二位じゃダメなんですか?
5月も下旬に差し掛かり、一週間後には二年で最初の中間テストが行われる。そのため部活をしばらく休みにしようか、と提案したのだが、元々、そんなに人も来ないし、テスト前なら尚更来ないだろうということで、部室で勉強会をすることになった。勉強会と言ってもほとんど各自で行っていて、たまにわからない問題があると、お互いに教えあったりしている程度だ。俺はいつもこの時間は読書をしており、質問された時だけ答えるようにしている。
そんな時、部室のドアをノックする音が響いた。俺たちはドアの方に視線を送った後、お互いに見合った。みんな驚いているような顔をしていたので、おそらく俺と同じ考えをしていたのだろうと推測した。俺は誰かのイタズラだろうと思っていた。なぜなら、今はテストが近いので、こんな時に相談に来るはずがないからだ。しかし、ドアの透明ガラスの向こう側には人型のシルエットが見えたので、誰かがいるということはわかった。
霜月が俺を見てきたので何も言わずに頷くと、霜月は「どうぞ」と声を掛けた。すると、ドアが開き、一人の男が入って来た。その姿を見た霜月が「紫苑!」と言った。如月さんとベルさんの反応を見る限り、顔見知りのようだ。案の定、俺以外のメンバーは、彼のことを知っているようだった。
「まさか本当にここで部活をやっているとはな!」おそらく紫苑という名前の彼は、部室に入り、周りを見渡しながら言った。
「どうしたんだ、紫苑? 何か用なのか?」霜月の聞き方は、フラットに聞こえた。おそらく結構仲が良いのだろう。
「そうだな! 用と言えば用だな!」彼はそう言って霜月を見た後に、俺にも睨むように視線を向けた。
「そっか! わかった。ちょっと待っててくれ。机を片付けるから、そこの椅子に座って待ってて」
霜月がそう言って片付け始めると、如月さんとベルさんも机に出していた勉強道具を片付け始めた。俺は本を読んでいただけなので、持っていた本を鞄に入れた。そして彼は俺たちの向かいの椅子に座った。
それから、いつも通りの流れで相談を聞くことになったが、なぜか、隣に座っているベルさんが目をキラキラさせて、やる気に満ちているような気がするが、そこはスルーしておくことにした。おそらくベルさんにとって初めての相談者だからワクワクしているのだろう。
「じゃあ、まず学年とクラス、名前を」霜月が尋ねた。
「俺は二年C組、神無月紫苑だ」
彼は真面目に答えてくれたが、なぜか俺を睨んでいた。
「ありがとう。じゃあ改めて、今日はどういった相談なんだ?」
霜月の聞き方が少しフラットになった。話しやすくするために、あえてそうしたのだろう。前に学んだことを早速活かしているようだった。
「そうだな……俺ってカッコイイだろ?」それを聞いて、俺は一瞬、呆気に取られた。隣に座っているみんなもそんな表情をしていた。多分、同じことを思ったのだろう。「いきなり何言ってんだこいつ?」と。たしかに、彼はカッコよかった。背が高く顔立ちも整っている。霜月にも勝るとも劣らないイケメンだと思う。
「まぁそうだな」霜月が同意した。
「そうだよな! 俺ってカッコイイよな!」
俺たちにも同意を求めるかのように聞いてきた。カッコイイというのは事実なので俺は「そうですね」と同意し、如月さんとベルさんも頷いていた。
「そうなんだよ! 俺ってカッコイイんだよ………でも……一番じゃないんだ」最後の方の言葉は噛み締めて言っていた。そして彼は霜月の方を向き、指をさして、大きな声で叫んだ。「この学校で一番人気のイケメンはお前なんだよ! 時雨!!」
「そっ、そうなのか!? そんなことはないと思うけど…」霜月は謙虚なのか、本当に知らなかったのか、判断できないトーンの返事をした。
この男は、どうやら学校で人気No.1になりたいのだろう、と俺は推測した。たしかに、彼はイケメンだが霜月もイケメンだ。どちらがよりイケメンかと問われれば迷ってしまうだろう。しかし、彼は何を根拠に言っているのだろうか? 統計を取っているならわかるが、噂程度なら信じるほどでもない。俺はそこを追求してみることにした。
