科学を愛する男!!
学校は、工場である。その中で俺たち生徒は原料として、形を整えられ、社会の様々な需要を満たす製品に仕上げられる。大人たちが勝手に決めたルールの中で、俺たちは自由を奪われている。標準化されたカリキュラムに、標準化された時間。昔はそれで良かったのかもしれない。ただ言われたことをやっていれば、社会に受け入れられ、会社で昇進し、給料も上がり、終身雇用で定年まで働き、老後は年金で悠々自適に過ごすこともできただろう。これは産業革命時代に生まれ、今の時代まで続いているのである。
しかし、今は時代の変化が激しく複雑になっている。たった数年で新たなテクノロジーが次々と生まれる。また、未来も不確実で曖昧である。現在、安定した企業なんてものはほとんど存在せず、20年後にはなくなっている可能性の方が高い。
そんな時代に生きているのに、なぜか教育はなかなか変わらい。週5で学校に行き、朝から夕方までほとんど座った状態で教師の授業を黙って聞く。動いたり立ったりした方が記憶の定着が良いという研究もあるのに…。また、学ぶペースは人それぞれなのに、全員が同じ授業を受ける。評価を高めるためには、その仕組みに順応するか、物わかりのいい良い子になればいい。ただそれは本当に教育と言えるだろうか? 答えは、否。表向きには生徒の個性を大事にすると言っておきながら、学校にとって都合のいい人が評価されるのである。それは偽善だ。そんな偽善に満ちた学校が、俺は大嫌いだ。
俺は科学が好きだ。科学は人間やこの世界の本質を教えてくれる。国語なんかどうでもいい。コミュニケーション能力を高めたいなら、実際に誰かと会話をするのが手っ取り早い。読解力を高めたければ本を読めばいい。歴史なんかどうでもいい。過去に何があったのかを知っているだけでは意味がない。大事なのは、人間が過去に行った愚行から学び、これからに活かしていくことである。体育なんかどうでもいい。運動は人間の健康にとって欠かせないものであるが、学校に強制されるせいで運動嫌いになる人が多いのではないだろうか。そのせいで、運動をしなくなり、健康が悪くなってしまう。運動は一人でできるもの、複数人でできるものがある。どの運動が好きかは当然人それぞれだ。俺は一人でできる運動が気軽でできて好きである。なので、体育はいつも適当に行ったり、サボったりしている。
学校で言われていることに盲目的に従ってはいけない。学校で問われることは答えがあることが多いが、生きていく中で問われることには答えがないことが多い。自分がどんな人生を歩みたいのか、何をして生きていくのか、という問いに正しい答えはないのである。それは自分で手探りながら見つけていかなければならない。
それを見つけるのに、科学が役立つと俺は信じている。科学を学び、科学を理解することは楽しいことである。それは人間が本来持っている好奇心を引き立てる。学校のつまらない授業とは違うのである。
二年生に進級して二週間程たったある日の四時間目、俺がいつも通り勉強していると先生が近づいて来て声を掛けてきた。
「おい、水無月。お前また授業聞かずに勝手にやってるのか!」
数学の先生だ。名前は確か………忘れた。一年の時からいつも俺にグチグチ言ってくる嫌な奴だ。おそらく俺のことが嫌いなのだろう。
「前にも言いましたが、今先生がやっている範囲はもうとっくに終えているので、一人で先に勉強していただけです。何か問題がありますか?」
「問題ありだ。他のみんなが授業を聞いているのに、お前だけが聞かないのは…」
またいつもの説教が始まると思い、俺は先生の話を遮って言った。
「お言葉ですが、俺がなんでみんなと合わせなければいけないのでしょうか? 理解している問題を何度しても時間の無駄です。それに静かに勉強しているので周りの邪魔にもなっていないと思いますが…。それに俺は勉強をしています。ゲームやスマホをしていたら注意されるのもわかりますが、勉強しているのに注意されるのはちょっと納得できません」
「なんだ、その態度は! 教師に向かって!」
先生の表情から明らかに怒りの感情が湧いているのがわかったが、俺もこのまま引き下がりたくはなかった。
「俺は自分の意見を言っただけです。それに敬語を使っているので、失礼な態度ではないと思いますが…」
「そういうことを言っているんじゃない! その上から目線な態度。目上の人に敬意を払うように教わらなかったのか」
俺はイライラしていたが、なんとか冷静さを保って答えた。
