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雨降って地固まるとは言うけれど

作者: 緋水月人

 本日はお日柄もよろしい土曜日。諸般の事情によりやけ食い中の篠崎清香(しのざききよか)。花も恥じらう17歳。

 午後3時をすぎたころ、メッセージアプリの着信を告げる音がした。やけ食いに付き合ってくれる予定の友人からだろう。部活が終わったら連絡くれると言っていた。

「んん?」

 アプリを起動して最初に目に入ったのは土下座したライオン。続けざまにメッセージが送られ、清香の表情がひきつった。

『ごめん』

『下駄箱で川下(かわした)くんと鉢合わせた』

『しかもいろいろ見すかされた』

「――っ」

 文章をうつよりも早いと電話をかけた。予想していたらしくコール音は短い。

『もしも』

「とっとときて何があったのか説明しなさいっ」

 まさかの命令と、電話の向こうから聞こえたが気にしないことにした。

 件の川下くんとは清香のやけ食いの原因――ぶっちゃけると前日に失恋した相手だ。


 ことの発端と言っていいのかは不明だが、それは金曜日の放課後。部活に入っていない清香は、下心ありで弓道場に向かった。

 弓道については無知だが自分の学校が強豪と呼ばれること、比例するように施設が整っていることは知っている。競技の性質から声援は禁止だが、近くを通りすぎるくらいならばおとがめなし。

「――っ、か、川下くん」

 静寂が望まれる場所近くで思わず上ずった声がでた。行動の目的となる人物がそこにいたから。

 川下竜也(りゅうや)――弓道部に所属する同学年。常に冷静沈着で周囲よりも精神年齢が高い印象を与える青年は、清香の想い人。

 整った顔立ちということもあり、競争率はそこそこある。一人でいることが多い上に好き嫌いが分かりにくく、また告白されたときの断りかたに容赦がないため、あくまでも「そこそこ」だが。

「――ああ、篠崎さん」

「これから部活なんだ、試合、近いんだってね」

 まさか会えると思っておらず、心の準備がないまま話す。あまりのたどたどしさに顔から火がでそう。

「どうも」

「あ――あのっ、試合ってどこでやるのかな!? 見に行っても」

 切れ長の眼差しに射ぬかれて言葉が止まる。取り返しのつかない失敗をしたと本能が叫ぶ。

「それはどういう理由から?」

「あ、の……」

「――自意識過剰の可能性を承知で言わせてもらうと、好意ありの行動なら断る」

 予断を許さない言葉に息がつまる。

 清香の反応で己が正鵠を射たと悟り背を向ける。それは青年のせめてもの情けなのかもしれない。

 望みを持てないほどに断ち切られた恋心を抱え、少女はしばらく立ち尽くしていた。


「――で? きっちりはっきり説明してもらいましょうか、(みなと)チャン?」

 連絡からおよそ50分後。初夏の天気にさらされた友人に飲み物と座布団を振る舞う。もちろん部屋の温度だってほどほどに下げている。

 茶道部だからかピンと背筋を伸ばして正座する湊。彼女は口を不満げに歪めて清香を見た。

 前日の夜に泣きついた相手、坂口湊。彼女は部活のあとなら傷心パーティーに付き合うと言ってくれた。何事もなければすでにやけ食いタイムを始めていたというのに。

「どこの悪の親玉……」

「やっかましい」

 清香の叫びをため息で流し、湊は「本当に偶然なんだけど」と話し出した。

 この日、湊は部活のために登校していた。いつもなら平日のみの活動だが、指導をお願いしている先生の都合である。部活は開始から片付けまではつつがなく終わった。イレギュラーが生じたのは下駄箱。余談だが彼女と竜也は同じクラス。

 湊は自分が平凡な人間だと知っている。ゆえに友人が失恋した相手と想定外の遭遇をし、動揺したのは悪くないと主張する。いろいろと見透かされてしまったのは申し訳ないけれど。

