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1カイの思惑



 関東の北にある田舎なこの町、家の近くにあるライフスポット店に久し振りに立ち寄った。

 呼び鈴が店内に響くと同時に、温かい空気が肌に当たる。田舎ではあるものの、徒歩で5分程の所にある店は意外と品揃えが良く、近所の子供達からご年配の方に重宝されている。

「あら、里美くん久しぶりねえ。最近お父さんの車見ないけど、帰ってきてる?」

 目当ての物を手にレジに行くと、店員さんであり、店のすぐ後ろにある家の奥さんが立っていた。

「お久し振りですね。父さんまだ出張から帰ってないんですよ」

「あら、そうなの」

 得意の上っ面な笑顔で向けてみたが、気の毒そうに笑われた。


 別に嫌じゃないのに。昔から俺が笑顔で答えると、奥さんは気の毒そうに笑う。無理をしてると思われるのだ。

「アキちゃん()に行くの?」

「はい」

 幼稚園からの幼馴染であるアキ――桜川(さくらがわ)白羽(あきは)の家は徒歩で遊びに行ける距離にある。今いるライフスポット店からも家が見える。

「今日はアキちゃんとどこか行くの?」

「あぁ、はい」

 駐車場に俺の車があることから尋ねてきたのだろう。普通に遊びに行くだけなら徒歩なのだが、今日は車であることからそう判断したのだろう。

「ホントに仲良いね~」

「あはは、ありがとうございます」

 お釣りを出さないように値段ピッタリにお金を渡すと、品物を入れたビニール袋を手渡される。

「ありがとうございます」

 おばさんは“仲が良い”と言ってくれたが、そんな事はない。些細な事で喧嘩だってしている。


 品物を入れたビニール袋と財布を片手に店のドアを開けると、一気に外の空気が肌に当たり、一瞬だけ眉間に皺が出来たのを感じる。

 正月三が日を過ぎ、成人式も終えた寒々しい日々。雪は全く降らず、寒さだけが季節を感じさせている。

 今日も、乾燥した空気が冷たい。



 車を走らせるにしては、やけに距離が短い。もしかしたら、徒歩の方が早く着けるかもしれない。

 邪魔にならないように歩道の端に停車させてビニール袋と手提げ鞄片手に玄関の戸を開ける。

「こんにちはー。アキー?」

 アキの部屋は2階。靴を脱いですぐ、玄関から2階へ続く階段に向かって声を掛ける。

 すると、ドタドタと階段を降りてくる音がして、

「おー。どうぞー」

 階段手前のリビングからヒョコッと顔だけ出してくるアキ。成人式の為に伸ばしていた髪をバッサリ切って清々しそうだ。

「おばさんはー?」

 父子家庭の俺に対して、アキは母子家庭。お互いの親を“おばさん”、“おじさん”と呼んでいる。


 アキのお母さん――白良(しらら)おばさんの靴がないことに疑問を抱きながらリビングへと向かう。

「お母さん今日仕事」

「え、今日金曜日だよな」

 決まった曜日にだけ仕事に出る白良おばさんが違った曜日に仕事に行っていることは珍しく、久しぶりに驚く。月、火、木、土、日が出勤日なのだ。

「うん。なんか、同僚の人が家の事情で仕事行けないからってお願いされたらしい」

 アキの説明に適当に相槌打って、買ってきたものを差し出した。ソファに座ったまま腕を伸ばしてビニール袋を手にするアキ。

「ご飯食べた?」

「いや、まだ」

 もう少しで12時になるにも関わらず、昼食の準備もしていない模様。面倒臭がりな幼馴染なのである。



 食にこだわりも関心もない幼馴染のアキに代わり、適当に作ったオムライス。卵多めにして出来たトロトロのオムライスは、ちょうど良く固まっていて、最後に掛けたケチャップと絡まって旨い。

