいいよ! それなら俺にも勝機があるかもしれないからな。たまには翔をギャフンと言わせたいし」霜月がそう言うと、「お! いいねぇ、時雨! 俺の狙いと同じじゃねーか!」と神無月が同調し、二人は握手した。どうやら結託したらしい。どうせ神無月は、俺の知らない分野の問題を用意して、少しの優越感を味わうことが目的だろうと思っていたが、霜月も協力するとは予想外だった。
「で! 水無月はどうするんだ?」神無月が俺を見て聞いてきた。
「俺も別に構わない。やるからには負けないけどな!」最初はどうでもいいと思っていたが、俺も負けず嫌いなところがあるので、少し燃えていた。
「じゃあ、決まりだな! 一人一つ問題を用意して、明日の放課後が本番! 回答時間は、問題の難易度によって異なると思うから、出題者が決めて来るように! 一番多く答えることができた人が勝ちってことで!」
神無月がルールをまとめて、その日は少し早めに帰った。
翌日の放課後、まずは出題順をくじ引きで決めた。その結果、一番霜月、二番如月さん、三番ベルさん、四番神無月、五番俺の順になった。問題は必要ならホワイトボードに書いて出題してもよいことになった。回答者は、100均に売っているような小さなホワイトボードに答えを書くことになった。昔テレビで見たことあるクイズ番組のようだと思った。一番目に出題することになった霜月は、みんなの前に立ち、問題をメモしていると思われる用紙をポケットから取り出し、それを見ながら大きなホワイトボードに書いてから読み始めた。
【問題】国際サッカー連盟とフランス・フットボールが主宰している、世界年間最優秀選手に贈られる賞は、バロンドール賞と言いますが、国際サッカー連盟が制定する、その年の最も優れたゴールに贈られる賞はなんと言うでしょうか?
俺の予想通り、霜月はサッカー関係の問題を出してきた。俺が昨日、サッカーについてはほぼ知らないと言ったのと、自分の得意分野であることから、おそらくサッカー問題だろうと思っていた。それに、霜月の性格からして、あまりにマニアックな問題ではなくかつ、一般的にもあまり知られていない程度の問題を選ぶだろうと思っていた。だから俺は、昨日そのような問題を集中して調べた。そして、予想通りだった。この答えは、プスカシュ賞だ。ちなみにプスカシュとは、ハンガリー代表だったフェレンツ・プスカシュ選手に由来する。今のところ日本人も二人ノミネートされたらしい。
答え合わせでは、俺とベルさんと神無月が正解した。如月さんの回答は、マーベラス賞だった。わからなかったので、素晴らしいという意味の言葉からそれっぽいものを選んだらしい。悪くない戦略だと思った。しかし、さすがに選手の名前が賞になっていたらわからないだろう。
霜月は「もう少しマニアックな問題にすればよかったか!」とみんなが意外と答えられたのを見て悔しそうに言った。
次は、如月さんの番だ。霜月が自分の席に戻り、如月さんが前に立った。「私はなかなか問題が思いつかなかったから、無難に難読漢字にしてみました」と言って、メモ用紙を見ながら、ホワイトボードに大きな字を書き始めた。
【問題】躑躅。この漢字はなんと読むでしょうか?
この答えは、つつじだ。つつじとは、ツツジ科ツツジ属の植物だ。春から夏にかけて、枝先に白や赤、紫色などの花を咲かせる。主にアジアに広く分布し、ネパールでは国花にもなっている。ちなみに、ツツジの花言葉は、節度、慎み。赤のツツジは、恋の喜び。白ツツジは初恋だそうだ。
答え合わせでは、俺、ベルさん、神無月が正解した。霜月の回答は、どくろ、だった。言われてみれば一瞬だけ、髑髏に見えなくもない気がすると思ったが、そんなことはなかった。どう見ても全然違う。
次の出題者はベルさんだ。ベルさんがどんな問題を用意したのか、少し楽しみだった。
【問題】スコットランドの民族衣装であるキルトは、タータンチェックの大きな1枚のウール布をこしに巻まきつけ、スポーランというポーチのようなバッグをこしにつけます。このタータンチェックのキルトを着て大きな楽器を演奏しているのが、ロイヤル・スコットランド連隊です。では、この演奏の時に使うスコットランドの伝統的な楽器の名前はなんでしょうか?
