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第五話 テウメッサの狐

 第一宇宙速度に到達したライラプスがロケットブースターの第三段を切り離すと、操縦システムがオートからマニュアルに切り替わってハンドルに手応えが戻ってきた。敵影、三。すべてオルトロス。基部に残るブースターは使い捨てではないので、シリウスのアクセル操作に応じて自由に増速できる。カメラアイを赤く点灯させたライラプスは両腕のライラプスクローを振りかざしてオルトロスの真ん中へ突っ込んだ。ところが接近してみるとその姿はオルトロスではなく、レイビィシステムのワクチンは敵に対してなんの効果もなかった。

「かかった!スパイダー・ウェブ!」

 三体のヴィクセンがぱっと散り、一体がライラプスを引きつけるあいだに他の二体がガンランチャーを構えてロケット弾を発射する。ライラプスの未来位置で炸裂したロケット弾から無数の金属球がばら撒かれ、急制動も間に合わずシリウスは散弾の雨を浴びてしまった。暴走するライラプスは自分の身体が傷つくのも構わずヴィクセンに追いすがるが、その進路上には必ず仲間のヴィクセンが配置した散弾の盾が待ち構えている。

「止まれ!ライラプス、緊急停止!」

 シリウスがリバーススラスターを噴かすと高度計の数字が赤く点滅しだした。今の制動で周回速度が相殺されて、機体が地球の重力に負け始めているのだ。もしスラスターとブースターの出せる最大推力を重力加速度の大きさが上回れば、ライラプスはどうやっても宇宙へ這い上がれぬまま空力加熱によって燃え尽きることになる。シリウスを引っ張っている地球も、地球を引っ張っている太陽も、太陽を引っ張っている銀河さえも、宇宙ではあらゆる物体がどこかへ()()()()()()()()()()だけであり、なんの支えもなく虚空に浮かんでいられるわけではない。面倒くさっ!これが運動法則ってことか!

「しつこい奴……。考えなしに突っ込んだかと思えば、制動もおぼつかず溺れている。こいつは馬鹿なのか?」

《普通のハウンドとは違うようですね》

《いかが致しましょう?》

「私がとどめを刺す!」

《《了解!》》

 逃げるヴィクセンが手足を畳んで鏃のような鋭い二等辺三角形になった。変形能力を持つヴィクセン改・アロペクスの高速飛行形態での加速力はライラプスとは比較にならず、ブースターをいくら噴かしてもぐんぐん引き離されてしまう。充分に距離を取ったアロペクスが変形機構を利用して急反転、両翼の二対のミサイルを全発射しつつガンランチャーの弾倉をとどめのスラッグ弾に切り替えたとき、シリウスに迫る四つの飛翔体が何の前触れもなく光に包まれて自爆した。

「高熱源反応?なんだ!?」

 地球を一周したコンテナが十個以上のモジュール同士を超硬度ワイヤーで縦横に繋いで合体しながら、周回遅れのライラプスに追いついたのだ。レーザー砲が火を噴き、軌道上にばら撒かれた散弾を蒸発させてゆく。その火力支援を受けて銀の鳥部隊がシリウスを助けに来た。

「ライカさん!」

《できそこないの宇宙船など!》

 ヴィクセン部隊は宇宙船をロックオンするとガンランチャ-の弾倉をミサイルに切り替えて翼下ミサイルとともに一斉射したが、グレイホーク部隊が迎撃できなかったぶんのこぼれ弾も不可視のバリアにぶつかって、船体にかすり傷ひとつ付けることなく爆発した。なにしろ核攻撃を防ぐバリアである。ライカは無線をわざと混信させて敵に呼びかけた。

