やさしい人は必ず報われる! ただし、自己犠牲はするな!!
俺は普段からやさしい人になろうと努めているつもりだ。困っている人や悩んでいる人の力になりたいと思っている。やさしさは、生きる上でも最も大事な技術だと思う。そう、やさしさは、生まれ持った資質ではなく、誰もがマスターできる技術なのである。
やさしさは生まれてすぐは個人差があるのは事実だが、成長と共に意識さえすれば、誰でもやさしくなれるのだ。しかし、現代の人たちは、やさしさを蔑ろにしている気がする。それに、やさしい人は引っ込み思案で反対意見を言えない気の弱い人と思われている節があり、ネガティブなレッテルを貼られることもある。しかも、やさしくあろうと言っても、簡単に実行できるとは限らない。そもそもやさしさの本質を間違って捉えている人も多くいるのではないだろうか。
やさしさとは、長期的に見て相手に最善の利益をもたらすと思われる行いをすることだ。決してただ相手のお願い事を聞いたり、従順的になったりすることではない。また、相手の気持ちも考えずに勝手に推測して行動するのも間違っている。いわゆるお節介というやつだ。
お節介をする人の特徴は、たとえば、相手が求めていないつまらないプレゼントを渡すような奴のことだ。こいつらの決め台詞はこうだ。「大切なのは気持ちだよね」一見、もっとものように聞こえるが、本当に相手のことを思っているのなら、相手が何を求めているかを考えるだろう。これらは偽りのやさしさだ。
一方、真のやさしさとは、知性や判断力、良心、それとできるだけ相手の立場に立って考える共感力を使って行動することである。人はみな、完全に同じように考えないし、同じ行動もしない。そのため相手が何を考えているのかを完全に言い当てることは、心を読む超能力者でもない限り不可能だ。それでも相手の立場に立って考えること、すなわち共感することで、相手が何を求めているかを知ることができる。また、共感力は磨き上げることもできる。
そんなこと言って、お前は先生に反抗しているし、学校のルールも守っていないじゃないか、という人もいるかもしれないが、それもやさしさを勘違いしている。俺は、科学的に証明されている信ぴょう性の高い情報を集めて、自分が生きやすいように過ごしているだけだ。そしを周りの人は、俺の話を聞かずに一方的に攻撃してくる。まるで自分の生き方が正しいかのように。いつも多数派が正しく、少数派が間違っているとは限らない。正しいのは一人だけで、他全員が間違えていることも十分あり得る。ノーと言ったり、自分や周囲の人を守るために断固とした態度をとったりするのは、不幸な結果を避けるためには必要だ。やりたくないことを続けたり、嫌いな人と関わり続けたりすることは精神的によくないだろう。
やさしさというと、他人に対してと思い込む人がいるが、自分自身にやさしくすることも同じくらい大事である。なぜなら、他人に尽くすあまり自分の健康を気にかけず、心身ともに疲れてしまったら、他人にやさしくすることもできなくなってしまうからだ。それは自己犠牲である。自己犠牲を美徳と考える人もいるようだが、俺は断固としてこの考えには反対だ。人間には個人差があるものの、必ず限界はある。そして自己犠牲は必ず自分自身を滅ぼすことになる。他人を幸せにしたいのなら、まず自分が幸せであるべきだ。
しかし、自分にやさしくする時にも注意することがある。今まで他人にやさしくしていたから、今後は他人の代わりに自分を大切にするという人がいるが、これだと自分勝手で相手のことを気にかけない人になりかねない。そうなると、人は離れていってしまうだろう。他人の代わりに自分にやさしくすることが重要なのではない。他人にやさしくするのと同じように自分にもやさしくすることが重要なのである。そのため、俺は無理をしないように、自己管理を徹底している。自分の体調は自分が一番わかるからだ。