「俺はそうやって肩書だけで人を判断しないようにしています。年上だろうと年下だろうと尊敬する人はするし、しない人はしない。敬意を払うかどうかは俺自身がその人を見て判断します。目上の人でも尊敬するに値しない人は沢山いますから」
「そういう上から目線の態度がお前の悪いところだ。水無月!」
その言葉を聞いて俺の堪忍袋の緒が切れた。俺は先生を睨みつけて意見をぶつけた。
「それ、ブーメランですよ。先生も自分の肩書を使って上から目線で強制させようとしているじゃないですか。自分に従順な人を高く評価して、反抗的な人は強制する。それにはっきり言ってあんたの授業全然面白くないんですよ。ただ教科書通りに進めるだけでなんの工夫もない。だから俺は自分のやり方で…」
「もういい!」
俺の言葉を遮って先生が大声で怒鳴った。眉間にしわを寄せ、今にも爆発しそうなくらい怒っているのがわかった。そして深呼吸してから最後に言った。
「お前、授業が終わったら職員室に来なさい」
そう言って、先生は教壇に戻った。
そして、俺は立ち上がり教室から出ようとした。
「ちょっと待て。どこに行く?」先生が聞いてきた。
「気分が悪くなったんで、保健室に行ってきます。」
そう言って、俺は気分転換のために屋上に行った。天気が良く、風は少し冷たかったが、日差しが暖かく心地よかった。そこで俺は腹いっぱいに空気を吸ったり吐いたりしていた。そうするとさっきまでのイライラがどうでもよくなってきた。そこに寝転がってただ空を眺めていた。
気が付くと、四時間目が終わるチャイムが聞こえた。俺は昼食を取りに教室へ戻った。ドアを開けると直前まで騒がしかった教室の中がシーンと静まり返った。まぁ無理もないか。さっきあんなに先生と揉めたんだから仕方のないことだ、と思った。
こういう性格のせいで俺には友達がいない。怖がっている人もいれば、変な奴だと思っている人もいるだろう。まぁ当然の反応だ。俺みたいな奴が他にいたら、俺も関わりたいとは思わない。それに俺はこれでいいと思っている。みんなと楽しくワイワイするなんてことは苦手だ。そんなことするよりかは一人で勉強したり、読書したりする方が好きだ。だから一年の時はあらゆる学校行事を休んで一人で勉強していた。俺は嫌なことからはとことん逃げる方だ。本当は高校もどうでもいいのだが、親を心配させたくないから、仕方なく通っている。でも、気分が乗らないときは一人で図書館に行って勉強している。俺はそれでいいと思っている。そんな自分に満足している。
「翔、相変わらずスゲーな! お前!」
鞄から弁当を取り出していると、霜月時雨が笑いながら声を掛けてきた。
「別にすごくねーよ」俺は適当に返事をした。
「いや、さっきのはヤバかったって! いつ殴り合いになるかとハラハラしたからな!」
笑顔で俺に話しかけてくるこの男、霜月時雨は学校で一番の人気者だ。イケメンで誰に対してもやさしく、みんなの憧れの存在だ。男子からの人望は厚く、女子の人気も高い。そんな高スペックイケメンがどうして俺に話しかけて来るのかわからない。俺には友達がいないが、友達の定義によっては、霜月を友達と呼んでもいいのだろうか。だが、学校以外で霜月と遊んだことや話したことはない。もちろん連絡先も知らない。これは友達なのだろうか? いや、違うだろう。
そんなことを考えていると「ピンポンパンポーン」という放送の音が聞こえた。
「二年A組、水無月翔。至急職員室に来なさい。繰り返します。……」
数学教師の声だったので俺は無視して、弁当を食べ始めた。
「いいのかよ。職員室行かなくて?」
「行くわけないだろ。あんな奴のところ。せっかくの貴重な休み時間をなんであいつと過ごさないといけないんだよ。考えただけで不愉快だ」
昼食を食べ終えて、荷物をまとめていると、飲み物を買いに行っていた霜月が戻ってきた。
「あれ、もしかして帰るのか?」
「ああ、あんなことがあったからな。またあの教師に絡まれると面倒だから図書館に行くわ」
「そっか……。明日は来るよな?」
「うーん、たぶん」
この時、なんとなくだが、霜月の表情から寂しさを感じたがおそらく勘違いだろう。霜月は俺以外にも友達がたくさんいるから、寂しいなんて感じるはずがない。
それから俺は図書館に行き、勉強や読書をしてから家に帰った。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお楽しみに。