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眠らずの獅子と目覚めのハーブ  作者: 煎茶
第一章
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2.理想像

「「「沢田課長!」」」

振り返ると、50過ぎて、なお凜としたスーツ姿の女性が7cmのヒールを颯爽と鳴らして私達の前に立った。

私の尊敬する沢田課長,その人だった。

「クライアントがいるかも知れない社屋近くで貴方達は何をやっているの。」

人通りの少ない場所に移動すると、沢田課長は腕を組んでこちらを睨み付けた。

1年間、間近で扱かれて、何度もこの睨みに曝されてきたが、美しいだけに迫力がすごい。

「だって、先輩が…」そう言って涙を流し始めた真田さんを、課長は一喝した。

「真田さん、嘘泣きは結構。私もあの喫茶店に居たのよ。

…相川との交際をとやかく言うつもりは無いけれど、乳母心で伝えておくわね。

連休明け、貴方が迷惑を掛けた部長の奥様方から、連絡が来るはずです。有給申請はその対応かと思って直前にも関わらず許可したけれど、どうやら違うようね。再三の呼び出しにも応じないと言うことで、本格的に裁判沙汰になると思います。旅行に行っている場合かどうか、真剣に考えなさい。」

え?部長の奥様から連絡で裁判沙汰って、もしかして…。

昨年中途半端な時期に地方に飛ばされた部長がいたが、社内の女性と不倫関係がばれてのことだと噂になっていたが、まさか…。真田さんを見ると、さっきまでの涙をピタリと止め、真っ赤な顔で課長を睨み付けている。

「嘘泣き…」

先ほどまでのか弱い雰囲気を一変させた彼女の豹変ぶりに驚いて思わず呟くと、何故かケンが怒りだした。

「何言ってるんですか。いい年して、新人の彼女を虐めないでくれませんか。女同士で結託して若い子を陥れようなんて、どうかと思いますよ。」

「ケン先輩ぃ…。」

間違った男気を見せるケンに縋り付く真田さん。アホくさ。

「アホくさ。」

え?声に出ちゃった!?と口を押さえるも、発声したのは沢田課長だった。

「今年の新入社員にも遅れを取る真田さんを皮肉っての新人扱いなら、納得だけれど。

相川、貴方も去年までは岸田と並ぶ我が部のエースと言われていたでしょうが、しっかりしたらどう?」

「忖度の前にはどうにもならないこともありますけどね。」

不遜な態度を取るケンに、課長はふっとため息を漏らした。

「………その忖度は、岸田に向けられた物では無いけどね。ねぇ、真田さん。」

「ひっ!」

何故か名前を呼ばれた真田さんは悲鳴を上げて、挨拶も無しにその場を立ち去ろうとしている。

「ケイ?どうした?」

甘やかに真田さんを気遣う様子に、若干の心の痛みを感じ、思わず目を反らすが、真田さんの行く手を、妙齢の女性が阻んだ。

「あら、もう少し楽しいお話を聞かせて頂けると思いましたのに。

そう、貴方がサナダケイコさんなのね、実物は写真よりもお可愛らしいわね。」

上品な和装に身を包んだ女性は、凍てつくような笑顔を貼り付けて、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。

「根岸夫人…。」沢田課長の呟きに3人の視線が一斉に和装美人に注がれた。

!?まさか、網走支店に飛ばされた根岸部長の…奥様?

「ええ、沢田さん、先ほどはお世話になりましたわ。

そう、この方が主人をたぶらかしたお嬢さんで、彼女がプロジェクトよりも自分の世話に廻して欲しいと願った殿方が、こちらの男性ね。まぁまぁ、栄転のチャンスを潰された相手に、見事に手綱を握られてしまって、お気の毒なこと。ほほほほ。」

どういうこと?プロジェクトには、本当はケンが抜擢されていたと言う事?

それを、真田さんが自分の教育係にと根岸部長に色仕掛けで働きかけて…?

私のプロジェクト起用はケンが抜けた代理だった?

根岸夫人を巻き込んで、また一騒動あったが、私は余りのショックに茫然と立ち尽くしていた。

薄らと聞こえた会話に、根岸夫人の不倫調査で真田さんは他にも部長課長クラスの何人かの男性と関係を持っていたことが判明し、夫人はその妻達と連絡を取り、裁判の準備を整えているとのことだった。

再三、真田さんには弁護士から連絡があったが、無視を決め込まれたため、今回会社に連絡が入ったそうだ。

沢田課長に背中を押してもらい、決心したドイツ行きは、日本にいてはその裁判のとばっちりを受けるかも知れないという課長の優しさだったのかも知れない。

私の努力が認められたわけでは無かった…。

セトカはその事実に、がっくりと気力がそぎ取られ、ふらふらと歩き出した。

「岸田、途用の課程はどうであれ、プロジェクトの成功もドイツ本社についても、貴方の実力故のことよ。胸を張ってドイツに行きなさい。」

後から追ってきてくれた沢田課長の凜とした声に、自然と涙が溢れた。

脳裏には、真っ青になって震える真田さんを気遣うケンの姿がチラついている。

(男に頼ることも無い、何でも自分で解決しようとする、打ちひしがれること無くなりふり構わず突進する。

風邪を引いても、栄養ドリンク片手に発奮している。女として終わっている。)

ケンに掛けられた数々の言葉が脳裏をよぎった。

別に、彼に未練があるわけではない、ただ、女として見られないことが悔しかった。

自分の仕事を他人に丸投げして、困った時は、「わかんなぁ~い」としなを作るのが女らしい?

紙で指を切った位で、涙を流すのが女らしい?

職場にパステルカラーのふわふわしたワンピースとミュールで現われるのが女ラシイ?

ハーブを扱う職場で、甘ったるい香水を纏うのが、女ラシイ?

自分の酒量を毎回見誤り、酔い潰れて誰かしらに介抱されているのが、オンナラシイ?

解らない。そんなオンナラシイ、を私は求めているだろうか。

私の求める理想像…セトカはふとカモミールの爽やかな香りを感じて空を仰いだ

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