「っていうかなんでその時間に川下くんが下駄箱に? 大会近いんだからまだ部活してるんじゃ」

「家の都合で早退だって」


『そっか。……え、と……月並みだけど、大会がんばって』

『……言葉に困っているのって、あまり話したことない相手だから? それとも、坂口さんが篠崎さんの友だちだから?』

『――うぇっ』


 普段あいさつぐらいしかしない間柄なのだから、前者の理由で納得してほしかったというのが正直な感想だ。後者に思い至っても音にしないでほしかった、せめて。

 変なうめき声に肯定を読み取って竜也が笑う。友人よ、好きになる人が選べないのは辛いね。

「――それって川下くんの性格をけなしてる?」

「褒められた性格じゃないよね。っていうか遠回しな表現にも関わらず、一発でそこにたどりつくあたり思い当たる節があるんでしょ」

「やかましい」

 はっきり複雑な感情で表情を彩る湊に、どういうわけか竜也は話を続けた。


『坂口さんも言う? 最低なふり方だって。もっと優しくふれって』

『……あー……いや、それは、別に。個人的には、すっぱりフッてもらったほうが諦めつくと思うし。優しかろうがなんだろうが、フラれることに変わりはないわけで……。しいて言うなら、容赦のなさが怖い』

 言葉を濁しても意味はないと正直な気持ちを述べた。もっとも最近抱くようになった気持ちだけれど。

 怖いと言われたにも関わらず、なぜか竜也は満足そうに笑った。

『そう言ってもらえて安心したよ。自分で選んだ自衛手段とはいえ、心が痛まないわけじゃないからね』

『それは――は? 自衛?』

『僕も健全な男子高校生でね。好きな人くらいはいるよ。だから誤解を招きたくないし、下手な希望を持たせるつもりもない』

『……はあ……は?』

 脳内処理が一切追いついていない湊に背を向け、竜也は下校した。


 その後少ししてなんとか情報を処理した少女が清香にメッセージを送り、冒頭に戻る。

 一通り話し終えた湊は足を崩し、目の前のペットボトルに手を伸ばした。蓋を開けて中身を飲む。考えるまでもない行動を意識的に行うのは、友人を見ないため。

 秒針が三周したタイミングで、清香の声が耳に届いた。その声はわかりやすく落ち込んでいる。

「……好きな人、いるんだ……川下くん」

「……らしいよ」

「はー……」

 音を立てて清香がベッドに倒れこんだ。次の行動を悩み、湊は自分が買ってきたスナック菓子を開けること。

 前日の時点ですっぱりフラれてはいる。だからってすぐに気持ちは消えない。まして好きな人に好きな人がいると聞いて、ショックを受けるなというのは無理な話。

「せめてしっかり好きだって言いたかった……言ってフラれたかったよー……」

「……うん、それはまあ、わかるかも……」

「あー……湊も言う前にフラれた口だっけ」

「向こうはわたしの気持ちに気づいてさえいないから、フッたなんて思ったないけどね」

「しかも協力を求められるとかなんて地獄。ってかさー、最上(もがみ)くんの好きな人って誰よ」

「一切協力してないけどね。そこまで人間できてないし」

 湊を無自覚にフッた青年を清香は知っている。なんせ自分と同じクラスだから。

 湊の片思いの相手の名は最上健司(けんじ)。健司は竜也と対照的に高校生らしい高校生だろう。クラスの中心にいるタイプで、行事では率先して盛り上げ役を担う。清香にとっても話しやすいし、好印象だってある。湊が健司を好きだと打ち明けられた時だって、全力で応援する気だった。

 友人が泣くまでは。

 どういう理由で健司が湊を選んだのか知らないけれど、彼は彼女に協力を依頼したらしい。好きな人へのアプローチを手伝ってくれ、と。

 自分など「眼中にない」と言われたも同然。そこで好きだと言えるほど湊は図太くなれない。そして相手を手伝うことで自分の好感度を上げようと企むことも不可能。自分じゃない誰かのために一喜一憂する姿を平然と見ていられるはずもない。

 だから湊は協力も断った。清香だってそうするだろう。

 湊が望まないから、清香は健司に物申したりはしない。それでも怒りとかは生まれるから、中間試験のあたりから健司と距離を置いている。あの時期、友人は試験の順位を昨年度末に比べて二十番も落とし、何も知らない周囲からはだいぶ心配されていた。

「ってーかー! 花も恥じらう乙女でしょ、あたしら!」

「箸が転んでも笑える年ごろでもあるかな」

「二人そろって悲しい夏になるじゃんいやだー!」

「……そういえばもうすぐ夏休みかー」

「夏祭り! 海! 花火! 甘酸っぱい思い出を作るチャンスがいっぱいだっていうのにどういう仕打ちよっ泣くぞ!?」

「泣いていいと思う。そのための日だし。……あー、そうか……」

 湊の声の調子が変わったことに気づき、清香は顔を上げた。清香の目は赤く、そして湊の表情は硬かった。

 心なしか必要以上に力のこもった手で菓子を広げる友人。そして少女は言った。

「玉砕しよう」


 目が本気だった。



 期末試験を一週間後に控えたその日。最上健司は寝耳に水な話を聞かされた。

「は……え? は……?」

「──」

 彼が今話しているのは坂口湊。クラスメイトではないが、最近よく話しかけている相手。理由は簡単、彼女は彼が片思いをしている相手──篠崎清香の友人なのだ。中間試験の少し前に相談し、協力を求めた記憶はまだ新しい。なぜか断られたけど。