「あの、ちょっと聞いていいですか?」俺は彼に向かって言った。
「なんだ?」彼は俺の方を向いて答えた。
「その、霜月が学校で一番人気っていうのは、どこ情報ですか? もし噂ならそこまで信じなくても、キミの方が人気かもしれ…」と言いかけたところで、最後までいう前に彼に反論された。
「ちゃんと確認したんだよ! ……友達に頼んで、二年の女子全員に誰が一番カッコイイかを聞いてもらったんだ!」
それを聞いた如月さんが口に手を当て「あ! そういえば…」と何かを思い出したかのように小さく呟いた。
「そっ、そうだったんですか!? で、どうだったんですか?」俺はそこまでやっているとは思っていなかったので、素直に驚いた。そして結果も気になったので聞いてみた。
「結果は残酷だったよ。二年女子の60%が霜月、30%が俺(神無月)、残りの10%がその他や無回答だった! 正直、ここまで差があるとは俺も思っていなかった。おそらくこの差は他学年に聞いても、そんなに変わらないだろう」彼は涙目で悔しさを抑えきれない様子で俺たちに言った。
「そうなのか!? 知らなかった」霜月は普通に驚いていた。
それからまた、彼の自分語りが始まった。
「だから俺は必死に努力した。人気No.1になるために運動や筋トレ、食事内容も気を遣った。美容も勉強した。そして、誰に対してもやさしく接するように気を付けた。それでも俺は二位だった! どうしても時雨には勝てないんだ」
「つまり、この学校で人気No.1になるにはどうすればいいのか? ということが相談内容でいいですか?」これ以上話を聞くのも面倒だと思ったので、俺は今までの話をまとめて確認をした。
「いや、違う! 俺がそんなちっぽけなことで悩むと思ってんのか?」
彼の返事に俺は少しイラっとしたが、冷静さをなんとか維持した。
「え!? じゃあ、今日は何の相談で来たんだ?」霜月が改めて尋ねた。
「俺って頭いいだろ。こう見えて勉強は得意なんだ」
今度は勉強自慢か、と俺は内心ため息をついた。
「そうだな。いつも成績上位だよな!」霜月が同意した。如月さんも頷いている。ベルさんは「そうなんデスね」と言っていた。ベルさんは転校してきたばかりなので知らないのは当たり前だが、俺も知らなかった。
「でも……一番じゃないんだよ」
彼の発言を聞いて、俺はこの後の流れを察した。他のメンバーも同じように察しているようだった。なぜならテスト結果の上位10名は、毎回掲示板に貼り出されてみんなが知っているからだ。
そして彼は俺の方を向いて、指をさして大きな声で叫んだ。
「この学校で一番勉強ができる奴はお前なんだよ! 水無月翔!」
予想通りの展開だった。今度は俺に対して悔しさをぶつけてきたようだった。
「それって、どこ情報ですか?」真面目に返事をするのが面倒だと思ったので、俺はテキトーに返した。
「いや、これは公式の情報だ! みんな知ってるだろ!」彼は見事なツッコミを入れてくれた。
「そんなに順位って気になりますか?」俺は率直に尋ねた。
なぜなら、俺は順位というものを気にしたことがない。いつも自分がどのくらい成長したのか、自分の実力がどの程度なのかを知るためにテストを受けている。その時、俺は過去の自分と比較している。周りと比べたところで俺にとっては何の意味もない。他人の点数が上がろうが下がろうが俺の点数は変わらないのだから。自分が精一杯努力し、その成果がわかれば、それでいい。だから、俺が意識しているのは自分の点数であり、順位は気にしない。他者と比較して劣等感を感じても害になるだけである。
「そりゃ気になるだろ。俺は去年一年間、お前に勝つために必死に勉強したんだ。友達との遊びの約束を断ったり、好きなゲームをする時間を短くしたりして、勉強時間を増やした。それでも、お前には一度も勝てなかった!」
この話を聞いて、俺の思っていた神無月という男の最初の印象は少し変わり始めていた。最初はただの面倒くさいナルシストだと思っていたが、結構努力型のナルシストかもしれないと思った。
