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眠らずの獅子と目覚めのハーブ  作者: 煎茶
第一章
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14.残してきたもの

夢を見た。


数年前に他界した両親のこと、ドイツ行きを喜んでくれた5歳年上の兄たちのこと、入社してから常に気を掛けてくれていた沢田課長のこと、…ケンのこと、我が子のように可愛がってくれたケンのご両親のこと…。

息苦しさと、凍えそうな寒さと、燃え上がるトラック事故の熱に耐えながら、時に悲しく、時に幸せな私の27年間を思い返していた。


「帛也君、志士也君、私、ドイツに行くことになった。」


そう切り出した私に、兄たちは大層驚いて、でも、この一年、真剣に取り組んできた事を知っているからこそ、二人は私の門出を喜んでくれた。

「そうか。セトカが世話になったという課長さんに、俺達からも礼を言いたいくらいだな。」

「全くだ。お前が惚れ込むだけのことはあって、流石、出来る上司は見る目があるな。」

「何よ、帛也君も志士也君も、最初は酷い上司だって言ってのに。」

「それは、アレだ。」

「ん。なぁ。遅くまで可愛い妹をこき使うなんて酷いオヤジだと思ったケド。」


「もう、沢田課長はおじさんじゃなくて、すっごく素敵な女性なんだから。いくらモテモテのお兄ちゃん達だって、釣り合わない位、すっごい美人なのよ。中身のかっこよさはそれ以上だけどね。」

「確かに、美人だったよな。」

「ああ、クールビューティを絵に描いたような、な。」

「え?写真見せたことなんてあったっけ?」

「「ああ、アレだよ。あの、大垣の。」」

「あっ、確かにあのバーの写真は惚れ惚れするわよね。」

「「そう、それ。」」

「ぷっ。いくつになってもハモっちゃうのは変わらないのね。」

「「まぁな。」」

「「「……はははははっ!」」」

「まあ飲め!どんどん飲め。」「祝い酒だ!」

「「「カンパーイ!!」」」

「「あぁ~。」」「相変わらずジョッキだとこぼすんだな。」

「だって、ジョッキって重くて分厚いし、飲みにくいんだもの。」

「無理に沢山飲もうとするからだぞ。」

「でも、ドイツに行ったら水代わりにビールが出てくるんだろう。そんなんで大丈夫か?」


はくや君、ししや君、ごめんね。先に死んじゃったみたい。

私の部屋は、ドイツ行きのために処分したから荷物はほどんど無いの。

部屋も今月いっぱいで解約しているし…でも後のことはお願い…。

お兄ちゃん達の子供のお年玉あげるの楽しみにしてたのに。



「この着物…!?」

「義母様、約束を守れなくてごめんなさい。ケンとは、結婚できません。」


義母様から譲り受けていた浴衣や和服を持って、ケンの実家を訪れた。

本当は、ケンと一緒に訪れるはずだったが、いつも通り、ドタキャンされたのだ。

「セトカちゃん…娘の様に、思っていたのに…」

そっと抱きしめてくれる義母様の優しさに、つられて涙がこぼれ落ちるが、冷たいタオルで目元を冷やしてくれるのが気持ちいい。


「結婚はさておき、もし迷惑で無ければ、このままセトカちゃんに使って貰えると私としても嬉しいわ。

これからも、歌舞伎座に、サントリーホールに、一緒に観劇に行くお友達としてお付き合い頂けないかしら。」

そっと手を取って語りかけてくれる義母様に、ドイツ行きのことを伝え、一切の家材を破棄したと伝えた。


「そう、貴方は羽ばたいて行ってしまうのね…。

解ったわ。でも、帰国した折には必ず私にも連絡を頂戴。

馬鹿息子への気遣いは不要よ。馬鹿に付ける薬なんて無いものね…」

「不祥の息子には勿体ない娘が出来たと喜んで居たが、本当に手の届かない所へ行ってしまうとは、残念で仕方が無い。だがね、私達夫婦は、君のことは本当の娘の様に思っていたよ。

これからも、何かあったら遠慮無く我々を頼って欲しい。

頼もしいお兄さん達がいることは百も承知だが、年の功も侮れないだろう。」


そう言って義父様は、私と義母を両手で纏めて抱きしめてくれた。兄ともケンとも違う、大人の力強い腕が背中に回り、包まれるような安心感がある。


義母様、義父様、ごめんなさい、ありがとう。



沢田課長、折角、色々と鍛えて貰ったのにごめんなさい。ドイツ行きでは男性対象だったにもかかわらず、かなり無理をして私を推薦してくれたと同期から聞いていた。


言葉より、行動で示せという課長に、私はしっかりとした感謝の気持ちをまだ伝えていない。

ありがとう。貴方の優しさに、貴方の厳しさに、貴方の凜とした背中に、いつも愛情を感じていた。

課長…ありがとう。最後の瞬間も、私を呼ぶ叫び声は課長の声だった。

ありがとう。背中を押し、いつも見守ってくれた温もりを、忘れない。

「誰に謝る必要がある。泣くな、岸田、行動しなさい。大丈夫。何かあったら、課長の所為だと言ってやればいいのよ。」



「お前、ヒール履いてくんなって言ったよな。」

ドゴンッ

「でも、これは3㎝のローヒールだから。」

「はぁ?低ければいいってもんでも無いだろう。いいよ。一緒に歩く気が無くなった…俺帰るわ。」


ドォォォーーン…

止めて。そんなに彼方此方蹴飛ばさなくても良いじゃない。


「え?遊びじゃ無くて仕事で来てるのよ?そんな勝手、許されるわけがないじゃない。」

「お前、一人で行ってくれば?そのお高い背を見せびらかしたいんだろう?

それともアレか?兄ちゃんズでも呼び出すか?」

「一人でいいわ。放っておいて。」


ごぉぉ…ん…

そんなに威嚇しても、無駄なことだわ。


いつからかしら。ケンがこうしてイライラし出すと物に当るようになったのは。

そう、私とトップ争いをしていた営業成績がみるみるウチに下がり始め、その理由をアレコレと私の所為にし始めた頃からだわ。


「はっ。やっぱりな。女もお局に為ると可愛げが無くなるよな。」

そうよ。私一人で大丈夫。貴方が残業を他の人になすりつけて真田さんと遊びに行っていた時も、私は深夜まで書類と格闘してきた。


今日のプレゼンの為に沢山の努力をしてきたもの。

私は大丈夫。一人でも、大丈夫。

資料は沢田課長にもチェックして貰ったし、マイクテストも終わってる。

後は、リハーサル通りやればいいだけ。なのに…声が…何で?声が出ない!?

大丈夫、緊張で喉が渇いただけ、水を飲んで、深呼吸をっゴフッ!!水が…苦し…

ああ、違う。私に構わないで。プレゼンを。マイクが転がってしまったの。早く拾わないと。


ガチャーーーーン!!


何でトラックが!?…きゃぁぁぁー!!!

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