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第四話 スペース・ポート

 満天の星空の下、寄せては返す波打ち際に、シリウスとマイラは二人並んで腰を下ろしていた。改造中のライラプスと宇宙船を大人達が守るあいだ、明日の出発に備えて眠っていなくてはいけない時間だが、寝床をこっそり抜け出してきたのだ。理科の授業で見せられた青い星は、いざ自分の目で探そうとしても、瞬く星々に紛れて区別がつかない。

「きれいね……」

「あの星空のどこかにガイアがあるんだよな」

「今ごろ地球の反対側かもよ?」

「明日行く星なのに?」

「地球もガイアも絶え間なく自転しながら太陽の周りを回ってるから、宇宙船はこう……ぐるーっと渦巻きの軌道で、何十日もかけて飛んでいくのよ」

 マイラは指先で夜空に渦を描いた。

「一番近い星に行くだけで何十日も!?そうなんだ。マイラは物知りだなぁ」

「ちょっと、しっかりしてよシリウス!ライラプスだってこれからは宇宙で戦うんだから、運動法則ぐらい知っておかなきゃ」

「宇宙って不思議だよな。星空が俺達の上にあるんじゃなくて、俺達のほうが上も下もない星の海にいるんだ。その海原で、なんの支えもなく地球がぽっかり浮かんでるなんてさ。遠くの星でも誰かが地球を見上げてるのかな」

「星の海か……。そうね、少なくともガイアには人が住んでるんだものね」

「……」

 シリウスやマイラが生まれる前、あの子も地球へ飛び立つときには空を見上げ、はるかな隣星に思いを馳せたはずだ。落ちてきた子供、ガイアの少年……。もし生きていたら、おまえ達を根絶やしにしてやるなんて言っただろうか?ガイアの大人達は本当に脅しのつもりで、このあと戦争を仕掛ける星に、たったひとりあの子を送り出したんだろうか?

「わたし、シリウスと宇宙へ上がることになったのは運命だと思う。地球にも子供がいるんだってことをガイアの人達に知らせて、必ず一緒に帰ってこよう?そしたらシリウスの、お……」

「ここにおったか!探したぞ二人とも、心配かけおって」

「お、おじいちゃん!!」

「お……?」

「うん?邪魔したかの?」

「なんでもないわ!」

 一人でやってきた博士は子供達をすぐには連れ帰らず、神妙な面持ちでマイラの隣に座り込んだ。生ぬるい夜の潮風が三人の毛皮を撫で、波音にしばし耳を澄ませたあと、博士は口を開いた。その重々しい話しぶりはまるで遺言だった。

「お前達に伝えておきたいことがある。わしはガイアへは行かん」

「どうして!?」

「じじいの体力では宇宙旅行はしんどい。それに、地球ここでやり遂げねばならん仕事がある。都市防衛システムの再建じゃ」

 空港の格納庫に運び込まれた防衛システムは、バリアが宇宙船の全体をカバーするように再構成され、そのついでに最新技術を用いて改良を試みた結果、レーザーとバリアの性能アップに成功した。これと同じものを世界中に建設すれば、レイヴンに加えハウンドの侵入をも防ぐことができる。もっとも、新型のオルトロスが出現した今では時間稼ぎにしかならないかもしれないが。

「ライラプスの整備はどうするの!」

「お前がやってくれ。ブランもおる」

「あの人と一緒なんていやよ!」

「なら、わしと残るか?」

「それは……もっといや……。シリウスと離ればなれなんてありえない……」

「決まったな。シリウス、孫娘を頼むぞ。ライラプスにはできる限りのことをしておいた」

「はい博士」

「ブランは……あれは無駄に好戦的で、こうと決めたら人の話を聞かんようなところがあるが、科学者としては紛れもなく一流じゃ。わしと反目しておるのは、ただ科学倫理に対する姿勢を巡ってのこと、お前達には関係ない。地雷を踏まんように上手く付き合ってやってくれ。……さ、帰ろう」

 地球の夜空はこれで見納めになってしまうかもしれない。マイラは星明かりを映してきらめく黒い水平線をもう一度だけ振り返り、空港の敷地に着くまでシリウスと博士の手を強く握って歩いた。


 一夜明けた海岸に空襲警報が響き渡った。空港周辺では地球防衛軍の総力を挙げた偽のトレーラー守備隊が数ヶ所に分かれて集結してもいたが、敵の戦力は圧倒的で、空港を含めたすべての地点にレイヴンとハウンドが降下してきた。地下格納庫で待機していたシリウスはコンテナへの搭乗をあきらめ、リフトで地上へ出ることにした。ライラプスにはハウンド用の離脱ブースターがあるので、いざとなれば単独でも地球の重力を振り切ることができるのだ。ただし、無人機のハウンドと同じ猛烈な加速度ではシリウスがぺしゃんこになってしまうため、ブースターは効率よく加速できるよう多段式に改造されている。

