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第六話 星間飛行

 船の振動が収まった。二隻の宇宙船はメインエンジンの噴射をやめても猛スピードで航行し続けているが、中のクルーにも同じ力がかかっているので次の噴射までは自由にシートから離れて動き回ることができる。これはヴィクセン部隊がケンネルを離れたとしても同じことで、自ら減速したりしなければ宇宙空間を渡ってパスファインダーへまっすぐ帰れることだろう。

「それでは、我々は母艦へ帰らせてもらう」

「旅は始まったばかりです。今後ともよろしくお願いしますね」

「うん。艦長に伝えておく」

「ガイアへはどれぐらいで着くんですか?」

「まだまだ何ヶ月も先だ」

 ブランより早くテウメッサがシリウスに答えた。

「ナンカゲツ?」

「そうか、テラには月がないから……。地球では月の満ち欠けがひと巡りする期間を一ヶ月というんだ」

「ツキって?」

「そこからか!」

「シリウス君。ガイアの衛星、テイアのことです」

「学校で習ったでしょ!」

「テイア?テイアね……?」

 正面モニタの映像がガイアを中心とした視点に切り替わり、二つのマーカーが表示された。画面中央の青い輝点にひとつ。もうひとつのマーカーの位置にはなにも見えない。

「現在のガイアの視直径はこれぐらい。そしてこっちがテイアです」

「こんなに遠いの!?」

「そう。これほど離れた場所に物や人を送り込むというのは、たやすいことではありません。戦後行われたガイア探査計画の三分の二は失敗、残るわずかな成功例でも地表に知的生命の活動の兆候は発見できず、話し合いの試みはすべて徒労に終わりました。このケンネルは皮肉にも惑星間核攻撃の実績から培われた技術によって飛んでいますが、私達も無事に辿り着けるかどうか……」

「地表を探しても無駄だ。我々は汚染された都市を捨て、地下深く潜ったんだ。挨拶代わりに核ミサイルを撃ち込んでくるような輩とは関わりたくなかったからな」

「でも、あの男の子のカプセルが地球に届いたのは、レイヴンの空襲よりずっと前よね?」

「男の子?ああ、プロキオンか……。我々は貴様らテラと話し合うつもりなどなかったが、使者を立てざるをえなかった。プロキオンはどちらかというと、地球人のフラストレーションの犠牲者だったんだ」

 核の雨に怯えていたガイア人も、陽光の届かぬ世界で息を潜めて暮らす毎日にそう長くは耐えられなかった。世界各地で不満が殺し合いとなって爆発し、世代が移ると暴動はいっそうひどくなった。このままでは敵に見つかる前に自滅してしまう……。危険を冒してでも地上へ出ようとする人々を抑えきれなくなった各国政府の協議の結果、軍人でも政治家でも学者でもなく、年端もいかない子供がガイア人代表として、ひとりぼっちで宇宙へ打ち上げられた。

「あの子はカプセルの中で死んじゃったのよ!どうしてそんなことを!」

「大人は嘘をつくからだよ」


 ランデヴーポイントへ到達してもガイア艦隊は見つからず、星々に彩られた無音の宇宙をさまよううち何日もの時が過ぎ去っていった。どこに敵が潜んでいるか分からない状況ではあったが、二隻の宇宙船は全方向に救難信号を送り続けた。互いの存在に気づかぬままガイア艦隊と行き違って本当に戦争が始まってしまうよりはましだ。

 装甲貨物船ケンネルにはクルー全員の生命を数年保証するだけの物資と機器が積み込まれていて、シリウスも地球でハウンドから逃げ惑っていた頃より頻繁に身体を洗うことができた。浴室に並ぶ円筒形のシャワーポッドの前で服を脱ごうと悪戦苦闘していると、その背後のポッドの赤い警告灯が緑に切り替わって突然ハッチが開いた。五つのポッドから同時に出てきたのは、銀の鳥部隊のおねえさん達だった。

「おわっ!?」

「かーわいー!」

「ちっちゃーい!」

 シリウスは全裸のライカ達に空中で好き放題もみくちゃにされた。シャワールームとバスタブを兼ねるシャワーポッドの中では、窓のない内壁を這うシャワーヘッドがボディソープ入りのお湯で全身をくまなく高圧洗浄したうえ、船室を濡らさないようにポッド上下のファンで温風乾燥までしてくれるので、タオル一枚持ち込む必要がない。湯気を発する五人のおねえさんの引き締まった肢体は毛皮に包まれてどうせなにも見えないのだが、子供相手に前を隠す者などいなかった。

 ポッドから上がると、浴室のソファでいつものパイロットスーツ姿のライカがゼリー飲料をしゃぶりながらくつろいでいた。シリウスの着替えが済むのを待って未開封のひとつを差し出す。話がある、という意味らしい。

