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2アキの困惑



 朝に弱いのは自覚している。

「白羽ー!」

「アキ〜?」

 自身の名前とあだ名で呼び起こされて、一度布団を正すと視界に入った時計で時間を確認する。

「クッソはや……」

 呼び起こされているが、眠いものは眠い。寝る体勢を整えて息を吐く。

 セットした目覚ましアラームより1時間早い迎えに、寝起きの頭では追いつけない。

 すると、階段をトントンと登る音が近づいて、ドアの開閉音のあと、

「起きろよアキ!」

 という言葉と共に頭を叩かれる。

 頭に衝撃が来ることで、少しだけ目を開けて衝撃の正体を見上げる。何年もつるんでいる幼馴染カイ――里美(さとみ)灰音(かいね)の顔だ。

「おはよ」

 寝ぼけ目でそう言うと、幼馴染は「早く支度しろ」といつも愛用しているカメラバッグと、手提げかばんをベット脇に置いた。


 徐に、壁を背もたれにするようにベットの上で胡座をかく。

「こんな早いなんて聞いてないんですけど」

 ベット脇にある棚から、櫛を取り出して髪を梳きながら欠伸を一つする。肩まで切った髪は、スルスルと櫛を通る。

「言ってないからね」

 言えよ。

 のそのそとベットから腰を上げて、軽くベットメイキングをしてからクローゼットを開ける。

 一つのハンガーを手に取ろうとすると、

「あ、服はこれで」

 と白地になにやらプリントされたTシャツを寄越してきた。

 何がプリントされているのかと思い、そのTシャツを手にすると、

「何これ」

 背中側に1つの顔文字とその下に“やる気はあります”という文字だけだった。

「いや、マジで何これ」

 ふざけてんのか、と聞きたい程のプリントに、眉間に皺が寄るのが分かる。決定事項のようであるカイの様子に、渋々着るしかないだろう。

 タンスから良く履いているジーパンを取り出し、徐に着替え始める。カイはこちらには見向きもせず、スマホを操作している。

 10年以上幼馴染をしていると、女として見れなくなるのだろうか。普通だったら、異性が着替え始めたら部屋を出ていくのに。

 別に、自身もカイが着替え始めたとしても意識して部屋を出ていくとかはしないな。


 脱いだスウェットとTシャツを綺麗に畳んでから、顔を洗うために部屋を出る。結構急な階段を降りて左側にある風呂場。その手前に置かれた洗面台にて、水洗いして目を完全に覚ます。