 良くも悪くも諦めの悪い彼は、それでもめげずに湊に相談した。『その行動力を本人にむけてよ』という湊の言葉は正論だけど、それができるなら最初から相談しない。

 篠崎清香は気さくで笑顔もかわいい。男子の間ではかなり人気が女子の一人だ。どちらかというとおとなしい湊となぜ仲がいいのか、健司にはわからない。わからないが、1年のころに委員会で面識があり、彼自身もそれなりに友好関係を気づけていると思っていたため、彼はためらわずに協力を求めた。

 なぜ断られたのかわからない。だからって「はいそうですか」とは引けない。中間試験のころより清香と話す機会が減っている気がするのでなおさらに。まもなく来る夏休み、何が何でも周囲と差をつけておきたかった。

 今日も、夏休み始まってすぐ行われる夏祭りに二人で来てほしいと頼み込むつもりだった。というか、その願いは口にした。それに対する返事が意外だった。

「前も言ったけど、協力できない。親友である清香を取られたくないからじゃなくて、わたしは最上くんが好きだから。好きな人に恋愛相談されるってだけでも地獄なのに、さらに協力とかどんな苦行って思わない?」

「な、んだよそれ……俺、知らない……」

「言ってないもん。言えるタイミングもなかったし。でもいい加減、この不毛なやりとりやめたいし」

 清香を恨みかけては自己嫌悪に陥るのもやめたい。だから湊は「玉砕」を決めた。

 淡々と話すのは、そうしないとみっともなく泣きわめきそうだから。くだらないかもしれないけれど、彼女なりのプライドだ。

 人気の少ない裏庭だが、告白スポットの一つでもある。いつ誰がきてもおかしくない。人に見られないうちに、そして自分の意地がもつうちに話を終わらせたい。そう思った湊の心は、次の瞬間に打ち砕かれる。