「ガイアの連中と模擬戦をやってみたい。きみの同意がもらえ次第、ドクターブランにも話す」

「いいですけど、なんで?」

「ラジオ放送を垂れ流している以上、敵は必ずあたし達の存在を嗅ぎつけてくる。訓練もなしに、いきなり協力してオルトロスの群れとやりあえると思う?」

 ヴィクセン部隊との散々な戦闘を思い出してシリウスは頭を掻いた。そうだ、宇宙空間でライラプスを操る練習をしておかないと。

「それから、連中の腹を探る目的もある。今度のことは勘違いだったみたいだけど、それはそれとして、あいつらが地球に対する野望を持ってないとは限らないからね」

「ライカさんはガイアの人達を疑ってるんですか?」

「相手の腹の底が見えないんなら、いっそ仲良くなっておこうってことさ。じゃあドクターにかけあってくる」

「ゼリーありがとうございました……あ、そうだ」

「なに?」

「ブランさんってお医者さんなんですか?」

「ドクターには博士って意味もあるけど、あの人はあたしの背中の特注メカをメンテナンスしてくれてるんだ。知ってる?兵士のサイボーグ化技術はドクターブランが発明したんだよ?」

「そうなんだ」

「……触ってみる?」

 ライカはソファに座り直し、シリウスに背を向けて赤いパイロットスーツを肩胛骨の下まではだけた。肌着の周りにはまだ熱気が滞留している。後頭部から背骨に沿って埋め込まれている、レーシングカーのカウルのような光沢のある赤いパーツを指先で下へなぞってゆくと、ライカの毛が逆立った。

「ひゃっ、継ぎ目はだめ!」

「ごめんなさい!」

 背中の動きに連動して、普通の骨格ではありえないシリンダーのようなものが肩胛骨の奥でうごめいた。うわ、毛皮の中も機械なのか。

「でも全部がメカじゃないんですね。たとえばの話、首から下を丸ごとロボットの身体に交換しちゃえば、もっと頑丈になりそうなのに」

「全身の三〇パーセント。そこを超えると流動食しか食べられなくなる。パイロットにとっちゃ生身の内臓なんて弱点以外の何物でもないが、あたしは赤ちゃんを産みたいから、大事な部分だけは残してあるんだ」

「好きな人、いるんですか」

「きみの子供なら考えといてあげるよ」

 シリウスは最後に尻尾を触ってみたが、艶やかな毛の奥はさすがにメカではなく、悲鳴を上げたライカの腋に抱えられたまま頭をこねくり回されてしまった。部下達が浴室に戻ってきたので、ライカはあわててパイロットスーツのファスナーを上げた。サモエドは緑、ハスキィは青、マラミュートは桃色のパイロットスーツをそれぞれ着ている。

「パトロールさぼってどこに行ったのかと思ったら、抜け駆けかい!」

「シリウスくんはみんなのぬいぐるみなんだからね」

「模擬戦の話をしてただけだって!」

「半裸で?またまたぁー」

「隊長、クィンミクがそろそろ帰ってくる」

「はいよっ」

 四人のおねえさんは微笑んでシリウスに手を振ると、浴室にボディソープの香りを残してさっさと引き上げてしまった。ライカ隊のおねえさん達は全員サイボーグだった……俺には装甲作業服があるけど、サイボーグになればもっと無茶な操縦ができるんだろうか?シリウスはよく冷えたゼリー飲料を飲み干して、備え付けのダストシュートにパウチを捨てた。

 サイボーグとパワードスーツ、侵襲型と非侵襲型。ある意味、これが二人の科学者の科学倫理に対する考え方の相違の象徴で、ブランは兵士の能力を底上げするためなら機械部品による人体改造も厭わなかったが、博士は戦闘用ロボットや軍用コンピュータを作りはしても、機械と人間は互いの合意の上で協調するべきだと考えて、装着式や乗り込み式にこだわった。そして融合と共存というそれぞれの信念がハウンドという課題を突きつけられたとき、レイビィシステムとライラプスを生み出したのだった。


 ライラプスの腕部機関砲の弾倉にペイント弾が装填されてゆく。博士が設計図を用意してくれていた空間戦闘仕様へのアップデート作業は、装甲作業服を着込むマイラがなにもかも取り仕切っていて、手を貸そうとするブランを決して近寄らせなかった。ロボット達の手で両肩と両臑に取り付けられている増設スラスターはグレイホークの宇宙用複合ユニットを流用したものだ。設計段階から宇宙空間での活動を想定して開発されたグレイホークは、このユニットを尾部にポン付けするだけでスラスター噴射による姿勢制御に対応できる。

「地球を守るグレイホークに宇宙用オプションだなんて、ずいぶん用意がいいんですね」

「地球防衛軍は平和維持軍と規定されていますが、事実上の対ガイア軍です。人類は戦争をやめたりはしない。みんな手ぐすね引いてこの時を待っていたのよ」

「ブランさんも戦争がしたくて宇宙に来たんですか?」

「さあ、どうかしら」

《いつまで待たせる気だ。こちらは準備万端だぞ、さっさと出てこい》

「マイラさん、先方がお待ちかねですよ。調整はそのくらいにしておきなさい」

「言われなくても分かってますーっ!」

 シリウスは格納庫の床を蹴った。

 ガイア軍との模擬戦は二対二で行われることになり、初回はシリウスとライカが地球側から、テウメッサと部下一名がガイア側から参加した。正直なところ、ライカはこの機会を利用して生意気なお嬢様にひと泡吹かせるつもりでいたのだが、アロペクスの性能とテウメッサの練度は想像以上、回数を重ねても銀の鳥部隊で彼女にかなう者は誰一人いなかった。サイボーグでもないテウメッサが大人に混じってパイロットをやっているのは単純に強いからで、強さに裏打ちされての態度だったのだ。だったらなおのこと、鼻柱をへし折ってみせなければ。ライカは燃えた。一方シリウスはアロペクスに負けるたびライラプスの増設スラスターの取り付け位置や個数を変えて挑んだものの、機体に振り回されるばかりでたいした成果は挙げられずにいた。そんなときシリウスにひらめきを与えたのが、とある整備ロボットだった。