 顔を伝う水滴を拭こうとして、自然と洗面台の鏡を見ては溜め息を吐いてしまう。

 色白がコンプレックスなのである。どんなに日光の下で肌を焼こうと、赤くなるだけで後になればまた白に戻る。

 どうにかしようと、社会人になってから日焼けサロンに行こうとしたが、カイに止められた。

 どうしたものか、と考えながら母と兼用しているオールインワンクリームを顔をつける。出し過ぎたりすると、それを首や腕につけたりもする。

 オールインワンクリームの横に置いてある寝癖直しウォーターを手にすると、母が駆けてきた。

「白羽、おにぎり作ったから食べて」

 母の手には、ラップに包まれた小さなおにぎりが3つ。いつもの可愛いウサギの顔が書かれていない事により、急いで作ったのだろうと分かる。

 両手が塞がっていたからか、母はそれを洗面台の端にちょこんと置いた。

「ありがとっ。もうカイのやつ、前日にでも時間教えてくれればこんなに慌てないのに」

 未だに自身の部屋にてスマホでも弄っているであろうカイに悪態をつく。

「いいじゃない。いつも休みには家でばかり過ごしているんだから、逆に沢山外に連れ出してくれて嬉しいけど?」

 母はカイの味方らしい。悔しいけど、カイの事を嫌う人はいない。


 ドライヤーで寝癖を直していると、階段を降りてくる音が聞こえてきた。

「アキー、早くしてー」

 ドアをトントンとノックされてドライヤーの電源を落とす。

「ちょっと待ってよ」

 そのまま髪を軽く梳かして、化粧下地を適当につける。化粧下地の他にUVカットとカラーコントロールを合わせ持つ優れものである。

 母が何年も研究して肌に合うものをやっと見つけたものが、自身の肌にも合ってくれて本当に良かった。

 コンプレックスの色白は母からの遺伝で、母もずっと色んなものを試したらしい。

 あとはファンデーションを塗るだけの簡単メイクだ。

「終わったー?」

 カイからの問い掛けに、

「終わったー」

 と返事をしながらドアを開けると、ドア付近にいたらしいカイと目が合う。

「ちかっ」

 思わず反応して少し後退ると、カイは声をあげて笑う。

「ドア近くに立たないでよ」

 退こうとしないカイの横をスルリと抜けて階段を登ろうとしたら、階段に自身の手提げかばんと愛用しているカメラかばんが置かれていた。

「支度しといてやったよ」

 カイはドヤ顔でもしているように見えるが、いつものムカつく笑顔だ。


 何年もつるんでいると異性のかばんを漁るのか、カイは。

「メイク道具入ってる?」

 かばんの中身を確認しながらカイに訪ねると、「入れたよ」と返ってきて、

「ウォークマン」

 と言えば「入れた」と。

「櫛にリップにティッシュ」

 と言えば「ちゃんと収納されてるでしょ?」と返ってくる。

「財布と、スマホは?」

「あ」

 スマホ忘れるやつ居る?

