表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠らずの獅子と目覚めのハーブ  作者: 煎茶
第一章
2/363

1.二股

濃い色の服に高いヒールの靴。何方も、ここ一年ほど封印していたお気に入りだ。

私と同じ身長のケンは何時しか、ヒールを履くと「俺を見下すな」と激怒するようになった。

はっきりした顔立ちのセトカは原色が似合うのに、柔らかいパステル系の色が好きと言われて洋服もかなり気を使っていたが、そんな努力も虚しく、ケンがセトカの後輩と二股をかけていると同期から耳にした。

セトカは今まで封印していたお気に入りの服を着て会いに行ったが、手ぶらの姿を見たケンは予想通り不快感を露わにした。

「お前、旅行の荷物はどうしたんだよ?それにそのカッコはなんだよ。」

喫茶店で待ち合わせをして、ケンの部屋で前泊、明日から沖縄旅行に行く予定だったのだ。

「旅行には行きません。もう、ケンに合わせて自分に合わない格好をするのも疲れたわ。

貴方好みの可愛らしい格好は真田さんにお願いしてくれる?

沖縄にも、彼女を誘ってあげて?」

「は?なんでケイが出てくるんだよ。」

真田さん呼びした私の前で、下の名前呼び…隠すつもりも無いのかしら?

ふうっ、とため息をつくと、ケンは大きな声で悪態を付き始めた。

あぁ、こんな男に5年も費やしてしまったなんて私も大概ね。

いや、小柄でふわふわした真田さんが入社してくるまでは私達は上手くいっていた。

ケンも、私の服装を否定することも無く、似合っていると褒めてくれていたのだ。

その幸せな日々まで否定するつもりは無い。

昨年の春、新入社員が配属され、ケンが彼女の世話を任されたのと同じ日に、私は尊敬する課長に大抜擢されて大きなプロジェクトを任された…そこから段々と私達の歯車は狂っていったのだ。

でも、私は後悔なんかしていない。課長の下で働いた一年は残業とダメ出しの嵐で体調を崩すほど辛かったが、それ以上にやり遂げた達成感と自身の成長を感じていた。

担当したハーブ飲料の促販の為に摂った資格は数知れず。今ではハーブのことは岸田に聞けと言われる程の知識を得ることも出来た。

一方、私と同期首位争いをしていたケンは、合コンのことなら相川に聞け、と噂されるほど私生活に重点を置くようになっていた。

会えば喧嘩するか、永遠と男を立てようとしない私の仕事ぶりにダメ出しを聞かされ、限界を感じていた所に二股の揺るがない証拠を見せられて、セトカの気持ちはスッと冷めていったのだ。

「岸田センパイ!止めて下さい!!」

ケンの暴言にも、一切口を開かずに静かに聞いていたセトカの前に、ふわふわの女の子が飛び出してきた。

最早、修復しようの無いケンとの関係をすっぱり切ろうと思って喫茶店で待ち合わせして話していたのに、旅行支度をした後輩、真田さんが現われて、私のせいでケンが傷付いて何だかんだと非難し始めた。

と言うか、その如何にも沖縄行きます、みたいな小さなスーツケースと浮かれたアロハワンピは何だろうか?

「まさか、私のお金で申し込んだツアーで彼女と沖縄に行く予定だった?」

「はっ?お前、何言って…」

この動揺ッぷり、間違いない。私も、いっそのこと彼女を誘えと言ったものの、元よりそのつもりだったことを知って冷めていた気持ちに加速が掛る。

真田さんにしどろもどろで言い訳を始めたケンを白い目で見ていると、隣のボックス席からチャラチャラと柄の悪い男達が出てきた。

「ケンお前、面白いモン見せるってこのことかよ?

