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化けの皮

作者: 柴田 彼女

 不快なものだなと思う。私は私の顔が嫌いだ。


 ここがこのように醜い、などと具体的に自分の不出来さを言語化できるわけではない。考えてもみろ、自分のどこが悪いのかを的確にわかっているのならば、あとはそこを徹底的に手直しするだけでいいに決まっている。

 鼻が低いならハイライトとシェーディングを。唇が薄いなら軽くはみ出すように口紅を載せ、中央にぽってりとグロスを置けばそれなりには誤魔化せる。目が小さいならアイシャドウをくっきりと塗り、目尻のアイラインをほんの数ミリ長く描き、ビューラーで持ち上げた睫毛をうんと伸ばし、涙袋をふっくら見せるような影と光をバランスよく配置するだけでアイドルのような瞳にだってなれる。それでも足りないと思うのならば、いっそ医者にでもかかればいい。低い鼻も薄い唇も小さな目も、そばかすも皺も頬のたるみも、縁取られた輪郭すらも、この世の中、大概のものは金次第だ。

 しかし、私は私の何が悪いのかがわからない。

 本当にわからないのだ。

 けれどそれでも私は私の顔を醜悪だと、悪質だと、不出来だと、心の底から思ってしまう。

 きっと私は病んでいる。



 陰鬱そうな顔、と祖母は幼い私の顔を罵倒した。

 表情が暗いのだろうかと考え、ニコニコと微笑みながら常に口角を上げるよう訓練すれば、

「ヘラヘラと薄気味悪い。こちらを見るな」

 そう吐き捨てられる。

 ならばつんと澄まして品よくいようと、児童文学に出てくるお嬢様の女の子を参考に窓辺に佇んでいれば、

「顔も悪ければ愛想も悪い。本当にみっともない」

 そういって祖母は私の背に塩を撒いた。自分の容姿は化物やナメクジ程度らしい、と思い至った瞬間私は猛烈な悲しみに襲われたが、私が涙を流すと祖母は毎回決まって、

「お前みたいな不細工が孫なんだ、泣きたいのはこっちだよ!」

 と私へ蠅叩きや蚊取り線香を投げつけてきた。

 そのころから私は、涙の流し方を忘れたままでいる。


 祖母は私が小学校へ上がる前に死んだ。祖母が死んでから、私は容姿を誰にも馬鹿にされなくなった。

 そもそも私の周囲に、私の容姿を嘲る人間は祖母しかいなかったのだから当然だといえばそうかもしれない。小学校でも中学校でも、私はずっと、

「学年で一番かわいい女の子」

 と呼ばれていた。高校では“学年”の部分が“校内”に変わった。私はただ黙っているだけのことでわかりやすく親切にされたし、その親切に対しありふれた礼を述べると、

「小野さんにありがとうって言われると、なんか照れる」

 男女関係なく、皆幸福そうにはにかんだ。


 高校を卒業し、地元を出、短大に入学しても私は相変わらず「かわいい女の子」という特等席を無条件で与えられ続けていた。

 さすがに短大一の、というわけにはいかなかったが、それでも私の容姿に憧れているのだという周りの女の子たちからは、私が使っている化粧品を真似して買ってもいいか、どの店で髪を切り、どの店で服を買い、普段どのようなものをどのくらい食べているのか、そういったことを頻繁に訊ねられた。

 男の子からはしょっちゅう食事や新作映画の誘い、悩みごとの相談、あるいはいきなり「小野さんのことが好きだ」「付き合ってほしい」「恋人になってくれないか」などと毎月片手ほどの回数言われた。

 街を歩けば、軽々しく声をかけられることこそほとんどなかったが皆私を凝視し、数人に一人は、

「かわいい……」

 と溜め息交じりに漏らした。



 おそらく私は自分が考えているほど不出来な容姿ではない。

 むしろ“人一倍優れている”と己惚れることすら許されるほどなのだろう。

 おそらく私は誰から見ても可愛らしく、周りからも愛されて然るべき容姿の人間なのだ。私が私の容姿に不出来なパーツを見つけられない理由は、そもそもそういった不具合と称せる部分がないから、ただそれだけの話なのだ。


 けれど、それでも私は私の容姿を、どうしても、どうしても許せなかった。

 祖母の呪いを一身に受けた私は、鏡を恐れ、ショーウィンドウの映り込みを避けるように道を歩き、俯きがちに早足で街を通り抜け、冬場になれば心から安堵して大ぶりのマスクを口元に宛がってしまう。

 たとえ不出来だったとしても、あるいはとてつもなく優れていたとしても、どのような理由があったとしても私はもう二度と私の見た目を他人に評価されたくはなかった。

 お願いだから私を、私という個体を見てくれ、誰とも比較してくれるな、私の表皮なんかどうだっていいはずだろう、誰でもいい、誰か私を、“私自身”を見てくれ。


 私の叫びは私の皮を突き破ることができない。

 私は私が不快だった。

 私は私が嫌いだった。

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