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血まみれ鴉は月に舞う  作者: ニシボンド
2/8

【魔女狩りの男-2】

 早朝、俺はいつもより早く宿を発った。


 依頼が出されていたパープルステップという村には、今いるシュパイセルからはどうしても馬を走らせても8時間はかかってしまう。

 1日のうちに魔女と対峙するつもりは無いが もしもの事を考えると夕方までには村周辺の調査を終えておきたいところだ。

 基本的に魔女と呼ばれているあの【異端】は、日中こそ自分の縄張りでコソコソしているが、日が暮れ始めると我が物顔で村や街道を歩き回り、子供や羊などを攫っていく。

 並大抵の【異端】を相手取るなら引けを取らない自信はあるが、それなりに場数を踏んできた俺からすれば、慢心こそ最大の敵だ。


(どんなヤツかにもよるが……備えあれば憂いなし、か)


 魔女狩りに必要な物を準備しつつ、道中で食べる朝食の入手の為、俺は市場へと向かった。

 シュパイセルは広大なドルクの中でも最も交易が盛んな街と言えるだろう。

 出入り出来る場所が2箇所しかないのにも関わらず、毎日大勢の商人達が市場に品物を売りに来る。

 商人だけでなく、名のある料理人の店や装具店、腕のいい鍛治職人も多く店を構えており、シュパイセルの市場にない物はドルクでは手に入らない、とも言われるほどだ。


「あらギャヴィ、今日は随分早起きね」


 市場に着くと店開きの準備中だったのだろうか、少量の品物を抱えた馴染みの薬屋の女店主に声をかけられた。

 女にしては大柄で顔つきに良く似合う茶髪を持ち、目を見張るほどの美人、という訳ではないが、愛想が良く、自然と人を惹きつける魅力がある女性と言えるだろう。

 ギャヴィ、というのは俺の性格や見た目にしては名前が厳つすぎる、という理由で俺の友人達によって考案されたニックネームのようなものだ。


「依頼でパープルステップまで行くんだ。昼までには着きたいから、早めに街を出ようと思ってね」

「あ、それならまたうちの薬買っていきなよ! 錬金術のおかげで新しい薬が最近増えてきててねぇ」


 そう言って彼女は店の棚からその薬を取り出して、これは切り傷によく効く、だとか、これならアンタにも効き目十分さ、とか、色々と説明を始めた。

 また錬金術か、とは思ったが彼女の薬にはこれまで何度となく命を救われている。錬金術を信頼する気にはまだなれないが彼女の言うことだ、少しは信じてもいいかなという気にはなった。


「じゃあ、今の全部買うよ」

「あらそぉーお? じゃあ、毎度ありがとうございま〜す!」


 満面の笑みで俺の手から金を受け取ると、彼女はどこから取り出したのか少し大きめの革製のナップサックに薬が入った小瓶を詰めて渡した。


「これは?」

「いつも贔屓にしてくれてるお礼よ。そ、れ、に、そんなに沢山の薬、どうやって運ぶつもりだったのよ!」

「あぁ、それもそうか。ありがとう」

「いいのいいの。その代わり、また来てちょうだいね!」


 そう言って笑う彼女の顔には少しの陰がある様な気がした。

 それもその筈だろう。

 昨日まで会えた友人が今日になって帰らぬ人となっていた、なんてことが当たり前のご時世だ。また来てちょうだい、といういっけん何気ない彼女の一言には、俺の仕事への安全を願う想いも込められているのだろう。そうだといいな。

