朝、服装を考えるだけで脳は疲れる!!
ベルさんが来てからの最初の日曜日、俺はいつも通りルーティーンをこなし、午前10時から図書館に行こうと思っていた。俺は図書館が好きだ。たくさんの本に囲まれ、静かに集中して読書ができる。俺にとって図書館は宝庫だ。俺は少しウキウキしながら玄関を出ると、目の前にはベルさんが立っていた。
「やっと出てきまシタか! 待ちくたびれまシタよー」
「いや、なんで俺の家の前にいるんですか?」
内心結構驚いていたが、冷静さを装って俺は質問した。
「なんでって、水無月サンを待ってたんデス!」
「いや、だからどうして俺を待ってるんですか?」
「それは…水無月サンと出かけたいと思ったからデス!」
「それは断ったはずだけど…」
「ハイ! 断られまシタ! だから、ついていこうかなと思いまシテ!」
満面の笑みで俺を見てくるベルさんだたが、俺にはベルさんの発想が理解できないでいた。
「断られたのについて来るってどういうこと?」
「ハイ! 街の案内は断られたので、ワタシが水無月サンについて行けばいいかなと」
こんなにも大胆なストーカー宣言は初めて聞いた。世の中のストーカーはこんな風に相手のことを考えずに付きまとうから嫌われるのだろう、と一瞬、被害者の気持ちがわかった気がした。
「てか、街案内は霜月や如月さんと行くんじゃなかったのか?」
「ハイ! 昨日行きまシタ! 楽しかったデス!」
いや、行ったのかよ! と心の中でついツッコミを入れてしまった。
「じゃあ、なんで今、俺の家の前にいるんだ?」
「それはさっき答えまシタよ! 水無月サンについて行くためデス!」
「それって、俺をストーカーしますってことでいいのか?」俺は少し意地悪そうに尋ねてみた。
「そうじゃなくて…」ベルさんは下を向いて少し気を落としたように見えた。それから続けて「せっかく日本まで会いに来たから、どうしても一緒に出かけたくて…」と少し寂しそうな雰囲気で言った。
そういうことを聞くとさすがに俺でも断ることが難しい。断った後の罪悪感に囚われてしまうデメリットの方が大きいと思って、俺は承諾することにした。
「…今日一日だけだぞ!」
「いいんデスか!」
「そのつもりで来たんだろ?」
ベルさんが笑顔になった。その顔を見て俺は少しホッとした。
「ちなみに、今からどこに行くんデスか?」
「Library。図書館だ」
「Oh! Library! いいデスね! ワタシも好きです!」
それから俺とベルさんは図書館に向かった。
向かっている途中、俺はベルさんに気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえば、どうして俺の家の場所知ってたんだ?」
「それは、秘密デス! ワタシの大切な情報網デス!」
おそらく霜月に聞いたんだと思うが、なぜかベルさんが誇らしげにしていたので、それ以上は追及しないようにした。
図書館で俺とベルさんは約二時間過ごした。途中で話しかけてくると思っていたが、ベルさんは自分で選んだ本を黙々と読んだり、それに飽きたら一人で図書館内を散策したりしていた。当初の予定では、俺はこのまま夕方までずっと本を読むつもりだったが、ベルさんの方からお腹の音が聞こえた気がした。ベルさんを見ると、お腹を押さえて恥ずかしそうにしていたので、聴き間違いではなさそうだった。俺は時計で時間を確認すると、昼12時を過ぎていたので、ベルさんにある提案した。
「もう昼か! なんか食べにでも行こうか?」
「え! イヤ、いいデス! ワタシに合わせなくても…水無月サンが行きたい時に行きましょう!」
「それだと夜まで食べないことになるけど…」
「え!? 水無月サン、お昼食べないんデスか!?」
「食べる日と食べない日がある。今日は食べない日…かも…」
俺は少し意地悪そうに言った。それを聞いたベルさんは少し焦っているようだった。
「え! じゃ、じゃあワタシも今日は食べない日デス」
ベルさんは張り合ってきたが、表情を見ると明らかに無理をしているように見えた。
「ごめん、冗談。俺も何か食べたいと思っていたから」
「冗談デスか! ビックリしまシタ!」
「お詫びにベルさんが行きたいところに行こう!」
「え! いいんデスか!?」
「あぁ」
「ヤッター!」
俺は人間関係や恋愛関係などのデート本を読んで知識は持っている。だけどこんな性格のため実践する機会が全くなく、そんなことは今世では巡ってこないだろうと諦めていた。だがしかし、まさか16歳という若さの俺に実践形式で学ぶチャンスが巡って来るとは、夢にも思わなかった。しかも相手はベルさんという金髪美少女。もしかしたらこれが最初で最後のチャンスになるかもしれない、と思ったので、この機会を逃すわけにはいかない気がした。俺は当初の予定を変更して、ベルさんとどう遊ぶかを考え始めた。俺の楽しみの一つは、新しいことを経験することだ。成功しようが、失敗しようが、どっちにしてもいい経験になり、学ぶことができるからだ。