「シリウス、待ってるから……!」

 レイヴンの爆撃が地下施設を揺らし、頑丈なトンネルの中で円環を描くマスドライバーの傾斜したレールに並ぶコンテナが、マイラを、ブランを、ライカ達を乗せて動き始めた。大気上層を飛ぶストラト・シャトルという高速輸送機用のマスドライバーは、稼動時に生じる電磁波や衝撃波を封じ込めるため丸ごと埋設されているので、ふつうの飛行機の滑走路と地上施設が空襲を受けても崩壊を免れていたのだった。ストラトシャトルのコンテナを応急改造した宇宙船は十個以上のモジュールに分かれ、それぞれが使い捨てのブースターとカウルを装備して連続射出されたあと、衛星軌道上でドッキングする手筈になっている。もちろんこんな打ち上げは前例がなく、加速レールと射出レールとの切り替えタイミング、コンテナ間の適正距離を維持したままでのブースター点火タイミングなど、この日のために博士が一ミリ秒以下に及ぶ正確無比な自動制御プログラムを書き上げた。博士は事故に備えて、へし折れた管制塔の下の施設から進行状況を監視している。

「ライカさんの援護もなく、俺だけで戦う……」

《気負うなシリウス、地球防衛軍が全力で守ってくれておる。わしの合図でブースターに点火しろ》

「はい!」

 レールの終端から海上へ続々とコンテナを吐き出す射出口に背を向けて、シリウスはハウンド軍団の前に立ちはだかった。超音速のコンテナから生じる衝撃波のせいでレイヴンもグレイホークもこの付近の空域には近寄れず、マシンガンを構えた地上部隊がじりじりとライラプスを包囲してくる。足元で敵を射程圏内に捉えたタランチュラ部隊の砲撃が始まった。

「もう少し、あと少し近づいてこい……」

 ハウンド達のカメラアイが赤く輝く。

「今だ!レイビィシステム、起動!!」

 タランチュラ部隊の前からライラプスが消えた。両腕の五本目の爪の位置に増設した機関砲を乱射してハウンドの群れに飛び込んだシリウスは、両眼を明滅させてもがくハウンドをライラプスクローで一体ずつ的確に刺し殺していく。機関砲の弾倉などものの数秒で空っぽになったが、敵を牽制して肉迫できれば充分だ。あのあと博士の説明をきちんと受けて知ったことだが、改良型のレイビィシステムはハッキングされることを逆手に取ってワクチンプログラムを送り込み、自機の周囲で作動するレイビィシステムをすべて消去、あるいは一時的に無効化する。つまり、こちらは有利なままハウンドだけを骨抜きにできるのだ。ブランの初期案では敵に自爆プログラムを送信するはずだったが、博士の作った強固なプロテクトがあっても万にひとつ再ハッキングされてしまう危険性を考慮して、これは廃案になった。

「よぉし、次!」

 射出口の片側のハウンドを殲滅したシリウスはハンドルを引いて機体を反転させた。今のライラプスは暴走中も外部からの操作を受け付ける。シリウスの身体にかかる慣性力は相変わらずだが、コックピット全体が改良されていて負荷をいくらか軽減した。両腕を後ろに振って空の弾倉をパージ、新たな弾倉を腰から取り外して交換する。

《すべてのコンテナが脱出に成功したぞ。シリウス、よくやった。お前も行きなさい》

「だけどハウンドが!」

《わしのことなど気にするな。地球はわしが守る、お前はマイラを守ってやれ》

「博士、俺……ぜったい、ぜったいみんなを連れて帰ってきます。ロケットブースター点火!レイビィシステム、緊急停止!」

 第一段のブースターが轟音を上げてライラプスを垂直離陸させる。それと同時に背もたれのある座席が変形して斜め上を向き、シリウスは眼下のハウンドに最後の一発まで機関砲を掃射しきって空高く飛び立った。


 シリウスの座るスクーターは、マイラが通学や買い物に使っていた普段乗りのスクーターの改造型どころではなく、今やハイウェイを走れるような大型スクーターさながらだ。ライラプスの背中にはコックピットハッチを設けてしまったため、そのままではハウンドのブースターを接続できないという問題があったが、博士とブランは逆転の発想でハッチを廃し、スクーターの後部に直接ブースターを取り付けて蓋をすることにした。コア・ライダー。スクーターとしての機能はそのままに、イジェクトシートを兼ねた超小型ロケットである。

 高度計に連動して装甲作業服のヘルメットのバイザーが閉じ、すさまじい力でコアライダーの背もたれに押し付けられていた身体がふわりと浮いた。大気上層で第一段ブースターを切り離し、続く第二段ブースターの噴射によって宇宙空間に達したライラプスだが、このままではいずれ地球へ落ちてしまうので、燃焼を終えたユニットを捨てて第三段ブースターに点火、宇宙船を探しながら周回速度を稼ぐ。コンテナは先に上がっているはずだけど、ガイアへの軌道投入までにランデヴーできなかったら俺とライラプスはどうなるんだろう?すべては博士がライラプスに託したプログラムで自動実行され、シリウスにできることはなにもない。正面モニタに赤いマーカーが表示された。コンテナか?いや、レイビィシステムのせいじゃない。敵だ。

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