それって利己主義じゃないかという反論もありそうだが、そもそもやさしい人の大半は、利己的な動機に基づいて行動している。たとえば、感謝されたい、自分をよい人間だと思いたい、褒められたい、他人と仲良くしたいなどがあるだろう。これらの利己的な動機は、悪いことではない。その動機によって結果的に他人のためになっているのなら、むしろ良いことだと思う。ダライ・ラマも利己的な人間についてこう言っている。「愚かな利己主義者は、いつも自分のことだけを考えて、否定的な結果を招きます。一方で賢い利己主義者は、他人のことを考えてできるだけ手を貸し、自分と相手のどちらにも得になる結果をもたらすのです」と。
つまり、賢い利己主義者はウィンウィンになれるということだ。利己的な動機からやさしくすることは全く問題ない。重要なのは動機ではなく、行動そのものである。そして、よい行いをすると得をするのである。実際、人間は他人に親切にするだけで、自分が幸福を感じるようにできている。これは今までの人間の進化の結果である。
だから、俺はやさしく生きるすべを学ぼうと日々努力している。しかし、完璧な人間などいない。俺にも欠点はたくさんあるし、間違ったこともする。それでも今以上にやさしくなりたいと常に思っている。
6月のある日の放課後、部活を終えて、俺たちは靴箱にいた。ベルさんは教室に忘れ物を取りに行ったので途中で別れた。外を見ると雨が降っていた。朝は晴れており、天気予報も60%だったので、傘を持ってくるのが無難だろう。
「あ! 雨降ってる! どうしよう…」如月さんが困った様子で言った。
「あれ? 如月さん傘持ってないのか?」霜月が尋ねた。
「うん。今日、朝ちょっと急いでいたから忘れちゃった」
「あ! じゃあ俺の傘、貸すよ!」俺は自分の持っていた傘を差しだした。
「え! でもそれじゃあ水無月くんが濡れるよ!」如月さんが遠慮していたので、俺は大丈夫な理由を述べた。
「大丈夫! こんな時のためにもう一本常備してるから」
俺は、鞄から折りたたみの傘を出し少しドヤ顔をして見せた。こう見えて俺は常にリスクを考えて行動している。雨の日に傘は必須だ。でも人間誰しも忘れることはある。だから、もし忘れたとしても、いつも鞄に傘が入っていれば何の問題ない。実際今日みたいに他人に貸すこともできるのだ。
「あ、ありがとう」
喜んで受け取ってくれると思ったのだが、そうでもないようだったので、もしかして、余計なことをしてしまったかもしれないと気づいた。そうか。傘を忘れたということは、霜月と相合傘をするチャンスだったのだ。俺はなんてことをしてしまったんだ。もう取り返しがつかないので、とりあえず謝ることにした。
「ごめん。余計なことして」
「え!? どうして謝るの!? 余計なことじゃないよ! ありがとうだよ」如月さんはやさしく俺をフォローしてくれた。それでも、俺は少し罪悪感が残った。
「お前、フラグクラッシャーだな!」霜月が笑いながら肩を組んできて、俺を冷やかした。どうやら霜月も俺が余計なことをしたことに気づいているようだった。
「うるせー!」俺は霜月の手を払った。そして「俺、トイレに行ってからから帰るから、またな」と言うと、「おー、またな」「またね」「じゃあな」と霜月、如月さん、神無月が応え、三人とはここで別れた。
用を足して靴箱に戻ると、ベルさんがいたので、声を掛けた。
「お! ベルさん、忘れ物はあったのか?」
「あ! 水無月さん! ハイ、ありました! 水無月サンもまだいらしたんデスね!」
「あぁ、ちょっとトイレに行ってた。他のみんなはもう帰ったよ!」
「そうなんデスね」
そう答えたベルさんは少し困っているような顔をしていた。
「ベルさんは帰らないのか?」
「ア、ハイ、帰りたいのは、ヤマヤマなんデスが、傘を忘れてしまって…」
どうやらベルさんも傘を忘れてしまったらしい。それで外を眺めて立ち尽くしていたのか。ベルさんが困っているようだったので、俺は自分の折りたたみ傘を差しだした。
「じゃあ俺の傘を貸すよ!」
「エ!? でも、それじゃあ水無月サンが濡れてしまいマス!」
本日二度目のやり取り。しかし、今回も大丈夫な理由があった。もちろん相合傘ではない。そもそもベルさんは俺のことが好きなわけではないので、逆に迷惑をかけることになるだろう。それにこの折り畳み傘では二人が入るには小さすぎる。
「それは心配しなくて大丈夫! こんなこともあろうかと、学校にいつも一本置いているから」俺はまたも少しドヤ顔で言った。