 我ながら料理の腕を褒めたい。

「味濃くない?」

「……男飯」

 そんな料理に文句を言うアキ。少々ニヤついていた顔が真顔に戻った気がする。

「……しょっぱい」

「ケチャップ好きでしょ、アキ」

 小学生の時から、卵焼き、目玉焼きに普通に掛けていた。食パンに掛けて食べていた時は、流石に声を大にして叫んだ。そして、毎回掛ける調味料について争っていた。

 それも、中学に上がることには争っても意味が無いことを知ったのだ。それ以来、アキに料理を振る舞う時はケチャップの量には気を付けている。

 そんなこんなで、ケチャップライスは毎回アキ用に別にして作っている。

 俺にとっては丁度良い味付けなのだが、アキにとっては駄目らしい。2、3口オムライスを頬張ると、口直しに味噌汁を啜る。

 今回のアキへのオムライスは失敗したらしい。流石にケチャップ使い過ぎたか。

「こんなんならケチャップ付けなきゃ良かった」

「アキが“付けといて”って言ったんだろ」

 アキがいちゃもん付けてる間に完食した俺は、味噌汁を飲み干して水道に重ねておく。

「はやっ、ちゃんと噛んでる?」

「ご馳走さま」

 二度見しながら尋ねてくるアキを無視して、リビングのソファに深々と座る。そのままテレビを付ける。


 後ろから聞こえる食器のぶつかる音が、アキがゆっくり食べてることを教えてくれてる。

「あれ、ハマ屋で買ったの?」

「ん?」

 振り向くとアキの手には小さな紙切れ。良く見てみると、テーブルの上に先程店で買った品物が置いてある。

 スプーンを持ってる右手を動かしながら、さっき手渡したビニール袋を漁っていたらしい。右手にスプーン、左手にレシートを持ちながらゆっくり咀嚼していた。

「あぁ、うん。ここ来る前に」

 家に向かう前に寄っていたライフスポット店では、品物と一緒にレシートもビニール袋の中に入れるのだ。

 レシートをそのままに、ビニール袋を小さく畳み始めるアキ。面倒臭がりにも関わらず、そういった几帳面さがこの幼馴染である。



 暫くテレビを見ていると、隣にアキが座ってきた。手にしていたスマホで時間を確認すると、ゆっくりと食べていた事が窺える。

「またおばさんに気の毒そうに笑われた?」

「は?」

 唐突に尋ねられた為、即座に答えること無く聞き返してしまった。アキとは昔から一緒にいて、勿論誰かに紹介する時は“幼馴染”と伝えるが、唐突に尋ねられる事には未だなれない。

 核心をついてくるのだ。

「さっきから意味のない笑顔がムカつく」

 アキはテレビから目線を外さずに眉をひそめる。

――なんで分かるんだよ。

 こういう時、幼馴染というものを怖く感じてしまう。ずっと一緒にいると、やはり分かってしまうのだろう。

 特にアキは、昔から人見知りで、一時期は人間観察が趣味なのかと思うくらいに周りを見て、空気を読んでひっそりと一人でいた。

 だから分かるのだろうか、誰にも心配させないように貼り付けた笑顔の裏が。

 横目にアキを見ていたら急にこちらを向いてきて、テレビにあったアキの視線と交わった。その目が、『うちに隠し事なんて出来るわけないでしょ。話せ』と語ってきて、ため息で息を整えてから正直に話すことにした。

