20.目覚め~B
~B:バローザ視点です。
熱が上がり、保温役を降ろされてからは、寝台脇に座り横顔を見ていた。
ミカルとサーナの二人で寝間着を着替えさせるからと、部屋を追い出され、戻ってみると眠る令嬢を囲んで、抱き合って涙を流していた。
「お母様、お父様…ごめんなさい、ありがとう。」
今度は両親の夢でも見ているようだ。
サーナが母親で、身体の大きなミカルが父親か?
額に当てていたタオルが滑り落ちて布団を濡らしているので、拾い上げ洗浄を掛けておく。
すっかり保護者面する様になったミカルに加え、サーナまで俺を敵対視する様になり、閉口する。
勝手にしろ。
令嬢の寝言をデグスレイとセルギリオが分析していたが、やはりトラック領の性奴隷として虐げられていた令嬢の線が濃いようだ。
熱に浮かされながらも、伯爵、子爵に謝罪と感謝の言葉を繰り返し、大きな音に怯え、両親に懺悔する。
その痛々しい姿に、粗暴なデグスレイもいつになく険しい表情をしていた。
世話に来る看護士達は、すっかり不遇の令嬢の保護者面しているし、俺が口を開く度に親の敵とばかりの睨みを効かせてくる。
S級になってからこの方、女には媚びを売られるか、怯えられるかだった事を考えると、なんとも新鮮な気分ではあるが、再び誰かに謝罪し始めた令嬢が寝台の上で涙を流し始めた為、気持ちが落ち着かない。
「誰に謝る必要がある。泣くな、謝るくらいならぶちのめしてやれ。」
「止めて下さいまし。ぶちのめすだなんて、か弱いご令嬢に対して使う言葉ではありませんわ。」
丁度診察のためにはいってきたセルギリオの背後から、ミカルが声をあげた。
「全く、ミカルの言うとおりですね。そんなに悪態を付くほど付き添いが嫌ならば、他に手はいくらでもあるものを…何故ギルド長はバローザくんを指名したんでしょうかねぇ。」
「何だと?只拾っただけの他人に、ここまで付き合っている。感謝の一つも…」
「あの…」
「「「!!!」」」
寝台から発せられた声に、皆が一斉に注目する。
「まぁ。お目覚めになられて!まぁまぁ。良かったですわ。」
「あの、此処は?んんっ…」
ミカルと話し出した令嬢は、俺のことは見向きもせずにミカルに礼を言っている。
毎度毎度、なぜタイミングの悪いところで目が覚めるのだ。
それにしても、あの声は何だ。草原では凜と透き通る様な声だったのが、ガラガラのしわがれたダミ声になっている。少し喋っては咳き込んでいるが、熱に浮かされ、何度も悲鳴をあげていたので喉まで痛めたようだ。
「チッ」
思わず舌打ちをこぼすと、一斉に皆の視線が集まった。
「貴方は…草原の…。」
令嬢がこちらに気が付き、俺の顔を見つめているが、ゴホゴホと咳き込む姿が痛々しい。
「それ以上喋るな。聞いてられん。
…雨の中不用意に洞窟から飛び出してくたばっていたんた。養生しろ。」
事実を述べただけだが、ミカルとセルギリオから盛大に非難された。
そればかりか、令嬢も負けじと口をキュッと結んでこちらを睨み付けてきた。
黒い双眸でじっと見つめられると何やら落ち着かない。
「気が付いたのであれば、監視は不要だな。失礼する。」
病室を出ようと戸口に向うと、令嬢が声をあげた。
「待って。不快でしょうが、少しだけっ。ゴホッ」
ちっ。話すと咳き込むだろうが。
「何だ、手短にしろ。」
「不快な思いをさせて申し訳ありません。この度は、ご迷惑をおかけいたしました。」
俺の態度に傷ついたと泣き喚くか、不遜な態度だと怒り身分をつまびらかにするかと思ったが、令嬢は謝罪を述べてきた。
寝台の上で無理に状態を起こし、深く礼をしようとして、体勢を崩した令嬢に手を伸すも、ミカルがさっと令嬢の背を支えて、こちらをギリギリと睨み付けてきた。
不快、だと?不快はお前では無く、お前が不調になった事であって…くそっ。
「謝罪は不要だ。それ以上…」「直ぐ、済みます、から!」
「ありがとう、ございました。あのままでは、命を落としていた、心から、感謝を…。
落ち着いたら、お礼……ゴホゴホッツ「おいっ!!」私、セトカ…セトカ・キシダ。貴方の、お名前…を。」
俺の名前だと?百も承知で近づいてきたのでは無いのか?
その状態で聞きたいことが俺の名前?目的のスパイダーリリーの事は聞かなくていいのか?討伐報酬がいくらになったのか、連れの護衛達の行方は気にならないのか?
次々と疑問が浮かぶが、黙っていると、再び令嬢が口を開こうとしている。
「…バローザ・シュテリエだ。礼は不要だ。」
俺が勝手にやったことだ。礼は不要としっかり伝えてから、病室を後にした。
ギルドのロビーに出ると、冒険者達がざわついたが、全て無視して俺は宿へと急いだ。
「セトカ…セトカ・キシダ、か。」
セトカ。爽やかな草原の様な名前だ。
俺は宿に着くまで何度もその名を呟いていた。
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