 薬屋をあとにした俺は市場で適当に買ったライ麦パンと干し肉を貰ったナップサックに詰めた。

 いつもなら出発前から仕事の道具以外の物をこんなに準備することは珍しいのだが、いかんせんパープルステップはシュパイセルから距離が離れている。

 俺はそんな状況を幼い頃の師との思い出に重ね、少し楽しみながら遠出の支度を終えた。



 シュパイセルを出入り出来る場所は西門と東門の2箇所。パープルステップは西側にあるので、俺は西門へ向かった。

 昼間の活気はどこへやら、人々が寝静まって深閑とした様子の街道を俺は歩く。市場から少し歩くと見えてくる石造りの立派な門。これが西門だ。

 ようやく日が昇り始めてきたという時間でも、門を見張っている衛兵達は真剣な顔をして立っていた。


「おい異端狩り、街を出るのか?」


 厩に預けていた馬を引っ張っていると衛兵の1人が俺に話しかけた。


「仕事でパープルステップまでね。アンタらもこんな朝までご苦労さん」


 立ち止まることはせず、あくまで馬の準備をしながら答える。

 【異端】を狩り続ける俺のことを気味悪がり、軽蔑している人間は少なくない。

 人々の役に立っていることは間違いないので、あからさまに、という訳では無いが、街の人にも、衛兵にも、陰口を叩かれることはあった。


「お前が異端を殺そうが救おうが我々の知ったことではない。だが……せめて街に入る時くらいは返り血を落として来てくれ」


 若干呆れた様子で衛兵が言った。

 どうやらこの衛兵は【異端狩り】に特別な感情はないらしい。わざわざ突っかかってまで衛兵に喧嘩を売るつもりはこれっぽっちもないので、俺は素直に頷くと、そのまま馬に跨り大橋を渡って行った。


 朝の、それも早い時間特有の、どこか寂しいようなひんやりとした心地の良い空気を感じながら、俺は馬を走らせた。

 2時間程走ったところで馬の休憩も兼ね、朝食をとった。

 依頼によっては食料の無いような土地に赴くこともある上に、()()()()()()体をしている俺にとっては、正直に言うと、わざわざこんなにしっかりした朝食を取らずとも良いのだが、俺の精神はそこまで摩耗してはおらず、少しは風情を楽しみたいという気持ちもあるのだ。


(今の場所がだいたいここだから……まだ遠いなぁ)


 ライ麦パンに解した干し肉を挟んだサンドイッチのようなものを齧りながら、この先の道を地図で確認した。

 懐中時計を見ると今は6時頃、そろそろ人々が1日を始める時間だろうか。


「よーし、そろそろ行くかー」


 ぱしぱしと隣で草を食む馬の腹を叩く。

 ブヒヒンと鳴いたのは、きっと同意の合図だろう。

 それからしばらく馬を走らせたところに、小さな農村があった。家畜は少なく、作物も荒れている。

 全体的に貧しそうな印象を受ける村だ。

 少し目をやると、こんな早朝にも関わらず何やら大勢で揉めているようだった。


「どうしたんだ、一体」


 俺は馬を降り、村人に問いかけた。


「魔女狩りだよ、この村にも魔女がいたんだっ!」


 興奮気味の男はそう言って村の中央を指さした。

 そこには白い服を着た若い女性が地面に倒れ込み、男達に囲まれ、今にも襲われそうになっていた。


「ちょっと待てよ!」


 俺は慌てて女性と男達の間に割って入った。男達は鼻息も荒く、突然現れた俺に対してあからさまな敵意を見せつけた。


「なんだお前はぁ! 異端の肩を持つつもりか! お前には関係ないだろ!」

「いいや、あるさ。アンタには彼女が魔女に見えるってのか?」

「そうさ! その女が来てから子供や爺さん達が苦しみ出したんだ! そこの魔女がなにかしたに決まってる! それに見てみろ! 正体を暴かれた途端、身体が熱くなりやがった!」


(コイツらに何を言っても無駄だな……)



「ゴホッ……ゴホッ」


 背後から聞こえた咳をする声に、俺はハッと振り返った。

 魔女と言われている女性の額に手をやると、彼女の体温は非常に高く、小刻みに震えていた。


「大丈夫か? アンタ、どこから来たんだ?」


 俺は苦しそうにしている女性に問うた。


「ドルクの、ゴホッ、隣の国から、です、ゴホッゴホッ」

「なるほどね……」


 女性の情報から考えられる結論を求める。それが導き出された時、俺はすくっと立ち上がって、興奮状態の男達に伝えた。


「彼女は魔女じゃない」

「だったら、この状況はどう説明すんだ!?」

「この人はただ、流行病を患っているだけだ。それが運悪く、体力のない子供や老人達にも伝染ってしまったんだ」

「な……でもソイツと一緒に越して来た旦那は、村に来てすぐ死んだんだぞ!」


 顔を真っ赤にした村人の1人が叫んだ。


「それもこの病気のせいだろう。似た病を知ってるけど、それを患った人はほとんどが死んでる」

「なら、うちのチビ共はどうなっちまうんだ――」

「知るか。病の治療は俺の専門外だからな。でも、まぁ、力は貸せる。こんなに弱っている人を、魔女狩りとか言って犯そうとする暇があるなら、とっととその病気の人がいる場所に案内しろよ」