「おばさん、いつも気の毒そうに笑うよね。ホントに大丈夫なのに」

「カイの笑顔が下手なんじゃね」

「んなわけあるか、昔から愛嬌あって女みたいに可愛いって言われてたんだぞ」

 よく父さんが女物の服を買って着せていたらしい。今でもアルバムの中にしまってある。幼い頃に撮った、黄色のワンピースをして可愛いピースサインと笑顔が目印の写真が。

「昔は可愛かったんだろうけど、今はこんなにも勇ましい」

「そりゃ男だし」

 ハハッと小さい笑い声がシンクロして、お互いに顔を見て大きく笑いあった。


 一頻り笑って、息を整えた。

「今の勇ましいカイに女物の服とか、キモいだけだわ」

「顔だけどうにかして、あとは体型が隠れるような服来たら行けんじゃね?」

 何もない壁の上の方を向いている幼馴染は、多分想像をしているのだろう。

「……キモい」

 お昼のバラエティー番組が終わるまで、いかに勇ましく育ってしまった男性を可愛く女装出来るかについて、ソファで談義していた。




 アキの部屋はシンプルに見えて、生活感が見えないように工夫している。

 そんな中、隠さずに飾ってるのは白良(しらら)おばさんに買って貰った一眼レフ。

 元々写真を見るのが好きだったアキは、中学のスキー合宿で写真担当を任された際に、撮る側の楽しさを知ったらしい。現像された写真は、一番に見せてもらった。

 何を撮るのかと言うと、空や森、海や川などの景色から、猫や犬、鳥や虫などの生き物を撮る。人は撮らない。


 アキの家を尋ねたのは、アキに人を撮らせるためだった。そのことをアキは知らない。 

 どうやって話題を切り出すか。どう提案したら承諾してくれるか。少々面倒臭い性格のアキだから、遠回しに切り出した方が良い。だが、変な所で勘がいいので最終的な質問を前に断りそうだ。

 まぁ、断ったとしても無理やりやらせるだろうけど。

 そう考えた所で、微妙に開いていたドアが大きく動いた。麦茶の入ったコップ2つとお皿に盛られたお菓子を乗せたお盆を手にしているアキだ。

 どうやら両手が塞がっていた為に、足を器用に使ってドアを開けたようだ。そのまま足でドアを押してバタンと音を立てて閉めた。


 持ってきたお菓子は、先程ライフスポット店で購入したカントリーマイムだった。密かに甘い匂いがいつもより強いことに気づいた。よく見ると、お皿に溶けたであろうチョコが付いていた。

「温めてきたんだ」

「うん、その方が旨いじゃん。あれ……」

 アキの言葉が止まったことに疑問を感じたが、アキの視線の先を見て納得した。

 机の上を見ているアキに、

「付箋とか使い終わったら片付けろよー」

 と、ニヤつきながら言うと、途端にムッとして「煩いなー、どう使おうがうちの勝手でしょ」と不貞腐れる。

 アキにどう人を撮らせるかを考えながら片付けていたのだ。使ったであろう付箋やノート、ボールペン、色鉛筆、雑誌。使ったもの全部をそのまま放置していた。

 毎回訪ねると、何かしたまま放置してあることが定石で、それを毎回片付けていたら、無意識に手が動いてしまうようになった。


 ムッとしたままのアキがお盆を置くと同時に、早速お菓子を一つ口に運ぶ。

「ん、うま」

「……あまい」

 同時に食べたアキは、当たり前な感想を言いながら手に付いたチョコを舐めている。

「……1つ聞いても良い?」

 温めたバニラを美味しそうに食べるアキは、咀嚼しながら俺を見る。

「なに」

「アキって人物撮らないなぁって思って、何でだろうって疑問に思った」

「は、前にも言ったじゃん」

 まぁ、顔をしかめるのも分かるが。

「いやまあ、そんなんですけどお」

「キモい」

 若干引いているアキがいて、急いで弁解する。

「いや、知ってるよ理由は。人見知りだからだろ?それさ、克服してみない?」

 アキは人目を引く容姿をしておきながら、人見知りが激しかったりする。 そんなアキは、自分が嫌がる事は人に強要させないのだ。だから、写真に対しても同じ考えなのだろう。なんでも、写真写りが悪いらしくて、撮られるのが嫌なのだ。


 今までアキが撮った写真が1枚1枚納められているアルバム本。大容量で300枚納める事が出来るフォトアルバムなのだが、今年に入り3冊目へと突入した。

 最新のアルバム本を手にしてアキが振り返るようにゆっくり捲りながら写真を見ている。

「なんと言っても、意思疏通できない物を撮って、綺麗に撮れてたら嬉しいし」

 意思疏通できる“人間”より、意思疏通できない風景や生き物の方が綺麗に撮れた時の嬉しさは別格だから。

 そう熱く語るアキを余所に、俺も同じようなアルバム本を手にしてゆっくりパラパラと見ていく。


 アルバムを捲る度に微かに風を感じながら見ていると、一つの写真が目に止まる。

 近所の高台となる広い運動場から夕日を撮った写真。奇跡的に、建物の屋根に休憩していた真っ白な鳥が、夕日に向かって飛び立った瞬間が一緒に納められている。

「これとか、凄い興奮してたよな」

 指差しで見せると、アキは思い出したかのように「あれは忘れろ」と恥ずかしそうに呟く。その様子に、アキも当時の事を鮮明に覚えているらしい。

 当時、撮れた後にカメラを抱えながら駆け寄ってくる笑顔のアキは今でも覚えている。あまり笑顔を見せないアキからは想像出来ないだろうが、だからこそ逆に忘れることが出来ない。

