マザコン王子はざまぁな婚約破棄がお好きなようですね
「ビクトリア・エイセイマン・カタール公爵令嬢、サラーム・アクトエックス・ハイリードの名において、婚約を破棄する」
「な、なぜですか!? 私の何がいけなかったのでしょうか!」
私は王子の言葉を受けてつい口が動いてしまいました。でも、仕方ありませんわ。婚約は王家から一方的な要請で結んだものでした。それなのに破棄だなんてあんまりですわ。
「お前の家は我が王家に対して、謀反の計画していることがわかっている。そして、何よりもおまえはオレの愛する母上を侮辱した。つまり、大罪人の娘と結婚などできるか!!」
いえ、最初の理由が大罪ならわかりますが、私が王妃様を侮辱したから大罪人っていったい何のことでしょうか。私には身に覚えがありません。
「おい、聞いたか? 公爵家が謀反を企てているってさ」
壁越しに男性の声が聞こえてきたわ。やけに大きな声ね。こちらの声が聞こえるから、彼らの声も聞こえるとは考えないのでしょうか。でも、よく考えてみたら伝統あるこの式典をサボる不良債券みたいな貴族の子弟ですものね。
もしかしたら、何も考えてないのかもしれませんわ。この声は公爵家のレイフォード様でしょうね。彼がいつも一緒にいるメンバーと話しているとしたら、伯爵家のミラー様、子爵家のレイモンド様、男爵家のクレイビル様でしょうね。彼らはこの学園の変わり者グループと呼ばれていましたわね。
「そら企てるわ」
公爵家のレイフォード様の発言に相槌を打つように子爵家のレイモンド様がそう答えたましたわ。
「だって、あの王子、無能な上にマザコンだろ?」
マザコンと言われた王子が怒りにふるえています。でも、本当にマザコンですから、何を怒っているのでしょう。もしかして、あれですか。人は本当のことを言われると怒ってしまうみたいなことでもあるのでしょうか?
「公爵令嬢に勉強を見てもらっているのに母上ならもっと丁寧に教えてくれたって言っていたぞ」
なつかしいですわね。それはまだ王子がやる気があった時のことですわ。入学して半年頃に王子から母上なら学園の課題や王国の公務などオレの代わりに簡単にこなせる。だから、すべておまえがオレの代わりにやっておくようにと言われましたわね。
そして、彼の代わりに課題や公務をやらないと王妃様から呼び出しを受けて無能となじられましたわ。もう、あんな日々を思い出したくありませんわ。
「そのセリフ王子らしいな。オレはもっとすごいのを見たぜ」
あら、まだその話題が続きますのね。王子らしいってそんなに世間でもマザコンとして認知されていたのでしょうか。知りませんでしたわ。
「王妃様がお忍びでこの学園に来たんだよ」
そういえば先週に来ましたね。
「ああ、知っている。知っている。その時、なんでも王妃様は制服をきていたんだって?」
「そうそう。で、その時の王子の言葉は母上が学園の制服を着るだなんてって言ったんだ」
「それ、普通じゃないか? むしろ、母親が学園の制服をきていたらドン引きするだろ」
そうですよね。そうですよね。私はドン引きいたしましたわ。だから、学園の思い出は記憶の中だけにしておいた方がよろしいのではないでしょうかと言ってしまいましたわね。はっ、まさかこの発言が不敬になったのかしら?