「そうなんデスか!?」
「そう! だから、はい」俺がそう言って差し出すと、ベルさんは笑顔で「アリガトウゴザイマス」と言って受け取った。
「じゃあ俺、教室に傘取って来るから、またな」
「ハイ! アリガトウゴザイマス! また、明日デス!」
俺は傘を取りに教室に向かった。実はこう見えて俺は慎重派である。予備の予備は俺にとっては通常である。どんなことにも冷静に対応するためには、あらゆることを想定して未然に防ぐことが大事である。予備の傘はいつも机の横に掛けてある。
教室に着き、俺は自分の机の横に掛かっているはずの傘を手に取ろうとしたが、そこには何もなかった。ない! 俺の傘がない! どういうことだ? たしかいつもここに掛けていたはず…。俺は机の中、ロッカー、掃除用具入れ、教壇の下、ごみ箱の中を探したがどこにもなかった。もしかして盗まれた? その可能性はある。傘に名札は付けていたが、ずっと机に掛けっぱなしだったから盗まれてもおかしくない。でもいつからなかったんだ? 俺は記憶を遡ったが、どうしても思い出せなかった。4月はまだあったと思う。5月は……わからない。いや、今はもう傘がいつなくなったかなんてどうでもいい。今日どうやって帰るかが問題だ。
俺は決して自己犠牲はしない主義だ。でも今回は予想外だ。持っていた二本の傘は貸したので、もうない。誰かに貸してもらうか?……いや、それはなんか嫌だ。……コンビニで買うか?……それもなんか負けた気がして嫌だ。名前のないビニール傘を拝借するか? それは論外だ。俺は決してそんなのことはしないと決めている。じゃあ、残る手段は……。
俺は鞄を濡らさないように、部室のあった大きなビニール袋で覆い、抱きかかえるように持って、雨の中走って帰ることに決めた。家までは走って帰れば15分程なので、大丈夫だろうと判断したのだ。我ながらなんと非合理的で感情的なのだろうと思っていた。全速力で帰ったが、予想よりも雨が強く、帰り着いた時には全身がびしょ濡れになっていた。ビニール袋のおかげで鞄はほぼ無傷である。玄関でジャケットを脱いで、絞っているとつゆりが二階から降りてきた。
「どうしたの! お兄ちゃん! びしょ濡れじゃん!?」つゆりは俺の姿に驚いたようだった。
「あぁ、ちょっと雨に打たれて!」
「傘はどうしたの!? 朝、持って行ってたよね?」
「あぁ、そうなんだけど、忘れた人がいたから貸したんだ」
「そうなんだ! あれ? でもお兄ちゃん、いつも鞄に折り畳み傘、常備してるよね!? それ使わなかったの?」
「それも他の人に貸した」
つゆりは少し呆れた表情になった。
「はぁ、そうなんだ。……あ! でも学校にもいつも一本置いてなかった?」
「それは…なくなっていた」
「はぁ~そういうこと」さらにつゆりの顔の呆れ度が増した。
「てか、なんでそんなことまで知ってるんだ!?」思わず流してしまいそうになったが、つゆりが俺の傘事情になんでそこまで詳しいのか問いただした。
「そっ、それは…妹なんだから当たり前でしょ!」
そういうもんなのか、と俺は納得した。というより、疲労で思考が停止しかけていた。
「じゃあお風呂入れるから、先に入って体温めないとね」そう言って、つゆりは風呂場に向かおうとした。
「え! いいのか?」
「なにが?」つゆりが立ち止まり、振り返って言った。
「いや…俺が先に入ってもいいのかと思って」
そしてつゆりはため息をついて、俺の方に近づいてきた。
「前にも言ったけど、ここは私とお兄ちゃんの家なの! だからお兄ちゃんがこの家で何をしようが自由にしていいの! そんなに私に気を遣わないでいいの! 兄妹なんだから!」
「ありがとう。つゆり」つゆりの力強い言葉に俺は嬉しくなった。
それからつゆりは、タオルを持ってきてくれ、お風呂の準備もしてくれた。俺はなるべく家の中を濡らさないように、玄関で服を脱いでパンイチで風呂場に向かった。途中つゆりは目に手を当て、俺の姿を見ないようにして、俺を罵った。風呂の後は、いつも通り晩御飯を食べたり、読書したりして少し早めに寝た。