「“カイっ、見て! 凄いの撮れたの!”……」

「やめろっ」

 当時のアキを真似してみると、恥ずかしそうにクッションを投げ飛ばして止めてくる。

 ヒョイっと軽々しく避けると、今度はお盆をブーメランのように投げ飛ばしてくる。両手で挟むようにして取ると、アキは俺を睨んでくる。

「まぁまぁ、可愛いアキを見れた貴重な場面だったんだから」

 怒んなよ~。と茶化すと、諦めてくれたらしいアキは、コップを手に麦茶を飲んだ後に「……かわいくないし」と呟いた。



 持ってきた手提げ鞄からノートパソコンを取り出して、アキの部屋に飾られている一眼レフを取りに立ち上がる。

「一昨日入れたばっかじゃん。昨日撮ってないよ」

「今日は撮っただろ?」

 仕事だった昨日は撮らなかっただろうけど、今日は起きてすぐに写真を撮ったであろうことが分かる。

 アキの部屋に来ると、必ずやっている作業である。アキが撮った写真は失敗したものであろうと、パソコンに取り込まないと気がすまない。

「そういえば仔猫ちゃん(・・・・・)の名前は決まったの?」

 一眼レフからSDカードを取り出そうとして、ある事柄を思い出した。

「……今朝、仕事前にお母さんが呼んでたよ。『ジノね! あなたはジノ!』って」

 子猫の前にしゃがんで頭を撫でている白良(しらら)おばさんが浮かんでくる。

「ふーん……ジノって、どういう意味?」

「さぁ? 聞く前に仕事行っちゃった」

 子猫に付けた名前の意味を疑問に思いながら、一眼レフから専用のSDカードを取り出す。そのまま起動させたパソコンに差し込む。

 パソコン画面に現れたSDカードの情報から、今朝撮ったであろう写真を表示させる。昨日から2枚程増えている写真は、野良猫――ゾラと、ゾラが最近よく連れてくる仔猫のジノが写っている。

