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眠らずの獅子と目覚めのハーブ  作者: 煎茶
第一章
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5.黒い瞳~B

~B:バローザ視点です。

S級冒険者のバローザ・シュテリエは、スパイダーリリーの討伐依頼を受けてこのミントレイノ領辺境の故郷、アンベルクまでやって来ていた。


スパイダーリリーはリコリスの根を餌に、地中に生息する巨大な蜘蛛魔獣だ。

普段は大人しく土の中で生活しているが、危険を察知し攻撃体勢に入ると、地上に出てきて毒のある体毛を空中に飛ばして敵を麻痺させる。

その針のような体毛に含まれる毒は手術の際の麻酔薬として重宝されるが、討伐が難しく、滅多に市場には出回らない。


今回は、ゲスニーク領主の愛娘の手術に如何しても必要と言うことで直々に俺に依頼が入ったのだ。

本来ならこんな面倒な依頼は断るのだが、その愛娘の怪我の原因が直接ではないにしろ、自分に関係しているうえ、今後を考えて条件付きで引き受けた。

只でさえ乗り気では無い討伐依頼に加え、昨晩の激しい雷雨で足元もぬかるみ、酷い有様だ。

本来なら、麓から一日で往復できたのだが、無駄に時間を取られた所為で一晩を山中で過ごすことになりそうだ。

バローザに取っては苦い思い出の残る地だけに、さっさと依頼を片付けようと出立を焦ったのが仇となった。


バローザを悩ますもう一つの原因は、厄介な依頼品だ。


スパイダーリリーの体毛には強力な麻酔成分が含まれているが、細い毛から取れる麻酔薬に満たない未熟性の成分は、女性の美容に最適と言われているのだ、細い毛を皺の気になる箇所に刺すと、ふっくらと若い肌が蘇るとかなんとか。かなりの高額で取引されるが、市場に出回ればあっという間に完売する程の人気だそうだ。


俺がスパイダーリリーの討伐依頼を受けたと噂が広まるや、高位貴族達が挙って俺に接触を試みてきたのだ。

金をチラつかせる者、身分を笠に脅しを掛ける者、色仕掛けで貴族令嬢自らが宿の俺の部屋に忍び込んで来たりと、家を出てからこのかた、気の休まることが無かった。只でさえ女嫌いだったバローザはますます態度を頑なにした。


そこに来て、この山奥まで白々しい嘘をついて押しかける厚顔令嬢まで現われたのだ。

大抵の令嬢は、俺が睨みをきかせれば、怖じ気づいて泣き出すか、無礼だなんだと喚き散らしながら去って行くのだが、軽装のまま襲ってくれと言わんばかりの呑気さで草原に寝転んで居た令嬢は、不機嫌そうに言い返してきた。


真っ黒な瞳を見開いて、眉間に力を込めて睨み返してくる様子に、少なからず興味を持ったが、遠くトラック領からあの魔獣の跋扈する山麓を越えてわざわざはせ参じたとは見上げた根性だ。

別段、皺取りが必要そうな顔では無かったが…、と言うより、艶やかな美しい肌は、無駄な手入れなど不要だろう。


だとすれば、スパイダーリリー討伐で見込まれる超高額の依頼料と、魔材の買い取り金を狙ってのことだろうか。

凛とした、筋のある女の様だったが興ざめだな。こんな山奥まで付いてきて、万が一魔獣に襲われたとしても俺は知らん。



ますます不機嫌を募らせながら、バローザは山頂のリコリス群生地にたどり着いた。

ギルドへの連絡を済ませると、地面に手を着き、地中の様子を伺う。


地中深く、個体が蠢いているのを感じる。付近に2体、離れた所に3体…いや4体、か?

バローザは暫く地中の様子を探り、1体が群生から離れた隙を突いて、攻撃を開始した。


ボゴォォッ


魔気を振り巻きながら地上に這い出てきた1体の脳天に剣をぶち込み一気に仕留める。直ぐにシールドで覆い収納に放り込み、毒毛の飛散を食い止める。

若干漏れ出した毒素がピリピリと肌を刺激するが、事前にクイーンビーの蜂蜜を露出箇所に塗っていたので、大きな痺れは無い。


異変を察知した仲間のスパイダーリリーが集まってくる前に、サッサと地を蹴ってリコリス群生地点を抜け出す。


ボゴォォッン、ボゴォォッン…


背後から、スパイダーリリーが地上に這い出てくる爆音が響き、

辺りに毒毛が舞い散り始めるが、バローザは後ろを振り返らず一気に山頂を離れ、1時間ほど全力で駆け下りたところで、足を止め山頂を振り返った。


木々の間から見る山頂付近は紫色の薄い霧に覆われていた。毒素が撒かれたが、山頂付近で収まる程度だろう。予報通り、風向きは西南西、あの程度の毒素であれば問題無く山間部の向こう側に流れ、いずれ薄まっていく。

ギルドへ討伐完了の報を入れた所で、タイミング良く雨が降り始めた。


バローザは洗浄魔法で顔の蜜を拭い去ると、漸く一息ついた。

この雨で、先ほどの令嬢はどうしているだろうか。恐らく、後から現われるであろう護衛達と下山しているだろうが…。あの一帯に人気は無かった。恐らく徒歩1時間圏内には人は無かったはずだ。

爵位令嬢のようだが、護衛を遠ざけてまで俺に誘いを掛けるとは、良い度胸だ。親もうら若き娘が万が一俺に襲われるか、魔獣に襲われるかする事態を想定していないのだろうか。


トラック領は独自の法に基づいた自治を行っていると聞いているが、飛んだ非常識な貴族もいたものだ。


そんな事を考えながら、バローザは仮眠を取るべく、日が落ち始めた中を洞窟へと急いだ。

洞窟周辺に足跡は無く、あの令嬢は無事護衛達に回収され下山したようだった。この雨の中、令嬢を乗せた輿を担いで下山とは気の毒な事だが、貴族の雇われ兵など、そんなもんだろう。

あの美しい姿を間近に観察出来るだけでも幸運と思うべきだな。

意志の強そうな黒い瞳が脳裏を過ぎり、バローザは、ふっと笑みを零した。

誤字報告ありがとうございます!

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