 つい舌打ちすると、「ごめーん」と軽く謝ってくる。絶対心込もってない。


 部屋のドアを勢いよく開けて、ベット脇の棚まで駆け寄るとスマホは充電コードを繋いたままだった。

 コードを外すと、スマホの画面に通知があった。無料通知アプリやニュースアプリからの通知に軽く目を通してから、セットされてたアラームをオフにする。

 カイに叩き起こされて20分。部屋の時計は長針が4と5の丁度間に位置していた。

 本当だったらあと40分は寝れていたのに。ゆっくりと溜め息を吐くと、下の階から「アキ早くー!」と急かす声。

 急いで棚の引き出しからスマホカバーを取り出し、他の忘れ物がないかを確認して部屋を出た。

 数段下りてから外の寒さを思い出した為、踵を返して再び部屋のドアを勢いよく入ってクローゼットを開ける。愛用してるコートを手に今度こそ部屋を出る。




 丁度良い塩加減のおにぎりを頬張りながら、鞄からメイク道具を取り出して片手でメイクを始める。カイの車のサンバイザーに鏡が付いていて良かった。

「まず三脚受け取りに行くから、ちょっと遠回りする」

 おにぎりの中には、ツナマヨが沢山詰まっていた。

「うまっ、流石お母さんツナマヨ最高」

「え、うわ旨そう。ちょっと一口」

 隣で呟くカイを無視してまた一口かぶりつく。

「絶対にあげないので安全運転お願いしまーす」

 飲み込んでからカイからのお願いを拒否すると、舌打ちとともに「クソッ」と小さく聞こえてきた。

 おにぎりを1つ食べ終えると、ファンデーションによって隠れたコンプレックスの色白肌の上にパウダーを軽く乗せていく。


 その間にも、車は見覚えのある道を走っていく。

「ん、もしかしてあの子の家向かってる?」

 田舎なだけあって、全然混んでない道を進んでいくと、知り合いが一人しか居ない地区へと入っていく。

「真壁んとこ」

「真壁くん持ってんの?三脚」

 小学生の頃からの知り合いで、たまにカイと遊んでいるらしい真壁(まかべ)透也(とうや)くん。

 中学まではクラスメイトとして接点があったが、高校が別になり逢うことはなかった。たまにカイに連絡した時、『一緒にいる』と返されたことを思い出す。

「真壁のおじいさんがカメラやってたらしいよ。亡くなってから捨てられなくて仕舞ってあるんだって」

 “カメラ”という単語に反応しつつ2個目のおにぎりに手を伸ばして、しかしもう少しで真壁くんの家へと着きそうな道へと出た為引っ込めた。


 脇道に入ると、直ぐ見えてくる砂利道が広がった大きな庭。邪魔にならないよう庭の端で駐車する。

「アキ、車の中で待ってる?」

「行く」

 シートベルトを外しながらカイからの質問に即答すると、カメラバッグを手にドアを開けた。

 砂利を踏む音を聞きながら、玄関を見たら引き戸が僅かに空いていて、不用心だなと思ってしまう。ただ、田舎な町で物取りなどそうそうない。

 カイは躊躇なく僅かな玄関の引き戸に手を入れて思い切りガラガラガラッと開けた。

「すみませーん、透也くんいますかー」

 引き戸とカイの僅かな隙間から中を覗くと、奥につれて暗い廊下が続いている。

「あーい、透也くんいまーす!」

 聞こえてきた声は男性の声。カイを見上げると口角が上がっていた。

「今の真壁くん?」

 カイが頷いたことで、真壁くんの性格が分かった気がした。


 すると、どこからかトントントンと、階段を降りてくるような音が聞こえてきて、「呼んだ?」と近くの障子からニコニコ顔をひょっこりと出してきた。

「透也、三脚」

 カイが簡潔に説明すると、真壁くんは上がって待ってるように促す。

 そこでやっと玄関に足を踏み入れた自身に真壁くんの声が飛んでくる。

「え!もしかして桜川さん」

「あ、久しぶり、お邪魔します」

 久しぶりに名字で呼ばれ、反射的に顔をあげて挨拶をする。

 普段から名前を呼ばれたり、あだ名で呼ばれることが多いので、真壁くんに名字で呼ばれるとくすぐったい。

「わ〜、久しぶりだね桜川さん」

 脱いだ靴を揃えてから真壁くんに向き合うと、懐かしい笑顔を向けられる。

 「元気?」とか「変わらないね」と話しかけてきてくれる真壁くん。カイは見向きもしないで、知ってる素振りで廊下を進む。

「元気だよ。真壁くんも元気そうだね」

 カイを追うように廊下を進む真壁くんに付いていきながら返事すると、真壁くんは嬉しそうに笑う。

「中学の頃に戻った気分」

 高校が別だった為か、真壁くんの言うことに共感してしまう。


 カイは真壁くんの間取りを熟知しているのか、たどり着いたのはリビングだった。

「とりあえず座ってて。直ぐ持ってくるから」

 テレビと向き合うように設置されたソファーに腰掛けると、真壁くんは別の引き戸からどこかへと行ってしまう。

三脚を持ってくるから間、腰掛けたソファーからリビング全体を見る。大きなテレビ、締め切られた綺麗なカーテン。僅かに空いた引き戸から見えるのは、多分キッチンだろう。

「真壁くんの家よく来るの?」

 間取りを熟知してそうなカイはやっぱりよくお邪魔しているからなのだろうか。

「まあ、それなりに。だいたい中高の時に知ってるよ」

「あ、そっか」

 カイとは高校も一緒だったが、自身には何も言わず、真壁くんと中学からの交流を続けていたらしい。


 納得したところで、真壁くんの出ていった引き戸がガラガラと開き、真壁くんが大荷物を持ってやってきた。

「お待たせ、持ってきたよ」

「え、何その大荷物。三脚だけの筈だけど」

 ネットで見たことある大きいカメラかばんに、三脚、カバーなども持ってきた真壁くん。それら全部をソファー前の机に乗せる。