「アハッ、可愛い」

「可愛いだろう。 ゾラは構えてくれるんだけど、ジノが中々なついてくれなくてさ」

 少し近づくだけで逃げてっちゃうんだよ。と話すアキは楽しそう。漸く2匹並んで撮れたことが凄く嬉しいんだろう。



 さて、途中になってしまったが、アキに人を撮らせる為に来たのだ。人を撮らない理由から、別の話題になってしまった。

「でさ、人を撮る楽しさも知ってもらいたいんだけど」

 カントリーマイムを一つ手にしながら、アキに提案してみる。すると、みるみる内に眉をひそめる。

「やだよ。なんでよ」

「いや、写真じゃなくてもいいんだけどさ。俺の楽しい事、アキにも共有したいし」

 よく自撮りしたり、アキ以外の仲の良い友達とかを被写体に写真や動画を撮る。それをアキともしたいのだ。

「は?なにを」

 アキは未だに眉をひそめている。そんなに嫌がると、もっとやらせたくなってくる。

 これ以上遠回しに行っても話がややこしくなりそうなので、アキと一緒にやりたい事を伝えることにする。


「俺さ、ダンス動画を投稿したいんだよね、アキと」


 サラッと言ったが、アキには衝撃だったらしい。驚いた表情をして、食べかけてたカントリーマイムを手に固まっている。


「……は?」


「ダンス動画、踊ってみた、Your Tube、投稿」

 単語で区切って分かりやすく言うと、また「……は?」と聞き返してきた。

「いや、なんで?」

「小1から習ってたし。自分で言っちゃうけど、俺もアキもダンス上手いじゃん。で、Your Tubeに色んなダンス動画上がってるの見て、やりてえなって思った」

 昔から、ダンス教室に通っていて、今でも暇な時には訪れて一緒に踊ってたりする。

 田舎なこの町にあった習い事は、ダンス教室の他にも習字教室やピアノ教室があった。ダンス教室とピアノ教室は同じ建物の中にあって、その横に習字教室が連なっている。

 車で数分の場所にあるそこは、同級生や近所の先輩後輩も通っていた。その中でも古株だったのが、小1から始めていたアキだった。アキが教室に通い始めた半年後に教室に通うようになったので、若干アキの方が教室内では先輩なのである。


「……きっかけは?」

 アキの顔は驚いていた表情から落ち着いて、いつもの何も考えてなさそうな顔に戻っていた。

「きっかけは、そうだな。最初は教室の先生だったかな」

 新しい年になって10日の今日。今日から約半年前の自身の誕生月に放たれた言葉がきっかけだった。

 誕生日を過ぎて、本格的に熱くなってきた中旬頃、アキと共に教室を訪れてアキと一緒に踊ったあとだ。

 エアコンの効いた室内でも、激しいダンスを踊れば汗を掻く。お手洗いとともに汗を拭きに行ったアキが居なくなって、僅かにいた生徒達とともにダンス動画を見ていた先生。


『動画で踊ってる人にダンス教えた人は嬉しいよね。離れていてもこうやって簡単に見れて、身近に感じられるし。何より、ダンスを教えた子が、赤の他人に褒められてるの見ると、この子に教えたのは自分なんだぞって自慢出来るし、誇りに思える。まぁ、コメントはしないけどね』


 そう言って笑っていた先生。その言葉を聞いて、今まで見ていたダンス動画を少し意識しながら見始めたのだ。

「それで、やりたい欲がどんどん上がってきた感じ」

 話を静かに聞いていたアキは、少し考える素振りもなく「ふーん」と素っ気ない返事。

「つまり、人を撮るっていうか、私とカイのダンス動画を撮るって事」

 分かってくれたアキだが、それでもまだ了承していない。ここからがまた長く説得しないといけない。

「そうそう。で、撮ったそれを編集して投稿しようぜ」

 了承してくれる声を望むが、

「やだ」

 即決で断られた。

 想定内だ。

「まあ、だろうと思ったけど」


 食べていたお菓子がなくなり空になった皿をそのままに、アキの説得に試みる。

「去年の11月くらいから考えてたんだよ。アキが20歳になったら、新しく始めるのいいなって。で、踊り手の名前も考えたし、最初に踊る曲も決まってんだよ。ね、いいじゃん」

 もちろん、Your Tubeチャンネルの開設や、動画の編集や投稿の仕方も調べた。やりたいと思った事は、とことん調べたくなるのだ。

「そうやって丁度良い年の節目に毎回新しい事考えないでよ。どんだけ振り回されてると思ってんの?」

 確かに、ダンス教室以外にも10歳からは習字教室始めたり、中学に入ってからは少し遠めの塾に行き始めたりした。その後も、15歳、高校入学を記念に新しく何かを始めたりもした。

 人生は一度きりなのだから、色んなことをやりたいと思ってしまったのだ。後悔も反省もしていない。

 多分、アキはそんな考えも分かっているものの、巻き込まれることに嫌悪感を持っている。

「母さんが死んで落ち込んでた俺にアキ言ったじゃん?母さんの分も楽しく生きれば母さんも嬉しい、って。俺、アキとずっと一緒に居たいし、母さんも安心させたいんだよ。アキも母さんも、俺の大切な人の一人だからさ」