《そこのオルトロスもどき、聞こえているな?こちらは地球防衛軍だ。武器を捨てて遭難機を引き渡せ。繰り返す、ただちに投降しろ》

《ふざけたことを!》

「待て。あの艦載機はレイヴンじゃない」

 ガンランチャーを腰部ウェポンラックに固定して両手を挙げた三体の背後にガイア軍の母艦がゆっくりと現れたが、アロペクスからの連絡で戦闘には至らなかった。


《エアロック連結、全モジュール異状なし。装甲貨物船ケンネル、ドッキングシークエンス完了》

 パーツが噛み合う振動に続いて姿勢制御スラスターの噴射音が響いた。宇宙では船体が流線型をしている必要などないので、完成した宇宙船はレーザー砲とバリア発生器が突き出ている以外にはなんの飾り気もない箱だ。しかもその大部分がエンジンとバッテリーであり、クルーの乗るモジュールは艦首側のわずかな区画にすぎない。いくつものパーツに分割してマスドライバーから打ち上げる都合上、機関部のコンテナと居住区画のコンテナとはそれぞれ赤の塗装と白の塗装でわかりやすく区別されていた。着艦を終えたライラプスの背中からブースターが基部ごと後ろへスライドし、露出したコアライダーのシートでシリウスがひと息つくと、マイラが格納庫の床を蹴って人目をはばからず抱きついてきた。尻尾を振って頬ずりするたび、目尻から涙が小さなガラス玉になってふわふわと飛び散った。

「シリウス!」

「マイラ!」

「やれやれ。ドッキングしながら砲撃なんて、ドクターも無茶するね」

「合体中だからといって敵は待ってくれないでしょう?」

「この船の責任者はどこだ」

 ヴィクセン部隊は母艦へは帰らず、屈強な二人の部下を引き連れて女の子が乗り込んできた。

「これは驚いた!異星人だというのに言葉が通じるとは」

「そんなことはどうでもいい。地球防衛軍のテウメッサだ。貴様ら、どういうつもりだ?説明しろ」

「地球防衛軍?」

「話がややこしいわね。あなた方はガイアから……この星の外側を回る隣星から飛んできた軍隊ということで間違いありませんね?」

「そうだ。テラでは地球のことをガイアと呼んでいるのか?」

「ああ……なるほど、解りました。そちらの星はガイア、こちらの星はテラ。ひとまずそれでいきましょう。()()防衛軍のブランです。艦橋へご案内します」

 簡単な自己紹介を済ませたあと、一同は格納庫から立ち去った。ブランはガイア軍の三体の巨大ロボットを点検整備というていでロボット達に調査させることを忘れなかった。高速飛行ユニットを背負う機体はオルトロスとよく似ているが、ヴィクセンの翼ははばたかない。前後にスライドするだけなのだ。格納庫では基部のメインエンジンごと折り畳まれて収納形態になっている。通路の床を蹴って艦橋へ向かう途上、テウメッサの部下のひとりをライカが呼び止めた。

「ガイアのお姫様は、なんであんなに態度がでかいの?」

「なにを言うか。テウメッサ様は名門アンサー家の御令嬢、我々も部下というよりは従僕なのだ」

「へぇ、そんな子が最前線でパイロットをね……。名家の出なら他人には礼儀を尽くすものだろうに、よっぽど甘やかされて育ったんだな」

「余計なお世話だ。そもそもテラ人は地球人に対して負い目があるということを忘れるな」

 ライカには返す言葉もなかった。


 艦橋の正面モニタにM、A、A、Tの略称と細長い羽根のロゴマークが表示された。

「ここに揃った八名のメンバー以外、ケンネルに生身のクルーはいません。多重拡張型自律戦術コンピュータ“マアト”、彼女がこの船のすべてを司っています」

「多重拡張型自律戦術コンピュータ……」

「多重拡張型自律戦術コンピュータ……!」

「たじゅ……っ?」

 シリウスは舌を噛んだ。

「戦後、私の師匠が開発したマアトは、司令部のターミナルシステムから戦闘用ロボット一体一体の頭脳に至るまで、あらゆる用途に採用されている史上最高性能の軍用コンピュータで、いかなる命令も彼女自身の“良心”に照らして納得したうえでなければ従わないという特徴を持っています。彼女の使命は、核戦争につながる危機を全力で予測し回避すること。ふふっ、滑稽でしょう?考えてもごらんなさい、ミサイルの一発一発が、これから標的に命中するべきかどうかを熟慮してから飛んでいくんですよ?ところが、この馬鹿げたアイデアが案外上手く作用したおかげで、人類はこれまでのところ世界平和を保っています。弾道計算機として発達し、かつては核戦争を手助けしたコンピュータに、自我を持たせることで歯止めを掛けさせる。それが人の愚かしさに対して先生が出した答えだったというわけ」