ナルシストには3つのタイプある。1つは攻撃型タイプだ。このタイプは高圧的で、他人を操ったり、利用したり騙したりする。自己評価が高く、思いやりがないのが特徴だ。2つめは気が弱いタイプだ。情緒不安定で心配性、批判的で嫉妬深い。高い目標を抱いて、完璧主義になりがちだ。3つめはハードワークタイプだ。競争心が強く、目立ちたがりで、カリスマ性があり、権力を手に入れたがる。それにエネルギッシュで、コミュニケーションが上手く、自己実現のための努力を惜しまない。この3つめのタイプは、実は経営者やアーティスト、知識人に多いと聞く。
前者の2タイプは関わると面倒そうだが、後者のタイプは嫌いじゃない。神無月紫苑という男はこのタイプかもしれないと思った。人気にしろ、勉強にしろ、理由はどうあれ、一番を目指すことは大変なことだ。その努力ができる人は個人的に好きだ。俺の中で少し神無月に対する好感度が上がった。
そんなことを考えていると、いつの間にか神無月の語りは過去編に入っていた。
「俺は中学までは完璧だったんだ。人気も一番、勉強も一番、おまけに運動も得意でバスケ部ではエースだった。俺はすべてを持っていた。何不自由なく理想的な中学三年間を過ごした。…でも、高校生に進学して俺は生まれて初めて挫折した。この学校には俺よりも人気者がいた。正直、時雨は俺から見てもカッコイイと思う。いろんなことを試したが人気はそう簡単に変えられない。だから、俺は勉強で一番を目指した。しかし、そこにも大きな壁が立ち塞がった。どんなに勉強しても水無月翔に勝つことはできなかった。そして俺はこの学校のNo.2になったのだった」
「二位じゃダメなんですか?」聞いている途中で面倒くさくなったので、半分本心、半分からかいのつもりで聞いてみた。
「あ! それ聞いたことあるぞ!」霜月が乗ってきた。
「二位じゃダメなんだ! 一位を取っているお前に、俺のこの悔しい気持ちはわからないだろうな!」神無月は力強く噛み締めた口調で言った。
たしかにスポーツの研究でも、銅メダルの選手は喜んでいるが、銀メダルの選手は悔しい気持ちの方が強いと聞いたことがある。銅メダルの選手は、メダルが貰えるか貰えないかで頑張った結果のメダルだから嬉しいのだろう。一方、銀メダルの選手は、あと一歩で金メダルのところを負けてしまったのだから悔しい気持ちが強いのだろう。神無月も似た気持ちなのだろうか、と思った。
「まぁそうだな。半分はからかうつもりで聞いたけど、もう半分は本心で聞いたつもりだ。話を聞いている限り、キミは凄い努力家だ。人気や勉強で一位になるためにいろんなことを試したり、必死に努力したりできるところは素直に尊敬する」
「そっ、そうか!」神無月は顔を赤くして照れているようだったので、褒める作戦を続けることにした。
「逆に俺は羨ましいけどな。そんなにイケメンで勉強も得意で他人にやさしくできるところが。それに努力家なところも」
「そうだな。俺も紫苑はすごいと思う!」霜月が察してくれたようで後に続いた。
「そうだね。私もそう思う。神無月くんを応援するよ!」如月さんも続いた。
「そ、そうだよな! 俺ってすごいよな!」
いい流れができていた。神無月は明らかに褒められて有頂天になっていた。最後はベルさんで丸く収まる…はずだった。
「そうデスね! 努力し続けることは素晴らしいことだと思いマス! …でも、結果が伴わないと悔しいデスよね!」
この瞬間、俺と霜月と如月さんは一斉にベルさんに視線を送った。おそらく俺たち三人は同じことを心の中で叫んでいたのだろうと思う。「ベルさーん、なんてことを言うんだ!」と。
「ハッ! いけない。危うく乗せられるところだった!」ベルさんの後半の発言を聞いて、神無月は我に返った。
「とにかく、俺はこのまま二位でいるのは嫌なんだ!」
「じゃあ、人参たくさん食べれば。顔の血色が良くなってモテるって研究があるから」俺はテキトーに答えた。
「そうなのか!? わかった! やってみる!」
