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眠らずの獅子と目覚めのハーブ  作者: 煎茶
第一章
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38.アンベルク一年生

セトカが、キッチンに向うと、ミカルさんが笑顔で待っていてくれた。


「セトカさん、遅いので心配していたんですよ。

あら?目が腫れて…もしや、あの女冒険者に何か嫌がらせを!?」

ミカルさんの目がギラリと光った。


普段穏やかな人の真顔は怖い。

偶にデグスレイさんや、セルギリオさんにピシャリとお小言を言っているときは、二人とも口答えもせず神妙に聞いているので、そういう事なのだろう。

セリーナさんが教育的指導を受けないように、しっかりと訂正しておく。


「違います!セリーナさんは、バローザさんにご挨拶をしようとしただけでした。

クッキーを喜んでくれて友達になってくれましたよ。」

「まぁ、それは下心見え見えのご友人ですわね。で、その涙の理由は?」

ミカルさんが、魔法でそっと目元を冷やしてくれる。


初めて魔法の輝きを見た日はあんなに心躍ったのに、今は…また悲しくなってポロリと涙がこぼれ落ちた。

「ミカルさん、私、魔力がありませんでした…。魔法が…ミカルさんに教えて貰うって約束したのに…魔法がっ、使えない。」


「セトカさん…。」

絶句したミカルさんは、ギュッと優しく抱きしめてくれた。

お母さんみたいなミカルさんの優しさに、張り詰めていた気持ちが崩壊する。


声をあげて泣いたのはいつぶりだろうか。ミカルさんはそんな私をいつまでも抱きしめて、声を掛け続けてくれた。

「大丈夫、大丈夫よ。私が守ってあげるわ。恐れることなんて無いのよ。」

ミカルさんの優しさに包まれて、私はいつまでも泣き続けた。


漸く落ち着いて来ると、余りの子供っぽさに恥ずかしさがこみ上げてきた。

「すっ、すみません。ミカルさん、いい年の大人が、お恥ずかしいです。」

真っ赤になって俯くと、ミカルさんは朗らかに笑って許してくれた。


「ほほほほ、良いのよ、セトカさん。とっても可愛らしいもの。

娘が小さかった頃はこうして良く抱きしめてあげたものよ。もうすっかり大きくなって私より頼もしくなってしまったけれどね。

昔を思い出して懐かしい気分に浸れたわ。それにね、セトカさんはまだまだ甘えて良い年よ。」

「28歳ですよ?」

「あら、そうだったわね。でもアンベルクに来てまだ一週間でしょう。

アンベルク一年生、13歳って思っていれば良いわ。ね。良いこと?」

「13歳、はあり得ませんけど、アンベルク一年生は、そうですね。」


アンベルク一年生、なんだか、伸びしろが沢山ありそうな、キラキラの未来が待っていそうな響きだ。


ミカルさんのお陰で元気が出たところで、お菓子作りを開始する。

昨日、夕食に出されたデザートとして出されたのは、マドレーヌの金型に盛り付けられたラベンダーの砂糖漬けだった。


此方の世界のデザートは、フルーツか、フルーツのジャムを付けたパン、もしくは花や果実の砂糖漬けだけだった。新鮮なフルーツはとても美味しいのだが、毎週末どこそこの話題のスイーツを買って自分へのご褒美にしていたセトカには少し物足りなく感じてしまう。


幸い、1年だけとは言え、スイーツ教室に通って簡単なお菓子なら作れる。

バターはパンに塗るだけと言っていた救護室の皆に、今朝は直ぐに出来るバタークッキーを焼いてみたが、ゆっくり時間を取れる夜はマドレーヌを作ると決めていた。


何と言っても可愛らしいシェル型の金型があるのだもの。

冒険者が持ち込むそうだが、いつも大量に在庫が出るので処分に困るそうだ。

捨てるくらいなら、と少し分けて貰って、マドレーヌを焼くことにした。


クッキーを食べてスイーツに目覚めたギルドの職員の方達が牛乳を振り、バターを大量に作ってくれていたので、沢山作れそうだ。

因みに、クッキーやビスケットは今までもあったが、バターではなく油を使っている上、砂糖は控えめでお菓子と言うより、冒険者の携帯食として食されているそうだ。


ギルドのキッチンは、皆のお茶を入れる程度しか使わないので簡易的だと言っていたけれど、業務用サイズのオーブンが備えられていた。

「お湯を沸かすくらいしか使わないから、存在を忘れていたわ。」


ギルドの内部を案内してくれたときにミカルさんに聞いたが、私が頂いていた食事は、ギルド裏の宿から仕出しで運ばれてくる物だったらしい。忙しくて外に食べにいけない時は、宿に注文すれば人数分を届けてくれるそうだ。

なので、ギルドのキッチンは湯を沸かす程度だというが、そのお湯ですら、余程大量で無いと魔法で事足りてしまうそうだ。


でも、調理道具も調味料も一通り揃っているし、折角だから一人暮らしの訓練も兼ねて使わせて貰ったのだ。まさか、魔法が使えないから、キッチンも一人では使いこなせない等、想像もしていなかったが…。


気を取り直して、マドレーヌ作りに集中する。


新米冒険者の鋳造品だろうか?若干いびつで、大きさもまちまちな掌サイズのシェル型が木箱に無造作に山盛りに用意されていた。オーブンは業務用のビックサイズ。25個×3段は焼けるだろう。


ちょっと多いかな?と思うも、テーブルに今朝は無かった量の箱買いされた小麦や砂糖、蜂蜜が積み上げられているので、大量に作って良い様だ。

デグスレイさんも、職員への福利厚生の一環だと言っていたので、遠慮無く作らせて貰う。


材料は

砂糖

バター

蜂蜜

薄力粉 

ベーキングパウダー

バニラエッセンス

ラベンダーの砂糖漬け


ボウルに卵を溶きほぐし、砂糖を加えよく混ぜる。

薄力粉、ベーキングパウダーをふるい入れて艶が出るまで混ぜる。

混ぜておいた蜂蜜とバターを生地に加え、最後にバニラエッセンスを加える。

生地を冷蔵庫で休ませている間に、オーブンを温め、金型にバターを塗っておく。

準備が整ったら型に生地を流し、オーブンで15分。


ふわりと漂うバターの甘い香りに顔が綻ぶ。

毎日8時/21時更新予定です。

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