「これ全部、じいちゃんが使ってたやつ」

 折り畳まれた三脚を手にするカイ。

「いや、これだけで十分」

「全部あげたい。てか貰ってほしい」

 ふと気になって大きなカメラかばんを手繰り寄せてチャック部分を開ける。


 仕切られた一眼レフ、レンズが数個綺麗に収納されていた。中には数枚写真も入っていて、興味本位で手に取る。

 髪を結いでいる小さな女の子がニコニコ顔でピースしている写真だった。

「だれ……?」

 写真の端の方に表示された年月日は、今から15年程前だ。

 隣にいるカイも覗き込んできて、真壁くんも反対側から覗き込んできた。

「だっ……!」

 瞬間、手に持っていた写真を思い切り真壁くんに取られ、何事もなかったように持ってきた荷物を自身に手渡してきた。

「ほら、この後予定あるんでしょ?全部あげるからもう行ったら?」

 明らかに動揺しているが、自身としては中古でも新しいカメラが手に入るのは嬉しいので有り難く貰う。

 ただ、隣にいるカイは違うだろう。


 ニンマリとした顔をそのままに、真壁くんに迫っていた。

「おい透也、その写真について詳しく教えてよ」

「は、なんでだよ。ただの女の子の写真だろ」

 写真を後ろ手に背中に隠すようにしながら、カイから後退る真壁くん。状況的に見て、真壁くんの負けは確定だろう。

「それ、透也だろ。微かにお前に似てるし、年月日から考えてこの家に女の子の写真なんてないはずだろ」

 なんという推理力。ぐうの音も出ない様子の真壁くんは、徐に溜息を吐くと観念したように写真を前に戻して話しだした。

「ちっこい頃、女物の服着させられてたんだよ、髪もわざわざ結んで」

 カイも小さい頃は、女の子みたいだなんて言われて女物のワンピース着ていた。同類相求めていたのかもしれない。

「真壁くん安心して、カイもそうだったから」

 落ち込んでいる真壁くんをフォローするように言うと、カイが勢い良く振り向いた。その顔は笑みを無くした無表情で、怒っている顔だった。


 共に昔の出来事を知られてしまった真壁くんとカイ。そんなのお構いなしに、カメラかばんの中を再び物色する。

 一眼レフ本体やレンズの他に、掃除道具を収納されている。

「凄く丁寧に掃除してたんだね」

 一眼レフ本体は、これといった大きな汚れもなければ傷をない。とても大事にしていたのが見て分かる。

 本当に全部貰っていいのだろうか。

 すると、端の方にまた1枚の写真を見つける。さっきのとは別で、古い白黒写真だ。

 大きな家の前に、大人2人子供3人が並んでいる。

「真壁くん、これは?」

 サラッと暴露されたカイを無視して、立ち直った真壁くんに写真を見せる。

「んー、多分じいちゃん達かな。どことなく子供の1人が父ちゃんに似てるし」

 考える素振りで答える真壁くん。

「ちゃんとアルバムに仕舞ってあげて」

 流石に家族の貴重な写真までは貰えないので、真壁くんにそのまま手渡す。

「もうこれ全部持って行っていいよ。そこで丸まってる灰音も」

 未だに自身の衝撃発言に立ち直れていないカイ。大きなソファーに正座して体を丸めている姿は、長年仲良くしていてもそうそう見れない。

「ほんとに貰っちゃうよ、いいの?」

 念の為、再度真壁くんに質問すると、しっかりと頷いて笑ってみせる。


 持ってきていた自身のカメラかばんを肩に掛けて、真壁くんのお爺さんが使っていたカメラかばんも反対側の肩に掛ける。立ってみると、それなりに重たく、長時間の移動は無理だと理解した。

「じゃあ。カイ、そろそろ立ち直ってよ。良かったじゃん、類は友を呼ぶんだよ、ね?」

「桜川さん、それフォローになってない」

 なんとか三脚を片手で抱えて、空いた手でカイの体を揺する。徐に顔を上げたカイは、今度は恥ずかしそうにしていて、レアな幼馴染の姿に笑ってしまう。

「おいアキ、笑うなよ」

「んふ、ごめん」

 本音は言わないでおこうと適当に謝ると、徐に体を起こしてやっと立ち上がった。

「ほら、重いんだから三脚持ってよ」

 溜息吐きながら三脚を持ってくれたカイ。少し軽くなったが、流石に大きなカメラかばんを肩に掛けていると、痛くなってくる。

「ごめんね真壁くん、長居しちゃって」

 最後に真壁くんに謝ると、真壁くんは「全然。逆に桜川さんとまたこうやって話せて良かったよ」と優しく対応してくれた。


 車のエンジンを掛けて暫くすると、程よく温かい風を出してやっと冷たい肌が温まる。

「じゃあな、灰音」

「おう、有り難く貰ってくよ」

 運転席でハンドル片手で捕まえながら、見送りにきてくれた真壁くんと話すカイ。

「ありがとね真壁くん」

 カイ越しに真壁くんに手をふると、真壁くんは振り返してきてくれた。

「うん、じゃあね桜川さん」

 真壁くんの言葉を合図に、カイはようやく車を動かした。

 入ってきた道へと車を徐行させる間、真壁くんへと手を振り続ける。律儀にずっと振り返してくれて、真壁くんの優しさが嬉しい。




 車内が温かい風で満たされた時、目的の場所へと着いた。残っていた2つのおにぎりはゆっくりと食べることができ、今少し喉が乾いている。

 見えてきた広い駐車場には車は1つもなく、余裕で駐車するカイ。

「予約時間すぎてるから、NG出すなよ」

 エンジンを止めながら注意するカイ。

「予約時間何時までなの?」

 ドアを開けながら尋ねると、「11時まで」と返ってきてスマホで時間を確認する。ロック画面に大きく表示されたのは、9時50分。長いこと真壁くん家に長居したことが分かる。