「あー、あ! あれだろ、罰ゲーム!」

「──は?」

「坂口もそういうのに参加するのなっ。いやー、危うく本気に受け取るところだったぜ!」

「……」

「まー、でもあれだな! 坂口みたいなタイプが言うと、すぐには冗談だってわかんないしっ。だから俺に言っといて正解だわ。あー、えーと、……で、……」

 健司の目が泳ぐ。足が後ろに下がる。

 逃げるのか。

 頭の中で変に冷静な声が響いた。

 想定外だったからって冗談で片付けるに飽き足らず、その態度も貫けないからと逃げるのか。

「……ふっ、ざけ、ないでよ……!」

 努めて淡々と話したのは認める。本気だと伝わらなかったらそれは湊の態度の問題だ。

 でも現実には伝わっている。挙動不審な態度がその証拠。

 寝耳に水で受け止めきれないというなら、そう言ってくれればいい。冗談にして、なかったことにされるのが一番辛い。フラれるよりも苦しい。

 人の覚悟をなんだと思ってるのか。

 煮えたぎる頭の中には、ほんの少しだけ「こんな人に清香は任せられない」という思いもあった。

「さ、さかぐち、あの、俺……」

「ふざけ、ないでよ! いくらなんでも──!」

「最低すぎんでしょうが!!」

 湊以上の怒りがこもった声が割り込んできた。慌ててふり向く健司。

 声の主──清香は、肩で息をしながら青年にまくしたてた。

「こ、告白が、どんだけ勇気いるものかわかってんの!? しかもフラれるってわかってて、でもケジメつけようって、湊の気持ちを考えなさいよ!」

「きよ、か──」

「最上くんが誰を好きかなんて知らないけど! 少なくとも湊がアンタと付き合うことにならなくてよかったって、心の底から思うわっ」

「清香」

 二回目の呼びかけ。そこで友人は我に返った。顔を泣きそうにゆがめて謝罪を口にする。

「聞くつもりなかったんだけど、通りかかっちゃって、聞こえちゃって」

 余計なお世話だと承知で割り込んでしまったらしい。そのことについてとやかく言うつもりはない。誰かのために怒れるのは、清香の長所だと思っているから。

 むしろその手前の、健司が清香を好きだという話題を聞かれていないことに安堵してしまった。いつかは知るにしても、今はまだ知ってほしくない。気を使われたくない。

「──っ、ごめん!」

「篠崎!」

 もう一度謝って、清香が走り去る。とっさにそれを追いかけて、けれども健司の足が止まった。彼がこちらを気にしているのが分かる。

 しかしその気遣いを受け取る余裕など今の湊にはない。

「行っていいよ。まあ、今の清香にとって最上くんの好感度って間違いなくマイナスだから、いろいろと大変だと思うけど」

「あ、……その、坂口、俺……」

「謝られても困る。清香が怒ってくれたから大きい声出す気力ないだけで、結構ムカついてるから。だからって罪悪感で親切にされるとかいやだし」

 地面を見つめて言葉を紡ぐ。本気で離れてほしい。気力がないのは本当だから。

 なけなしのプライドに感謝するばかり。

「……、……」

 何度か口を開くも言葉は出てこず。やっとの思いで健司は踵を返した。

 足音が小さくなるのを待ち、湊はその場にしゃがみ込む。もう涙を止めることはできない。

「がんばったぁ……わたし」

 まさかドラマやマンガのような展開が自分に起こるとは思わなかったけれど。覚悟した以上の傷を負ったけど。それでも、これでケジメとしよう。

「この夏は清香誘いまくろう……」

 ぽつりと直後、顔を埋めている手に生温いものが触れた。

 さらに人がいるとは思っていなかったため驚く。バランスを崩して尻餅をついた。開けた視界に映ったのはまさかの川下達也。なぜか視線はそらされている。

「は、え、は……」

「──あまり冷えてなくて悪いけど。まあ、聞くつもりはなかったけど、移動できなかったとは言え一部始終を聞いてしまったお詫びに」

 その言葉を聞いて彼の手を見ると、ペットボトルが握られている。未開封なのだろう。

 竜也の手とよそを見ている顔を何度も見比べる。その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

「……できれば、立ち上がってもらえると助かるかな」

「は……っ!?」

 気まずそうに続けられた言葉で、自分の姿勢に思い至る。尻餅をついている、その体勢に。

 沸騰しそうになりながら思わずその場に正座し、頭を下げた。

「いろんな意味でお見苦しいものをお見せしました……」

「いや、まあ……こちらこそ申し訳ないというか。ここがそういうこと(・・・・・・)の定番スポットだって知ってはいたんだけど」

「それはそうなんだけど。でも人がいるかの確認をしなかったのはこっちだから……本当に、苦痛な時間をすごさせてごめんなさい」

 クラスメイトの修羅場を目撃するなんて、苦痛と呼ばずしてなんという。

 もちろん、湊のダメージも大きい。誰が失恋の決定的場面を目撃されたいものか。

 あらためて差し出されたペットボトルは丁重に断る。彼に非はない、気持ちだけ受け取ろう。

「……あえて空気を読まずに聞くけどさ。坂口さんはケジメをつけたかったの?」

「……」

「なんでそんな顔をするの?」

 そんなとはどんな顔か。疑問が顔に出ていたのか「鳩が豆鉄砲を食ったような顔」と言われた。

「いや……川下くんがそういうことを聞いてくるとは思わなかったから」

「まあ、そうだね。基本的には、気にしないし聞かないかな。僕に関係ないことだと思うし」

 ならばなぜ、という湊の言葉をさえぎるように彼は言葉を続けた。

「でも好きな子のことに関しては、無関心でいられないよね。一応僕も健全な男子高校生だし」

「……はい?」

 何度目かの驚きが、湊の口から漏れた。



 運動部にこそ所属していないが、そこそこ運動ができる自分に健司は感謝した。おかげで時間をかけず、かつ人の目が増える前に清香を捕まえることができた。

「篠崎! 頼むっ、話をさせてくれ!」

「いやに決まってるでしょ! 告白を断るならまだしも、否定しておいて!」

「それについては悪かったって思ってる。俺だって最低だってわかってる!」

「謝る相手が違う! 湊に謝んなさいよ!!」

「その坂口が、今謝られても困るって言ったんだよ! 正直俺も頭冷やしたいし、お前にも言いたいことがある!」

 勢いのまま言いかけるもなんとか踏みとどまる。

 教室から離れているとはいえ、学校の敷地内。大きい声で言い合っていたら集まられてしまう。そんな中で弁明できるほど健司の肝はすわっていない。

「頼む、少しだけでいいから話聞いてくれ。言い訳だってわかってるけど」

「……っていうか、あたしに言い訳する必要なくない? あたしに何を話すのよ」

 もっともな問いに息を飲む。とりあえず場所を移動してほしいと伝えた。それから話す、と。

 少し離れたところにある空き教室に入る。話をするには遠い距離に立たれたのは、警戒というよりも怒りのためだろう。当然だ、親友の気持ちをないがしろにした人間と、友好的に話せるわけがない。