翌日、目が覚めると視界が少しぼやけて見えた。それに体がいつも以上に重く感じて、なんだかだるい。顔に触れると少し熱い気がしたので、体温計を左脇に挟み、体温を測った。1分程でピピピッと音が鳴ったので、確認すると体温計には39.2℃と表示されていた。たしか左で体温を測ると高くなると聞いたことがある。念のため右脇でも測ったが、39.0℃だった。どっちにしろ、高熱であることに変わりはなかった。
どうやら風邪をひいたようだ。今まで、多少熱が上がってもそれなりに動けていたが、さすがに39℃まで上がると動くのもきつい。病院に行こうと思ったが、タクシーを呼ぶのも億劫に感じた。とりあえず、つゆりに風邪をうつさないように、買っておいた市販の風邪薬と冷蔵庫から2リットルの水を持って、自分の部屋で過ごすことにした。階段の上り下りもだるく感じたが、なんとか移動することができた。
しかし、情けない。普段体調に気を付けて、健康的な食事を心掛けたり、運動したりしているのに、たった一回雨に打たれて帰っただけで、このざまとは。この時の俺は、熱のせいもあって、弱っており、いつにも増してネガティブ思考に陥っていた。そのことに途中で気づいたので薬を飲んで、俺は再び布団で寝た。
それから俺はずっと寝ていたようで、インターホンの音で再び目を覚ました。時計に目をやると夕方の4時30分になっていた。今日はほぼ一日寝ていたことになる。起きる直前、何か夢を見ていた気がするが、内容は思い出せなかった。なんとなく母の姿が見えた気がするが姿も記憶もボンヤリしていた。
朝より少し楽になっていたが、まだ動くにはしんどかった。それから何度かインターホンが鳴るので、俺は宅配便と思って玄関に向かった。俺は頼んだ記憶はないが、もしかしたら、つゆりがア〇ゾンで何かを注文していたのかもしれない。再配達になれば面倒だと思って、受け取りに行った。一応、風邪菌をまき散らさないようにマスクを付けた。そしてドアを開けると、目の前には宅配便ではなく、如月さんが立っていた。
「あれ! んっん。如月さん!? どうしたんだ?」
「あぁ、あの! ごめんね。急に来て。昨日借りた傘を返そうと思って…」
「傘? あぁ昨日の! ゴホッ。わざわざ届けてくれたんだ。ごめんね」
「い、いえ! 私が勝手に来ただけだから。…昨日はありがとう! 助かったよ」如月さんは笑顔で傘を返してくれた。
「役に立ったのなら良かった。ゴホッゴホッ」
「それより水無月くん、もしかして風邪?」あまり知られたくはなかったが、さすがに気づかれた。
「ん、あ、あぁ、ゴホッ、ちょっと熱があるだけ」
「大丈夫?」
「大丈夫だ。ただの風邪だから。ゴホッ、ゴホッ」
「今日は風邪で学校休んだの?」
「まぁ…そうだな」
この時、俺は少し情けない気持ちになった。
「今一人?」
「あぁ、ゴホッ」
「ご両親は仕事? 何時頃帰って来るの?」
「親は帰ってこない」
「え!? どうして!?」
「父はどっかで仕事していると思うけど、家に帰って来ることはない。母は俺が小学生の時に亡くなっている」
俺は自分で言いながら、どうして如月さんにこんなことを言っているのだろうと不思議に思っていた。いつもなら関係ない、と相手にしないでいたのに、今日の俺は随分と口が軽かった。熱のせいで弱っているのが原因かもしれない。
「そうなんだ…じゃあこの後もずっと一人なの?」
「いや、ゴホッ、妹がもうすぐ帰って来ると思う」
「あ! 妹さんいたんだ! そうなんだ…」そう言って如月さんはしばらく黙り込み、手を顎に当て、何かを考えているようだった。そして数十秒後に「じゃあ、ちょっとお邪魔するね」と言って、家の中に入ってきた。
「え!? ちょっと! ゴホッ、待って! ゴホッ、なんで!?」如月さんの突然の行動に思わずビックリして、言葉が喉で絡まってしまった。
「水無月くん、今日何も食べてないでしょ?」
「まぁそうだけど…」何でわかったんだ!? と思った。
「その調子だと、ご飯も作れないでしょ? だから私が作ってあげる!」
「いや、そんなこと、ゴホッ、しなくても! ゴホッ、それに、風邪うつしちゃいけないし」
俺はなるべく穏便に断ろうと試みた。
「大丈夫! 私、結構体強いから!」