「まだ1時間あるじゃん」

 撮影の準備に10分取られてもまだ余裕そうだ。

「カメラのセットから位置取り、撮影だけじゃないからな?」

 三脚を片手に抱えながら車の鍵を閉めるカイは、こちらを見もせず駐車場を出ていく。


 自身のカメラかばんだけを肩から下げて後を追うと、芝生である運動場に入っていく。

「待ってよ、撮影だけじゃないって何」

 横に並んでやっと質問するが、答えもせず三脚を組み立て始める。

 意味が分からないまま、流れにそうようにカメラを取り出す。

「とりあえず、早くセッティングして撮影だけしちゃおう」

 口を開いたと思ったら質問に対しての答えではなく、撮影を急かす言葉だった。意味が分からずイライラしながらカメラにレンズを装着してカイに渡す。

 雲台とともにカメラを三脚に組み合わせると、カイはそのままカメラに向き合うように立って後ろに少しずつ歩いていく。何をしたいのかを察して、ファインダーを覗く。

「もうちょっと駐車場見えないところがいい、こっちかな」

 ファインダー越しに乗ってきたカイの車が見えて、三脚ごとほんの少し回転して運動場のフェンスが写るようにする。後ろ向きに歩いていたカイはそれに対応して、カメラに映るように横に移動する。

「こっちかな、カイ!もうちょっと右!」

 ファインダーには、運動場の芝生、運動場のフェンス、天気の良い空が写る。そこに全身が写ったカイが、自身の指示で1歩程移動する。

「オッケー?」

 カメラから顔を離してカイからの質問に頷いてみせると、カイはそのまままっすぐ前に進んでセッティングしたカメラの手前に何かを置く。

「なに?」

 置いた物を見ると、カイのスマートフォンだった。

「踏んでいいの?」

「んなわけあるかバカ」

 芝生に直で置かれたスマホの真上に足を持ってきて、踏む1歩手前だった。小突かれた頭を擦りながら、足はスマホを通り過ぎる。

 カイの立ち位置を確認しながら、カメラの画角に収まるように立ち位置を決める。


 音源の入ったウォークマンを立ち位置の目印として、カメラに映らないギリギリのところに置いて、セッティングは終了した。

「1度リハーサルして、動画確認してから本番な」

 カイの指示に頷くと、カイはストレッチを始めた。釣られてストレッチを始めたが、1つ浮かんだ疑問をぶつけてみる。

「カイ、最後の大サビの間奏ってどんな感じにやるの?高校の頃と同じ?」

 今回踊る歌は、大サビ途中の間奏で踊り手は音に合わせてアクロバットを披露している。3年前の高校生の頃に披露したときもしたが、当時とは立ち位置が逆なため疑問が生じた。

「やるよ、俺が先でアキ後ね」

 よく見る踊ってみたで、2人の踊り手が交互に披露しているアクロバット。どちらのアクロバットダンスも頭に入っているため、動きを想定してストレッチを再開させる。動画を見直していないカイも多分頭に入っているのだろうが、間違えたら笑ってやろう。

 そう思いながら、温かいコートを脱ぐと一気に寒さが上回る。



 アップテンポな曲は約4分で終わり、その間空模様は変わらず平坦なもので、そんな青々とした空の下、撮り終わったばかりの動画を再生させる。

 袖を通さずにコートを肩に羽織るが、冷たい体は冷たいままで、吐く息が白く見える。

「間違ってるよね、カイ」

 リハーサルの前に生じた疑問できっぱり断言していたカイが最後の間奏のアクロバットダンスを間違えていた。声は出さずとも笑った顔でカイの顔を覗く。

「間違ったんじゃんない、アクロバット失敗した」

 間違いを否定するカイはそのままスマホを操作して、踊ってみた動画を見始めた。スマホの代わりに、カイの立ち位置の目印は三脚のカバーになっていた。

 口にはしないが、絶対頭に入ってなかった。高校の頃と同じパートのアクロバットダンスにふと疑問に思ったが、スルーして踊りきったが最後の間奏中に同じアクロバットダンスを交互に踊るなんて可笑しい。


