ファッションで築く第一印象!!
俺とベルさんが洋服店で話していると、そこに如月さんがやって来た。
「Oh! 牡丹サン! 奇遇デスね!」
「そ…そうだね。というより、ふっ、二人は…こっ、ここで…なに…しているの?」
なんだかいつになく歯切れが悪い如月さんだった。
「なにって、買い物だけど…」俺は率直に答えた。
「デス!」ベルさんが続けて答えた。
「あ! そっ、そうなんだ…。この前、水無月くん、休みは一人で過ごすって言ってたから…一緒に出掛けるのが苦手なのかと思ってたんだけど。…そういうわけじゃなかったんだね。ごめんね、タイミング悪い時に声かけてしまって…」
如月さんが申し訳なさそうにしていたので、何か勘違いをしているんじゃないかと思って、俺は事の成り行きを伝えることにした。
「いや、本当は一人で過ごす予定だったんだけど、家を出たらなぜかベルさんが目の前にいたんだ! それで、俺の行くところについてくるって言うから、仕方なく承諾して、今に至るってこと」
「デス! たぶん、水無月サンは誘っても断るタイプだと思ったので、強引作戦を決行したら上手くいったデス!」
「そうなんだ! 水無月くんは強引に行った方がいいんだね!」如月さんが小さな声で呟いたのを聞いて、背中に寒気を感じた。
「いやいや、強引にされたら怒るからな。今回はたまたま機嫌が良かったから受け入れたけど、普段なら突き返しているか、無視してるから」
俺は自分の平穏を守るために、弁解した。
「そんなこと言ってー! ワタシ、水無月サンがやさしいこと知っているので、騙されまセン!」
「いや、やさしくないし、本当だからな」
「あれ!? ベルさんは水無月くんについて行ってるんだよね?」如月さんが何かに気づいた様子で言った。
「そうデスよ!」
「じゃあ、なんでレディースのアパレルショップに来てるの?」如月さんが問い詰めるような冷淡な雰囲気で言った。不覚にもその顔が可愛いと思ってしまったが、ちょっと怖さもあった。
「あー、それは、午前中ずっと図書館に付き合ってもらったから、なんか申し訳なく感じて。…それで午後はベルさんに付き合おうかな、と思って」
「そうだったんデスか!?」ベルさんが隣で驚いた。そういえば言ってなかった。
「ということは、やっぱり水無月くんは強引に弱いんだね」如月さんが小さな声で呟きながら顎に手を当て、一人納得した様子だった。
「ところで、牡丹サンはここにショッピングに来たのデスか?」
「うん! 暇だったから、ちょっと見ていこうかなと!」
「そうデスか! それなら、この後時間ありマスか?」
ベルさんのこの発言を聞いて、俺は嫌な予感がした。
「うん、あるよ! どうしたの?」
「今から水無月サンの服を買いに行こうと思ってたんデス! 一緒に…」
「行く! 絶対!」ベルさんの誘い文句を聞き終わる前に、如月さんは即答した。
「決まりデスね! じゃあ行きましょう!」
俺の嫌な予感は的中し、俺とベルさんと如月さんは、なぜか俺の服を買いに行くことになった。
昔、人を見かけで判断してはいけないと教わったことがある。外見に捉われず、中身を大切にしなさいということを教えたかったのだろう。確かにそれは大事なことのように思える。しかし、これはとても難しいことだ。なぜなら、人は視覚から最も情報を得ているからだ。
初対面の相手ついて何の情報もない時、人は見た目で判断してしまうのである。顔や髪型、服装などを見て第一印象を決めている。そして人には、初めに抱いた印象をできるだけ変えないようにしようというバイアスがあるため、相手の行動を自分の解釈に当てはめてしまう。たとえば、良い印象の人が意見をはっきり言うとしたら、しっかり者や頼りがいがあるなどとポジティブに捉えられる。一方、悪い印象の人が同じことをすると、傲慢とか自己中などネガティブに捉えられるのである。
