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眠らずの獅子と目覚めのハーブ  作者: 煎茶
第一章
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6.無謀なる誘惑~B

~B:バローザ視点です。

「ここへ来るのは3度目か。」


川沿いにぽっかりと口を開けた洞窟を進みながら、バローザは若かりし頃を思い出した。

一度目は冒険者として軌道に乗り始め、若気の至りで先走っていた頃、パーティーを組んだ仲間と、B級ランクに早く上がりたくて無茶なスパイダーリリー討伐を受けて見事に失敗したときだ。


あの時は、全身が毒で腫れ上がり、パーティーの全員が風船のように身体をパンパンに膨らませて命からがら此処に逃げ帰った時だ。


冒険者になって3年、異例の早さでC級に上がれたバローザ達は周りにはやし立てられいい気になって居たが、それを良く思わない冒険者からふっかけられた無茶な討伐話しにホイホイと乗ってしまったのだ。実力はA級に匹敵すると褒めそやされ、その気になったのだが、今思えば人の本性を見抜けなかった自分たちの落ち度だった。


本当に見ていてくれた冒険者達は、心配して止めてくれたが、俺たちは年寄りのやっかみと笑い飛ばして聞く耳持たなかった。だが、この洞窟で高熱で苦しんでいる俺たちを麓のギルドまで連れ帰ってくれたのは、心配して様子を見に来てくれたその年配の冒険者だった。幸運にも、町への被害は無く、莫大な違約金も何とか払うことが出来たが、皆が装備品の一切を手放さなくてはいけなかった。その時のパーティーはそれを機に解散した。


2度目はA級ランクになってから、その年配冒険者と共にやって来た。


フリースラント領で魔獣のスタンピードが起き、大勢の怪我人が出た。全てのA級冒険者にも招集が掛ったが、スタンピードの制圧を前に、手術用の麻酔の調達が必須だったのだ。丁度アンベルクの町に居た俺は、同じく町に滞在していたその老人冒険者、伝説のS級ランク、シーファの助手として指名された。


「よう、坊主、随分シュッとしたじゃねえか。蜘蛛がりはもうやってねぇのか?」

ギルドでそう声を掛けられたときは、殺してやろうかと思うほど殺意を感じたが、シーファに連れられてS級の戦い方を目の当たりにしたその日から、俺はヤツにべったりとついて回った。

無駄の無い動き、先を読む洞察力。闇雲に魔力をぶっ放し突き進んでいた俺の戦い方をあざ笑うかの様に、しなやかで軽やかな戦い方だった。


俺は元々、大きな魔力をメインに炎魔法で奇襲を掛けるパワープレイだったから、魔法と剣技を融合したシーファとの戦い方が異なることは当たり前だが、それでも、ヤツの戦いにはいつも心奪われた。ヤツが命を落とすその日までは…。



そんな俺も、いつの間にかシーファと同じS級ランクとなり、こうして独りでスパイダーリリーを討伐するまでに成長した。

(なぁ、俺も成長しただろう?)

洞窟の中央で火を眺めながらそんな昔を懐かしんでいると、洞窟の外がざわつき始めた。


血の臭い?


かすかに感じる血の臭いと、それにつられて集まった魔獣の気配だ。此処の魔獣は水を嫌うので、川沿いを歩く分には近づいてくることは滅多に無い。

だが、水辺を離れて洞窟へ向う瞬間、奴らは牙を剥いて襲ってくるだろう。

俺は剣を掴むと洞窟を飛び出した。



川岸から、よろよろと鮮やかなブルーの服を着た女がこちらへ向って歩いてくる姿が目に飛び込んできた。

「っ!?」

先ほどの令嬢だ。今当に襲いかからんばかりに姿勢を低くする魔獣に威圧を放ち、牽制する。

S級の俺の放つ威圧は其処らの魔獣くらいなら、怖じ気づいて逃げ出すはずだ。

だが、令嬢から漂う甘やかな血の臭いに、いったんは攻撃姿勢を解いた魔獣も、去りがたそうにウロウロと附近を徘徊している。


一跳に令嬢の目の前に降り立つと、直ぐに状態を観察する。大きな傷は負っていないようだが、足下から血の臭いが漏れている。


「オイ。何故ひとりで居る。護衛はどうした。」

俺の問い掛けにビクリと肩を揺らした令嬢は目が合うと、ほっとしたように警戒心を解き、持っていた木の切れ端を下げた。

なんだその棒きれは。魔術杖にも見えないが、アレで防御のつもりか?