「お前らわかってないな。マザコン王子だぞ」
そう言った後に間をおいて伯爵家のミラー様が、
「感動しました。とても似合っています。むしろ、毎日、その格好で来てくださいだってさ」
と言って爆笑していますね。楽しそうな笑い声が聞こえてきます。
「あかん、こいつ真正のマザコンだ」
そう言って、彼らの笑う声がこちらまで響いてきましたわ。
「オレが公爵令嬢ならこっちから婚約破棄をしたいよ」
そうでしょう。そうでしょう。私が婚約破棄をされる側なのは解せません。どう考えてもあちらが悪いでしょう。マザコンですしね。
「あと、毎回のように母上ならできた。母上はこう言っている。そんな感じで、なんでも母上って言うらしいよ。本当にいい年をした奴が言うことじゃないよな」
「どうせ、今回の婚約破棄も王妃様の命令で行動しているんだろ?」
「この国も女狐に騙されて滅ぼされるかもなって父上が言っていたわ」
そうでしたか。いえ、まだ証拠がないのにそう決めつけるのは良くありません。ただ、その可能性があることを父に報告しなくてはなりませんね。
「そういえば謀反って聞こえたけど。公爵様はお力を蓄えられているからな。本当に反乱を起こしたら王家は負けるんじゃないか?」
「違いない。もともと、王様の兄上であられたのに庶子というだけで軽んじられたんだもんな。色々と思うところがあって準備しているだろうしな」
「まぁ、そもそも筆頭公爵家に婿入されている時点で先王様も何かしらの思惑があったんだろう」
「もしかし、この婚約が破棄されたらこの国ってヤバイんじゃね」
「多分、ヤバいよ。オレの父上のところに公爵様から婚約破棄されたら一緒に王都に乗り込もうって連絡が来ていたらしいよ」
「公爵様ってこの状況を既に察しておられたのかよ」
そう言えば今朝にお父様にお会いした時に言っておりましたわね。何かあったら、すぐに逃げ出せるように卒業式の会場の外で騎士団の人たちを待機させていると。
「オレはそもそも、その話を聞いてないぞ!?」
「いや、本当にこんな重要な婚約を王子が破棄するなんって思ってなかったからさ。ごめん、ごめん」
伯爵家のミラー様がそう言って悪びれもなく謝罪の言葉を口にしておりますね。
「そうか。まぁ、これでこの国のマザコン王子伝説ともお別れか。卒業後も楽しみにしていたのに」
「それはちょっと寂しいですね」
「オレは普通に公爵令嬢が卒業する方が寂しいわ」
「美人ですもんね」
さてと、マザコン王子と一緒に外の声に聞き耳を立てている場合ではございませんわね。
「婚約破棄の件、確かに受け賜りました」
「いや、あの、ちょっと、待ってくれないか?」
殿下が焦っておれますね。彼らの言葉で現実が少しは見えてきたのかもしれません。これは早く退席をしないとえらい目にあいそうです。
「それではマザコン殿下、失礼します」
「おい、マザコン殿下だと!? ふざけるな!」
私の言葉を聞いて怒りで叫び出す王子。
「戻ってこい!! 母への愛は真実の愛。マザコンじゃない! トゥルーラブだ!!」
そんな王子の言葉を私は完全に無視しました。そして、別れの挨拶として片足を斜め後ろの内側に引き、カーテシーをしてすぐに会場を出ました。その後は彼らの声がした場所に自然と体が向かってましたわ。
「先程の言葉、ありがとうございます。スカッといたしましたわ」
彼らを見つけた私は開口一番にそう感謝の言葉を伝えさせていただきました。彼らは突然に私に感謝されて目を白黒させておりましたが、知ったことではありません。
卒業式に参加しなかった不良債権。いえ、この国の未来を憂いた勇士たちの言葉に私は勇気付けられました。そのことに対するただの自己満足ですわ。私は彼らに感謝の言葉を述べた後にすぐに父が用意していた馬車がある場所に向かいましたわ。
「あの満面の笑顔。見たか? あかん。公爵家が独立したいって言ったらついてきそう」
「いや、オレはついていくから」
「僕は最初からそう決めてたよ」
「オレも」
帰り際に聞こえてきたそんな彼らの声を思い出しながら馬車にゆられ、私は屋敷に戻り、父にことの顛末を報告しました。そうしたら、父は大変にお怒りになり、準備していた部隊を引き連れて王都に攻め込んだのですわ。
どうやら、王子の言っていたことは本当のことでした。ただ、その理由は私が虐げられた事に腹を据えかねたので用意していたようですわ。お父様にはいつもご迷惑をかけております。こんな娘のために心を砕いてくださり、ありがとうございます。
━━━ハイリード王国は難病におかされた7代目の王が養生のため、王妃と一緒に自然が豊かな辺境にいったとされている。その代わりに兄であったハインツ・エイセイマン・カタール公爵が王となって国を統治した。
その後もカタール家により、王家の血が維持されたため、カタール朝ハイリード王国と呼ばれることになる。そして、ハインツが娘に王位を譲り、最盛期を迎えたと言われている。
なお、7代目の王の息子であったサラーム・アクトエックス・ハイリードは自らの母親を襲おうとして捕らえられ、斬首にされたそうである。