そのため、第一印象を良くすることはメリットが大きい。そう考えると、イケメンや美女は生まれながらに有利である。実際にイケメンや美人は、性格がいい、知的能力や音楽的センスがある、と思われることが多いらしい。たしかに、霜月や如月さんは性格がいいと思う。これは、俺が最初に抱いた印象を変えないようにしているのか、それとも今まで一緒に過ごした中で判断しているのかはわからない。
しかし、イケメンじゃない俺みたいな奴でも心配する必要はない。まだ挽回はできるのである。ファッションで好印象を与えることもできるのだ。たとえば、フォーマルな服装は真面目でできる人、想像力が高いなどの印象を与えることができる。アーティスティックやドレッシーな服装は天才肌に見えたり、威圧感を与えたりする。そして、クラシックなファッションは最も印象が良いらしい。
だが、注意も必要だ。自分のキャラクターや年齢と合っていない服装、手抜きで無難な服装をすると、逆に悪い印象を与えるのである。
ここまで服装について語ったが、俺はもう流行について行くのを諦めた身だ。だから俺が意識しているのは、服選びよりは、着こなしや清潔感を大事にしている。汚れていたり、ヨレヨレシワシワだったりしないように気を付けているし、あまり派手な服装はしないようにしている。それが俺のキャラクターに合っていると自分では思っている。そして今から女子二人と俺の服を買いに行くのが少し不安である。
ベルさんの服を買った店を出ると、強い殺気を感じたので辺りを見渡したが、怪しい人はいなかった。今日はなんだかおかしい。いつもと違うことをしているせいで、感覚が麻痺しているのかもしれない。ため息をついていると、「水無月サーン! 行きマスよー!」と笑顔で手を振りながら、俺を呼んでいるベルさんとその隣で如月さんが待っていた。「あぁ、今行く!」と俺は答えて小走りで二人に追いついた。
「水無月くんって、どういう服装が好みなの?」如月さんが尋ねてきた。
「うーん、そうだなぁ。ファッションにそこまで興味がないから好みかどうかわからないけど、ほとんどいつも今日みたいな服装をしている」
「そうなんだ! そういえば水無月くんの私服、見たの初めて! なんだか新鮮! 似合ってるね!」
褒められて嬉しいのは俺のはずなのに、如月さんを見るとなんだか嬉しそうな顔をしているように見えた。
「そう言われればそうか! 今まで休みの日に知り合いと遊んだことなかったな。……そもそも知り合い自体そんなにいないけど…」
「知り合い…」如月さんはそう呟いて少し暗い顔になった。
「じゃあ、水無月サンが牡丹サンの私服を見るのも初めてってことデスね!」
「そうだな」
如月さんに視線を送ると、前髪を触ったり、身なりを整えたりしていた。見られて恥ずかしいのか、少し顔が赤くなっているような気がした。それに見慣れない私服にいつもと少し違う髪型で雰囲気もどこか普段の如月さんと違って見えた。
「どっ、どうかな?」如月さんが感想を求めてきた。
「似合ってると思う」俺は率直に答えた。
「ほっ、ほんと?」
「あぁ」
「良かったぁ。ありがとう!」如月さんは胸に手を当てホッとした後、笑顔で感謝してくれた。そして「ところでベルさん、水無月くんの服、どこで買おうとしているの?」と質問した。
それは俺も知りたかったことだったので、「ナイス! 如月さん!」と思った。
「そうデスねー! どこがいいか探しているんデスけど、とりあえずユ〇クロ以外にしようと思ってマス!」
「え! なんでユ〇クロはダメなの!?」
如月さんは驚きながら尋ねた。当然の質問だ。俺も内心「なんでユ〇クロだけ省くんだ?」 と思っていた。またもや「ナイス! 如月さん!」と思った。
「水無月サンは普段ユ〇クロの服を着ることが多いらしいので、せっかくなら、違うブランドの服を選びたいなー、と思ったんデス!」
「そうなんだ! そうだね!」