昨日、ベルさんがどんな問題を出すか、いろいろと予想した。祖国であるイギリスに関する問題を選ぶのか、そんなことは関係ない一般的な問題を選ぶのか考えたが、途中で意味がないと悟った。ベルさんは何を考えているのかわからないので、楽しみにするとこにした。
結果、イギリスに関係する問題だった。自分のキャラをイメージして選んだのだろうかと思った。
この答えは、バグパイプだ。祭りのパレードの演奏でよく使われているらしい。
答え合わせでは、俺、如月さんが正解した。神無月の回答は、ノーサンブリアンパイプだった。これもバグパイプと似ていて、伝統楽器らしいが、今回の問題では不正解らしい。神無月は「ミスった!」と言って、頭を抱えて悔しそうにしていた。霜月はおそらく何もわからなかったのだろう。たいこ、と答えていた。
次の出題者は神無月だ。先ほどのミスを取り戻そうと、満を持して俺たちの前に立った。「俺の選んだ問題はこれだ!」と言って、ホワイトボードに書き始めた。書き終わった後、ホワイトボードを手で一回「バン!」と叩き、問題を読み始めた。
【問題】3以上の自然数nについて、Xn×Yn=Znとなる自然数の組(X、Y、Z)は存在しないということを証明せよ。
問題を読み終えた神無月は「さあ、解いてみろ!」といった表情で威張っているように見えたので、少しイラっとした。制限時間は三十分だそうだ。この時、俺は内心「あぁ、こいつはバカだ」と思っていた。俺はすぐに両手を上げて、降参した。それに続いてベルさん、如月さん、霜月と全員が同じように降参した。
これは、フェルマーの最終定理と言われているものだ。十七世紀にピエール・ド・フェルマーが予想してから、多くの数学者が挑戦し続け、約三百年後にアンドリュー・ワイルズのよって完全に証明されたものだ。このため、フェルマー・ワイルズの定理とも呼ばれているらしい。人類トップクラスの数学者が三百年以上かけて証明したものを、神無月はたった三十分で解けと言っている。これをバカと言わずに、なんと表現すればいいだろうか。神無月は勉強が得意なのに、天然があるため、このような行動をするということが最近わかってきた。愛すべきバカではなく、ただのバカだ。全員がすぐに降参したため、神無月は「え!?」と驚いたような表情をしていた。
「わからないから、解説してくれ」と俺は神無月に説明を求めた。
「え!? そ、それは…」神無月はそう言って、視線を横に逸らしていた。まあわかっていたが、神無月も証明することはできないようだった。
ということで、神無月は自分がわからない問題を出題したとして、反則罰ゲームが決定した。「昨日徹夜で考えたのに!」と頭を抱えて嘆いていたが、逆にそのせいでミスしたのだろうと思った。睡眠不足による認知機能の低下は自分でも気づかないことがある。おそらく、どんな問題にするのかいろいろと候補を考えていたんだろうが、睡魔と疲労で判断力が低下した時に、フェルマーの最終定理を目にして飛びついたのだろう。冷静なら自分が解けない問題を出題することはないはずだ。
最後は俺の番だ。俺はメモしていた紙を取り出し、みんなの前に立ち、問題を読み始めた。
【問題】あるところにつり橋を渡ろうとしている四人がいます。しかし、このつり橋は壊れかけていて同時に二人までしか渡れません。この四人はそれぞれつり橋を渡る時間が異なります。Aさんは一分、Bさんは二分、Cさんは五分、Dさんは十分です。さらに、周りはとても暗いので、渡るには懐中電灯が必要ですが、残りは十七分しか使えません。時間内に全員がつり橋を渡るには、どうすればいいでしょうか?