 男達は戸惑いながらも、俺の気迫に負け村長の家へと俺を連れてきた。

 部屋の中には子供3人、老人が4人、苦しそうに寝込んでいた。


「ど、どうすりゃいい?」


 村人は俺に訪ねる。

 俺はナップサックから1つの薬瓶を取り出すと、その村人に手渡した。

 シュパイセルの薬屋で買ったばかりの、錬金術の技術による新しい薬だ。


(本当に効くかどうかは分からないが……)


「この薬を湯に薄めて飲ませろ。あとはとにかく暖かくして、祈るしかない」

「そんな……」

「それと、出来る限りこの家には近づくなよ。この家にいればいるほど、この病気はお前達をも蝕むから」


 それから俺は無事な村人達を村の広場に集めた。


「――つまり、これは魔女の仕業なんかじゃない。ただの流行病だ。だから彼女は魔女じゃないし、誰が悪いというわけでもない」


 村人達のほとんどは下を向き、暗い顔をしている。

 流行病を持ってきてしまった女が魔女として犯され、殺される。よくある事だ。

 俺は知っていた。

 知っているが故に、尚更見過ごせなかった。


 俺は何年も前から、【異端】と呼ばれ恐れられている怪物達と戦っている。

 その中にはもちろん、彼の通り名――【魔女狩り】――その理由にもなった魔女も含まれていた。

 魔女は醜く、おぞましく、卑劣で、巧妙で、穢らわしい、怪物だ。人間の知性が残っている分、他の【異端】よりもかなり厄介だ。

 悪魔との契約により、人間には扱いきれぬほどの魔術を操る。面白半分で人を殺すし、誰かの育ての親に死の呪いをかけたりする、この世で最も許されざる存在だ。

 だが、ペストや流行病によって、占いの知識の普及によって、無実の女性が魔女と決めつけられ殺される。

 真実を知ることの無い者が、疑心暗鬼になる。

 その不透明な正義感が作用した結果、人間が人間を魔女にし、意味の無い処刑が行われる。

 その様を何年にも渡り見てきた俺は、もうウンザリしていた。


「分かったら、彼女にも暖かい服と薬をやって、村長の家に運んでやれ。その代わり薬の代金は取らないでおいてやる。この村に魔女はいない。いいな?」

「あ、あぁ……」

「よし」


 俺は立ち上がって村を出発しようとした。するとそんな俺の背に、村の中の誰かから言葉が投げかけられた。


「なぁ……アンタは一体……何者なんだ?」


 思いもよらぬ言葉に俺は思わず苦笑いする。


「俺も、まだまだ努力が足りないってことかねぇ……」


 はぁ、と一度ため息をついてそのまま振り返らずに言う。


「俺は狩人……異端狩りの狩人だ」


 そう言った俺は、少しの誇らしさを感じるともに自分でも驚く程に恥ずかしさで顔を赤くして、振り返らなくてよかったと、少しホッとするのだった。





tips

【バンシー】

アイルランドおよびスコットランドに伝わる女の妖精であり、家人の死を予告すると言われている。

バンシーの泣き声が聞こえた家では近いうちに死者が出るとされる。

アイルランド地方に伝わる一説では、バンシーは長い黒髪で緑色の服に灰色のマントを着た女性の姿をしているとされるが、泣き声が聞こえる時は、その姿は見えないという。

その泣き声は、ありとあらゆる叫び声(人間以外も含める)を合わせたような凄まじいもので、どんなに熟睡している者でも飛び起きるほどである。

また、バンシーの目はこれから死ぬ者のために泣くので燃えるような赤色をしているという。

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