9.鶴の恩返し
どれだけ眠っていただろうか…
パチンとたき火がはぜる音が聞こえて目を覚ますと、セトカは大きな布にくるまって地面に寝転がっていた。
昨日から何度も、目が覚めたら日本の病院のベッドにいたなんて落ちを期待していたが、どうやら、夢では無いらしい。
外を見ると、日はすっかり高く昇っているようだ。
「大変、寝過ぎてしまったわ。」
洞窟を見回すと、セトカの直ぐ側にたき火が燃えていた。昨日は無かった筈…。もしかして、あの人が火をおこしてくれたのかしら?そういえば、びしょ濡れだった衣類もすっかり乾いていた。
「たき火って凄いのね。」
ベタベタになりそうな雨に濡れた衣類も髪の毛もふんわりと乾き、柔らかなオレンジ色の火に照らされている。
このまま何時までも揺らめく炎を見ていたいけれど、早く山を下りた方が良さそうだ。
山のどこら辺に居るのか解らないけれど、昨日辿ってきた山道はちゃんと続いていた。
昨日の川との合流点迄川沿いに下り、そこからあの道を辿って町まで行こう。
会話の成立する人に出会えれば、今の状況もある程度判明するはずだ。
日本の何処かなら、急いで心配しているであろう沢田課長に連絡を取らなくては。
もし天国なら…初日のハーブ畑に戻って、ハーブティーでも作りながらのんびりと暮らしてみたい。
兎に角、進もう!そう気合いを入れて立ち上がると、身体の下にも、動物の毛皮が敷かれていたことに気がついた。
無愛想で鼻持ちならない人だったけれど、色々と気を遣ってくれたようだ。
話し掛けるな、近寄るな、と言っていただけに、私と顔を合わせないように洞窟を離れているようだ。
たき火の周りには、彼の物らしき道具がいくつか置かれたままになって居る。
この敷物と上掛けもここに置いていけば良い、と言う事よね。
セトカはさっと敷物の埃を払い、上掛けを畳んだ。立ち上がったときにヒラヒラと舞い落ちたメモ用紙を拾うと、何やら、怪しげな呪文の様なものが記されている。
何かのメモかしら?正方形の紙は、少し皺が寄っていて薄汚れていた。
セトカは少し悩んだ挙げ句、その紙を手に取ると折り紙の要領で鶴を折り、たたんだ上掛けの上にそっと置いてみた。
「会話の通じない人だったけれど、洞窟を教えて貰って、親切にしてくれたことは感謝しているわ。
また何処かであったら、恩返しが出来ますように。」
彼の代わりに、折り鶴にお辞儀をすると、洞窟を後にした。
一日、何も食べていないからか、足下がふらつくが、一刻も早く町にたどり着きたい。
セトカは川で顔を洗い、乾いた喉を潤すと、眩しい朝日の中を川下に向って歩き出した。
今日も熊よけに歌いながらの道行きを考えていたが、昨日の疲れからか、どうも呼吸が苦しくて歌えそうに無い。
15分も歩くと、肩でゼイゼイと息をしていた。
照りつける日差しと空腹に注意が散漫になる。魚を捕らえるのは難しそうなので、何か果物でも生っていないかと木々を見回しながら進んでいたが、とうとうセトカの足が止まった。
「少し…休憩を……。」
そう言いながら、大きな木の下で体育座りをして目を閉じた。
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