如月さんは右腕で力こぶを作って、強いアピールをした。どうやら決心は揺らぎそうになかった。この時の俺は、予想外の提案に混乱していた。どうしてここまでしてくれるんだ? もしかして、傘を貸したお礼をしてくれるのか? それにしても釣り合ってないような。それとも何か弱みを握ろうと企てているんじゃないか? などの考えが頭の中で戦っていた。そして少し嬉しくもあった。自分のことをこんなに心配してくれる人がいることに…。如月さんの背中に一瞬母の姿が重なって見えた気がした。
そして俺たちはリビングに向かった。「適当なところに座っていいよ」と言うと、如月さんはソファーに座った。「飲み物麦茶でいい?」と聞くと「あ、うん。ありがとう」と返事が返ってきたので、俺は冷蔵庫から麦茶を出して、来客用のコップに注いだ。如月さんがその麦茶を一口飲んだ後「ちょっと待って!」と珍しく大きな声で叫んだ。「どうした?」と聞くと、「いや、私がもてなされたら意味がないよ!」とツッコまれた。意外にも如月さんはツッコミができることを知った。
それから如月さんはキッチンでおかゆを作り始めた。道具を使う時、一つひとつ使っていいかを俺に確認しながら、作ってくれた。如月さんは普段から家でも料理をしているらしく、おかゆは美味しかった。ついでに妹の分として少し凝ったリゾットを作ってくれていた。食べ終わった後の後片付けも如月さんがしてくれた。
如月さんが洗い物をしてくれている間、俺は喉が渇いたので、部屋に飲みかけの水を取りに行った。枕の横に置いてあった水を手に取り立ち上がると、机に飾っている家族写真が目に入り、少し懐かしく思ってしばらく眺めていた。たしか前にも俺が熱を出して寝込んでいた時、母がやさしく看病してくれたことを思い出した。
しばらく眺めた後、部屋を出ると、妹の部屋の前に如月さんが立っていた。どうやら俺がいなくなったので、探していたらしい。そして間違えて妹の部屋を覗いたらしい。まぁ女同士だから問題ないだろうと俺は思っていた。如月さんは申し訳なさそう謝ってきたので「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」と俺は声をかけた。それでも如月さんは、何かいけないものを見てしまったかのような態度だった。
それから俺と如月さんはリビングに戻りソファーに座って少し休んでいた。
「ねぇ。水無月くんって、妹さんとすっごく仲が良いんだね!」如月さんは恐る恐る俺に質問してきた。
「ん!? どうしてそう思ったんだ?」俺はあり得ない言葉を聞いて驚いた。
「え! いや、そうなのかな~と思って」如月さんはなぜか俺と目線を合わせないようにして言った。
「いや、全然仲良くないけど…。家にいてもほとんど話さないし、一緒にも出掛けないし、むしろ嫌われているくらいだ」
「え!? そうなの! あれ!? どうゆうこと??」如月さんは混乱している様子だったが、俺もよくわからなかった。話が嚙み合っているようで噛み合ってない感じだ。
その時、「ただいまー」と玄関からつゆりの声が聞こえたと思ったら、すぐにドンドンドンドンと勢いよく足音が迫ってきた。
「お兄ちゃん! 誰か来てるの?」つゆりがすごい勢いでリビングに入って来て言った。そして如月さんと目を合わせ、「チッ! あの時の女か!」と小さな声で呟いたように聞こえた。それを聞いて、如月さんは「あ! じゃあそろそろ帰るね」と言って立ち上がったので、俺は玄関まで送った。
「今日はありがとう。おかゆ美味しかったよ!」
「ううん。私も役に立てたようで良かった」如月さんはニッコリと笑っていた。
「このお礼は今度するから」
「いや、いいよ! いつもお世話になっているのは私の方だし!」如月さんは遠慮していたが、俺は何かお返しをしようと心の中で決めた。
「じゃあまた」と言って、如月さんは帰った。
リビングに戻ると、つゆりが険しい顔で立っていた。
「お兄ちゃん! なんであの人が家にいたの?」
つゆりはなぜか少し怒っているようだった。学校で何か嫌なことでもあったのだろうか、と思い、ここはあまり波風立たないようにするのが得策だと俺は判断した。
「あぁ、昨日貸した傘を届けてくれたんだ! 今日俺、学校休んだから」