 つくづく数分前の自分を殴りたいと思いつつ、健司は口を開いた。

「言い訳させてほしいのは、話をしてほしいのは──俺が、篠崎を好きだからだよ」

「……は?」

「確かにさっきの俺の態度は最低だよ。篠崎が怒るのも当然だと思う。でも、それで終わりにしたくなくて──」

「ストップ、待って」

 先ほどまでとは違う固い声に止められた。見ると清香の表情がこわばっている。

「じゃあ、最上くんが湊に協力をお願いしたのって、湊のクラスメイトが好きだからじゃなくて、湊があたしの親友だから?」

「あ、ああ……。っても、断られてたけど」

 今にして思えば当たり前だ。彼女は自分を好きだったのだから。

 知らなかったとはいえ、ひどい願いをしていたと思い知る。

 話を続けていいか聞こうとしたとき、清香が悲痛な声をあげながら顔を覆った。

「そりゃ言わないわけよ、言えるわけないじゃん。最上くんが誰を好きかなんて。ちょっと待ってよあたし、あの子に無神経なことしてないかな嫌だ本当に心配。あとでしっかり話し合おう」

「篠崎……?」

 小さい声で何かを呟いている清香。その内容はまったくわからなかったが、自分の存在を思い出してほしくて名前を呼んだ。すると睨まれた。

 思わず背筋が伸びる。

「悪いけど、あたしの中では湊のほうが最上くんより優先順位上だから」

「……だよなぁ……」

「それにあたし失恋したばっかりだし」

「だよ──はぁ!? 誰にっ?」

「言う必要ないでしょ」

 正論で一刀両断された。

 それでも声音は先ほどより和らいでいる気がする。

「さっきのはまあ、怒りに任せた部分もあるけど。でもぶっちゃけ、今告白されたって返事はノー一択。っていうか人の親友使ってるのもマイナスだし」

「お、おう……」

「なので、湊にはこれまでの態度と先ほどの態度の全部を誠心誠意謝って。話はそれからよ」

 耳が痛い言葉に頷きかけてハタと気づく。「話はそれから」と言った。

 それはつまり。

「チャンスはあるって思っていいのか?」

「知らない。だって今の時点ではマイナスだもん」

 それでも否定はしないし、完全に拒否もしないでくれるらしい。

 最低なことをした自覚がある分、それだけでも今の健司にはありがたかった。



 竜也の言葉により、湊の頭から清香の子とも健司のことも追い出された。気づけば涙も乾いている。

 茫然としたまま見上げてくる少女に苦笑し、竜也はその場に膝をついた。自然と視線が近くなる。

「そんなに驚く?」

「それは、まあ……理解が追い付いていないところもある、けど……」

「だろうね。正直、隙とか失恋のショックに付け込んでる部分もあるし」

「うん?」

 今度は引きつった表情を浮かべる湊を観察しつつ、さりげなく手を取って立ち上がらせた。

「誰かまではさすがに知らなかったけど、坂口さんが誰かを好きなのは気づいてたんだよね。勝ち目のない勝負はしない主義なんだ。だからさりげなく様子は見させてもらってたよ」

 それでも今日の展開は予想していなかったけど。

 物騒とも取れる竜也の言葉に湊の足が下がる。しかし手を取られたままなので逃げられない。逃がすつもりもない。

「まあ、ひどい形の失恋した上にそれを目撃した相手から告白されても頷けないとは思うけどさ」

「そこまで分かってるなら言わないでほしかったのが正直なところなんだけど……非常に申し訳ないけど」

「でもせっかく目の前に転がってるチャンスを逃すのももったいないと思うんだよね」

「そうだとしても日をあらためよう……切実に。今向き合うとかムリだよ、さすがに」

 追い詰められてもなお、タイミングだけを非難する。湊のその誠実さが竜也にはまぶしい。

 だからそれを言葉にした。

「そういう真摯なところも好きだよ。だから俺との新しい恋、考えてみてね」

 困惑に表情を染めながらも、湊の口から拒絶が出ることはなかった。

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