令嬢は目線を逸らすと、俺の問いかけにも答えずに、のろのろと歩を進めはじめた。

護衛達は何をしているんだ?令嬢の全身は雨に濡れそぼり、手足の無数の擦り傷からは血が滲んでいる。


「おい、何故黙っている。」

再び声を掛けると、令嬢は口をキュッと結び、こちらを睨み返してきた。

バローザの背をぞくりと何かが走った。不快では無い、不思議な感覚だ。


「先ほどお話した方と同一人物でしたら、私が話すことはありませんから。」

小さな唇からは、なんとも憎らしい言葉が吐かれた、だが何故か嫌な感じはしない。

「どう見ても、先ほど呑気に昼寝していた令嬢だろう…違うか?」

「呑気に昼寝していた訳ではありませんが、確かに草原にいたのは私です。

そう言う貴方は、<軽々しく近寄るな。話しかけられるのも迷惑だ>と仰った方と同一人物ではないのですか?」


確かにそんな事を言ったかも知れない。だがそれは…


「先ほどとは状況が違う。何故護衛達と山を下りずに懲りずに追いかけてきたのか聞いている。」

こんな貧弱な令嬢一人でどうにかなる様な山では無い。貴族の散策を行うような長閑な丘陵地では無いのだ。まさか一人で洞窟まで来たわけではあるまいが、この態で良く辿り着いたと呆れを通り越して感心すら覚える。

再び間合いを詰めてくる魔獣を牽制しつつ、質問を投げるも、令嬢はため息を一つ吐いてから口を開いた。

「先ほども言ったとおり、私は一人ですし、貴方が先ほどとは状況が違うと理解されている通り、雨が降ってきたので、紹介して下さった洞窟に向っているところです。

貴方から言葉を掛けられなければ、話しかけるつもりはありませんし、勿論近寄るつもりもありません。ただ、この雨の間だけ雨宿りをするだけよ。」


そう言うと、俺の脇を大きく避けて、洞窟へ歩を進める。

「オイ、引き連れてきた奴らはどうするつもりだ。俺に面倒見ろっていうのか?」

ぐるぐると落ち着き無く徘徊する魔獣を示して令嬢に問い掛けるも、令嬢はうんざりした様子を隠すことも無く、吐き捨てた。

「ですから、私は一人だと伝えたでしょう?何か見えると言うなら、見える貴方がどうにかなさったら?私には見えませんから。」

そう言うと、引き留めるのも無視して洞窟に入って言ってしまった。



「クソっ。なんて無責任なヤツだ。」

自分の尻拭いを他人に任せるとはとんでもない女だ。流石はお気楽な貴族様ってところか。

洞窟には、シールドを掛けて魔獣は入れないようにしているが、直ぐ外でこれだけの魔獣がうろついていては落ち着いて仮眠も取れない。


俺は降りしきる雨の中、令嬢への悪態を吐きながら剣を振るった。

自分で引き連れてきておいて、貴方がどうにかなさったら?だと?討伐金目当てで俺の機嫌を取りに来たんじゃ無かったのか?

そんな誘惑になびく俺では無いと解って地を出してきたのか?飛んだ高飛車女だな。

それにしても、護衛はどうした?まさかこいつらに喰われて全滅ってことも無いだろうが。


スパイダーリリーの討伐より長い時間を掛けて、令嬢の引き連れてきた魔獣達を片付けて、鼻息荒く洞窟へ戻るついでに洞窟入口の結界を強化する。魔獣達ばかりか、令嬢の護衛も入れないが知ったことでは無い。


俺は消えかかっているたき火に向って足音を立てながら進んだが、そこに令嬢の姿は無かった。

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