「おっ、おう」意外と素直に神無月が受け入れたので、少し戸惑った。
「で、紫苑は具体的にどうするつもりなんだ?」霜月が改めて尋ねた。
「そうだな。とりあえず、優先順位をつけることにした。去年は同時に欲張ったことで失敗したのかもしれないからな」
「そうだな。で、どうなったんだ?」霜月が尋ねた。
「人気で一位を目指すのはしばらく保留にしようと思う。もちろん、何もしないわけじゃないが、何かしたところですぐに成果が出るものでもないしな。とりあえず人参を食べる」
さっきの俺の意見を採用してくれたらしい。こいつ純粋だな、と思った。
「じゃあ勉強に集中するってことか?」霜月が尋ねた。
「あぁ! だから俺は、今日宣戦布告に来たんだ。お前を超えるためにな! 水無月翔!!」
神無月は、俺を指さしながら大きな声で叫んだ。そして最後に「俺と勝負だ!」と宣戦布告をしてきた。
「いや、俺、キミと勝負するつもりないんですけど…」俺は低めのテンションで答えた。
「お前にはなくても、俺にはある!」神無月は目の奥が燃えているような、やる気に満ちていた。
「それ、面白そうデスね!」予想外にベルさんが話に乗ってきた。
「そうだな!」霜月も乗り気だった。
如月さんは、どうなるんだろう? といった顔をして見守っていた。俺と似て競争心があまりないんだろうと思った。
「勝負は一週間後の中間試験。この日、俺はこの学校でNo.1になって見せる!」神無月は天井に腕を伸ばし人差し指を立て誓っていた。
「この勝負、水無月サンが負けたら何かあるんデスか?」ベルさんが神無月に尋ねた。
「そっ、そうだな! うーん…」神無月は腕を組んで考え始めた。この反応からして罰ゲーム的なことは特に考えていなかったようだ。今考えるのかよ、と俺は心の中でツッコミを入れた。そして神無月は少し考えて込んでからハッと思いついた表情をして「そうだな。水無月翔に俺がNo.1だってことをみんなに広めてもらおうかな!」とニヤリとした表情で俺の方を見ながら言った。そう言われて、俺は背筋が震えた。そんなこと絶対したくないんだが…と思った。
「じゃあ、神無月サンが負けたらどうするんデスか?」ベルさんが聞いた。
「おっ、俺が負けるはずないだろ!」神無月は強がっているように見えた。
「もしもの時デス」
「そうだな………その時は、この部活に入部してやるよ!」
「あ、いや、もう部員は間に合ってるんで、結構です」俺は懇切丁寧に断った。
「そんなこと言うなよ!!」神無月が悲しい顔をして言った。
「それ、面白そうデスね!」
なぜか、ベルさんが一番楽しそうにしている気がするのは、俺の勘違いだろうか。ベルさんはこういう勝負事が好きなのかもしれないな、と思った。
神無月は「一週間後の中間テストでお前に勝ってみせるからな。覚悟しろ!」という捨て台詞を吐いて帰って行った。
「どうするの? 水無月くん」如月さんが俺を心配してくれている様子で言った。
「別にどうもしないけど。いつも通りするだけ」
「だよな! 翔はほんとブレないな!」霜月が言った。
そうは言ったが、内心は少し燃えていた。普段なら順位なんて気にしていないが、勝負を持ちかけられたら、正直負けたくない。今回のテストは、いつも以上にやる気が上がった。
帰り道、霜月とベルさんと別れて、如月さんと二人になった。その時、ふと思い出したことがあったので如月さんに聞いてみた。
「そういえば、神無月が女子全員に誰が一番カッコいいと思うか聞いていたみたいだけど、如月さんは誰って答えたんだ?」
「え! わっ、私!?」如月さんは急に聞かれて焦っているようだった。俺の予想はおそらく霜月だ。なぜなら、如月さんは霜月のことが好きだからだ。さあ答え合わせだ。
「私は……内緒だよ! そういうことを女の子に気軽に聞いちゃいけないんだよ!」
はぐらかされてしまったので、俺の予想は、まだ確信を得られなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。