俺とベルさんは図書館を出て、街に向かった。ベルさんは周りを見ながら、昼食をどこで食べようか探しながら歩いていた。俺の予想なら、おそらくベルさんは和食の店を選ぶだろうと思う。なぜなら、ベルさんは、わざわざ引っ越して来るまで日本のことが好きだからだ。イギリス人にとって、日本の和食は珍しいだろう。それに和食は世界的に見ても美味しいという評判がある。日本に来て間もないベルさんにとって、和食は魅力的なはずだ。
「あ! ここはどうデスか?」
ベルさんが立ち止まり、指をさした方に視線を送ると、そこには黄色と赤色が特徴的で大きなMのロゴが見えた。俺はまさかと思って目を一度閉じて開いたが景色は変わらなかった。次に目を擦ったが同じ景色だった。そう、ベルさんはファストフードの〇ックを指さしていた。たしか〇ックはイギリスにもあった気がするが、なぜベルさんは〇ックを選んだのか、尋ねてみることにした。
「え!? ベルさん、ここでいいのか!?」
「ハイ! ここがいいデス!」
「え! ……でも、〇ックってイギリスにもあったよな?」
「ハイ! ありマスよ! イギリスと日本のどっちが美味しいか、食べ比べデス!」
「あ! そういうこと!」
どうやらベルさんは、イギリスのハンバーガーと日本のハンバーガーのどっちが美味しいかを食べ比べようとしているらしい。たしかに、国が違えばそんな発想になることもあるか、と俺は納得した。まぁそれでも、俺なら〇ックは最初から選択肢に入っていないのだが。
「水無月サンは、ここでいいデスか?」
「ああ、いいよ。ベルさんが行きたいところに行くって言ったし」
俺たちは店に入り、列に並んだ。昼時ということもあり、店の中は結構混んでいた。ベルさんはメニューを見ながら何にしようか考えているようだ。俺はここに決まった瞬間にもう何を選ぶか決めていた。
「ワタシ、チーズバーガーセットにしようカナー」
ベルさんが決めた時、俺たちの順番が回って来た。ベルさんはチーズバーガーセット、ドリンクはレモンティーを頼んだ。俺はアイスコーヒーを頼んだ。
「できたら俺が持っていくから、ベルさんは席の確保をお願いしていい?」
「そうデスか! わかりまシタ!」
ベルさんは空いている席を探しに行った。2分程で俺たちの番号が呼ばれ、商品を受け取り、俺はベルさんを探した。ベルさんは、窓際のカウンターに二人分確保して待ってくれていた。そしてベルさんにはチーズバーガーセットを渡し、俺はアイスコーヒーを手に取った。
「え! 水無月サン! ドリンクだけデスか!?」ベルさんの反応は予想通りだった。
「あぁ、俺、ファストフードはあまり食べないようにしているから」
「そうだったんデスか! スミマセン。ワタシ知らなくて…。ここ嫌だったんデスね」
明らかにベルさんのテンションが低くなったのを感じたので、俺は待っている時に考えていたフォローの言葉を言うことにした。こうなるだろうとは思っていたが、ファストフードは食べないという俺の信念を犠牲にしたくなかったので、事前に考えていたのだ。ギリギリまで何か食べようかと思っていたが、メニューを見ると食べる気が失せてしまった。
こんなことなら、最初に正直に別の場所を提案すればよかったと、今になって反省している。早速失敗だった。まぁ、なってしまったことは仕方がないので、切り替えてどうすればベルさんが楽しく過ごせるかを考えるようにした。
「いや、嫌とかじゃなくて、俺がただ自分に課しているルールみたいなものだから気にしなくていい。それに、俺もイギリスのハンバーガーと日本のハンバーガーのどっちが美味しいか気になっていたし」
「そうなんデスか!」ベルさんの表情はまだ少し暗い感じがしたので、もう一言付け加えた。
「あぁ。今までそんな風に考えたことなかったから、ちょっと楽しみなんだ!」
「そうデスか!」ベルさんから少し笑顔が見えたので、とりあえず一安心した。
ベルさんがチーズバーガーを食べ終えたのを見て、俺は感想を聞いてみた。
「どうだった? 日本のチーズバーガーは?」
「美味しかったデス!」
「イギリスのと、どっちが美味しかった?」
「ウーン、わからないデス!」
俺は結局わからなかったのかよ! と心の中でツッコミを入れてしまった。くだらないことだと思いつつも、少し興味はあったが、答えは謎のままになってしまった。
「この後どうするんデスか?」ベルさんが尋ねてきた。
「そうだな。ベルさんはまだ俺についてくるのか?」
「ハイ! 特に予定もないので!」
「そっか…。ベルさんは、どこか行きたいところあるのか?」
「ワタシデスか? …ワタシは、昨日行けなかったお店があるので、今度はそこに行きたいデス!」
「じゃあその店に行こう!」
「え!? いや…そんなつもりで言ったんじゃ…。今日はワタシが水無月サンについて行くのであって、ワタシの買い物じゃ…」
