47.御臨席
一晩明け、目が覚めると窓からは遠目にも巨大だと分るほど立派な建物が飛び込んできた。
物語に出てきそうな王子様とお姫様が住んでいそうな<お城>と言った雰囲気。
瀟洒と言うよりはがっしりとした作りの至る所に赤地に金縁取りの旗が揺らめいている。
「あれがミントレイノ領の領主様のお城?とても大きいのね。」
「そうよ、セトカ、昨日はあのお城の直ぐ近くまで行ったのよ。
しかもね、今見えているのはお城の左側だけで、実際はもっと、もぉ~っと大きいのよ!!あんなに大きな建物を見たのは生まれて初めてだわ!」
いつもはテゾーロ児童館の年中・年少さん達に囲まれて大人びた話し方をしているサッシェーナだが、この旅が始まってからは、大人達に囲まれて、年相応の無邪気な様子を見せていた。
「ふふふっ。そんなに素晴らしい所で、表彰されるなんて、凄いことだわ。
さ、朝ご飯を食べたら、一番可愛い受賞者に変身しなくちゃね!」
「あははっ。一番可愛いは無理だと思うけど、でも、セトカが髪の毛を結んでくれたら、いつもよりは可愛くなれちゃう気がするわ!」
はしゃいでいるサッシェーナに手を引かれて階下に降り、ミルトレンさんの美味しい朝食を頂く。
皆揃って少し興奮気味の朝食を終えると、式典出席の為の準備を始めた。
サッシェーナは、若草色のふんわりとしたAラインのドレスを用意していた。
背面に大きなリボンの付いた可愛らしい装いだ。
ソフィアさんから頂いたというお化粧道具でほんのりと化粧も施す。
髪型は、工房のご婦人達が作ってくれたリリアンを編み込んだハーフアップに、チェリーリアちゃんはじめ年中・年少さん達の力作、工房の庭の花々で作ったコサージュを飾る。
リリアンに編み込まれている、勇気と品位の象徴であるタイムと、リラックス効果の高いラベンダーの香りがふんわりと香ってくる。
「おぉ!誰かと思ったら儂の可愛いサッシェーナじゃ無いか!めんこいのぉ!!」
サッシェーナのドレス姿に、シマカップさんが大喜びして抱き上げていた。
「もう、シマカップさんたら!腰が痛くなっちゃうわよ!?」
そう言いながらも、サッシェーナも嬉しそうに抱え上げられている。
孫を溺愛するおじいさんの図、何ともほんわかする。
その横で、かっちりとした礼服に身を包んだバース君とミケジェーロ君はサッシェーナの変貌振りに、口を開けて見とれていた。
いつもふざけている相手が、急に変身しちゃうと、びっくりするわよね。
「サッシェーナ、可愛いでしょう?元が良いから、ちゃんと着飾ると最高にキュートよね!」
思わずお姉さん心を出してそっと囁くと、バース君が見る間に真っ赤に染まり、見ているこっちまでキュンキュンしてしまう。
「せっ、セトカ、笑ってられるのも今のうちだぞ!セトカだって、バローザさんが来たら真っ赤になるくせに!」
「えっ、ええっ!?私が、いつ!?」
「昨日、別れ際にイチャイチャしてたじゃ無いか!」
「イチャイチャ!?」
確かに、昨日はバローザさんが去り際にぽんっと頭を撫で……その流れでそっと耳たぶから頬を撫でて行ったのだ。
バース君の思わぬ反撃にあの時のドキドキをぶり返していると、戸口を覆うようにしてバローザさんが現れた。
「俺がどうかしたか?」
「あ、バローザさん、だ!おはよう!」
男の子達が駆け寄っていく。
バローザさんと子供達は、テゾーロ児童館に私を迎えに来てくれていた間に仲良くなっていたそうだ。
バローザさんは仲良くなった覚えは無いと言っていたが、子供嫌いと言う訳では無いようで、話しかければ、言葉少なけれども、しっかりと耳を傾け返事をしていた。
バース君達が何やらバローザさんに向かって話し出した隙に、顔の赤みを必死で冷やす。
バローザさんは昨日遅くに小屋に来て、空き部屋に泊まったという。
S級冒険者はいつでも、どの領でも領主邸に泊まる部屋を用意されているそうだが、夏宵祭に出席する貴族で溢れていて五月蠅くて敵わないとこちらに避難してきたそうだ。
朝食の席にはいなかったが、何やら用事があって外出していたみたい。
「シマカップ、ガンツからあれこれ渡された。臨席に備え準備品との事だ。」
「はぁっ!?なんじゃとぉ~!?」
バローザさんが呟いたひと言に、ガンツ工房の重鎮シマカップさんがガタリと立ち上がった。
<臨席に備え>って、ガンツさんの孫である現領主が出席するのは元から判っていたことだが、ガンツさんが臨席という言葉を使うと言うことは…
「ナルキソス殿下だ。」
「!!!あのうぬぼれ王子か…。また何でこんな田舎に現れたのだ。」
「ゲスニークまで、タルーナの獲物を期待して出てきていたようだ。」
「っかぁ~。<女神の神秘>目当てか。男のくせに女々しいことだ。」
シマカップさんの言葉に、ドクリと心臓がざわめく。
どうも、王族の王子が一人飛び入りで今日の授賞式に参加することになったようだ。
普通なら、リアル王子様がいるのね!と感動しそうな物だが、此処の王族は、稀少品コレクター。
異界からやって来たセトカの存在が知れれば、お城に監禁されかねないと聞いていた。
監禁されないにしても、モルモットのようにあれこれ実験の対象になったり、神格化され崇められても困る。
アンベルクでのんびりと暮らす方が絶対に良い。
幸い、お城からは離れたこの庭園の端っこの小屋になんて、王族がうっかり来る事も無いだろうし、午後に街に行った後は、静かに此処で帰宅の時を待っていようと誓った。
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