 そこまで言うと、アキは泣きそうになっていた。目に溜めた涙を、それでも流すまいと耐えている。

「分かったよ。おばさん安心させたいの分かるし、まあ私もカイとは一緒に居たいと思うし、大切な人だから」

 アキは恥ずかしそうに承諾してくれた。何だか、それを見ていたら顔が熱くなった気がした。

「それに、カイの踊り好きだからさ、色んな人に評価してもらいたい」

 誤魔化す事もしないで、正直なことを言ってくれたアキ。嬉しくてニヤけてしまう顔に力を入れて、いつものようにポーカーフェイスを演じた。

――なんか恥ずかしいな。




 時間を確認しようとして、小腹が空いたことに気付いた。

「おやつ、何か食べる?」

 そう尋ねてきたアキに、流れで見た時計の針が15時を過ぎていた事は明白だった。

 徐にお腹に手を当てて、アキからの質問に笑顔で頷く。すると、空になった皿とコップをお盆に乗せて部屋を出ていった。

 何の菓子を持ってきてくれるのか、若干楽しみにしながらベットに置きっぱなしにしていたスマホを操作する。

 ロック画面に無料通話アプリのアイコンが出ていた。タップして開くと、チャットのトーク画面に何個かメッセージがあった。殆どが公式アカウントからの中、一人近所の友達から入っていた。

 踊り手デビューしたい事を伝えている友達で、今日アキに伝える事も知っている。承諾してくれたか気になってメッセージを送ってきたのだろう。

 熊のキャラクターがグットサインをしているスタンプを押す。その後で、決定事項をアキに話す、ということを伝える。そして、沢山あった公式アカウントからのメッセージに軽く目を通す。