「それで、どうして家の中まで入って来るの?」まだつゆりの怒り度は下がっていないようだった。
「それは…俺が風邪をひいているのを心配してくれて、晩御飯を作ってくれたんだ! あ! つゆりの分も作ってくれているぞ!」
「はぁ!? どうしてあの人がそんなことするの? ていうか、お兄ちゃん風邪ひいてたの!? どうして言ってくれないの?」さっきよりも怒り度が上がった気がする。もしかして地雷を踏んだか? と思った。
「それは…つゆりに迷惑をかけないようにと思って…」
「迷惑なはずないでしょ!」と大きな声で言ったあと、「言ってくれれば、学校休んで看病したのに!」と小さな声で呟いた声が聞こえた。
「ごめん。心配かけたくなかったんだ」
「心配するのは当たり前でしょ。家族なんだから! 今回は許すけど、今度からはちゃんと私を頼ってよね」
つゆりの言葉を聞いて俺は反省した。俺はいつも自分でどうにかしようと思ってしまうので、あまり他人に頼ることが得意ではない。しかし、こんな時は頼ってもいいのだと妹に説教されるとは。つゆりは俺よりもしっかりしているな、とこの時思った。
それからつゆりは、なんだかんだ文句を言いながらも如月さんが作ったリゾットを美味しそうに食べていた。風呂の準備もしてくれるというので、俺はリビングで休んでいた。そしてつゆりは、帰ってからリビングに直行して来ていたので、荷物がリビングに置きっぱなしになっていた。その荷物を部屋に持って行った直後、ドンドンドンドンと階段を下りる足音がして、つゆりが勢いよくリビングに入ってきた。
「お兄ちゃん! もしかして私の部屋入った?」その時のつゆりは、何かいけないものが見つかった子どものように挙動不審だった。
「いや、入ってないけど…」
「あれ? そうなの」と言って一気に気の抜けた感じになり「私の勘違いかな。たしかに誰かが入った痕跡があったのに…」と呟いた。俺はその発言を聞いて、何それ? お前はどこかの国のスパイなのか? と心の中でツッコんだ。そして思い出した。
「あ! そういえば、如月さんが俺の部屋と間違えて、つゆりの部屋を開けたって…」と言いかけたところで、つゆりが俺の顔の目の前に近づいてきて、再び挙動不審になっていた。
「きっ、如月さん、私のこと何か言ってなかった?」
「いや、特に何も…」
「そう…」
「あ! 俺はつゆりと仲がいいかって聞いてきたな」
俺がそう言うと、つゆりは顔を赤くしてから一度離れて、辺りを行ったり来たりして何か考え事をしているようだった。つゆりの部屋には何か他人には見られてはいけないものがあるのだろうか、と俺も考えていた。もしかして、タバコ! いや、ないな。タバコなら臭いで気づくはずだ。それなら、大人の玩具か! それならあり得るかもしれない。つゆりも年頃の女の子なので、そっちに興味を持ってもおかしくないだろう。そんなことを考えていると、つゆりが再び俺の方に近づいて来て、顔寸前のところまで近づいて寄ってきた。
「お兄ちゃん。如月さんの連絡先、知ってる?」
「あぁ、知ってるけど…」
「ちょっとスマホ貸して」
俺がポケットに入れていたスマホを手に取ると、それをつゆりは奪って操作をしだした。ちょっと待て、なんでお前が俺のスマホのロック解除を知っているんだ! それは一昨日新しく変えたばかりだぞ! と心の中で思ったが、つゆりはお構いなしに操作している。まぁ、つゆりに見られて困るものはないから構わないが、セキュリティ問題として注意しようと思った。。そして、つゆりは俺のスマホを持って、自分の部屋に行き、如月さんに電話を掛けた。それから約30分後、つゆりが戻ってきて、スマホを返してくれた。
「如月さんと何話したんだ?」
「そんなこと教えるはずないでしょ! ……でも、結構いい人そうだね」つゆりは笑顔でそう言った。
何を話したのか気になるが、まぁ揉めた様子はなかったので安心した。
それから俺は早めに就寝した。翌日には少しだるさが残っていたが、熱も下がり気分も良かったので、いつも通りのルーティーンをこなし、学校に行った。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。