 カイが動画を見終わるまで簡単に振りを確認していたら、カイが口を開きながら動画を見せてきた。

「おーい、アキもここ間違えてる。人のこと言えねえじゃん」

 そういうカイがお手本にしている踊り手の動画を見せてきたが、言い分から間違えたということを認めていることに気付いていない。

「……ホントだ、ごめんごめん」

 立ち位置が逆なことで、動作も逆になることを忘れていたらしい。

 カメラを操作して再び動画を再生させる。お手本としている動画と見比べてみると、何箇所か細かい所が間違っていたり、動きが揃ってなかったりした。

 やはり、3年前の記憶を頼りに踊っていたら、無事に撮影を終えることは到底叶わないだろう。改めて、お手本となっている動画をじっくり見返す。

「これさ、予約時間までに終わる?」

 動画を見ながら時間を確認すると、残り時間は40分に迫っていた。

「終わらせる」

 カイの性格は、こうと決めたら絶対に実行させる頑固もの。扱いの困る幼馴染だ。出来なかったときのことを考えないのだ。有言実行という言葉が似合う男である。


 困りながらも、それについていく自身は可笑しいのだろうか、とたまに思ってしまう。

 こうなった切っ掛けも知っているため、嫌悪感は抱いているものの、これと言って強く言えないのが現状だ。

 言ったにしても結局は自身が折れるのだ。つい一昨日にも同じ事あったなぁと思い出し笑いをしていた。

「アキ、立ち位置が逆だから最後の回転とかも逆な。それと、2番の途中俺もう少し屈んだ方がいい?やり辛いだろ」

 2番の途中――自身がカイを操るような動きがある。身長差からもう少し屈んでもらった方が良いのは確かだった。

「そうだね、もうちょっと屈んでも良い。あと、目を合わせる振り付けの時、笑わせんのやめてね」

 つい数分前のリハーサルの時にはなかったが、高校の頃の練習時に毎回笑わせようとしてきた事を思い出した。


 動画を見終わり、座ったままお互いに注意するべき点を述べていると、スマホを眺めたカイが咄嗟に立ち上がる。

「残り30分切ったからやろう。ウォークマン1曲リピートになってる?」

 釣られて立ち上がると、そのまま置かれたウォークマンを手にする。今朝、真壁くん家に寄る前に設定していたが、念の為今1度確認する。

「ん、大丈夫」

 再生画面に戻してスピーカーにセットする。

「よっし、じゃあ撮影するぞー」

 そういって腕のストレッチをするカイだが、

「あ、ごめん待ってトイレ行かせて」

 と自身の財布とスマホを手にして、隣接している簡易トイレへと駆け足で向かう。

「おいっ、早くしろよー」

 今かよー。と後ろから文句が聞こえるが、スルーして向かう。


 簡易トイレの隣に薄汚れた自販機があり、そこで2人分の水分となる飲料水を買ってカイの元へと戻る。カイはヤンキー座りで待っていた。

「カイ、はいあげる」

 青色のラベルを見て受け取ったカイは、早速フタを開けた。財布をかばんにしまって、自身もフタを開けて勢いよく飲み込む。途端に喉が潤って、ようやく水分補給をしっかり取れた気がした。