 そうこうしているとアキが戻ってきた。手早くホームボタンをタップして、電源ボタンを押してベットに置く。麦茶が補充されたコップと共に、パイ菓子をお盆に載せている。

「お、パイ実じゃん。久しぶりに食うわ」

 机に置かれると同時に、一つを手にする。仄かに温かさがあり、レンジで温めたのだと瞬時に分かる。 

「チョコの溶けたパイ実って旨いよな」

 溶けているチョコを見たくて、(かじ)ってみると丁度良い溶け具合でチョコが流れてきた。急いで口に含むと、パイとチョコが絡まってとても旨い。

「ヤバ、うま。アキ天才」

 アキの方を見ると、アキも味わうように食べていた。目があったのを合図に、軽くハイタッチをする。


 おやつとして出してきた温めたパイ実を食べながら、アキの承諾を得た踊り手YourTuberとしての準備を始める為、決めている事をアキに伝える事から始めた。

「まず、踊り手名なんだけど、どれだけ考えてもしっくりくるものがなかったからあだ名な。俺がカイでアキはアキ、そのまんま。それでいいだろ?」

 そういうと、無言で挙手するアキ。

「アキ、意見をどうぞ」

「やだ」

――……うん、そうだと思った。



 何に対しても消極的な幼馴染は、正直面倒臭い。それでも一緒に居たいと思うのは可笑しいのだろうか。

「あだ名が踊り手名っていいじゃん。動画中に呼び間違う事ないし。変に名前を決めても、アキすぐに間違えそうだし」

 説得を試みてすぐに、

「……確かに」

 と考える素振りの後で納得してくれた。

 一度承諾すると、すんなりと事が進む。

「で、踊り手デビューする最初の曲なんだけど、高校の時に踊ったの覚えてる?」

 そう尋ねると、アキは暫く天井を見上げていきなり眉をひそめる。

「え、アレ踊るの?何年前だと思ってんの」

 どうやら思い出したようだ。

 高校2年の文化祭にて踊ったボーカロイド曲。アキはダンスを覚えているだろうか。若干不安なのだろうアキは、ずっと眉をひそめている。

「3年前だね。できるできる」

 そう呟くと、アキは「適当かよ」と呆れたように呟いた。


 消極的な幼馴染だが、決まったことは必ず実行してくれる。だから、一緒に居たいと思うのかもしれない。思惑通りである。

「動画を撮るには、専用のレンズ買わなきゃ。少しでも高くて性能のいいやつが画質も奇麗だよね」

 そう言うアキは、開きっぱなしにしていたパソコンを起動させる。調べる気だ。

「そうだなあ。あと三脚もほしい、あとマイク。あ、雲台(うんだい)も」

 パソコンでレンズを探すアキに対して、手持ちのスマホで三脚とマイクと雲台を探し始める。

「マイクって……何処に売ってるの?ケーデンキ?“うんだい”ってなんだよ」

 眉をひそめて質問してくるアキ。何を不快に思ったのか分からないが、アキは良くこういう表情をするのだ。

「んー、あるんじゃない?雲台についてはググれ」

 操作するスマホ画面を眺めながら適当に答えると、

「なに、三脚とマイクと雲台も私が買えと?」

 破綻すんぞ。と言葉を漏らすアキに、眉をひそめていた理由はそこか、と思い知った。


 確かに、動画撮影用のレンズの値段は絶対高い。それに加えて三脚とマイクも買うとなると、アキの財布はすっからかんになるだろう。

「たかっ」

 アキの声にスマホに落としていた視線を上げると、パソコン画面を凝視しながら驚いている。一体どれくらいの値段だったのだろう。

「何円なの?」

「5万超え」

 まあ妥当な値段だと思う。

「アキ、一眼レフ本体の値段を思い出せ」

 アキが一眼レフカメラを手に出来たのは、高校受験が終わった誕生日――中学卒業前の1月だった。

 年始に貰ったお年玉――約5万円で一眼レフカメラを買おうとしたアキだったが、予想以上に値段が高く断念していた。それを可哀想に思ったおばさんが誕生日の翌日に、アキのお年玉にプラスする形で買ってあげていた。

「……あ、安いわ」

 その時の値段を思い出したのだろう。高望みしたアキが当時買ったのは、発売開始から暫く経っていたが、色んな機能が揃っていて初心者にオススメの物。アキ4割、おばさん6割で支払ったそれは、アキの中では買ってもらった事になるらしい。

 それに比べると、一つのレンズの値段は安い方だ。


 パソコン画面をスマホで写真に収めたアキは、そのままパソコンを閉じる。

「動画撮影する日はいつ?それに合わせてレンズ買っとく」

 撮ったばかりの写真を見ているのか寛いでいるアキ。スマホでステジュールを確認してからアキからの質問に答える。

「明後日」

 すると、「はあ?!」と眉をひそめてこちらを見てきて、瞬時に目が合う。

「前に確認したじゃん、誕生日の次の休みは何時か。予定入れるなよって言った筈だけど」

 てっきり覚えていたと思っていたが、忘れてしまったのか。可笑しいな、アキは記憶力は良い筈だが。

「……ああ、言ってたね。確かに予定は、悲しい事に入ってないけど」

 悲しい事にアキは友達が少なく、休みは大体部屋で寛いでいる。明後日も寛ぐ気でいたのだろう。

「じゃあ明後日、レンズ買って三脚、マイク、雲台持って動画撮りに行くか」

 多分明後日は寛いでいる暇を与えないだろう。


 了解、と一言呟くアキは、ずっと机に置きっぱなしにしていた一眼レフカメラを手にする。ファインダーを覗いているが、撮る気はないらしい。

「この後ちょっと予定あって外出るけど、何か撮る?」

「行く」

 ファインダーを覗いたまま、即決するアキに苦笑しかない。

 高校入学したばかりの頃は違和感しかない構え方も、卒業する頃には様になって撮り方も上達していた。今では、機能やレンズを駆使して自作のアルバムを作る程だ。

「でさ、三脚とマイクと雲台の入手方法は?結局私が買うの?」

 一眼レフカメラを手にしたまま、こちらを窺っているアキ。杞憂な心配をしているであろうアキを見て、つい笑ってしまう。

「大丈夫。三脚は貰い物で貰う予定だし、マイクと雲台は俺が買うから」 

 心配するな。と答えれば、明らかに安心しているアキ。

「あっそ。別に心配してないから」

 若干ツンデレ要素がある幼馴染でもある。


 アキには教えてないが、これを機に少しずつ人見知りを克服出来るように願っていたりする。

 果たして、そこまで思惑通りに行くだろうか。先の見えない未来で、果たしてアキはどう過ごしているのか。

 考えただけで、笑みが消えない。

「……その笑顔ムカつくからやめろ」

 アキに罵られても、消えはしなかった。 



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