如月さんは納得したようだが、俺はあまり納得できなかった。この二人は、ユ〇クロの良さに気づいていないじゃないかと思った。そんなことを考えていると、ベルさんが立ち止まった。
「ここ見てみまセンか?」
「いいね! 入ろう!」如月さんが賛同して、俺たちは店の中に入った。
そこは、明らかにファッション好きが集まりそうな、ストリート系の服がたくさん並んでいた。昔気になっていた時期はあったが、今はもう何も感じない。俺にとってカラフルな色は目に悪い。それに似合うはずがないと思っていた。俺にはモノトーンの無地の服が一番いい。
「ヨーシ! では、牡丹サン! どっちが水無月サンに似合う服を選べるか勝負デス!」
「ふん! 望むところだよ! 負けないからね!」
いつの間にかベルさんと如月さんの勝負が始まろうとしていた。ルールはこんな内容だった。ベルさんと如月さんがそれぞれ俺に似合いそうな服を選んでくる。それを俺、ベルさん、如月さんの三人で審査して、全員が納得のいく服を選んだ人の勝ち。俺の服選びなのに俺だけが気に入っても買えないルールはどうなのかと思ったが、ベルさんのスタートの合図で始まってしまった。
それから、ベルさんと如月さんが選んだ服を俺が試着室で着て、三人で評価し、一人でも納得しなければ戻して、また新しい服を持ってくる、ということを何度も繰り返した。何度か試して気づいたが、ベルさんは派手な色が好みかもしれないということだ。持ってくる服の色は赤や緑、蛍光カラー、チェック柄など、俺が普段着ない色の服をどんどん持ってくる。普段着なれない服ばかりなので、試着だけでも恥ずかしい。ベルさんは「似合ってる」と言ってくれているが、俺は似合っていないように見える。
一方、如月さんは、黒や白のモノトーンカラーが多いが、グラフィックTシャツやダメージの入ったジーンズなどワンポイント入りの服を選んでいる。俺好みを意識して選んでくれているのか、それとも元々如月さんの好みなのかはわからないが、今のところ如月さんの選んだ服の方が好印象である。
評価の時は、二人がお互いの選んだ服のダメ出しをして、俺が感想を言う前に着替えるという流れになっていた。
二人が選んでいる姿を見ながら、俺は色について考えていた。色選びはファッションにおいて重要だと思う。黒の服は身体をスマートに見せるが、白は膨張色だから逆に太って見える。しかし、心理的には、黒は攻撃性が増すが、白はやさしさを感じるらしい。赤は目立つので苦手な人も多いらしい。そして青は親しみやすい色らしい。
それに男と女では、識別できる色の数が違うらしい。俺たち男は三色視である。つまり赤、青、緑の三原色で世界を見ているということだ。一方、女の三分の一は四色視、四つの基本色で世界をみているのだ。さらに、五色視も存在するらしい。俺たち男ではわからない色の違いを女は見分けることができる。そう考えると、彼女たちは我々男たちとは違う世界を見ていることになる。服選びに時間が掛かるのは仕方のないことなのかもしれない。
一店舗目で一通り試着したが、なかなか決着がつかなかったので、次の店に行くことになった。俺は「もういい」と言ったが、二人は聞く耳を持たずに先に行った。二店舗目はモード系の服がメインの店に入った。そこでも決着がつかず、次はアメカジ系など、ジャンルの異なる店を転々として俺は疲れ切ってしまった。
「ハァハァ。なかなか見つからないデスね」
「はぁはぁ。そうですね」
二人も息を切らして、疲れているようだった。
「今日はもうここまでにしないか? 選んでくれるのはありがたいけど、もういい時間だし…」
この発言を聞いたベルさんと如月さんは、少し残念そうな表情をしていた。しかし、俺は疲れたので早く帰りたかった。それに帰って夕飯や風呂の準備もしなければならない。家でもやることがあるので、体力は残しておきたかった。