「じゃあ、俺がそこに行きたいって言ったら?」
「……ワカリマシタ」
あまり納得していないようだったが、受け入れてくれた。少し強引過ぎたかと思い、心配してベルさん顔を見ると、少し笑顔になっていた。
〇ックを出た後、俺たちは、ベルさんが行きたいと言っていた店に向かい始めた。その途中で背後から誰かに見られている気配を感じたので、振り返ったが通行人がいるだけで、顔見知りはいなかった。今日はなんとなく家を出たあたりからずっと誰かに見られている気配を感じているが、おそらく俺の思い込みだろう。俺は幽霊とかは自分の目で確認しない限り信じないタイプだ。そういう非科学的なものは基本信じない。たとえ家族や仲の良い友人が見たと証言したとしても俺は信じない。なので、この気配も俺自身の勘違いだろうと思うことにした。
「あ! ここデス!」と言いながらベルさんはある店の前で立ち止まった。ベルさんが行きたいと思っていた店は、日本茶の専門店だった。
「ベルさん、お茶好きなのか?」
「ハイ! 日本のお茶、とても美味しいデス! 特に抹茶が好きデス!」
じゃあ、何でさっきはここじゃなくて、〇ックを選んだんだよ! と心の中でツッコミを入れた。一緒に過ごす時間が増えるごとに、ベルさんという人がだんだんわからなくなっていく気がする。
俺たちは商品を見たり、試飲したりした。ベルさんは、抹茶のパックを欲しそうに眺めていたので「買わないのか?」と尋ねたが、今日は買わないと答えた。
次は、何も言わなくてもベルさんが雑貨屋に行きたいと言ったので、行くことにした。ベルさんも俺に気を遣うことなく、楽しんでいるように見えた。
その後、ベルさんは少し言いにくそうにしながら、アパレルショップに行きたいと言うので、向かった。俺は外で待っていると言ったが、腕を掴まれて強引に中に入れられた。
ベルさんはいろんな服を見たり、体に当てたりしながら選んでいた。その横顔を見て一瞬胸がドキっとした気がした。
「アノ! 水無月サン、どうデスか? 似合いマスか?」
ベルさんは、試着室で着た服を俺に見せてきた。
「あぁ。似合ってると思う。でも、あくまで俺個人の感想であって、俺はファッションセンスがないから参考にしない方がいいと思う」
「そうなんデスか!」そう言うベルさんの顔は少し赤くなったように見えた。
俺はファッションについては結構諦めている。というより、そもそもあまり興味がない。中学生の時、ちょっとカッコつけたくて、雑誌やネットで調べたが、俺にはどこがカッコいいのか理解ができなかった。それ以来、俺は着心地の良さや汎用性の高さなどで選び、同じ服を何着も持っている。
毎日何を着るか迷うだけで脳は疲労してしまい、勉強の効率が下がってしまうという研究がある。あのスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、それに世界の名だたるCEOたちは服装で無駄に悩まないために、いつも同じ服装をしているという。仕事の生産性を下げないためにだ。俺もそれに倣っているにすぎない。そう! 服はユ〇クロで十分である。最近は、ユ〇クロもオシャレになったと聞く。安くてオシャレならこれで十分ではないか。ユ〇クロ万歳! ユ〇クロ最高!
「水無月サン、ファッションセンスなくはないと思うんデスが…」
「いや、気を遣わなくていい。自覚はしてるから」
「気を遣っているわけじゃないんデスけど…。今日の服装も似合っていると思いマス!」
「いや、そんな…」
普段服装について褒められたことがなかったので、少し嬉しく思いつつも信じられなかった。今日の俺の服装は、白のTシャツに黒のジャケットと黒のスラックスとありふれた格好をしていたからだ。というより休みの日に外出する時は毎回この格好をしている。
「いつもどこで服を買っているんデスか?」
「…ユ〇クロ」
「Oh! U〇〇QLO! イギリスにもありマスよ! いいデスよね!」
「え! そうなのか! 知らなかった!」
まさかイギリスにも天下のユ〇クロ様があるとは! いつの間にかそこまで進出していたんだな、と感心した。
「チョット待っててくだサイ!」ベルさんはそう言ってレジに行き、試着していた服を買った。どうやら気に入っていたらしい。そして戻ってきて、次に行く場所を提案してきた。
「デハ、次は水無月サンの服を選びに行きましょう!」
「え!? いや、俺はいいから…」
「いえ、行きましょう! せっかく水無月サンがワタシの服を選んでくれたので、お礼にワタシも水無月サンの服を一緒に選びマス!」
そんな話をしていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「み…水無月くん! と…ベルさん!」
振り返ると、そこには如月さんが立っていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。