 シリウスとライラプスの旅に研究所からずっとついてきているロボット達の中に、マイラが“おやっさん”と呼んでいる最古参のヒューマノイドがいた。格納庫にマイラがいないときはおやっさんがロボット達のまとめ役になるのだが、行き詰まったシリウスが壁にもたれてライラプスの整備の様子をぼんやり眺めていると、おやっさんの無駄のない動作にふと気づいた。空中で体操選手のように身体をひねり、進行方向を変える瞬間だけ、シリウスやマイラが使っているのと同じ圧縮空気スラスターをごく短く噴かしている。……スラスターを使うってことは、その方向に見えない足場を作るってことなんだ。スラスターに頼りすぎるなってライカさんにも言われたけど、そういうことだったのか。シリウスはすぐさまライラプスのスラスター配置を博士が設計したとおりに戻し、その作業の中でおやっさんの体捌きを身につけていった。ロボットに性別はないが、男と男の言葉なき対話の場にマイラが割り込む隙などなかった。

 テウメッサとの幾度目かの再戦のときがやってきた。ガイア軍の戦法はいつもどおり、素人同然のシリウスにはお遊戯をさせておいて、二人がかりでライカを潰す。ところが今日のライラプスの動きはこれまでとは違っていた。持ち前の加速力でライラプスを引き離したアロペクスが母艦から離れすぎないように変形機構を利用して急制動をかけ、再度変形して別方向へ急加速すると、ライラプスも追いすがってくる。

《この私のマニューバについてくる……あいつ、反作用を使いこなしているのか!?》

「そうだ!俺の一挙手一投足が作用と反作用を生んで機体を振り回す。でもその動き自体を方向転換に利用すれば!」

《四つん這いがよちよち歩きになったところで!》

「それだけじゃない!ライラプス!レイビィシステム、起動!」

 ライラプスのカメラアイから赤い光が奔った。

《なにやってんだ!演習で船を沈める気か!》

 ヴィクセンをあしらうライカの心配をよそに、急反転のタイミングを見切って先回りしたライラプスは未来位置への牽制射撃でテウメッサの頭を抑え、ついにアロペクスを捕まえた。ライラプスは宇宙からやってきたロボットだ。シリウスなどよりよほど宇宙空間に慣れているというのに、むりやり手綱を取ろうとして機体をいじくり回しすぎていた。この戦いは二対二ではない。手綱を握ったうえでライラプスの自主性に任せれば三対二だ。

《放せ!!》

「放さない!!」

 テウメッサはアロペクスを人型に変形させてライラプスを振りほどいたものの時すでに遅く、ライラプスクローの四つのパーツに取り付けられた塗料スプレーが、アロペクスの胸部装甲に格子模様の爪痕を刻んだ。


《お嬢様!敵襲です!》

 パトロールに上がっていたヴィクセンが帰ってきた。インカムの向こうでつかの間沸き起こった歓声に酔いしれる暇もなく、その場に居合わせる全機のモニタにいくつもの赤いマーカーが表示されてゆく。ヴィクセン部隊のモニタ上でも赤いということは、ガイア艦隊ではない。いびつな葉巻型の黒い艦隊からオルトロス部隊が攻め寄せてきたのだ。

《やっぱりか……!本隊はきっとあいつらにやられたんだ》

《ペイント弾じゃ戦えない。あたし達は母艦に戻ろう》

 パスファインダーの艦長からブラン宛てに、逃げるかそれとも迎撃するかという質問が入電した。併せて、逃走先として艦長はテイアを提案してきた。テイアの地下にはガイア軍の宇宙基地があるからだ。

「なるほど、確かにタイミングがいいわ。エンジンを噴かすのなら、いっそ軌道投入に利用してしまおうというわけね」

《銀の鳥部隊はいつでも出られる。どうしたらいい?》

「うーん……逃げるべきだと思いますが、推進剤を使いすぎました。ここで軌道を変更すれば今度こそガイア行きはあきらめざるをえない。その点を彼女にはかってみます」

 マアトはなんの反論もなくテイアへの予測進路と周回可能期間を示し、またも一行は尻尾を巻いて逃げることになった。だが、地球はどんどん遠ざかり、背後では不気味な黒い宇宙船の群れがシリウス達の帰路を幾重にも阻もうとしていた。この黒い大艦隊を二隻の戦力だけで突破することは、もはや不可能だった。

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