「チョット待ってください。あと一ヶ所だけ見に行きまセンか? あのお店なんデスが…」
俺と如月さんは、ベルさんが指さした方を見た。そこはきれいめで派手すぎないカジュアルな服が売りのお店のようだった。
「じゃあ、あの店で最後にしよう」
「ハイ!」
俺たちは店に入った。パッと見た感じ、良さそうな服はたくさんある。ここなら見つかるかもしれないと思った。それに今度はベルさんと如月さんが二人で一緒に選び始めた。もうルールはどうでもよくなったのだろう。というより、最初から協力していればもっと早く見つかったんじゃないか、と今になって思う。まぁそれでも楽しかったからいいか、と思った。
しばらくして、二人が選んだ服を持ってきた。それは紺色のセットアップとオシャレなグラフィックがプリントされている白のTシャツだった。なんとなく今着ている服に近い感じがするが、それよりも少しカジュアル寄りだった。セットアップは今のトレンドであるオーバーサイズで、細かい装飾も施されていた。俺もそれを気に入ったので買うことにした。時間は掛かったが、買うことができて安心した。
店を出ると、近くにベンチがあったので、そこに座って少し休憩することにした。二人が休憩している間、俺は「ちょっとトイレに行ってくる」と言って、気づかれないように、最初に訪れたお茶屋に来ていた。そこで今日のお礼にと思って、ベルさんに抹茶を買った。如月さんは何が好みかわからないので、とりあえず違う店で紅茶を買った。ベルさんには、日本のお茶を選んだので、なんとなく如月さんには、イギリスのイメージがある紅茶が無難かと思って選んだんだが、気に入ってくれるだろうか、と少し心配だった。せっかくなんでプレゼント用にラッピングもしてもらった。
ベンチに戻ると、二人は笑顔で楽しそうに話していた。
「Oh! ヒーローの水無月サンが戻って来まシタ!」
「ん? なんでヒーローなんだ?」
「ちょっと! ベルちゃん!」
いつの間にか如月さんのベルさんの呼び方が変わっていた。それにベルさんのテンションが妙に高い気がするが、一体なんの話をしていたのだろうか。それにヒーローってなんだ? と思ったが、仲良くなったのなら良かった。
「じゃ、帰ろっか」と如月さんが言って、二人は立ち上がった。
「あ、ちょっと待って! 二人に渡したい物がある」そう言って、俺は買って来た抹茶と紅茶をそれぞれ二人に渡した。
二人とも「これは?」といった表情をしていたので、俺は説明した。
「今日付き合ってくれたお礼。二人のおかげでいい服を買うことができたから。ベルさんには、最初に行ったお店の抹茶。欲しがっていたけど買ってなかったからちょうどいいかなと思って」
「エ!! いいんデスか!! もらって!?」
「あぁ、もらってくれるとありがたい!」
「アリガトウゴザイマス!」
ベルさんが喜んでくれたようで良かった。
「如月さんには、何がいいかわからなかったから、とりあえず紅茶を買ったんだけど、どうかな? 苦手じゃない?」
「私、紅茶大好き! ありがとう!」
如月さんは、笑顔で喜んでいるようなので安心した。見た感じ、気を遣って喜んでいるようには見えない。もしものために、他にも何種類かお茶を買っていたが、出番はなくなったので、帰って妹にあげることにした。それにしても、サプライズプレゼントはやっぱり苦手だ。今後もあまりしたくないな、と思った。
それから、俺たちはそれぞれの帰路に就いた。俺は帰り道、今日の出来事を振り返っていた。ベルさんの読めない行動、如月さんのよくわからない反応など、俺の予想はことごとく外れた。そして学んだことは、俺はまだまだ知らないことがたくさんあるんだな、と気づいた。今日の教訓を大事にしてこれからも勉強を頑張ろうと思った。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。