「その科学者はよほど人間嫌いなのだな」

「人類のためを思えばこその発明だろう」

「戦争への反省から作られたテラの兵器が戦争を招くはずがない、ということか。馬鹿も休み休み言え……コンピュータに委任するだけで世界平和を実現できたら苦労はない。なら地球に押し寄せるレイヴンとハウンドの群れは、いったい誰の仕業だ?」

「そっちでもハウンドっていうんだ」

「貴様、あの機体は追加装甲で偽装しているようだが、中身はハウンドだろう。違うか」

「ライラプスは鹵獲したハウンドの改造機なんだよ。俺達の星に自前の人型巨大ロボットはないから、仕方なかったんだ」

「ふむ……。コンピュータ、我々はテラを滅ぼしに来た報復部隊だ。もし脅威と判定するのなら、我々の母艦を今すぐ撃沈してみせろ」

「お嬢様!?」

「いいから見ていろ」

 モニタの映像が実景に切り替わった。衛星軌道上を併走する四角いケンネルと流線型のガイア艦の前に、ところどころ黒い棘と赤く光る窓のあるいびつな葉巻型の宇宙船がいつの間にか現れ、地球の青白い大気の底へ黒い羽虫のような点をいくつも吐き出してゆく。そして、その羽虫の一部が本隊と別れてこちらへ向かってきた。今度こそ本物のオルトロス部隊だ。

「あれは……!!」

「お分かり頂けました?あの宇宙船があなた方のものでないという確証が欲しい。これより私達はガイアへ向かいます」

「我が軍の船であるものか!……地球からテラへ、主力艦隊が我々先遣隊を追ってきている。早く知らせないと!」

 一同は頭を抱えた。勘違いで惑星間戦争が起きようとしているから、というだけではない。ガイア偵察作戦は往路と復路を含め厳密にスケジュールが決まっており、事故に備えて若干の余裕を持たせてあるからといって、むやみに軌道を変えれば推進剤が底をついて宇宙をさまようはめになる。

「パスファインダーへ戻りますか?」

「そんな余裕はない。通信士席はどこだ?無線を貸せ」

 結局、テウメッサも部下達も地球製の通信機器の使い方が分からず、ロボットに操作させることにした。ケンネルとガイア艦“パスファインダー”が報復艦隊にいち早くランデヴーするための航法データをやりとりするあいだに、ブランはマアトのミッションコントロールを呼び出した。天文台やレーダーサイトなどの電波を送受信する施設はことごとくレイヴンに潰されているので無駄かもしれないが、ガイアへ発つ前にどこか地上の基地へ敵艦の位置を通報しなくてはならない。航法データを検討したマアトはミッション変更を受け入れ、瞬く間に旅程を再計算した。

《偵察情報送信完了。軌道投入シークエンス、カウントダウン開始》

「やばい……噴射が始まったらGがくるぞ!みんな、そのへんのシートに座れ!」

 艦橋にはブランが陣取る艦長席の他にコンソールの前にもロボット用のオペレータ席が複数用意されているが、三名の来客のせいで補助席を引っ張り出してもシートが足りず、シリウスは再びライカの胸に頭を預けて激震に耐えることになった。そんなシリウスを斜め後ろから見たマイラは黄色いパイロットスーツのクィンミクの膝の上で溜息をつくと、不満そうに頬を膨らませてそっぽを向いた。地球を回る二隻の宇宙船はメインエンジンに点火して増速し、謎の黒い宇宙船の上をかすめて衛星軌道から離脱した。

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