「俺もトイレ行ってくる」

 ゆっくりフタを閉めていたら、背後でカイが立ち上がった気配がした。

「早くしないとマジで時間なくなるよ?」

「お前が言うなよ」

 結局カイもトイレへ行き、戻ってきた時には残り時間20分しかなかった。




 芝生に置かれたペットボトルの影が、時間が経っていることを知らせる。

「よし、これでいいでしょ」

 カイが上から目線で終わりを告げる。

 時間ギリギリで撮影を終えると、すぐさまカメラを仕舞う。三脚を折り畳むカイを見ながら、カメラ本体とレンズに分けて丁寧にかばんに仕舞っていく。

「この後なにかあるの?」

 運動場に着いてすぐのカイの言葉を思い出して問いかけてみる。

 カイは顔をあげず、折り畳んだ三脚をカバーに仕舞いながら答えた。

「踏んでペチャンコになった芝生(なら)さなきゃなんだって」

 荷物を纏めて一箇所に集めると、カイはグラウンド脇の1つの建物に入っていく。

 何をするのか思案していると、カイは何やら袋を片手で抱えながらローラーらしきものを引いて出てきて、自身に渡してきた。

「なにこれ」

 黒くて見た目通りに重いそれに困惑するしかない。

「これで踊ってぺちゃんこになったところ転がして」

 袋の中身を手で撒いていくカイに、困惑しながらも何とかローラーを引く。


 まさかの力仕事をさせられた為か、おにぎりを食べたにも関わらずお腹の減りを自覚する。

「腹減った」

「どっかで食べてく?それとも家?」

 予約時間を少しすぎてから運動場の鍵を閉めたカイは、自身の呟きに即座に反応した。

 外食にしようにも、結局は車で20分掛かる場所まで行くのに時間を掛けたくない。田舎暮らしは外食が億劫になる。

「いいよ、家で適当に食べよう」

 腹が減っている為か、愛用しているカメラかばんがいつもより重たく感じる。

 そんな自身の様子に、カイは駆け足で駐車場へと向かう。遠目から車のライトが微かに光って、車の鍵が空いたのを確認する。

「アキ、俺の家で飯食べよう」

 声を大にして提案するカイに少し気分が上がる。

 おじさん――カイのお父さんの作り置きが食べれる喜びを感じたのか、歩み寄って見えたカイは微笑みかけていた。




 主婦顔負けの漬物や煮物が並ぶ食卓に、手を合わせて挨拶する前に箸を伸ばしてしまう。

 カイがまだ幼稚園の頃、お母さんがなくなり父子家庭となったカイ。責任感から、精神面·健康面ともに支えていたおじさんは、和洋折衷必死で覚えたらしい。ただ仕事が忙しいらしく、沢山作り置きをしている。

「味噌汁いる?」

 キッチンに立つカイは、自身の答えを聞くより先に味噌汁を装っている。

「具は何なの?」

「大根の千切り」

 具材を聞いただけで、食べる前から美味しいことが分かる。

 自身のお母さんとかは、夕飯のおかずに刺し身を買ってきた翌日は必ず大根の味噌汁にする。なんでも、刺し身の下に敷かれているツマを無駄にしたくないからだと言っていた。

 美味しそうな味噌汁が入った汁椀を食卓に並べると、カイは茶碗にご飯を盛っていた。

「大盛り?大盛りね」

 また、自身の答えを聞くことなく、容赦なく茶碗に盛るカイは楽しそうに笑っている。

「自問自答するなよ。まあ食べるけど」

 それをみると、自然と笑っている自身がいて不思議だ。


 沢山盛ったご飯茶碗をそのまま食卓に運び向かい合って座る。

「おかず足りる?」

 漬物や煮物の他に、おかずとなる鶏肉で作ったレモンペッパーチキンや野菜炒めが置かれている。おかずは即席で、男飯を得意とするカイの手作りだ。

 ご飯を大盛りにした為、おかずの心配しているカイだが、正直充分過ぎる。

「足りる足りる。てか、夕飯分のご飯大丈夫?」

 逆に白米の心配をしてしまう。

「平気。父さん今日食べてくるらしい」

 平然と答えるカイは、そのまま手を合わせる。それを見て自身も手を合わせる。

「いただきます」

 同時に言うと、カイも自身も味噌汁に手を伸ばす。


 ファミリータイプの広いダイニングキッチン。2人だけで食事するのは何回目だろう。

 夕飯はお母さんと食べる予定なので、カイは1人で食べるのだろうか。想像すると、何故か面白くて笑ってしまう。

 今まで困った行動ばかりしてきたカイだが、これまた困ったことに、何故か離れたくないと思ってしまう。

 ホッとする味噌汁の味。2人だけでいるこの空間が好きだったりするのだ。



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