何が高飛車女が泣き叫ぶのを見せてやるだよ。彼女、お前に未練なんてこれっぽっちもなくね?だっせぇ~!」

そう言ってゲラゲラと笑い出した男達の台詞に私は怒りで視界が真っ白になった。

この男は、二股掛けて私の金で後輩女と旅行に行こうとしてたばかりか、旅行気分でのこのこ現われた私を笑いものにするつもりだったようだ。

度重なるデートのドタキャンの趣旨返しと思いつつ、多少の迷惑を掛けるかも、と心配していた気持ちも吹っ飛んだ。

余りの怒りに、叫び出したくなるのをグッと堪えて、私はにっこりと彼に笑いかけた。

「醜く泣き叫ぶのが、可愛い彼女の方になってしまってごめんなさい。じゃ、そういう事で。」

私そっちのけで、涙を流し、ヒステリックに怒っている彼女とケンに別れを告げ、

サッサとこんな茶番から離脱しようと席を立つと、ケンが私の腕を掴んだ。

「貴様、覚えておけよ!」

覚えるも何も、ケンが呑気に沖縄旅行に行っている間に、私は日本を去る予定だ。

「…連休明けの有給申請はもう取り消してあるの。

その日に会社の皆には挨拶をするのだけれど、貴方は沖縄にいるだろうから、今のうちに挨拶するわね。

親しい人達には伝えてあるのだけれど、私、ドイツ本社に配属になったの。日本には未練は一切無いので、来週には日本を離れるわ。今まで、お世話になりました。真田さんも、お二人でどうぞ頑張ってね。」

「はぁ!?俺はひと言も聞かされてないぞ!」

「3ヶ月以上前から、大事な話があるって伝えてはいたわよ。

何度も時間を取ってくれるようお願いしていたけれど、毎回ドタキャンしていたのは、貴方でしょう?

同期の皆には、ドイツ語講習の時に伝えているけれど、誰も貴方に伝えてなかったのね。」

何故か、約束をしていた日になると、真田さんが体調を崩し、指導を任されているケンが自宅まで送って、その後深夜まで連絡が途絶えるのだ。

2年前から営業の同期4人はドイツ語講習の時間を割り振られていたが、ケンだけは何かしら理由を付けてサボるようになっていた。思えば、あの時からドイツ本社移動の人選が始まっていたのだろう。

因みに、講習の面子で送別会もして貰っていた。ケンはお馴染みのドタキャンで来なかったが、そこで同期から二股の証拠となるアレコレを伝えられたのだ。

皆、ケンのことを同期の面汚しと言っていたので、誰もドイツ行きを伝えていないのも頷ける。

ケンは、余りにも多すぎる心当たりに、気まずそうに目を反らしていた。

「おおおおーーー!姉さんかっけぇ~!

ドイツ本社ってなんだよ。ご栄転ってヤツ?やべぇ~!半端ねぇ。」

チャラ男達の声を無視してコーヒー代を置くと、私はサッサと店を後にした。

少し歩いた交差点で信号待ちをしていると、ガラガラと大きな音を立てて、ケンと真田さんが追いかけてきた。

何故?

「ちょっと待てよ、俺たちの仲を乱しておいて、逃げるってどういうつもりだよ。」

は?俺たちって、ケンと真田さんってこと?

頭の中が腐っているのでは無かろうか?仮にも、ケンから別れ話を切り出されたことは無い。

と言う事は、私はさっきの瞬間までは一応ケンの彼女、と言う事だったはずだ。

真田さんにしても、私がケンを放置したからケンが傷心で真田さんに心動かされた、と、彼女である私の存在を理解していたはず。

にもかかわらず、俺たちの仲、とは一体…。

極めて冷静に、理路整然と、彼らにその事実を突き詰めると、二人揃って、気まずそうに顔を背けてた。

「先輩、酷いですぅ。」

涙ぐみながら真田さんがこちらを恨みがましそうに睨み付けているが、その手はケンの服の裾を小さく摘まんでいる…なんとも可愛らしいことだ。

「大体お前は可愛げが無いんだよ。人に頼ることも、泣きつくコトもしない。俺のことも馬鹿にしてんだろうが。だから嫌なんだよ。」

「ええ、ですから、先ほど綺麗さっぱりと縁を切らせて頂くと伝えた筈ですが。

この往来で恥ずかしいので、そろそろ失礼しても宜しいですか?」

怒りを静めようとする余り。言葉が必要以上に丁寧になってしまう。

歩道の信号は青から赤に変わり、再び青が点灯したが、周りには野次馬が増え、変な注目を浴びていて居たたまれない。

と、そこへ凜とした声が響いた。

「3人とも、そこまでにしなさい。我が社の恥だわ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