執行
「さて、じゃあ聞かせてもらおうか??いじめの内容を」
「ええと、今日は水をかけられたりとか、プロレスごっことか、あと…」言いたいことが湧き出る。作文用紙が百枚あっても言い尽くせない。
「ああ悪いんだが、実害がでたものだけ言ってくれないか??」彼は僕の言葉の放出口に石をつめた。
「実害って…全部実害が出てますよ!風邪ひいたり!」
「そんな実害じゃなくてさぁ…」僕の言葉を受け流すように彼は頭をかいた。
「あ、お金もとられてるんですよ」
「そうそう!そういうのだよ!
いくらくらい??」
「ええと、だいたい五万くらいかな」
「ふむふむ」彼はそう言いながら何かメモを取っていた。
「他は??医者に診断書もらえるくらいのでさ」
「あ、あばらを骨折したことがあります」
「骨折!?親はよく気付かなかったなぁ」彼は目を丸くしていた。
「いや、親には階段から落ちたって言いました」
「怪我の原因の常套句だな」彼はククッと笑った。
「しょうがないでしょう…。親に心配かけたくないですから…」
「ふーん」彼はよくわからない、といった顔でペンで頭をかいた。
そりゃあわからないだろうな。この心理はいじめられたことのある人間にしかわからないだろう。
もともと強い彼には一生わからないさ。
「よし、明日を楽しみにしとけ。きっと笑えることが起きるぜ。」
彼は不敵に笑った。
そして翌日、僕は何とも言えない期待に胸を膨らませて家を出た。
その期待はすぐに実を結んだ。普段、家の近くにある公園で僕を待ち構えているはずの高橋と長野がいなかった。
……きっとHERO屋だ。
僕はうきうきしながら学校に向かった。
どんな顔をしてくるのだろうか??どんな青あざをつけてくるんだ??どんな絆創膏を??そしてどんな目で僕を見るのだろう??
わくわくしながら教室に入ると、皆が着席していた。教卓には眼鏡をかけた教師が顔をうつむけて立っている。まだチャイムは鳴っていない。
おかしい。教室の違和感が僕の猜疑心を包み込んだ。なにがあったんだ。
辺りを見渡すと更なる違和感に気づく。高橋と長野の机だけがぽっこりとあいている。
何があったんだ……
「おい三鷹、席に着け」
突っ立っている僕に教師は一言。それに従い、僕は自分の席に移動する。
「えー全員揃ったようなので話を始める。みんな、驚かないように聞いてくれ」
全員??まだ二人来てないじゃないか。心中で教師の矛盾をつついた。
そして前置きを置いた教師は再び口を開いた。教室内は緊張に包まれる。
「長野と高橋が、昨日の夜、何者かに襲われ重傷を負った。現在意識不明だが命に別条はないそうなので安心してくれ」
この発言に教室がざわめく。
今回は大事に至らなかったが、またこのような事件がないとは言い切れん。みんなも気をつけてくれ。
えーと…それと」
教師はこのあとも長々とこの事件の危険性がどうとか、登下校は二人以上で帰れとか言っていたが、僕の耳には全く入ってこなかった。
そんな注意を認識する頭のスペースは全くなかった。
僕の頭のすべてはHERO屋がやったのか、という一点のみに向けられていたからだ。
さっきまで考えてた、どんな青あざをつけてくるんだ??どんな絆創膏を??そしてどんな目で僕を見るのだろう??、なんてレベルじゃなかった。
どんな青あざか、どんな絆創膏か、なんてレベルじゃなく、意識不明の重症まで痛め付けたんだ。
僕を見ることもできないくらいに痛め付けられたんだ。
……これが、HERO屋の仕事なのか??
これがヒーローのやることなのか??
僕は、再び、深夜の東高校の科学室に向かった。