問題をホワイトボードに全部書くのは面倒だったので、必要と思われる箇所だけを書いた。制限時間を五分にしてタイマーをセットした。俺が解くのにかかった時間だ。わかった人から何回でも答えていいようにした。真っ先に神無月が挙手して答えた。回答は、最初にAとBが渡って二分、Aが戻り三分、次にAとCが渡り八分、Aが戻り九分、最後にAとDが渡り十九分、と自分で解説しながら間違っていることに気づいて、また考え始めた。
三分程経った時、ベルさんが閃いたようで回答し、見事正解していた。霜月は、AがDを背負うとか、渡った先から懐中電灯を投げるなどと答えていたので、ここで一つヒントを与えることにした。
まず、渡るのに十分かかるDさんが、戻るとニ十分になるので、往復できないということが確定する。同じく五分かかるCさんも往復には十分かかるので、必然的に往復するのは、時間のかからないAさんまたはBさんが適していると考えられる、というヒントを与えると、如月さんが閃いて回答し、正解だった。そして、制限時間になり、タイマーがなったので、俺は解説を始めた。
答えは、最初にAとBが渡って二分、Aが戻り三分、次にCとDが渡って十三分、そしてその場に残っていたBが戻り十五分、最後にAとBが渡って十七分である。
この類の問題を考えるときは、思い込みに捉われないことが重要だ。往復するのがAだけだと決めつけたり、渡った直後の人が必ず戻らなければならないと思い込んだりした時点で、詰んでしまう。正解者はベルさんと如月さんで、男二人はタイムオーバーだった。
すべての問題を解き終わった結果、一位は俺とベルさんで全問正解。三位は如月さんで二問正解。三位は全問不正解の霜月だ。最下位は反則をしたということで、神無月になった。俺とベルさんは、自分が持ちかけた勝負で、自分が決めたルールを犯して反則負けになった神無月を憐れむように見ながら、罰ゲームを何にするか考え始めた。
後日、いつも威張っている神無月を一日パシリにできるという罰ゲームを行った。ベルさんは結構乗り気で楽しそうにしていたが、俺は従順な神無月が気持ち悪く感じたので、すぐにやめた。この時、ベルさんは人の上に立つ素質があると思った。
七月になってから俺たちの部室の前には笹が置いてある。どうやらベルさんが神無月を使って、学校に持ってきたらしい。神無月を上手く利用しているなと感心した。この笹には誰でも短冊を飾っていいということにして、七夕までに集まった願い事の中から、気に入ったものを選んで、協力したいという趣旨で置いているらしい。
七月七日になると、意外と短冊が飾られているのに驚いた。一つひとつ見ていくと、テストでいい点を取れるようになりたいとか、彼氏が欲しい、彼女が欲しいとか、部活でレギュラーになりたいなど、いろんな願い事が書かれていた。ギャグか本気かわからないが、世界平和と書いている人もいた。
見ている途中で気づいたが、ちゃっかり相談部のみんなも書いているのを見つけた。ベルさんは、『相談部のみんなと一緒に笑顔で楽しく過ごせますように!』と書いていた。ベルさんらしいなと思った。如月さんは、『相談部のみんなが健康で元気に過ごせますように!』と書いていた。誰かのお母さんなのかなと思った。霜月は、『みんなが笑顔で元気でありますように!』と書いていた。ベルさんと如月さんの内容をパクったんじゃないかと疑った。神無月は予想通り、『一位になりますように!』と書いていた。それはお前の努力次第だと思った。
せっかくなので俺も書くことにした。特に自分の叶えたい願いが思いつかなかったので、とりあえず無難なことを書いて一番上に飾った。そして手を合わせてから、目を瞑り、心の中で願い事を唱えた。『どうかみんなの願い事が叶いますように!』と。後日、ベルさんにどの願い事を気に入ったのか尋ねたが、なぜか教えてくれなかった。「とてもいい願い事があったので、これからも相談部でガンバリマス!!」と笑顔で言っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。




